※ネームド

 新雪に真新しい足跡を作りながら、少女はマフラーの隙間から真っ白な息を吐き出す。まだ朝も早い時刻、誰もいない一面銀世界を少女は一人眺めていた。
 水っぽい東京の雪は、軽く握り締めただけで歪な塊を作る。それを地面に落とした少女は、霜焼けも気にせず小降りな雪だるまを黙々と数個拵えていく。

 「なにやってんの」
 「あ!しょうこたん♪」

 しゃがみこんでいた少女は頭上から降ってきた声に嬉々として顔を上げる。並べられた雪だるまを見た家入は何とも言えない気持ちになっていた。
 そこには、何処で見つけたのか青いシーグラスを両目に嵌めた雪だるまと、松の葉で顔と前髪を着けた雪だるま。それから小石の目と泣きホクロを持つ雪だるまが並んでいる。
 家入は加えた煙草を噛みしめながら、よく特徴を捉えているが故に蹴り飛ばしたくなる二体を見下ろしていた。

 「あんたのは無いの?」
 「私の?」

 不思議そうに見上げてくる少女は、今にも「いらないよ」と言い出しそうで、家入は心底呆れたように溜息を落としていく。それから彼女の手を掴むと、問答無用で反転術式をかけた。
 家入は少女が苦手だった。イカレてるのにクズではなく、まともじゃないのに優しい、そんな少女とどう接していいのか分からなかったからだ。
 だから、無条件の好意が気持ち悪かった。見返りを求めない態度が歯痒かった。自身を蔑ろに考えるが納得できなかった。それが家入硝子が少女に抱く感情だった。

 「しょうこたん、寒くない?」
 「あんたこそ…コートぐらい着たら?」
 「痛覚 切ってるから大丈夫☆」
 「へー…そんな事も出来るんだ」

 掴んでいたはずの家入の手は、逆に少女の両手で包み込まれ、冷たい風から守られていく。反転術式により少女の指先からは霜焼けが消え、ほんのりと温かさが戻ってくる。
 そこで、ふっと家入は思い当たる。少女の体温を感じるのは、これが初めてである事に今更ながらに気づき、無造作に煙草を携帯灰皿に押しこんでいく。
 少女は俗に云うところの ぶりっ子だが、スキンシップの類は全くしてこなかった。わざとらしい仕草で駆け寄ってくる癖に、その手が触れてくる事は一度として無い。
 まるで触れる事を無意識で避けているような少女に、家入は また何とも形容しがたい感情を覚えて、口をへの字に曲げていた。
 そんな彼女をよそに、少女は手を引き抜くと自分のマフラーを家入へと巻き付け、赤くなっていた鼻頭を包み込んでいく。
 言葉よりも雄弁な温もりが家入から二の句を奪うものだから、大人びている自覚のある彼女は、より一層戸惑いを大きくさせた。

 「やぁ、二人とも こんな所で何してるんだい?」
 「おい、イカレ女!ソウルジェム出せ!」

 二人分の足音に続いて響いた声に、少女と家入は最強コンビへと視線を移す。不良のカツアゲにしか聞こえない五条の台詞に、先に声を掛けた夏油ですら眉を潜めている。
 家入からは深い溜め息が続くが、イカレ女と呼ばれた当の本人だけは、けろっとした顔で左手の薬指にはめた指輪を、卵型のオブジェクト事ソウルジェムへと変化させた。
 それは少女の命そのものであり、力の源だった。ソウルジェムが濁りきれば少女は魔女、つまり呪霊になる。その事実を知ってから、五条は度々「見せろ」と言うようになった。

 「はい、どうぞ♡」
 「…また色が濃くなってるね」
 「なぁ、もう…お前 任務いくな。これ、俺が預かるから」

 このての遣り取りは頻繁に行われていたが、ある日いきなり濁りが増していた時には五条だけでなく、その場にいた夏油や家入も悲痛な色を浮かべていた。
 だからだろう、普段なら優等生らしく仲介に入る夏油ですら、五条が今回そう告げてソウルジェムをポケットへと突っ込むのを止めはしなかった。
 そして、五条は不機嫌そうに背を向けて、すたすたと歩き出してしまう。それには自身の命に頓着が見られない少女も、少々の困惑を垣間見せた。

 「ええっと…、さとる~ん!」
 「夜蛾センには俺から話付けとくから」
 「さとるん前に私の事『ゾンビかよ』って言ったけど、どちらかと云えば呪骸に近いの~☆」

 一人遠ざかっていく背に少女は場違いなまでの明るい声で問いかけを投げる。それに五条が振り替えれば、少女の楽しげな微笑みがあった。
 既視感。その筆舌しがたい不穏さに三人の息を飲む。こう意味ありげに彼女が聞く時は決まって絶望が落とされると知っていたからだ。

 「まどろっこしい…はっきり言えよ」
 「呪骸から核を奪ったら、どうなる?」

 尚も返事を濁す少女に、五条は怒り募らせつつも悪寒から身動ぎ一つ取れずにいる。どう足掻いても少女の運命は変えられない。その事実に彼は薄々気づいていた。
 
 「私の場合は100mが限界なの☆」
 「…それを越えたら?」
 「この体は生命活動を停止する♪」
 「チッ!クソ!」

 術式を見破れる優れた眼を持っていても、それは経験則からくる開示であり、未知への解釈には至らない。平たく言えば、原理は分かっても用途は不明と云うことだ。
 雪を踏み鳴らしながら少女の前へと戻った五条は、苛立ちもそのままにソウルジェムを突き返す。それに少女は両掌を差し出し、落とされた自分の命に目尻を緩める。
 そんな二人のやり取りを眺めていた家入は、少女が触れた己の手を見つめながら「やっぱり…」と呟いていた。

 「お前なんかがいなくたって…俺達は最強なんだよ!雑魚は大人しくしてろ!」
 「うん♪」

 その一言に、どれだけの意味が込められているかは誰も知りえない。同意なのか否定なのか、はたまた言葉にさえならなかった本心が綴られていたのかもしれない。
 だが、どれも彼らを納得させられるものにはなりえなかっただろう。彼女は彼らと一緒にいたいと望み、絶望と比喩できる魔法少女になったのだから。
 それを知ってしまった以上、好きにしろと言える程、彼らは狡い大人ではなかった。良くも悪くも十代の子供で、数少ない同級生を慮れるだけの優しさを持ち合わせていた。
 愚図る子供を嗜めるように少女が笑う。だから、五条はもちろん夏油も奥歯を噛み締めている。何を言っても無駄だと本能が告げていたのかもしれない。
 それでも五条は抗いたい一心で口を開くも、それは唐突に飛んできた雪玉によって、あっけなく遮られてしまう。冬の空よりも清んだ六眼は、ただ静かに家入を見つめていた。

 「は?…はぁあ゛!? なに?!なんで俺 雪投げられたの??しょーこ空気呼んで!!」
 「お前に空気止めとか言われるの心外なんだけど?五条って雪合戦も知らないの?」
 「雪合戦ぐらい知ってますけどぉ!そうじゃなくて!なんで今?って聞いてんだろぉ!?」

 頭に雪を乗せた五条は怒鳴り散らし、あの少女ですら元より丸い目を更に丸くして固まっている。
 一部始終を見ていた夏油だけは、見事なフォームを披露した家入へと乾いた感嘆を溢し、その次には彼らしい胡散臭い笑みが浮かべられていた。
 そこからはスローモーションだった。夏油は雪を一掴みすると、血管の浮かんだ腕を五条に向けて振りかぶっていく。
 瞬時に無限下呪術を発動した五条の眼前で、雪玉が凶器じみた音で弾け飛ぶ。無傷だが額に青筋を作る五条を見て、家入は盛大に吹き出しながら夏油へと親指を立ててみせた。

 「術式使うの卑怯だろ」
 「それなら、こちらは3人がかりでいこうか」
 「上等だよ!そっちがその気なら容赦しねぇーかんな!」

 夏油が五条の投げた雪玉をかわせば、代わりに少女が「ふぎゃ!」と情けない悲鳴を上げて尻餅を付く。とうに戦いの火蓋が切って落とされ、もう誰にも止められない。
 素早く少女を助け起こした夏油は、呪霊を出して壁を作っていたし、家入は雪玉をせっせと丸めている。だから少女も流されるままに雪玉を投げ返していく。
 気づいた時には五条の高笑いが響き、夏油は肩を揺らしながら身を翻し、家入はお腹を抱えて天を仰いでいた。少女もまた頬を色付け、無邪気な笑顔を咲き誇らせている。
 次第に雪合戦は攻防戦から追い駆けっこへと変わり、五条に捕まった少女は植込みへと放り投げられていた。その横に家入も投げ飛ばされ、女子二人が馬鹿みたいに笑い合う。
 雪間みれになりながら、あどけなく歯を見せて笑う少女に、家入は心底安堵していく。もう、彼女は誰かに触れる事を恐れないだろう。と、思えたからである。
 それは、真冬に訪れた遅咲きの青い春だった。

 *

 課外授業と云う名の任務から帰ってきたばかりの五条と夏油を、少女は「私とデートして♡」そんな言葉で呼び止めていた。
 今までの五条なら吐き真似をした後に暴言の一つぐらい宣っただろう。夏油も親指の腹で額を押さえつつ遠回しな物言いで断っていたに違いない。
 だが、二人は呆れた素振りこそすれど、少女を真っ直ぐに見据え返していた。彼らも薄々気付いていたのだ、少女から自ら何かを望まれた事がない、と。

 「何故だい?」
 「グリーフシードを回収しに行きたいの☆」

 だから夏油はデートと称した誘いを、そのままの意味で受け取らずに聞き返していた。いつも上っ面な彼女の本心を探るように、夏油は眼光鋭く問い返していた。
 すると、自分の命を軽んじる彼女から生きる意欲とも呼べる話が返され、夏油だけではなく五条すらも驚きで瞠目していく。

 「無駄って…言ってなかったか?」
 「死にたがりか?って聞いたの、さとるんじゃん!探しても見つからないと思ってたから、無駄な事はしなくていいよって言っただけだもん…」

 どこか居心地悪そうに少女はスカートの裾を握りしめる。その仕草が偽りである事は二人も分かっていたが、それ以上に彼女が見せる細やかな変化が好ましかった。

 「で?何処にあんの?」
 「手伝ってくれるの?」
 「お前、もうそろそろ限界なんだろ?だから俺達に助け求めたんじゃねーの?」

 五条が指さした先は少女の左中指に嵌められた指輪で、そこに鎮座する宝石はおどろおどろしい色に濁っていた。首の皮一枚とは、まさに今の少女を差す言葉だった。

 「ありがとう♪どうやって魔女を倒そうか悩んでたから助かる☆」
 「は?魔女?お前以外にも魔法少女いたのかよ…いや、待て。なんでグリーフシード取りに行くのに魔女が…おい」

 直ぐさま五条は何かに気付き少女へと詰め寄ったが、彼女は綺麗な作り笑みを浮かべるだけだった。これには夏油も顔を引き攣らせていく。
 彼らもグリーフシードが呪物の一つだと予想できていたからこそ、いま力を使えない少女に回収が難しいだろうとは思っていた。
 しかし、まさかそれが魔女と呼ばれる呪霊に関する物だとは想像もしていなかったのだ。故に多くを語らない少女への不満は募る一方だった。

 「だいぶ君の癖が分かって来たよ…笑ってれば済むと思っているだろ?」
 「そんな事ないよ?知らなくて良いこともあるってだけ♪」
 「それか助けてもらおうって奴の態度かぁ?あ゛ぁ?」

 五条が堪らず少女の頬を引っ張れば、「さとるん、いひゃいよ~!」なんて、わざとらしい泣き真似が返ってくる。
 だが、その表情は以前と比べれば幾分か柔らかで、荒れていた五条の気持ちを簡単に静めてしまう。

 「言えよ…ちゃんと俺達に「助けて」って」
 「…」
 「聞いてんのか?」

 力が抜けていく指先で少女の頬を一撫でした五条は、苦虫を噛み締めたような声で呟いていた。それが彼の精一杯の優しさだった。

 「………さとるん、すぐるん」
 「おう」
 「なんだい」
 「私を…助けて、くれる?」

 そう告げた少女は、目蓋を下ろして口を一文字に結ぶ。まるで込み上げる何かに耐えて睫毛を震わせる姿は、涙を堪えているようにも見えた。
 ぽんっと小さな頭へと手を置いた五条は、わざとらしい溜め息を一つ落とす。それは出来の悪い生徒を可愛がるような音に、よく似ていた。

 *

 少女と最強コンビは高専を後にすると、都内を一週する緑の電車に乗り込んでいた。平日の社内は空いており、まばらに座っている乗客は皆一様にスマホを覗き込んでいる。

 「だからね、グリーフシードは魔女を倒すと手にはいるの」
 「つまり、魔法少女は魔女を祓って、呪いが溜まったら魔女になって、別の魔法少女の糧になると?」
 「そう、それが魔法少女と魔女の食物連鎖」

 自分を挟んで座る五条と夏油に、あれこれと質問攻めにあっている少女は、宙を眺めながら興味なさげに答えていく。
 終いには愛らしい欠伸を零し、電車の揺れに合わせて首を左右に揺らしてさえいる。少女でなくとも冬晴れの心地よい日差しは眠気を感じるものだろう。
 それでも、五条は「誰が何の目的でやってんだ?」や「そもそも魔法少女が生得術式じゃねーなら、どうして魔女になってまで戦うんだよ」と追及していく。
 しかし、残念ながら少女は微笑むだけで何も答えなかった。また笑って誤魔化すのかと眉を潜めてた夏油だったが、その青白い顔に気付いてしまえば息を飲むしかなくなる。

 「悟、話の続きは魔女を倒してからにしよう………私達が思う以上に彼女の限界は近いようだ」
 「…雑魚の癖に演技力だけは特級かよ。おい!魔女の居場所言ってから気絶しろ」

 一見、眠そうなだけの少女だが、よくよく見れば額に玉のような汗をかき、細く短い呼吸を繰り返している。ただ具合が悪いと片づけるにはタイミングが良すぎた。
 夏油が小さなの頭を抱き寄せれば、少女は何の抵抗もなく腕の中へと収まっていく。いつもなら姦しくぶりっ子をかます少女が、無表情のまま五条を見上げている。

 「…分からないの」
 「分からないって…ふざけてんのか?」
 「都内には、いるらしいから…ぐるぐる回って、誘き出せないかな~…って。その魔女、私に引かれる…みたいだから」
 「それで、この路線か…なるほど。ところで…それは何処情報だい?」

 するりと夏油の指が氷の様に冷たくなった少女の手首を掴む。とくんとくんと波打つリズムは残された命のタイムリミットであり、嘘を見向く調べだった。
 五条の言及を止めさせた夏油も、優等生の皮を剥げばクズである。弱っている時ならば本音も出やすいだろうと考えた上で少女に問いかけたのだ。
 こうでもしなければ、この頑固者は自分達に弱みを見せない。そう正しく理解していたからこその実力行使でもある。

 「…インキュベーター」
 「インキュベーター…、和訳したら孵化機か。成る程、ソウルジェムは“魔女の卵”だと…反吐が出そうだな」
 「お前、そいつと縛りを結んだのか?!」

 電車独特の揺れは、苛立つ彼ら以外の乗客達を眠りへと誘う。向かいで船を漕いでいたサラリーマンが、ぱたりと、まるで魔法でもかかられたかのように横倒れる。

 「来たよ…」

 少女の一言に夏油と五条は、すぐさま立ち上がり臨戦態勢をとる。車内は瞬く間に不細工なパッチワークで包み込まれ、ファンシーだがグロテスクな世界へと変化していく。

 「これは…生得領域か?」
 「つまり、相手は特級?」
 「魔女の結界は…人を閉じ込めるだけ、だよ…使い魔に、気を付けて…」

 水平線を幾重にも重ねた広大な空間には、真っ赤なポストにダチョウの足が生えた奇妙な生き物が、あちらこちらでラブレターらしきのもを突いて、いや、頭突きを繰り返す。
 手も嘴もない為に自力じゃ投函できない姿は滑稽そのものであり、何処からともなく響く赤子の泣き声にも似た叫びは、それを嘲笑うかのように木霊している。

 「…傑、そいつ任せた」
 「ああ」

 夏油が少女を抱き抱えて、自身が使役する呪霊を出しながら答えると、五条は迷いなく声の方へと走り出していく。
 すると、全長5メートルはあろうと云う達磨型の赤ちゃん人形が現れ、腹部に空いた裂け目から無数の出刃包丁を飛ばして攻撃を開始してくる。
 愚鈍そうなポストダチョウ達も主の危機を察したのか、無意味な行動を止めると次々に襲い掛かってきたが、それら全てを二人は軽やかな身のなしでかわしていく。
 巨体な赤ちゃん人形も、便箋で折られた大量の鶴に吊り上げられながら、隙を与えまいと距離を積めてくる。まるで鸛に運ばれる赤子は、見た目以上に俊敏だった。
 魔女の知性は低い。言葉を配さない呪霊は、強さの値を示す等級で三級程度に分類される。しかし、“固有魔法”即ち“呪術”を使う魔女の実力は、準一級以上とも言えた。
 その上、この魔女は16年もの年月を生き残り、異なる世界の摂理によって特級にも等しい力を得ている。並みの術師なら到底太刀打ち出来なかっただろう。
 だが、今回は相手が悪かった。特級同士であっても最強の名を関する五条の敵にはなりえなかったのだ。それを物語るように、ものの数分もせずに勝敗は決していた。
 聞くに耐えない断末魔を上げて魔女が消えていく。摩訶不思議な空間は元へと戻り、乗客達がねこけたままの車内に、カランっと杭の刺さった丸いオブジェクトが落ちる。
 それを拾い上げた五条は、青く優れた六眼で見つめた後、確り握りしめてがら少女の元へ駆け寄っていく。

 「この呪力の塊がグリーフシーで間違いないんだな?」
 「ぅん………ソウル、ジェムに…あてて…」

 夏油の腕に抱えられた少女は、息も絶え絶えに震える手を持ち上げ、指輪をソウルジェムへと変化させる。
 多色に濁った卵型のオブジェクトは今にも呪いを放出して割れてしまいそうで、杭の先端を持つ五条の息は珍しく震えていた。
 間違っても割らぬよう、ゆっくりと二つのオブジェクトが触れ合わせれば、ソウルジェムの濁りはグリーフシードによって浄化されていき元の輝きを取り戻していく。
 少女の体に熱が戻っていくのを感じた夏油が、ほっと胸をなでおろす。五条も青白い頬に色が戻るのを見て、強張らせていた肩から力を抜き去る。
 これで、もう大丈夫。まだ彼女は、呪霊になどならない。問題の先延ばしだとは分かっていても、そんな安堵感に彼らは息を付いていた。

 「“口は災いの元”」

 すっかり元気になった少女は脈略もない発言と共に、五条の手からグリーフシードを引き抜き、それを遠くへと放り投げる。
 五条と夏油が言葉もなく、放物線を描いて飛んでいくグリーフシードを目で追えば、猫と兎を足して二で割ったような生き物の背にある穴へと飲み込まれていた。
 その生き物は蓋をするように穴を閉じると、走行中にも係わらず、入ってきただろう窓から外に飛び出していく。それは、まさに あっと云う間の出来事だった。

 「今のは…、呪霊?」
 「いや、呪力を感じなかった………あれがインキュベーターか?」
 「二人とも今日は有難う♪お礼は何がいいかな?」

 少女は五条の問い掛けを無視すると、何事もなかったように笑顔を作る。その瞬間、夏油はひゅっと喉を鳴らし、五条は逃げた白い生き物を追いかけようと立ち上がっていた。
 しかし、その足が一歩を踏み出すよりも早く、少女の細い腕が五条の上着を掴んで引き留める。少女の静かな眼差しと、怒りに満ちた彼の瞳が交わり、空気を冷やす。

 「捕まえても無駄だよ☆」
 「術式を後天的に与えられる存在なんて野放しに出来るかっ!それに!」
 「大丈夫、もうアレは魔法少女を作らない。だから、この世界にいる魔法少女は私だけ♪」

 五条なら、ひ弱な少女の手を振り解く事など雑作もなかったが、そうしなかったのは あまりに少女が柔らかく微笑んでいたからだ。
 心配は要らないと諭すように、安心していいと宥めるように、少女は笑みを深くする。けれど、それは彼らの杞憂とは似て非なるものだった。
 ただ五条と夏油は数少ないクラスメイトを案じていただけだ。そんな至極真っ当でありふれた感情ですら少女には届かず、理解すらされていない。
 その噛み合わない確かなズレが、真綿で首を締め上げるように二人を苦しめる。彼らは否が応でも痛感させられたのだ、助かる覚悟のない人間には何を言っても無駄なのだと。
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