※ネームド

 可愛いモノは好き。ホップなキャラクターグッズや、キラキラのアクセサリーに、デコレーションされたスイーツ。少女趣味だって云われたって私は少女なので問題ない。
 今日も今日とて任務終わりに、アハザンでオシャレしたマカロンを買い、寮の自室で一人お茶会を楽しむ。紅茶は色も香りもキュートなローズヒップティーだ。
 黒くて地味な制服からビビットカラーの夢かわルームウェアに着替えて、一目惚れしたロココ調のティーテーブルセットに座れば、もう気分はお姫様である。
 甘くてふわふわなマカロンに頬を緩め、ローズの香りに酔いしれる。可愛いモノに囲まれている時だけは、私が“普通”でいられる瞬間だった。

 「やぁ、久しぶ「そうね、インキュベーター。要件は何?」………」

 そんな可愛いモノに目が無い私だけど、気配もなく現れた猫兎もどきには心ときめかなかった。だって、中身は全然可愛くないんだもの。
 カーテンに浮かび上がったシルエットが尾を揺らすのを横目に眺めながら、その言葉を遮るように口を開いたのは態とである。
 それでも白い生き物は許可なく入ってくるなり、何食わぬ顔でテーブルへと飛び乗るのだから、不躾がなってない事この上ない。
 思わず叩き落としそうになる手を自制して、また一つマカロンを頬張っていく。うん!美味しい♡この店あたりね♪今度、さとるんにもプレゼントしよう。

 「まずは君に礼を言うよ」
 「なんのこと?」
 「君のおかげで、新たな世界を発見できた。多次元宇宙は観測するまで干渉が不可能からね」
 「ふ~ん」

 興味が無さすぎて、それ以上の返事が思い浮かばなかった。既に呪いと云う惨劇で溢れる世界では、哀れな魔女少女や魔女が産まれようとも何かが変革するとは思えなかったからだ。
 この世界に新たなる絶望が埋まらるとしたら、それは希望が訪れた後か、物語が始まりだした時だろう。それ以外の展開に、私の触診は動かなかった。

 「この世界は本当に素晴らしいよ!エントロピーを凌駕する感情エネルギーで満ち溢れている。呪霊と云う形で収束してしまうのは少々面倒だが魔獣よりかは効率がいい」
 「魔獣?」

 聞きなれない単語に小首を傾げれば、インキュベーターは嗚呼なんて意味深な声を漏らしていく。
 どんなに見た目が可愛くても隠しきれない中身の悪辣さが滲み出ているのか、彼の発言は一々癇に障る。聴いているだけで気分が悪くなりそうだった。

 「別次元にいた君は宇宙改変による“記憶改変”の影響を受けなかったから知らなくて当然だね。
 ある魔法少女の願いによって魔女の存在が消え、代わりに魔獣が産まれるようになったのさ」
 「へ~………じゃあ、何でアナタは“記憶改変”の影響を受けていないの?」

 その問いかけに、ゆらゆらと遊ばせていた尾が、ぴたりと止まる。それは何かあると言っているようなもので、この生き物にしては珍しい動揺に、私は まなじりを細めていた。

 「………君たち人類の感情を利用するのは、あまりに危険すぎた」
 「まるで脅えてるみたい…アナタ達にとって感情は、精神疾患の一つだったんじゃない」

 痛い目にでもあったのなら自業自得な因果応報である。これには私も愉快とばかりに満面の笑みを浮かべざるおえなかった。
 私一個人にはインキュベーターへの恨みはない。むしろ、また声をかけてくれた事に感謝すらしている。だけど、それと前世の恨みは別ものである。
 インキュベーターと名乗る彼らは、無数の同種個体が思考や記憶を共有しているあるが、感情と云うものを持たない。
 だから、嘘を付いて騙そうとする意図はない代わりに、問われるまでは必要な事すら言わないのだ。それこそ、まさに詐欺の手口。
 そのせいで多くの少女達が、魂をソウルジェムへと作り変えられ、最後は魔女になるとも知らずに願ってしまった事か分からない。
 前世の私も、そんな少女達と同じだった。無知故に『愛される自分に成りたい』と願い、インキュベーターと契約してしまったのだ。
 ネグレクト、いじめ、自己肯定感の欠如、それによる自殺未遂。そんな自分から抜け出したくて願った結果が『ストーカーに刺された』なんて笑い話でしかない。
 魔法少女はソウルジェムが無事なら死なないけど、それでも心には消えない傷が残る。その傷は熱を持ち、熟れて腐りだす。そして願いの代償は皮肉として自分に帰ってくる。
 当然、私の最後も魔女だった。その先の事は覚えていないが、きっと何処かの誰かに退治されたのだろう。そう思っていたのに、インキュベーターは思いがけない真実を語りだす。

 「そうだ、まだ本題を告げてなかったね。魔女の君が、こっちに来ているよ」
 「え?、魔女の…私?」
 「君を追って来たからか円環の理に導かれずに済んだみたいだね」

 ぱちくりと瞬きを繰り返しながら、私は口にしようとしていたカップをソーサーへと戻していく。
 どうしたんだい?と、愛嬌だけはピカイチなインキュベーターから紅茶の中へと視線を移せば、無表情の自分と目が合った。

 「その魔女って、私の前世?」
 「前世?そんな非科学的な事を信じてるのかい?あれは産まれたばかりの子に人間だった頃の記憶を植え付けているだけさ。
 つまり、君は生まれ変わりじゃなく、成り代わり。要は魔女のコピーって事だね!知らなかったのかい?」

 私を形成している“この記憶”が魔女のコピー。そう聞かされて動揺しなかったと言えば嘘になるが、腑に落ちた気持ちの方が強かった。
 世の中には説明の出来ない事は沢山あれど、私が前世の記憶を持っていた謎は無事に解けたのだ。だから、それ以上を深く考える必要はなかった。
 それに、この体で育ってきた記憶は私だけのモノだ。彼らを愛するこの気持ちは私だけが抱く感情だ。それさえ確かであれば他に何もいらない。

 「そう、それで?その魔女を見付けて殺せばいいの?」
 「それは好きにするといい。君じゃなくても、この世界にはエネルギー体を倒せる存在、呪術師がいるからね」
 「じゃあ、なんで知らせに来たの?親切心なんてバカバカしい事は言わないよね?」
 「………この世界で魔法少女、しいては魔女を作る必要がない以上、戦闘経験が未熟な少女達と契約するよりも、実力ある呪術師に付いていく方が強い呪霊との遭遇率も回収率もいい。
 だから、君に彼らとの仲介役を頼みたいのさ」

 なるほど、そう言う事か。そう、良くも悪くも真実しか語らないインキュベーターらしい理由に頷いていれば、こんこんと控えめなノックが部屋に響く。
 その音に顔を上げて「どうぞ~♡」と返せば、ゆっくりと扉が開かれ、しょうこたんが顔を除かせる。

 「これ、夜蛾先生から」
 「わ~♪わざわざ届けてくれたの?ありがとー♡」

 モコモコのスリッパをパタパタ鳴らして駆け寄れば、何処かの土産らしい平たい箱を渡される。届けてくれたお礼にお茶はどうかと誘うも、予定があると断られてしまった。
 でも、気にはならない。嫌われている事は百も承知な上である。愛されたいと願っていたのは昔、いや、魔女になった私であって、今の私は愛する存在がいるだけで満足なのだ。
 私は身勝手に彼らを愛したいだけで、愛されたいとすら思ってはいない。もっと言うならば、生きて苦悩してくれるのなら何だっていいのだ。

 「ねぇ、誰かと話してなかった?」
 「どうして?」
 「いや、話声が聞こえた気がしたから…」

 私は にっこり笑うだけで否定も行程もしなかった。世の中には知らない方がいい事もある。誰が好き好んで彼らを猫兎もどきと関わらせたいと思うだろうか。
 私の態度で何かを察した賢くて可愛いしょうこたんは、ちらりと部屋の奥を一瞥した後に「そう」とだけ返して去っていく。
 その後ろ姿が見えなくなってから扉を閉じた私は、振り返って人形のフリをしていたインキュベーターへと微笑みかけた。

 「ちょっと調べて欲しい事があるの。そしたら一番いい人を紹介してあげる」

 そう告げながら微笑んだ私に誰かの影でも重ねたのか、インキュベーターは全身の体毛を震わせると、ごく僅かに頷いたのだった。まるで絶望に打ちひしがれたように。

 *

 少女は一人、寂れた工場区に佇んでいた。空風に吹かれた落ち葉が、雨風に晒され赤鉄色に染まったフェスに引っ掛かり、カサカサと鳴いている。
 手持ち無沙汰にスマホをいじりながら、待ち人が訪れる時を今か今かと切する少女は、まるで恋する乙女のよう。待ち合わせの約束などしていないと云うのに。

 「あとどのぐらい?」
 「もうすぐだよ…ほら来た」

 少女の問いかけに近くの街路樹からコミカルな声が降ってくる。そして、その返事通りに哀れな待ち人が姿を現す。
 黒髪に切れ長の目、逞しい体に纏う強者のオーラ。遠目でも見間違う心配のない男が、少女は前を横切ろうとしている。

 「こんにちは、伏黒甚爾さん♪」

 男と視線が交わった瞬間、少女は伏黒甚爾の名親しげに呼んで引き留めた。男の血で汚れている片手や、かたぎとは思えない眼光にも怯まずに、だ。

 「ガキが俺に何の用だぁ?」
 「お願い事しに来たの☆」

 男は首の後ろを撫でながら、頭の天辺から爪先まで少女を見下ろすと、詰まらそうに舌打ちを溢す。言葉に去れずとも面倒くさいと告げているようなものだった。
 しかし、その程度では少女が引き下がる訳もなく、おくびにも出さずに甚爾へと歩み寄ると、スカートの裾を摘まんで芝居がかった御辞儀をしてみせる。
 その顔は宛ら契約を持ちかける悪魔のようで、甚爾は瞬時に少女がイカレている事に気づいてしまう。

 「長ったらしい前置きは抜きにして………貴方の失くしたモノを取り戻させてあげる。その代わり、私が死ぬまでお願いを聞いてくれないかな?」

 少女の提案に、甚爾は尋常ではない殺気を放った。触れてはあけない琴線に少女は触れたのだ。虎の尾を踏んだ彼女の命は風前の灯火と化す。
 だが、やはり少女は表情一つ変えずに、ただただ甚爾の返答を待ち続けていた。力では勝てるはずもないのに、帝国の王妃が如く堂々としながら。

 「死にてぇのか?」
 「信じてもらえないのなら帰るね♪」

 いくら甚爾が少女の瞳を睨み返そうとも、その真偽を図ることは出来ず、深淵渦巻くに瞳だけが見つめ返してくる。
 何も返さない甚爾の無言に行程と受け取ったのか、少女は警戒もせずに背中を向けると、有言実行とばかりにすたすたと歩き出していく。

 「おい」
 「なぁ~に?」
 「………本当に出来んだな?」
 「もちろん☆」

 これが普通の取引ならば甚爾も少女を見送っただろう。だが、彼女が提示したのは使えば無くなる金などではなく、彼が心の底から欲して止まないものだった。
 ホップステップジャンプで甚爾の前まで引き返してきた少女は、力強く頷くと両手を広げてみせる。傾き始めた日差しは少女の頭上で煌々と輝いていた。
 これは神の慈悲か悪魔の囁きか。イカレた少女の言葉に甚爾が耳を傾けている。捨てたはずの自尊心が、ゆっくりと首を擡げていく事にも気づかずに。

 「信用問題だかれね、先に叶えてあげる♡」
 「そうかよ」
 「だから…、裏切らないでね?二度目は堪えられないでしょ?」

 それは、まごうことなき脅し文句であり甚爾を不快にさせたが、それ以上に彼の唯一弱点を抉っていく。嘘なら直ぐに殺す。そう心に決め、甚爾は頷きを返す。

 「なら、貴方が宝物を亡くした日付と場所、教えて?」
 「………■月■日の■■、時間は昼の■時だ」
 「時間まで覚えてるんだね♪素敵♡」

 少女が左手中指にはめた指輪を光らせれば、奇々怪々な光景と共に可愛らしい姿へと変身を遂げていく。それでも甚爾は、冷静に冷淡に冷酷に、少女を鑑賞し続けていた。

 魔法少女とは、願った祈りに属した力を有する。誰かを助けたいと願えば治癒能力を、敵を倒したいと願えば殺傷能力の高い魔法を与える。
 この世界に来ることを望んだ彼女は“瞬間移動”を得ていた。そして、さしす組と同期になりたいと云う時期の指定により、“時間移動”も行えるのだった。
 もちろん、大いなる力を使用するには、それ相応の代償を払う必要がある。しかし、少女は躊躇いもしなければ、喜んで対価を差し出すのだ。
 少女は己の命であるソウルジェムを、聖女が神に祈るが如く握りしめる。すると、淡い光の粒子が少女を包み込み、一瞬、少女の存在をかき消した。
 ノイズが走ったかのように世界が書き換われば、戻ってきた少女の手にあるソウルジェムが、極彩色を閉じ込めた美しくも毒々しい輝きで濁っていく。
 当事者意外では、この一瞬で何が起きたかなど到底理解できないだろう。しかし、彼女に祈った甚爾には全ての事柄が激流として押し寄せている。
 産まれて初めて立ち眩みと云うものを感じながら、甚爾は脳内を駆け巡る“存在するはずのない記憶”に息を飲むしかなかった。
 覚束ない手付きでズボンのポケットから携帯電話を取り出した彼は、消したはずの番号を見つけると、無様に震え始めた指でコールボタンを押す。

 『はいは~い。甚爾くん、お仕事終わったぁ?』

 数秒後、甚爾の耳に届いたのは、紛れもなく最愛の人の声だった。もう二度と聞けないと思っていた懐かしい声が彼の名を呼ぶ。それだけで甚爾の喉は情けなく鳴ってしまう。

 「今…何処だ」
 『え?恵と家にいるけど?』
 「無事なんだな?」
 『急に どうしたの?何にかあった?』
 「いや…なんでもねぇ」
 『そう?…あ!帰りにトイレットペーパー買って来てくれない?』
 「…ああ、分かった」

 電話口からは「パパ?」なんて舌ったらずな声まで聞こえ、知るはずもない幸せに目尻が熱くなってゆく。
 通話を終わらせた甚爾は、しばし携帯電話を眺めながら、失ったものが返ってきた事実に呆然としていた。

 「バタフライエフェクトって知ってる?ほんの細やかな切っ掛けでも、人の運命って変わるんだよ♪」

 そんな彼に、変身を解いた少女が真っ白な顔で微笑みかける。術式はもちろんの事、呪力すら持たない甚爾ですら、彼女の抱える負担が容易に計り知れた。
 なにせ、これは神に等しい行いであり、摂理に反する御業なのだ。かの有名な異端児、無下限呪術と六眼の抱き合わせを持つ五条悟ですら、不可能な事である。

 「アイツが生きてる限り、アンタの願いを叶えてやる」

 甚爾は静かに片膝を着くと主に傅く家臣のように、頭(こうべ)を下げていた。そうする事が正しいと思ったからだ。
 伏黒甚爾を知る者なら絶句する光景ですら、少女は慈愛に満ち溢れた眼差しを送るだけで驚きはしなかった。さも当然であるかのように微笑んですらいる。

 「縛りを結ぶって事でいいんだよね?」
 「ああ」
 「ふふふ、これから宜しくね♪とうじぴょん♡」 

 不名誉な愛称を付けられても甚爾が不満を吐くことはない。それこそが、狂犬の服従を示す何よりもの証明だった。
 それだけ、妻の存在は彼にとって大きく、この奇跡を守れるのなら、命ごと人生を捧げても惜しくなかったのだ。
 それこそ、僅かに残っていたプライドの全てを簡単に捨ててしまえる程に。

 「話は着いたみたいだね」
 「インキュベーター…呼ぶまで出てこないでって言わなかったっけ?」

 そんな彼らの元に、場違いなまでに陽気な見た目をした生物が張って入ってくる。インキュベーターと呼ばれたそれは甚爾の肩に飛び乗ると、狐のような尾を揺らしていく。

 「なんだコイツ?呪霊か?」
 「それはインキュベーター。呪霊じゃないけど、信用はしない方がいいよ♪」

 立ち上がった甚爾はインキュベーターの首根っこを掴むと、眼の高さまで持ち上げて怪訝そうな顔を浮かべる。少女も笑みを称えながら何処か不快そうに相槌を返していた。

 「とりあえず、しばらくは呪霊退治してて♪お願いがある時は、インキュベーターを通じて連絡するから☆」
 「俺に呪霊退治ねぇ…見えねぇの知ってんだろ?」
 「呪力がなくとも呪具は扱えてる。そうでしょ?」
 「はっ…全部、お見通しか」

 甚爾は少女の言葉にふてぶてしく答えたものの、素直にインキュベーターを肩へと乗せ直していく。
 そして、それから用事は済んだとばかりに立ち去ろうとした甚爾だったが、数歩進んだ所で足を止めて振り返っていた。

 「お前、名前は?」
 「魔法少女の“まほりん”って呼んで☆」

 手を後ろで組んで彼を見送っていた少女は、その問いかけに笑いながらツインテールを揺らす。
 やっぱり頭のネジが飛んでやがると甚爾も鼻で笑っていたが、「気が向いたらな」などと返してから立ち去っていく。
 そう、例え少女がイカレてようが、絶望を象った悪魔だろうが、彼は喜んでエスコートすると決めたのだ。その行き着く先が、どんな地獄であったとしても、だ。
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