※ネームレス

※鬼滅の刃×刀剣乱舞のクロスオーバー
※刀剣乱舞の知識不要・一部オリジナル設定



 「貴殿が煉獄杏寿郎か?」
 「…如何にも!俺は煉獄杏寿郎だが何用だろうか?」
 「そうか。では、死んで頂きたい」

 朝霧けぶる道中を任務帰りの煉獄杏寿郎が歩いていると、扇子柄の着流しに黒羽織を纏った人物が、これたま派手な装いの男を引き連れて声を掛けてくる。
 その人物は隠のような面布(めんぷ)をしており、顔の半分を隠していたが声からして女性だろうと杏寿郎は当たりを付けていた。
 しかし、それ故に命を狙われる結われが皆目見当も付かなかった。色恋沙汰に疎い彼には私情の縺れなど縁遠い話であったからだ。
 もちろん、相手が鬼ならば初対面とて敵対する鬼殺隊を襲う理由には事欠かないが、朝日を浴びて佇む二人は間違いようもなく人間であった。

 「悪いが断る!俺には果たさねばならぬ指名があるのでな!」
 「だろうな………歌仙、やれ」
 「君は少々乱暴だと思うが、承知したよ」

 女が静かに告げた命令に、男は雅ではないと小言を溢しながらも腰に下げた刀を抜くと、一瞬にして姿を消す。
 即座に抜刀した杏寿郎は頭上から振り下ろされる刀を受け流し、砂煙を立てつつ後方へと飛び退いた。鬼と等しい力を受けた彼の腕は微かに痺れている。
 人相手だと油断していた己を恥じ、杏寿郎は全集中の呼吸を深めると刀を構え直す。しかし、彼に男を殺す気など微塵もありはしなかった。
 それはひとえに彼が人々を守る鬼殺隊の頂点に座する柱であり、正当防衛であっても殺生を良しとしない性分だったからだ。
 女の方は武器を持っておらず男さえ無力化できれば方が付く。が、そう話は上手くいかない。男は現柱を凌ぐ強さでもって杏寿郎を追い込んでくる。
 杏寿郎も防戦一方ではないものの、隙のない相手に峰打ちを決めて気絶させる程の余裕はなかった。殺る気でやれねば死ぬのは己だと柄を握る手にも力が入りだす。

 「ところで、あれは君の烏かい?」
 「!」

 付かず離れずを保ちながら鍔迫り合いを繰り広げていた時、何かに気づいた男が哀れみにも似た声を漏らしてから大きく距離を取った。
 問われて咄嗟にアーアーと鳴く己が相棒・鎹鴉の要(かなめ)を探せば、女に両足を捕まれて逆さ吊りのまま羽をばたつかせる姿が杏寿郎の目に飛び込んでくる。

 「要を離せ!」
 「聞けぬ話だ」
 「………分かった!俺の命が欲しい理由を聞こう!その上で、」

 鎹鴉を人質に取られた杏寿郎は額に血管を浮かべながらも努めて冷静に言葉を紡いでいた。だがしかし、それこそが女の狙いであった。
 杏寿郎が背後の男に気づいた時には鈍い痛みが首筋へと落とされていた。揺れる脳髄が意識を手放していくなか、彼が最後に見たのは己を呼ぶ鎹鴉の姿だった。

 そして目覚めて始めに見たのも、杏寿郎の胸上に陣取って顔を覗き込んでくる要の姿である。
 炎色の瞳に己が写るやいなや鎹鴉は嬉々として部屋の中を飛び回っていた。その姿に安堵した杏寿郎だったが、次に続いた声により体を跳ね起こした。

 「起きたか」
 「!」
 「刀なら預かっているぞ」

 普段、寝る時には刀を枕元へ置く杏寿郎が反射で手を伸ばすと、それを見ていた女が彼の日輪刀をこれ見よがしに持ち上げてみせる。
 相手が女性なら刀を取り返すのも彼には造作ないが、飛び出した処で女の脇に控える男に取り押さえられて終いだろうと杏寿郎は心を静めた。
 綺麗に畳まれ傍らへ置かれた羽織を確認した杏寿郎は、肩に止まった鎹鴉を一撫でしてから布団の上で胡座をかいて女を見据えた。

 「刀も奪われ打つ手なしだ!逃げるのも難しいなら話を聞こう!」
 「要件は変わらぬ、貴殿には死んで頂きたい」
 「それは断ったはずだが。こうなると、この話は終いだな!」

 ひやりと部屋の温度が下がり、肌を指すような緊張感が横たわる。「はい」と言っても死ならば、死すら覚悟で足掻くのが杏寿郎と云う男である。

 「はぁ~、君は言葉が足りなくていけない」
 「いや、死ぬ覚悟がない奴は信用できない。意地汚いとアチラ側に付く可能性がある」
 「それでも説得する努力をすべきだろう?」

 杏寿郎からすると意外な事に、彼へと助け船を出したのは先程まで刀を交えていた男だった。
 男は藤色の前髪を揺らしながら溜め息をつくと、主君を敬いながらも呆れを零していく。女の方も家臣の言葉に思う処があったのか、束の間 口を噤むと頷きを一つ落としていた。

 「煉獄杏寿郎、貴殿に問いたい」
 「なんだ!」
 「鬼舞辻無惨を倒す為なら死ねるか?」
 「うむ!それなら喜んで死ねるな!」

 それには杏寿郎も迷わず答えられた。鬼舞辻無惨の討伐こそ鬼殺隊士の悲願であり、彼が刀を握る理由だったからだ。
 強い者として産まれた宿命を果たし、人々が安心できる世の為に戦ってきた杏寿郎には、鬼の現況が倒せるなら自分の命など惜しくはなかった。

 「そうか…なら話そう。私は審神者を勤める未来からの使者だ」

 そう口火を切った女は、審神者や時の政府について語り始める。それは到底信じられる話ではなく、冷静沈着な杏寿郎すらも驚愕から元より見開いた目を更に広げていく。
 眼前の人物が未来から来ており、刀の付喪神が人の容を持り己を振るう、そのような絵空事を誰が信じられると言うのだろう。当然、杏寿郎の心にも疑惑が芽吹いていた。
 しかし、語る女の気迫は間違っても杏寿郎を謀ろうなどとはしておらず、親の仇を前にした隊士よりも鬼気に満ち溢れている。

 「信じられないだろうが本当の事でね、大丈夫かい?」
 「…ああ」
 「歌仙、無駄な事を聞くな。信じられぬなら信じさせるまでだ」

 女は歌仙と呼んだ男に少し下がるように告げると、杏寿郎の日輪刀を両手で奉り上げて深く呼吸を整える。それから凛と涼やかな声で恭しい言葉を並べ立てていく。
 琴の音を想起させる美しい旋律が部屋を満たせば、その祈祷に答えるかの如く何処からともなく桜の花弁が風に舞って集まりだしてくる。
 まるで狐につままれたような光景に、血鬼術の類を疑った杏寿郎は全身に緊張感を走らせるも、桜吹雪の中から現れた人物には唖然とするしかなかった。
 女の手からは日輪刀が消えさり、その代わりとばかりに女の御前で傅く背は、杏寿郎と同じ髪色と炎の羽織をはためいていた。

 「今より、お前は“日輪・煉獄”と名乗れ」
 「うむ、心得た!俺は刀剣男士、日輪・煉獄として審神者に遣えよう!」

 杏寿郎と寸分たがわぬ声で高らかに応えた男は、腰に下げた日輪刀を握りながら杏寿郎へと振り返る。正面から見上げた顔は杏寿郎と瓜二つだった。

 「そう言う事だ!すまないな、杏寿郎!もう、俺は…お前の刀ではない」

 片膝を付いて何処か申し訳なさそうに笑ったもう一人の己に、杏寿郎はくれてやる言葉が見付からなかった。しかし、己が目で見たものを否定する程、杏寿郎も馬鹿ではない。

 「これが刀の付喪神、刀剣男士だ」
 「ちなみに僕も刀剣男士、歌仙兼定(かせんかねさだ)さ。どうぞよろしく」
 「さて、ここからが本題になる」

 その言葉で日輪・煉獄は女の隣、歌仙とは反対側に腰を下ろす。杏寿郎も呆けていた自分を律するように背筋を伸ばし直していた。
 実際は頭が付いていってないのだが、この数時間で女が悠長に杏寿郎を待ってくれるような人物ではない事を理解していたからだ。

 「私達の敵は歴史修正主義者(れきししゅうせいしゅぎしゃ)と呼ばれ、時間遡行軍(じかんそこうぐん)を用いて過去を変えようとしている」
 「歴史を変える…」
 「貴殿からすれば未来の話も、我々にとっては既に過去の出来事でしかない」
 「なるほど、つまり審神者の貴方が此処にいると言う事は、その敵は俺に用があるのだな?」
 「話が早くて助かる。敵の目的は貴殿を生かし、鬼舞辻無惨の討伐を阻止する事にある」
 「!」

 驚愕の事実に肩を揺らした杏寿郎を歌仙は憐れみの眼差しで見つめるも、彼の顔(かんばせ)は数拍置いて希望の色で満ち溢れていく。
 それには歌仙も驚きを露にしたが、主を挟んで横にいる日輪・煉獄は元主の気持ちが痛いほど分かるのか、同様の笑みを浮かべていた。

 「俺が死ねば!鬼舞辻無惨が倒せるのか?!」
 「…正しくは『貴殿の死により、ある少年が鬼舞辻無惨を倒せる隊士へと育つ』だ」
 「よもやよもや、だ!こんなに嬉しい事はない!」

 秋空よりもからりと晴れた様子で杏寿郎は己の膝を叩く。その瞳は爛々と輝き、死を宣告された者とは思えぬ情熱を写しだしている。

 「して!いつ死ねばいい?」
 「いや、実際に死なす気はない。この話をするにあたって覚悟を試したまでだ」
 「だが俺が死なねば未来が変わるのだろ?」
 「ああ、だから代理を立てる」

 そこで徐に日輪・煉獄の名を呼んだ女は、自分の脇に控える刀へと向かい合いと、真っ直ぐ瞳を捕らえたまま杏寿郎にしたような問いを投げ掛けていく。

 「お前は歴史を守る為に死ねるか?」
 「俺は悪鬼滅殺の刀!鬼のいない世の為なら、その役割、謹んでお受けしよう!」
 「よろしい。ならば、これを持って任務に迎え。あとの事は烏に聞け」

 女は懐から取り出したお守りを半ば押し付けるように持たせると、早く行けとばかりに語尾を強める。日輪・煉獄も心得たとばかりに一礼をして部屋を出ていった。
 その誉れ高き男を追って杏寿郎の肩から鎹鴉も飛び立っていく。一振りと一羽の背を見送る杏寿郎は深々と頭(こうべ)を垂れ、敬意と歯痒さで奥歯を噛み締めていた。

 「烏も一緒に行かせて大丈夫だったの?」
 「あれには公言できぬ契りを結んである。なにより、望むなら主の側にいられるよう計らった」
 「なるほど、それなら大丈夫だね」

 額を布団に着けたままで杏寿郎は静かに息を飲む。鬼舞辻無惨を倒せると聞いた時、彼は本当に死を覚悟していた。にも関わらず、命を拾われた上に相棒の鎹鴉まで救われたのだ。
 全ての話を鵜呑みにした訳でもなければ、この身尽きるまで鬼と戦い抜きたい気持ちだってあった。それでも、この恩義には全身全霊で答えるべきだとも杏寿郎は分かっていた。

 「では、我々も帰るぞ」

 杏寿郎が顔を上げると、袂から出した札を襖に張り付ける女の姿があった。彼女が柏手を一つ落として『開門』と唱えれば、襖がひとりでに開き青白い空間が口を開く。
 今更この程度で狼狽える杏寿郎ではなかったが、普段の行動力は鳴りを潜めていた。そんな彼を女は一瞥するも何も語らずに襖の先へと歩きだしてしまう。
 そこで慌てて羽織を掴んで立ち上がった杏寿郎に、横へ並び立った歌仙が大丈夫だと諭した。幾ばくかの緊張を抱えながら彼が敷居を超えると、戸が閉まり神隠しが完了する。

 「審神者殿に聞きたいのだが、これから俺は如何に扱われるのだろうか?」
 「それは直接、主に聞いてくれ」

 杏寿郎が半歩前を進む先人へと気になっていた事を訪ねれば、“口”と書かれた面布を外した女から先程とは異なる男の声が響く。
 ぴたりと足を止めた杏寿郎を振り返った女は、“写”と背に書かれた羽織を脱いだ途端に、全身が真っ白な衣で包まれた人物へと変化していた。

 「よもや…今日は驚いてばかりだな」
 「そうか!驚いたか!ははは!」

 何処か得意げな男は暫し初雪のような髪を揺らして笑っていたが、歌仙に背を叩かれると「俺も刀剣男士、鶴丸国永(つるまるくになが)だ」と名乗り上げる。

 「時間を渡れるのは刀剣男士だけでな、俺を憑代に主が喋っていたんだ」
 「彼女は、この先の本丸で待っているよ。さぁ、早く行こう」

 そう言葉に背中を押された杏寿郎は大きな返事を一つ返すと、まだ対面すら果たしていなかった恩人の元へと歩みを再開するのだった。
 それが鬼殺隊炎柱・煉獄杏寿郎が死ぬ三日前の出来事であり、彼の死に纏わる真相であった。

 *

 白い空間を進むこと数秒、靄がかった景色が浮かび上がってくる。鬼殺隊、特に柱が親方様と呼ぶ人物の住まいに引けを取らぬ立派な日本家屋が杏寿郎達を出迎えた。
 白と若草もゆる景色の境目を越えた時に杏寿郎は肌を走る空気に背筋を伸ばす。神聖な場所に踏み入った先は能舞台のような空間で、陽の気で満たされていた。

 「おかえりなさい、あるじさんが大広間でお待ちだよ」
 「おう!乱、本丸の守り、ご苦労様だったな」

 鶴丸達を出迎えたのは薄い色髪が美しい乱藤四郎(みだれとうしらう)だった。その愛らしい出迎えに杏寿郎は己の継子、今は同じ柱の恋柱・甘露寺蜜璃の姿を思い出していた。

 「後ろにいる人が新しい審神者さん?」
 「うむ?!俺は審神者になるのか!?」

 フライング気味に話を聞かされた杏寿郎は思わず声を響かせており、その余りに大きな声で前方の乱と鶴丸はひっくり返りそうになっていた。
 しかし、鶴丸が「これは驚いた!」と騒ぎ始めると乱も釣られて笑いだし、歌仙からは呆れにも似た溜息と共に「詳しい話は中で」と言葉を続けた。
 軽やかな足取りで進む乱と、それを追う鶴丸の後に続いて能舞台から伸びる廊下を渡り、杏寿郎は桜乱れる庭を眺めながら屋敷へと向かっていく。
 先程まで杏寿郎がいた世は冬が深まる手前だったが、ここでは春日和の心地よい風が頬を撫でて、新緑の香りを運んできている。
 やいのやいのと賑やかに、それでいて穏やかな彼らの人柄もとい刀柄も相まってか、桃源郷のようだと杏寿郎は微かに眉尻を下げていた。
 その表情は彼の弟によく似ており、もう二度と会えぬ家族へと抱いた気持ちは、杏寿郎の代わりに日輪・煉獄が代弁する事になる。

 「あるじさん!みんな来たよ~!」
 「主よ、いま帰ったぜ!」

 乱と鶴丸の二人が襖を開けて中へと消えていくのを杏寿郎は注視しながら呼吸を整えていた。
 あの炎柱・煉獄杏寿郎が緊張しているなど信じられない話ではあったが、彼もまた人の子である。しかし、それを億尾にも出さないのは流石と言うべきだろう。
 くるりと体の向きを変えた彼が一歩踏み出した先には、面布こそしていなかったが鶴丸が化けていた女性と変わらぬ姿の人物が上座で胡坐をかいていた。
 煙管を吹かせながら肘起きに身を委ねる姿は遊郭の遊び人であったが、その脇に控える筋骨粒々の武人が控えて要る為に、賭場の元締めにすら見えてくる。
 それでも杏寿郎は臆することなく、向かいに引かれた座布団へと膝を下ろした。ぴしゃりと閉められた襖の近くには歌仙が、杏寿郎を挟んで両サイドの壁には鶴丸と乱が控えた。
 殺気こそなかったが警戒されているのは杏寿郎にも分かった。しかし彼は気分を害するどころか、主を守らんとする刀剣男士達に尊敬の念を抱いているようだった。

 「やめろ」

 始めて口を開いた主は、煙管盆の灰落としにキセルの柄を打ち付けながら、それはそれは煩わしそうに顔を歪めていた。
 誰に何をとは言わなかったものの刀剣男士達は心得たように苦笑いを浮かべると、鶴丸と歌仙は腰を上げて乱のいる方へと座り直す。

 「私が審神者、この本丸の主だ」
 「俺は煉獄杏寿郎!この命、拾って頂き感謝する!」

 杏寿郎は改めて名乗りを上げると、心からの感謝を表すように深く頭を下げて感謝を轟かせた。その振動で女主の後ろに飾られてた掛け軸が微かに揺れている。

 「もののついでだ、気にするな」
 「いや、それでも礼儀は大事だ!」

 畳の目を見つめたまま告げる杏寿郎に帰って来たのは、溜息と云うよりかは嫌気に近い息であったが、彼がそれで態度を変える事はなかった。

 「戦事に身を置く貴殿なら分かると思うが、我々の組織も深刻な人手不足でな」

 語りだした女主に杏寿郎は静かに顔を上げるも決して口は挟まないでいた。武家の子に相応しい降るまいに刀剣男士達からは何処か懐かしげな視線が向けている。

 「つまり、新たな人身御供が欲しかった訳だ。人柱にされて感謝する馬鹿はいまい?…いや、貴殿は既に柱だったな」
 「………俺は俺の責務を全うするまでだ」

 女主の皮肉にも杏寿郎は誠実さでもって応えていく。反らしも揺らぎもしない彼の瞳に何を想ったのかは彼女の刀達でさえ計り刷れなかった。
 しかし、先程とは異なる様相で身を起こした女主は、佇まいを正して杏寿郎を凝視する。その差だけで値踏みの段階は過ぎたのだと誰しもが理解した。

 「貴殿を拾ったのは審神者に必要な神力が検知されたからだ」
 「俺に神力が?」
 「ああ、日輪刀が刀剣男士化したのが、その証だろう」

 そう説明された杏寿郎が浮かべたのは申し訳なさぜな表情であり、己の言葉を脳内で反芻した女主も嗚呼と零してから額に人差し指を押し当てていく。

 「…神力や刀剣男士については追々話す。とりあえず、貴殿には審神者になってもらう。否定は」
 「うむ!了解した!」

 それには食い気味で返答する杏寿郎に、等々女主も目を見開いて口の端を吊り上げた。愉快はたまた滑稽を画いた唇からは微かに笑い声すら漏れていた。

 「それにあたって私の後ろにある蜻蛉切(とんぼきり)を世話役に付ける。日輪・煉獄と共に、ここで暮らせ」
 「彼も一緒なのか?!だがしかし、あの者は」
 「みすみす自分の刀を折る訳がないだろう。今、日輪・煉獄の回収に向かわせている」

 その為のお守りだと偽装工作の方法を説明していたが、残念ながら杏寿郎の耳に届いてはいなかった。また日輪・煉獄と会える事の方が彼にとっては嬉しい知らせだったからだ。
 皮肉も効かなきゃ話も聞いていなさそうな杏寿郎に、女主は頭痛でも覚えたかのように眉間を寄せたるも、一癖も二癖もある男には慣れている溜息一つで片付けていく。
 そんな己の主を見て吹き出したのは今の今まで大人しく座っていた鶴丸であり、やれやれと嗜める歌仙に交じって乱が横槍を入れ、本物の槍は蜻蛉切らしい苦笑いを零す。

 「今日は、もう休め。続きは明日だ」

 暫し無言で目を細めていた女主は、そう杏寿郎に告げるなり早々と部屋から出ていってしまう。その後に続いたのは歌仙一振りのみ。
 他の面子は杏寿郎へと好奇な視線を向けていた。世話役の蜻蛉切よりも先に声を上げて詰め寄ったのは、やはりと言うべきか乱だった。

 「ボクは乱藤四郎!よろしくね!」
 「うむ、乱少女…いや、乱少年も刀剣男士なのか?」
 「そうだよ!でも、少女って呼んでくれてもいーよ♪」

 乱の容姿と性別の差は大正を生きていた杏寿郎には中々に刺激が強く、一瞬狼狽えて喉を詰まらせたが彼は持ち前の柔軟性でもって頷きを返していく。

 「あるじさんは名卸できるぐらい凄い人だから、きっと君の事も立派な審神者にしてくれるよ!」
 「乱殿、杏寿郎殿が困惑されてるので少し落ち着いてくだされ」
 「杏寿郎は俺達や審神者の事は何一つ知らんからな~、名卸と言われてもぴんと来ないだろ」

 乱を蜻蛉切が窘める傍ら、鶴丸は杏寿郎の隣に腰かけて代弁を零した。容姿や振る舞いに反して鶴丸は刀剣男士の中でも年長者に当たる為か、人を驚かせつつも面倒見は良かった。
 それに加えて人を見る目も優れているからか、所々分からないなりにも真面目に聞いていた杏寿郎を可愛く思ったのかもしれない。この本丸の鶴丸は、そういう刀のようだった。

 「本来、審神者は分霊つまり複製を励起させるだけで、歴史を持たない刀を刀剣男士化する事は出来ない」
 「しかし、主殿は俺の日輪刀を刀剣男士に変えたが?」
 「“神力”を“歴史”で象り“神霊”と成す。だが、歴史の代わりに“名”で縛り覚醒させるのが名卸の力って訳さ」
 「なるほど」

 謎が一つ解けた事に杏寿郎は清々しく頷きつつも、至らぬ己を律するように身を引き締める。いまだ尚、鬼殺隊士としての未練はあれど、彼は決して立ち止まりはしなかった。

 「まぁ、そう気張るこったねぇ。主も気難しく見えて案外気持ちのいい人間だからな」
 「うむ、気遣い痛み入る!」

 鶴丸に肩を叩かれ、乱と蜻蛉切に微笑まれた杏寿郎は、やはり審神者と云う新たな責務に邁進しようと心中で誓うのだった。

 こうして煉獄杏寿郎の目まぐるしくも嫋やかな審神者修行が始まりを告げる。
 未来の社会情勢から審神者としての知識を学び、時に刀剣男士と手合わせをして体を動かす日々は、彼にとって充実そのものだった。
 本丸に訪れた二日後に日輪・煉獄と再会を果たした杏寿郎は、無限列車での話を聞きくなり、産屋敷での竈門少年を思い出しながら静かに感謝を溢していた。
 鎹鴉の要は、いつか訪れる鬼舞辻無惨の最後を、杏寿郎に代わって見届ける為に、あちらへ残る事を選んだ。そんな相棒にも彼は頭の上がらぬ想いを抱いたのであった。
 そうして、ある日の晩、最終戦を鳥の視点で夢に見た杏寿郎は、無意識の内に竈門少年と繋がり、彼を押し上げいたのだった。
 詳しい話は、また別の機会にでも語られるだろう。紆余曲折の果てに恋仲へと至った杏寿郎と女主の馴初めなんかと共に。
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