行きつく先はみな同じ
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目を開けると、目の前に広がるのは上も下も分からないくらい暗い闇だった。見渡せど途切れることのない深い闇。手を目の前に持ってきても光の無いこの場所では当然見えるはずもなく。分かるのは俺は逆さまの状態で浮いている、というよりも漂いながらゆっくり落下していることが感覚で分かった。
どれだけの時間落下してるのかはわからないが、とりあえず頭を上にしたい。
なんとか頭を上にしようと一人奮闘していると、目の前が突然明るくなったかと思えば真っ暗な空間に白く発光している5の数字が浮かび上がる。5の数字が消えて次に4の数字が浮かび上がり,3,2,1とカウントダウンがはじまる。数字が0になると、おぎゃーおぎゃーと、どこかの病室で赤ん坊が産声を上げる映像が流れ始める。その映像が俺と妹が誕生した時のものだと気づくのは、生まれたばかりの我が子を大事そうに胸に抱く、もう写真でしか顔を覚えていない母親が映ったときだ。
映像は俺の今までの人生を映していく。産まれたばかりの俺と妹を抱いて幸せそうに笑う両親。初めてのハイハイ。初めてたったとき。そして両親の葬式。妹と引き離された瞬間。初めて行った養父母との旅行、小学校・中学校・高校の入学式。高校の卒業式の映像が終わると皐月とであったときの映像が流れ始めたかと思えば、次の瞬間には俺の葬式の映像に切り替わった。
《明君すまない、あの時私が早く帰さなければ。君は・・・》
《明あのね、明に上げる筈だったプレゼントね、赤ちゃんだったんだ。私と明の赤ちゃんだよ。お父さんになったんだよ、なのに、ッ》
《ッウ゛、お兄ちゃん何十年ぶりかな。でも、こんな形で、会いたく、なかったよッ・・・!》
泣きながら謝る店長、子どもができたことを告げる皐月、大粒の涙をボロボロ零している双子の妹・舞。
映像を観ながら、謝らないでくれと、一緒に喜びたかったと、再会を喜びたかったと、渦巻く感情に胸を痛めながら
―――眠たくないはずなのに、重くなった瞼を閉じる
気がつくととてもフワフワした心地よい場所にいた。閉じていた瞼を開いて状況と場所の確認しようと瞼を開いてもなにも映らい、それどころかぼやけているようにもみえる。
(生涯シネマの次はなんだよ、つかまだ逆さま・・・・)
またどうにか頭を上にしようと動こうとした瞬間、自分を包み込んでいたフワフワがどこかへ流れていくのがわかった。次第に押し出される感覚がしだし、下っていきながら頭を圧迫される。ゆっくり、時間をかけて下る。どれくらいたっただろうか、時計がない為どれほど経ったか分からないが、頭の頂点に圧迫感がなくなり「お、そろそろ出られる?」謎の圧迫感からやっと解放されるのだと安心した。そして頭全体が解放されて、解放感から声を出した。のだが、
『オギャーーーー!』
俺の口から出たのは解放感からの吐息ではなく産声で。
(え、なに?どゆこと)
声をだそうにも、出てくるのは泣き声ばかり。ややあって、べつの泣き声がし
「おめでとうございます元気な双子の男の子と女の子です!」
先ほどまでの圧迫感、赤ん坊、自分から発せられている産声。これらのことから導き出される答えは、輪廻転生。聞いたことはあるがそれらはフィクションであったり、嘘である場合が多い。まさか自分がとんでも体験をしようとは。受け入れるしかない現実に打ちのめされているところにさらななる追い打ちをかけるように
「よく男と女を産んでくれた、これで雪村家は安泰だ」
(イマナンテイイマシタ?)
゛雪村家゛。最近聞いた――読んだ事のある苗字だ。薄桜鬼。今となっては前世で死ぬ直前で読んでいた漫画。
「男の子が明女の子が千鶴よ」
母親らしき人が名前を言いながら俺の頬を撫でる。ちょいまち、確か千鶴の双子の兄は薫で、俺の横には産まれたばかりの千鶴と名づけられた猿みたいなくしゃくしゃ顔の赤ん坊。
(・・・・・これは今巷で人気の転生トリップですか?しかも成り代わりのオマケつき)
そのての本は読んだことがないのでよくわからないが、とりあえず俺は南雲薫の立ち位置に成ったのだろう。
産まれたばかりの赤ん坊の脳でむつかしいことを考えてたからか、それともまだ生まれて間もないからか、強烈な眠気に襲われる。むつかしいことは起きたら考えよう。おやすみなさい・・・・・・・すやあ。
どれだけの時間落下してるのかはわからないが、とりあえず頭を上にしたい。
なんとか頭を上にしようと一人奮闘していると、目の前が突然明るくなったかと思えば真っ暗な空間に白く発光している5の数字が浮かび上がる。5の数字が消えて次に4の数字が浮かび上がり,3,2,1とカウントダウンがはじまる。数字が0になると、おぎゃーおぎゃーと、どこかの病室で赤ん坊が産声を上げる映像が流れ始める。その映像が俺と妹が誕生した時のものだと気づくのは、生まれたばかりの我が子を大事そうに胸に抱く、もう写真でしか顔を覚えていない母親が映ったときだ。
映像は俺の今までの人生を映していく。産まれたばかりの俺と妹を抱いて幸せそうに笑う両親。初めてのハイハイ。初めてたったとき。そして両親の葬式。妹と引き離された瞬間。初めて行った養父母との旅行、小学校・中学校・高校の入学式。高校の卒業式の映像が終わると皐月とであったときの映像が流れ始めたかと思えば、次の瞬間には俺の葬式の映像に切り替わった。
《明君すまない、あの時私が早く帰さなければ。君は・・・》
《明あのね、明に上げる筈だったプレゼントね、赤ちゃんだったんだ。私と明の赤ちゃんだよ。お父さんになったんだよ、なのに、ッ》
《ッウ゛、お兄ちゃん何十年ぶりかな。でも、こんな形で、会いたく、なかったよッ・・・!》
泣きながら謝る店長、子どもができたことを告げる皐月、大粒の涙をボロボロ零している双子の妹・舞。
映像を観ながら、謝らないでくれと、一緒に喜びたかったと、再会を喜びたかったと、渦巻く感情に胸を痛めながら
―――眠たくないはずなのに、重くなった瞼を閉じる
気がつくととてもフワフワした心地よい場所にいた。閉じていた瞼を開いて状況と場所の確認しようと瞼を開いてもなにも映らい、それどころかぼやけているようにもみえる。
(生涯シネマの次はなんだよ、つかまだ逆さま・・・・)
またどうにか頭を上にしようと動こうとした瞬間、自分を包み込んでいたフワフワがどこかへ流れていくのがわかった。次第に押し出される感覚がしだし、下っていきながら頭を圧迫される。ゆっくり、時間をかけて下る。どれくらいたっただろうか、時計がない為どれほど経ったか分からないが、頭の頂点に圧迫感がなくなり「お、そろそろ出られる?」謎の圧迫感からやっと解放されるのだと安心した。そして頭全体が解放されて、解放感から声を出した。のだが、
『オギャーーーー!』
俺の口から出たのは解放感からの吐息ではなく産声で。
(え、なに?どゆこと)
声をだそうにも、出てくるのは泣き声ばかり。ややあって、べつの泣き声がし
「おめでとうございます元気な双子の男の子と女の子です!」
先ほどまでの圧迫感、赤ん坊、自分から発せられている産声。これらのことから導き出される答えは、輪廻転生。聞いたことはあるがそれらはフィクションであったり、嘘である場合が多い。まさか自分がとんでも体験をしようとは。受け入れるしかない現実に打ちのめされているところにさらななる追い打ちをかけるように
「よく男と女を産んでくれた、これで雪村家は安泰だ」
(イマナンテイイマシタ?)
゛雪村家゛。最近聞いた――読んだ事のある苗字だ。薄桜鬼。今となっては前世で死ぬ直前で読んでいた漫画。
「男の子が明女の子が千鶴よ」
母親らしき人が名前を言いながら俺の頬を撫でる。ちょいまち、確か千鶴の双子の兄は薫で、俺の横には産まれたばかりの千鶴と名づけられた猿みたいなくしゃくしゃ顔の赤ん坊。
(・・・・・これは今巷で人気の転生トリップですか?しかも成り代わりのオマケつき)
そのての本は読んだことがないのでよくわからないが、とりあえず俺は南雲薫の立ち位置に成ったのだろう。
産まれたばかりの赤ん坊の脳でむつかしいことを考えてたからか、それともまだ生まれて間もないからか、強烈な眠気に襲われる。むつかしいことは起きたら考えよう。おやすみなさい・・・・・・・すやあ。