ジェイド × ジャック

四十九日までの恋人



 オオカミの獣人属は愛した相手を一生涯愛し抜くらしい。迷惑でも中々面白かったゴーストマリッジで彼のオオカミの獣人が言っていたことだ。

 それは真実であるのだろうか。興味を持ったら調べたくなる。獣人属関連の書物を読んでみたが詳しいオオカミの獣人属の恋愛観は載っていなかった。けれど、所々に「生涯愛する番いはただ一人」と記載されている。さて、この多様性を大切にするこの現代でも同じことが言えるのか。ネットで調べると離婚話が出て来るが最後の結末にいい話がない。さらに死別についても調べると番が死ぬと数ヶ月後、片割れの番が後を追うように衰弱して亡くなる話もあった。

 なんて性質だ。一夫多妻も可能なウツボの人魚であるジェイドには考えられない重苦しい愛だ。一途なんて可愛い言葉で片付けられない。オオカミの獣人属でなければ耐えられない愛の形だ。けれど、興味はあった。いや、興味があったからジェイドは一人黙々調べていたのだ。

 パタンとあまり役に立たなかった古びた資料を閉じる。戻そうと席を立つと目立つ大きな耳が見えた。あそこまで立派な耳はナイトレイブンカレッジにも早々居ない。大きな三角の真っ白で先が少しだけ黒い耳こそジェイドが興味を抱いたオオカミの獣人。

 資料を片手に抱いてジェイドは近寄る。一歩、一歩、対象者に近づいていく。そして、この一歩は死地に飛び込む一歩でもあった。
 好奇心は猫をも殺す。けれど、その好奇心を探らないなんて選択肢はない。一度きりの人生たまには博打を打ってみなくては面白くない。
 ジェイドはこのとき勝算など一切関係なく。ただ、己の興味から、駆り立てられる好奇心からオオカミに挑みに行った。


   ◆ ◆ ◆


「最近、おざなりでは?」

 あまり使われない棟の、埃が薄らと積もる空き教室。そこでジェイドは呼び出した仮初の恋人に詰め寄っていた。
 相手はジェイドと大して身長は変わらない。けれど、年下にも関わらず体躯だけはひと回りも、ふた回りも立派であった。とはいっても、その体格の差など魔法でどうとでも出来る力量の差がある。実際に拘束魔法で身動きが出来なくなるほどの差なのだ。

「ジャックくん」
「なんすか?」

 ジャック・ハウル。ジェイドが興味本位で近づき、好奇心で恋人にした一学年下のオオカミの獣人属。白のような、銀のような美しい色の髪色に混じる黒。大きな耳はピンと立っていてたまにピクと動く。今ではどれも仮初とはいえ全部がジェイドのものだ。だというのに、この恋人最近素っ気ない。

「随分と素っ気ない返事をしますね」

 そのまま言えば「いつもと変わんねぇっすよ」とにべもなく斬り捨てる。違うとジェイドは心の中で答える。
 つい先週まで彼は触り心地のいい尻尾を誰が見ても分かりやすく振っていた。だのに、今日は、いや昨日も、一昨日も、先一昨日もジェイドに会っても尻尾は動かなかった。耳だってあれだけ可愛らしく忙しなく動いていたのにもうあまり動かない。
 はて、何か機嫌の悪いことをしてしまっただろうか。思い当たることが全然ない。唇に指を当てて考えていると「四十九日」と聞こえた。

「四十九日?」
「ああ。四十九日経ったし……終わりだなって思ってよ」

 つぃっと向けられた瞳。それは「舐めたら美味しそうだね」とフロイドが言っていた金の瞳。甘い蜜の飴玉みたいだった瞳。今その瞳は空気が冴えわたる寒空に浮かぶ満月のようだった。
 冷たい瞳でジェイドを射抜く。どうやらジャックはジェイドが考えているほど恋に恋する少年ではなかったようだ。ロマンチックな恋愛観を持っている種族なくせに。

「……いつから?」
「弁明なしか。あんたを好きになってから」
「おや。では、分かっていたのに告白を?」
「ああ。四十九日だけな」

 だから、その四十九日は何なのだ。訊いたことのない意味に苛立ちが募る。

「はっ。あんたでも苛立つんだな。それよりコレ解いてくれよ」

 腕を動かしながら小生意気な態度をするジャック。この態度にどうやらジェイドに殴るかかる気配はない。ならば、もう拘束する意味もうないが。

「万が一ということもあるので」

 にこりといつもの笑みを貼りつけて言う。サバナクロー寮の中でも拳に自信あるジャック。その彼に弄んだ詫びで殴られたら溜まったものではない。ジェイドでも全治一ヶ月の怪我をくらいそうだ。

「あんたを殴る気なんかねぇよ。つか、殴る価値もない」
「おや。意外」
「無駄な喧嘩はしねぇ主義だからな」

 「だから解いてくれ」というジャックに逡巡してマジカルペンを手にする。そして、彼に向けて解除の呪文を呟く。シャラシャラと魔法が解ける音が響き、カシャンと壊れた音がした。

「あざっす!」

 手首を擦るジャックは妙に晴れやかな顔だ。爽やかすぎる表情にジェイドが困惑してしまう。

「怒らないのですか?」
「喉元過ぎれば熱さを忘れるってやつだな。ま、最初は腹が立ったけど」

 「もうどうでもいい」とあっけからんと言うジャック。そのジェイドは身体の中を掻き毟られるような心地がした。

「オオカミの獣人属は一生涯一人しか愛さないと聞きますが」
「ああ。原則な。けど――愛したことをなかったことにすることもできるだろ」

 なかったことに、はっきりと言われた。つまり、四十九日と少し前のジェイドの恋に関する記憶をジャックは忘れようとしているというのだろうか。

「そんなこと出来るのですか」
「おいおい。魔法薬学が得意科目言っていたじゃないっすか」

 分かっているだろ、と意地悪く笑う目の前の人は果たしてあのジャックなのだろうか。ジェイドが知っているジャックは――ジャックは一体どんな風に笑っていた。思い出せない、と緩やかに唇を手で隠す。

「はは。いいじゃないっすか。あんただってこれから出逢う本当に愛する人が出来たときに俺みたいな重い奴がいちゃぁ大変だろ」

 これから愛する人という言葉。ジェイドの未来に現れるかわからない不確定な存在。そのためにジャックはジェイドとの蜜月を消すというのか。考えて苛立ちが最高潮に達した。

「忘れれば解決とは随分女々しいことをお考えで」

 咄嗟に出て吐き出した言葉は売り言葉だった。彼は分かりやすくジェイドの兆発に片眉を上げた。

「よくそんなこと言えんな」
「そうでしょうか? 忘れないとやっていけないんなんて女々しい意外にないですよ」
「あァ?」

 ピリッと肌に差す空気。ジャックが纏う空気が刺々しくなっていく。

「チッ。悪びれねぇ人魚だと思っていたけどここまで言うとはな。まだサンプルが足りないのかよ。ああ、それともあれか。オオカミの獣人属は番いと別れてからどれくらいの期間で衰弱して死ぬかまで知りてぇのか?」

 悪趣味だなと嘲笑うジャックに珍しく頭に血が上り「そこまでは言っていない!」と叫んでいた。誰もジャックが衰弱して死ぬ姿など見たいなんて思っていない。そう考えてジェイドの頭がすっきりとした。

「とりあえず俺はもう満足した。これからクルーウェル先生のとこ――」
「ジャックくん」

 んだよ、と気だるげに向けて来る瞳は苛立ちが含まれている。ジャックも苛立つことがあるのか。初めて知った。そのことが僅かに嬉しかった。だから、まだ彼を手放せない。
 その冷たい満月の瞳を真っ直ぐに見据えてはっきりと伝える。

「ジャックくん。貴方のことが好きです」

 「恋人になってくれますか」と付け足せばジャックの目がさらに丸くなっていく。

「なに、言ってんだ」
「今、貴方に恋してしまったので告白させていただきました」

 返事は、と促すとジャックの瞳が業火に燃えた。あの大きな手がジェイドの胸倉を掴んだ。ぐいっと近くなる距離で彼は牙を剥いて喉を低く唸らせた。

「ふッざけんなよッ!」

 ギリギリと締め上げられる首元、同時にジャックの鋭い目尻に綺麗な粒が浮かぶ。首が締まる苦しみよりもジェイドはその美しい粒に目を奪われた。
 不意に手を伸ばして目尻を拭う。でも、拭っても次から次へと溢れて来た。

「くっ、あんた、ほんとにもうやめてくれよ」

 彼は乱暴に胸倉を離して零れる涙を乱暴に拭った。ジェイドは噎せながらジャックに近づく。

「ジャックくん」
「やめろ。もう呼ぶな。本当にやめてくれ」

 伏せられる大きな耳が堪らなく愛おしい。これか、この感情がそうなのだろう。きっと〝愛〟と呼ぶのだろう。

「ジャックくん。ごめんなさい。けれど、僕もう貴方が好きで仕方ないんですよ」
「どの口で言ってんだよ」
「貴方をたばかっていた口ですね」

 残念ながらこれでも真実。信じられなくても真実は真実なのだ。

「ジャックくん」
「うるせぇな!」

 顔を覗き込むと赤くなった目元で睨まれた。威力半減。

「これは赤くなってしまいましたね。冷やしましょうか?」
「っ、もう何なんだ」
「そうですね。好きになった子を慰めようと必死な青少年というところでしょうか?」
「……ウソだな」
「おや、失敬な」

 真剣ですよとじっと涙で濡れた満月を見つめる。途端にふっと三日月になった。

「あんた胡散くさすぎ。今付き合うとか無理だからな」
「では、いつになったら?」
「……百日経ったらいいぜ」
「百日?」

 幼い仕草で頷くジャックに首を傾げる。

「それは今日から百日ですか?」
「いや。今日四十九日だからあと五十一日後な」

 先ほどからはっきりとした区切り。でも、ジェイドには日にちの意味が分からない。

「その基準はなんです?」
「……ひみつ」

 今の言い方はすごく可愛かった。けれど秘密にされると余計に知りたくなってしまう。

「調べるのはいいんですか?」
「……調べて出てくればいいっすけどね」

 ニッと口角を上げるジャックに、ジェイドもギザギザの歯を見せる。

「なるほど。では腕の見せ所というところですね」
「そうっすね。はは、見つけたら惚れ直しますよ」
「では、頑張ります」

 前のめり気味に言えば少し引かれてしまった。酷い純粋な言葉なのに。

「はぁ。とりあえずクルーウェル先生のところに行くんで」
「え? 薬は不要では?」

 どうして行く必要があると引き留める。ジャックは腕を掴むジェイドを暫し見つめて「今は、な」と答えた。

「これからも大丈夫でしょう」
「……はっ。すげぇ自信だな」

 今度はジャックが挑発的な眼差しを寄越してきた。その眼差しを真っ向から受ける。

「ふん。やってみろよ」

 今度こそジェイドに背を向けて教室の出入り口に向かっていく。ジェイドももうここに用はないすぐに彼の後ろに着く。

「鏡舎まで一緒に帰りましょう」
「ぜってぇ嫌だ!」

 フンと大股で歩いていく彼に同じく大股で着いていく。中々につれないことを言ってくれる。これはもう一度惚れ直させるのは大変そうだ。
 だのに、ジェイドの唇はいつも以上に楽しげな笑みが浮かんだのだった。



2021.02.03 タイトル変更、一部文章修正
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