ジェイド × ジャック

共に口ずさむ愛の歌



 夕暮れの誰もいない教室にジェイドは独りいた。
 大きな窓から注がれる夕陽は今まさに夜空と交代しようとしている。ジェイドは兄弟の下校の誘いを断りあと少しで完全下校という時間まで教室にいた。

 その目的の人が車であと少し。壁掛け時計を見て図書室から借りていた本を閉じると独特の香りが鼻を抜ける。嫌いではないが好きでもない匂い。でも、海の中では絶対に知ることのなかった匂い。
 陸は本当に面白い。同郷の誰よりもジェイドはこの陸に面白味を見出している。そして、その結果種族の恋人を得た。

 ――ポン。

 頭の中で鍵盤の音が鳴った。すると、波が渦巻くように頭でメロディが繋がっていく。楽器も何もないけれどはっきりと、くっきりと音が形作られていく。

 その旋律にジェイドは唇を動かして声を乗せていく。誰もいないことをいいことに遠慮なく口ずさむ。ここに兄弟がいれば同じように歌ってくれるだろう。幼馴染の彼もまた愉しげに鼻歌で乗ってくれそうだ。
 彼はどうだろう。凛々しい横顔を持つ狼の獣人属は歌が得意だろうか。彼は苦手そうなものが意外に得意であるから歌う案外得意かもしれない。

 ――でしたら楽しいでしょうね。

 興に乗ってくれたら一緒に歌ってくれるだろうか。歌ってくれると嬉しいと思う自分がくすぐったい。それもしかたないのかもしれない。この歌は彼への〝愛〟の歌だから。

 一人歌い続けると、そろそろメロディが終わりそうだと思った矢先だった。
 自分の声とはまた異なる低い声が重なり出した。ふと、教室の出入り口を見れば恥ずかしげに歌う彼が――ジャックがいた。

 一瞬目を瞠ったジェイドだがすぐに微笑み彼を手招く。
 ジャックは首を掻きながら歌うことを止めずにこちらに足を向ける。それに合わせてジェイドも椅子から立ち上がり彼に歩み寄る。それでもお互い歌うことを止めない。
 僅かな夕陽に照らされる彼の銀の髪が何とも美しい。あまりの美しさに歌に乗せれば褐色の肌がさらに赤みを増す。すると、負けじとこちらを讃える言葉を歌に乗せてくる。普段ない彼の賛美に笑みが深くなる。

 お互いが、お互いに愛を語り、時に賛美が混じり合う歌。こうして世の中の恋人は愛を深めるのか。そうではないとは思うけれど今だけはそのようだ。
 広くもない教室でジェイドとジャックが向き合うのはすぐのことだった。同時に向き合った瞬間に歌声はピタリと止む。
 恥ずかしそうにそっぽを向くジャックにジェイドは声を漏らして笑う。

「ふふ。お上手でしたよ、ジャックくん」
「あんたも流石人魚だな」
「人魚だからといって皆上手いわけではありませんよ」

 エレメンタリースクール、ミドルスクールでも下手くそな人魚は下手くそだった。想像すると先ほどの歌が消えそうですぐに忘れてジャックに話しかける。

「意外でした。貴方が乗ってくれるとは」
「……たまたまだ」

 そっぽを向く頬がまだ赤みが残っている。その可愛らしい様子をからかいたいようなそうでないような。

「たまたま、ですか」
「そうだ。文句でもあるのか」
「いいえ」

 じっとりとこちらを睨むジャックに微笑みかける。暫し、無言の時間が暫し流れるとジャックが徐に口を開けた。

「あんたの歌すげぇよかったし……嬉しかった」

 ふわり、ふわりと触り心地の良さそう尻尾が動く。その動きは確かに滲む嬉しさを如実に表していた。
 どうやらしっかりと彼に自分の意図が伝わったのは嬉しくも恥ずかしい。だから、「そうでしたか」としか返せなかった。込み上げる感情はこうも言葉にし辛いものなのか。故に、人は歌ったのかもしれない。

「また今度歌いましょう、ジャックくん」
「……気が乗ったらな」
「そう言わずに……ふふ」
「なんだ」
「いえ」

 睨んでくるジャックに首を振る。きっと彼は自分の歌に素直に乗せてくれるのだろう。想像すると今にも歌い出したくなる。けれど、できれば次は彼から始めてほしい。
 小さな願いはきっと簡単に叶うだろう。彼はそういう人だから。

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