星を見上げた、キミと共に
君の一等星になりたい
いつか窓を開けて見上げた星空。彼は故郷の夜空は満天の星だと言った。自分もきっと驚くに違いないと言った。そのとき込み上げた感情はまだ胸の奥に大切に仕舞って時折引っ張り出して思い出した。
一体どれほど美しい満天の星空なのだろうか。ジェイドは何度か彼――ジャックの故郷の場所を検索して星空の画像を見た。画像からでも美しい夜空だった。でも、小さな画面では彼が言いたかったことはきっと一ミリも伝わっていない。それに、ただ画像を見るだけでは何も感慨がわかない。
キンと冷える空気の中、隣には話してくれたときのようにジャックがいなければいけない。だから、この画像は何ら意味のないものなのだとすぐに検索するのをやめた。
いつ、いつか、ジャックが言っていた景色を見たい。そして、あの星座は何なのか。二人肩を並べて話したいなんて思う自分に笑いが込み上げた。
そう笑ったのはいつだったか。笑ったときは「平凡な夢だ」と思った。けれど、その平凡と称した夢を実際に叶えると人間はどうやら涙が止まらないらしい。
早く涙を拭わなければ凍ってしまう。だのに、寒さで腕が億劫になったのだろうか。涙を拭おうと腕が上がらない。
「ジェイド先輩、」
呼ばれた声に星空に釘づけになっていた視線を動かす。それと同時に目尻から零れた涙が拭われた。先ほどまで手袋に包まれていた指はいつの間にか素手になっていた。
乾燥した指が傷つけないように優しく拭う。冷えた頬に彼の指から伝う温もりが移る。鋭く刺さる空気とは正反対の優しい温もり。
「あんたでも泣くんだな」
「僕も意外でした」
指が離れるのを名残惜しく感じながら「感動して泣くことがあるなんて」と続けた。
陸に上がって今年で四年目。今まで感動したのはきっと数えるほど。その中で、今日が一番印象的かもしれない。
ジェイドは四年生となってナイトレイブンカレッジでの最後のウィンターホリデーを迎えた。ホリデーバケーションシーズンは実習も休み。故郷は相変らず流氷で帰れない。今年も寮で過ごすだろうと考えていたところへ、ジャックが一緒に自分の故郷に行かないかと誘って来た。
最後の年だからアズールと、フロイドと過ごすなら断ってもいい。緊張した面持ちのジャックに、ジェイドは迷うことなく彼を選んだ。
この選択にジャックは強張っていた表情が緩む。安心というよりも拍子抜けという顔だったけれど。その顔を茶化しながら内心で自分でも驚いていた。まさか、迷いなくすぐにその手を取ることになるとは。
「貴方が言っていたとおり満天の星ですね」
「だろ?」
写真なんか目じゃないぜ。誇らしげに再び空を見上げるジャック。つられるようにジェイドも夜空を埋め尽くす星を見上げる。
「よかった。あんたが卒業する前に一緒に見られて」
ほんとうによかった。噛みしめるように何故寂しいことを言うのだろうか。
見当はついている。ジャックはこの先のジェイドと共に時間を過ごす未来を描けていない。自分の性質の所為だといえばそう言える。けれど、彼にはジェイドの性質など関係ないと思っていた。気にしていないと思っていた。
「あっと、実習もこれからもっと忙しくなるんすね。頑張ってください」
寂しい声はすぐにキラキラした後輩の声になった。
ジャックは終わらせようとしている。次に会うときは全国魔法士養成学校総合文化祭だろう。そこまで連絡を取れない日々も続くはずだ。だから、きっとこれで終わらせようとしている。
「随分と勝手だ」
「え」とジャックがこちらを見る前にジェイドはマジカルペンを手にする。それから彼のお得意の防御魔法を使う前に仕掛ける。
重力操作の魔法を使い三年生になってさらに立派になった身体を押し倒す。ドサ、と積もった雪に倒れた。魔法も使っているから倒れても痛くないはずだ。
魔法をすぐに拘束魔法に切り替えて動けないようにする。その身体の上に乗って喉を低く鳴らしながらこちらを睨む満月のような瞳を覗き込む。
「声は出せますよ?」
「何すんだ!」
「フフ。随分と陳腐な質問だ。他に訊くことはなかったんですか?」
言葉を詰まらせるジャックは拘束魔法を解こうとする。魔法を自力で解くなんて無駄なことを魔法士見習いで優秀な彼はわかっているのに。
何とか動こうとするジャックの顔を両手で固定し、真っ白な吐息が混じる距離まで詰める。彼が息を飲んで身動きするのをやめた。
いい子、と思いながら彼に囁く。
「ジャックくん。終わりませんよ、まだ」
ね、と言って慰めるように前髪を掻き分けてキスを贈る。それでも足りなくて顔中にキスの雨を降らせた。最後に「ぅ」、「ぁや」と可愛らしく鳴き声を漏らす唇を重ねる。
他と違いゆっくりと重ねて食んで離れる。僅かに上がる息。そして、同じように僅かに乱れた息と絡み合う。
「せんぱ、」
「はい。何ですか?」
揺れる声に優しい声で返事をする。覗き込む瞳は水面に映る満月に変わっていた。そういうときはこのオオカミが心揺れている証し。生涯でひとりを愛すると言うなら貫き通す重さもあっていいというのに。その重さくらい耐えてみせるくらいの気持ちはあるのに。
「ジャックくん。今度は僕の故郷で星を見上げましょう」
拘束魔法を解いて彼が動けるようにする。身体を押されるか。けれど、ジェイドの予想と反して彼は縋るように背中に腕を回し抱き着いてきた。
逞しい腕がギュッと子どものように背中を抱き、防寒着でモコモコになっている首に顔を埋めた。
「苦しくないですか?」
「平気だ」
くぐもった声は顔を埋めているからなのか。それとも泣きそうだからなのか。どちらでも別にいいか。それよりもジェイドは彼に答えをもらわなければいけない。
「春休み。実家に戻る予定なんです。一緒に行きましょうね」
「フロイド先輩も、アズール先輩もいるだろ」
「いいじゃないですか。彼らも気にしませんよ」
むしろ、今回ジャックの故郷に行くことにとうとうみたいな顔をされたのだから。だから、ジェイドが彼を故郷に連れていくのだって全然問題ないのだ。
「薬もちゃんと用意します」
「深海なんだろ。薬だけで平気なのか?」
「大丈夫です。もう手は打っていますから」
ずっと、どうやったらジャックを紹介できるか考えていた。勿論、両親も人間になることはできる。それが一番いいかもしれない。けれど、ジャックにもあの星空を見てほしい。一緒に出来れば見たい。
「ずっと前から準備していたんですから」
「……はは、そんな前からかよ」
「ええ。そうです」
「俺が断るとか」
「思っていませんよ」
すげぇ、自信だなと言って震えるように笑うジャックの顔が動く。再び見上げる形に戻ったジャックはサッパリした顔をしている。
「来てくれますよね?」
「ああ。俺もあんたのところの星見てぇしな」
ここに負けないくらい綺麗なんだろう。そう言ってジェイド越しに星を見ているジャック。ジェイドはその星を見ている満月のような瞳に映る星を見つめる。
愛おしげに故郷の星を見上げるその瞳に早く自分の故郷の星を閉じ込めてほしい。
早く春が来ないか。子どもの頃のようにジェイドは久々に春を待ちわびた。
いつか窓を開けて見上げた星空。彼は故郷の夜空は満天の星だと言った。自分もきっと驚くに違いないと言った。そのとき込み上げた感情はまだ胸の奥に大切に仕舞って時折引っ張り出して思い出した。
一体どれほど美しい満天の星空なのだろうか。ジェイドは何度か彼――ジャックの故郷の場所を検索して星空の画像を見た。画像からでも美しい夜空だった。でも、小さな画面では彼が言いたかったことはきっと一ミリも伝わっていない。それに、ただ画像を見るだけでは何も感慨がわかない。
キンと冷える空気の中、隣には話してくれたときのようにジャックがいなければいけない。だから、この画像は何ら意味のないものなのだとすぐに検索するのをやめた。
いつ、いつか、ジャックが言っていた景色を見たい。そして、あの星座は何なのか。二人肩を並べて話したいなんて思う自分に笑いが込み上げた。
そう笑ったのはいつだったか。笑ったときは「平凡な夢だ」と思った。けれど、その平凡と称した夢を実際に叶えると人間はどうやら涙が止まらないらしい。
早く涙を拭わなければ凍ってしまう。だのに、寒さで腕が億劫になったのだろうか。涙を拭おうと腕が上がらない。
「ジェイド先輩、」
呼ばれた声に星空に釘づけになっていた視線を動かす。それと同時に目尻から零れた涙が拭われた。先ほどまで手袋に包まれていた指はいつの間にか素手になっていた。
乾燥した指が傷つけないように優しく拭う。冷えた頬に彼の指から伝う温もりが移る。鋭く刺さる空気とは正反対の優しい温もり。
「あんたでも泣くんだな」
「僕も意外でした」
指が離れるのを名残惜しく感じながら「感動して泣くことがあるなんて」と続けた。
陸に上がって今年で四年目。今まで感動したのはきっと数えるほど。その中で、今日が一番印象的かもしれない。
ジェイドは四年生となってナイトレイブンカレッジでの最後のウィンターホリデーを迎えた。ホリデーバケーションシーズンは実習も休み。故郷は相変らず流氷で帰れない。今年も寮で過ごすだろうと考えていたところへ、ジャックが一緒に自分の故郷に行かないかと誘って来た。
最後の年だからアズールと、フロイドと過ごすなら断ってもいい。緊張した面持ちのジャックに、ジェイドは迷うことなく彼を選んだ。
この選択にジャックは強張っていた表情が緩む。安心というよりも拍子抜けという顔だったけれど。その顔を茶化しながら内心で自分でも驚いていた。まさか、迷いなくすぐにその手を取ることになるとは。
「貴方が言っていたとおり満天の星ですね」
「だろ?」
写真なんか目じゃないぜ。誇らしげに再び空を見上げるジャック。つられるようにジェイドも夜空を埋め尽くす星を見上げる。
「よかった。あんたが卒業する前に一緒に見られて」
ほんとうによかった。噛みしめるように何故寂しいことを言うのだろうか。
見当はついている。ジャックはこの先のジェイドと共に時間を過ごす未来を描けていない。自分の性質の所為だといえばそう言える。けれど、彼にはジェイドの性質など関係ないと思っていた。気にしていないと思っていた。
「あっと、実習もこれからもっと忙しくなるんすね。頑張ってください」
寂しい声はすぐにキラキラした後輩の声になった。
ジャックは終わらせようとしている。次に会うときは全国魔法士養成学校総合文化祭だろう。そこまで連絡を取れない日々も続くはずだ。だから、きっとこれで終わらせようとしている。
「随分と勝手だ」
「え」とジャックがこちらを見る前にジェイドはマジカルペンを手にする。それから彼のお得意の防御魔法を使う前に仕掛ける。
重力操作の魔法を使い三年生になってさらに立派になった身体を押し倒す。ドサ、と積もった雪に倒れた。魔法も使っているから倒れても痛くないはずだ。
魔法をすぐに拘束魔法に切り替えて動けないようにする。その身体の上に乗って喉を低く鳴らしながらこちらを睨む満月のような瞳を覗き込む。
「声は出せますよ?」
「何すんだ!」
「フフ。随分と陳腐な質問だ。他に訊くことはなかったんですか?」
言葉を詰まらせるジャックは拘束魔法を解こうとする。魔法を自力で解くなんて無駄なことを魔法士見習いで優秀な彼はわかっているのに。
何とか動こうとするジャックの顔を両手で固定し、真っ白な吐息が混じる距離まで詰める。彼が息を飲んで身動きするのをやめた。
いい子、と思いながら彼に囁く。
「ジャックくん。終わりませんよ、まだ」
ね、と言って慰めるように前髪を掻き分けてキスを贈る。それでも足りなくて顔中にキスの雨を降らせた。最後に「ぅ」、「ぁや」と可愛らしく鳴き声を漏らす唇を重ねる。
他と違いゆっくりと重ねて食んで離れる。僅かに上がる息。そして、同じように僅かに乱れた息と絡み合う。
「せんぱ、」
「はい。何ですか?」
揺れる声に優しい声で返事をする。覗き込む瞳は水面に映る満月に変わっていた。そういうときはこのオオカミが心揺れている証し。生涯でひとりを愛すると言うなら貫き通す重さもあっていいというのに。その重さくらい耐えてみせるくらいの気持ちはあるのに。
「ジャックくん。今度は僕の故郷で星を見上げましょう」
拘束魔法を解いて彼が動けるようにする。身体を押されるか。けれど、ジェイドの予想と反して彼は縋るように背中に腕を回し抱き着いてきた。
逞しい腕がギュッと子どものように背中を抱き、防寒着でモコモコになっている首に顔を埋めた。
「苦しくないですか?」
「平気だ」
くぐもった声は顔を埋めているからなのか。それとも泣きそうだからなのか。どちらでも別にいいか。それよりもジェイドは彼に答えをもらわなければいけない。
「春休み。実家に戻る予定なんです。一緒に行きましょうね」
「フロイド先輩も、アズール先輩もいるだろ」
「いいじゃないですか。彼らも気にしませんよ」
むしろ、今回ジャックの故郷に行くことにとうとうみたいな顔をされたのだから。だから、ジェイドが彼を故郷に連れていくのだって全然問題ないのだ。
「薬もちゃんと用意します」
「深海なんだろ。薬だけで平気なのか?」
「大丈夫です。もう手は打っていますから」
ずっと、どうやったらジャックを紹介できるか考えていた。勿論、両親も人間になることはできる。それが一番いいかもしれない。けれど、ジャックにもあの星空を見てほしい。一緒に出来れば見たい。
「ずっと前から準備していたんですから」
「……はは、そんな前からかよ」
「ええ。そうです」
「俺が断るとか」
「思っていませんよ」
すげぇ、自信だなと言って震えるように笑うジャックの顔が動く。再び見上げる形に戻ったジャックはサッパリした顔をしている。
「来てくれますよね?」
「ああ。俺もあんたのところの星見てぇしな」
ここに負けないくらい綺麗なんだろう。そう言ってジェイド越しに星を見ているジャック。ジェイドはその星を見ている満月のような瞳に映る星を見つめる。
愛おしげに故郷の星を見上げるその瞳に早く自分の故郷の星を閉じ込めてほしい。
早く春が来ないか。子どもの頃のようにジェイドは久々に春を待ちわびた。