星を見上げた、キミと共に

そんなたわいもない話をした



 図書室の利用時間も終わりジャックは寮へ戻るための鏡舎に向かって廊下を歩いていた。いつも賑やかな学園は最終下校間近なため人の気配が遠く静かな廊下だった。

 廊下は火の妖精のお蔭で冬の寒さを感じることはない。とはいえ、学園のある地域はジャックの故郷に比べると冬の厳しさをほとんど感じることがない。
 ふいに窓から吹き込む冬の風。その風は炎の妖精が精製する温かな風に相殺されて心地よいものになる。

 どこか窓が空いてんのか?

 もう最終下校間近なのに不用心なと、辺りを見回す。すると、廊下の先にひとつの窓が空いていた。そこから風が吹き込んでいるらしい。
 ジャックは少しだけ足を速めて窓の場所へと向かう。近づくと冬特有の冷たさを孕んだ風がより強く感じるがこれくらい故郷の寒波に比べれば序の口だった。

 窓の前に来て閉めようと両開きの戸に手を伸ばして不意に手を止める。
 ジャックの目に飛び込んできたのは満天の星空であった。星空は故郷でもよく見上げたものだ。珍しくとも何ともないのにジャックはじっと見つめていると――。

「星見ですか」

 ピクと耳が一拍遅れて反応した。聞き覚えのある声に横目で見れば予想していた先輩がいた。

「ジェイド先輩」
「今日は星がよく見えますからね。で、ジャックくんは誰か占っていたんですか?」

 音もなくというようにジェイドは自然とジャックの隣に並んだ。小さな窓を見上げるには高身長の男二人は少々狭い。肩が触れ合いそうになる距離にむず痒くなる。だのに、今日は何故だかすぐに離れる気はなくジャックは再び満天の星を見上げる。

「別に占っていたわけじゃないっすよ」
「では、何を?」

 茶化すような色も抑えられた優しげな声。普段の自分であれば警戒するような声。やはり、不思議と今はそのような気持ちも起こらない。

「故郷の……夜空にはもっと星があったなって」
「そうなんですか」

 「ああ」と素直に頷き故郷の星空を思い出す。ここも星の数は多いようだがジャックの故郷はこの比ではない。特に冬の時期は格別だ。澄み切った空気は肌を痺れさせるほどで鼻は赤く痛くなる。それでもジャックは冬の星空が格別に好きだった。

 命の限り輝く星を飽きることなく見つめて両親に怒られたこともある。それほど故郷の星は美しい。誰にでも自慢できるほどの美しさであり、誰にも教えたくない美しさであるが――。

「ジェイド先輩もきっと驚くほどいっぱいの星だからな」

 横にいる人になら教えてあげたいと思った。それを敢えて言う訳ではない。
 必然的に訪れた沈黙に耐えきれなくなった。自分の発言の所為だとは重々承知だが気恥ずかしくなって窓を閉めようと取っ手に触れたときだった。

「僕の故郷は北の深海にありましてね。この時期はさらに闇が濃くなって寒くなるんです」

 再開された会話にピタと手が止めて耳をピンと立てる。

「稚魚の――幼い頃はこの時期は活動も鈍くなってとても暇でフロイドと一緒に暇を潰すことだけ考えていました」

 低く落ち着いた声は淡々としているようでとても優しい。ジャックは横目で彼を見れば別に普段と変わらない綺麗な横顔があった。哀愁もなにもない顔でジェイドはゆっくりと語る。

「ミドルスクールに進級した頃に両親が海の上に行っていいという許可が出たんです。僕はフロイドと共に海の上へ出たんです。あと少しで冬になるという時期に」

 ジャックは横目に見ていた彼から再び星空を見上げた。

「ちょうど夜でした。海面から顔を出して見上げた先にあったのはこの星空よりもたくさんの星がちりばめられた星空でした……ふふ。確かにここの星空はとてもスケールが小さいですね」

 笑い声に滲む懐かしさにジャックもつられるように小さく笑って「そうっすね」と返す。

「海面から見る星空もおつなものですよ」
「へぇ。そりゃ見てみたいな」

 自然に滑らかに出た言葉だった。返事に期待はせず今度こそ取っ手を掴んで窓を閉める。もう片方も閉めようとジェイドに声をかけようと横を向くと彼もこちらを見ていた。

 ほぼ変わらない身長で肩が触れ合う距離となると必然的に顔の距離もまぁまぁ近い。その距離で彼はつり上がり気味の目尻を下げて邪気の無い笑みで言った。

「僕も貴方と見てみたいです」

 貴方と故郷と僕の故郷の星空を、と続いた言葉はいつになく素直に胸に響いた。



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