Clear a Stage

◆ ジャック視点



「なんだ、ここ……」

 一面真っ白な部屋。置いてある家具に寝具すら真っ白だ。そのくせ窓も、扉もなく閉塞感を覚える。ジャックは徐に壁際に行き殴ろうとしたが触れた感触が硬い。なら、腕力があるとはいえ殴って壊すなどできない。では、魔法はどうだろうか。マジカルペンを取り出して攻撃魔法を放つがなんと吸収された。

「マジか」

 綺麗な壁に触れながら閉じ込められたのか、と冷や汗が流れる。一体、誰が閉じ込めたのか。
 普段からやっかまれている自信はある。だが、だいたい正面から喧嘩を売られるか、陰口を言われるかだ。一度だけ罠に嵌ったことはあるが閉じ込められたことはない。
 油断はできない。自分が通う学校はだだの学校ではない。魔法士養成学校だ。魔法を使って閉じ込める部屋を作るなんてなんて造作もないはず。造作さもないことだが――喧嘩を売ってくる生徒の中でそこまでレベルの奴はいたか。レベルが低いわけではないが人間一人を閉じ込める空間を創れるレベルの奴はいただろうか。
 頭を捻るが見当がつかない。では、誰かの協力を得たのか。ふと、一人思い当たる生徒がいた。もしかして、と考えたときだった。

「ジャックくん?」
「え?」

 呼ばれて顔を上げるといつの間にか目の前にジェイドが立っていた。突然の出現に驚いて尻尾の毛が逆立つが一瞬で我に返って詰め寄る。

「ジェイド先輩! アズール先輩から何か聞いてないっすか!」
「え、アズールですか?」
「っす!」
「いえ、なにも」

 珍しく本気の困惑気味な表情にジャックは自分の考えが外れたのが分かった。どうやらアズールは関係していないようだ。でなければジェイドがいるはずがない。
 それとも何か仕掛け人で知らぬふりをしているのかも。疑い深く考えているとジェイドが「ここは、もしや」と知った風なことを言い出す。

「何か知ってんのか!」
「噂で少々」
「噂?」

 頷くジェイドはそのまま「生徒を閉じ込める白い部屋があると聞いたことがあります」と続ける。それにジャックは首を傾げる。

「閉じ込める?」

 ということはやはりこの部屋は魔法によって創られたと断定できる。すごいことだがなんて性格の悪い魔法だ。ジャックは眉を顰めながら自分が厄介なことに巻き込まれたことを理解した。

「何か出る条件とかは……」
「部屋から出られる条件は毎回違うらしいです」
「毎回違うのか」

 厄介だ。だが、攻撃魔法も利かないならばその条件を満たさない限り出られないのは確定事項だ。
 にしても一体どういう目的で魔法の部屋を創ったのか。懲罰が許されていた時代に使用されていたのか。それとも生徒の腕試しのためか。いや、チームプレイが苦手なナイトレイブンカレッジ生のために創られたのか。
 いや、創られた目的なんてどうでもいい。にしても、なんで自分が選ばれて閉じ込められたのだろうか。

「閉じ込められる人数もバラバラと訊きますが今回は僕とジャックくんだけのようですね」
「……先輩みたいに時間差で現らわれたりは」
「もうないようですね」

 思わず耳を伏せてしまったが慌てて耳を立てる。気をつり直してジェイドの方を見れば困ったように眉を下げながら鋭い牙を唇の隙間から覗かせていた。

「おや。僕ではご不満のようで」
「ぅぐっ。あんたのことだ。部屋を出るのを協力するために対価とか言い出しかねねぇだろ」
「僕も流石にそこまでがめつくありませんよ」

 「僕も早く出たいです」と言うけれどジェイドのことだ。後で何か言い出しかねない。やっぱりそこは警戒しておかないといけない。
 身構えながら他に情報を持っていないか聞き出すことにした。

「条件を満たすって言っていたけどよ。どこでその条件が分かるんだ?」
「確か、紙に書いているとか、壁に文字が浮き出るとか様々ですね」
「マジで統一性がねぇな」
「愉快犯的な方が創った部屋なんでしょうね」

 きっとあんたみたいな奴なんだろうな、という言葉を飲み込んで壁を見てみる。壁は変わらず真っ白なまま何も指示が浮き出て来ない。なら紙でも出て来るのかと歩き出したときだった。カサと音がした。

「あ?」

 見るといつの間にか足元に封筒があった。まさか、と封筒を拾う。封筒はシーリングワックスで封がされていた。ナイトレイブンカレッジのシンボルマークを見るとここの関係者が部屋を作ったのが証明されたようだった。

「ペーパーナイフかなにか」
「ジャックくん」

 肩を叩かれてジェイドを見れば彼が指を指していた。その長い指の先にはいつの間にか現れた白い小さなテーブルがあった。そのテーブルには銀色に輝くペーパーナイフが置かれていた。
 なんて準備がいい。それとも魔法の部屋が好んでこうした演出をしているのかも。部屋が演出するというのが腹立たしいがひとつでも拒否すると出られないかもしれない。ジェイドと暫く二人きりで生活するなど精神が疲れそうだ。ごめんこうむる。
 ジャックはテーブルに行きペーパーナイフを手に取ってシーリングワックスを外す。

「手際がいいですね」
「俺の住んでいる地域では好んで使っている人もいるんで」

 祖父母もシーリングワックスを好んで使っている。だから、やり方も開封の仕方も一通り知っている。

「それは、それは今度詳しく聞かせてください」
「まぁ。それくらいなら」

 やっぱり火を使うものだから海中にある珊瑚の海ではないのだろう。興味深そうに目を輝かせるジェイドにジャックはいつの間にか頷いていた。
 たまにこうして彼はジャックの話を純粋にまた興味深そうに話を聞いてくる。普段の胡散臭い微笑みや何か企んでいる顔をしなければまだ付き合いやすいのだが。いや、それはそれでジェイドではない気がする。
 なんて考えながら封筒を見ると一枚のカードが入っていた。小さなカードに対して封筒が大きすぎねぇかなんて思いながら手に取って書いている内容を呼んで絶句した。

〝一緒に入った相手と十回キスをしなければ出られない〟

 カッと頭に血が上る。ふざけているのか。そうとしか考えられない。いくら愉快犯が創った部屋だとしても冗談が過ぎる。
 カードを持つ手が怒りで震えていると「どうしました?」と冷静な低い声がかけられた。その声で我に返ったジャックは思わずカードを握りつぶしてしまった。

「じゃ、ジャックくん?」

 珍しい戸惑いの声を出すジェイドを見てジャックはカードの内容が頭にチラつき顔が熱くなる。
 照れることではない。恋人でもなんでもないただの先輩後輩の関係でキスなんてできない。できるわけがない。

「カード見せてくれませんか」

 握りつぶしたカードを握る拳にそっと手が重ねられた。ビクッとダサく跳ねてしまった。
 くすと笑われたような声がした。ジャックはじとっとジェイドを見れば困ったように微笑んでいた。

「悪いようにしませんから」

 「ね」と言われて思わず握りしめていた拳が緩む。しまったと思ったときにはジェイドにくしゃくしゃになったカードを取られてしまった。なんて一瞬の出来事であったか。いや、そうではない。

「せんぱ、あの!」
「これは、なるほど」

 遅かった。ジェイドはくしゃくしゃになっていたカードを伸ばして読んでいた。なんて、なんて早いんだ、と感心しながらも顔や体の熱が上がっていく。
 ジェイドにあのカードの内容を見られたことに凄まじい羞恥心が込み上げる。別にジャックの願いでも、書いたことでもない。ただ、部屋が提示した条件に過ぎない。だのに、何故かジャック自身が猛烈に恥ずかしくなっていた。

「ふふ。確かにすぐに見せられる内容ではないですね」
「ッ、そうっすよね!」

 思わず力任せて答えればジェイドが目を丸くしてそれから笑う。肩を揺らしてまで笑う。そこまで笑うなよと悔しさやら恥ずかしさで喉を鳴らす。

「すいません。だって、ふふ、まぁ、いたたまれない内容なのは認めますよ」

 「キスですか」と言うジェイドの唇を思わず見てしまった。薄い唇。荒れている様子も見えない綺麗な唇だった。その唇の隙間からは時折尖った歯列が覗いて見えて――。

「ジャックくん?」
「ぇ、あ、なんでもないっす……」

 思わず唇に見惚れてしまったのが恥ずかしい。相手にも知られてしまってはどうしても「キス」ということに意識がいってしまう。いや、でもほんとにどうすればいいんだ。

「するしか選択はないでしょう」
「ぇ! するんすか!」

 意外な提案に凝視してしまった。ジェイドは何でもない顔をしている。
 信じられないものを見るように見ていればジェイドが眉を下げた。

「ジャックくん。あなたの種族を考えると恋人ではない人とキスをするのはイヤかもしれませんが我慢してください」
「え、や、そうじゃなくて」

 ゴーストマリッジのときのことを覚えていてくれたのか。それは少し嬉しかった。でも、問題はそれじゃない。人魚であるジェイドはやっぱり陸のことに慣れしていない。
 ジャックは後で彼が後悔しないように説明するかのように口を開く。

「いくら出るためとはいえ恋人でもないただの後輩で男とキスなんてできんのか?」
「むしろ、知り合いの後輩であったことを感謝しますよ」

 つまり、ジャックじゃなくても他の知り合いの一年だったらしたのか。途端にモヤモヤしたのに内心で驚愕しつつ「そうじゃなくて」と言い募りたい気持ちだった。

「その、後々気まずなったりしねぇのか」
「ジャックくんは気まずいですか?」

 いつになく真剣なジェイドに何で寧ろそんな冷静なのか。もしかしてこの部屋の経験者だったりするのか。いや、いや、色々な考えが浮かんだ末ジャックは素直になることにした。

「……気まずいつーか、恥ずかしいつーか、うぅ、あの」

 結局上手くまとまらなかった。言葉にならない。それも子どもっぽくて恥ずかしい。ダサい。もうイヤだという気持ちに埋め尽くされながら気を紛らわせるようにチョーカーを弄る。

「なるほどイヤではないんですね」

 「それは」と言うより前に何か納得しているジェイドを見て拒否できなかった。でも、改めて考えて嫌悪感などはない。たぶん、ジェイドが言っていたように知り合いだからなのだろう。なるほどこういう心境だったのかと先ほどのモヤモヤが消える。

「ジャックくん、平気ですか?」
「……しないと出られないんすよね」
「そうですね。ここの部屋は絶対に条件を満たさなければ出られないと聞きますから」

 ならもう腹を括るしかない。それに今回のキスはウツボに噛まれたと言うことにすればいい。なんならジェイドも狼に噛まれただけだと思えばいい。ここでの出来事は彼もきっと仕方ないと強請りとかには使わないだろう、たぶん。

「やりましょう! ジェイド先輩!」
「いきなり元気いっぱいですね」

 こうしてジャックはジェイドと十回キスをすることを決意した。

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