これから末永くよろしくお願いします

これから末永くよろしくお願いします・4



 野菜を切るのにも慣れて来た。途中で下手をするかと思いきやそうなることもなく続いていた。お蔭で自炊も上手くいっている。とはいえ、まだまだ無駄が出て来てしまう。もう少しどうにかしなければと考えてロッカーに向かうと先客がいた。

「ラギー先輩! お疲れ様っす!」
「お。ジャックくんじゃないッスかぁ。お疲れさまぁ」

 珍しく勤務日がラギーと被った。何故かジャックはラギーとバイトの日が被ることが少ない。とはいえお互い部活も違うし学年も違う。現にジャックと同じ部活の生徒は学年とはず重なる日が多い。

「今日のまかない美味しかったッス」
「あざっす! つっても、今日も殆どジェイド先輩なんで」
「そうなんだ。でも、大分野菜も綺麗に切れるようになったじゃん」
「そうっすか」

 ラギーに褒められて嬉しくて思わず尻尾が左右に揺れる。それをラギーに見られて笑われ慌てて抑える。

「そういえば、今日ジェイドくんに対しても振っていたッスね。褒められた?」
「ぇ゛、や、まぁ、そうっすね」
「へぇ。随分懐いちゃって」
「な、懐いてなんかないっす!」

 心外だ。確かに以前よりは見直すところは出てきたが彼らの行動を完全に許容していることではない。それはラギーだって分かっているだろうに。
 ムッとラギーを睨むとそのラギーはニヤニヤしていた。

「な、なんすか」
「いや、ねぇ。ジャックくんって、さぁ――や、なんでもないッス」

 言いかけてラギーが頭を左右横に振った。そして、鞄を持って「先に帰るッス」と背を向けだした。それに一緒に帰ろうかと考えていたジャックは驚き慌ててジャケットを羽織ったときだった。

「ジャックくん。お時間ありますか?」

 振り返ると寮服をしっかりと着込んだジェイドがいた。最近はしっかりと着込んでいるときよりも料理を教えてもらう時のラフな着方な方の印象が強かった。こうして改めて見ると本当によく似合っている。

「ジャックくん?」
「あ、すんません。あっと、時間ならあります」
「よかった。少し話がありましていいですか?」
「っす」

 胸を撫で下ろしたように安心した表情を浮かべたジェイドに首を傾げながら後をついて行く。行く場所はモストロ・ラウンジのVIPルームだった。とはいえ、もう閉店後のため誰もいないし、掃除も終わっているのか誰か寮生が入って来る気配もない。

「なんすか?」
「明後日が試用期間の最終日なのは覚えていますよね」

 もうそんな時期か。ジャックは時の流れの速さを感じながら頷く。それにジェイドは口角を僅かに上げて「試験をしようと思います」と言ってきた。

「試験っすか?」
「はい。ジャックくんの腕前は大変素晴らしく上がっています。アズールもこのまま雇用を考えていますが、一応」
「皆、やってんだろ。別に構わねぇ」
「いい意気込みですね。では、試験内容なんですが」

 取り出したマジカルペンを一振りしたジェイドの手元に一枚の紙が現れた。その紙をそのままジャックに差し出してきたので受け取ってザッと目を通す。

「まかない作りっすか」
「はい。僕の手を借りずにその日のアルバイト従業員のまかないを作っていただくのが試験です」

 紙には当日のメニューに、アルバイトの人数など様々な情報が書かれていた。これを元にしてまかないを一人で作ってみろとのことだ。その中にはもちろん、アズールに、フロイド、教育係だったジェイドも含まれている。アズールも舌が肥えているが、意外にフロイドの方が細かかったりする。好みが多いのか、拘りが強いのか細かく指摘しているのがフロイドだった。その彼を満足させることができるのか少し緊張する。

「緊張しますか?」
「やれることはやるつもりだが……フロイド先輩の壁が高ぇなって」
「おや。フロイドですか? アズールではなく」
「まぁ、あの人もそうだが……」

 拘りの強さはフロイドの方があるような気がする。アズールも舌が肥えていて一般の高校生に対しても要求は高い。だが、今後の伸びしろを含めて審査する傾向にある。

「やっぱりフロイド先輩だ」
「ふふ。そんな拘らなくても平気ですよ。フロイドはその日気分のまかないではなかったら食べませんし」
「それで食べさせることができたら万事合格な気もするがな」
「流石にそれは僕でも難しいです」

 さて、どうするかと紙を睨みつけて考えようとしたときだった。「ジャックくん」と名前を呼ばれた。結構近いなと耳を動かしながら視線を上げる。そこにはやはり想像していた通り近くにジェイドがいた。

「近ぇな……なんすか」
「随分と悩んでいますが大丈夫です。僕もアズールも、フロイドも見込んだ人です。肩の力を抜いていつも通りに試験に臨めばいいと思います」

 何とまっとうなアドバイス――いや、励まし、激励か。ジャックは思わず口を開けてジェイドをまじまじと見つめてしまった。

「あんた、頭でも打ったのか?」
「……先輩からの激励は素直に受け取るものですよ」

 一般的な先輩らしい態度から一転いつもの人を食ったような感じに早戻りしてしまった。これは拗ねた。
 ジャックはこの試用期間中もっとも接したのが教育係のジェイドだ。それで今までの希薄だった関係からそれなりに交流のある先輩へと格上げとなった。お蔭で彼の気分の変化も以前よりも読み取れるようになった気がする。

「すんません。あんまりにも先輩らしい先輩の励まし方だったんで驚いちまって」
「ジャックくん。何でも素直に言えばいいと言うものではありませんからね」

 「ヴィルさんにも言われませんか」と色々厳しい同郷の先輩の名前まで出されてしまった。これはやっぱり拗ねているようだ。

「ほんとにすんません。でも、そのありがとうございます」

 何を考えているか分からない。人間は利用するに限る。結構酷い印象が強かっただけにこうして普通に励まされるのは嬉しい。

「ありがとうございます! 期待に答えられるように頑張るっす!」
「はい。頑張ってくださいね」

 こうしてジャックは明後日の試験に向けて練習とイメージトレーニングに励んだ。



「ジャックさん、合格です」
「まじっすか」
「マジだよぉ。結構うまくできたね」

 試験はあっさりと合格した。正直拍子抜けするくらいあっさりと。
 親しくなった従業員からは「おめでとう」「これから一緒にがんばろう」なんて声がかけられる。アズールも満足したように食べていたし、フロイドも文句なく完食していた。
 肩透かしをくらいながらジャックは奥の方で食べているジェイドに近づく。
 ジャックに気づいたジェイドがフォークを置いて「お疲れ様です」と言葉をかけてくれた。それに「あざっす」と答えながら空いている隣に座る。

「ふふ。なんだか不服な顔してますね」
「いや、あんまりにもあっさり合格したから」

 「本当に美味いのか?」ジャックは試食した段階では不味くなかった。それでも今日作ったまかないが美味かったのか分からない。舌が肥えている連中ばかりでこうもあっさりと合格なんて貰えるのか。

「嘘を言って要らない従業員を雇おうなんて思いませんよ」

 「十分美味しかったです」と食べきった空の皿を見せてくれるジェイド。それに満足しながらもどこか不満が残る。それにまたジェイドが笑う。

「もしかしたらジャックくんが知らぬうちに上を目指したくなったのでは?」
「上?」
「はい。もっと上達したいと」

 そういえば、と心当たりがある。最初は金欠で自炊を始めた料理。それがこの試用期間へと繋がった。それが今ではもっと上手くなりたいという思いが強い。これはしてやられたような。

「これも計算か?」
「計算だなんて、まさか」

 肩をすくめるジェイドはそれでも嬉しそうに頬を緩める。何が嬉しいのかと思いながらその表情に少し心が擽ったくなる。

「さて、では合格しましたし。今度から僕のじっけ、試作にも付き合ってくださいね」
「おう……ん? おい。実験って言いかけなかったか?」
「はて? そうでしたか?」

 シャランとピアスを鳴らしながら小首を傾げるジェイド。ジャックはまさかと舌打ちをする。

「そういえや、あんたマスターシェフでもよくわからん食材を持ち込んだって」
「よくわからない食材ではありませんよ。毒もありませんし」
「もしかして、教育係の見返りはそれか!」
「おやおや。今頃お気づきで?」

 してやられた、と頭を掻く。しかし、すでにもうジャックは貸を作ってしまった。グルルと喉を鳴らしながら隣のジェイドを睨む。ジェイドはギザギザの歯を覗かせながら笑ってジャックの反応を楽しんでいる。それに何故だか身体の力が抜ける。

「……はぁ。わかった」
「ん?」
「だから、あんたの実験だが、試作だが、なんでも付き合ってやるよ」

 どうせ逃げられないのだから。それに今回の経験はジャックの中で確実に身になった。無駄ではなかった。だから、それくらいの恩はしっかりと返す。

「あんたが満足するまで付き合ってやるよ」

 これでいいだろう。そう宣言すれば虚をつかれたようなジェイドがいた。だが、その後に満足げに「では僕が満足するまで付き合ってもらいましょう」と答えた。まるで確認するように言われてジャックは「二言はねぇ」と返したのだった。

 その付き合いがとても、とても、とっても、長くなるとはこの時の少年だったジャックは知らなかった。


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