これから末永くよろしくお願いします

これから末永くよろしくお願いします・2



「厳しいな」

 ジャックは寮に入ってからつけるようになった帳簿を見て眉を顰める。帳簿といってもスマホのカレンダーやメモ帳に書いているくらいだから立派なものじゃない。それでも小遣いの流れを掴むのには十分だ。
 さて、その小遣い。今月は少々厳しい。少し奮発してスポーツグッズを買ってしまったからだ。それでも買ったときは大丈夫と思っていたが現実は厳しい状況になってしまった。

「アルバイト……ラギー先輩に仲介してもらうか」

 この辺境の地でも逞しくアルバイトをしているラギー。そのラギーにアルバイトをあっせんしてもらうのもいいが――もしかしたら紹介料がかかるだろう。なら、先生の手伝い募集で探すのがいいだろう。

「いや、待て」

 働くほどではないじゃないか。ジャックの頭に自炊という言葉が浮かぶ。ジャックはよく食べる方だ。部活が運動部ということもあるが食べる。だから三食食堂だと高くつく時がある。それを削るなら自炊。

「いや。自炊も高くつくときがあるしな」

 う゛ー、とジャックは唸る。とりあえず相談してみようと母に連絡を取ることにした。
 すると小遣いの心配をされたが独り立ちしたときの練習と言っていくつかレシピを送ってもらうことにした。



 まずは簡単にサンドウィッチを作ることにした。これは中身を考えれば結構簡単にできる。簡単にできるのだが。

「ちっと物足りなかったな」

 たくさん食べるジャックには物足りなかった。焼いた肉や魚のフライなどを入れれば違うかもしれないがやはりそこにお金はかけられない。そうなると中身が乏しくなる。パンをもう少し工夫すれば腹持ちするかもしれないし。
 ほぼ初めて作ったサンドウィッチをジッと見つめながらあれこれ考えているときだった。

「随分真剣な顔でサンドウィッチを見ていますね」
「ッ、ジェイド先輩」

 我に返って顔をあげれば薄い唇から鋭い歯をのぞかせたジェイドがいた。彼は興味深そうにジャックの手元を見ている。つまり、どこからどう見ても初心者が作ったであろうと分かる質素なサンドウィッチを。
 その視線に少しばかり恥ずかしなる。一体どんな嫌味を言われるのか憂鬱になるが、ジェイドの口から出て来たのは想像していたものとは違った。

「料理、始めたんですか?」

 僅かに跳ねた声にジャックは目を丸くする。ジェイドの顔を見ればキラキラと輝いている。これに以前一週間だけモストロ・ラウンジを手伝ったときのことが頭を過る。
 あのときジェイドは自分に料理まで担当させようとしていた。料理初心者であること、とあと残りわずかの期間を考えて断固拒否した。しかし、今このとき料理を始めたことが早々に露見してしまった。
 ぐぅと唸りながら「そうっすね」と答える。それにジェイドの表情がさらに輝いて許可もしていないのに隣に座った。

「記憶力のいいジャックくんなら以前お話したことを覚えていますよね」

 やっぱり、と思いながら「ああ」と答える。どうやらジェイドはまだあのときの話を諦めていなかったようだ。アズールも時たまにすれ違ったときに「ラウンジでアルバイトをしませんか?」と誘ってくる。自分の実力を認められるのはアズールとはいえ嬉しい。嬉しいがやっぱりあの悪徳商売をしていた場所で働くのは躊躇するので断り続けているが。

 ――確かに給料はいいんだよな。

 金欠っぷりにジャックの決断が僅かに揺れている。だから、今ジェイドに勧誘されるとアルバイトをしてしまいそうになる。いつもは自分が決めたことを譲らない。だが、こと金欠という事実が辛くその決断も揺らいでしまう。

「なら料理修行も兼ねてラウンジで働きませんか?」
「……料理初心者に出来る仕事なんざねぇだろ」

 何とか以前と同じことを引き合いに出す。それでもちょっとジャックの心の中はぐらぐらしている。自分の意志の弱さに悪態をつく。

「試用期間もありますよ」
「マジか、あ」

 思わず反応してしまったジャックは己の失態に喉を不機嫌に鳴らす。距離があれば誤魔化すことできたがジェイドは隣にいる。誤魔化しようも何もない。

「おや。前回と違って興味があるようですね」
「……まぁな。そういうところで習えて金も稼げるなら一石二鳥だからな」

 それっぽく答えながら金欠に困っていることを悟られないようにする。だが勘のいいジェイドのことだ。ジャックが自炊を始めたことを薄らと悟っているに違いない。

「ジャックくんも理性に負けることがあるんですね」
「負けたんじゃねぇ! ちょっと計算違いがあっただけだ!」

 噛みついた瞬間にジャックの負けは確定した。クソと声に出しながらサンドウィッチに噛みつく。その隣でくすくす笑う声がして非常に不愉快で耳を伏せたくなる。だが、その間に何か勝手なことを言われては叶わない。

「フフ。試用期間内にものにならなければ辞めていただいて構いませんから」
「……ものになっても毎日出勤なんざできねぇよ」
「ええ。構いません。そうですね。忙しい日に予定が合えば入っていただいて構いませんよ」

 そう言うジェイドにジャックは心配になる。何せモストロ・ラウンジの支配人はアズールだ。あのアズールがそんな待遇でジャックを雇ってくれるとは思えない。

「そんなこと勝手に言っていいのかよ」
「アズールもどんな形でもジャックくんに働いてもらうのはいいと思っていますから」
「ほんとうか?」
「はい。なんなら契約するとき僕も居ますよ」

 小首を傾げるとシャランと涼やかな音がした。その音の爽やかさと何とも似合わない読めない表情。それでも金欠のジャックに断る理由は見つからなかった。

「……俺にひとつでも不利なことがあったら契約しねぇからな」
「色よい返事ありがとうございます。では、今日来ていただいても構いませんか?」
「ああ。平気だ」

 頷けばジェイドが満足げな顔をして立ち上がる。それから「アズールに話しを通しておきます」と言って彼は足早に校舎の方へと戻って行った。

「はぁ。やっちまったかもしんねぇな」

 食べかけのサンドウィッチを見下ろしながら少しだけ自分の選択に後悔した。



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