これから末永くよろしくお願いします

これから末永くよろしくお願いします・1



「そういえばジャックくんは料理の経験がないんですよね」
「ぁ?」

 ラウンジでの仕事が一区切りつき厨房で皿洗いの手伝いをしているときにかけられた声。手にしていた皿を水切りに置いて濡れた手を払いながら水を止めて横を見る。
 そこにはじぃっとこちらを探るように見ているジェイド・リーチがいた。意外に近い距離にジャックは驚きつつ頭の中でポンポンとジェイドの印象が浮かび上がってくる。
 オクタヴィネル寮の副寮長であのアズールの秘書的役割をしている二年生。物騒なフロイド・リーチの兄弟。それでいて植物園でよく分らないキノコを栽培していた人。
 実はジャックの中でのジェイドの印象が薄い。いや、決してジェイド本人はキャラが薄いわけではない。キャラの濃いナイトレイブンカレッジの生徒の中でもトップクラスでキャラが濃い人だ。それでもアズールやフロイドとのキャラを比べると薄い。

 ――ちげぇな。

 薄いんじゃない。あまりにも関わりがなく印象が薄く感じるのだ。それでも、あのアズールとフロイドの関係者だ。悪徳三人組であることに変わりはない。物騒な兄弟の物騒な片割れであることにも間違いない。
 態々関係を築くことはない、と改めながらオッドアイの双眸を見つめ返す。

「料理まで担当しろっていうのか?」
「ジャックくんは不器用ではなさそうですし」
「つってもなぁ」

 ここの料理担当者はレベルが高い。たかが高校生が運営しているカフェとは思えないとジャックは思っている。毎日食べられるまかないもすごく美味しい。その中で初心者が手伝えることがあるというのか。

「もうすぐでここの手伝いも終わる。態々教えてもらっても時間の無駄じゃねぇか」

 正規のアルバイトでもないジャックを教育することはないだろう。時間の無駄以外に他ならない。そういう意味を込めて言えば切れ長の瞳が丸くなった。

「アズールが正規雇用すると言っていたじゃないですか?」

 「僕もフロイドもちゃんと世話しますよ」と付け足されて手伝い初日を思い出し頬が引き攣る。アズールは確かにアルバイトとして誘ったが、ジェイドもフロイドもジャックをペット扱いしていた。扱き扱われるアルバイトにもなりたくないし、ペットなんて言語道断。

「アルバイトもやらねぇし、ペットなんざぜってぇねぇ!」

 もう話しは終わりとジェイドから視線を外して皿洗いを再開する。
 モストロ・ラウンジはアズールが食器にも拘りを持っているのか中々繊細なものも多い。繊細なカップたちを割らないように洗うのは中々大変だ。ラウンジとは別の神経を使うから集中したいというのに――。

「あの、先輩なんすか?」

 横から注がれる視線にイラつき横目で見る。じっとこちらを見ていたジェイドと目が合う。彼は上品に微笑むと「お気になさらず」と言う。どうやらここから去る予定がないらしい。そこまでジャックを料理担当に移したいのか。

「はぁ。料理担当の人たちは皆レベルが高ぇ。包丁を何回か持った経験がない俺なんざ足手まといだろ」
「おや。ジャックくんらしくないですね」
「あ゛?」

 何がジャックらしくない。思わず低い声を出せば口角が上がって眉が困ったように下がる。しかし、その表情に困った様子はない。ただ、こちらを兆発するような、煽るような雰囲気だけはしっかりと感じる。こんな簡単な挑発に乗るな。乗るんじゃないと心の中で唱えるがやっぱり腹が立つ。

「俺らしくないってあんたは別に俺のこと知らないだろ」
「そうですか? 僕はそれなりに親しい後輩の一人と思っています」

 「悲しいことは言わないでください」と付け足す姿は寂し気にも見えるが纏う空気は違う。ジェイドのこういう態度は対応していて苛々してくる。
 何とか落ち着こうと息を吐き出してもう一度ジェイドをしっかりと見据える。

「俺はこれ限りっす。やっぱり時間の無駄っす」
「僕らとしては忙しいときは是非助っ人として来てほしいんですよ」
「だから料理もってか?」
「はい」

 うさんくさい表情に唸る。この男引く気がない。どうしてもジャックに料理まで手伝わしたいらしい。仕事自体にはやりがいがあるが――これ以上ラウンジでの仕事を増やしたくない。
 一瞬周りを見れば厨房にいる生徒がこちらを見ていた。ジャックが見た瞬間すぐに作業に戻ったが向けられていた瞳に込められていた期待だけはしっかりと感じた。

「フフ。他の皆さんもジャックくんの働きには期待しているんですよ」

 「ねぇ」とジェイドが傍でジャガイモを剥いていた生徒に声をかける。その生徒は肩を一瞬震わせながらも「は、はい!」と元気よく返事をした。ジャックのクラスメイトでオクタヴィネル寮の所属だった。物騒な副寮長に一年坊主が逆らえるものか。

「そいつは俺のクラスメイトだ。脅すな」
「ジャックくんはクラスメイトにも優しいんですね」

 別にそうじゃない。ただ脅されるのが哀れでならないからだ。あとで巻き込んで悪かったと謝ろう。何せ、あいつはここで働くのが大変だと弱音を吐いていたくらいなのだから。こんな神経を無駄に減らされちゃたまらないだろうし。

「にしてもジャックくんが料理しないなんて意外です」
「なんでだ?」

 ジャックはここの寮に入るまで実家で住んでいた。母親は専業主婦だから主に家事は母の仕事になっていた。とはいえ、ジャックも出来る範囲で手伝いはしていたが料理は殆ど母任せだった。

「ジャックくんならお手伝いを積極的にしそうですが」
「その時間は小さい弟と妹がキッチンに入らないように相手していたんで。つっても、ミドルスクールのときは部活動で遅くなっちまったことも多いんで手伝いもできなかった」
「なるほど、なるほど」

 「ぁ」とジャックは唇を噛む。ベラベラと自分から自分の情報を悪徳三人組の一人に差し出してしまった。人の情報を何するか分からない男になんてこった。こういうところがレオナやラギーから詰めが甘いと言われる所以なのだろう。

「先輩。もういいっすか?」

 「皿洗いが進まないんで、」と言えば残念そうなふりをして「しかたないですね」と言われた。何が仕方ないのか。与えられた仕事をしっかりしないと「絞める」とか言う男がいるのに。

「ジャックくん。料理の件もう少し考えてみてくださいね」

 最後に念を押すジェイドはするりと人魚らしく忙しい厨房を出ていった。
 「ハァ」と溜息をつくとツンツンと背中を突かれる。

「なんだよ」
「わぁ」

 振り返るのが面倒臭くて尻尾で人のいる気配の方に動かす。厨房で毛が抜けるような動きをしたくないが今は疲れている。

「ハウルくんの尻尾毛並みいいねって、さっきはありがとう」
「別に」
「ふふ。でも、ボクもハウルくんが厨房に来てくれるといいなぁ」
「ああ? なんで無駄な仕事増やそうとすんだよ」
「そんな無駄なんて思わないよ」

 そうかぁ、と胡乱な目を肩越しに向ける。そこにはキラキラした眼差しを向けて来るクラスメイトがいた。その眼差しの輝きに呻きながらもう一度尻尾で殴る。

「うわっ、ちょっと!」
「うるせぇ。さっさとジャガイモの皮剥きしろよ」

 これ以上仕事を増やされてたまるかよ。ジャックは後ろで「でも、でも」と言うクラスメイトの言葉を無視して皿洗いを続けた。
 その後も、ジェイド以外にも料理担当の生徒に勧誘されるがジャックは最後まで断り続けた。他にも正規雇用を目論むアズールや飼い主を希望するフロイドの面倒くさい男たちを対応しながら一週間の手伝いを終えた。



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