完全無欠の包囲網
◆ ジャック視点
違法魔法道具のオークション会場の出来事から一ヶ月。事後処理を終えたジャックはようやくあのウツボ野郎に会うことが出来た。
最初はジャックが呼び出してと思ったがジェイドの方が場所を指定して来た。最初は相手のテリトリーに入るようで嫌であったがその条件を飲んだ。
再会したときと同じように夜。ジャックの出身国である輝石の国。その首都の中心街にあるビストロ。そのビストロはどうやら以前再会したときのバーと同じでジェイドがオーナーをしているそうだ。今回ジャックのためなのか否か貸し切り状態にしてくれるという。
――その支払いは俺がするのか?
十分ありえなくはない。ジャックは戦々恐々としながら店に入った。
「ようこそいらっしゃいませ」
出迎えたのはオーナーであるジェイドであった。その場で吠えるほどジャックも青臭い青少年ではない。ぐっと抑え込んで頭を下げてジェイドに案内されるまま店の中へと入っていく。
「あんた一人なのか?」
「はい。今日はシェフにも退席してもらいました。ああ、でも安心してください」
「お食事はでますから」というジェイド。すぐに学生時代フロイドと共に厨房にも立っていたことも思い出す。ついでにジェイドに何度か料理を振る舞われたことを思い出して苦々しさが込み上げる。
「ふふ。今回は何も仕込みませんよ」
「ほんとかよ」
学生時代の苦々しい思い出にジェイドは当時のことは楽しい思い出なのか目尻が下っている。その様子にジャックも毒気が抜けていく。この男と関わると調子が本当に狂う。
「さぁ、行きましょう」
優雅に手を伸ばすジェイドにジャックはやはりテリトリーに踏み込むべきでなかった。ジャックはまんまとウツボの用意された罠に飛び込んでしまった。マジカルペンを使うことはないだろうが一応場所を確認した。
案内された先のテーブル。誘われるまま席に座り辺りを見回す。やはり店の中には人の気配がない。本当にジェイドとジャックの二人きりのようだ。
警戒心お宿しながらジェイドが退室した部屋で一人きり待つ。
「いい雰囲気だな」
モストロ・ラウンジとは全く異なる雰囲気だ。海の要素が欠片もないというのがあまりにも意外で思わずマジマジ見てしまう。そしてマジマジと見ていると所々に懐かしい模様を見つける。雪の結晶をモチーフにした模様。
「あれは、」
ジャックの出身地の祭で見かける伝統柄だ。何故珊瑚の海の出身であるジェイドが何故この伝統柄を知っているのか。
「あの出身地向けのビストロなのか?」
ひと際目を引く柄でもない。ジャックの出身地で首都に出て来る人間もいる。だが、そこまで懐かしさを売りにするようなことでもないような。ジェイドにしては的外れな内装な気がして故郷の懐かしい柄を目にしながらジャックは時間を潰した。
美味い肉は腕のいいシェフに調理されるとさらに美味くなる。唸りたくなるほど美味かったというか純粋に本当に美味しかった。
ジャックはデザートですと出された洋ナシのコンポートのタルトを口にする。ふわっと広がる洋ナシの甘さにホロリと崩れるタルト生地。ぐぅの音も出ない。
「先輩。学生の頃よりさらに料理の腕があがってっるすね」
「ありがとうございます」
純粋に素直に礼を言うジェイド。学生の頃でもそんな表情見たことがないような気がする。いや、でも、山とかの話になると嬉々としていたような気がする。いや、でも、やっぱりこんな顔していなかったような。
ジャックの中で学生の頃の記憶を掘り起こしていると我に返る。そして、舌打ちをしながらフォークをタンとテーブルに戻す。
「おや。もういいのですか?」
「聞きたいことがあるって言っただろ」
睨むとジェイドは肩を竦めて同じようにフォークをデーブルに戻す。それにようやくジャックは攻め立てるように口を開こうとして一度閉じる。攻め立てても意味はない。違う。今日聞きたいのはと立て直しもう一度口を開き直す。
「全部分かっていたのか?」
「全部、とは」
「煙に巻くな……あの主催者のことを突き止めていたのか」
オッドアイをじっと見つめれば愉快気にしなっていた瞳がすぅっと細くまる。纏う空気がまるで取引するときのような冷ややかさだ。ジャックは身を引き締めて「どうなんすか」と答えを促す。
「ふぅ。正直、顧客にいるとは思いませんでした」
「こ、顧客だぁ?」
「はい。ああ、これは本当に偶然なんです」
あっけからんとした態度でジェイドが肩を竦める。そして、なじみ深いというか懐かしいピアスに触れながら淡々と話し出す。
「オークションの情報もチケットの入手も僕の顧客でした。ですが、調査を進めていたら熱砂の国で手広く美術商をしている〝彼女〟に繋がりましてね」
ジェイド曰く、その女はある裏社会の情婦だったいう。だが、実際に会った彼女はそこら辺の情婦とは違った。少しの時間話しているだけで賢いのが分かった。
直接会ったことに流石に責めようとしたが話の腰を折るなと止められる。こうなれば最後の最後で訴えてやると奥歯を噛んで耳を傾ける体勢を取る。
「以前ジャミルさんには大きな貸しがありましてね。そのジャミルさんにも手伝ってもらって彼女のことを調べたんです」
嫌そうな顔をするジャミルがありありと浮かぶ。だが、あの人の手にかかれば熱砂の国など丸裸間違いなしだ。あの男もまた目の前の男と同様にとても優秀なのだ。熱砂の国で任務をする際は借りを作ってでも手を借りろと言われるほどには優秀だ。
「で、調べて見れば彼女表向きは情婦でしたが――違ったんですよ」
「その後はもうお分かりでしょう」と言うジェイドにジャックは事後処理の資料を思い出す。あの女の始まりは確かに情婦であった。だが、ある日を境に女ボスとなった。しかし、表向きはやはり情婦のままで裏からある組織のボスを操っていた。
怖い女だ。いや、こういうのは女だから男だからではない。人間が怖くなる。そして、目の前の男もまた恐ろしい。ジャックは冷や汗を流しながら愉しんでいる男を見据える。
「楽しかったから俺への報告を後回しにしたのか?」
「いいえ。違います」
片方の眉毛を上げる。この男は学生の頃から何を考えているか分からない。愉しいことにより興味を示すのは知っている。自分の興味関心のためなら自分だって差し出しかねないような男だ。でも、何が一体今回この男の琴線に触れたのか。
「対価のためか?」
「はい」
「俺は高官とは言い難い公務員だ」
「ええ。でも、ジャックくんも知っているでしょう。僕は別にお金儲けに興味はないんです」
「知ってる」
「なら分かりませんか?」
お金ではないことを、と言いたげなジェイド。実際ジャックもそうだとは思っているが、尚の事この男の目的が分からない。死ぬかもしれないという状況にまで陥ってまで何か得るものがあったのか。
「ありますよ」
ガタッと椅子が動く音がした。前を見ればジェイドが立つとゆっくりとこちらに近づく。ジャックの傍に立ってテーブルに手をつくと一房だけ色の異なる髪が垂れる。それを耳にかけながらオッドアイが妖しく光った。
「対価のことをお忘れですか?」
「忘れてねぇよ……」
冷や汗が浮かぶ。ここにきてやはり金銭的な対価ではないことを悟る。だが、ジャックが差し出せるなど我が身くらいしかない。もしや、とジャックは驚愕に目を見開きジェイドを見る。
「もしかして対価って俺のことか!」
「勘が鋭くなって先輩として後輩の成長に感心します」
にこっと正解というような笑みにジャックは眉根をギュッと寄せる。そして、腕を組んで尻尾を不愉快気に揺らす。
「俺は公務員だ。あんたらがしているようなグレーな仕事なんざできねぇ」
「ああ。それなら問題なく辞めていただくので」
「は?」
「だから、魔法執行官を」
「やめていただきます」とあっけからん。何事でもないように告げるジェイドにジャックはすぐにスマホを取り出すがそれをジェイドの手によって塞がれる。
「ふふ。連絡しても無駄ですよ。交渉は成立していますので」
「なっ、俺とするって言ったくせに!」
「ええ。でも、根回しは必要でしょう」
いけしゃあしゃあ、という様は今のジェイドのことだろうか。いや、そもそも交渉とはなんだ。自分がボスと尊敬する人と一体どんなやり取りをしたのだ。久々に人間に失望しているとブブッと手の中にあるスマホが振動する。
「きっと貴方が尊敬してやまない方からですよ」
「さぁどうぞ」手が離れていくのを見てジャックはすぐに送られたメッセージを見る。そのメッセージの送り主はジェイドの言う通りでボスからであった。一体何がと内容を見てあの人らしいと頭を抱えたくなった。
「俺に情報屋になれってか」
「ふふ。貴方のこと相当見込んでいるんですね」
焼けますね、と言う声に潜んだ色に尻尾の毛が逆立つ。すぐに距離を取りたいがすぐにジェイドに肩を押さえつけられる。
「逃げないでください」
「ッ」
間近まで迫る瞳に喉がギュッと締まって鳴る。じっと見つめてくるオッドアイがあまりにも無感情に見えて恐ろしい。座ってなければ尻尾が足の内側に入っていたに違いない。よかった、座っていて。などなど現実逃避をしていると無感情な瞳の目尻がふっと和らいだ。
「そう怖がらないでくださいよ。ちゃんと就職先は容易してありますから」
すっと離れるジェイドにジャックは距離を取りたい。だが、動くとまた近寄ってくるかもしれない。グルルと喉を鳴らすがジェイドは気にした様子もなく首を傾げた。
「貴方の就職先は僕の秘書兼ボディーガードです」
「何だ真面目だな」
「毎回思いますけど僕のこと何だと思っているんですか」
呆れ顔のジェイドにジャックは「胡散臭い」「似非紳士」「物騒オブ物騒」など様々な単語が浮かぶ。それをギュッと飲み込んで「何でもねぇっす」とだけ答える。
「まぁ。いいです。さて、ジャックくん明日から出勤はここのビルですからね」
「はぁ! 引継ぎまだ終わってねぇぞ!」
「ふふ。引き継ぐものなどないですよ。ほら」
スッとジェイドが店の奥を指し示すとそこにはいつの間にか段ボールが三つ置かれていた。ジャックは唇の端を引き攣らせながら「まさか」とジェイドを見る。ジェイドはもちろんいい笑顔で「引き継ぎ済みです」と答えた。
「あんた、あんたなぁ!」
「ああ。住居も引っ越ししましょうね。ちなみに、僕のマンションで、僕の部屋です」
もう何が面白いのか分からないが嬉々とした状態のジェイドにジャックはやる気がなくなっていく。今日はもう目の前に出された洋ナシのコンポートタルトだけ見よう。そうしよう。
「ふふ。明日からよろしくお願いしますね」
「っす。よろしくお願いします……」
ジャック・ハウル。三十歳手前の二十六歳。目の前のウツボ野郎と出会って十年目にして厄介な相手を上司としてしまった。この先、苦労するんだろうなと思いながらワクワクしている自分に嫌気がさした。
「研修頑張りましょうね」
「っす」
違法魔法道具のオークション会場の出来事から一ヶ月。事後処理を終えたジャックはようやくあのウツボ野郎に会うことが出来た。
最初はジャックが呼び出してと思ったがジェイドの方が場所を指定して来た。最初は相手のテリトリーに入るようで嫌であったがその条件を飲んだ。
再会したときと同じように夜。ジャックの出身国である輝石の国。その首都の中心街にあるビストロ。そのビストロはどうやら以前再会したときのバーと同じでジェイドがオーナーをしているそうだ。今回ジャックのためなのか否か貸し切り状態にしてくれるという。
――その支払いは俺がするのか?
十分ありえなくはない。ジャックは戦々恐々としながら店に入った。
「ようこそいらっしゃいませ」
出迎えたのはオーナーであるジェイドであった。その場で吠えるほどジャックも青臭い青少年ではない。ぐっと抑え込んで頭を下げてジェイドに案内されるまま店の中へと入っていく。
「あんた一人なのか?」
「はい。今日はシェフにも退席してもらいました。ああ、でも安心してください」
「お食事はでますから」というジェイド。すぐに学生時代フロイドと共に厨房にも立っていたことも思い出す。ついでにジェイドに何度か料理を振る舞われたことを思い出して苦々しさが込み上げる。
「ふふ。今回は何も仕込みませんよ」
「ほんとかよ」
学生時代の苦々しい思い出にジェイドは当時のことは楽しい思い出なのか目尻が下っている。その様子にジャックも毒気が抜けていく。この男と関わると調子が本当に狂う。
「さぁ、行きましょう」
優雅に手を伸ばすジェイドにジャックはやはりテリトリーに踏み込むべきでなかった。ジャックはまんまとウツボの用意された罠に飛び込んでしまった。マジカルペンを使うことはないだろうが一応場所を確認した。
案内された先のテーブル。誘われるまま席に座り辺りを見回す。やはり店の中には人の気配がない。本当にジェイドとジャックの二人きりのようだ。
警戒心お宿しながらジェイドが退室した部屋で一人きり待つ。
「いい雰囲気だな」
モストロ・ラウンジとは全く異なる雰囲気だ。海の要素が欠片もないというのがあまりにも意外で思わずマジマジ見てしまう。そしてマジマジと見ていると所々に懐かしい模様を見つける。雪の結晶をモチーフにした模様。
「あれは、」
ジャックの出身地の祭で見かける伝統柄だ。何故珊瑚の海の出身であるジェイドが何故この伝統柄を知っているのか。
「あの出身地向けのビストロなのか?」
ひと際目を引く柄でもない。ジャックの出身地で首都に出て来る人間もいる。だが、そこまで懐かしさを売りにするようなことでもないような。ジェイドにしては的外れな内装な気がして故郷の懐かしい柄を目にしながらジャックは時間を潰した。
美味い肉は腕のいいシェフに調理されるとさらに美味くなる。唸りたくなるほど美味かったというか純粋に本当に美味しかった。
ジャックはデザートですと出された洋ナシのコンポートのタルトを口にする。ふわっと広がる洋ナシの甘さにホロリと崩れるタルト生地。ぐぅの音も出ない。
「先輩。学生の頃よりさらに料理の腕があがってっるすね」
「ありがとうございます」
純粋に素直に礼を言うジェイド。学生の頃でもそんな表情見たことがないような気がする。いや、でも、山とかの話になると嬉々としていたような気がする。いや、でも、やっぱりこんな顔していなかったような。
ジャックの中で学生の頃の記憶を掘り起こしていると我に返る。そして、舌打ちをしながらフォークをタンとテーブルに戻す。
「おや。もういいのですか?」
「聞きたいことがあるって言っただろ」
睨むとジェイドは肩を竦めて同じようにフォークをデーブルに戻す。それにようやくジャックは攻め立てるように口を開こうとして一度閉じる。攻め立てても意味はない。違う。今日聞きたいのはと立て直しもう一度口を開き直す。
「全部分かっていたのか?」
「全部、とは」
「煙に巻くな……あの主催者のことを突き止めていたのか」
オッドアイをじっと見つめれば愉快気にしなっていた瞳がすぅっと細くまる。纏う空気がまるで取引するときのような冷ややかさだ。ジャックは身を引き締めて「どうなんすか」と答えを促す。
「ふぅ。正直、顧客にいるとは思いませんでした」
「こ、顧客だぁ?」
「はい。ああ、これは本当に偶然なんです」
あっけからんとした態度でジェイドが肩を竦める。そして、なじみ深いというか懐かしいピアスに触れながら淡々と話し出す。
「オークションの情報もチケットの入手も僕の顧客でした。ですが、調査を進めていたら熱砂の国で手広く美術商をしている〝彼女〟に繋がりましてね」
ジェイド曰く、その女はある裏社会の情婦だったいう。だが、実際に会った彼女はそこら辺の情婦とは違った。少しの時間話しているだけで賢いのが分かった。
直接会ったことに流石に責めようとしたが話の腰を折るなと止められる。こうなれば最後の最後で訴えてやると奥歯を噛んで耳を傾ける体勢を取る。
「以前ジャミルさんには大きな貸しがありましてね。そのジャミルさんにも手伝ってもらって彼女のことを調べたんです」
嫌そうな顔をするジャミルがありありと浮かぶ。だが、あの人の手にかかれば熱砂の国など丸裸間違いなしだ。あの男もまた目の前の男と同様にとても優秀なのだ。熱砂の国で任務をする際は借りを作ってでも手を借りろと言われるほどには優秀だ。
「で、調べて見れば彼女表向きは情婦でしたが――違ったんですよ」
「その後はもうお分かりでしょう」と言うジェイドにジャックは事後処理の資料を思い出す。あの女の始まりは確かに情婦であった。だが、ある日を境に女ボスとなった。しかし、表向きはやはり情婦のままで裏からある組織のボスを操っていた。
怖い女だ。いや、こういうのは女だから男だからではない。人間が怖くなる。そして、目の前の男もまた恐ろしい。ジャックは冷や汗を流しながら愉しんでいる男を見据える。
「楽しかったから俺への報告を後回しにしたのか?」
「いいえ。違います」
片方の眉毛を上げる。この男は学生の頃から何を考えているか分からない。愉しいことにより興味を示すのは知っている。自分の興味関心のためなら自分だって差し出しかねないような男だ。でも、何が一体今回この男の琴線に触れたのか。
「対価のためか?」
「はい」
「俺は高官とは言い難い公務員だ」
「ええ。でも、ジャックくんも知っているでしょう。僕は別にお金儲けに興味はないんです」
「知ってる」
「なら分かりませんか?」
お金ではないことを、と言いたげなジェイド。実際ジャックもそうだとは思っているが、尚の事この男の目的が分からない。死ぬかもしれないという状況にまで陥ってまで何か得るものがあったのか。
「ありますよ」
ガタッと椅子が動く音がした。前を見ればジェイドが立つとゆっくりとこちらに近づく。ジャックの傍に立ってテーブルに手をつくと一房だけ色の異なる髪が垂れる。それを耳にかけながらオッドアイが妖しく光った。
「対価のことをお忘れですか?」
「忘れてねぇよ……」
冷や汗が浮かぶ。ここにきてやはり金銭的な対価ではないことを悟る。だが、ジャックが差し出せるなど我が身くらいしかない。もしや、とジャックは驚愕に目を見開きジェイドを見る。
「もしかして対価って俺のことか!」
「勘が鋭くなって先輩として後輩の成長に感心します」
にこっと正解というような笑みにジャックは眉根をギュッと寄せる。そして、腕を組んで尻尾を不愉快気に揺らす。
「俺は公務員だ。あんたらがしているようなグレーな仕事なんざできねぇ」
「ああ。それなら問題なく辞めていただくので」
「は?」
「だから、魔法執行官を」
「やめていただきます」とあっけからん。何事でもないように告げるジェイドにジャックはすぐにスマホを取り出すがそれをジェイドの手によって塞がれる。
「ふふ。連絡しても無駄ですよ。交渉は成立していますので」
「なっ、俺とするって言ったくせに!」
「ええ。でも、根回しは必要でしょう」
いけしゃあしゃあ、という様は今のジェイドのことだろうか。いや、そもそも交渉とはなんだ。自分がボスと尊敬する人と一体どんなやり取りをしたのだ。久々に人間に失望しているとブブッと手の中にあるスマホが振動する。
「きっと貴方が尊敬してやまない方からですよ」
「さぁどうぞ」手が離れていくのを見てジャックはすぐに送られたメッセージを見る。そのメッセージの送り主はジェイドの言う通りでボスからであった。一体何がと内容を見てあの人らしいと頭を抱えたくなった。
「俺に情報屋になれってか」
「ふふ。貴方のこと相当見込んでいるんですね」
焼けますね、と言う声に潜んだ色に尻尾の毛が逆立つ。すぐに距離を取りたいがすぐにジェイドに肩を押さえつけられる。
「逃げないでください」
「ッ」
間近まで迫る瞳に喉がギュッと締まって鳴る。じっと見つめてくるオッドアイがあまりにも無感情に見えて恐ろしい。座ってなければ尻尾が足の内側に入っていたに違いない。よかった、座っていて。などなど現実逃避をしていると無感情な瞳の目尻がふっと和らいだ。
「そう怖がらないでくださいよ。ちゃんと就職先は容易してありますから」
すっと離れるジェイドにジャックは距離を取りたい。だが、動くとまた近寄ってくるかもしれない。グルルと喉を鳴らすがジェイドは気にした様子もなく首を傾げた。
「貴方の就職先は僕の秘書兼ボディーガードです」
「何だ真面目だな」
「毎回思いますけど僕のこと何だと思っているんですか」
呆れ顔のジェイドにジャックは「胡散臭い」「似非紳士」「物騒オブ物騒」など様々な単語が浮かぶ。それをギュッと飲み込んで「何でもねぇっす」とだけ答える。
「まぁ。いいです。さて、ジャックくん明日から出勤はここのビルですからね」
「はぁ! 引継ぎまだ終わってねぇぞ!」
「ふふ。引き継ぐものなどないですよ。ほら」
スッとジェイドが店の奥を指し示すとそこにはいつの間にか段ボールが三つ置かれていた。ジャックは唇の端を引き攣らせながら「まさか」とジェイドを見る。ジェイドはもちろんいい笑顔で「引き継ぎ済みです」と答えた。
「あんた、あんたなぁ!」
「ああ。住居も引っ越ししましょうね。ちなみに、僕のマンションで、僕の部屋です」
もう何が面白いのか分からないが嬉々とした状態のジェイドにジャックはやる気がなくなっていく。今日はもう目の前に出された洋ナシのコンポートタルトだけ見よう。そうしよう。
「ふふ。明日からよろしくお願いしますね」
「っす。よろしくお願いします……」
ジャック・ハウル。三十歳手前の二十六歳。目の前のウツボ野郎と出会って十年目にして厄介な相手を上司としてしまった。この先、苦労するんだろうなと思いながらワクワクしている自分に嫌気がさした。
「研修頑張りましょうね」
「っす」
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