完全無欠の包囲網

◆ ジャック視点



 約十年ぶりの再会。ジャックはジェイドのことが実は苦手であった。いや、そもそもアズールにフロイドも得意ではないが苦手といえるほどではなかった。だのに、ジェイドだけはどうにも苦手という意識が強く記憶に残っていた。
 何がどうあって苦手になったかと記憶を掘り起こすがどこがキーポイントになったか分からない。ただ、一時期あの人が妙に恐ろしかったことだけは覚えている。
 表面上は変わらないのに何故か気配が怖かった。それをエースたちに言えば「今さらかよ」と飽きられる始末だった。けれどエースたちが覚える恐怖とジャックが彼に感じた恐怖は根本的に違ったような気がした。それはジェイドたちが四年生に進学するまで続いた。そして、ジェイドが卒業する頃には元に戻っていた。
 だが、あの期間に感じた恐怖の意味不明具合からジェイドに対して苦手意識が芽生えてしまった。だが、今回約十年ぶりの再会で普通に接することが出来た。そして、今日今度はジャックがジェイドから呼び出された。
 呼び出された場所は再会したバーではなかった。薔薇の王国の高級ブランドショップが並び有名高級デパートがそびえ立つ地区。その中にある品の良さが際立つ仕立て屋にジャックが呼び出された。そして、呼び出されたジャックは何故かテイラーに採寸されていた。

「グルル、センパイっ」
「ジャックくん、動かないでください」

 色違いの一房を揺らすジェイドにジャックは不機嫌にさらに低く喉を鳴らす。それにジェイドは楽しそうに小さく笑うだけ。全く抵抗が出来ぬままジャックは狼の獣人属でありながら借りて来た猫のように大人しくするはめとなった。
 一時間と少し採寸も終わり仕立て屋を後にしたジャックはジェイドに連れられてカフェに来ていた。人気のカフェということでジェイドとジャックは道に面したテラス席に出ることになった。

「で、態々オーダーメイドスーツを作らせて何がしてぇんだ」
「おや。僕はもう理解していると思ったんですが?」

 さらりと耳に黒い一房が揺れ、学生時代とは異なるピアスが揺れる。ジャックはジェイドの言葉に何となく理解はしていた。周りを見回しながらトンと指でテーブルを軽く叩く。瞬間、ジェイドとジャックの周りに薄い魔法の壁が包んだ。

「ほう。流石ですね」
「これくらいはあんただってできんだろ」
「さぁ。どうでしょう」

 肩をすくめるジェイドに唸りながら「で」と先を促す。これならそこらへんの魔法士でも分からない。ただ、ジャックやジェイドを探っている腕のある魔法士は何か異変を感じるかもしれない。とはいえジャックの勘からしてここにそういった輩はいない。今は。

「話してくれても大丈夫っす」
「では――実はこの間ある方から小耳に挟んだ情報がありましてね」

 もったいぶらずに切り出すジェイドにジャックは前のめりになる。それにジェイドは嬉しそうに目尻を下げて薄い唇を動かす。

「今月の末にジャックくんたちが捜査している方々の大規模なオークションがあるそうです」
「大規模?」

 こっちが必死に捜査しているっていうのに余裕がある。それとも自分たちは簡単に尻尾を掴ませないという自信があるのか舌打ちをしながらジャックは先を促す。ジェイドは頷きまた話を続ける。

「表向きはやはり美術品のオークション。関わりのない善良なコレクターも混ざっていることになりますね」
「それは俺たちも考えていたが……」

 厄介なことをする。いや、相手の常套手段なのだろう。だが、大規模となるとメディアにだって注目されるだろうに。相当な自信だ。

「どうですか? 今回僕が提供した情報は?」
「……もうひと押しあるんだろ」
「ふふ。ご名答」

 愉しげなジェイドに苦々しい気持ちを隠さすつもりはなかった。実は魔法執行官も何度かこの手の情報を掴んではいたけれど中々最後のピースが手に入らなかった。あらゆる手を使ってもそれだけは手に入らなかった。

「どうやってその情報を手に入れた。つか、そこまで言うってことは〝チケット〟を手に入れたのか?」
「ジャックくん、落ち着いてください」

 前のめりになって危ない橋を渡ったのであろうジェイドに詰め寄る。ジェイドは困ったように眉を下げた。

「本当に偶然だったんです。僕らから金を踏み倒そうとした方が〝会員〟だったんです」
「……それは本当か?」
「はい。嘘偽りありません」

 真剣な表情で応えるジェイド。ジャックは彼の情報網には信用している。そういう相手をしていたというのが少々引っかかるがこの際見なかったことにしよう。

「ちなみにジャックが心配するようなブラックなやり方はしていませんから」
「そうかよ。つか、だからさっき俺にオーダーメイドのスーツを作らせたのか」
「御明察。ドレスコードに厳しい会場なので」
「なら、その情報とチケットは俺に――」
「それはできません」
「あ?」

 突然の拒否にジャックは目を眇める。しかし、ジェイドは非常に珍しく本当に困ったような顔で話し出す。

「手に入れたチケットというのにある魔法工学が利用されているらしいんです。また、譲渡された場合も同じよう効果は発揮するそうでして」
「つまり今回譲渡されたジェイド先輩と同伴する人間しか入場できないってことか」
「話しが早くて助かります」

 ジャックの言葉に頷くジェイドに頭を抱える。これは一般人であるジェイドを巻き込む話だ。いや、情報収集するためにジェイドを巻き込んでいる時点で何も言えない。ただ、潜入するとなれば本来こっちの管轄だ。

「チッ。一時持ち帰って上と掛け合う」
「ふふ。答えは見えていると思いますが」

 「まぁいいです」とジェイドが紅茶に口を着ける。実に優雅な仕草で紅茶を飲む男に苦々しい思いで見つめながら同じように頼んだ紅茶に口を着ける。その紅茶はジャックの舌にすぅっと馴染んでいた。

「あんた、美味いもん見つけるのうまいな」
「陸の世界は色々な食べ物に飲み物があって面白いですからね」

 探して実際に行くのも楽しいと言う。ほんとに楽しんでいる様子は学生の頃と変わらない。根本は本当に変わらないというか人は結局そういうものだ。ジャックだって昔よりも柔軟になった気がするが根本は変わらない。

「おっともうこんな時間ですか。ジャックくん、時間あればランチも如何ですか?」

 腕時計を見れば確かに昼に近い。ここのカフェはランチメニューも美味いと聞いていたがこの口ぶり別の場所へ移動するのだろう。美味いものを見つけるのが上手なジェイドが誘うくらいだ。そこの飯は美味いに違いない。だが、そろそろタイムリミットが近づいている。何せ魔法執行官は年中人材不足であり多忙なのだ。

「すんません。すっげぇ興味あるんすけど仕事が」
「ああ。万年人材不足なんですもんね」

 残念ですと言うジェイドは本当にそう見えた。それに魔がさしたのかジェイドが教えてくれようとしたランチにつられたのかジャックの口は勝手に動いていた。

「あの、今度でよかったら誘ってください」

 思わずと言ったところで口に出してしまったのだから引っ込みはつかない。にしても、ジャックがこのようなことを言うのをジェイドも想像していなかったのだろうか。切れ長の目が見開いて心底驚いていた表情をしている。何だかそれはとても居心地が悪い。

「す、すんません。社交辞令だったら」

 普段こんな失敗しないのに。黙り続けるジェイドにジャックの焦りは募るばかり。気まずいという感覚に久々に陥っていると「ふっふふ」と笑う声が聞こえた。視線を上げると口を押えて肩を揺らすジェイドがいた。

「な、なんすか!」
「ふっはは、い、いえ。まさか、そのような、ことを、ふっふっ、ジャックくんが言うとは時間の流れとはすごいですね」
「ぐっ、ぐぅ~~」

 馬鹿にされているのか否か。後輩であるジャックの成長に面白さを感じているのか。最早ジャックは頬に熱が集まるのが押さえられなかった。

「ふふ。ごめんなさい。でも、是非行きましょう」

 ふふ、ふふ、と笑い続けながら黒い一房の髪とピアスを揺らす男。ついでに身体が僅かに左右に揺らす様は子どものようにも見えた。何だか調子が狂う。ジャックは項の髪に振れながら「っす」と答えた。
 こうして再開した時よりも実に和やかにその日は終わった。



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