今がはじまりなのかもしれないね
◆ ジェイド視点
「ラギー先輩! 手伝うっす!」
聞こえた声に顔を向ける。そこには廊下を歩く小柄で丸い耳を持つ生徒に大柄な三角の耳を持った生徒が後を子ガモのようにくっついて歩いていた。
「うわぁ。ジャックくん、助かるッス」
「いいえ!」
元気に尖った歯を見せる大柄な生徒は小柄な生徒から段ボールを受け取る。小柄な生徒は「やれやれ~」と言いながら腕にかけていた紙袋を抱え直す。
気に留めることのない光景だ。何故なら、彼の大柄な生徒が入学して暫くたってからよく見かける光景だったから。とはいっても、小柄な生徒の態度が軟化したのはここ数ヶ月だけれど。どうやら損得勘定で生きるハイエナもあの実直に懐いくる狼を無碍にできなくなるほど絆されたようだ。ジェイドはその二人が並んで歩く光景から目を逸らすことができなかった。そして、ようやっと二人が廊下から消えたところでジェイドの足も動き出した。
またある日のこと。植物園に栽培の許可が下りた植物の観察に足を向けたときだった。
「あんた、またサボってんのか?」
「うるせぇ。サボってんじゃねぇ。休憩だ」
「ああ言えばこう言うな」
茂みから顔を僅かに覗かせながらジェイドはその光景を見る。一人は寝そべって完全に寝る体勢を取っている獅子。それを見下ろす狼は立っていた。
この光景もここ数ヶ月になって見慣れるようになった光景だった。そして、ジェイドの足を再び縫い付けて目を逸らせなくした。別段特別な光景ではないのに。
じっと目を逸らせぬまま見つめていると狼はサボテンの世話を始めた。そして、獅子は眠りにつくかと思ったらゆっくりと瞼を押し上げて深緑とも例えることができる瞳でこちらを見た。バチと合った目にジェイドは瞼を閉じてあげ目礼する。獅子は僅かに警戒したように目を震わせてまた閉じた。どうやら獅子のテリトリーを穢したわけではないようだ。
もし一歩足を進めたら違っただろうか。なんて、思いながらジェイドはそっとその場を後にした。
◆ ◆ ◆
「ジャックくん。今いいですか?」
「うっす」
パタンと課題のために読んでいた本だろう。ジェイドも一年の今頃に同じ本を読んだ気がする。その見慣れた本を横目にしながらジャックに外いきましょうと誘う。「それもそうだな」と首を縦に動かしたジャックを引き攣れジェイドは図書室の外に出た。
図書館は図書室以外にもグループワーク用の学習室や休憩室も完備されている。その中でも使用中という札をかければ入って来ないグループワーク室を利用する。
「先輩。ここ使ってもいいのか?」
「ええ。予約しましたので」
これで誰にも邪魔されないとにっこりとジャックに微笑みかける。途端に顔を険しくあせるジャックに「酷いですね」と声をかける。
それでもジャックは険しい顔のまま腕を組んで斜めにジェイドを見る。まるで何を企んでいるんだと言いたげな瞳だ。本当に酷い話ではないか。
「少しは信用してもらいたいものですねぇ」
「なら、そのうさんくせぇ顔どうにかしろよ」
フンと鼻を鳴らすジャックにこれ以上何を言っても無駄と悟る。それを悲しいとか寂しいとは思わない。けれど、あの二人に対して同じようなことを言うのか。同じようなことを思うのか。それだけは気になる。
「ラギーさんやレオナさんが同じように企んでいれば何か言うのですか」
「は? 何でその二人が出てくんだ?」
鋭かった目を丸くして聞き返すジャック。その表情が一年生特有の丸い幼さをうかがわせる。愛らしいなと思いながら「気になりまして」とだけ答える。
「言う。実際マジフト大会のとき言ったからな」
「ほぉ。流石ジャックくん」
「流石もなにもねぇだろ。あの二人が動けばサバナクロー寮が動くことになる」
良くも悪くも、と言うジャックにジェイドは笑いが込み上げそうになる。だって、群れが動くというのに彼は自分の意に反したら動かないのが見えるからだ。
「ジャックくんは動かないでしょうね」
「企んでいること次第だ」
と答えたジャックは「ところで」とジェイドの目を探るように見て来る。
「ジェイド先輩。何かあったのか?」
どうしたんだ、と心配を孕んだような言葉。先ほどの警戒心が一気に霧散したその態度はたぶんジェイドが曲がりも形にも恋人だからだろう。
ジェイドは顎に手を添えて首を傾げる。
「不思議ですよねぇ。僕が貴方の恋人なのが」
「そうだな」
「どうして?」
思わず聞いてしまう。だって、彼の性格からジェイドの恋情をそのまま素直に受け取るとは思えなかった。でも、ジェイドの考えとは裏腹にジャックは告白を受け入れた。真っ直ぐな瞳で疑いもなく。まだ、告白したのがレオナやラギーとかならわかるけれどジェイドだ。自分で言うのも何だが告白を嘘だと思わなかったのか。
「不思議でならないんですよ」
「……俺も不思議だ」
僅かな間を開けて答えたジャックは首を手で押さえながら顔を横に向けていた。その表情はどうにもこうにもいつも通りの彼だ。
「疑いはしなかったのですか?」
「なんでだ?」
「だって、自分で言うのもなんですけど僕は〝ジェイド・リーチ〟ですよ」
「知ってる」
「ほんとうに?」
「フロイド先輩なわけねぇだろ」
再び満月のように冷え冷えとした瞳が向けられた。そこに愛情とか恋情を見出すことなんかできない。どうしてジェイドはここまでこの狼に振り回されなければいけないのか。
「僕のこと好き、何ですよね」
「……好きじゃねぇな」
「は」と出したはずの声が出なかった。ジェイドはどうしてとだけ頭を過った。だって、彼のことを考えれば好きでもない人と恋人になるはずがない。だから、少なからず友人以上ではあると考えていたのだが否定された。
「では、どんな感情を?」
身体を走り回る衝撃を抑え込みながら告げる。意外なほどにショックだった。ジャックは懐に入れた者に対してはべらぼうに甘い。時折見せるアズールやフロイドに見せない姿を見て特別感を覚えた自分が馬鹿馬鹿しく思えてならない。
「ジェイド先輩は好きとかそんなんじゃねんんだよ。大体、好きって誰に人に対してだって抱く感情だろ?」
「ぇ?」
目をパッと見開いてジャックを凝視する。するとジャックは訝しげに片眉を上げる。なんだよ、と言いたげな態度だがなんだよ、はこちらの台詞だ。というか、これはどうやら、どういうことだ。
「ジャックくんの好きが理解できません」
「はぁ? 普通だろ」
「違いますよ……」
人魚のジェイドだってわかる。ジャックの好き基準の違い。というか好きに含まれる意味が違う気がする。
「ジャックくん。僕は貴方にとってどんな存在」
「恋人」
「いやわかってますから」
「なんだ?」
キョトンとした可愛らしさに免じてなんてやらない。ジェイドは僅かに出来た距離を失くすように詰め寄って前開きになっているジャケットを両手で掴む。ほぼ変わらない身長の所為か顔の距離が一気に近くなる。
「な、なん――」
「ジャックくん」
驚きながら訊ねようとするジャックの口を閉じるように名を呼ぶ。ジャックもジェイドのただならぬ気配を感じたのか口をキュッと閉じた。よし、と思ってジェイドは思ったことを口に出す。
「ラギーさんとレオナさんのこと好きですか?」
「まぁ。そうっすね」
なんで照れた顔をする、と嫉妬が生まれ出るが今はそれどころではない。
「監督生さんやグリムくん、エースくんにデュースくんは?」
「な、なんであいつらが!」
顔を真っ赤にさせるな。なんて彼が彼らのことに対して少なからず友情めいた感情を抱いているのは知っている。でも、それでも嫉妬してしまう。だって、そんな反応を知らないから。
「クラスメイトのエペルくんは? 同郷のヴィルさんは? ああリドルさんは?」
「エペルは男気に溢れて距離間がいい奴だ。ヴィルさ、先輩と、リドル先輩は……尊敬しています」
エペルの方は友情が成立しているのだろうか。それにしてもヴィルの下りはなんだか可愛らしく憎たらしくなってきた。
「アズールにフロイドはどうです?」
「…………嫌いじゃねぇが兼ね難しい人たちだ」
言葉を選んでいるのはジェイド相手だからだろうか。それでも否定的な言葉を選ばないところが彼らしい。ジェイドは一拍置いて震える唇を悟られないように必死に取り繕って。
「僕は? ジェイド・リーチはどうですか?」
心臓の鼓動がこんなにも早くなったのは何時ぶりだっただろうか。ドキドキと心臓を動かしながら待っているとジャックの日に焼けた健康的な肌が薄らと赤みを帯びた。
「いや、ねぇけど」
「何故……」
その顔で何故そんな言葉しか出てこない。何故何も言ってくれないのかジャックを見る。ほぼ真ん前にある瞳は僅かに困惑の色を見せる。何故、ジャックが、と見つめると。
「だって……ジェイド先輩は好きとかそれで納まるわけねぇだろ」
「はぁ?」である。今までそんな素振り見たことない。ツンツンしていて素っ気ない態度ばかりではなかったか。今まで見ていたジャックと今目の前にいるジャックは違うのか。信じられないという眼差しを向ければ眉を顰められた。
「でなければ恋人になんかならねぇだろ」
「信用できないです」
「はぁ?」
素直にホロリと出た言葉にジャックのこめかみに青筋が浮かんだ。心外という顔だけれどこっちだっていつも胡散臭いとか言われているのだ。これくらい言っても許されるだろう。
「ハァ。信用できねぇなら別に構わねぇよ」
「ッ!」
やってしまった。でも、だって、いつも自分ばかりだ。ジェイドだけがラギーやレオナに嫉妬し、さらに彼を取り巻く人々に嫉妬する。自分だけに見せる表情がまだ少ないから。他の人に見せる表情の方が多いから。
「……ジェイド先輩何か言いたいことあんならはっきり言ってくれ」
真摯な瞳だった。先ほどまで見せていた苛立ちもなくただこちらの意図を純粋に汲み取ろうとしている。本当に周りにいないタイプの人間。いたとしてもただ搾取されるだけの弱者にしか見たことがない純粋さ。もっとも意味のないものだと見捨てていたもの。
「嫉妬です。ただの嫉妬です」
恰好つけたいわけではない。でも、ジャックはたぶんジェイドが嫉妬するような男ではないと思っているに違いない。ジェイド自身もそう心がけていた。でも、我慢の限界だった。
「ラギーさんを慕う貴方の姿も、レオナさんに憧れる貴方の姿も見たくない」
「監督生さんたちに構う貴方の姿を見たくない」
「エペルくんと並ぶ貴方の姿が見たくない」
「ヴィルさんと一緒にランニングする貴方を見たくない」
「リドルさんと薔薇を持って並ぶ貴方を見たくない」
一度出れば今まで見て来たジャックの見たくない姿が零れていく。こうした言葉を言う自分が嫌だ。そんな面倒なことを言われたら自分だったら嫌になる。だから、何なんだと言い返したくなる。
「……会うなとは言いませんから」
最後の強がりを見せるのも何だからしくもない。それでもここまでみっともない姿を見せてしまってはどうでもいいことかもしれない。
はぁ、と溜息をついて前髪を掻き上げて距離を取る。
「すいません」
「なんで謝るんだ?」
今まで口を閉ざしていたジャックが不思議そうに聞き返して来た。それはそうだろう。恋人にこんな無様な姿になんて見せたくなかった。それがわからないのかと見ればジャックは僅かに笑んでいた。
「先輩が思うことはすっげぇわかるんすけど……あんたは絶対そんなことねぇと思ってたから」
悪ぃけど嬉しいと噛みしめるような小さな声に呻きたくなる。何だこの目の前の生き物はまったく理解不能だ。これからこの生き物を留めておくのにどうしたらいいんだ。
「どうすればいいですかねぇ」
「ん? なんすか?」
「いえ……ジャックくん」
ジェイドは人魚らしい透き通る肌の熱を逃がしながらジャックを見る。そこには何だかトゲトゲした彼もいらず、ツンツンした彼もいなく、真ん丸した彼がいた。どこかあどけない彼は素の姿にすら見えた。もっと、そういう姿を見たいし欲しいと思えた。
「これからもう少し一緒に過ごしましょうね」
「ッ! ああ!」
大ぶりな尻尾が犬のように左右に激しく動く。何より返事をしたジャックの無邪気さの滲む表情にジェイドはもう少しは素直になろうか、なんて考えてしまった。
「ラギー先輩! 手伝うっす!」
聞こえた声に顔を向ける。そこには廊下を歩く小柄で丸い耳を持つ生徒に大柄な三角の耳を持った生徒が後を子ガモのようにくっついて歩いていた。
「うわぁ。ジャックくん、助かるッス」
「いいえ!」
元気に尖った歯を見せる大柄な生徒は小柄な生徒から段ボールを受け取る。小柄な生徒は「やれやれ~」と言いながら腕にかけていた紙袋を抱え直す。
気に留めることのない光景だ。何故なら、彼の大柄な生徒が入学して暫くたってからよく見かける光景だったから。とはいっても、小柄な生徒の態度が軟化したのはここ数ヶ月だけれど。どうやら損得勘定で生きるハイエナもあの実直に懐いくる狼を無碍にできなくなるほど絆されたようだ。ジェイドはその二人が並んで歩く光景から目を逸らすことができなかった。そして、ようやっと二人が廊下から消えたところでジェイドの足も動き出した。
またある日のこと。植物園に栽培の許可が下りた植物の観察に足を向けたときだった。
「あんた、またサボってんのか?」
「うるせぇ。サボってんじゃねぇ。休憩だ」
「ああ言えばこう言うな」
茂みから顔を僅かに覗かせながらジェイドはその光景を見る。一人は寝そべって完全に寝る体勢を取っている獅子。それを見下ろす狼は立っていた。
この光景もここ数ヶ月になって見慣れるようになった光景だった。そして、ジェイドの足を再び縫い付けて目を逸らせなくした。別段特別な光景ではないのに。
じっと目を逸らせぬまま見つめていると狼はサボテンの世話を始めた。そして、獅子は眠りにつくかと思ったらゆっくりと瞼を押し上げて深緑とも例えることができる瞳でこちらを見た。バチと合った目にジェイドは瞼を閉じてあげ目礼する。獅子は僅かに警戒したように目を震わせてまた閉じた。どうやら獅子のテリトリーを穢したわけではないようだ。
もし一歩足を進めたら違っただろうか。なんて、思いながらジェイドはそっとその場を後にした。
◆ ◆ ◆
「ジャックくん。今いいですか?」
「うっす」
パタンと課題のために読んでいた本だろう。ジェイドも一年の今頃に同じ本を読んだ気がする。その見慣れた本を横目にしながらジャックに外いきましょうと誘う。「それもそうだな」と首を縦に動かしたジャックを引き攣れジェイドは図書室の外に出た。
図書館は図書室以外にもグループワーク用の学習室や休憩室も完備されている。その中でも使用中という札をかければ入って来ないグループワーク室を利用する。
「先輩。ここ使ってもいいのか?」
「ええ。予約しましたので」
これで誰にも邪魔されないとにっこりとジャックに微笑みかける。途端に顔を険しくあせるジャックに「酷いですね」と声をかける。
それでもジャックは険しい顔のまま腕を組んで斜めにジェイドを見る。まるで何を企んでいるんだと言いたげな瞳だ。本当に酷い話ではないか。
「少しは信用してもらいたいものですねぇ」
「なら、そのうさんくせぇ顔どうにかしろよ」
フンと鼻を鳴らすジャックにこれ以上何を言っても無駄と悟る。それを悲しいとか寂しいとは思わない。けれど、あの二人に対して同じようなことを言うのか。同じようなことを思うのか。それだけは気になる。
「ラギーさんやレオナさんが同じように企んでいれば何か言うのですか」
「は? 何でその二人が出てくんだ?」
鋭かった目を丸くして聞き返すジャック。その表情が一年生特有の丸い幼さをうかがわせる。愛らしいなと思いながら「気になりまして」とだけ答える。
「言う。実際マジフト大会のとき言ったからな」
「ほぉ。流石ジャックくん」
「流石もなにもねぇだろ。あの二人が動けばサバナクロー寮が動くことになる」
良くも悪くも、と言うジャックにジェイドは笑いが込み上げそうになる。だって、群れが動くというのに彼は自分の意に反したら動かないのが見えるからだ。
「ジャックくんは動かないでしょうね」
「企んでいること次第だ」
と答えたジャックは「ところで」とジェイドの目を探るように見て来る。
「ジェイド先輩。何かあったのか?」
どうしたんだ、と心配を孕んだような言葉。先ほどの警戒心が一気に霧散したその態度はたぶんジェイドが曲がりも形にも恋人だからだろう。
ジェイドは顎に手を添えて首を傾げる。
「不思議ですよねぇ。僕が貴方の恋人なのが」
「そうだな」
「どうして?」
思わず聞いてしまう。だって、彼の性格からジェイドの恋情をそのまま素直に受け取るとは思えなかった。でも、ジェイドの考えとは裏腹にジャックは告白を受け入れた。真っ直ぐな瞳で疑いもなく。まだ、告白したのがレオナやラギーとかならわかるけれどジェイドだ。自分で言うのも何だが告白を嘘だと思わなかったのか。
「不思議でならないんですよ」
「……俺も不思議だ」
僅かな間を開けて答えたジャックは首を手で押さえながら顔を横に向けていた。その表情はどうにもこうにもいつも通りの彼だ。
「疑いはしなかったのですか?」
「なんでだ?」
「だって、自分で言うのもなんですけど僕は〝ジェイド・リーチ〟ですよ」
「知ってる」
「ほんとうに?」
「フロイド先輩なわけねぇだろ」
再び満月のように冷え冷えとした瞳が向けられた。そこに愛情とか恋情を見出すことなんかできない。どうしてジェイドはここまでこの狼に振り回されなければいけないのか。
「僕のこと好き、何ですよね」
「……好きじゃねぇな」
「は」と出したはずの声が出なかった。ジェイドはどうしてとだけ頭を過った。だって、彼のことを考えれば好きでもない人と恋人になるはずがない。だから、少なからず友人以上ではあると考えていたのだが否定された。
「では、どんな感情を?」
身体を走り回る衝撃を抑え込みながら告げる。意外なほどにショックだった。ジャックは懐に入れた者に対してはべらぼうに甘い。時折見せるアズールやフロイドに見せない姿を見て特別感を覚えた自分が馬鹿馬鹿しく思えてならない。
「ジェイド先輩は好きとかそんなんじゃねんんだよ。大体、好きって誰に人に対してだって抱く感情だろ?」
「ぇ?」
目をパッと見開いてジャックを凝視する。するとジャックは訝しげに片眉を上げる。なんだよ、と言いたげな態度だがなんだよ、はこちらの台詞だ。というか、これはどうやら、どういうことだ。
「ジャックくんの好きが理解できません」
「はぁ? 普通だろ」
「違いますよ……」
人魚のジェイドだってわかる。ジャックの好き基準の違い。というか好きに含まれる意味が違う気がする。
「ジャックくん。僕は貴方にとってどんな存在」
「恋人」
「いやわかってますから」
「なんだ?」
キョトンとした可愛らしさに免じてなんてやらない。ジェイドは僅かに出来た距離を失くすように詰め寄って前開きになっているジャケットを両手で掴む。ほぼ変わらない身長の所為か顔の距離が一気に近くなる。
「な、なん――」
「ジャックくん」
驚きながら訊ねようとするジャックの口を閉じるように名を呼ぶ。ジャックもジェイドのただならぬ気配を感じたのか口をキュッと閉じた。よし、と思ってジェイドは思ったことを口に出す。
「ラギーさんとレオナさんのこと好きですか?」
「まぁ。そうっすね」
なんで照れた顔をする、と嫉妬が生まれ出るが今はそれどころではない。
「監督生さんやグリムくん、エースくんにデュースくんは?」
「な、なんであいつらが!」
顔を真っ赤にさせるな。なんて彼が彼らのことに対して少なからず友情めいた感情を抱いているのは知っている。でも、それでも嫉妬してしまう。だって、そんな反応を知らないから。
「クラスメイトのエペルくんは? 同郷のヴィルさんは? ああリドルさんは?」
「エペルは男気に溢れて距離間がいい奴だ。ヴィルさ、先輩と、リドル先輩は……尊敬しています」
エペルの方は友情が成立しているのだろうか。それにしてもヴィルの下りはなんだか可愛らしく憎たらしくなってきた。
「アズールにフロイドはどうです?」
「…………嫌いじゃねぇが兼ね難しい人たちだ」
言葉を選んでいるのはジェイド相手だからだろうか。それでも否定的な言葉を選ばないところが彼らしい。ジェイドは一拍置いて震える唇を悟られないように必死に取り繕って。
「僕は? ジェイド・リーチはどうですか?」
心臓の鼓動がこんなにも早くなったのは何時ぶりだっただろうか。ドキドキと心臓を動かしながら待っているとジャックの日に焼けた健康的な肌が薄らと赤みを帯びた。
「いや、ねぇけど」
「何故……」
その顔で何故そんな言葉しか出てこない。何故何も言ってくれないのかジャックを見る。ほぼ真ん前にある瞳は僅かに困惑の色を見せる。何故、ジャックが、と見つめると。
「だって……ジェイド先輩は好きとかそれで納まるわけねぇだろ」
「はぁ?」である。今までそんな素振り見たことない。ツンツンしていて素っ気ない態度ばかりではなかったか。今まで見ていたジャックと今目の前にいるジャックは違うのか。信じられないという眼差しを向ければ眉を顰められた。
「でなければ恋人になんかならねぇだろ」
「信用できないです」
「はぁ?」
素直にホロリと出た言葉にジャックのこめかみに青筋が浮かんだ。心外という顔だけれどこっちだっていつも胡散臭いとか言われているのだ。これくらい言っても許されるだろう。
「ハァ。信用できねぇなら別に構わねぇよ」
「ッ!」
やってしまった。でも、だって、いつも自分ばかりだ。ジェイドだけがラギーやレオナに嫉妬し、さらに彼を取り巻く人々に嫉妬する。自分だけに見せる表情がまだ少ないから。他の人に見せる表情の方が多いから。
「……ジェイド先輩何か言いたいことあんならはっきり言ってくれ」
真摯な瞳だった。先ほどまで見せていた苛立ちもなくただこちらの意図を純粋に汲み取ろうとしている。本当に周りにいないタイプの人間。いたとしてもただ搾取されるだけの弱者にしか見たことがない純粋さ。もっとも意味のないものだと見捨てていたもの。
「嫉妬です。ただの嫉妬です」
恰好つけたいわけではない。でも、ジャックはたぶんジェイドが嫉妬するような男ではないと思っているに違いない。ジェイド自身もそう心がけていた。でも、我慢の限界だった。
「ラギーさんを慕う貴方の姿も、レオナさんに憧れる貴方の姿も見たくない」
「監督生さんたちに構う貴方の姿を見たくない」
「エペルくんと並ぶ貴方の姿が見たくない」
「ヴィルさんと一緒にランニングする貴方を見たくない」
「リドルさんと薔薇を持って並ぶ貴方を見たくない」
一度出れば今まで見て来たジャックの見たくない姿が零れていく。こうした言葉を言う自分が嫌だ。そんな面倒なことを言われたら自分だったら嫌になる。だから、何なんだと言い返したくなる。
「……会うなとは言いませんから」
最後の強がりを見せるのも何だからしくもない。それでもここまでみっともない姿を見せてしまってはどうでもいいことかもしれない。
はぁ、と溜息をついて前髪を掻き上げて距離を取る。
「すいません」
「なんで謝るんだ?」
今まで口を閉ざしていたジャックが不思議そうに聞き返して来た。それはそうだろう。恋人にこんな無様な姿になんて見せたくなかった。それがわからないのかと見ればジャックは僅かに笑んでいた。
「先輩が思うことはすっげぇわかるんすけど……あんたは絶対そんなことねぇと思ってたから」
悪ぃけど嬉しいと噛みしめるような小さな声に呻きたくなる。何だこの目の前の生き物はまったく理解不能だ。これからこの生き物を留めておくのにどうしたらいいんだ。
「どうすればいいですかねぇ」
「ん? なんすか?」
「いえ……ジャックくん」
ジェイドは人魚らしい透き通る肌の熱を逃がしながらジャックを見る。そこには何だかトゲトゲした彼もいらず、ツンツンした彼もいなく、真ん丸した彼がいた。どこかあどけない彼は素の姿にすら見えた。もっと、そういう姿を見たいし欲しいと思えた。
「これからもう少し一緒に過ごしましょうね」
「ッ! ああ!」
大ぶりな尻尾が犬のように左右に激しく動く。何より返事をしたジャックの無邪気さの滲む表情にジェイドはもう少しは素直になろうか、なんて考えてしまった。
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