星を見上げた、キミと共に

あの人はきっと王子様じゃない



 冬休み。ナイトレイブンカレッジに通っているジャックお兄ちゃんが王子様を連れて帰って来た。

 王子様はジャックお兄ちゃんに負けないくらい背が高い。だけど、筋トレしているジャックお兄ちゃんと違ってスラッとしている。まるでモデルさんみたいに綺麗な姿勢をしている。とても綺麗な王子様だった。

 今まで見かけたことのないタイプの人に恥ずかしくなってしまった。
 お母さんの後ろに隠れてチラチラ見ているとその王子様と目が合ってしまった。すると、王子様が長い足で近づいて来た。
 ギュッとお母さんの服にしがみついて隠れる。お母さんにどうしたのって頭を撫でられたけど、何だか恥ずかしくて顔をあげられない。その間にも王子様はお母さんに挨拶している。挨拶を返すお母さんの声が電話に出るときみたいに少し高くなる。よそ行きの声って言うんだよってお兄ちゃんが教えてくれた声だった。お母さんのその反応が面白いなって恥ずかしさを忘れて面白がっていると――。

「初めまして」
「ひぅっ」

 突然かけられた低い声に驚いてブワッと尻尾が膨らむ。それに「おや。驚かせてしまったようですね」と王子様に言われてよけい恥ずかしくなってしまった。それにしても王子様の声は意外に低かった。でも、耳に響かない落ち着いた声だった。

 わたしは少しだけ恥ずかしさが納まって顔をあげると少し屈んだ王子様がいた。王子様の瞳はよく見ると左右違っていた。それが珍しくって思わず覗き込むように顔を出すと王子様は綺麗に微笑んでくれた。

「初めましてジェイド・リーチといいます」

 王子様は自己紹介ついでに「今後ともよろしくお願いします」と言った。王子様ことジェイドさんに頭を傾げているとお母さんにあなたも挨拶なさいと言われて慌てて挨拶をした。



 ジェイドお兄さんはジャックお兄ちゃんと同じナイトレイブンカレッジに通っている先輩だった。ジャックお兄ちゃんが言うには先輩はとても忙しいらしく頑張って時間を作ったらしい。何でも、ここの星空を見たくて来たとか言うけれど。

 シチューを口に入れながら不思議だな、と思った。

 ジェイドお兄さんはとても仲のいい双子の兄弟と、とても仲のいい幼馴染がいるって言った。だのに、冬休みに何で後輩のャックお兄ちゃんが選ばれたんだろう。星見だけが本当に理由なのかな。

 引っかかるなぁ、とシチューを食べながら見ているとジャックお兄ちゃんたちが席を立った。慌てて口に入れたシチューを飲み込むけれど先にお兄ちゃんが「どこ行くんだよ」とツンとした声で訊いた。二番目のお兄ちゃんは最近お父さん、お母さん、それにジャックお兄ちゃんにもツンツンした態度を取っている。さっきもそんな感じでツンツンしていた。今もジャックお兄ちゃんたちを睨んでいるしハラハラしてしまう。

 けど、ジャックお兄ちゃんも――それにジェイドお兄さんも気にした様子はなかった。ジャックお兄ちゃんは「天気が良かったから星見て来る」と簡単に答えた。
 そういえば今日は天気が良かった。きっと星空も綺麗に見える。それに時間がないからジェイドさんは明日には学園に戻ってしまうと言っていた。
 なら、早く行った方がいい。寒さに強いと言っていたけれど慣れない雪で疲れる可能もある。わたしはまた黙々シチューを食べ始めていると――。

「お前も行くか?」
「ぇ?」

 ジャックお兄ちゃんが誘って来た。わたしも星見は好きだ。いつもお兄ちゃんを誘って星を見に行ったのを覚えていたのだろう。嬉しいなと尻尾をちょっと揺らす。
 着いて行っていいのなら行きたいな、とジャックお兄ちゃんの後ろにいるジェイドお兄さんを窺う。すると、ちょうどジェイドお兄さんと目が合った。オッドアイの瞳が細くなって目だけで微笑んだ。
 わたしの本能が笛を吹いた。その笛の甲高い音に口が「今日は読みかけの本読むからいかない」と自然に動いて答えていた。

「そうか」

 残念そうにしながらもわたしと同じ瞳の目尻が下る。それを見て「もう聞かないでよ」と心の中で文句を言った。

 もう一度ジェイドお兄さんを見るとにこりと微笑んでいた。それを見たわたしは初めてうさんくさいという言葉が浮かんだ。
 何でこんな人を王子様のようだと思ったのか。そして、それなりに恋バナを聞いて来たわたしの頭の中で「ねぇねぇ、もしかして、二人って」と囁く声がした。わたしはすぐに頭を振ってそれを追い払うと横に座っていたお母さんにやめなさいって注意された。
 わたしはもう残りのシチューを食べきることだけに専念することにした。その間にジャックお兄ちゃんたちは準備をして外に出ていってしまった。


   ◆ ◆ ◆


 朝。わたしは準備を終えたジェイドお兄さんに声をかけた。

「ジェイドお兄さん、ちょっといいですか?」
「ええ。いいですよ」

 屈んだジェイドお兄さんを睨みながら言う。

「ジャックお兄ちゃんは連れていかなくてもいいと思うの」

 てっきり帰るのはジェイドお兄さんだけだと思った。そうしたらジャックお兄ちゃんまで寮に戻ると言う。わたしもお父さんもお母さんもあのツンツンお兄ちゃんも皆揃って驚いた。けれど、お兄ちゃんの様子に誰も何も言えなくて見送ることになってしまった。恨みがましくジェイドお兄さんを見れば困ったように眉を下げた。

「それは僕ではなくてお兄さんのジャックくんに言った方がいいですよ。言い出したのはジャックくんなので」

 正論という最近お兄ちゃんが言うようになった言葉だ。きっとこれが正論というやつなのだろう。ぐぅの音も出なかった。ならこれはもうしょうがない。でも、わたしはじっとジェイドお兄さんを見ながら訊く。

「……ジャックお兄ちゃん、来年帰って来る?」

 思わず出た不安。この不安は今朝のジャックお兄ちゃんたちを見て浮かんだものだ。何となく昨日の夜と今朝のジャックお兄ちゃんたちは違う。何がどうっていうか雰囲気が違う。何だか昨日までは、その、さらっとしていたのに今朝はまるでお父さんとお母さんみたいだった。

「まだ、連れて行かないで……」

 もう少しだけせめてジャックお兄ちゃんをわたしたち家族の「ジャック・ハウル」にしておいてほしい。わたしとお兄ちゃんのジャックお兄ちゃんにしておいてほしい。けれど、目の前の王子様のような人魚は残酷だった。

「貴方のお兄さんが卒業するまではいいですよ」

 顔を上げてジェイドお兄さんを見上げる。ジェイドお兄さんは首を傾げて「これくらいは妥協します」と言ってのけた。なんて嫉妬深い――いや、独占欲の強い人魚なのだろうか。
 わたしが何も言えずにいると困ったようにジェイドお兄さんは微笑んだ。

「僕とても必死なんですよ。昨日は危うく別れ話になりかけましたし。なら、いっそ貴方のお兄さんは手元にずっと置いて置くべきだと思いましてね」
「や、やっぱり!」

 付き合っていた、と言う言葉を抑え込むようにすぐに口を押える。

「女の子の方がやはり勘がいいですね……いや、貴方のもう一人のお兄様も中々鋭そうな」

 お兄さんは鈍いのに不思議ですね、と言うジェイドお兄さんはとても愉しげだ。わたしは初めてジャックお兄ちゃんの番いにする人の趣味を疑った。このヤバイ人のどこに惹かれる要素があるのかさっぱりわからない。

「長い付き合いになると思いますがよろしくお願いします」
「まずは外堀ってやつを埋めるつもりね」
「おや。よくご存じで」

 ギザギザの歯を覗かせながら微笑む人魚にわたしは頭が痛くなった。

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