2020年・誕生日記念作品

今日は成就した記念日



 机に置いた小さな深海を閉じ込めたハーバリウム。貰ったときは小さく煌めいていた粒はすっかり消え失せてしまった。それに気を落としたが小さな輝きを失くしても深海を閉じ込めたハーバリウムは綺麗だった。
 机に置いたそれを眺めているとジャックの頭の中はぼんやりとなる。発熱したときのように頭がうまく動かなくて最初は風邪を疑った。けれど、風邪ではない。
 ハーバリウムをそっと手にするとひんやりとしている。瓶の冷たさにホッと安堵の息を出してプレゼントしてくれた人を思い出す。
 あの日、故郷を詰め込んだというハーバリウムを贈ってくれたジェイド。普段の人を食ったような胡散臭さは鳴りを潜めどこか緊張していた。けれど、強張った顔もジャックがハーバリウムに感動すると瞬く間に解け表情を変える。照れくさく青白い頬を染めて、嬉しそうに切れ長の目尻を下げる。
 普段見ない顔。ジャックはそのギャップにあっさりと陥落してしまった。恋に落ちてしまったのだ。

「はぁ~~」

 どうしたものか。そっと机にハーバリウムを置いて眺める。
 ジェイドのギャップに恋をしてしまったジャック。この恋が叶うとは微塵も思っていない――とも言い切れない。
 この机の上にあるハーバリウムがジャックに期待を抱かせる。
 オクタヴィネル三人組として三枚の割引券をくれた。三枚というからにはジェイドの分も含まれているのだろう。だのに、態々彼は別に贈物をジャックにプレゼントしてくれた。心に僅かな期待が生まれて消えない。

「どうしてくれたんだろうな」

 ジェイドは個人的としか言わなかった。その個人的に一体どんな意味があったのだろうか。そして、あの表情の変わり方も気になる。でも、それを聞き出そうとすればきっとあの人は上手くはぐらかすだろう。
 やり手の一角を担う彼にどう対応するかあぐねるジャック。けれど、すぐにそんなことを考えることがないくらい忙しい日々が待っていた。


   ◆ ◆ ◆


 ジャックはサバナクロー寮の先輩と共にハロウィーンの実行委員会に選ばれた。さらに、自分のアイディアまで選ばれいつも以上に気合が入っていた。
 すると、同じ実行委員に選ばれたジャッカルの獣人属の先輩が「力抜けよ」と言って強めに肩を叩いてくる。

「痛いっすよ」
「悪ぃ! 悪ぃ!」

 ニヤニヤした唇は絶対に悪いと思っていない。いくら人より身体が大きいとはいえ叩かれれば痛い。でも、これがサバナクロー寮特有のコミュニケーションだ。
 カラカラ笑う先輩を横目に見ているとガタッと逆隣から音がした。

「失礼します」

 同時に聞こえた声にドキと小さく心臓が跳ねる。でも、こういうのにも慣れた。いや、厳密には慣れていないけれどだいぶ対応に慣れてきた。
 そろりと隣を見れば想像していた人が座っていた。ここ最近ジャックの頭の片隅を占める――。

「ジェイド先輩。ちっす」
「こんにちは、ジャックくん」

 それからジェイドはジャック越しにも「こんにちは」と声をかけた。どうやらジャックが組んでいるサバナクローの先輩に挨拶をする。先輩も気軽に「おーう」なんて返していた。どうやら顔見知りのようだ。
 気になって話を広げようか、と口を開くがその前にジェイドに呼ばれてしまった。

「なんすか?」
「サバナクロー寮はどのような仮装するんですか?」

 顎に手をかけていつものように読めない表情をするジェイド。その顔をまじまじ見た後に唇の端を上げて「秘密っす!」と答えた。ついでに先輩に振り返って「そうっすよね! 先輩!」と訊ねる。先輩は若干引き攣った顔で「おうよ」と返した。何か変な物でも見たのだろうか。

「どうしたんすか?」
「いい気にすんな」

 手を振った先輩はそれから「寝る」と言ってうつ伏せになった。おかしな先輩を気にしつつ再びジェイドの方に身体を戻す。
 彼は目尻を下げてやはり微笑んでいた。上品な微笑みなのは変わらないのだが――何だかちょっと何か威圧感のようなものを感じなくもない。息苦しいなと思いつつ話しかける。

「あ、あ~。もしかしてこの先輩、契約踏み倒した人とか?」
「いいえ。とんでもないですよ。そちらの方は僕とクラスメイトなので……」

 切れ長の瞳が細くジャックの後ろを見ている。すると、背後で気配が揺れた気がした。

「やっぱ、何かしたんすか?」
「ふふ。ほんと何でもないです。それより、ジャックくんの地元のハロウィーンはどのような雰囲気なんですか?」

 突然変わった会話と故郷の話に目を瞬かせる。

「どんなって多分そう他と変わらないと思うっすけど……ああ! 先輩は珊瑚の海出身っすからね」
「はい。僕らの故郷にもハロウィーンはありましたけどやはり少々趣が違うと一年生のときに思いましたので」
「へぇ。人魚もハロウィーンするのか?」

 人魚も仮装するのか。考えていると見透かしたようにジェイドが「ありますよ。でも、人魚はあまり仮装しませんね」と答えた。

「んじゃ、仮装とか陸に上がってからっすか?」
「ええ。仮装するにあたって色々調べるとなかなか楽しいものです」

 無邪気さを滲ませた表情は双子の兄弟によく似ていた。顔立ちの印象違うのに似ると事はやはり似るのか。まじまじと見ていると目が合う。
 一瞬、言葉に詰まった。何故だろうか。以前だったら嫌な予感がすると思ったオッドアイ。でも、今は別の意味で心臓が悪い。ドキドキと小さく跳ね続ける心臓を紛らわすためにジャックはひとつ閃く。

「あの誕生日にくれたハーバリウムなんすけど」
「っ! はい、何ですか?」

 息を飲んでからジェイドの視線が僅かにずれる。それから、双子の兄弟と揃いのピアスを弄り出す。ソワソワした空気を纏う彼にジャックもつられて身体が落ち着かない。

「あ、あの、今も魔力石は力が消えちまったんすけど、まだ綺麗っす。そのそれで、あ~、あれってあのままで大丈夫なんすか?」
「大丈夫とは?」

 ピアスから手を離し逸らしていた視線が戻る。

「手入れとかしなくてもいいのかと思って」
「なるほど。そこまで気にかけていただけて嬉しいです、フフ」

 はにかむような笑い方。僅かにギザギザの歯の先が見えた。絶対に今まで見たことがない笑い方の種類だ。こんな見たことがない笑みを見たら期待が膨らんでしまう。

  ――いや、いや、他の人には見せているかもしれねぇだろ。

 なんて言い訳を心で呟いて胸の辺りがムカついた。自分以外にもあの笑みを見たと思うと腹が立つ。なんて身勝手な嫉妬だろうか。
 うぅと呻きそうになるのを抑えていると「一年」と声がして耳を動かす。逸らしていた視線を戻すとジェイドが長い指を一本立てていた。

「一年は持ちます。その後は破棄してください」
「破棄……」

 捨てろと言われて嫌だと思ったし、胸が痛んだ。何で好きになってしまった人からの初めての贈物を捨てなければいけない。

「……捨てないといけないんすか」
「植物の限界が一年程度なんです」
「そうなんすか……」

 眉を下げるジェイドにつられるように眉を下げる。

「そうっすか。じゃ、一年後まで大事にします」

 魔法でどうにかしたいが魔法は永遠ではない。なら、その終わる時まで大切にさせてもらおう。その想いを込めて言えば目を瞠ったジェイドが目尻を柔らかく下げた。

「そこまで気に入っていただけたとは作ったかいがあります。ありがとうございます」

 嬉しそうに、ほんとうに嬉しそうに言うのだから思わず照れしまう。

「いや、その、すっげぇ綺麗だったんで……あんたの故郷」
「そうですか、ふふ。そのように思っていただけで万感の思いですよ」
「大袈裟な……」

 いいえ、と首を振るジェイドの嬉しげな顔は本当にそうなのかもしれない。言ってよかったと思っていると彼の目線が下って唇からふふと笑いが零れる。
 その視線の意味を理解したジャックはすぐに無意識に振っていた尻尾抑える。

「おや、残念」

 と言いながらも機嫌の良さそうなジェイドにジャックの心もホワホワする。

  ――やっぱり、好きになっちまったんだなぁ。

 この先どうなろうとか考えていないけれどジェイドの反応に期待してしまう。
 ならば一勝負かけてみるかとひとつ決意した。


   ◆ ◆ ◆


 マジカメモンスターを撃退し盛大なハロウィーンが幕を閉じた。そして、ついに十一月五日を迎えた。
 ジャックは大事そうに箱を抱えてオクタヴィネル寮にやって来ていた。目指す場所はモストロ・ラウンジ。まだ開店前のモストロ・ラウンジには準備をしている寮生しかいない。そこで見知った顔を発見して呼ぶ。
 オクタヴィネル寮所属のクラスメイトの一人が同級生に声をかける。彼は不思議そうな顔をしながらもこちらに来てくれた。
 やって来たクラスメイトに「悪いが副寮長呼んでもらってもいいか」と言う。それに目を見開いて「どうしたよ」と言われた。

「あ、いや、その今日副寮長のジェイド先輩の誕生日だろ」
「そうだけど……え、プレゼント?」

 俺のときにくれたからお返しだ、と言えば納得したように頷いた。彼はわかったと言うと小走りでモストロ・ラウンジのカウンターに入った。どうやら連絡を取ってくれるらしい。

「あ、これなら居場所聞いて俺が行けば」

 でも、他寮のテリトリーに他人がズカズカ行くのは憚れる。しかたない大人しく待っていようと尻尾を揺らしながら待っていると――。

「ジャックくん」

 背後からかけられた声に思わず驚いて尻尾を足の間に入れてしまった。情けない。それを隠すためにすぐに振り返って目を瞬かせる。

「ジェイド先輩。着替えの最中だったのかすんません」
「いいえ。いいんですよ」

 若干息切れしているジェイドは黒いシャツの襟を開けて、カマーバンドを着けた状態だった。アズール同様にいつものキッチリと着こんでいる彼らしかぬ姿にドキドキしてしまう。

  ――心臓に悪ぃな。

 もうさっさと行こうとジャックは息が整ったジェイドに向かい合う。

「あのジェイド先輩。お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます」

 薄らと染まっている頬がさらに濃くなる。自分の言葉でそんなに喜ぶのか。やはり期待が消えない。ジャックは込み上げる感情を飲み込んで大切に持っていたモノを差し出す。

「これ先輩に誕生日プレゼントです」

 差し出すとジェイドはじっと見つめてからそっと受け取る。そして、大切そうに両手で持って「ありがとうございます」と言った。その顔がもう反則だ。
 駄目だな、と思いつつもうひとつ用意していた小さなショッパーも差し出す。

「フロイド先輩にはこっちを。あと、おめでとうございますって」
「わざわざフロイドの分までありがとうございます」

 こちらはサッと受け取ってくれた。ちょっと扱いの差に何だかなと思うが、これでジャックの使命は終わった。

「じゃ、俺はこれで……」
「ジャックくん」

 行きます、と言いかけたのをジェイドが止めた。彼は微笑んで「見てもいいですか」と訊ねて来た。それが何を差すのかわかっている。

「……いや、その、でも」
「せっかくですしVIPルームに行きましょうか」

 妙に圧のある空気を纏うジェイドにジャックは抗えることが出来なかった。


   ◆ ◆ ◆


 VIPルームは相変らずだった。変わらないけれどちょっと胃の痛くなる思い出の場所。そんな落ち着かない場所のソファ、目の前で同じようにソファに腰掛けたジェイドが目を輝かせていた。目を輝かせる彼の手にはジャックが作ったハーバリウムがあった。
 ハーバリウムの中は至ってシンプルだ。白銀の花弁を幾重にも重ねた一輪の花。本当はジェイドのように故郷を詰め込もうとしたが生憎時間が足りなかった。だから、自分でも出来る精一杯の想いを込めた。

「これは初めて見ます」

 好奇心に溢れた声はハーバリウムから逸れない。少し焼くけれどジャックは頭を掻きながら「あ~」と呻きながら答える。

「その植物は俺の故郷の花っす。すぐに枯れちまうんで市場には殆ど出回んないんす」

 ようやくジェイドの視線がハーバリウムから逸れてジャックを見る。その瞳は「では、なぜ」「もしかして」とさらに輝きを増していく。

「家族に頼みました。そしたら、両腕一杯になるくらい送ってくれたんす」

 対処に困りました、と贈られた日に寮生に盛大にからかわれたのを思い出す。

「贈られた中から一等綺麗な花を選んで閉じ込めてみました……」
「それは、そうですか。ふふ、では、これはジャックくんの故郷の一部ということですね」
「そうっすね」
「とても美しいですね」

 うっとりとした声にむず痒くなる。もうほんとに限界だ。

「あの、きっと準備もあると思うんで、俺もう帰ります」

 じゃ、と立ち上がり引き留められる前に部屋を出ようとドアノブに手をかける。けれどドアを引くことは出来なかった。
 捕まってしまった。腕を掴まれる感触と同時に引かれた。思いの外強い力に引っ張られ身体が半分だけ後ろに向く。

「ッ」

 目の前に綺麗な顔があった。身長がさほど変わらないから目が目の鼻の先の間近にあった。息を飲むとほぼ真正面にあった目が近くなった、睫の長さがわかるくらい近くに。
 パッと僅かに空いた口に何かがぶつかった。柔らかいそれはきっとあれだ、唇。

  ――先輩の唇。

 むにゅと唇が食まれて遠くに行きかけていた意識が引っ張り戻される。五感の全てが再認識されて慌てて身を引くと頭をドアにぶつける。

「ッ~~」
「おや、大丈夫ですか?」

 くすくすと控えめな笑い声にジャックは痛む頭を押さえながら睨み付ける。

「な、何するんすか」
「何ってキスですよ」

 ずいっと一歩踏み込んで来るジェイドのオッドアイが妖しく揺らめく。その揺らめきに再び身構えると薄い唇の間からギザギザと鋭い歯が覗き――。

「ジャックくん。また来年貴方の一部をくださいね」

 楽しみにしています、と言う彼にジャックは言葉が詰まる。どう答えていいか考えあぐねた結果出たのが「それは、どういう意味っすか」というあまりよろしくない質問だった。

「わかりませんでしたか?」
「ぅ、あ、はい」

 また、近くなる距離に思わず顔を背ける。もともと持っていた小さな期待が膨らみ最高潮になっている。心臓が痛い。煩くて、痛いくて、本当に痛い。

「わかりませんか……ふむ。回りくどいですかね?」
「……そう、っすね」

 勿体ぶる言い方にジャックは窺うようにジェイドを見ると目がぶつかり。

「ジャックくんのことが好きなんですよ、僕」

 ぶわっと言葉にされるとジャックの期待が爆発して満たされる。

「顔が真っ赤ですよ」

 ついでに熱いですね、とジェイドの白い手が触れるが思いの外その手は熱かった。彼もまた緊張していたのかもしれない。それが嬉しくて尻尾が思わず揺れ動く。

「で、ジャックくん。お返事は?」
「俺も好きです――全部捧げるくらいには」
「っ! それは、それはそれはっ!」

 余裕ぶった目がパッと開いてまた細くしなる。先ほどまで白かった目元が染まりだした。その顔はジャックが恋に落ちた瞬間のときよりも嬉しげだった。

  ――本当に一部と言わずに全部挙げたくなっちまう。

 受け取ってくれねぇかな、と思いながら仕返しのキスをした。



2021.02.04 一部文章修正
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