ジェイド × ジャック

涙が止まらない



「グズッ」

 鼻をすする音に隣にいるジャックを見ればボロボロ涙が零れていた。何度も瞬いて何とか涙を追い出そうとしてパラパラと涙が弾かれていく。ジャックの白い睫からか弾かれる涙はとても美しい水の粒に見えた。
 とはいっても、その幻想的な光景も彼の手元を見れば崩れて寧ろ笑えてくる。ジェイドは笑いをこらえてぐずぐずのジャックに話しかける。

「わかりますよ。ぼくも辛いです」
「っす……玉ねぎやべぇっす」

 パチパチと瞬きをして、鼻をぐずぐずとさせるジャック。目を擦りたいけれどその手は玉ねぎに触れている。鼻を擦りたいけれど玉ねぎにその手は触れている。どうにもならないジャックに何だか初めて玉ねぎの調理をしたときを思い出す。

「粘膜を刺激されるのは辛いですよね……ほんと人間の身体は不便でなりません」
「いや、人魚だってかわらねぇと思いますっけど」

 目尻から零れる涙が褐色の頬を伝っていく。綺麗だな、と思うけれど手元を見ればやっぱり笑える。そして、隣で別の食材の準備をしていたジェイドの鼻もツンツンとしてきた。

「はぁ。オオカミの獣人属である貴方には辛い作業でしたね」

 うかつでしたと言うけれど何となく予想できていた。けど、ジャックがどんな状況になるのかちょっと見たかった。案の定ぐずぐずだ。もっとこんな顔を見たいな、なんて邪なことを考えながら隣で限界を迎えたジャックに話をかける。

「獣人属の貴方には辛い作業でしたね」
「いや、まぁ、否定しねぇっす……あ~、今すっげぇ母親を尊敬しています」
「普段はしていないんですか」

 クスクス笑えばジャックは真面目に「いつも感謝しています」と答えた。

「けど、玉ねぎとか普通に飯に出て来たんで……あっぐぅ」
「おや。大丈夫ですか?」

 手を止めてジャックに声をかける。ジャックはこれでもかと涙を流していた。顰めた顔に、尻尾の毛が逆立ってビィンと立っている。
 その有様に苦笑を零して「待っていてくださいね」と手を洗いに行く。手を洗い終わって清潔なタオルに水を含ませる。しっかりと水気を絞ったタオルを手にジャックの傍に戻る。耐えるように地団駄を踏むジャックの顔を覗き込む。

「ジャックくん。タオルです。あとは僕がやりますので落ち着いたらホールの手伝いに行ってください」
「けど」

 タオルを受け取ったジャックは顔を拭ってようやく目を開く。真っ赤になった瞳はもう限界を訴えていた。
 その目元を指で擦るとびくっと震えて目を瞑った。

「ほら。これくらいで……もう大丈夫ですからホールに行きなさい」

 「いいですか」と強めに言えばジャックの大きな耳が力なく伏せる。

「うっす。すいませんでした」
「いいえ。僕も獣人属の貴方のことを考えていませんでした」

 半分嘘を付けばジャックは頭を横に振った。

「いいんす。半ば予想していたんで断らなかった俺も同罪っす。気にしないでください。つか、ジェイド先輩も大変なら誰か呼びますか?」
「いいえ。あらかた準備出来たので後は一人でどうにかなります」

 パチパチと動き出した鋭い瞳に胸をなでおろす。まだ目元と、鼻がどうやら駄目なままのようだがこれでもう大丈夫だろう。

「ジェイド先輩……」
「何です?」
「今度手伝うまでには慣れておくんで、次はみっともない姿はみせねぇから」

 目尻をつり上げてキリリとした顔をするジャック。何だか面白い方向に決意を決めている彼にジェイドが吹き出してしまうのは仕方ないだろう。

「ふはっ。ふっ、え、ええ、ふふ、期待していますね」
「なんすか。そこまで笑うことねぇだろ」
「すいません。でも、フフ。可愛い後輩が出来たものだな、と思いまして」

 不貞腐れる彼のふわふわした頭を撫でた。ぐるっと喉を鳴らしながら大人しいジャックにサバナクロー寮の先輩らが文句を言い出しそうだ。

「ジャックくん。貴方、オクタヴィネル寮生になりますか?」
「あ、それはいいっす。俺、サバナクロー寮好き何で」
「そうですか。残念です」

 素気無く断られてしまった。予想していたとおりの展開は面白くない。けれど考えていた以上に面白くなかった。
 ジャックからの頭から手を離して再び食材を手に取る。

「さて、ジャックくん、服を用意していますから着替えて来てください」
「そのありがとうございます。邪魔してすいませんでした」

 いいえ、と首を振る。

「そうそう今日のホールの担当はフロイドですから。指示はフロイドに仰いでください」
「フロイド先輩っすか」

 見なくてもジャックの声から顔を顰めているのが浮かんでくる。

「今日は機嫌が良かったので大丈夫ですよ」
「機嫌がいいから困るんすよ」

 あの人尻尾弄るから、と言うジャック。人参に入れかけた包丁のが思いきり動いてしまった。ザクッとそれはまるで――と心に沸いた感情を誤魔化すように口を動かす。

「ふふ。貴方のことも気に入っているからしかたないんですよ」

 ザク、ザクと荒く切っていく人参を見下ろしながら誤魔化す。このまま早く会話を切ろうかと思った時だった。寮生がジャックを呼んだ。それにジャックは「はい!」と体育会系らしいいい返事をする。

「じゃ、俺行きますね。邪魔してすいません!」
「いいえ。では、いってらっしゃい」

 慌ただしく出ていくジャックを見送る。そして、黙々と材料を切り刻み続けた。

 この時の雰囲気をジェイドは理解していなかった。周りの厨房担当の寮生やアルバイトたちは心をひとつに重いと思ったことを。同時に、そこにいる者たちはジェイドがすごくジャックを気に入っていることを意識したのだった。



2021.02.04 文章一部改変
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