アズール
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似たことを考えていた
「年下の恋人は大変だからね」
私と同じ年下の男の子と付き合っている親友の助言。「大丈夫よ」なんてカクテル片手に自信満々に答えたけれど今はもう自信がない。
少しほんの少し歳が離れているだけなのに。私は成人で彼は未成年の男の子。珊瑚の海では十八歳で成人する。それまであと一年もある。たかが一年されど一年。
この一年を乗り越えて色々恋人らしいことができる。想像しただけでちょっと恥ずかしくな――ハッと気づいたことに青ざめる。私ってそっちがしたいだけなのかしら。やだ、最悪。
自分の煩悩に頭を抱えていると――。
「随分と忙しそうじゃないですか」
「え」
ぐるぐる未成年と恋人になることを考えていたときだった。呆れをたっぷり含んだ声をかけられて顔を上げる。そこには私の最大の悩みの種である年下の恋人アズールがいた。式典服でもないドレスコードに合わせた紳士的なスーツ。高校生とは思わない着こなしだった。
「あなた年齢詐称していないわよね」
「……そこは素敵なスーツね、と褒めていただきたいのですが」
綺麗に手入れされた指でブリッジをあげる。その姿もなんて様になるのか。周りの女性たちが興味ありげにチラチラアズールを見ている。
「ふふ。皆素敵なあなたを見ているわ」
からかい気味に望んだ言葉を言ってみればアズールが首を横に振った。
「あなたを見ているのでしょう」
「私?」
まさか、と肩を上げて下げる。いくら私自身が人気のある歌手だったとしてもここではただのエイヴォリー家の娘。お母様とお父様のおまけみたいなもの。このパーティーがそういう場所だって分かってきている癖に。
「それでも真珠のように美しいと謳われる歌姫様でしょう」
「やだ。からかわないで」
「先ほどのお返しです」
年齢のわりには大人びたアズールの笑い方に心臓が騒がしくなる。
本当にあの小さな泣き虫なタコの坊やだった男の子だったのかしら。もうすっかり大人の男――ではないのがやっぱり悲しい。私がせめて一歳年上だったらよかったのに。なんで三歳も上に生まれたのかしら。
なんて考えても意味ない。これ以上余計なことを考えないために世間話を続ける。
「あなたもお母様の代理?」
アズールのお母様は珊瑚の海でも有名なレストランテを運営している。こういうところでも呼ばれることもあると聞くけれどお姿が見えない。
「珍しいわよね。欠席するパーティーにアズールを参加させるなんて」
「そうですね。母は母、僕は僕が基本スタンスですから」
意外と思っていそうで思っていない口ぶり。何かお目当ての人でもいたのかしら。相変わらず卒業後の人脈作りに忙しい子。ま、そんな姿も素敵なのだけれど。
「母に頼まれていた方への挨拶も終わりました。あとは自由時間です」
私と並ぶようにアズールが壁際に移動する。あらお目当ての人を探さなくていいのかしら。咄嗟に「あなたの営業はいいの?」と訊く。すると深海色の瞳を面白気に細めて綺麗に手入れされた唇で微笑んだ。
「今日は母の代理ですから」
「あら、随分と謙虚じゃないの」
「こういうパーティーではがっつくのはマイナスです。謙虚にアピールする方が得策だと思いましてね」
それなら尚更スーツじゃなくて式典服の方がよかったんじゃないの。
「なら、式典服の方がよかったんじゃないの?」
考えたことがそのまま口から出てしまった。
でも、実際ナイトレイブンカレッジの式典服は外部にとても人気がある。それにこれぞ伝統名門校という厳かな雰囲気が漂う。話題作りにもなるしどうして仕立てたスーツを着たのかしら。
疑問に思いながら見上げるとアズールの眉がギュッっと寄った。そんな怖い顔をしなくてもいいのに。
「ご機嫌斜めかしら」
「子どもに言うみたいな言い方はやめてください」
「していないわ」
「してるじゃないですか」
やだ。ほんとうにご機嫌斜めな男の子になっちゃった。にしても機嫌が悪くなる理由が分からないわ。何がどう彼の機嫌の琴線に触れちゃったのかしら。分からない。
「どうしたの?」
不機嫌ですって顔を覗き込むと顔を逸らされた。何で逃げるのって思って追うようにまた顔を覗く。するとまた逃げる。追いかけるようにまた覗く。逃げる。また覗く。そんな子ども染みたやり取りをしていると。
「しつこいなッ!」
「あなたが逃げるからよ」
ムキーって怒るアズールに私も不満を零す。だから、と真正面に立ってアズールを壁と身体で挟み撃ちする。
「何が不満な――あらま」
「う、うるさいっ」
「まだ何も言っていないわ」
言ってはいないけれど真っ赤な顔を見れば分かる。照れちゃって可愛い。すっかりアズールが何でご機嫌斜めだったか興味がなくなってしまった。
「ごめんなさいね」
壁から両手を離して真っ白な顔が真っ赤になっているアズールに謝る。すると気を紛らわせようとブリッジを上げ直しているけれど上げ下げし過ぎて大丈夫かしら。
「真っ赤よ。外に行きましょう」
「……はい」
大人しく頷くアズールの腕を取ってバルコニーに出る。
今日は風が少し出ているのか外は少し肌寒かったけれど深海程の寒さはない。
「大丈夫ですか」
「ええ。これくらいはまだ平気」
風で乱れる髪を抑えながら落ち着いたらしい年下の恋人を見上げる。見上げた先の瞳は薄暗い中でも深く静かに輝いていた。その輝きはホールのシャンデリアの明かりだろうか。
「あ、あの」
「だめ」
身を屈めるアズールを見て風で乱れた髪を握って唇を隠す。
私の行動を見た途端に年下の恋人は不満に眉を顰める。これはまたご機嫌斜めになる。というか、もう何度もしたやり取りが始まりそう。
「もう一度していますよ」
「……次は十八歳のお誕生日って言ったわ」
告白した日に一度だけキスをした。初めてした恋人のキスは触れるだけの初心なもの。でも、それだけで私も、アズールもいっぱい、いっぱいになった。だというのに、この年下の恋人は隙あらばキスしようとしてくる。
「キスした後に次は十八歳までなしって言ったでしょ」
「……たかがキスじゃないですか」
心底理解できないと言いたげな顔をされて決心が揺らぐ。
そんなの私だって何度も何度も考えた。一回したら二回も三回も同じ。別にセックスをしようって言われている訳じゃない。ただ、それでも私は成人している人魚で、アズールは未成年の人魚。
「珊瑚の海は年齢での付き合いが緩いのをお忘れですか」
「そうだけど」
確かにお母様もお父様と婚約前提で付き合い始めたのは未成年の頃だった。そのときお父様はギリギリ成人していたらしいけれど――。
「やっぱり陸的文化で言うと」
「文化はそれぞれです。僕の後輩にオオカミの獣人属がいますけれどご両親共に若い頃に結婚してすぐにその方が生まれたそうですよ」
「うっ、でも、でも、成人と未成年じゃないでしょ」
「チッ」
舌打ちした。それで丸め込むつもりだったのね。なんて詰の甘い子。
「……アズール。私も、そのね。したくないわけじゃないのよ」
「っ! ほんとうですか」
「そうよ」
パァッと表情が輝く。小さい頃とまんま。大人びたと思っているのにこういうところでそう子どもっぽくされるとやっぱり自分の犯罪感が拭えない。
これが小さい頃からの幼馴染と付き合う弊害なのかもしれない。慣れなければ、と考えながらすっかり私より大きくなった手を両手で握る。
「イヤではないのよ。私もしたいわ。でも、やっぱり成人するまで待って、ね」
「……成人ですか。僕の誕生日は先々月ほぼ一年ということになりますね」
「ええ」
キラリと眼鏡のレンズが輝いた気がする。いや、たぶん気のせいだと思うけれど――。アズールの顔を見るとなんて胡散臭い仮面を張り付けているのかしら。
「……何を企んでいるの」
「企んでいるなんて誤解ですよ」
「ほんと」
「はい。では一年後まで楽しみにしておきます」
そういって微笑む彼に今度は手を取られた。それから指の先を掴まれて――キスをされた。
流れるような綺麗な指先のキスに頬に熱が集まる。照れて赤く染まる頬を隠すことも出来ずにアズールを見上げるとしてやったりと微笑んだ。
「これぐらいは許してください」
「……もうしかたないわ」
「ふふ。では、そろそろ戻りましょう」
ホールの方を見るアズールにつられて見る。すると、いつの間にか流れる音楽が変わっていた。どうやら最後のダンスの時間になったみたい。
「一曲いかがですか」
「一曲じゃなくてもいいのよ」
それに小さな声で「がんばります」と返された。まだ苦手なのかしらと思いながら年下の恋人にエスコートされて私は美しい音楽が響き光り輝くホールへと戻った。
「年下の恋人は大変だからね」
私と同じ年下の男の子と付き合っている親友の助言。「大丈夫よ」なんてカクテル片手に自信満々に答えたけれど今はもう自信がない。
少しほんの少し歳が離れているだけなのに。私は成人で彼は未成年の男の子。珊瑚の海では十八歳で成人する。それまであと一年もある。たかが一年されど一年。
この一年を乗り越えて色々恋人らしいことができる。想像しただけでちょっと恥ずかしくな――ハッと気づいたことに青ざめる。私ってそっちがしたいだけなのかしら。やだ、最悪。
自分の煩悩に頭を抱えていると――。
「随分と忙しそうじゃないですか」
「え」
ぐるぐる未成年と恋人になることを考えていたときだった。呆れをたっぷり含んだ声をかけられて顔を上げる。そこには私の最大の悩みの種である年下の恋人アズールがいた。式典服でもないドレスコードに合わせた紳士的なスーツ。高校生とは思わない着こなしだった。
「あなた年齢詐称していないわよね」
「……そこは素敵なスーツね、と褒めていただきたいのですが」
綺麗に手入れされた指でブリッジをあげる。その姿もなんて様になるのか。周りの女性たちが興味ありげにチラチラアズールを見ている。
「ふふ。皆素敵なあなたを見ているわ」
からかい気味に望んだ言葉を言ってみればアズールが首を横に振った。
「あなたを見ているのでしょう」
「私?」
まさか、と肩を上げて下げる。いくら私自身が人気のある歌手だったとしてもここではただのエイヴォリー家の娘。お母様とお父様のおまけみたいなもの。このパーティーがそういう場所だって分かってきている癖に。
「それでも真珠のように美しいと謳われる歌姫様でしょう」
「やだ。からかわないで」
「先ほどのお返しです」
年齢のわりには大人びたアズールの笑い方に心臓が騒がしくなる。
本当にあの小さな泣き虫なタコの坊やだった男の子だったのかしら。もうすっかり大人の男――ではないのがやっぱり悲しい。私がせめて一歳年上だったらよかったのに。なんで三歳も上に生まれたのかしら。
なんて考えても意味ない。これ以上余計なことを考えないために世間話を続ける。
「あなたもお母様の代理?」
アズールのお母様は珊瑚の海でも有名なレストランテを運営している。こういうところでも呼ばれることもあると聞くけれどお姿が見えない。
「珍しいわよね。欠席するパーティーにアズールを参加させるなんて」
「そうですね。母は母、僕は僕が基本スタンスですから」
意外と思っていそうで思っていない口ぶり。何かお目当ての人でもいたのかしら。相変わらず卒業後の人脈作りに忙しい子。ま、そんな姿も素敵なのだけれど。
「母に頼まれていた方への挨拶も終わりました。あとは自由時間です」
私と並ぶようにアズールが壁際に移動する。あらお目当ての人を探さなくていいのかしら。咄嗟に「あなたの営業はいいの?」と訊く。すると深海色の瞳を面白気に細めて綺麗に手入れされた唇で微笑んだ。
「今日は母の代理ですから」
「あら、随分と謙虚じゃないの」
「こういうパーティーではがっつくのはマイナスです。謙虚にアピールする方が得策だと思いましてね」
それなら尚更スーツじゃなくて式典服の方がよかったんじゃないの。
「なら、式典服の方がよかったんじゃないの?」
考えたことがそのまま口から出てしまった。
でも、実際ナイトレイブンカレッジの式典服は外部にとても人気がある。それにこれぞ伝統名門校という厳かな雰囲気が漂う。話題作りにもなるしどうして仕立てたスーツを着たのかしら。
疑問に思いながら見上げるとアズールの眉がギュッっと寄った。そんな怖い顔をしなくてもいいのに。
「ご機嫌斜めかしら」
「子どもに言うみたいな言い方はやめてください」
「していないわ」
「してるじゃないですか」
やだ。ほんとうにご機嫌斜めな男の子になっちゃった。にしても機嫌が悪くなる理由が分からないわ。何がどう彼の機嫌の琴線に触れちゃったのかしら。分からない。
「どうしたの?」
不機嫌ですって顔を覗き込むと顔を逸らされた。何で逃げるのって思って追うようにまた顔を覗く。するとまた逃げる。追いかけるようにまた覗く。逃げる。また覗く。そんな子ども染みたやり取りをしていると。
「しつこいなッ!」
「あなたが逃げるからよ」
ムキーって怒るアズールに私も不満を零す。だから、と真正面に立ってアズールを壁と身体で挟み撃ちする。
「何が不満な――あらま」
「う、うるさいっ」
「まだ何も言っていないわ」
言ってはいないけれど真っ赤な顔を見れば分かる。照れちゃって可愛い。すっかりアズールが何でご機嫌斜めだったか興味がなくなってしまった。
「ごめんなさいね」
壁から両手を離して真っ白な顔が真っ赤になっているアズールに謝る。すると気を紛らわせようとブリッジを上げ直しているけれど上げ下げし過ぎて大丈夫かしら。
「真っ赤よ。外に行きましょう」
「……はい」
大人しく頷くアズールの腕を取ってバルコニーに出る。
今日は風が少し出ているのか外は少し肌寒かったけれど深海程の寒さはない。
「大丈夫ですか」
「ええ。これくらいはまだ平気」
風で乱れる髪を抑えながら落ち着いたらしい年下の恋人を見上げる。見上げた先の瞳は薄暗い中でも深く静かに輝いていた。その輝きはホールのシャンデリアの明かりだろうか。
「あ、あの」
「だめ」
身を屈めるアズールを見て風で乱れた髪を握って唇を隠す。
私の行動を見た途端に年下の恋人は不満に眉を顰める。これはまたご機嫌斜めになる。というか、もう何度もしたやり取りが始まりそう。
「もう一度していますよ」
「……次は十八歳のお誕生日って言ったわ」
告白した日に一度だけキスをした。初めてした恋人のキスは触れるだけの初心なもの。でも、それだけで私も、アズールもいっぱい、いっぱいになった。だというのに、この年下の恋人は隙あらばキスしようとしてくる。
「キスした後に次は十八歳までなしって言ったでしょ」
「……たかがキスじゃないですか」
心底理解できないと言いたげな顔をされて決心が揺らぐ。
そんなの私だって何度も何度も考えた。一回したら二回も三回も同じ。別にセックスをしようって言われている訳じゃない。ただ、それでも私は成人している人魚で、アズールは未成年の人魚。
「珊瑚の海は年齢での付き合いが緩いのをお忘れですか」
「そうだけど」
確かにお母様もお父様と婚約前提で付き合い始めたのは未成年の頃だった。そのときお父様はギリギリ成人していたらしいけれど――。
「やっぱり陸的文化で言うと」
「文化はそれぞれです。僕の後輩にオオカミの獣人属がいますけれどご両親共に若い頃に結婚してすぐにその方が生まれたそうですよ」
「うっ、でも、でも、成人と未成年じゃないでしょ」
「チッ」
舌打ちした。それで丸め込むつもりだったのね。なんて詰の甘い子。
「……アズール。私も、そのね。したくないわけじゃないのよ」
「っ! ほんとうですか」
「そうよ」
パァッと表情が輝く。小さい頃とまんま。大人びたと思っているのにこういうところでそう子どもっぽくされるとやっぱり自分の犯罪感が拭えない。
これが小さい頃からの幼馴染と付き合う弊害なのかもしれない。慣れなければ、と考えながらすっかり私より大きくなった手を両手で握る。
「イヤではないのよ。私もしたいわ。でも、やっぱり成人するまで待って、ね」
「……成人ですか。僕の誕生日は先々月ほぼ一年ということになりますね」
「ええ」
キラリと眼鏡のレンズが輝いた気がする。いや、たぶん気のせいだと思うけれど――。アズールの顔を見るとなんて胡散臭い仮面を張り付けているのかしら。
「……何を企んでいるの」
「企んでいるなんて誤解ですよ」
「ほんと」
「はい。では一年後まで楽しみにしておきます」
そういって微笑む彼に今度は手を取られた。それから指の先を掴まれて――キスをされた。
流れるような綺麗な指先のキスに頬に熱が集まる。照れて赤く染まる頬を隠すことも出来ずにアズールを見上げるとしてやったりと微笑んだ。
「これぐらいは許してください」
「……もうしかたないわ」
「ふふ。では、そろそろ戻りましょう」
ホールの方を見るアズールにつられて見る。すると、いつの間にか流れる音楽が変わっていた。どうやら最後のダンスの時間になったみたい。
「一曲いかがですか」
「一曲じゃなくてもいいのよ」
それに小さな声で「がんばります」と返された。まだ苦手なのかしらと思いながら年下の恋人にエスコートされて私は美しい音楽が響き光り輝くホールへと戻った。
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