かわいい坊やよ、さようなら
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可愛い坊やでいたくない
長い尾ビレが優雅に動くたびに鱗がキラキラと白銀に輝く様が美しかった。鱗の輝きが美しいと思ったのはこの時が初めてで最後だったかもしれない。
次に目に入ったのは真珠のように輝く瞳だった。そして、その瞳が僕を見て微笑む。
いつも僕を嘲笑う奴らとは違う。優しさが滲む綺麗な瞳だった。
「はじめましてルーシー・エイヴォリーです」
柔らかな声に身体の強張りが少し抜けて自然と僕自身も名前を告げていた。
それに彼女は嬉しそうに頬を緩めて眦を下げた。いつも僕の前にやってくる奴らは侮蔑とか、嘲りとか、そんなものばかりを浮かべて皆醜い顔をしていた。
けれど、彼女は違っていた。もちろん、両親譲りの美貌というものもあるのだけれどそれだけではなく、彼女は美しかった。
当時の僕にとっては身分不相応な〝初恋〟で長い片想いの始まりだった。
* * *
「あ……ノアに連絡忘れちゃったわ」
ふいの声に隣を見れば彼女もこちらを見ていた。そして、明らかに「やってしまった」というように細い指で口元を隠していた。
「ならば今連絡を入れましょう。そうすれば問題ありませんよ」
「そうね。でも絶対に怒られるわ。はぁ。本当過保護なんだから困るわ」
綺麗な眉を下げて嫌そうに口角を下げる。その表情はとても珍しく同時に相手との距離の近さをまざまざと感じさせる。
ノアという名前を持つヒトはすでに把握済み。彼女の従兄弟であり、オクタヴィネル寮に所属する3年生だ。去年まで副寮長を務めていた男だ。同時に僕と並んで次期寮長候補に挙がったヒトでもある。僕が選ばれたことで副寮長候補にはなったが彼から即辞退の申し入れがあった。とはいっても、僕はジェイドを副寮長にするつもりだったから選ぶつもりはなかったが――あまりの即答ぶりにちょっと腹が立ったのを覚えている。
――それほど目の敵にされているということなんでしょうけどね。
僕らのしていることを間近で見ているから彼の反応は正しいといえば正しい。だが、ルーシーはそういった面を知らない。けれど、踏み込んでこない。ただ彼女の妹たちは薄っすら勘づいているようではあるけれど態々言うこともしない。そういうところが彼女たちと付き合いやすいところだ。
――でも、ルーシーは僕がしてきたことを知ったらどういう反応をするだろうか。
真珠のように美しい双眸を侮蔑に染めるだろうか。それとも過剰に憐みをかけるだろうか。どちらも違うとは思うけれど、ただ悲しそうに微笑んで、そして寂しそうな顔をするような気がする。そうした顔をするルーシーは容易に頭に浮かんだ。
――イヤだな。
悲しそうな顔も、寂しそうな顔もさせたくない。いや、寂しそうな顔は先ほどさせたけれど、これ以上はもうさせたくない。それに、わざわざ言うことではない。そう言うことではない。
麓の街のひとつ前のバス停に到着を告げるアナウンスが聞こえる。周りを見れば殆ど人が誰がいない状況だけれど彼女の美貌は目を引くし、彼女の両親は珊瑚の海を越えて有名な音楽家。さらに彼女自身今は活動を休んでいるけれど歌手として知っている人は知っている。
「もうすぐね」
「ええ」
彼女を見れば色味の薄いサングラスをしていた。サングラスをかけていても彼女の美貌は隠しきれているようには見えない。その様はスーパーモデルを思い出させる。
――それもそうだが雰囲気から何か隠せていない感じがする。
隣から小さな声で「あ、返信来たわ……」と聞こえて「どうです?」と聞き返す。
スマホから顔を上げたルーシーは眉を下げてスマホの画面を僕に見せる。
マジカメのDM欄に怒り狂っていると言わんばかりに短いメッセージが並んでいる。そのどれもが「なんで」とか「おいこら」とか「逃げろ」とか「真っすぐ帰れ!」とかまぁまぁヒドイ。普段のあの澄ました顔からは中々想像できない。一周回って面白いとさえ思うくらいだ。
「すごく怒っていますね」
「そうよねぇ。ハァ。次会ったらもっと怒られるわ。今からイヤね」
薄い肩を落とし、唇を少し尖らせる姿は年上らしく見えない。同時に彼の従兄弟とは親しい間柄なのが伺える。羨ましくもあり、そうではなくてよかったと思う。
――僕がなりたいポジションは違うからな。
スマホの画面を見る彼女を横目で見ながら「聞き流したらいいじゃないですか」と言う。それに彼女は「そのつもり」と悪戯っぽく笑った。
その笑みがやっぱり年上らしくなくてつい笑ってしまった。
彼女とその従兄弟のDMを見守っていると、麓の街に到着したことを告げるアナウンスが鳴り響く。
「早いわ……」
「何か別のことに熱中していると案外早いものですよ」
「わかる」
二人して神妙な顔をしてまた笑う。
少ない人数しか載っていなかったバスはいつもよりスムーズに降りることができた。そして、バスから降りた彼女に腕を差し出す。
僕が差し出した腕と僕の顔を一回だけ交互に見ると彼女は微笑んだ。
「ありがとう」
「エスコートすると言いましたから」
「ふふ。そうね」
麓の街はいつもと変わらないくらい賑わっていた。とはいえ、帰省しているせいかナイトレイブンカレッジの学生、ロイヤルソードアカデミーの学生の姿は見かけない。この賑わいはウィンタホリデーで観光に来ている人たち影響だろう。
「意外に人が多いわね。ウィンタホリデーたがら?」
「そうでしょうね」
観光客が普段よりも目立っているせいか普段の学生や街のヒトだけでの賑わいとも違う。
思わず、普段と違う客層に対して各店舗どのようなアピールをしているのか。またポップアップショップの様子がどうしても気になってしまう。
ついつい観察していると隣から細やかな笑い声が聞こえた。
――存外聞こえるものだな。
こんな喧騒の中でも聞こえるほど近くにいることを今改めて実感した。すると何だか急に腕に添えられた手やすぐ横にある気配に身体が落ち着かなくなりそうだった。
なんとかそれを悟られないように隣を見る。見下ろした先にいるルーシーは上品に笑っていた。
「何か面白いことでも?」
「ふふ、なんか改めて成長したんだなぁって」
まさかそんなことで笑っていたのか。その〝成長〟というのは僕のことで間違いないのだけれど、一体どこをどうみたらその言葉が出てくるのか。
「随分と歩くのも慣れたのね」
一体どこ、と考えていると唐突な会話変更が起きた。同時に訓練所の苦々しい歩行練習の思い出が蘇る。
「陸に上がりたての頃と比べればもう2年目ですからね。だいぶ勝手になれましたよ」
「そうよね。でも、ほらわたしたちが訓練所に遊びに行ったときアズールもだけれどジェイドも何だか辛そうだったでしょ。そう思うとほんとに慣れたなぁって」
「ええ、まぁ……え、というか成長ってそういうことですか?」
そこ? そこなのか?
思わず彼女を見れば流石に違うと言いたげに首を左右に振った。
「ち、違うわ! そうじゃなくって、いや、それもあるけど」
「えぇ……」
「ああ! もうそれだけじゃないのよ! ほんとよ!」
思わず呆れた眼差しを向ければルーシーは必死な声をあげる。ぎゅっとふいに腕を掴まれる。その力はたいしたことは全然ないのに心臓が騒めく。
そんな僕の心境も知らずに彼女は必死に言い募る。
「ほんとにすごく頑張っているわ。勉強だってそうでしょ。さっきから色んなお店見て色々考えているみたいだし。エスコートも違和感なくすごく歩きやすかったわ」
「結局、歩行に帰結するんですね」
「もう! 茶化さないでちょうだい!」
「ハハ。すいません」
嫌味も嘲りもなかったけれど本人があまりにも必死で思わずからかってしまった。
でも、彼女のこういうところが好きだと思う。なぜだか不思議なのはきっと幼い頃から〝そう〟だから。そういうところを見ているから。
ああいや。他のヒトの素直な言葉はたまに響くときはある。でも、彼女の言葉は本当に素直に受け入れられるし、嬉しく思ってしまう。
なんてひとり心の中でほくそ笑んでいるときだった。腕を掴まれたままでいると鼻を擽る甘い香りが少し濃くなった。
「あ、そういえば。ねぇ。アズール、実はねひとつ気にあるお店があったの」
腕を掴まれても程よくあった距離が少し縮まった。腕に彼女の身体がくっついた気がする。
――意外に感触が分かるんだな…………うわぁ。
なんてことを考えたのか。自分自身に嫌悪感を抱きながらなんとか平静を保ちつつ彼女の差し出すスマホを覗き込む。そこはナイトレイブンカレッジの生徒からも人気なカフェだった。アズールもモストロ・ラウンジを開店するにあたり敵情視察で訪れたことがあった。
「ここのね。これ冬限定のケーキが気になるんだけれど」
「ケーキって貴方これ全部食べられるんですか?」
フルーツたっぷりかつ生クリームのケーキ。一切れでも相当なカロリーだと思い思わず眉を顰める。いや、それだけが眉を顰める理由ではない。
ルーシーや双子の妹たちの初めて陸生活での食事を見た時の小食ぶりは今でも鮮明に覚えている。姉妹三人揃ってあれだけでよく身体を維持できるものだ。
「だから、その半分こしない?」
「……半分でも相当なカロリーでは?」
「あ、あ! フルーツ! フルーツ多い方なら平気じゃないの?」
「はぁ……」
どうしたものかと彼女を見れば「ダメ?」と首を傾げる。これはまぁまぁ卑怯な手法だと思うと自然とため息が洩れる。
「ハァ~~今回限りですよ」
「ありがとう! ふふ。ここのカフェお土産のクッキーが可愛いからあの子たちのお土産にしようと思ったの」
「ああ。もしかして本命はそちら?」
「ケーキも食べたいからどっちも本命よ」
悪戯っ子のように微笑む彼女に完敗だった。
「決まったなら早く行きましょう。きっと今は学生が帰省しているとはいえ観光客が並んでいるでしょうからね」
マジカメ映えするケーキやお土産と有名なのだから。そう付け足せば彼女は嬉しそうにくっつけていた身体を離した。それに少しほっとして、ほんの少し寂しく思った。
「ふふ。ケーキもお土産のクッキーも楽しみだけれど、アズールと一緒にお茶できるのも久々で楽しみだわ」
そんな声が聞こえて不意に沸き上がった寂しさは瞬く間に消え失せた。
「貴方はすごいですね」
「あら。何が?」
「ふふ。なんでも」
不思議そうに首を傾げる姿は可愛らしく見えた。
2025.02.24 公開日
2025.03.24 加筆修正
長い尾ビレが優雅に動くたびに鱗がキラキラと白銀に輝く様が美しかった。鱗の輝きが美しいと思ったのはこの時が初めてで最後だったかもしれない。
次に目に入ったのは真珠のように輝く瞳だった。そして、その瞳が僕を見て微笑む。
いつも僕を嘲笑う奴らとは違う。優しさが滲む綺麗な瞳だった。
「はじめましてルーシー・エイヴォリーです」
柔らかな声に身体の強張りが少し抜けて自然と僕自身も名前を告げていた。
それに彼女は嬉しそうに頬を緩めて眦を下げた。いつも僕の前にやってくる奴らは侮蔑とか、嘲りとか、そんなものばかりを浮かべて皆醜い顔をしていた。
けれど、彼女は違っていた。もちろん、両親譲りの美貌というものもあるのだけれどそれだけではなく、彼女は美しかった。
当時の僕にとっては身分不相応な〝初恋〟で長い片想いの始まりだった。
* * *
「あ……ノアに連絡忘れちゃったわ」
ふいの声に隣を見れば彼女もこちらを見ていた。そして、明らかに「やってしまった」というように細い指で口元を隠していた。
「ならば今連絡を入れましょう。そうすれば問題ありませんよ」
「そうね。でも絶対に怒られるわ。はぁ。本当過保護なんだから困るわ」
綺麗な眉を下げて嫌そうに口角を下げる。その表情はとても珍しく同時に相手との距離の近さをまざまざと感じさせる。
ノアという名前を持つヒトはすでに把握済み。彼女の従兄弟であり、オクタヴィネル寮に所属する3年生だ。去年まで副寮長を務めていた男だ。同時に僕と並んで次期寮長候補に挙がったヒトでもある。僕が選ばれたことで副寮長候補にはなったが彼から即辞退の申し入れがあった。とはいっても、僕はジェイドを副寮長にするつもりだったから選ぶつもりはなかったが――あまりの即答ぶりにちょっと腹が立ったのを覚えている。
――それほど目の敵にされているということなんでしょうけどね。
僕らのしていることを間近で見ているから彼の反応は正しいといえば正しい。だが、ルーシーはそういった面を知らない。けれど、踏み込んでこない。ただ彼女の妹たちは薄っすら勘づいているようではあるけれど態々言うこともしない。そういうところが彼女たちと付き合いやすいところだ。
――でも、ルーシーは僕がしてきたことを知ったらどういう反応をするだろうか。
真珠のように美しい双眸を侮蔑に染めるだろうか。それとも過剰に憐みをかけるだろうか。どちらも違うとは思うけれど、ただ悲しそうに微笑んで、そして寂しそうな顔をするような気がする。そうした顔をするルーシーは容易に頭に浮かんだ。
――イヤだな。
悲しそうな顔も、寂しそうな顔もさせたくない。いや、寂しそうな顔は先ほどさせたけれど、これ以上はもうさせたくない。それに、わざわざ言うことではない。そう言うことではない。
麓の街のひとつ前のバス停に到着を告げるアナウンスが聞こえる。周りを見れば殆ど人が誰がいない状況だけれど彼女の美貌は目を引くし、彼女の両親は珊瑚の海を越えて有名な音楽家。さらに彼女自身今は活動を休んでいるけれど歌手として知っている人は知っている。
「もうすぐね」
「ええ」
彼女を見れば色味の薄いサングラスをしていた。サングラスをかけていても彼女の美貌は隠しきれているようには見えない。その様はスーパーモデルを思い出させる。
――それもそうだが雰囲気から何か隠せていない感じがする。
隣から小さな声で「あ、返信来たわ……」と聞こえて「どうです?」と聞き返す。
スマホから顔を上げたルーシーは眉を下げてスマホの画面を僕に見せる。
マジカメのDM欄に怒り狂っていると言わんばかりに短いメッセージが並んでいる。そのどれもが「なんで」とか「おいこら」とか「逃げろ」とか「真っすぐ帰れ!」とかまぁまぁヒドイ。普段のあの澄ました顔からは中々想像できない。一周回って面白いとさえ思うくらいだ。
「すごく怒っていますね」
「そうよねぇ。ハァ。次会ったらもっと怒られるわ。今からイヤね」
薄い肩を落とし、唇を少し尖らせる姿は年上らしく見えない。同時に彼の従兄弟とは親しい間柄なのが伺える。羨ましくもあり、そうではなくてよかったと思う。
――僕がなりたいポジションは違うからな。
スマホの画面を見る彼女を横目で見ながら「聞き流したらいいじゃないですか」と言う。それに彼女は「そのつもり」と悪戯っぽく笑った。
その笑みがやっぱり年上らしくなくてつい笑ってしまった。
彼女とその従兄弟のDMを見守っていると、麓の街に到着したことを告げるアナウンスが鳴り響く。
「早いわ……」
「何か別のことに熱中していると案外早いものですよ」
「わかる」
二人して神妙な顔をしてまた笑う。
少ない人数しか載っていなかったバスはいつもよりスムーズに降りることができた。そして、バスから降りた彼女に腕を差し出す。
僕が差し出した腕と僕の顔を一回だけ交互に見ると彼女は微笑んだ。
「ありがとう」
「エスコートすると言いましたから」
「ふふ。そうね」
麓の街はいつもと変わらないくらい賑わっていた。とはいえ、帰省しているせいかナイトレイブンカレッジの学生、ロイヤルソードアカデミーの学生の姿は見かけない。この賑わいはウィンタホリデーで観光に来ている人たち影響だろう。
「意外に人が多いわね。ウィンタホリデーたがら?」
「そうでしょうね」
観光客が普段よりも目立っているせいか普段の学生や街のヒトだけでの賑わいとも違う。
思わず、普段と違う客層に対して各店舗どのようなアピールをしているのか。またポップアップショップの様子がどうしても気になってしまう。
ついつい観察していると隣から細やかな笑い声が聞こえた。
――存外聞こえるものだな。
こんな喧騒の中でも聞こえるほど近くにいることを今改めて実感した。すると何だか急に腕に添えられた手やすぐ横にある気配に身体が落ち着かなくなりそうだった。
なんとかそれを悟られないように隣を見る。見下ろした先にいるルーシーは上品に笑っていた。
「何か面白いことでも?」
「ふふ、なんか改めて成長したんだなぁって」
まさかそんなことで笑っていたのか。その〝成長〟というのは僕のことで間違いないのだけれど、一体どこをどうみたらその言葉が出てくるのか。
「随分と歩くのも慣れたのね」
一体どこ、と考えていると唐突な会話変更が起きた。同時に訓練所の苦々しい歩行練習の思い出が蘇る。
「陸に上がりたての頃と比べればもう2年目ですからね。だいぶ勝手になれましたよ」
「そうよね。でも、ほらわたしたちが訓練所に遊びに行ったときアズールもだけれどジェイドも何だか辛そうだったでしょ。そう思うとほんとに慣れたなぁって」
「ええ、まぁ……え、というか成長ってそういうことですか?」
そこ? そこなのか?
思わず彼女を見れば流石に違うと言いたげに首を左右に振った。
「ち、違うわ! そうじゃなくって、いや、それもあるけど」
「えぇ……」
「ああ! もうそれだけじゃないのよ! ほんとよ!」
思わず呆れた眼差しを向ければルーシーは必死な声をあげる。ぎゅっとふいに腕を掴まれる。その力はたいしたことは全然ないのに心臓が騒めく。
そんな僕の心境も知らずに彼女は必死に言い募る。
「ほんとにすごく頑張っているわ。勉強だってそうでしょ。さっきから色んなお店見て色々考えているみたいだし。エスコートも違和感なくすごく歩きやすかったわ」
「結局、歩行に帰結するんですね」
「もう! 茶化さないでちょうだい!」
「ハハ。すいません」
嫌味も嘲りもなかったけれど本人があまりにも必死で思わずからかってしまった。
でも、彼女のこういうところが好きだと思う。なぜだか不思議なのはきっと幼い頃から〝そう〟だから。そういうところを見ているから。
ああいや。他のヒトの素直な言葉はたまに響くときはある。でも、彼女の言葉は本当に素直に受け入れられるし、嬉しく思ってしまう。
なんてひとり心の中でほくそ笑んでいるときだった。腕を掴まれたままでいると鼻を擽る甘い香りが少し濃くなった。
「あ、そういえば。ねぇ。アズール、実はねひとつ気にあるお店があったの」
腕を掴まれても程よくあった距離が少し縮まった。腕に彼女の身体がくっついた気がする。
――意外に感触が分かるんだな…………うわぁ。
なんてことを考えたのか。自分自身に嫌悪感を抱きながらなんとか平静を保ちつつ彼女の差し出すスマホを覗き込む。そこはナイトレイブンカレッジの生徒からも人気なカフェだった。アズールもモストロ・ラウンジを開店するにあたり敵情視察で訪れたことがあった。
「ここのね。これ冬限定のケーキが気になるんだけれど」
「ケーキって貴方これ全部食べられるんですか?」
フルーツたっぷりかつ生クリームのケーキ。一切れでも相当なカロリーだと思い思わず眉を顰める。いや、それだけが眉を顰める理由ではない。
ルーシーや双子の妹たちの初めて陸生活での食事を見た時の小食ぶりは今でも鮮明に覚えている。姉妹三人揃ってあれだけでよく身体を維持できるものだ。
「だから、その半分こしない?」
「……半分でも相当なカロリーでは?」
「あ、あ! フルーツ! フルーツ多い方なら平気じゃないの?」
「はぁ……」
どうしたものかと彼女を見れば「ダメ?」と首を傾げる。これはまぁまぁ卑怯な手法だと思うと自然とため息が洩れる。
「ハァ~~今回限りですよ」
「ありがとう! ふふ。ここのカフェお土産のクッキーが可愛いからあの子たちのお土産にしようと思ったの」
「ああ。もしかして本命はそちら?」
「ケーキも食べたいからどっちも本命よ」
悪戯っ子のように微笑む彼女に完敗だった。
「決まったなら早く行きましょう。きっと今は学生が帰省しているとはいえ観光客が並んでいるでしょうからね」
マジカメ映えするケーキやお土産と有名なのだから。そう付け足せば彼女は嬉しそうにくっつけていた身体を離した。それに少しほっとして、ほんの少し寂しく思った。
「ふふ。ケーキもお土産のクッキーも楽しみだけれど、アズールと一緒にお茶できるのも久々で楽しみだわ」
そんな声が聞こえて不意に沸き上がった寂しさは瞬く間に消え失せた。
「貴方はすごいですね」
「あら。何が?」
「ふふ。なんでも」
不思議そうに首を傾げる姿は可愛らしく見えた。
2025.02.24 公開日
2025.03.24 加筆修正