耳に触れる悪戯な指
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耳に触れる悪戯な指
いきなりだった。本当にいきなりだった。賢者の島にある街中、恋人とデート中にいきなり起きた。恋人がいきなり行こうと叫んで駆けだした。それに無慈悲に引っ張られナイトレイブンカレッジの中まで連れ込まれた。途中生徒と何人かすれ違ったけれど皆すぐに目を反らして知らんぷり。正解。それが正解よ。世渡り上手。あたしもできればそうしたい。けれど、あたしの手を引いてズンズン長い足で歩いていくフロイドは止まらない。
息を上げながら鏡を通り抜けて海中のフロイドが所属している寮に連れ込まれた。息切れしているあたしに気づいたフロイドが「おっせーから」と失礼千万なことを言って横抱きにしてまた歩き出した。
途中で「ちょ、フロイドさん!」「フロイド先輩ッ! 連れ込みは!」「お、リーチの片割れやるじぇねえか!」とかなんか、なんか色々声が上がっていた。けれど、鼻歌を歌うほどご機嫌なフロイドには届かなかった。もうこの段階であたしは知らないと決め込んだ。もうここまで来てしまったらあたしではどうにもならない。もうあとはどうにかなれ。というか、何故ここに連れ込まれたのかわからない。エッチとかそういう雰囲気でもないから見当がつかない。
でも、知らんとぼんやりとしているとふわっと身体が浮上した。慌ててフロイドにしがみつこうとしたが投げ出された身体では叶わずあっけなく落とされた。
「ッ!」
僅かに弾む身体に心臓がバクバクする。落とされたベッドの上から抗議の声をあげる。
「もう少し丁寧に降ろしてよ!」
「だって、ヴァネッサがねそーだったから」
ギシと同じようにベッドに乗り上げたフロイドはジャケットのポケットを漁る。
え、この状況でヤるつもりなのと流石に気分じゃないと怪訝な顔をしていると――。
「あった! ピアッサー!」
テンと取り出したのは耳に穴を開ける道具で、あたしは青ざめた。
「来ないでよ!」
ピアッサーを取り出したフロイドから逃げるように後退る。でも、フロイドは無邪気な顔して迫って来る。しかも、「だいじょうぶ、だいじょーぶ、痛くねぇって」と軽口まで叩く始末。痛くないのはフロイドの感覚だろうに。
悪魔の微笑みで近づいてくる彼から逃げるために後退るけれど背中はもう壁にピッタリくっついている。十分広さがあるけれど逃げるには不十分な広さだった。
後ろは壁、前はピアッサーを持った男。逃げ場はない。万事休す。でも、それでも、絶対に――。
「耳に穴は開けたくない!」
ヤダ、ヤダと迫って来るフロイドの肩に手をついて腕を突っぱねて押しやる。けれど、あたしの貧弱な力では障害にもならずあっさりと負けてしまった。というか、いつもなら早々に飽きるのに今日に限って諦めが悪い。
「もう! 今日はどーして飽きないのよ!」
「うっせーなぁ」
「うるさくない!」
退け、退け、と折りたたまれた腕で何とかフロイドの胸を押すけれどやっぱり退かない。寧ろ、あたしの抵抗の方が徐々に鬱陶しくなっているようだ。
先ほどまでニヤニヤとギザギザの歯を見せていたのに今は見えない。だらりと背中に冷や汗が流れるけれど遠慮なく開けられるのは嫌だ。
「何がイヤなんだし」
むすっと拗ねた顔のフロイドに「痛いからに決まってるじゃない」と言えば垂れた目を瞬かせた。それから呆れたと言いたげに溜息をつかれた。つまらない理由と思われたのは明白。でも、痛いこともオシャレのために耐えられる人間にはあたしのこの恐怖なんてわかりっこない。
「別に痛くねぇって言ってーんじゃん」
「あんたの言葉なんて信じられないわよ!」
それにジェイドがピアス開けたときにちょっと痛かったって言っていたのを忘れていない。そもそもあたしはピアスを開けたいなんて思っていない。だのに、フロイドがピアッサーを取り出して開けたいとか言い出てこんなやり取りをする羽目になっている。
「あたしの意見も尊重しなさいっ」
「うっせぇなぁ。さっきピアス見て可愛いなぁって言ってたじゃん」
「デザインが可愛かったからそう言っただけ! だれも開けたいなんて一言も言ってないでしょ!」
イヤリングにリメイクできなかったら買わなかった。出来たら速攻で買っていた。だのに、この男の明後日の方向に向いている思考回路はどうにかならないものか。
「もう買っちゃったし。だから開けるしかねぇじゃん」
「は? 待って、何それ。買っちゃった?」
「うん。えっと~ほら!」
ジャーンとポケットからビニールに包まれたピアスがふたつ入っている。恋人に渡すのにビニールの簡易包装ってない。
ありえないっていう顔をしているとフロイドがしょぼーんとし出した。
「嬉しくねぇの?」
何でぇ、としょぼくれた顔をするフロイドに絆されかける。いつも、これだ。いつもあたしはあっさりと絆される。でも、たまには、あたしが勝ちたい。だから今回は絶対に負けない。
両耳を抑えてしょぼしょぼしているフロイドを睨む。
「嬉しいけど、痛いのはイヤ!」
だから、ピアスの穴は開けたくない絶対にという意志を見せる。するとフロイドが「あっそー」と言ってしょぼくれた顔から一転興味なそうな顔をした。そして、身体を引いてベッドから降りると――。
「これオレはつけらんねぇし……あ、そうだ。小エビちゃんにでも挙げよっかな」
小エビちゃんという単語に短い導火線に火が着いた。あたしは壁際まで逃げていた身体の体勢すぐに立て直してフロイドに詰め寄る。そして、ベッドのおかげで長い腕の先にあるピアスを奪い取る。
フロイドを睨めば先ほどの白けた顔から一転また愉しげな顔をしている。してやられたと思うけれどそれ以上に彼の言葉に苛立ちが納まらない。
「小エビちゃんに挙げるのはダメ。せめて姉様とかレティに挙げて」
あの二人はピアスの穴を開けている。なら、小エビちゃんよりも姉妹が着けてもらったほうがまだまし。だのに、フロイドはあたしが勝手に嫌っている小エビちゃんに挙げると言い出すのが理解できない。
フロイドはニヤニヤしながら肩に手をやって「えー。そんなのアズールたちが許すわけねぇじゃん」と言ってのける。それがまた正論で腹が立つ。
「じゃ、捨ててよ」
それはそれで嫌だけれど、小エビちゃんにプレゼントされるよりずっとましだ。
フロイドは変わらず愉しげな様子で「ヤダ」と即答する。
「オレのモンだからオレがどーしようが勝手だろ」
「そ、そうだけど」
正論、正論と畳みかけられてどうにもできない。言い返せないと口篭もっているとフロイドが「だからさ」と微笑んだ。
「ヴァネッサがピアスの穴の開ければいいだけじゃん」
それで全部解決と言ったフロイドにあたしはついに負けた。
「ね、ね。本当に冷やさないの? 冷やさなくていいの?」
フロイドの腕を両手で掴みながらよく穴を開ける前の方法を訊ねる。
「あー、そんなことしなくても平気じゃね? オレもジェイドもしてねぇし」
大丈夫、大丈夫、と連呼するフロイドに恐怖で心臓がバクバクしてくる。この男に本当に耳の穴を開けさせていいのか。でも、自分で開けるのはこわ――。
「ンッ、ァ」
冷たい手が耳に触れた瞬間身体が跳ねて背筋がゾワゾワした。
堪えた声がちょっと良くなかったなと恥ずかしくなって来た。こういうときに顔がすぐ赤くなって全部伝わってしまうのがイヤ。
「あはっ。そう言えばヴァネッサは耳弱かったね」
楽しげに遊ぼうとしている声に嫌な予感がガンガンしてくる。
「やめ、やめてよ」
「え~。どうしてぇ?」
「やっ、んぅ」
スリスリと耳たぶを擦られて声が漏れそうになって唇を噛んで耐える。だのに、フロイドは一人愉しくなっているのか耳たぶから軟骨の方に指を滑らせていく。
「やぁ、もっ、焦らさないでっ」
指で擦られてゾクゾクするしちょっといかがわしい気持ちになる。これ以上は無理だと思ったときだった。
「んじゃ、開けるねぇ~~」
「ぇ、」
なに、と続くはずだったけれど耳元でバチンと大きな音がしてそれどころじゃなかった。
あまりにも大きな音と衝撃とジンジンする耳にフロイドを見上げればニッと笑って。
「んじゃ、もうかた――」
「フロイドッッッ!」
突然入って乱入してきたアズールにもう片方は開けられずに済んだ。
* * *
「フロイドの嘘つき。痛い、ジンジン痛い」
「そんなに痛ぇの?」
後ろから覗き込むフロイドの顔を睨んで「痛いわよ!」と叫ぶ。フロイドはあたしの声に「うっせ」と顔を顰めるけれどあたしの右耳はジンジンと鈍い痛みを発している。やっぱり痛かった。フロイドの言葉はやっぱりあてにならない。
「おい。お前たち、イチャつくのは後にしろ」
突然割って入って来た不機嫌そうな声に前を向けばすっごく怖い顔のアズールがいた。そんな顔今まで――まぁ、何度か見たことがあるけれど久々だった。
眉間に皺を深く刻んで苛立ったようにブリッチを上げるアズールの横にはジェイドがいた。そのジェイドも心底呆れた様子であたしたちを見ている。
あたしとフロイドはモストロラウンジのVIPルームにいる。そして、あたしはフロイドの膝に乗せられた形で二人と向かいっていた。
正直、ナイトレイブンカレッジに部外者を入れたことや、勝手に寮に連れ込んだとかどうでもいい。だって、あたしはフロイドに無理矢理連れ込まれたのだから何にも悪くない。
「ヴァネッサ。あなたね。何も悪くないですって顔してますがあなたも十分悪いからな」
「ええ! あたしは無理矢理連れ込まれたのよ!」
悪くないって言ってもアズールの顔は険しいまま。幼馴染の癖のこういうところ融通が利かない。というか、どうにか誤魔化してあたしをさっさと学園の外に連れ出せばよかったのに。
「もう学園長にまで話が言っているんですよ」
「へぇ。ナイトレイブンカレッジも噂が回るのは早いのね」
「感心している場合か!」
ダンと執務机を叩くアズールから顔を背ける。その瞬間ちょっと耳が髪に当たって痛かった。もうフロイドの下手くそ。
耳に穴開けられて傷心なんだから労わってほしい。だから、もう一度「フロイドの所為よ」とだけ主張しておいた。
「ですがね、ヴァネッサ」
黙っていたジェイドが困ったように眉を下げて口を開いた。困ったように眉をさげているくせにその実きっと全然困っていないのが見え見えだ。
「何よ、ジェイド」
「貴方の声が問題なんですよ」
「声?」
「ええ。少々失礼します」
ジャケットの内ポケットからスマホを取り出したジェイドがトントンと画面を叩くと――。
『やぁ、もっ、焦らさないでっ』
ジェイドのスマホから流れる自分の声。そこまで自分の脳味噌はお花畑だとは思っていない。もう彼が何を言いたいのかわかった。
「ちょっと壁薄くない」
「薄くありません」
キッパリと慈悲もないジェイドに居心地が悪くなった。
「はぁ。悪かったわ」
「謝られたところで……ところでヴァネッサ」
フンと鼻を鳴らしたアズールは目を細めてあたしを見てきた。
「あなたがプロデュースに関わった歌手が随分と人気が出たようですね」
アズールの考えが透けて見える。だてに、小さい頃からの仲ではない。苦々しい気持ちが込み上げながら「何よ」と聞き返す。
「この事態を穏便に収束させますので今度よろしければ紹介していただければ」
「はぁ。歌手じゃなくてプロデューサーの方でしょ」
「できればどちらとも」
ハッと心の中で呆れた声が出た。どうやらあたしの縁で繋がっている人間を宣伝広告に使いたいらしい。いや、他に何かあるかもしれないけれど姉様にはそういうことお願いしないくせに。でもいいか。
「いいわよ。でも、歌手の方はちょっと潔癖症だからまずは事務所から当たった方が無難。だから、事務所を紹介するわ」
そしたらスムーズに話しが通るはず。そう言えばアズールはとても綺麗に微笑んだ。
「ありがとうございます。では、この後のことは僕にお任せください!」
「……ありがとう。迷惑かけるわ」
「いえいえ。では、僕は早速火消しに。ジェイド、行くぞ。フロイドは彼女を見送りに行け」
「はーい」と呑気に返事をするフロイド。その横を颯爽と歩いていくアズールとそれに追従するジェイドを見送って溜息をつく。
「はぁ~~。もう帰る」
「え~。もうちょっといれば?」
「いやよ! これ以上面倒事起してアズールに何を請求されるかわからないわ」
帰るからと足をばたつかせればようやくフロイドは下ろしてくれた。
「つまんねぇ」
「つまらなくて結構!」
フンと鼻を鳴らして魔法で姿を変える。他の人からはこれでナイトレイブンカレッジの生徒に見えるはずだ。
「わ。オレのところの生徒になってる」
「これぐらいの魔法出来て当然でしょ」
ほら、行くわよ、と歩き出すと腕を掴まれて引き留められた。フロイド、と抗議の声をあげようとしたけれどその前に唇を塞がれた。チョンと触れるだけのキスに目を丸くさせるとフロイドはギザギザの歯を見せて――。
「さっきの声すっげぇエロかった。次はエッチしようね♡」
ろくでもないことをほざくフロイドの頬をひっぱたいたのは言うまでもない。
いきなりだった。本当にいきなりだった。賢者の島にある街中、恋人とデート中にいきなり起きた。恋人がいきなり行こうと叫んで駆けだした。それに無慈悲に引っ張られナイトレイブンカレッジの中まで連れ込まれた。途中生徒と何人かすれ違ったけれど皆すぐに目を反らして知らんぷり。正解。それが正解よ。世渡り上手。あたしもできればそうしたい。けれど、あたしの手を引いてズンズン長い足で歩いていくフロイドは止まらない。
息を上げながら鏡を通り抜けて海中のフロイドが所属している寮に連れ込まれた。息切れしているあたしに気づいたフロイドが「おっせーから」と失礼千万なことを言って横抱きにしてまた歩き出した。
途中で「ちょ、フロイドさん!」「フロイド先輩ッ! 連れ込みは!」「お、リーチの片割れやるじぇねえか!」とかなんか、なんか色々声が上がっていた。けれど、鼻歌を歌うほどご機嫌なフロイドには届かなかった。もうこの段階であたしは知らないと決め込んだ。もうここまで来てしまったらあたしではどうにもならない。もうあとはどうにかなれ。というか、何故ここに連れ込まれたのかわからない。エッチとかそういう雰囲気でもないから見当がつかない。
でも、知らんとぼんやりとしているとふわっと身体が浮上した。慌ててフロイドにしがみつこうとしたが投げ出された身体では叶わずあっけなく落とされた。
「ッ!」
僅かに弾む身体に心臓がバクバクする。落とされたベッドの上から抗議の声をあげる。
「もう少し丁寧に降ろしてよ!」
「だって、ヴァネッサがねそーだったから」
ギシと同じようにベッドに乗り上げたフロイドはジャケットのポケットを漁る。
え、この状況でヤるつもりなのと流石に気分じゃないと怪訝な顔をしていると――。
「あった! ピアッサー!」
テンと取り出したのは耳に穴を開ける道具で、あたしは青ざめた。
「来ないでよ!」
ピアッサーを取り出したフロイドから逃げるように後退る。でも、フロイドは無邪気な顔して迫って来る。しかも、「だいじょうぶ、だいじょーぶ、痛くねぇって」と軽口まで叩く始末。痛くないのはフロイドの感覚だろうに。
悪魔の微笑みで近づいてくる彼から逃げるために後退るけれど背中はもう壁にピッタリくっついている。十分広さがあるけれど逃げるには不十分な広さだった。
後ろは壁、前はピアッサーを持った男。逃げ場はない。万事休す。でも、それでも、絶対に――。
「耳に穴は開けたくない!」
ヤダ、ヤダと迫って来るフロイドの肩に手をついて腕を突っぱねて押しやる。けれど、あたしの貧弱な力では障害にもならずあっさりと負けてしまった。というか、いつもなら早々に飽きるのに今日に限って諦めが悪い。
「もう! 今日はどーして飽きないのよ!」
「うっせーなぁ」
「うるさくない!」
退け、退け、と折りたたまれた腕で何とかフロイドの胸を押すけれどやっぱり退かない。寧ろ、あたしの抵抗の方が徐々に鬱陶しくなっているようだ。
先ほどまでニヤニヤとギザギザの歯を見せていたのに今は見えない。だらりと背中に冷や汗が流れるけれど遠慮なく開けられるのは嫌だ。
「何がイヤなんだし」
むすっと拗ねた顔のフロイドに「痛いからに決まってるじゃない」と言えば垂れた目を瞬かせた。それから呆れたと言いたげに溜息をつかれた。つまらない理由と思われたのは明白。でも、痛いこともオシャレのために耐えられる人間にはあたしのこの恐怖なんてわかりっこない。
「別に痛くねぇって言ってーんじゃん」
「あんたの言葉なんて信じられないわよ!」
それにジェイドがピアス開けたときにちょっと痛かったって言っていたのを忘れていない。そもそもあたしはピアスを開けたいなんて思っていない。だのに、フロイドがピアッサーを取り出して開けたいとか言い出てこんなやり取りをする羽目になっている。
「あたしの意見も尊重しなさいっ」
「うっせぇなぁ。さっきピアス見て可愛いなぁって言ってたじゃん」
「デザインが可愛かったからそう言っただけ! だれも開けたいなんて一言も言ってないでしょ!」
イヤリングにリメイクできなかったら買わなかった。出来たら速攻で買っていた。だのに、この男の明後日の方向に向いている思考回路はどうにかならないものか。
「もう買っちゃったし。だから開けるしかねぇじゃん」
「は? 待って、何それ。買っちゃった?」
「うん。えっと~ほら!」
ジャーンとポケットからビニールに包まれたピアスがふたつ入っている。恋人に渡すのにビニールの簡易包装ってない。
ありえないっていう顔をしているとフロイドがしょぼーんとし出した。
「嬉しくねぇの?」
何でぇ、としょぼくれた顔をするフロイドに絆されかける。いつも、これだ。いつもあたしはあっさりと絆される。でも、たまには、あたしが勝ちたい。だから今回は絶対に負けない。
両耳を抑えてしょぼしょぼしているフロイドを睨む。
「嬉しいけど、痛いのはイヤ!」
だから、ピアスの穴は開けたくない絶対にという意志を見せる。するとフロイドが「あっそー」と言ってしょぼくれた顔から一転興味なそうな顔をした。そして、身体を引いてベッドから降りると――。
「これオレはつけらんねぇし……あ、そうだ。小エビちゃんにでも挙げよっかな」
小エビちゃんという単語に短い導火線に火が着いた。あたしは壁際まで逃げていた身体の体勢すぐに立て直してフロイドに詰め寄る。そして、ベッドのおかげで長い腕の先にあるピアスを奪い取る。
フロイドを睨めば先ほどの白けた顔から一転また愉しげな顔をしている。してやられたと思うけれどそれ以上に彼の言葉に苛立ちが納まらない。
「小エビちゃんに挙げるのはダメ。せめて姉様とかレティに挙げて」
あの二人はピアスの穴を開けている。なら、小エビちゃんよりも姉妹が着けてもらったほうがまだまし。だのに、フロイドはあたしが勝手に嫌っている小エビちゃんに挙げると言い出すのが理解できない。
フロイドはニヤニヤしながら肩に手をやって「えー。そんなのアズールたちが許すわけねぇじゃん」と言ってのける。それがまた正論で腹が立つ。
「じゃ、捨ててよ」
それはそれで嫌だけれど、小エビちゃんにプレゼントされるよりずっとましだ。
フロイドは変わらず愉しげな様子で「ヤダ」と即答する。
「オレのモンだからオレがどーしようが勝手だろ」
「そ、そうだけど」
正論、正論と畳みかけられてどうにもできない。言い返せないと口篭もっているとフロイドが「だからさ」と微笑んだ。
「ヴァネッサがピアスの穴の開ければいいだけじゃん」
それで全部解決と言ったフロイドにあたしはついに負けた。
「ね、ね。本当に冷やさないの? 冷やさなくていいの?」
フロイドの腕を両手で掴みながらよく穴を開ける前の方法を訊ねる。
「あー、そんなことしなくても平気じゃね? オレもジェイドもしてねぇし」
大丈夫、大丈夫、と連呼するフロイドに恐怖で心臓がバクバクしてくる。この男に本当に耳の穴を開けさせていいのか。でも、自分で開けるのはこわ――。
「ンッ、ァ」
冷たい手が耳に触れた瞬間身体が跳ねて背筋がゾワゾワした。
堪えた声がちょっと良くなかったなと恥ずかしくなって来た。こういうときに顔がすぐ赤くなって全部伝わってしまうのがイヤ。
「あはっ。そう言えばヴァネッサは耳弱かったね」
楽しげに遊ぼうとしている声に嫌な予感がガンガンしてくる。
「やめ、やめてよ」
「え~。どうしてぇ?」
「やっ、んぅ」
スリスリと耳たぶを擦られて声が漏れそうになって唇を噛んで耐える。だのに、フロイドは一人愉しくなっているのか耳たぶから軟骨の方に指を滑らせていく。
「やぁ、もっ、焦らさないでっ」
指で擦られてゾクゾクするしちょっといかがわしい気持ちになる。これ以上は無理だと思ったときだった。
「んじゃ、開けるねぇ~~」
「ぇ、」
なに、と続くはずだったけれど耳元でバチンと大きな音がしてそれどころじゃなかった。
あまりにも大きな音と衝撃とジンジンする耳にフロイドを見上げればニッと笑って。
「んじゃ、もうかた――」
「フロイドッッッ!」
突然入って乱入してきたアズールにもう片方は開けられずに済んだ。
* * *
「フロイドの嘘つき。痛い、ジンジン痛い」
「そんなに痛ぇの?」
後ろから覗き込むフロイドの顔を睨んで「痛いわよ!」と叫ぶ。フロイドはあたしの声に「うっせ」と顔を顰めるけれどあたしの右耳はジンジンと鈍い痛みを発している。やっぱり痛かった。フロイドの言葉はやっぱりあてにならない。
「おい。お前たち、イチャつくのは後にしろ」
突然割って入って来た不機嫌そうな声に前を向けばすっごく怖い顔のアズールがいた。そんな顔今まで――まぁ、何度か見たことがあるけれど久々だった。
眉間に皺を深く刻んで苛立ったようにブリッチを上げるアズールの横にはジェイドがいた。そのジェイドも心底呆れた様子であたしたちを見ている。
あたしとフロイドはモストロラウンジのVIPルームにいる。そして、あたしはフロイドの膝に乗せられた形で二人と向かいっていた。
正直、ナイトレイブンカレッジに部外者を入れたことや、勝手に寮に連れ込んだとかどうでもいい。だって、あたしはフロイドに無理矢理連れ込まれたのだから何にも悪くない。
「ヴァネッサ。あなたね。何も悪くないですって顔してますがあなたも十分悪いからな」
「ええ! あたしは無理矢理連れ込まれたのよ!」
悪くないって言ってもアズールの顔は険しいまま。幼馴染の癖のこういうところ融通が利かない。というか、どうにか誤魔化してあたしをさっさと学園の外に連れ出せばよかったのに。
「もう学園長にまで話が言っているんですよ」
「へぇ。ナイトレイブンカレッジも噂が回るのは早いのね」
「感心している場合か!」
ダンと執務机を叩くアズールから顔を背ける。その瞬間ちょっと耳が髪に当たって痛かった。もうフロイドの下手くそ。
耳に穴開けられて傷心なんだから労わってほしい。だから、もう一度「フロイドの所為よ」とだけ主張しておいた。
「ですがね、ヴァネッサ」
黙っていたジェイドが困ったように眉を下げて口を開いた。困ったように眉をさげているくせにその実きっと全然困っていないのが見え見えだ。
「何よ、ジェイド」
「貴方の声が問題なんですよ」
「声?」
「ええ。少々失礼します」
ジャケットの内ポケットからスマホを取り出したジェイドがトントンと画面を叩くと――。
『やぁ、もっ、焦らさないでっ』
ジェイドのスマホから流れる自分の声。そこまで自分の脳味噌はお花畑だとは思っていない。もう彼が何を言いたいのかわかった。
「ちょっと壁薄くない」
「薄くありません」
キッパリと慈悲もないジェイドに居心地が悪くなった。
「はぁ。悪かったわ」
「謝られたところで……ところでヴァネッサ」
フンと鼻を鳴らしたアズールは目を細めてあたしを見てきた。
「あなたがプロデュースに関わった歌手が随分と人気が出たようですね」
アズールの考えが透けて見える。だてに、小さい頃からの仲ではない。苦々しい気持ちが込み上げながら「何よ」と聞き返す。
「この事態を穏便に収束させますので今度よろしければ紹介していただければ」
「はぁ。歌手じゃなくてプロデューサーの方でしょ」
「できればどちらとも」
ハッと心の中で呆れた声が出た。どうやらあたしの縁で繋がっている人間を宣伝広告に使いたいらしい。いや、他に何かあるかもしれないけれど姉様にはそういうことお願いしないくせに。でもいいか。
「いいわよ。でも、歌手の方はちょっと潔癖症だからまずは事務所から当たった方が無難。だから、事務所を紹介するわ」
そしたらスムーズに話しが通るはず。そう言えばアズールはとても綺麗に微笑んだ。
「ありがとうございます。では、この後のことは僕にお任せください!」
「……ありがとう。迷惑かけるわ」
「いえいえ。では、僕は早速火消しに。ジェイド、行くぞ。フロイドは彼女を見送りに行け」
「はーい」と呑気に返事をするフロイド。その横を颯爽と歩いていくアズールとそれに追従するジェイドを見送って溜息をつく。
「はぁ~~。もう帰る」
「え~。もうちょっといれば?」
「いやよ! これ以上面倒事起してアズールに何を請求されるかわからないわ」
帰るからと足をばたつかせればようやくフロイドは下ろしてくれた。
「つまんねぇ」
「つまらなくて結構!」
フンと鼻を鳴らして魔法で姿を変える。他の人からはこれでナイトレイブンカレッジの生徒に見えるはずだ。
「わ。オレのところの生徒になってる」
「これぐらいの魔法出来て当然でしょ」
ほら、行くわよ、と歩き出すと腕を掴まれて引き留められた。フロイド、と抗議の声をあげようとしたけれどその前に唇を塞がれた。チョンと触れるだけのキスに目を丸くさせるとフロイドはギザギザの歯を見せて――。
「さっきの声すっげぇエロかった。次はエッチしようね♡」
ろくでもないことをほざくフロイドの頬をひっぱたいたのは言うまでもない。
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