燃えて消えて、また
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燃え殻になったのは
好きな人がいる。あたしに欠片も興味がなく、関心もない。そんな人があたしの好きな人。でも、それは仕方ないと思っている。だって彼の性格を考えればあたしは面白みに欠けた魅力のない人魚なんだもの。だから、彼があたしを女として好きになるという可能性は万が一もない、って分かっているのに好きなんてとんだマゾ体質。たまに自分自身でも引いてしまうわ。
こんな、あたしが不毛な恋をしていることを知っているのは姉さまと片割れのレティシアだけ。二人ともこの恋にとやかく口を出すことはしない。だからあたしはこんな恋心をずっと胸の奥で抱き続けている。でも、ずっと胸の奥にしまっておくことができるわけがない。
抱えられなくなったときあたしはありきたりといえば、ありきたりな方法を使う。
「また、やっちゃった……」
ペンを放り出してうんざりするような言葉の羅列を書きなぐった大量のルーズリーフを見下ろす。でも、それらを見るのもイヤで机からバサバサと大量の紙を落としていく。バサバサ落ちていく紙を目で追って床を見て口角を下げる。
「マジ?」
床には大量の紙が落ちていた。そこへさらに大量な紙が落ちていた。全然気づいていなかった。
「最悪」とヘッドフォンを外して机に置いて行儀悪く椅子に深くもたれかかる。
ここ最近、こうして募っていく〝恋情〟を消化している。人は恋をすると魅力が増し、それが経験が糧になってよりいいモノができるというけれどできたためしがない。
できないけれどそれでも曲として昇華してしまうし、捨てることもできない。行き場のない恋情は外に吐き出しても結局捨てることもできない。ゴミ箱に突っ込むこともできず、燃やすこともできない。
このあと、あたしは床に散らばる恋情を拾い上げていつも通りベッドの下にある箱にしまう。あたしは外に心から零れた恋情をしまうため場所を作り上げた。別に宝箱みたいに開いてしみじみすることなんてないのに、後生大事にあたしは吐き出した恋情を大事にとってある。
「バカみたい……でも、最近多すぎ」
床から目を逸らして天井を見上げる。ここ入寮して2年目にしてすっかり見慣れた天井と照明。
その照明が少しだけ目に染みて瞼を下ろす。思考が落ちていく。
フロイドはあたしに興味を持つことがない。それはあたしが彼の興味をそそるような人魚ではないから。だから、いつも彼から興味を持たれる人を羨ましく思うし、つい嫉妬してしまう。何様よ、とは自分でも思っている。だから、その嫉妬心を自制するために曲を作っていたところもあるけど、最近特にひどい。おかげで大量の曲を作り出す原因になってしまっている。
「ついに来たかって感じよね……」
フロイドが興味を抱く子が現れた。いや、彼が興味を持つ人はナイトレイブンカレッジにはたくさんいる。先輩から同輩――それに新しく入って来た1年生も例外ではない。でも、その1年生の中に強烈な光を放つ子がいた。
ナイトレイブンカレッジに魔力を持たない子が入学した。
従兄弟から聞いた話ではその子は騒動の多いナイトレイブンカレッジの中心に居ることが多いらしい。魔力がないながら呼ばれたということも興味深いのに、何かしら中心にいるなんて面白い人間。彼が興味を持つには十分だった。
――ああ。思い出しただけで胸の奥がツキツキと痛いしざわざわする。
恋人でもなんでもないのに勝手に嫉妬して苛立つ自分がイヤになる。ほんと何様よ。現状維持を選んだ意気地なしのくせにいざフロイドに興味を抱く子ができたとたん嫉妬なんて。おこがましい。
自己嫌悪に落ちいながらいつまであたしはフロイドを好きでい続けるつもりなのだろうとも思う。だって、彼にとって最大級の魅力を放つ子が現れたんだもの。もう勝ち目がない。それに――もう彼を好きでいることに疲れてきた。
「恋に潮時ってあるのかしら」
お、我ながら〝潮時〟っていい言葉のチョイスね。人魚のあたしにも親しみ深い気がするわ。
何だか気分が上昇して来た気がする。こう吐き出した後ってやっぱり浮上もしやすくなるのよね。身軽にするのが大事ってことね。
一人納得しながら背もたれから背中を引きはがして両腕を天井に向けてぐっ背筋を伸ばす。
「ハァ。告白しようかしら」
ずっと怖くて選択してこなかったものが今更できるのか。分からないけれど、あたしはようやくそれを手に取ることができて少しだけ呼吸が楽になった気がした。
* * *
なんて考えて1週間。まだ告白できずにいた。
そもそも今まで誰かに告白なんてしたことないし、どうすればいいのか分からずにいた。お陰で授業に身が入らなくて久々に補習レポートを提出する羽目になった。
一人、図書室に籠もりながらうじうじ考える。もちろん。目の前の補習レポートではなく〝告白〟の方。
告白すると決めたけれど、いざとなると怖じ気ついていまだにできていなかった。いや、今までできなかったことがすぐできるわけでがない。何より、まだ決めて1週間だもの。すぐに行動できないのはあたりまえ――なんて、言い訳に過ぎない。
――というか告白してフロイドとの距離感が微妙になるのも……。
いや、フロイドはあたしを振ったところでなんてことない。きっと数時間後には普通に話しかけてくる。そういうタイプだ。ちなみにこれはあたしが知り合いだからという体の話。もともと知り合いでもなんでもない相手の場合は覚えてすらいないと思う。
だから、あたしは告白してもそこら辺の女子よりはマシなはず。失礼かもだけどマシ。
「なんか、悲しい」
他よりましだけれど失恋確定なのが悲しいし、空しい。でも、フロイドがあたしを恋愛対象として見ていないのが分かり切っているのが告白する気力を削っていく。でも、それでもこの恋心に終止符を打つためには――。
「砕けるかぁ」
というか、もう失恋確定なのだから今更うじうじ悩みでいた意味がない。そう。意味がないのよ。
ようやく告白へポジティブになっていく。失恋確定だからできる思考回路なのかしら。それにしても、なんか……。
「なんか、いい曲ができそう!」
レポートの洋紙を退かして真っ白な洋紙を引っ張り出して思いつくフレーズを書き起こしていく。
久々にストレス発散ではない創作意欲にさらに乗っていく、とても気持ちがよかった。
そのまま止まることなく筆が乗るまま書き続けていると、閉館を知らせるメロディが耳に届く。
「あ、やば」
補習レポートのこともだが肝心のフロイドへの告白もすっかりと頭から抜けていた。
それを思い出したのはそこその荷物を抱えて図書室を出たときだった。
「……あ、そうそう告白。告白よ」
ストレスのない作詞、作曲活動のおかげでモヤモヤしていたものがなくなってすっきりした気がする。もしかしてこれは音楽家としていいことなのではないか。ということは、これが成長したというところなのか。なんて考えを横に置いて寮に戻る道すがらどのタイミングで告白するか考えることにした。
直接会っていうのが理想的な気もするし、よく創作でも見るし。でも、わざわざ呼び出すのはまた時間がかかりそう。
「いっそのことマジカメのDMとか?」
最近、フロイドが学園であった面白いことがあると電話してくる。そういうのは1年生のときもあったけれど、2年生になってから増えた気がする。そう。例の子が来てから。
思い出してちょっとざわつきそうになるのを何とか堪える。一度止まって深呼吸をして落ち着いたところでまた石畳の道を歩き出す。
ずるずる先延ばしにしてしまうとダメだからもう――。
「ん?」
ジャケットのポケットに入れたスマホが振動した。そこそこの量の荷物たちを片手にまとめてスマホ出してみると――なんと〝フロイド〟からだった。
「これは……」
タイミングというやつなのかしら。
途端、意識すると心臓が跳ねてドキドキしてくる。息が浅くなりそうになるのを感じて一度呼吸を整えてディスプレイを一目見てから電話に出た。
「もし――」
『出んのおっせーよ』
いの一番に飛び出た言葉はいくら好きな相手だからといってイラつく。さっきまでのドキドキが瞬く間に俄かに込み上げた苛立ちで消え失せた。
「それは悪かったわね。こっちは片手に荷物で大変なのよ」
『ふぅん。なに、曲でも作ってる最中だった?』
意外にもフロイドはあたしが作る曲を気に入っている。たまに響かないのもあるらしいけれど、それでもなんだかんだ一回は聴いてくれる。だからといって、フロイドがあたしを好きとは思わない。ほら、作者と作品は別というでしょ。それよ。
ふぅと一呼吸おいて「違うわ。課題レポート」と答える。補習レポートと答えるのはちょっとイヤだから課題という。まぁ、間違ってはいないでしょ。
『なんだ。また曲できたら聴かせろよ』
「わかったわよ。で、なに? また例の小エビちゃんたちが何かしたの?」
自分から例の子の話を振るのはイヤだけれど、最近フロイドが連絡してくるのはその子の話がばかり。だから先手必勝という感じで先にあたしから振る。いや、だって、ここ最近ずっと〝小エビ〟の話ばかりだし。今日もそうだろ高をくくっていたのだけれど――。
『なんで小エビちゃんが出てくんだよ』
「え、」
不機嫌を滲ませた声で返された。こういう声になったフロイドの機嫌は坂道を転がるように悪くなっていく。といっても、フロイドの機嫌なんて山の天気みたいにコロコロ変わる。だから気にするのも意味はないから、まぁいいか。
「なんでってあんたが最近電話かけてくるのは大抵その子の話だからよ」
『そーでもねぇーし』
「あら自覚なし?」
思わず返すと『えぇ』と不満を滲ませた声で返された。本人自覚なし。もしかして無自覚に目で追って、意識してるんじゃ。
――それって、まるで〝恋〟じゃない。
グサと何か目で見えない刃物で心臓をさされたような痛みがした。いや、本当はそんなもんじゃないだろうし。経験することはきっとないと思うから分からないけれど……でも、それくらい痛かった。あまりに痛くて、痛くて、口からとんでもない言葉が出た。
「あんた、もしかして小エビちゃんが〝好き〟なの?」
言ってすぐに汗が噴き出した。あたし、今、聞いちゃいけないこと聞いたわよね。
汗が背中を伝う。息が浅くなっていくような気がして唇を噛んでフロイドに伝わないようにする。心臓の音が耳に響くような心地がした。
一人でぐるぐる考えていたのは数秒だった気がする。それでもその数秒でフロイドからの返事がない。もしかしてあたしの言い放った言葉を考えているのかもしれない。
条件反射で生きていそうなのに慎重なところがある。いや、彼のそれはすべて気分で変わる。すぐのときもあれば熟考もする。
今、フロイドに声をかけてはいけないと思う。でも、あたしはこの沈黙に耐えられなかった。声をかけようと掠れそうな声を出そうとしたときだった。
『そう見えんの?』
フロイドの声は不機嫌でもなんでもなかった。でも、いつもの機嫌がいいときでも、普通のときといえばいいのか。それでもないような気がする。真剣な彼をあまり見たことがないから分からないけれど、それなのかしら。
とはいえ、ここであたしはどう答えればいいの。
「えっと、随分気に入っているとは思っていたけれど……」
『ふぅん』
「だって、あんた、2年になってからあの子の話が多いから」
『へぇ。ま、面白れぇのは事実だしな』
ん? なんなのかしらこのやり取りは。
不毛というか。奥歯に何かが詰まったようなやり取りに何の意味があるのか分からない。とはいえ、淡々としたフロイドはちょっと怖い。何か言いたいのか。
「フロイド。何を言いたいの?」
『ん? ン~、だってお前が言ったんじゃん。小エビちゃんのことが好きかって』
「そうだけど、」
『だから確認してんのぉ』
言ってくすくす笑う。確認するなら自分自身にしてほしいと思いながらあたしから聞いたのだから仕方ない。けど、これってどうなのかしら。
まだ小エビちゃんのことは興味のある対象の域を出ないというだけなのかしら。それとも好きだって気づいてなんか楽しくなって来たのかしら。
――分からないわね。というか、これもう告白ができなくなったわよね。
自分がうっかりと口を滑らせた所為といえばそうなのだけれど。まさか告白する前に本当に失恋してしまうなんて思わなかった。いや、勝算もなかったし失恋は確定していたとは思ったけれど。なんか肩透かし喰らったというか……なんかどうでもよくなった。
「そう。じゃ、小エビちゃんと付き合うことになったら報告待ってるわ。ああ、惚気は聞くきないから」
一気にまくしたてる。だってもうなんかどーてもいいから。ほんとにどうでもいいのよ。フロイドがなんか言っているような気がするけれどその声も耳をすり抜けていくし、何より。
「あ、ごめん。寮に戻らないと」
早く寮へ帰れと促す鐘が鳴り響く。この鐘の音は花の街にあるノーブルベルカレッジと兄妹校になったときに送られたもの。ノーブルベルの鐘はあたしも好き。だから、この鐘の音も好きでたまに聞きたくてギリギリまで校内に残っていることがある。でも、今日はそういう気分じゃなかった。
「じゃね」
何か叫んでいる気がしたけれどあたしは無視をして強制的に通話を気ってそのまま電源を落とした。そうしないとフロイドがしつこく掛けてくるような気がした。
真っ黒なディスプレイに何とも言えない自分の顔が映り込む。失恋したというのになんか、なんか。
「なんも残んない……」
さっきまでいいフレーズや音が流れていたのに今は何もない。失恋確定の告白と意気込んでいたときの図書室でのあれはいったい何だったのか。今は何にも頭に浮かばない。
ぽっかりと空いた胸を無視してそのまま石畳を歩き始める。その先は寮に繋がる塔があるだけでも、あたしには何だかこれから先続く人生の道のように思えた。
2024.05.26
好きな人がいる。あたしに欠片も興味がなく、関心もない。そんな人があたしの好きな人。でも、それは仕方ないと思っている。だって彼の性格を考えればあたしは面白みに欠けた魅力のない人魚なんだもの。だから、彼があたしを女として好きになるという可能性は万が一もない、って分かっているのに好きなんてとんだマゾ体質。たまに自分自身でも引いてしまうわ。
こんな、あたしが不毛な恋をしていることを知っているのは姉さまと片割れのレティシアだけ。二人ともこの恋にとやかく口を出すことはしない。だからあたしはこんな恋心をずっと胸の奥で抱き続けている。でも、ずっと胸の奥にしまっておくことができるわけがない。
抱えられなくなったときあたしはありきたりといえば、ありきたりな方法を使う。
「また、やっちゃった……」
ペンを放り出してうんざりするような言葉の羅列を書きなぐった大量のルーズリーフを見下ろす。でも、それらを見るのもイヤで机からバサバサと大量の紙を落としていく。バサバサ落ちていく紙を目で追って床を見て口角を下げる。
「マジ?」
床には大量の紙が落ちていた。そこへさらに大量な紙が落ちていた。全然気づいていなかった。
「最悪」とヘッドフォンを外して机に置いて行儀悪く椅子に深くもたれかかる。
ここ最近、こうして募っていく〝恋情〟を消化している。人は恋をすると魅力が増し、それが経験が糧になってよりいいモノができるというけれどできたためしがない。
できないけれどそれでも曲として昇華してしまうし、捨てることもできない。行き場のない恋情は外に吐き出しても結局捨てることもできない。ゴミ箱に突っ込むこともできず、燃やすこともできない。
このあと、あたしは床に散らばる恋情を拾い上げていつも通りベッドの下にある箱にしまう。あたしは外に心から零れた恋情をしまうため場所を作り上げた。別に宝箱みたいに開いてしみじみすることなんてないのに、後生大事にあたしは吐き出した恋情を大事にとってある。
「バカみたい……でも、最近多すぎ」
床から目を逸らして天井を見上げる。ここ入寮して2年目にしてすっかり見慣れた天井と照明。
その照明が少しだけ目に染みて瞼を下ろす。思考が落ちていく。
フロイドはあたしに興味を持つことがない。それはあたしが彼の興味をそそるような人魚ではないから。だから、いつも彼から興味を持たれる人を羨ましく思うし、つい嫉妬してしまう。何様よ、とは自分でも思っている。だから、その嫉妬心を自制するために曲を作っていたところもあるけど、最近特にひどい。おかげで大量の曲を作り出す原因になってしまっている。
「ついに来たかって感じよね……」
フロイドが興味を抱く子が現れた。いや、彼が興味を持つ人はナイトレイブンカレッジにはたくさんいる。先輩から同輩――それに新しく入って来た1年生も例外ではない。でも、その1年生の中に強烈な光を放つ子がいた。
ナイトレイブンカレッジに魔力を持たない子が入学した。
従兄弟から聞いた話ではその子は騒動の多いナイトレイブンカレッジの中心に居ることが多いらしい。魔力がないながら呼ばれたということも興味深いのに、何かしら中心にいるなんて面白い人間。彼が興味を持つには十分だった。
――ああ。思い出しただけで胸の奥がツキツキと痛いしざわざわする。
恋人でもなんでもないのに勝手に嫉妬して苛立つ自分がイヤになる。ほんと何様よ。現状維持を選んだ意気地なしのくせにいざフロイドに興味を抱く子ができたとたん嫉妬なんて。おこがましい。
自己嫌悪に落ちいながらいつまであたしはフロイドを好きでい続けるつもりなのだろうとも思う。だって、彼にとって最大級の魅力を放つ子が現れたんだもの。もう勝ち目がない。それに――もう彼を好きでいることに疲れてきた。
「恋に潮時ってあるのかしら」
お、我ながら〝潮時〟っていい言葉のチョイスね。人魚のあたしにも親しみ深い気がするわ。
何だか気分が上昇して来た気がする。こう吐き出した後ってやっぱり浮上もしやすくなるのよね。身軽にするのが大事ってことね。
一人納得しながら背もたれから背中を引きはがして両腕を天井に向けてぐっ背筋を伸ばす。
「ハァ。告白しようかしら」
ずっと怖くて選択してこなかったものが今更できるのか。分からないけれど、あたしはようやくそれを手に取ることができて少しだけ呼吸が楽になった気がした。
* * *
なんて考えて1週間。まだ告白できずにいた。
そもそも今まで誰かに告白なんてしたことないし、どうすればいいのか分からずにいた。お陰で授業に身が入らなくて久々に補習レポートを提出する羽目になった。
一人、図書室に籠もりながらうじうじ考える。もちろん。目の前の補習レポートではなく〝告白〟の方。
告白すると決めたけれど、いざとなると怖じ気ついていまだにできていなかった。いや、今までできなかったことがすぐできるわけでがない。何より、まだ決めて1週間だもの。すぐに行動できないのはあたりまえ――なんて、言い訳に過ぎない。
――というか告白してフロイドとの距離感が微妙になるのも……。
いや、フロイドはあたしを振ったところでなんてことない。きっと数時間後には普通に話しかけてくる。そういうタイプだ。ちなみにこれはあたしが知り合いだからという体の話。もともと知り合いでもなんでもない相手の場合は覚えてすらいないと思う。
だから、あたしは告白してもそこら辺の女子よりはマシなはず。失礼かもだけどマシ。
「なんか、悲しい」
他よりましだけれど失恋確定なのが悲しいし、空しい。でも、フロイドがあたしを恋愛対象として見ていないのが分かり切っているのが告白する気力を削っていく。でも、それでもこの恋心に終止符を打つためには――。
「砕けるかぁ」
というか、もう失恋確定なのだから今更うじうじ悩みでいた意味がない。そう。意味がないのよ。
ようやく告白へポジティブになっていく。失恋確定だからできる思考回路なのかしら。それにしても、なんか……。
「なんか、いい曲ができそう!」
レポートの洋紙を退かして真っ白な洋紙を引っ張り出して思いつくフレーズを書き起こしていく。
久々にストレス発散ではない創作意欲にさらに乗っていく、とても気持ちがよかった。
そのまま止まることなく筆が乗るまま書き続けていると、閉館を知らせるメロディが耳に届く。
「あ、やば」
補習レポートのこともだが肝心のフロイドへの告白もすっかりと頭から抜けていた。
それを思い出したのはそこその荷物を抱えて図書室を出たときだった。
「……あ、そうそう告白。告白よ」
ストレスのない作詞、作曲活動のおかげでモヤモヤしていたものがなくなってすっきりした気がする。もしかしてこれは音楽家としていいことなのではないか。ということは、これが成長したというところなのか。なんて考えを横に置いて寮に戻る道すがらどのタイミングで告白するか考えることにした。
直接会っていうのが理想的な気もするし、よく創作でも見るし。でも、わざわざ呼び出すのはまた時間がかかりそう。
「いっそのことマジカメのDMとか?」
最近、フロイドが学園であった面白いことがあると電話してくる。そういうのは1年生のときもあったけれど、2年生になってから増えた気がする。そう。例の子が来てから。
思い出してちょっとざわつきそうになるのを何とか堪える。一度止まって深呼吸をして落ち着いたところでまた石畳の道を歩き出す。
ずるずる先延ばしにしてしまうとダメだからもう――。
「ん?」
ジャケットのポケットに入れたスマホが振動した。そこそこの量の荷物たちを片手にまとめてスマホ出してみると――なんと〝フロイド〟からだった。
「これは……」
タイミングというやつなのかしら。
途端、意識すると心臓が跳ねてドキドキしてくる。息が浅くなりそうになるのを感じて一度呼吸を整えてディスプレイを一目見てから電話に出た。
「もし――」
『出んのおっせーよ』
いの一番に飛び出た言葉はいくら好きな相手だからといってイラつく。さっきまでのドキドキが瞬く間に俄かに込み上げた苛立ちで消え失せた。
「それは悪かったわね。こっちは片手に荷物で大変なのよ」
『ふぅん。なに、曲でも作ってる最中だった?』
意外にもフロイドはあたしが作る曲を気に入っている。たまに響かないのもあるらしいけれど、それでもなんだかんだ一回は聴いてくれる。だからといって、フロイドがあたしを好きとは思わない。ほら、作者と作品は別というでしょ。それよ。
ふぅと一呼吸おいて「違うわ。課題レポート」と答える。補習レポートと答えるのはちょっとイヤだから課題という。まぁ、間違ってはいないでしょ。
『なんだ。また曲できたら聴かせろよ』
「わかったわよ。で、なに? また例の小エビちゃんたちが何かしたの?」
自分から例の子の話を振るのはイヤだけれど、最近フロイドが連絡してくるのはその子の話がばかり。だから先手必勝という感じで先にあたしから振る。いや、だって、ここ最近ずっと〝小エビ〟の話ばかりだし。今日もそうだろ高をくくっていたのだけれど――。
『なんで小エビちゃんが出てくんだよ』
「え、」
不機嫌を滲ませた声で返された。こういう声になったフロイドの機嫌は坂道を転がるように悪くなっていく。といっても、フロイドの機嫌なんて山の天気みたいにコロコロ変わる。だから気にするのも意味はないから、まぁいいか。
「なんでってあんたが最近電話かけてくるのは大抵その子の話だからよ」
『そーでもねぇーし』
「あら自覚なし?」
思わず返すと『えぇ』と不満を滲ませた声で返された。本人自覚なし。もしかして無自覚に目で追って、意識してるんじゃ。
――それって、まるで〝恋〟じゃない。
グサと何か目で見えない刃物で心臓をさされたような痛みがした。いや、本当はそんなもんじゃないだろうし。経験することはきっとないと思うから分からないけれど……でも、それくらい痛かった。あまりに痛くて、痛くて、口からとんでもない言葉が出た。
「あんた、もしかして小エビちゃんが〝好き〟なの?」
言ってすぐに汗が噴き出した。あたし、今、聞いちゃいけないこと聞いたわよね。
汗が背中を伝う。息が浅くなっていくような気がして唇を噛んでフロイドに伝わないようにする。心臓の音が耳に響くような心地がした。
一人でぐるぐる考えていたのは数秒だった気がする。それでもその数秒でフロイドからの返事がない。もしかしてあたしの言い放った言葉を考えているのかもしれない。
条件反射で生きていそうなのに慎重なところがある。いや、彼のそれはすべて気分で変わる。すぐのときもあれば熟考もする。
今、フロイドに声をかけてはいけないと思う。でも、あたしはこの沈黙に耐えられなかった。声をかけようと掠れそうな声を出そうとしたときだった。
『そう見えんの?』
フロイドの声は不機嫌でもなんでもなかった。でも、いつもの機嫌がいいときでも、普通のときといえばいいのか。それでもないような気がする。真剣な彼をあまり見たことがないから分からないけれど、それなのかしら。
とはいえ、ここであたしはどう答えればいいの。
「えっと、随分気に入っているとは思っていたけれど……」
『ふぅん』
「だって、あんた、2年になってからあの子の話が多いから」
『へぇ。ま、面白れぇのは事実だしな』
ん? なんなのかしらこのやり取りは。
不毛というか。奥歯に何かが詰まったようなやり取りに何の意味があるのか分からない。とはいえ、淡々としたフロイドはちょっと怖い。何か言いたいのか。
「フロイド。何を言いたいの?」
『ん? ン~、だってお前が言ったんじゃん。小エビちゃんのことが好きかって』
「そうだけど、」
『だから確認してんのぉ』
言ってくすくす笑う。確認するなら自分自身にしてほしいと思いながらあたしから聞いたのだから仕方ない。けど、これってどうなのかしら。
まだ小エビちゃんのことは興味のある対象の域を出ないというだけなのかしら。それとも好きだって気づいてなんか楽しくなって来たのかしら。
――分からないわね。というか、これもう告白ができなくなったわよね。
自分がうっかりと口を滑らせた所為といえばそうなのだけれど。まさか告白する前に本当に失恋してしまうなんて思わなかった。いや、勝算もなかったし失恋は確定していたとは思ったけれど。なんか肩透かし喰らったというか……なんかどうでもよくなった。
「そう。じゃ、小エビちゃんと付き合うことになったら報告待ってるわ。ああ、惚気は聞くきないから」
一気にまくしたてる。だってもうなんかどーてもいいから。ほんとにどうでもいいのよ。フロイドがなんか言っているような気がするけれどその声も耳をすり抜けていくし、何より。
「あ、ごめん。寮に戻らないと」
早く寮へ帰れと促す鐘が鳴り響く。この鐘の音は花の街にあるノーブルベルカレッジと兄妹校になったときに送られたもの。ノーブルベルの鐘はあたしも好き。だから、この鐘の音も好きでたまに聞きたくてギリギリまで校内に残っていることがある。でも、今日はそういう気分じゃなかった。
「じゃね」
何か叫んでいる気がしたけれどあたしは無視をして強制的に通話を気ってそのまま電源を落とした。そうしないとフロイドがしつこく掛けてくるような気がした。
真っ黒なディスプレイに何とも言えない自分の顔が映り込む。失恋したというのになんか、なんか。
「なんも残んない……」
さっきまでいいフレーズや音が流れていたのに今は何もない。失恋確定の告白と意気込んでいたときの図書室でのあれはいったい何だったのか。今は何にも頭に浮かばない。
ぽっかりと空いた胸を無視してそのまま石畳を歩き始める。その先は寮に繋がる塔があるだけでも、あたしには何だかこれから先続く人生の道のように思えた。
2024.05.26