フロイド
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機嫌を直すキス
「それにしても意外だよなぁ」
今日のシフトは厨房。アズールに言われた日替わりメニューを頭の中に浮かべながら厨房に入ろうとしたときだった。
厨房のシフトに入っている寮生が下準備をしながら世間話をしていた。いつもだったらそんな世間話も気にせずにズカズカ入っていくが何故か足が自然と止まった。
フロイドの勘か何かが足を止めたのだ。なんだ、と首を傾げながら壁に寄りかかって寮生の話に耳を傾ける。
「オマエまだそれ言う?」
「いや、だって、フロイド先輩の恋人がヴァネッサ先輩だって知らなくってさ」
「結構有名っていうか数少ない女子生徒の情報すぐに回ってくるだろ」
どうやら自分と――恋人であるヴァネッサの話だったようだ。なるほど、勘が働くものだとフロイドはもうしばらく大人しくすることにした。
「や。だってさ、ヴァネッサ先輩の恋人ってジャミル先輩だと思ったから」
「あー……ね。それはなんか、分かる」
「だろぉ」
「ぁ゛?」と思わず低い声が零れた。しかし、彼らには伝わっていないのか下準備をする手を止めることはなかった。いや、彼らの下準備なんてどうでもいい。
ヴァネッサの恋人がなぜ自分ではなくジャミルとなるのだ。こめかみを引き攣らせながらまだ話をやめない彼らの話に息を潜めて耳を傾ける。
「ジャミル先輩とのやり取り息の合ってるからな」
「そそ。んで、フロイド先輩の恋人ってレティシア先輩だと思ってた」
「あーあーわっかるわぁ」
「ぁあ゛」とまた低い声が出る。何が分かる。そもそもレティシアはヴァネッサフロイドの兄弟であるジェイドの恋人だ。どこからどう見ても彼女の興味関心はジェイドにしかない。どこを見てフロイドの恋人なんて発想になるのか。あの後輩共の頭は沸いているのか。舌を鋭く打ち鳴らしながら壁から背中を離し、厨房に足を踏み入れた。
そのまま足音を消してくだらない話で盛り上がっている寮生の背後に立ち――。
「おい」
「ぇ?」
「ぇ……ッ!」
片方は更けた顔をし、もう片方は察しがいいのか瞬時に顔を青ざめた。ふるふると震えだしながら「フロイド先輩」とか細い声を出した。
哀れな様を晒す寮生に腰を折って顔を近づける。
「なぁ。オマエらの目って飾りなの?」
「ぇ……あ! や、ちが」
呆けていた片方はオクタヴィネル寮生のくせに頭の回転が鈍いらしい。ようやくフロイドが自分たちの会話を聞いていたことに気づいたらしい。忙しなく視線を動かしだす。
二人して縮こまる姿に気分がよくなることはない。むしろ不愉快さが増していく。何より今日のシフトがこいつらと同じ厨房なんてまっぴらごめんだった。
鋭く舌を打ってエプロンを外し、コック帽子と一緒に作業台に放る。
「めんど」
今日のやる気はもうない。フロイドは後ろで引き留める寮生の声を無視して厨房を後にする。さらに寮の出入り口である鏡に向かっていく。その最中に寮生に声をかけられたがそれらもすべて無視した。アズールとジェイドと鉢合わせなかったのは幸いとフロイドは鏡を潜った。
鏡舎を出て歩き続ける。目的地はただひとつだが――。
「ぁ、どこいんだ?」
今日は部活だったか。それも覚えていない。
フロイドは舌打ちしながらスマホを取り出してすぐに「どこいんの」とメッセージを飛ばす。するとすぐに「図書室」と簡素な返信が送られた。
その簡素さに少しだけ気分が上がり図書館を目指す。
通り過ぎる生徒の視線が一瞬向くがフロイドはそれらをすべて無視した。そのまま図書館に足を踏み込みさらに図書室に入る。ぷかぷか浮いている本を避けて追加で送られた分類棚の場所へと足を向ける。
分類棚に辿り着くがいない。どこだと視線を巡らせると「フロイド」と小さな声で呼ばれた。
その声にぐりんと身体ごと横を向く。そして、フロイドは目に入った姿に破顔し、足を進める。
「ヴァネッサ♪」
彼女は棚の後ろの奥まったところに設置されている学習机にいた。穴場なのか他に生徒もいない。そこで一人静かに課題を進めていたらしい。
「課題?」
「そ。古代呪文語の課題」
分厚い参考書を撫でながら言うヴァネッサ。そんな彼女に「へぇ」と関心の薄い声で答えながら空いている隣の席に座る。
「あんた今日シフト入っていたんじゃないの?」
その恰好、と図書室ということから小声で話しかけてくるヴァネッサ。フロイドは答える前に先ほどの寮生の不愉快な会話を思い出して上がりかけていた機嫌が下がった。
ムカムカしながら机にうつ伏せになる。
「サボったってわけ」
ヴァネッサはフロイドの機嫌の悪さを察知しながらも呆れ気味に言う。その様子は彼女と幼馴染であるアズールによく似ている。ただ、アズールと違って彼女はフロイドに甘い。
「何かあった?」
フロイドがサボる理由は大抵意味がない。何となくてか、気分じゃないとか。それだけだからアズールもジェイドも深くは聞いてこない。彼女の双子の片割れだって「フロイドだしね」と気にしないくいらだ。だのに、彼女は少し心配さを僅かに滲ませて聞いて来る。もちろん、毎回ではない。ただ、いつものサボり癖ではないときにこうして聞いてくれる。
「まぁまぁイヤなことがあった」
「珍しいじゃない」
「そぉ?」
「だって、あんた誰に言われても大概気にしないじゃない」
「まぁ腹立つくらいでしょ」と言う彼女にそれはそうとフロイドは頷き返す。
うつ伏せ上体から腕を枕にして顔を横に向ける。そこにはじっとこちらを見つめるヴァネッサの姿があった。
「なに?」
首傾げる彼女に先ほどの話をしようかと口を開く。だが、話しかける前に振動するような音に遮られた。それにヴァネッサの視線がフロイドから外れた。その視線の先はきっとスマホだろう。
彼女は「ごめん」と一言謝ってからスマホの操作を始めた。どうやらメッセージが送られてきたようだ。
本当はこっちを見てほしいが今日は大人しく待つことができる。なんで、と言われたらそれもまた気分。構ってほしいときは怒られても別に気にしないからヴァネッサのスマホを奪うが今日はしない。そういう気分だから。
大人しくメッセージのやり取りを待っていると数分後くらいに終わった。
「ごめん。ちょっとジャミルに呼ばれたから寮に戻るわね」
その名前にフロイドは身体を起こす。
「ダメ」
「ダメってね。それこそダメなんだけど」
困ったように眉を下げるヴァネッサがため息をついて立ち上がる。片付けを始めようとする彼女に苛立ちが込み上げつられるように立ち上がる。
「行くのかよ」
「行かないといけないの」
こういうときのヴァネッサは引かない。それはフロイドも嫌になるほど知っている。
だからフロイドが「行くな」と言っても彼女は絶対に自寮のスカラビア寮に行くだろう。なら、とフロイドは彼女ににじり寄る。
彼女は彼女でフロイドの性格を熟知しているから警戒する姿勢を取る。まるで海の中にいるときのような警戒態勢に口角が上がる。
「な、なに」
「べぇつに」
目を眇めてこちらを見るヴァネッサが片付ける姿勢に入ろうとしたときだった。
フロイドは彼女のぽっきりと折れてしまいそうなほど細い腕を掴む。目をパッと見開きこちらを見たヴァネッサに口角がより深まった。
「フロイド……」
「だぁいじょうぶ。ちゃんと行かせてやるよ」
ヴァネッサの凛とした瞳が揺れ動いた。本当に彼女はよくよくフロイドを理解している。だから、ただ では行けないことを瞬時に理解したのだろう。
ああ、と観念したように震えた荒れを知らない小さな唇がとても魅力的に映った。この後はもう本能によって身体が動いた。
掴んだ細い腕を引いて僅かに開いた唇に噛みつく。
「ンっ、ふっ」
鼻にかかる声と共に身体を押すのはいつも同じ。無駄な足掻きをするなと思いながらいつもと同じように細い身体を抱き込んでさらに唇の重なりを深めていく。
舌を挿入して薄く開いた唇をこじ開けるのもいつもと同じ。それから逃げていくと舌を追いかけて絡める。
あんまりにもいつもと同じ過ぎてフロイド自身愉しくない。もっと何かいつもと違うパターンないか、と考える。そちらに思考が行ったのがいけなかった。彼女の身体を抑え込む腕が緩んでしまった。
ぐいっと押された身体が離れて深く重ねたはずの唇が離れる。
「はっ、」
詰まった息を吐きだして息を整え始まる。ふと、いつもならすぐに距離を取ろうとするのに、とフロイドはじっとヴァネッサを見下ろす。
「ん、なによ」
目元を赤くさせながら潤んだ瞳で睨んで――はいない。潤んだ瞳でちょっと困ったようにこっちを見ている。
「オマエこそどーしたの?」
ぐっと顔を寄せて潤んだ瞳を覗き込む。そこには心底不思議そうなフロイド自身が映っている。彼女にもきっとこういう顔を見えているんだろうなと呑気に見つめる。
「……もういいの?」
「なにが?」
質問の意味が分からずに首を傾げればため息をつかれてしまった。
「はぁ。もう満足したってことでいい?」
「それは……」
ダメ、だけれど先ほどのような強い気持ちはない。それでも行ってはほしくないな、と細い腰を両腕で抱きしめる。今度は彼女も拒むことなくじっとしていると思ったら。
「フロイド。ちょっといい」
くい、くい、と腕を引いて来るので大人しく従うことにした。何だかその方が面白いことが見られそうな気がしたから。
そっとフロイドは腕の囲いを外す。そっと顔を上げたヴァネッサが手招きする。
なんだろうとワクワクしながらかがむと――。
ちゅ
柔らかな唇が触れた。
彼女からのキスはとても、とても珍しい。というか、フロイドが強請って大体してもらうことばかりだ。それが今日は強請ることもなく彼女からしてくれた。
目をパチパチ瞬かせる。ヴァネッサはフロイドの反応に口角を上げる。
「どう少しは気も紛れた?」
ヴァネッサの問いかけに「うん」と返そうとしたがすぐに口を閉じた。
気は紛れた。でも、これで終わらせてしまうにはどうしても惜しい。だから「うん」と言いかけた口を開いて――。
「もう一度してくれたら」
「え。もう一度?」
「ん」
「ぇえ」と眉を下げるヴァネッサに微笑みかけて目を伏せる。そうすれば彼女はきっとキスをするという選択しかないだろう。なにせ彼女はフロイドの性格をよくよく理解しているのだから。
「はぁ」
ひとつため息が聞こえると彼女の香りが濃く鼻を擽り唇に熱の籠った吐息が当たる。
かさつきのない柔らかな唇が触れた。柔らかい唇が先と同じくそのまま離れていくかと思ったがフロイドの唇に食んで来た。
予想外の行動に思わず笑みがこぼれ少しだけ唇を開く。すると、今度は角度を変えて唇の重なりが深くなる。それに応えるように返すと細い身体がビクッと跳ねたが拒まれることはなかった。むしろ、積極的に舌が伸びてきた。
健気な舌をそのまま絡めとって咥内に招き入れる。
そのままヴァネッサからのキスが続くが――
「んっふ、ふぁ、ンっ、ん」
あまり慣れないキスに彼女の息が上がっている。限界のように縋りついて来るのを感じて薄い舌から自分の舌をゆっくりと離れて唇も離していく。
つぅっと透明な糸が途切れると同時にヴァネッサが胸に倒れた。
ふぅ、はぁ、と呼吸を繰り返す姿をぎゅっと抱きしめる。
「ヴァネッサ」
「……もう、いい?」
呼吸の合間の囁きに「ん」と答えて離そうとするけれど。
「歩ける?」
「……もう少し」
すっかり腰が抜けたらしい。そんな彼女の大分格好の悪い姿に笑みを噛み殺しながらまた強く抱きしめた。
ちなみに、意気揚々と寮に戻ったらもちろんアズールに怒られた。それでもその日のフロイドの機嫌は下がることはなかったし、むしろよく働いた。
「それにしても意外だよなぁ」
今日のシフトは厨房。アズールに言われた日替わりメニューを頭の中に浮かべながら厨房に入ろうとしたときだった。
厨房のシフトに入っている寮生が下準備をしながら世間話をしていた。いつもだったらそんな世間話も気にせずにズカズカ入っていくが何故か足が自然と止まった。
フロイドの勘か何かが足を止めたのだ。なんだ、と首を傾げながら壁に寄りかかって寮生の話に耳を傾ける。
「オマエまだそれ言う?」
「いや、だって、フロイド先輩の恋人がヴァネッサ先輩だって知らなくってさ」
「結構有名っていうか数少ない女子生徒の情報すぐに回ってくるだろ」
どうやら自分と――恋人であるヴァネッサの話だったようだ。なるほど、勘が働くものだとフロイドはもうしばらく大人しくすることにした。
「や。だってさ、ヴァネッサ先輩の恋人ってジャミル先輩だと思ったから」
「あー……ね。それはなんか、分かる」
「だろぉ」
「ぁ゛?」と思わず低い声が零れた。しかし、彼らには伝わっていないのか下準備をする手を止めることはなかった。いや、彼らの下準備なんてどうでもいい。
ヴァネッサの恋人がなぜ自分ではなくジャミルとなるのだ。こめかみを引き攣らせながらまだ話をやめない彼らの話に息を潜めて耳を傾ける。
「ジャミル先輩とのやり取り息の合ってるからな」
「そそ。んで、フロイド先輩の恋人ってレティシア先輩だと思ってた」
「あーあーわっかるわぁ」
「ぁあ゛」とまた低い声が出る。何が分かる。そもそもレティシアはヴァネッサフロイドの兄弟であるジェイドの恋人だ。どこからどう見ても彼女の興味関心はジェイドにしかない。どこを見てフロイドの恋人なんて発想になるのか。あの後輩共の頭は沸いているのか。舌を鋭く打ち鳴らしながら壁から背中を離し、厨房に足を踏み入れた。
そのまま足音を消してくだらない話で盛り上がっている寮生の背後に立ち――。
「おい」
「ぇ?」
「ぇ……ッ!」
片方は更けた顔をし、もう片方は察しがいいのか瞬時に顔を青ざめた。ふるふると震えだしながら「フロイド先輩」とか細い声を出した。
哀れな様を晒す寮生に腰を折って顔を近づける。
「なぁ。オマエらの目って飾りなの?」
「ぇ……あ! や、ちが」
呆けていた片方はオクタヴィネル寮生のくせに頭の回転が鈍いらしい。ようやくフロイドが自分たちの会話を聞いていたことに気づいたらしい。忙しなく視線を動かしだす。
二人して縮こまる姿に気分がよくなることはない。むしろ不愉快さが増していく。何より今日のシフトがこいつらと同じ厨房なんてまっぴらごめんだった。
鋭く舌を打ってエプロンを外し、コック帽子と一緒に作業台に放る。
「めんど」
今日のやる気はもうない。フロイドは後ろで引き留める寮生の声を無視して厨房を後にする。さらに寮の出入り口である鏡に向かっていく。その最中に寮生に声をかけられたがそれらもすべて無視した。アズールとジェイドと鉢合わせなかったのは幸いとフロイドは鏡を潜った。
鏡舎を出て歩き続ける。目的地はただひとつだが――。
「ぁ、どこいんだ?」
今日は部活だったか。それも覚えていない。
フロイドは舌打ちしながらスマホを取り出してすぐに「どこいんの」とメッセージを飛ばす。するとすぐに「図書室」と簡素な返信が送られた。
その簡素さに少しだけ気分が上がり図書館を目指す。
通り過ぎる生徒の視線が一瞬向くがフロイドはそれらをすべて無視した。そのまま図書館に足を踏み込みさらに図書室に入る。ぷかぷか浮いている本を避けて追加で送られた分類棚の場所へと足を向ける。
分類棚に辿り着くがいない。どこだと視線を巡らせると「フロイド」と小さな声で呼ばれた。
その声にぐりんと身体ごと横を向く。そして、フロイドは目に入った姿に破顔し、足を進める。
「ヴァネッサ♪」
彼女は棚の後ろの奥まったところに設置されている学習机にいた。穴場なのか他に生徒もいない。そこで一人静かに課題を進めていたらしい。
「課題?」
「そ。古代呪文語の課題」
分厚い参考書を撫でながら言うヴァネッサ。そんな彼女に「へぇ」と関心の薄い声で答えながら空いている隣の席に座る。
「あんた今日シフト入っていたんじゃないの?」
その恰好、と図書室ということから小声で話しかけてくるヴァネッサ。フロイドは答える前に先ほどの寮生の不愉快な会話を思い出して上がりかけていた機嫌が下がった。
ムカムカしながら机にうつ伏せになる。
「サボったってわけ」
ヴァネッサはフロイドの機嫌の悪さを察知しながらも呆れ気味に言う。その様子は彼女と幼馴染であるアズールによく似ている。ただ、アズールと違って彼女はフロイドに甘い。
「何かあった?」
フロイドがサボる理由は大抵意味がない。何となくてか、気分じゃないとか。それだけだからアズールもジェイドも深くは聞いてこない。彼女の双子の片割れだって「フロイドだしね」と気にしないくいらだ。だのに、彼女は少し心配さを僅かに滲ませて聞いて来る。もちろん、毎回ではない。ただ、いつものサボり癖ではないときにこうして聞いてくれる。
「まぁまぁイヤなことがあった」
「珍しいじゃない」
「そぉ?」
「だって、あんた誰に言われても大概気にしないじゃない」
「まぁ腹立つくらいでしょ」と言う彼女にそれはそうとフロイドは頷き返す。
うつ伏せ上体から腕を枕にして顔を横に向ける。そこにはじっとこちらを見つめるヴァネッサの姿があった。
「なに?」
首傾げる彼女に先ほどの話をしようかと口を開く。だが、話しかける前に振動するような音に遮られた。それにヴァネッサの視線がフロイドから外れた。その視線の先はきっとスマホだろう。
彼女は「ごめん」と一言謝ってからスマホの操作を始めた。どうやらメッセージが送られてきたようだ。
本当はこっちを見てほしいが今日は大人しく待つことができる。なんで、と言われたらそれもまた気分。構ってほしいときは怒られても別に気にしないからヴァネッサのスマホを奪うが今日はしない。そういう気分だから。
大人しくメッセージのやり取りを待っていると数分後くらいに終わった。
「ごめん。ちょっとジャミルに呼ばれたから寮に戻るわね」
その名前にフロイドは身体を起こす。
「ダメ」
「ダメってね。それこそダメなんだけど」
困ったように眉を下げるヴァネッサがため息をついて立ち上がる。片付けを始めようとする彼女に苛立ちが込み上げつられるように立ち上がる。
「行くのかよ」
「行かないといけないの」
こういうときのヴァネッサは引かない。それはフロイドも嫌になるほど知っている。
だからフロイドが「行くな」と言っても彼女は絶対に自寮のスカラビア寮に行くだろう。なら、とフロイドは彼女ににじり寄る。
彼女は彼女でフロイドの性格を熟知しているから警戒する姿勢を取る。まるで海の中にいるときのような警戒態勢に口角が上がる。
「な、なに」
「べぇつに」
目を眇めてこちらを見るヴァネッサが片付ける姿勢に入ろうとしたときだった。
フロイドは彼女のぽっきりと折れてしまいそうなほど細い腕を掴む。目をパッと見開きこちらを見たヴァネッサに口角がより深まった。
「フロイド……」
「だぁいじょうぶ。ちゃんと行かせてやるよ」
ヴァネッサの凛とした瞳が揺れ動いた。本当に彼女はよくよくフロイドを理解している。だから、
ああ、と観念したように震えた荒れを知らない小さな唇がとても魅力的に映った。この後はもう本能によって身体が動いた。
掴んだ細い腕を引いて僅かに開いた唇に噛みつく。
「ンっ、ふっ」
鼻にかかる声と共に身体を押すのはいつも同じ。無駄な足掻きをするなと思いながらいつもと同じように細い身体を抱き込んでさらに唇の重なりを深めていく。
舌を挿入して薄く開いた唇をこじ開けるのもいつもと同じ。それから逃げていくと舌を追いかけて絡める。
あんまりにもいつもと同じ過ぎてフロイド自身愉しくない。もっと何かいつもと違うパターンないか、と考える。そちらに思考が行ったのがいけなかった。彼女の身体を抑え込む腕が緩んでしまった。
ぐいっと押された身体が離れて深く重ねたはずの唇が離れる。
「はっ、」
詰まった息を吐きだして息を整え始まる。ふと、いつもならすぐに距離を取ろうとするのに、とフロイドはじっとヴァネッサを見下ろす。
「ん、なによ」
目元を赤くさせながら潤んだ瞳で睨んで――はいない。潤んだ瞳でちょっと困ったようにこっちを見ている。
「オマエこそどーしたの?」
ぐっと顔を寄せて潤んだ瞳を覗き込む。そこには心底不思議そうなフロイド自身が映っている。彼女にもきっとこういう顔を見えているんだろうなと呑気に見つめる。
「……もういいの?」
「なにが?」
質問の意味が分からずに首を傾げればため息をつかれてしまった。
「はぁ。もう満足したってことでいい?」
「それは……」
ダメ、だけれど先ほどのような強い気持ちはない。それでも行ってはほしくないな、と細い腰を両腕で抱きしめる。今度は彼女も拒むことなくじっとしていると思ったら。
「フロイド。ちょっといい」
くい、くい、と腕を引いて来るので大人しく従うことにした。何だかその方が面白いことが見られそうな気がしたから。
そっとフロイドは腕の囲いを外す。そっと顔を上げたヴァネッサが手招きする。
なんだろうとワクワクしながらかがむと――。
ちゅ
柔らかな唇が触れた。
彼女からのキスはとても、とても珍しい。というか、フロイドが強請って大体してもらうことばかりだ。それが今日は強請ることもなく彼女からしてくれた。
目をパチパチ瞬かせる。ヴァネッサはフロイドの反応に口角を上げる。
「どう少しは気も紛れた?」
ヴァネッサの問いかけに「うん」と返そうとしたがすぐに口を閉じた。
気は紛れた。でも、これで終わらせてしまうにはどうしても惜しい。だから「うん」と言いかけた口を開いて――。
「もう一度してくれたら」
「え。もう一度?」
「ん」
「ぇえ」と眉を下げるヴァネッサに微笑みかけて目を伏せる。そうすれば彼女はきっとキスをするという選択しかないだろう。なにせ彼女はフロイドの性格をよくよく理解しているのだから。
「はぁ」
ひとつため息が聞こえると彼女の香りが濃く鼻を擽り唇に熱の籠った吐息が当たる。
かさつきのない柔らかな唇が触れた。柔らかい唇が先と同じくそのまま離れていくかと思ったがフロイドの唇に食んで来た。
予想外の行動に思わず笑みがこぼれ少しだけ唇を開く。すると、今度は角度を変えて唇の重なりが深くなる。それに応えるように返すと細い身体がビクッと跳ねたが拒まれることはなかった。むしろ、積極的に舌が伸びてきた。
健気な舌をそのまま絡めとって咥内に招き入れる。
そのままヴァネッサからのキスが続くが――
「んっふ、ふぁ、ンっ、ん」
あまり慣れないキスに彼女の息が上がっている。限界のように縋りついて来るのを感じて薄い舌から自分の舌をゆっくりと離れて唇も離していく。
つぅっと透明な糸が途切れると同時にヴァネッサが胸に倒れた。
ふぅ、はぁ、と呼吸を繰り返す姿をぎゅっと抱きしめる。
「ヴァネッサ」
「……もう、いい?」
呼吸の合間の囁きに「ん」と答えて離そうとするけれど。
「歩ける?」
「……もう少し」
すっかり腰が抜けたらしい。そんな彼女の大分格好の悪い姿に笑みを噛み殺しながらまた強く抱きしめた。
ちなみに、意気揚々と寮に戻ったらもちろんアズールに怒られた。それでもその日のフロイドの機嫌は下がることはなかったし、むしろよく働いた。
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