フロイド
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人魚の共寝
珊瑚の海の首都。国王が住む宮殿を中心に広がる華やかなで暖かな場所。その首都でもっとも人気のホテルにフロイドは来ていた。何故来ているのかと父に呼び出されたからだ。父が首都で行われるパーティーに家族で出席すると珍しく自分と兄弟のジェイドを呼んだのだ。ジェイドと揃って本当に珍しいと思いながら本来の姿に戻って来た。
「すっげぇ」
パーティー会場となったのは首都でも最高レベルのホテルの大広間。挨拶は面倒だし、他の人魚に絡まれるのは面倒だけれど料理は美味い。それしかいいところがない、と思っていたら。
「フロイド?」
「ヴァネッサ?」
そこでこれまたバッタリと恋人と出会い。かつ、その家族に出会った。これは嫌な予感がする。いつの間にか両親がやって来て、あれよあれよと談笑が始まる。
フロイドは父親を盗み見れば恋人の父親と談笑している。その傍では母親同士で会話に華が咲いている。これはいよいよ面倒くさい。
「ねぇ。ジェイド、これってもしかして」
「まぁ利用されたんでしょうね」
「だよなぁ」
うげぇと半眼で父親を見る。どうやら兄弟そろって各国で顔の利く有名な音楽家の娘と付き合っていることに気づいて利用しに来たらしい。流石フロイドとジェイドの父親である。
「どーすんの」
「どうするもなにも僕らにどうすることもできないでしょ」
「はぁ?」
どうすることもできない。そんなわけない。そもそも高校生の息子の恋人がそのまま結婚するなんてどうしてそういう発想になる。これで別れたら商談相手としても気まずくないのか。そう考えて別れる可能性を一瞬でも考えてフロイドは気分が悪くなる。
「まぁ。父さんなら上手くやるんじゃないんですか?」
「相変わらず他人事だね」
「むしろ、そこまで気にしているあなたの方が珍しいですよ」
何か気になることでも、と眉を下げてギザギザの歯を見せる兄弟。自分はジェイドを愉しませるつもりはない。「べつに」と素っ気なく答えると――。
「ねぇ。フロイド」
「ん?」
腕を後ろに引かれてくるんと回る。振り向けば恋人のヴァネッサがいた。久々の人魚姿の彼女をまじまじ見れば「ちょっと」と険しい顔で手招きされる。
「なぁに?」
フロイドはにゅるっと近寄る。すると、小柄な彼女はあっという間に全長の長いフロイドに囲われてしまう。それに気づいているのかいないのか。警戒心のない彼女はフロイドの腕を掴みながら「どういうつもり」と聞いてきた。
「どういうつもりって?」
「あんたのお父様よ。あたしの父様に挨拶なんて」
「さぁ知らねぇ」
「ほんと?」
疑わしいという眼差しを向けて来るが本当に知らない。見当はつくけど何を目的にしているかはよく分からない。だから、こういう答えしかできない。
「そう……まぁ、あんたのお父様は覇権を握ろうなんてタイプじゃないだろうし」
むぅと考えだしたヴァネッサ。彼女の意識が完全に自分から逸れた。それがとても面白くない。
フロイドはムカムカしながら彼女の周りを長い尾ヒレでさらに囲っていく。尾ヒレで囲って言うことは上半身が近づくのだけれど。
――にっっっぶッ!
ヴァネッサは全く気付かない。いつものギュッと眉を寄せた照れ顔にならない。思考の海に泳ぎに入っている様子でそれもまたフロイドは楽しくない。
そろそろ気づいてほしいと背中から腕を回してツンツンと薄い肩を突く。
「ねぇ、ねぇ」
「な――ちょ、ちかいッ!」
ようやく気づいたヴァネッサの白い肌が瞬く間に赤くなる。逃げようとするのを軽く尾ヒレを絡める。それに彼女はさらに顔を赤くさせる。
「ちょ、離れてよ、フロイド!」
「え~やだぁ~」
「ちょ、ばかっ!」
分かりやすく慌てるヴァネッサの反応をからかうように笑う。彼女の目尻はつり上がっていくけれどすぐに暴れるのを諦めた。
「もう……あんたったら」
「あれ? もう暴れねぇの?」
「暴れたところで解いてくれるの?」
フロイドに比べたら短い尾ヒレを揺らすヴァネッサ。すると、彼女の尾ヒレは光を受けてキラキラと輝く。その美しさはきっと綺麗に手入れされているからだろう。
キラキラ艶々な尾ヒレに喉がキュっとなる。そして、すぐに周りを見れば一部の雄共が彼女の尾ヒレに釘づけになっていた。
その熱心で邪な眼差しから彼女を隠すように抱き寄せて尾ヒレを隠すように巻き付く。
「ひっ! ちょ、フロイド!」
ヴァネッサのうわずった声はすぐに聞こえた。うるせぇなと思いながら無視する。
彼女は自分自身の容姿が整っていることは理解している。だが、どうにもその効力をあまり考えていない。一番上の姉が真珠のように美しいと異次元の美貌を持っているからだろうか。だが、彼女も十分魅力的な容姿をしている。フロイドだって容姿がいいと分かるくらいなのだから相当だ。だが、別にそこを〝スキ〟になったわけではない。だのに他の雄は見てくれだけを求める。いや見てくれがいいのはいいけれど。
「ちょ、ふろ、くる、くるしいぃっ」
「あ?」
腕の中に閉じ込めたヴァネッサの抗議。腕を緩めて見下ろす。そこには顔を真っ赤に染めたままの彼女がいた。何か言いたげだけど何も言えない何とも言えない顔をしている。ちょっと可愛くないけれど可愛い。
「なにその顔」
「は、離してちょうだい」
「まだ駄目」
「りょ、両親いるのに」
「べつにいーじゃん」
両親の年代はフロイドたちの年齢で稚魚がいるのは普通だった。だから、この年齢で恋人とイチャイチャしていても問題ない。
「うっ、うぅ、最悪」
顔を綺麗で小さな手で顔を隠すヴァネッサにフロイドは不満が募る。百面相する顔が見えないのはつまらない。
「顔、隠すなよ」
「いやよ。マジカメの話題になりたくない」
「いまさらじゃん」
見せろよ、と腕を離して顔を隠す両手を剥がしにかかる。細い腕を掴みぐいぐい引っ張る。それでもヴァネッサの小さな顔には手で隠れたまま。
「顔みてぇんだけど」
「……バカにしたいだけでしょ」
「ちげぇよ。からかいたいだけ」
「最低」
細い指から目が現れてじとっと見られた。それだけでもいい。ヴァネッサはもっと自分だけを見ていればいいし、ずっと自分だけを見ていればいい。自分だけに振り回されていればいいと自分勝手なことを思いながらフロイドは小さな手を掴んで顔から引きはがす。今度はあっさりと外れた。
「オマエはずっとオレだけ見ていればいーじゃん」
「はぁ」
不服という顔をする彼女にフロイドの機嫌はさらに上がった。
* * *
機嫌がいいまま夜となり自分たち家族、それにヴァネッサたち家族は会場となったホテルに泊まることになった。かなりいい一室をどうやらホテルと懇意にしている彼女の両親が手配してくれたようだ。そして、気の早い両親によってフロイドの同室は彼女となった。
「なんでよ!」
けれどヴァネッサは自分と同室ということはご不満らしい。いや、不満ではなく――恥ずかしいようだ。今さらじゃんとフロイドは部屋を見回しながら言う。
「もうエッチもしている仲じゃん。同室ぐらいでガタガタ言うなよ」
「ちょ、なっ、言わないでよッ!」
顔を真っ赤にしながら「バカッ」と叫ぶ彼女にフロイドは首を傾げる。そこでひとつ閃いた。そういえば、そうだ。
「まだ人魚の姿でしてねぇから?」
「違う! もう黙って!」
顔だけじゃなく首から肩まで真っ赤にするヴァネッサ。怒り心頭の様子な彼女を見ながら「じゃー出てく?」と訊ねる。すると、真っ赤な彼女の怒りが萎む。
「それは、だって、部屋ないじゃない……」
「そーだね」
彼女の両親は同室、綺麗な姉は仕事ですでにホテルを出ている。片割れも今頃ジェイドと同室になって楽しんでいるだろう。
フロイドはにゅるっと彼女の傍に泳ぎ「どーすんの?」と訊ねる。すると、先ほどの勢いが飛んでもじもじ指を組み合わせながら「こ、ここでいい」と言う。まったく素直じゃない。
「ここでいいの?」
「……こ、ここがいいわ」
「ふぅん」
言い直して窺うヴァネッサに素っ気なく返す。まだ駄目かというように小さい唇がもごもご動くと「フロイドと一緒がいいわ」と言った。それにフロイドの満足ゲージが満タンになる。
「いーよ。じゃ、寝よぅ♪」
「わっ」
ぐいっと引っ張って全長の長いフロイドでも綺麗に納まる大きなベッドまで泳ぐ。寝心地の良さそうなベッドに先に引っ張った彼女を降ろす。そして、その隣に降りて横になる準備をする。
「じゃ、寝よ」
「ん」
ちょっと甘えぎみに頷くヴァネッサは可愛い。そして、横になったときの彼女の可愛さは初めてかもしれない。
「……随分小さくなって寝るんだね」
「そう?」
「うん」
ヴァネッサはきゅっと尾ヒレを抱えるように横になる。人間の姿のときもそう言えばキュッと足を閉じて膝を抱えるくらい丸くなって寝ている。今もその状態ということはこの寝方がいいということなんだろう。
「なんか可愛いね」
「……べつに狙ってないわよ」
「そうじゃなくってぇ、ふつうに可愛いってことぉ」
素直に受け入れればいいのに相変わらずツンツンしている。それも好きだからいいのだけれど。
フロイドは可愛いなぁって思いながら長い尾ヒレで彼女を囲い込む。それにビクと薄い肩が揺れてちょっと不安げに見上げて来る。
「なに……」
「ん? あーオレはいつもこんな感じだよ」
囲ってその尾ヒレで彼女を抱き寄せる。するとすっぽり腕の中に納まる。
「ほらこれでだいじょーぶ」
「……まぁ、いいわ」
ちょっと目元を赤らめたヴァネッサは恥ずかしそうに「おやすみなさい」と言って目を瞑る。もう少し話していたかったけれどしかたない。
「おやすみ、ヴァネッサ」
頬にキスをしてフロイドも眠りについた。
その日の深夜。フロイドは「痛いッ、痛いッ」という泣き声とバシバシと叩かれる痛みで起こされる。眠りを妨げられたことに怒りながら起きれば――泣きわめく恋人がいた。
「な、え、は?」
「痛いッ! フロイド、はやく緩めて!」
わぁと泣く彼女の細い身体を見て目を見開き慌てて尾を緩める。どうやら気づかぬうちに尾で囲っていた彼女を絞めてしまったようだ。
「も、いっしょにねないっ」
「ごめんって」
「もうひとりでねる!」
「あ~、悪かったって!」
「しらない!」
珍しく嫌々する彼女。それを宥めるのにフロイドはその後中々眠りにつくことができなかった。
珊瑚の海の首都。国王が住む宮殿を中心に広がる華やかなで暖かな場所。その首都でもっとも人気のホテルにフロイドは来ていた。何故来ているのかと父に呼び出されたからだ。父が首都で行われるパーティーに家族で出席すると珍しく自分と兄弟のジェイドを呼んだのだ。ジェイドと揃って本当に珍しいと思いながら本来の姿に戻って来た。
「すっげぇ」
パーティー会場となったのは首都でも最高レベルのホテルの大広間。挨拶は面倒だし、他の人魚に絡まれるのは面倒だけれど料理は美味い。それしかいいところがない、と思っていたら。
「フロイド?」
「ヴァネッサ?」
そこでこれまたバッタリと恋人と出会い。かつ、その家族に出会った。これは嫌な予感がする。いつの間にか両親がやって来て、あれよあれよと談笑が始まる。
フロイドは父親を盗み見れば恋人の父親と談笑している。その傍では母親同士で会話に華が咲いている。これはいよいよ面倒くさい。
「ねぇ。ジェイド、これってもしかして」
「まぁ利用されたんでしょうね」
「だよなぁ」
うげぇと半眼で父親を見る。どうやら兄弟そろって各国で顔の利く有名な音楽家の娘と付き合っていることに気づいて利用しに来たらしい。流石フロイドとジェイドの父親である。
「どーすんの」
「どうするもなにも僕らにどうすることもできないでしょ」
「はぁ?」
どうすることもできない。そんなわけない。そもそも高校生の息子の恋人がそのまま結婚するなんてどうしてそういう発想になる。これで別れたら商談相手としても気まずくないのか。そう考えて別れる可能性を一瞬でも考えてフロイドは気分が悪くなる。
「まぁ。父さんなら上手くやるんじゃないんですか?」
「相変わらず他人事だね」
「むしろ、そこまで気にしているあなたの方が珍しいですよ」
何か気になることでも、と眉を下げてギザギザの歯を見せる兄弟。自分はジェイドを愉しませるつもりはない。「べつに」と素っ気なく答えると――。
「ねぇ。フロイド」
「ん?」
腕を後ろに引かれてくるんと回る。振り向けば恋人のヴァネッサがいた。久々の人魚姿の彼女をまじまじ見れば「ちょっと」と険しい顔で手招きされる。
「なぁに?」
フロイドはにゅるっと近寄る。すると、小柄な彼女はあっという間に全長の長いフロイドに囲われてしまう。それに気づいているのかいないのか。警戒心のない彼女はフロイドの腕を掴みながら「どういうつもり」と聞いてきた。
「どういうつもりって?」
「あんたのお父様よ。あたしの父様に挨拶なんて」
「さぁ知らねぇ」
「ほんと?」
疑わしいという眼差しを向けて来るが本当に知らない。見当はつくけど何を目的にしているかはよく分からない。だから、こういう答えしかできない。
「そう……まぁ、あんたのお父様は覇権を握ろうなんてタイプじゃないだろうし」
むぅと考えだしたヴァネッサ。彼女の意識が完全に自分から逸れた。それがとても面白くない。
フロイドはムカムカしながら彼女の周りを長い尾ヒレでさらに囲っていく。尾ヒレで囲って言うことは上半身が近づくのだけれど。
――にっっっぶッ!
ヴァネッサは全く気付かない。いつものギュッと眉を寄せた照れ顔にならない。思考の海に泳ぎに入っている様子でそれもまたフロイドは楽しくない。
そろそろ気づいてほしいと背中から腕を回してツンツンと薄い肩を突く。
「ねぇ、ねぇ」
「な――ちょ、ちかいッ!」
ようやく気づいたヴァネッサの白い肌が瞬く間に赤くなる。逃げようとするのを軽く尾ヒレを絡める。それに彼女はさらに顔を赤くさせる。
「ちょ、離れてよ、フロイド!」
「え~やだぁ~」
「ちょ、ばかっ!」
分かりやすく慌てるヴァネッサの反応をからかうように笑う。彼女の目尻はつり上がっていくけれどすぐに暴れるのを諦めた。
「もう……あんたったら」
「あれ? もう暴れねぇの?」
「暴れたところで解いてくれるの?」
フロイドに比べたら短い尾ヒレを揺らすヴァネッサ。すると、彼女の尾ヒレは光を受けてキラキラと輝く。その美しさはきっと綺麗に手入れされているからだろう。
キラキラ艶々な尾ヒレに喉がキュっとなる。そして、すぐに周りを見れば一部の雄共が彼女の尾ヒレに釘づけになっていた。
その熱心で邪な眼差しから彼女を隠すように抱き寄せて尾ヒレを隠すように巻き付く。
「ひっ! ちょ、フロイド!」
ヴァネッサのうわずった声はすぐに聞こえた。うるせぇなと思いながら無視する。
彼女は自分自身の容姿が整っていることは理解している。だが、どうにもその効力をあまり考えていない。一番上の姉が真珠のように美しいと異次元の美貌を持っているからだろうか。だが、彼女も十分魅力的な容姿をしている。フロイドだって容姿がいいと分かるくらいなのだから相当だ。だが、別にそこを〝スキ〟になったわけではない。だのに他の雄は見てくれだけを求める。いや見てくれがいいのはいいけれど。
「ちょ、ふろ、くる、くるしいぃっ」
「あ?」
腕の中に閉じ込めたヴァネッサの抗議。腕を緩めて見下ろす。そこには顔を真っ赤に染めたままの彼女がいた。何か言いたげだけど何も言えない何とも言えない顔をしている。ちょっと可愛くないけれど可愛い。
「なにその顔」
「は、離してちょうだい」
「まだ駄目」
「りょ、両親いるのに」
「べつにいーじゃん」
両親の年代はフロイドたちの年齢で稚魚がいるのは普通だった。だから、この年齢で恋人とイチャイチャしていても問題ない。
「うっ、うぅ、最悪」
顔を綺麗で小さな手で顔を隠すヴァネッサにフロイドは不満が募る。百面相する顔が見えないのはつまらない。
「顔、隠すなよ」
「いやよ。マジカメの話題になりたくない」
「いまさらじゃん」
見せろよ、と腕を離して顔を隠す両手を剥がしにかかる。細い腕を掴みぐいぐい引っ張る。それでもヴァネッサの小さな顔には手で隠れたまま。
「顔みてぇんだけど」
「……バカにしたいだけでしょ」
「ちげぇよ。からかいたいだけ」
「最低」
細い指から目が現れてじとっと見られた。それだけでもいい。ヴァネッサはもっと自分だけを見ていればいいし、ずっと自分だけを見ていればいい。自分だけに振り回されていればいいと自分勝手なことを思いながらフロイドは小さな手を掴んで顔から引きはがす。今度はあっさりと外れた。
「オマエはずっとオレだけ見ていればいーじゃん」
「はぁ」
不服という顔をする彼女にフロイドの機嫌はさらに上がった。
* * *
機嫌がいいまま夜となり自分たち家族、それにヴァネッサたち家族は会場となったホテルに泊まることになった。かなりいい一室をどうやらホテルと懇意にしている彼女の両親が手配してくれたようだ。そして、気の早い両親によってフロイドの同室は彼女となった。
「なんでよ!」
けれどヴァネッサは自分と同室ということはご不満らしい。いや、不満ではなく――恥ずかしいようだ。今さらじゃんとフロイドは部屋を見回しながら言う。
「もうエッチもしている仲じゃん。同室ぐらいでガタガタ言うなよ」
「ちょ、なっ、言わないでよッ!」
顔を真っ赤にしながら「バカッ」と叫ぶ彼女にフロイドは首を傾げる。そこでひとつ閃いた。そういえば、そうだ。
「まだ人魚の姿でしてねぇから?」
「違う! もう黙って!」
顔だけじゃなく首から肩まで真っ赤にするヴァネッサ。怒り心頭の様子な彼女を見ながら「じゃー出てく?」と訊ねる。すると、真っ赤な彼女の怒りが萎む。
「それは、だって、部屋ないじゃない……」
「そーだね」
彼女の両親は同室、綺麗な姉は仕事ですでにホテルを出ている。片割れも今頃ジェイドと同室になって楽しんでいるだろう。
フロイドはにゅるっと彼女の傍に泳ぎ「どーすんの?」と訊ねる。すると、先ほどの勢いが飛んでもじもじ指を組み合わせながら「こ、ここでいい」と言う。まったく素直じゃない。
「ここでいいの?」
「……こ、ここがいいわ」
「ふぅん」
言い直して窺うヴァネッサに素っ気なく返す。まだ駄目かというように小さい唇がもごもご動くと「フロイドと一緒がいいわ」と言った。それにフロイドの満足ゲージが満タンになる。
「いーよ。じゃ、寝よぅ♪」
「わっ」
ぐいっと引っ張って全長の長いフロイドでも綺麗に納まる大きなベッドまで泳ぐ。寝心地の良さそうなベッドに先に引っ張った彼女を降ろす。そして、その隣に降りて横になる準備をする。
「じゃ、寝よ」
「ん」
ちょっと甘えぎみに頷くヴァネッサは可愛い。そして、横になったときの彼女の可愛さは初めてかもしれない。
「……随分小さくなって寝るんだね」
「そう?」
「うん」
ヴァネッサはきゅっと尾ヒレを抱えるように横になる。人間の姿のときもそう言えばキュッと足を閉じて膝を抱えるくらい丸くなって寝ている。今もその状態ということはこの寝方がいいということなんだろう。
「なんか可愛いね」
「……べつに狙ってないわよ」
「そうじゃなくってぇ、ふつうに可愛いってことぉ」
素直に受け入れればいいのに相変わらずツンツンしている。それも好きだからいいのだけれど。
フロイドは可愛いなぁって思いながら長い尾ヒレで彼女を囲い込む。それにビクと薄い肩が揺れてちょっと不安げに見上げて来る。
「なに……」
「ん? あーオレはいつもこんな感じだよ」
囲ってその尾ヒレで彼女を抱き寄せる。するとすっぽり腕の中に納まる。
「ほらこれでだいじょーぶ」
「……まぁ、いいわ」
ちょっと目元を赤らめたヴァネッサは恥ずかしそうに「おやすみなさい」と言って目を瞑る。もう少し話していたかったけれどしかたない。
「おやすみ、ヴァネッサ」
頬にキスをしてフロイドも眠りについた。
その日の深夜。フロイドは「痛いッ、痛いッ」という泣き声とバシバシと叩かれる痛みで起こされる。眠りを妨げられたことに怒りながら起きれば――泣きわめく恋人がいた。
「な、え、は?」
「痛いッ! フロイド、はやく緩めて!」
わぁと泣く彼女の細い身体を見て目を見開き慌てて尾を緩める。どうやら気づかぬうちに尾で囲っていた彼女を絞めてしまったようだ。
「も、いっしょにねないっ」
「ごめんって」
「もうひとりでねる!」
「あ~、悪かったって!」
「しらない!」
珍しく嫌々する彼女。それを宥めるのにフロイドはその後中々眠りにつくことができなかった。
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