フロイド
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最低最悪日和
「あ~くそッ、最悪ッ!」
最近下ろしたばかりのパンプスで砂を蹴りながら滅多に吐き出さない汚い言葉を吐き出す。ここにもし姉様がいて聞いていたら困った顔で「そんな汚い言葉遣いしないの」と注意される言葉だ。
あたしだって本当は吐き出したくない。でも、汚い言葉で悪態をつかないと次から次へと溢れ出す涙が止まらない。
「あぁ、もうなんなのよッ!」
本当は目元を擦りたいけれどバッチリと化粧した目元だ。そんなことをしたら袖も顔も大惨事間違いなし。でも、だからってこのまま泣き続けても顔は大惨事になることは避けられない。目元の化粧が崩れないように涙を指払いながら賢者の島の砂浜を歩く。
「まだかしら」
行きたい場所はもっと奥まった場所。だのに、全然辿り着かない。パンプスのせいか砂に足が取られて進まない。これだから足で歩く砂浜は嫌い。
苛立ちに一度止まりならパンプスを脱いで歩いてやる。手でパンプスを脱いで裸足で砂浜を歩こうとしたとき足の裏に鋭い痛みが走る。
「ぐっ、ぅっ、ぁ~、もうッ!」
苛立ちと足の痛みに苛立ちがピークを迎えようとしたときだった。
「なぁにしてんの?」
間延びした呑気な声がした。後ろを振り返ると腐れ縁で繋がる好きな人がいた。その姿に少し安心した。けど、緩みそうになる目に力を何とか入れたままにする。
この男に隙を見せればもうイヤになるくらい突き回してくる。男だろうが女だろうが関係ない。腐れ縁で繋がりのある女でももちろん弱っていても関係ない。
好きな相手に対して酷い評価をしているけれどこいつはそういう男。で、そういう男だと分かっていながらこの男が好きなんだからあたしも大概趣味が悪い。
「なに」
弱っている姿を見せないようにツンケンと突き返せばフロイドの眉根がギュッと眉間に寄る。不機嫌になるならなればいいと八つ当たり気味なことを考える。それよりもあたしは足の裏が痛い。
そっと上げればどうやら貝殻が割れた破片で切ってしまったらしい。やんなると足を上げて座って平気そうなのを確認して砂浜に座る。
「切ったの?」
「貝殻の破片でね」
ぬるりと傍にやって来たフロイドにもう驚きはしない。そして、先ほどまで怒り心頭と言うほどに頭に上っていた血も急激に下がっていく。勿論、足を切って血を流したからではない。
冷静になりだした頭でマジカルペンをブレスレット型からペン型に戻す。医療魔法を使って応急措置をしようとしたときだった。
「ん?」
あたしが魔法を使うより早く魔法の粉が傷口を覆う。あっという間に傷口の血は止まり綺麗になった。ぼんやりと見ていると目の前に薄紫の布が現れた。
「これ。使っていーよ」
「ありがとう」
やっぱりフロイドか。後から見返りが面倒臭いなと思いながら布を受け取って遠慮なく足に巻く。すると、「あ、そっち」と言われた。「え、何」と顔を横に向ければ何とも言い難い顔をしたフロイドがいた。それから一瞬斜め上を見てからフロイドは自分の顔を長い指で顔をちょんちょんと指した。
「顔。お前の顔ひでぇから」
「……ウソ」
「ウソじゃねぇし」
まさか、と思いながらコンパクトを取り出して見ればなるほど酷い。でも、まだ許容範囲。どうせここから学校に戻るゲートのある店は遠くないし。
「直さねぇの?」
「今何も持ってないの」
「ふぅん……つーか、どうしてそんな顔になったんだよ」
聞かれて忘れかけていたわけではないけれど光景を思い出してイヤになる。
ついさっきまであたしはロイヤルソードアカデミーでグループ学習をしていた。グループといっても他の生徒が来ずにあたしとロイヤルソードの生徒二人だけ。これだけであたしはすぐ他の奴らに図られたことを理解した。だから、すぐに作業が終わるように何とか和やかにかつ迅速に資料を纏めていた。でも、相手は違ったみたい。のろかったし。
それでもあと少しで終わるというときに隙を見せてしまった。いや、でもあれでどうしてキスをされたのか理解ができない。そもそもあたしと彼の間に今までいい雰囲気になったことなどないのに。
ぐっ、とカサついた唇を思い出して唇を噛む。本当に最悪とあたしは彼の制止も聞かずにこうしてここまでやって来た。あのあと、認識阻害魔法などを駆使して来たから彼がここまで来ることはないだろう。たぶん。
「唇切れそうだけど?」
「うるさい」
パッと唇を噛むのをやめる。それでも先ほど触れた唇の感触を思い出してぐいぐいと拭う。荒れてもしょうがない。今日の夜しっかりケアをしようと考えていたけれど。
「それもやめろよ」
腕を取られてフロイドに止められた。それが鬱陶しくて腕を振って払う。フロイドはあたしの行動を咎めることはなかった。イラつくかなと思ったけれど何も言ってこなかった。なんて不気味なんだろ。普段のフロイドならすでにイラついてあたしのことなど無視してどっか行っている頃だ。
もしかして偽物かなにかなのかしら。怪訝にフロイドを見れば眉根を寄せて「んだよ」と返して来た。それでもフロイドはどっか行くことなくただ隣にいた。やはりいつもと違って不気味。
「あんた何か変なもの食べた? それとも失敗した魔法薬でも飲んだ?」
どっちも好奇心旺盛なフロイドならありえる話だ。でなければこんなにフロイドがあたしに〝優しい〟わけがない。もしかしたら何か企んでいる。いや、アズールやジェイドじゃあるまいし、フロイドがそこまで考えるか。
「どうして今日のあんた優しいのよ」
「変」「おかしい」と繋げればフロイドが目を丸くして瞬いた。それが可愛くて胸がキュンとするけれど今はそういう場面じゃない。
うう゛んと喉を鳴らして誤魔化すとフロイドが「だって」と話し出した。なにって横を向けば何故かすぐ目の前にフロイドの顔があった。そのあまりの近さに声も出ずに驚くあたしなど気にすることなくフロイドの口が開いた。
「だって、好きな奴が泣いているから」
「気になるじゃん」とついでのように言われてあたしは絶句した。
好きな奴ですって、あんたの好きな子は最近やたらと話している小エビちゃんじゃないの。そうじゃなくても好きな奴って言ったらもうアズールとかジェイドとかのレベルじゃないの。てか、今まであたしが好きなんて素振り一切なかったじゃない。
あたしは「ハッ」と笑ってフロイドから逃げるように顔を前に向ける。眼前に広がる夕焼けに染まる海。もうすぐ暮れるから早く帰らないと。
「帰る」
立ち上がった瞬間に足の裏が痛む。その痛みに思わず身体がふらつくと腕を取られた。
「あぶねぇじゃん」
「うるさいわね」
「助けたんだけどぉ」
「うるさいッ!」
「頼んでいない!」、「放っておいて!」可愛くないことを叫びながら腕を振り払うけれど中々手が離れない。無駄に大きい手が忌々しく離してくれない手が腹立たしい。くそ、と思って払うのを止める。
「帰んだろ。送る」
「いい……」
可愛くない返事をする自分が嫌になる。でも、どうしたらいい。好きだった男の子から好きな子なんて信じられない言葉を貰った。普通の女の子ならもっと可愛く対応できるんだろうけどあたしはムリ。だって、この男のことを信用してはいけないって一番分かっているから。
髪で顔を隠すように俯いていると「痛い?」と優しい声をかけられた。そんな優しい声聞いたことなかった。何がどうあったのか本当に分からない。でも、フロイドがウソをつくメリットなんてない。だって、フロイドだってあたしが頭が花畑みたいな女の子じゃないことを知っている。だから、余計に分からない。ぐるぐる考えていると何だかまた涙腺が弱くなってくる。だけど泣いているのを見られたくなくて目に力を入れてなんとか耐える。
「やっぱり痛てぇんじゃねぇの?」
「痛くなんかないって!」
「なら、顔あげろよ」
「うっ」
顎を掴まれて無理矢理上げさせられた。好きな子にする奴がいるか、とイラついていると覗き込んで来たフロイドに顔をバッチリ見られた。本当にイヤ。
フロイドはマジマジとあたしの酷い顔を見つめ続ける。そこまでしげしげ見つめるものかと無理矢理顔を動かせば顎からパッと手が離れた。でも、やっぱり腕は離してくれない。
「もう。いいでしょ。一人で帰れるから」
「やだ」
「もう、ふろい――ッ!」
今度は腕が引っ張られて身体が倒れると思った。目を瞑って衝撃に耐えるけれど衝撃は来なかった。その代り身体がしっかり支えられ、足が砂浜から離れて身体が浮いた。
「え、ちょっ、なにっ」
「こーすればお前も大人しくなるかなぁって」
へへ、と可愛らしく笑うフロイドに怒りを通り越して呆れた。もう面倒臭い。強張っていた身体からゆるゆると力が抜ける。もうどうでもいいや、とりあえず。
「はぁ。じゃ、フロイド、タクシーお願いします」
「タクシーってウケるんだけど」
「何がウケるのよ……とりあえずここから――」
「んじゃ、あっち行こうぜぇ!」
ゲートのある店の場所を言おうとした瞬間フロイドの嬉々とした声が上がる。あたしは「は?」と呆けた声を出した瞬間フロイドが海に向かって歩き出した。
「ちょ! フロイド! どこ行くのよ!」
「は? 目の前の海に決まってんじゃん」
「バカ! 靴! 服!」
「さっき、脱いだから靴も靴下もへーきだし、制服はどーにかなるんじゃねぇの?」
あっけからんとしたフロイド。こいつ絶対に何も考えていない。というか、靴のことしか考えていないのが丸わかり。てか、何でいきなり海になんかお互い人魚でも元に戻る薬もないのに。それともフロイドは持ってんのかしら。
「フロイド。あんた人魚に戻るの?」
「ん? 薬ねぇからムリだけど?」
「は? なら、どーして海なの?」
「お前が元気ねぇから」
「だから海」と言い切るフロイドは真っ直ぐ向いてまた歩き出す。あたしはその顔を見上げてシャラシャラ揺れるピアスを見る。涼しげな音に紛れて初めて海の音が聞こえた気がした。そっかあたしは海に入りたかったんだ。だからここに来たんだ。ああ、すっかり忘れていた。
「海、そう海ね」
「行きたかったんでしょ」
「そうよ。だから、ここに来たんだもの」
ギュッとフロイドのジャケットを握って頷く。彼が笑った気がする。
「あはっ、いきなり大人しくなっておもしれぇな」
「うるさいわね」
言ってあたしは海の中に入っていくフロイドを止めなかった。パシャと足に海水がかかる。それだけであたしは本来の姿に戻ったような気がする。
「ねぇ。下ろしてよ」
「やだ。お前足、怪我してんだろ」
「平気よ」
「だめ。ばい菌はいんだろ」
ばい菌って子どもじゃあるまいし。けど、フロイドの言い方が可愛かったからいいや。
「今の言い方がよかったからこのままでいる」
「そ。で、どこまで行く?」
「どこまで連れてってくれんのよ」
「んー……どこまでも?」
らしくない言い方に思わずフロイドを凝視する。下から見たフロイドの顔は殆ど見えない。けれど白い頬が夕焼けに照らされた色にしては赤い。自分でもらしくないことを言ったと思っているらしい。
「ふっふふ。なら、どこまでも連れていきなさいよ」
「あはっ。言ってくれんじゃん」
有言実行してみなさいよ、そう言えば身体が揺れる。フロイドが走り出したからだ。走り出すフロイドの身体にしがみついてあたしは声をあげて笑った。
暫く、フロイドに振り回されたあたしは彼の「疲れた」という言葉と共に降ろされた。再び砂浜に降ろされたあたしは「楽しかった」と自然と言葉が零れた。
「じゃ、帰るわ」
「……で、結局なんで泣いてたんだよ」
「えぇ。今さら聞く?」
せっかく忘れていたのに。唇を尖らせて言えばフロイドは「気に何じゃん」と言い返して来た。それにあたしはもういいかなって思って話した。そう。話したら。
「はぁ゛?」
「うわ。声低っ」
顔もいつもの可愛い顔立ち要素ゼロ。ギャングのそれよ。ギャングの。一体全体なんでそんな反応なのか。あたしは自分が怒り狂っていたのを棚に上げて腕を組んで見上げる。
「もうどうでもいいからいいのよ」
「オレはムリ」
ぷんと顔を背けるフロイド。いや、あんたがムリとかなんなのよ。呆れたと溜息をつけば「いいわけねぇじゃん」と拗ねた声が聞こえた。
「何でよ。あたしはもういいわ。犬に噛まれた? と思っておくことにしたんだから」
「お前は、だろ。オレはイヤ」
「だから、何で?」
「分かんねぇの?」
拗ねた表情から徐々に困惑と苛立ちを孕んだものになる。フロイドもそんな複雑な顔できるのねって思ったら溜息をつかれた。
「あ゛~お前さっきの忘れたわけ?」
「さっきのって……」
忘れていたもうひとつのことを思い出す。途端にあたしの中で「ウソでしょ」っていう冷たく言い放つあたしが現れた。だって、どんなに優しくされても彼の言葉をどうしたってあたしの心に響かない。
「あたしのこと好きってやつ?」
「それ。忘れた?」
「ついさっきまで」
「ひでぇ」と言うフロイドにあたしは肩を竦める。なるべく気にしていないという態度で。それからなんてことないっていうのを装って口を開く。
「はぁ。どうせ元気にさせようとして言ってくれたんでしょ」
「友達として好きなんでしょ」確認を取るように言えばフロイドの瞳孔がキュゥっと小さくなった。あ、この反応は本気に怒っているかイラついている。でも、仕方ないじゃない。
「んなわけねぇだろ。流石にオレのこと馬鹿にし過ぎ」
「はぁ。バカにしてんのはあんたの方でしょ」
何でもないように、何でもないように。素っ気なくを心の中で念じながら言う。でないと胸ぐらを掴んで「ふざけてんの!」と叫んでしまいそう。いや、それくらいしてもいいほど突然のことだったかもしれない。
「あんたの好きな子は面白かったりあんた自身を飽きさせない子とかそんなんでしょ」
あたしはあんたのお眼鏡には叶わない女。取柄といえば見た目とか音楽くらい。世界的歌姫の姉様や多彩な双子の姉妹と比べれば平々凡々な方だ。性格だって面白いかって言ったらそうじゃない。寧ろひねくれて可愛くない。ほんとにフロイドから見れば魅力の欠片もない女。
「はぁ。あんたの態度を思い返してみなさい。あたしが『嬉しいわ。ありがとう』なんて返すわけないでしょ」
「分からない?」と言ってあたしはフロイドから海へと視線を向ける。もう暗い。夕暮れの空すらなくなっている。門限の限界が刻々と近づいている。
「帰るわ。フロイドも遅くならないうちに帰りましょう」
彼を見ずにパンプスを両手に持って歩き出す。足を魔法で守って素足で帰ろうと足を踏み出す。砂浜を歩いているのに砂を踏みしめる感触があまりない。ほぼ浮いているという感じだからそうなるか。それはちょっと寂しいって思っていると「ねぇ」って呼ばれた。
「なに」
振り返りながら返事をすればフロイドは少し離れたところに立っていた。いつもの甘ったるい声で呼んだくせに顔はいつもと違った。なんか真剣で普段よりも男っぽかった。それにドキと胸を高鳴らせながら彼が話し出すのを待つ。
「なぁ。どーしたら好きって伝わんの?」
「あんたがあたしのことを女として?」
「そ」
あたし考えてみるけれど一向に自分が「嬉しい」となるのが想像できない。どう答えようか考えあぐねいているとフロイドが近寄って来た。
「答えらんねぇの?」
「だって、あんたがそう真摯な態度――あ」
ピンと思いついたことがあった。すっかり忘れていた。あたしたちは人間ではない。人魚だった。ひとつ、それっぽいことがあった。
「求愛行動、でもしてみれば?」
「求愛ぃ?」
嫌そう顔をするフロイドにあたしは肩をすくめる。ほら、しょせんそんな程度でしょ。だったら思い違いってなるでしょ。それにあたしの心臓は傷のひとつもつかない。だって、あたしの心に響いていないんだから。だから、フロイドに求愛をされたからといって響くかなんてわからないけれど。
「物は試しでやってみなさいよ」
「なに上から目線になってんだよ」
「腹立つ」フロイドが苛立たし気に舌打ちをするのに呆れる。好きな奴っていうくらいなら好きな子のためにちょっと頑張ってみなさいよ。でなければ本当に好きな子が出来たときに苦労する羽目になるっての。
「ふぅーん。ま、それでどうにかなんならいっか」
ムッとした顔から一転ニヤッといつもの顔になる。これにイヤな予感がする。
ニヤケた顔のまま高いところにある顔を寄せて来る。
「だって、お前、オレのこと好きじゃん? なら、後はらくしょーじゃん」
「は?」
目を白黒させながらフロイドを凝視する。
あたしがフロイドを好き。それはそうで本当のことだ。間違いのないこと。でも、なんで、フロイドが知ってんの。というか、あたしもフロイドに対しては好きな人ですっていうアピールしていない。いや、だって、だって、恋人になれたらいいなとかなりたいっていうためのアピールなんて無駄だからしたことなんてない。
血の気が引いていく顔で見ればフロイドが困った顔をする。
「どうしてそんな顔すんだよ」
「だ、だって、知って」
「まぁ、何となくわかるっつーか」
「隠してるつもりだった」と言いたげなフロイドにあたしは羞恥心が爆発する。血の気が引いていた顔が今度は熱くてたまらなかった。
「か、帰るッ!」
「あ、」
「いッッ!」
同様で切れた魔法。思いきり踏み込んだ足がすごく痛い。痛い。あまりの痛さに蹲る。
「何してんだよ」
「うるさい。あんたのせいよ」
「八つ当たりかよ」
そうよ。八つ当たり。だって、だって、フロイドに見せていた姿がとっても滑稽じゃない。そうよ。それに、なら、やっぱり、フロイドの今さらな告白の意味はなんなの。
考えても、考えてもわからない。もう今日は最悪。やだ、やだ、やだ。
「泡になって消えたい」
思わず呟いたことに本当に今この場から消えたくなった。泡ぶくになって消えたい。海に溶けて風に溶けてしまいたい。
「それはオレがイヤ」
「わっ」身体の浮遊感。足から砂が離れていく。痛みも引いていく。ぷらんとまた揺れる素足。あたしはまたフロイドに抱き上げられた。
「降ろしてよ」
「やだ」
そうキッパリ返したフロイドはズンズン進んでいく。あたしはもう何も言えずにフロイドの身体に身を預けた。
「いつから知ってたの?」
「ずっと前から」
「最悪」
「は? 何がだし」
分からないでしょ。でも、最悪、最悪、最悪なの。もう聞かないで、と鼻を啜る。
「お前って分かんねぇ」
「あんたも分からない」
なんで今になって好きなんて告白するの。なんで今になって好きだろって指摘するの。黙っていてよ。告白はウソだって言ってよ。もうネタばらししてよ。ねぇ。なんで黙っているの。でも、いくらまってもフロイドの口から「ウソ」なんて出てこなかった。
「ありがとう」
「ん」
ゲートのある店で降ろされる。足は店主が足に負担にならないように手当をしてくれたからもう痛くない。パンプスを持ってあたしは素直にお礼を言う。フロイドも茶化すことなく頷いた。
もう別れの時間。これ以上言うことないし、ささっとゲートを潜ればいいのに。あたしは性懲りもなく振り返る。
「なに?」
首を傾げるフロイドにあたしは何かを言いかけて口を開くけれどすぐに閉じる。でも、何かと開きかけたときカウンターから「時間がないよ」と言われてしまった。
「また、ね」
「ん。じゃーね」
それだけ絞り出してあたしはゲートを潜った。
ゲートを潜ると瞬く間に学校のゲートが集合する大広間に出ていた。まるで舞踏会をするような大広間をあたしは突っ切る。でも、一歩、一歩踏み出すうちに涙腺が崩壊していく。また涙が溢れて出て来る。
「ふっ、ぁっ、もう、やだっ、ほんとっ、きらい、きらい、ぅう~~っ」
大広間を突っ切った後もあたしの涙は止まらなかった。
2023.08.04 誤字修正
「あ~くそッ、最悪ッ!」
最近下ろしたばかりのパンプスで砂を蹴りながら滅多に吐き出さない汚い言葉を吐き出す。ここにもし姉様がいて聞いていたら困った顔で「そんな汚い言葉遣いしないの」と注意される言葉だ。
あたしだって本当は吐き出したくない。でも、汚い言葉で悪態をつかないと次から次へと溢れ出す涙が止まらない。
「あぁ、もうなんなのよッ!」
本当は目元を擦りたいけれどバッチリと化粧した目元だ。そんなことをしたら袖も顔も大惨事間違いなし。でも、だからってこのまま泣き続けても顔は大惨事になることは避けられない。目元の化粧が崩れないように涙を指払いながら賢者の島の砂浜を歩く。
「まだかしら」
行きたい場所はもっと奥まった場所。だのに、全然辿り着かない。パンプスのせいか砂に足が取られて進まない。これだから足で歩く砂浜は嫌い。
苛立ちに一度止まりならパンプスを脱いで歩いてやる。手でパンプスを脱いで裸足で砂浜を歩こうとしたとき足の裏に鋭い痛みが走る。
「ぐっ、ぅっ、ぁ~、もうッ!」
苛立ちと足の痛みに苛立ちがピークを迎えようとしたときだった。
「なぁにしてんの?」
間延びした呑気な声がした。後ろを振り返ると腐れ縁で繋がる好きな人がいた。その姿に少し安心した。けど、緩みそうになる目に力を何とか入れたままにする。
この男に隙を見せればもうイヤになるくらい突き回してくる。男だろうが女だろうが関係ない。腐れ縁で繋がりのある女でももちろん弱っていても関係ない。
好きな相手に対して酷い評価をしているけれどこいつはそういう男。で、そういう男だと分かっていながらこの男が好きなんだからあたしも大概趣味が悪い。
「なに」
弱っている姿を見せないようにツンケンと突き返せばフロイドの眉根がギュッと眉間に寄る。不機嫌になるならなればいいと八つ当たり気味なことを考える。それよりもあたしは足の裏が痛い。
そっと上げればどうやら貝殻が割れた破片で切ってしまったらしい。やんなると足を上げて座って平気そうなのを確認して砂浜に座る。
「切ったの?」
「貝殻の破片でね」
ぬるりと傍にやって来たフロイドにもう驚きはしない。そして、先ほどまで怒り心頭と言うほどに頭に上っていた血も急激に下がっていく。勿論、足を切って血を流したからではない。
冷静になりだした頭でマジカルペンをブレスレット型からペン型に戻す。医療魔法を使って応急措置をしようとしたときだった。
「ん?」
あたしが魔法を使うより早く魔法の粉が傷口を覆う。あっという間に傷口の血は止まり綺麗になった。ぼんやりと見ていると目の前に薄紫の布が現れた。
「これ。使っていーよ」
「ありがとう」
やっぱりフロイドか。後から見返りが面倒臭いなと思いながら布を受け取って遠慮なく足に巻く。すると、「あ、そっち」と言われた。「え、何」と顔を横に向ければ何とも言い難い顔をしたフロイドがいた。それから一瞬斜め上を見てからフロイドは自分の顔を長い指で顔をちょんちょんと指した。
「顔。お前の顔ひでぇから」
「……ウソ」
「ウソじゃねぇし」
まさか、と思いながらコンパクトを取り出して見ればなるほど酷い。でも、まだ許容範囲。どうせここから学校に戻るゲートのある店は遠くないし。
「直さねぇの?」
「今何も持ってないの」
「ふぅん……つーか、どうしてそんな顔になったんだよ」
聞かれて忘れかけていたわけではないけれど光景を思い出してイヤになる。
ついさっきまであたしはロイヤルソードアカデミーでグループ学習をしていた。グループといっても他の生徒が来ずにあたしとロイヤルソードの生徒二人だけ。これだけであたしはすぐ他の奴らに図られたことを理解した。だから、すぐに作業が終わるように何とか和やかにかつ迅速に資料を纏めていた。でも、相手は違ったみたい。のろかったし。
それでもあと少しで終わるというときに隙を見せてしまった。いや、でもあれでどうしてキスをされたのか理解ができない。そもそもあたしと彼の間に今までいい雰囲気になったことなどないのに。
ぐっ、とカサついた唇を思い出して唇を噛む。本当に最悪とあたしは彼の制止も聞かずにこうしてここまでやって来た。あのあと、認識阻害魔法などを駆使して来たから彼がここまで来ることはないだろう。たぶん。
「唇切れそうだけど?」
「うるさい」
パッと唇を噛むのをやめる。それでも先ほど触れた唇の感触を思い出してぐいぐいと拭う。荒れてもしょうがない。今日の夜しっかりケアをしようと考えていたけれど。
「それもやめろよ」
腕を取られてフロイドに止められた。それが鬱陶しくて腕を振って払う。フロイドはあたしの行動を咎めることはなかった。イラつくかなと思ったけれど何も言ってこなかった。なんて不気味なんだろ。普段のフロイドならすでにイラついてあたしのことなど無視してどっか行っている頃だ。
もしかして偽物かなにかなのかしら。怪訝にフロイドを見れば眉根を寄せて「んだよ」と返して来た。それでもフロイドはどっか行くことなくただ隣にいた。やはりいつもと違って不気味。
「あんた何か変なもの食べた? それとも失敗した魔法薬でも飲んだ?」
どっちも好奇心旺盛なフロイドならありえる話だ。でなければこんなにフロイドがあたしに〝優しい〟わけがない。もしかしたら何か企んでいる。いや、アズールやジェイドじゃあるまいし、フロイドがそこまで考えるか。
「どうして今日のあんた優しいのよ」
「変」「おかしい」と繋げればフロイドが目を丸くして瞬いた。それが可愛くて胸がキュンとするけれど今はそういう場面じゃない。
うう゛んと喉を鳴らして誤魔化すとフロイドが「だって」と話し出した。なにって横を向けば何故かすぐ目の前にフロイドの顔があった。そのあまりの近さに声も出ずに驚くあたしなど気にすることなくフロイドの口が開いた。
「だって、好きな奴が泣いているから」
「気になるじゃん」とついでのように言われてあたしは絶句した。
好きな奴ですって、あんたの好きな子は最近やたらと話している小エビちゃんじゃないの。そうじゃなくても好きな奴って言ったらもうアズールとかジェイドとかのレベルじゃないの。てか、今まであたしが好きなんて素振り一切なかったじゃない。
あたしは「ハッ」と笑ってフロイドから逃げるように顔を前に向ける。眼前に広がる夕焼けに染まる海。もうすぐ暮れるから早く帰らないと。
「帰る」
立ち上がった瞬間に足の裏が痛む。その痛みに思わず身体がふらつくと腕を取られた。
「あぶねぇじゃん」
「うるさいわね」
「助けたんだけどぉ」
「うるさいッ!」
「頼んでいない!」、「放っておいて!」可愛くないことを叫びながら腕を振り払うけれど中々手が離れない。無駄に大きい手が忌々しく離してくれない手が腹立たしい。くそ、と思って払うのを止める。
「帰んだろ。送る」
「いい……」
可愛くない返事をする自分が嫌になる。でも、どうしたらいい。好きだった男の子から好きな子なんて信じられない言葉を貰った。普通の女の子ならもっと可愛く対応できるんだろうけどあたしはムリ。だって、この男のことを信用してはいけないって一番分かっているから。
髪で顔を隠すように俯いていると「痛い?」と優しい声をかけられた。そんな優しい声聞いたことなかった。何がどうあったのか本当に分からない。でも、フロイドがウソをつくメリットなんてない。だって、フロイドだってあたしが頭が花畑みたいな女の子じゃないことを知っている。だから、余計に分からない。ぐるぐる考えていると何だかまた涙腺が弱くなってくる。だけど泣いているのを見られたくなくて目に力を入れてなんとか耐える。
「やっぱり痛てぇんじゃねぇの?」
「痛くなんかないって!」
「なら、顔あげろよ」
「うっ」
顎を掴まれて無理矢理上げさせられた。好きな子にする奴がいるか、とイラついていると覗き込んで来たフロイドに顔をバッチリ見られた。本当にイヤ。
フロイドはマジマジとあたしの酷い顔を見つめ続ける。そこまでしげしげ見つめるものかと無理矢理顔を動かせば顎からパッと手が離れた。でも、やっぱり腕は離してくれない。
「もう。いいでしょ。一人で帰れるから」
「やだ」
「もう、ふろい――ッ!」
今度は腕が引っ張られて身体が倒れると思った。目を瞑って衝撃に耐えるけれど衝撃は来なかった。その代り身体がしっかり支えられ、足が砂浜から離れて身体が浮いた。
「え、ちょっ、なにっ」
「こーすればお前も大人しくなるかなぁって」
へへ、と可愛らしく笑うフロイドに怒りを通り越して呆れた。もう面倒臭い。強張っていた身体からゆるゆると力が抜ける。もうどうでもいいや、とりあえず。
「はぁ。じゃ、フロイド、タクシーお願いします」
「タクシーってウケるんだけど」
「何がウケるのよ……とりあえずここから――」
「んじゃ、あっち行こうぜぇ!」
ゲートのある店の場所を言おうとした瞬間フロイドの嬉々とした声が上がる。あたしは「は?」と呆けた声を出した瞬間フロイドが海に向かって歩き出した。
「ちょ! フロイド! どこ行くのよ!」
「は? 目の前の海に決まってんじゃん」
「バカ! 靴! 服!」
「さっき、脱いだから靴も靴下もへーきだし、制服はどーにかなるんじゃねぇの?」
あっけからんとしたフロイド。こいつ絶対に何も考えていない。というか、靴のことしか考えていないのが丸わかり。てか、何でいきなり海になんかお互い人魚でも元に戻る薬もないのに。それともフロイドは持ってんのかしら。
「フロイド。あんた人魚に戻るの?」
「ん? 薬ねぇからムリだけど?」
「は? なら、どーして海なの?」
「お前が元気ねぇから」
「だから海」と言い切るフロイドは真っ直ぐ向いてまた歩き出す。あたしはその顔を見上げてシャラシャラ揺れるピアスを見る。涼しげな音に紛れて初めて海の音が聞こえた気がした。そっかあたしは海に入りたかったんだ。だからここに来たんだ。ああ、すっかり忘れていた。
「海、そう海ね」
「行きたかったんでしょ」
「そうよ。だから、ここに来たんだもの」
ギュッとフロイドのジャケットを握って頷く。彼が笑った気がする。
「あはっ、いきなり大人しくなっておもしれぇな」
「うるさいわね」
言ってあたしは海の中に入っていくフロイドを止めなかった。パシャと足に海水がかかる。それだけであたしは本来の姿に戻ったような気がする。
「ねぇ。下ろしてよ」
「やだ。お前足、怪我してんだろ」
「平気よ」
「だめ。ばい菌はいんだろ」
ばい菌って子どもじゃあるまいし。けど、フロイドの言い方が可愛かったからいいや。
「今の言い方がよかったからこのままでいる」
「そ。で、どこまで行く?」
「どこまで連れてってくれんのよ」
「んー……どこまでも?」
らしくない言い方に思わずフロイドを凝視する。下から見たフロイドの顔は殆ど見えない。けれど白い頬が夕焼けに照らされた色にしては赤い。自分でもらしくないことを言ったと思っているらしい。
「ふっふふ。なら、どこまでも連れていきなさいよ」
「あはっ。言ってくれんじゃん」
有言実行してみなさいよ、そう言えば身体が揺れる。フロイドが走り出したからだ。走り出すフロイドの身体にしがみついてあたしは声をあげて笑った。
暫く、フロイドに振り回されたあたしは彼の「疲れた」という言葉と共に降ろされた。再び砂浜に降ろされたあたしは「楽しかった」と自然と言葉が零れた。
「じゃ、帰るわ」
「……で、結局なんで泣いてたんだよ」
「えぇ。今さら聞く?」
せっかく忘れていたのに。唇を尖らせて言えばフロイドは「気に何じゃん」と言い返して来た。それにあたしはもういいかなって思って話した。そう。話したら。
「はぁ゛?」
「うわ。声低っ」
顔もいつもの可愛い顔立ち要素ゼロ。ギャングのそれよ。ギャングの。一体全体なんでそんな反応なのか。あたしは自分が怒り狂っていたのを棚に上げて腕を組んで見上げる。
「もうどうでもいいからいいのよ」
「オレはムリ」
ぷんと顔を背けるフロイド。いや、あんたがムリとかなんなのよ。呆れたと溜息をつけば「いいわけねぇじゃん」と拗ねた声が聞こえた。
「何でよ。あたしはもういいわ。犬に噛まれた? と思っておくことにしたんだから」
「お前は、だろ。オレはイヤ」
「だから、何で?」
「分かんねぇの?」
拗ねた表情から徐々に困惑と苛立ちを孕んだものになる。フロイドもそんな複雑な顔できるのねって思ったら溜息をつかれた。
「あ゛~お前さっきの忘れたわけ?」
「さっきのって……」
忘れていたもうひとつのことを思い出す。途端にあたしの中で「ウソでしょ」っていう冷たく言い放つあたしが現れた。だって、どんなに優しくされても彼の言葉をどうしたってあたしの心に響かない。
「あたしのこと好きってやつ?」
「それ。忘れた?」
「ついさっきまで」
「ひでぇ」と言うフロイドにあたしは肩を竦める。なるべく気にしていないという態度で。それからなんてことないっていうのを装って口を開く。
「はぁ。どうせ元気にさせようとして言ってくれたんでしょ」
「友達として好きなんでしょ」確認を取るように言えばフロイドの瞳孔がキュゥっと小さくなった。あ、この反応は本気に怒っているかイラついている。でも、仕方ないじゃない。
「んなわけねぇだろ。流石にオレのこと馬鹿にし過ぎ」
「はぁ。バカにしてんのはあんたの方でしょ」
何でもないように、何でもないように。素っ気なくを心の中で念じながら言う。でないと胸ぐらを掴んで「ふざけてんの!」と叫んでしまいそう。いや、それくらいしてもいいほど突然のことだったかもしれない。
「あんたの好きな子は面白かったりあんた自身を飽きさせない子とかそんなんでしょ」
あたしはあんたのお眼鏡には叶わない女。取柄といえば見た目とか音楽くらい。世界的歌姫の姉様や多彩な双子の姉妹と比べれば平々凡々な方だ。性格だって面白いかって言ったらそうじゃない。寧ろひねくれて可愛くない。ほんとにフロイドから見れば魅力の欠片もない女。
「はぁ。あんたの態度を思い返してみなさい。あたしが『嬉しいわ。ありがとう』なんて返すわけないでしょ」
「分からない?」と言ってあたしはフロイドから海へと視線を向ける。もう暗い。夕暮れの空すらなくなっている。門限の限界が刻々と近づいている。
「帰るわ。フロイドも遅くならないうちに帰りましょう」
彼を見ずにパンプスを両手に持って歩き出す。足を魔法で守って素足で帰ろうと足を踏み出す。砂浜を歩いているのに砂を踏みしめる感触があまりない。ほぼ浮いているという感じだからそうなるか。それはちょっと寂しいって思っていると「ねぇ」って呼ばれた。
「なに」
振り返りながら返事をすればフロイドは少し離れたところに立っていた。いつもの甘ったるい声で呼んだくせに顔はいつもと違った。なんか真剣で普段よりも男っぽかった。それにドキと胸を高鳴らせながら彼が話し出すのを待つ。
「なぁ。どーしたら好きって伝わんの?」
「あんたがあたしのことを女として?」
「そ」
あたし考えてみるけれど一向に自分が「嬉しい」となるのが想像できない。どう答えようか考えあぐねいているとフロイドが近寄って来た。
「答えらんねぇの?」
「だって、あんたがそう真摯な態度――あ」
ピンと思いついたことがあった。すっかり忘れていた。あたしたちは人間ではない。人魚だった。ひとつ、それっぽいことがあった。
「求愛行動、でもしてみれば?」
「求愛ぃ?」
嫌そう顔をするフロイドにあたしは肩をすくめる。ほら、しょせんそんな程度でしょ。だったら思い違いってなるでしょ。それにあたしの心臓は傷のひとつもつかない。だって、あたしの心に響いていないんだから。だから、フロイドに求愛をされたからといって響くかなんてわからないけれど。
「物は試しでやってみなさいよ」
「なに上から目線になってんだよ」
「腹立つ」フロイドが苛立たし気に舌打ちをするのに呆れる。好きな奴っていうくらいなら好きな子のためにちょっと頑張ってみなさいよ。でなければ本当に好きな子が出来たときに苦労する羽目になるっての。
「ふぅーん。ま、それでどうにかなんならいっか」
ムッとした顔から一転ニヤッといつもの顔になる。これにイヤな予感がする。
ニヤケた顔のまま高いところにある顔を寄せて来る。
「だって、お前、オレのこと好きじゃん? なら、後はらくしょーじゃん」
「は?」
目を白黒させながらフロイドを凝視する。
あたしがフロイドを好き。それはそうで本当のことだ。間違いのないこと。でも、なんで、フロイドが知ってんの。というか、あたしもフロイドに対しては好きな人ですっていうアピールしていない。いや、だって、だって、恋人になれたらいいなとかなりたいっていうためのアピールなんて無駄だからしたことなんてない。
血の気が引いていく顔で見ればフロイドが困った顔をする。
「どうしてそんな顔すんだよ」
「だ、だって、知って」
「まぁ、何となくわかるっつーか」
「隠してるつもりだった」と言いたげなフロイドにあたしは羞恥心が爆発する。血の気が引いていた顔が今度は熱くてたまらなかった。
「か、帰るッ!」
「あ、」
「いッッ!」
同様で切れた魔法。思いきり踏み込んだ足がすごく痛い。痛い。あまりの痛さに蹲る。
「何してんだよ」
「うるさい。あんたのせいよ」
「八つ当たりかよ」
そうよ。八つ当たり。だって、だって、フロイドに見せていた姿がとっても滑稽じゃない。そうよ。それに、なら、やっぱり、フロイドの今さらな告白の意味はなんなの。
考えても、考えてもわからない。もう今日は最悪。やだ、やだ、やだ。
「泡になって消えたい」
思わず呟いたことに本当に今この場から消えたくなった。泡ぶくになって消えたい。海に溶けて風に溶けてしまいたい。
「それはオレがイヤ」
「わっ」身体の浮遊感。足から砂が離れていく。痛みも引いていく。ぷらんとまた揺れる素足。あたしはまたフロイドに抱き上げられた。
「降ろしてよ」
「やだ」
そうキッパリ返したフロイドはズンズン進んでいく。あたしはもう何も言えずにフロイドの身体に身を預けた。
「いつから知ってたの?」
「ずっと前から」
「最悪」
「は? 何がだし」
分からないでしょ。でも、最悪、最悪、最悪なの。もう聞かないで、と鼻を啜る。
「お前って分かんねぇ」
「あんたも分からない」
なんで今になって好きなんて告白するの。なんで今になって好きだろって指摘するの。黙っていてよ。告白はウソだって言ってよ。もうネタばらししてよ。ねぇ。なんで黙っているの。でも、いくらまってもフロイドの口から「ウソ」なんて出てこなかった。
「ありがとう」
「ん」
ゲートのある店で降ろされる。足は店主が足に負担にならないように手当をしてくれたからもう痛くない。パンプスを持ってあたしは素直にお礼を言う。フロイドも茶化すことなく頷いた。
もう別れの時間。これ以上言うことないし、ささっとゲートを潜ればいいのに。あたしは性懲りもなく振り返る。
「なに?」
首を傾げるフロイドにあたしは何かを言いかけて口を開くけれどすぐに閉じる。でも、何かと開きかけたときカウンターから「時間がないよ」と言われてしまった。
「また、ね」
「ん。じゃーね」
それだけ絞り出してあたしはゲートを潜った。
ゲートを潜ると瞬く間に学校のゲートが集合する大広間に出ていた。まるで舞踏会をするような大広間をあたしは突っ切る。でも、一歩、一歩踏み出すうちに涙腺が崩壊していく。また涙が溢れて出て来る。
「ふっ、ぁっ、もう、やだっ、ほんとっ、きらい、きらい、ぅう~~っ」
大広間を突っ切った後もあたしの涙は止まらなかった。
2023.08.04 誤字修正
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