ジェイド
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貴方の望む物は何でもあげるわ
「ジェイド! おはよう! 朝よー!」
元気のいい声と共に頬に柔らかな感触が押しつけられた。他にも腕あたりにも同じくらい柔らかい感触がした。何だと寝起きのぼんやりとした頭で自分よりも僅かに暖かい存在を見る。
霞む目を何とか瞬きで見えるようにすると番い候補がいた。
化粧を落とした彼女の素顔は綺麗だった。流石真珠の歌姫と称えられ絶世の美女と名高い人の妹である。
くすみを知らないつるりとした肌は人魚特有のものか。ジェイドもヴィルから肌が綺麗だと言われたことがあるからそうなのかもしれない。
徐々に動き出した頭で何とか口を動かす。
「おはよぅございます……」
「ええ。おはよう」
掠れた声にもう一度今度は幾分小さく朝の挨拶を彼女はした。
何が嬉しいのやら目は死んでいるけれど楽しそうに薄い唇は笑みを作っている。それにしても、とジェイドはようやく彼女の姿を見ることが出来た。
「貴方。まだそんな格好をしていたんですか?」
「ん? 何かおかしいかしら?」
抱き着いていたジェイドから離れた彼女は自身の身体を見下ろす。その格好は何ら可笑しくない。キャミソール姿だ。肌の白い彼女によく似合う濃紺色の可愛らしいレースの着いたキャミソールだ。そういえば、ブラとショーツも同じだった。揃いのタイプなのだろう。
「あら、貴方はこれ嫌い?」
「別にそうではそもそも僕の好みは……ではなく風邪引くでしょう」
「ここ暖房ついているわよ」
大丈夫、と微笑む彼女に頭を振る。
「いいから服を着てください」
「えー! もう少しこのままイチャイチャしたいわ」
バサッと掛布団を捲って中に入って来る彼女。ピタリとくっついてくると自分とは違う柔らかい感触がする。彼女はどこもかしこも柔らかい。おまけに細くて硝子細工のような身体をしている。中身は図太いのだから身体も同じくらい堅牢になってほしかった。
「僕は起きます」
「起きちゃうの?」
抱き着いて上目遣いで尋ねてくる。死んだように薄暗い瞳はそれでも十分に可愛らしさを発揮する。可愛いとは思うくらいにはジェイドも情はある。
「はぁ。もう少しだけですよ」
抵抗も面倒臭い。ジェイドは起こしていた上体を再びベッドに沈める。それになるように彼女も隣に倒れ込みまたピタリと身体をくっつけてくる。
柔らかくて温かい。冴えていた目がまた重くなって来る。瞼が降りたり上がったりし始める。
「ジェイド。随分疲れているのね。寝たら?」
ちゃんと起こすわ、と言う彼女の声ははっきりと聞こえる。朝に弱そうな顔をしているくせに彼女は寝起きがとてもいい。
「ふふ。別に朝に強いわけじゃないの」
まるでジェイドの心の内を読んだように言う。そして、白い頬を薄ら林檎色に染めてはにかんで言うのだ。
「少しでも貴方を見ていたかったから早く目が覚めてしまったの」
「はぁ」
ふふ、と微笑む彼女の瞳は相変らず死んでいる。血色のよくなった頬と死んだ瞳の対比が本当にアンバランスな女だ。そして、何故そこまでジェイドのことが好きなのだろうか。
彼女は誰がどう見てもジェイドにベタ惚れしている。だから、こうして親戚の伝手とはいえ二人で会うために態々高級ホテルのスイートルームを予約する。
「ねぇ。ジェイド。お誕生日もうすぐでしょ。何か欲しいものある?」
うとうとしながら横にいる彼女を見る。どこかワクワクした顔。そういう顔をして欲しいものを何でも買ってあげるなんて将来が心配だ。悪い男に引っかかって無駄に搾取されてしまうのではないか。いや、そこまで馬鹿な女ではない。けれど、運命の相手とばかりに惚れ抜いたらそこを悪用されてしまいそうだ。
綺麗な感情を悪用されるのは嫌だと思う自分がいる。なら、その感情を綺麗なままジェイドが利用してみせよう。
けれど、特に今欲しいものがない。
ジェイドは眠い身体を何とか動かしてじっと彼女の顔を見つめる。死んでいる瞳を輝かせる彼女に「なんでもいいです……」と告げる。
それに彼女はわかりやすく唇を尖らせて不満を言い出す。
「なんでも、はなしよ。それに何でもなら当日貴方の学校に行って私がプレゼントって言い出すわよ」
「それはやめてください」
想像してすぐに顔を青くさせて首を振る。彼女は勝ち誇った顔で「でしょ。嫌なら何でもいいから言ってちょうだい」とプレゼントの内容を強請る。
今度はジェイドの眉が眉間に寄る。欲しいと言ってもジェイドは物欲があるようでない。そして、ないようであるのだ。でも、今はこれといって今は欲しいものはない。
「……ない、ですね」
「あら、それは困ったわね」
本当に困った顔をする彼女にジェイドはつい頭に浮かんだ言葉が口から出してしまった。
「プレゼントは贈る相手のことを考えれば何でもいいのでは」
「……あら、貴方がそれを言う?」
にんまりと年齢に似合わず蠱惑的に微笑む彼女。何だか嫌な予感が頭の中で鳴る。
「何を考えているんですか」
眉を顰めて訊ねれば彼女は薄く綺麗な唇に指を当てる。
「うーん。内緒! さ! ジェイドもう一度寝ましょう」
頬を緩めた後にぐっと顔を寄せて鼻のあたりにキスをしてきた。何だかわからないけれどジェイドも眠気の限界だった。
のろりと腕を動かして彼女の細い身体を抱き込んで額にキスを贈る。
「おやすみなさぃ」
「ふふ。おやすみ」
* * *
そんな会話をしてから数日後、ジェイドは双子の兄弟であるフロイドと共に誕生日を迎えた。白いジャケット、黒いシャツ、何ともオメデタイ装飾品を今年も身に着けていた。モストロ・ラウンジではなくオクタヴィネル寮の談話室で盛大に行われている誕生日パーティの最中だった。
「ジェイド副寮長」
はい、と振り返ると一年生の寮生が立っていた。寮生は「お誕生日おめでとうございます」と丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます。僕に何か用ですか?」
モストロ・ラウンジで何かあったのか。そう考えたが違ったようだ。寮生が頭を振ると白いA4サイズの封筒を差し出して来た。
「あのこれ副寮長宛てだそうです」
「僕に?」
反射的に受け取りまじまじと見つめる。それから寮生はまた丁寧に頭を下げて「失礼します」と言って去って行った。
その背中を見送ってからジェイドは開いているソファに座り、マジカルペンで封を切る。一体何なのだろうと開けたのがいけない。ジェイドは出てきた書類に目を見開いた。それから慌てて中を漁ると一枚のカードを見つけた。
そのカードは細く小さな目な字で書かれていた。その字に見覚えがある。紛れもなく彼女だ。ジェイドはカードを見て溜息をついた。
〝わたしの愛おしい人、お誕生日おめでとう!〟
〝貴方が陸に上がってから山への散策が気に入っているようだからこれにしたわ〟
楽しんでね、と締めくくられたバースディカード。ジェイドは唇の端が引き攣り始めた気がした。
――確かに陸の植物に興味を持っていますが〝山〟をくれなくてもいいでしょう!
封筒の中に入っていたのは彼女が所有する山についての書類だった。ザッと目を通したが名義は彼女らしい。つまり、その土地で自由に散策してちょうだいというところだ。好きに使っていいと。
「怖い」
久々に恐怖というものを感じた。それが思わず声に漏れてしまったのは致し方ない。
「彼女ほんとうに僕に惚れてなければヤバかったんじゃないですか」
危ない。純粋に暴走するって怖い。賢いのに馬鹿なのか。本当はただの馬鹿なのか。何で、山をプレゼントしようと思ったのか小一時間話したい。
「はぁ。次に会ったときに少々話さなければ」
ふぅと息をついて封筒を見下ろして小さく笑む。
「まぁ、くれるというのなら貰いますけど」
彼女のくれた輝石の国の山は色々興味深い植物が群生する場所だ。研究するのにはもってこいの場所だった。
暴走する好意は怖いけれど、今からこの山に行くのはワクワクする。
どうしようかなと計画を欠けていると奥の方からフロイドに呼ばれた。
「はい。今行きますよ」
封筒を小脇に抱え、お色直ししたフロイドへと向かう。
「ジェイド! おはよう! 朝よー!」
元気のいい声と共に頬に柔らかな感触が押しつけられた。他にも腕あたりにも同じくらい柔らかい感触がした。何だと寝起きのぼんやりとした頭で自分よりも僅かに暖かい存在を見る。
霞む目を何とか瞬きで見えるようにすると番い候補がいた。
化粧を落とした彼女の素顔は綺麗だった。流石真珠の歌姫と称えられ絶世の美女と名高い人の妹である。
くすみを知らないつるりとした肌は人魚特有のものか。ジェイドもヴィルから肌が綺麗だと言われたことがあるからそうなのかもしれない。
徐々に動き出した頭で何とか口を動かす。
「おはよぅございます……」
「ええ。おはよう」
掠れた声にもう一度今度は幾分小さく朝の挨拶を彼女はした。
何が嬉しいのやら目は死んでいるけれど楽しそうに薄い唇は笑みを作っている。それにしても、とジェイドはようやく彼女の姿を見ることが出来た。
「貴方。まだそんな格好をしていたんですか?」
「ん? 何かおかしいかしら?」
抱き着いていたジェイドから離れた彼女は自身の身体を見下ろす。その格好は何ら可笑しくない。キャミソール姿だ。肌の白い彼女によく似合う濃紺色の可愛らしいレースの着いたキャミソールだ。そういえば、ブラとショーツも同じだった。揃いのタイプなのだろう。
「あら、貴方はこれ嫌い?」
「別にそうではそもそも僕の好みは……ではなく風邪引くでしょう」
「ここ暖房ついているわよ」
大丈夫、と微笑む彼女に頭を振る。
「いいから服を着てください」
「えー! もう少しこのままイチャイチャしたいわ」
バサッと掛布団を捲って中に入って来る彼女。ピタリとくっついてくると自分とは違う柔らかい感触がする。彼女はどこもかしこも柔らかい。おまけに細くて硝子細工のような身体をしている。中身は図太いのだから身体も同じくらい堅牢になってほしかった。
「僕は起きます」
「起きちゃうの?」
抱き着いて上目遣いで尋ねてくる。死んだように薄暗い瞳はそれでも十分に可愛らしさを発揮する。可愛いとは思うくらいにはジェイドも情はある。
「はぁ。もう少しだけですよ」
抵抗も面倒臭い。ジェイドは起こしていた上体を再びベッドに沈める。それになるように彼女も隣に倒れ込みまたピタリと身体をくっつけてくる。
柔らかくて温かい。冴えていた目がまた重くなって来る。瞼が降りたり上がったりし始める。
「ジェイド。随分疲れているのね。寝たら?」
ちゃんと起こすわ、と言う彼女の声ははっきりと聞こえる。朝に弱そうな顔をしているくせに彼女は寝起きがとてもいい。
「ふふ。別に朝に強いわけじゃないの」
まるでジェイドの心の内を読んだように言う。そして、白い頬を薄ら林檎色に染めてはにかんで言うのだ。
「少しでも貴方を見ていたかったから早く目が覚めてしまったの」
「はぁ」
ふふ、と微笑む彼女の瞳は相変らず死んでいる。血色のよくなった頬と死んだ瞳の対比が本当にアンバランスな女だ。そして、何故そこまでジェイドのことが好きなのだろうか。
彼女は誰がどう見てもジェイドにベタ惚れしている。だから、こうして親戚の伝手とはいえ二人で会うために態々高級ホテルのスイートルームを予約する。
「ねぇ。ジェイド。お誕生日もうすぐでしょ。何か欲しいものある?」
うとうとしながら横にいる彼女を見る。どこかワクワクした顔。そういう顔をして欲しいものを何でも買ってあげるなんて将来が心配だ。悪い男に引っかかって無駄に搾取されてしまうのではないか。いや、そこまで馬鹿な女ではない。けれど、運命の相手とばかりに惚れ抜いたらそこを悪用されてしまいそうだ。
綺麗な感情を悪用されるのは嫌だと思う自分がいる。なら、その感情を綺麗なままジェイドが利用してみせよう。
けれど、特に今欲しいものがない。
ジェイドは眠い身体を何とか動かしてじっと彼女の顔を見つめる。死んでいる瞳を輝かせる彼女に「なんでもいいです……」と告げる。
それに彼女はわかりやすく唇を尖らせて不満を言い出す。
「なんでも、はなしよ。それに何でもなら当日貴方の学校に行って私がプレゼントって言い出すわよ」
「それはやめてください」
想像してすぐに顔を青くさせて首を振る。彼女は勝ち誇った顔で「でしょ。嫌なら何でもいいから言ってちょうだい」とプレゼントの内容を強請る。
今度はジェイドの眉が眉間に寄る。欲しいと言ってもジェイドは物欲があるようでない。そして、ないようであるのだ。でも、今はこれといって今は欲しいものはない。
「……ない、ですね」
「あら、それは困ったわね」
本当に困った顔をする彼女にジェイドはつい頭に浮かんだ言葉が口から出してしまった。
「プレゼントは贈る相手のことを考えれば何でもいいのでは」
「……あら、貴方がそれを言う?」
にんまりと年齢に似合わず蠱惑的に微笑む彼女。何だか嫌な予感が頭の中で鳴る。
「何を考えているんですか」
眉を顰めて訊ねれば彼女は薄く綺麗な唇に指を当てる。
「うーん。内緒! さ! ジェイドもう一度寝ましょう」
頬を緩めた後にぐっと顔を寄せて鼻のあたりにキスをしてきた。何だかわからないけれどジェイドも眠気の限界だった。
のろりと腕を動かして彼女の細い身体を抱き込んで額にキスを贈る。
「おやすみなさぃ」
「ふふ。おやすみ」
* * *
そんな会話をしてから数日後、ジェイドは双子の兄弟であるフロイドと共に誕生日を迎えた。白いジャケット、黒いシャツ、何ともオメデタイ装飾品を今年も身に着けていた。モストロ・ラウンジではなくオクタヴィネル寮の談話室で盛大に行われている誕生日パーティの最中だった。
「ジェイド副寮長」
はい、と振り返ると一年生の寮生が立っていた。寮生は「お誕生日おめでとうございます」と丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます。僕に何か用ですか?」
モストロ・ラウンジで何かあったのか。そう考えたが違ったようだ。寮生が頭を振ると白いA4サイズの封筒を差し出して来た。
「あのこれ副寮長宛てだそうです」
「僕に?」
反射的に受け取りまじまじと見つめる。それから寮生はまた丁寧に頭を下げて「失礼します」と言って去って行った。
その背中を見送ってからジェイドは開いているソファに座り、マジカルペンで封を切る。一体何なのだろうと開けたのがいけない。ジェイドは出てきた書類に目を見開いた。それから慌てて中を漁ると一枚のカードを見つけた。
そのカードは細く小さな目な字で書かれていた。その字に見覚えがある。紛れもなく彼女だ。ジェイドはカードを見て溜息をついた。
〝わたしの愛おしい人、お誕生日おめでとう!〟
〝貴方が陸に上がってから山への散策が気に入っているようだからこれにしたわ〟
楽しんでね、と締めくくられたバースディカード。ジェイドは唇の端が引き攣り始めた気がした。
――確かに陸の植物に興味を持っていますが〝山〟をくれなくてもいいでしょう!
封筒の中に入っていたのは彼女が所有する山についての書類だった。ザッと目を通したが名義は彼女らしい。つまり、その土地で自由に散策してちょうだいというところだ。好きに使っていいと。
「怖い」
久々に恐怖というものを感じた。それが思わず声に漏れてしまったのは致し方ない。
「彼女ほんとうに僕に惚れてなければヤバかったんじゃないですか」
危ない。純粋に暴走するって怖い。賢いのに馬鹿なのか。本当はただの馬鹿なのか。何で、山をプレゼントしようと思ったのか小一時間話したい。
「はぁ。次に会ったときに少々話さなければ」
ふぅと息をついて封筒を見下ろして小さく笑む。
「まぁ、くれるというのなら貰いますけど」
彼女のくれた輝石の国の山は色々興味深い植物が群生する場所だ。研究するのにはもってこいの場所だった。
暴走する好意は怖いけれど、今からこの山に行くのはワクワクする。
どうしようかなと計画を欠けていると奥の方からフロイドに呼ばれた。
「はい。今行きますよ」
封筒を小脇に抱え、お色直ししたフロイドへと向かう。
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