私たち恋愛初心者
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ジェイド視点
今から、と言う言葉が分からずに首を傾げるとレティシアがにっこりと微笑む。そして、僕の腕を引きながらソファから立ち上がる。僕もそれに倣って立ち上がりまた首を傾げる。
「さ! 寝ましょう! 一緒に!」
「は?」
彼女は満面の笑みでとんでもないこと言っているのではないか。それだけは何となく分かった。というより、これは危険極まりない。
「寝るのは一人で、」
「ダメよ。今日から一緒に寝ましょ」
「今日、からって、」
「お泊りしている間できたらずっと」
「ダメ」と可愛らしく言ってくるレティシアに理性がぐらつく。これはダメだ。絶対に了承してはいけない。
「ダメです。そういうのはもっと大人になってからで」
「大人って、私たちもう18歳だから珊瑚の海では大人よ」
「ぐっ」
それはそう。可愛い正論。これは絶対に引かないと言うかもう絶対というような気配を感じる。
僕だって別に一緒に寝たくないわけじゃない。寝たいし、寝たい。だが、今それを許してしまうとこう脆い箍が一気に外れそうで怖い。自分が何をしでかすか分からない。
そっと腕に抱き着くレティシアを見下ろす。
改めて見下ろす姿はやはりガラス細工のような儚さを感じる身体をしている。同時に先ほどぴったりとくっつけていた身体の柔らかさを思い出す。
雄の性が情けなくぐらつく。だからこそ今はいけない。もっと心の準備ができたときに一緒に寝たい。
「その、もう少し、心の準備ができたら……」
彼女の前で情けない姿を晒したくない。だが、もういまさらのことだ。意を消して言えば僅かに彼女の身体が離れた気がした。
「ジェイド、ごめんなさいね」
その声は落ち込んだ声でもなくただ気遣うような声だった。その声に少し安心しながらも逸らしていた視線を恐る恐る戻す。
視線を戻すとレティシアと目が合い彼女の薄い唇が綺麗に微笑む。
「ふふ。ごめんね。ちょっと嬉しくなっちゃって」
「いえ、僕も不甲斐なく」
「いいのよ。じゃあ、もっと大人になったら一緒に寝ましょうね」
眼差しが少し挑発的でこれには流石に僕もやり返したい気持ちが込み上げる。
「では、その時は僕もあなたをしっかりとエスコートさしあげますよ」
「あら。楽しみ」
白い頬が薄っすらと染まる。それにまた理性が押される。本当に危険な人魚だ。
最大の難所を攻略した気分でいるとまた腕を引かれる。
「なんですか?」
「一緒に寝るのは諦めるけれど私を部屋まで見送ってくれる?」
可愛らしいお願いに「はい。喜んで」と答える。それに少し安心そうに頬を緩めたので先ほどの答え方はやっぱりダメだったかと内心反省した。
まだカモミールティーが残っていたがもういい時間だ。それに明日は朝から忙しいだろう。
「では、もう部屋に行きますか」
「ええ。あ、カップは」
「僕が片付けますからいいですよ」
「そんな……」
「気にしないでください」
彼女は少し迷いながらも「ありがとう」と答えた。「次は私がお茶を淹れるわね」と言ってくれた。次がしっかりあることに改めて安心してしまった。
今日はぐっすりで眠れるだろうとそれこそ安心しながら彼女を部屋までエスコートすると……。
「ジェイド。ひとつお願いがあるんだけれど」
「何でしょうか?」
「おやすみのキスはいいかしら?」
可愛らしい表情で困ったお願いをされてしまった。
一緒に寝るのはいったん回避できたがここにキスとは。せっかく落ち着いた理性が爆発しかねない。
じっと彼女の薄くて小さな唇を見る。リップを塗っているのか艶めいて見える。それとも元からそういう唇なのか。そんな唇に触れたら気がふれないか。おかしくならないか。
ぐるぐると考えているとレティシアから遠慮がちに声をかけられる。
「あの、別に唇じゃなくて、その、ほっぺでもいいんだけれど」
一向に反応のない僕に妥協案を出される。これは流石に恰好悪い。だが頬ならば。
「いいですよ」
「ほんと!」
「はい……」
花開くような笑顔にこちらも嬉しくなる。まぁ、実際頬とはいえキスの許可が出るのは嬉しいことなのだが――どうにも自分の下心が気持ち悪い。その気持ち悪さが彼女に伝わらないことを祈りながらレティシアを見る。
「で、どちらに?」
「どっちでもいいわよ。ふふ、」
嬉しそうに微笑む彼女の白い頬は薄っすらと赤く染まっている。
美しいコントラストに魅せられながら身を屈めてその頬に触れる。唇で触れた頬は柔らかくて理性が死にそうになったのですぐに離れた。
「では、おやすみ――」
「待って」
挨拶を遮らなぜだろうかと見下ろす。するとレティシアが手招くように動かす。
「今度は私の番よ」
「あなたの……」
「そう。ジェイドが、その嫌じゃなければだけど」
窺うような眼差しを向けられた。これは断ってはいけないと反射的に理解して「わかりました」といつの間にか口が動いていた。
「いいの?」
「ええ。では、どうぞ」
なんてことないように言えただろうか。心臓の鼓動がうるさい。だって、仕方ない。あの唇が今度は僕の頬に触れるのだから。
「じゃ、ふふ、おやすみなさい。ジェイド」
言って柔らかい唇が頬に触れるとすぐにチュと可愛らしい音がしたと思えば離れていた。頬でこの威力とは唇同士はどうなるのか。
唇同士のキスで僕は死ぬかもしれない。流石に格好悪いからやはり心の準備は大切だと認識した。
「明日楽しみにしているわ。おやすみ」
「……おやすみなさい」
レティシアが微笑みながら部屋の中へと消えていった。
パタンと締まった扉を見て音もたてずにリビングへと戻す。そして、暫くソファに座りすっかりと冷めたカモミールティーを飲み干してようやく落ち着いたが――。
「眠気が吹き飛んでしまった」
これから眠気はやって来るのか僕は想像がつかなかった。