私たち恋愛初心者
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夢主視点
いきなり手を握られて指を撫でられたときはどうしようと思ったけれど、あと少しで1に1日が終わる鐘が鳴った。明日にはさよならをするという感傷に浸ってはいけない。だから名前を呼ばれていつも通りに彼を見た。
ジェイドはいつもの澄ました顔に似ているようでとても真剣な顔をしていた。そして、再び私に手を伸ばした。身を引きたくなったけれどそうでいないほどの真剣さがあった。
彼の大きな手がまた私の手を取った。いや、重なった。
「レティシア」
「どうしたの、ジェイド」
もう一度ただ彼は名前を呼ぶ。それにどうしたのかと尋ね返せば真剣な表情は崩れて、眉尻が下がった。それはいつも意地悪な笑い方をするときと同じなのだけれど、違う。彼は少し寂しそうに笑った。
「ジェイド、」
「レティシア。すいませんでした」
「なんで謝るの?」
「だって、僕はあなたに辛い思いをさせてしまったでしょ」
ジェイドのその言葉だけがストンと心に落ちて来た。
彼が私との恋人関係を何となく付き合っているのではなく、ちゃんと私のことを「好き」で付き合ってくれている。それだけで何だか気持ちが楽になった。
でも、やっぱりジェイドだけが悪いことじゃない。
「……私も勝手に貴方の気持ちを決めつけてごめんね」
明日勝手にさようならを告げるつもりだった。その前に話し合おうともしなかった。
「それは僕があなたのことなんとも思ってない、と」
「ぅん。ごめんね」
「そうなるようになっていたのはやはり僕の態度でしょうか」
「それは……否定しないわ」
「しないんですね」
困ったように微笑むジェイドに少し視界が晴れた気持ちがした。
「ねぇ。ジェイド。貴方って私のこと好きなの?」
改めて訊ねると少し気恥ずかしい。でも、やっぱり一度確認したい。
「ええ。だいぶ前から好きですよ」
珍しく直球の言葉で言われて頬が熱くなる。そして、見れば言った本人の白い頬も赤くなっている。可愛い。
「私も貴方のこととっても大好きよ」
ジェイドばかりに言わせるのはいけない。それに私もちゃんと言っていない。だから、改めて大好きの気持ちを伝える。すると、ジェイドの白い頬がもう一段赤くなった気がする。
「……そうですか」
照れを隠すようにキュッと大きな手に握られる。先ほどのような怖さはもうない。むしろ、もっと握りたい。私の方から握り返したいのだけれど、上から重ねられていたらできないわね。
「ねぇ。ジェイド、私も貴方の手を握りたいのだけれど」
「いいですよ」
握られた手が離れるのは寂しい。だから、その手を追いかけるようにジェイドと距離を詰めて指を絡めやすいように身体をくっつける。
ビクと跳ねたのが面白くて少し笑いながら彼の腕の下に腕を通して無防備な手を捕まえる。それか掌を重ねてキュッと長い指を絡めた。
「ずっとこんな風に手を握ってみたかったの」
「そうだったんですか?」
「うん。だって握りたいって言っていいかもわからなかったから」
これ以上我が儘に付き合わせるのも悪いと思っていたからとまでは言わなかった。けれど伝わったのかもしれない。ジェイドも握り返すようにギュッとしてくれた。
「今度は外で手を繋ぎましょうね」
「はい」
人魚は人間になっても体温はそこまで高くない。だけれどジェイドと重ねた部分はじんわりと熱が解けて暖かくて少し眠くなる。
「レティシア。眠そうですね」
「ぅん。ちょっと」
「ちょっとと言う顔ではないですけどね」
ジェイドの低く囁く声も相まって眠気がとろりと身体を包んでいく感じがした。ぴったりとくっついたジェイドの身体に寄りかかるとより仄かな熱がまた瞼を重くしていく。
「眠そうなところ悪いのですが、もう少しがんばれますか?」
「ぅん、なんとか」
キュッと握られた手を起こすように揺らされる。その仕草がなんか可愛くて笑みが零れる。すかさずジェイドが気づいて「なにか?」と訊いて来た。
「ふふ。かわいいなって」
「今のあなたも可愛いですよ」
可愛い、と言われて眠気が僅かに飛ぶ。ぴったりとくっついていたままジェイドを見上げる。そこにはいつも見ていた澄まし顔はやっぱりなかった。変わりに気恥ずかしくなるような眼差しで見下ろされていた。
「貴方も可愛いって思うことあるのね」
「あなたに対しては常思っていますよ」
ウソでしょ、と内心思っていることが見透かされたのか、ジェイドが困ったように眉を下げる。
「ほんとうなんですよ」
念を押すような言い方。軽口ではないのは分かる。本当にジェイドは私のことを「可愛い」と思うことがあるらしい。このネグリジェを身に纏ったときに「可愛い」と思われたいと思ったけれど、それ以前に思われていたことが嬉しい。
「今日も?」
「ぇ、あ、まぁ、はい」
珍しく濁した声と共に目元が赤くなった。さっきと違う反応にまた嬉しくなって眠気も完全に飛んでしまった。
「ふふ。嬉しいわ」
「なによりです」
照れくささを隠すようなジェイドを見たのは初めてな気がする。今日は本当に色んなジェイドが見られて嬉しくてしょうがない。
「そういえば、私に何か言うことあった?」
たくさんあるとは思うけれど、眠そうな私を起こしてまで言うのだからきっと大切なことなのだろう――と思う。
居住まいを正そうかと思ったらまた手を握られる。これはこのままの方がいいのかと何となく思ってそのまま彼の顔を見上げたのだけれど。
さっきまで私を見ていた視線がさ迷い、頬や耳が赤く染まっていく。言うか迷うような薄い唇が僅かに開いては閉じる。なんてまぁ珍しいジェイドのことか。
言い出すのに時間がかかりそうだけれど、待ちましょう。だって、何だか今のジェイドはとても可愛らしい。それにあのジェイドが自分からちゃんと言おうとしているんだものいくらでも待てるわ。
根気強く待とうと決めたときと同時にジェイドが意を決したらしい。
「あの、明日も一緒にでかけませんか?」
「ぇ?」
肩透かしを食らった気分だった。てっきり何かもっと大事なのかと思ったけれど――そういえばジェイドからデートの誘いを貰ったことがなかった。理解したとたん身体がふわふわっとしてくる。
「それはデートのお誘い?」
「そう、なりますね」
照れたように視線を逸らすジェイドに今度は私から手を握り返す。
「もちろんよ。1日色んなところに行きましょ」
自分で言って「ぁ」と口惜しさが洩れる。
「一泊二日の予定だったけれどあと1日大丈夫?」
「僕は構いませんよ。一応、何日か伸びても大丈夫な予定にしましたから」
「そんなに?」
そこまで予定を調整しているとは思わなかった。また私の心内を見透かしたようにジェイドが苦笑した。
「あなたとは学校は別ですし、中々一緒に過ごせませんからね」
なんで私はこれほどまで思われていたのに気づかなかったのか。あの「付き合ってもあっている」と考えて過ごしていた時間が今更惜しくなる。でも、その時間はどうしたって戻らない。だから、これからの時間を大切にしよう。
「なら。今からずっと一緒にいましょう」