私たち恋愛初心者
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ジェイド視点
「ジェイド?」
「ッ!」
突然かけられた声に大げさなほど身体が跳ねてしまった。
バクバクしそうな心臓を抑えながら返る。そこにはすでに髪の毛を乾かしたレティシアがいた。同時に彼女の姿に視線がさ迷う。
彼女がどんな姿で寝るかと想像しことがないわけではない。だが、想像していたような服装だけれど、想像していた以上の破壊力があった。
自然と上がる体温。せめて頬に熱が集まらないでほしい。
「……なにかおかしいかしら?」
ふと先ほど僕が告げたようにレティシアが訊ねて来た。慌てて「とても素敵ですよ」と頓珍漢な答えをした気がする。
けれど、間違いではなかったようで安心したように彼女が微笑んだ。
よく見るとメイクをしていない。素顔だというのに睫毛は長く、唇が――。
慌てて別のことを考えることにした。たぶん、今そこを意識してはいけない。いけない。
「お茶入れますね」
「先に飲んでいてよかったのよ」
「いえ。一緒に飲みたかったので」
「あら。嬉しい」
服装も相まって可愛らしく微笑む姿に込み上げるものがあった。何とかそれを抑え込んであらかじめキッチンへと向かう。
街で見つけたカモミールの茶葉。寮でも時折嗜むから不慣れなわけではない。それでも、今日はいつもより雑念が多い。
何もかもレティシアの所為と言いたいがそうではない。彼女は別に僕のために可愛らしいネグリジェを身に纏っているわけではない。たぶん、そう。これからのことがあるからだ。
とはいえ、あの大切な箱について聞かれなくてよかった。それだけは安心しながらなんとかカモミールティーを淹れた。
「ぁ、やっぱり、カモミールティーだったのね。お土産の分は大丈夫?」
「お土産分は別に購入していますよ。とても良い茶葉だったのであなたとも飲みたかったんです」
素直に言うとレティシアの昏い瞳が僅かに見開く。それから今日何度目になるのか意外なものを見るような視線を向けてくる。
今日何度も彼女は意外だというように僕を見てくる。素直に、素直に、といつも以上に心掛けたからだろう。同時に普段の僕はそこまで変わり映えなかったのかとショックではあった。しかし、ここまで分かりやすくやればもう後は簡単であるし恥もない。
「そこまで熱いわけではないですが気を付けてくださいね」
「わかったわ。ありがとう」
ソファに座った彼女がカップを持つ。その手は僕と比べることもなく小さい。そして指は長くしなやかで華奢だ。握ったら覆い隠せるに違いない。
ふと、彼女と手を握ったことがなかった。いつも出掛けるとき腕を組んでいるし、僕もなんら疑問に思わなかった。
自分のカップをローテーブルに置いてレティシアの隣に座る。
「あら? ジェイド飲まないの? とても美味しいわよ」
「ありがとうございます……少しいいですか?」
「ん? いいけど、なぁに?」
カップを置いた彼女が不思議そうに僕を見る。無防備過ぎる姿だなと思いながら細い手を取る。珍しくビクッと大きく跳ねるが手は逃げることはなかったし――逃がすつもりはなかった。
「……小さいですね」
「そうね。ピアノするときはちょっと大変なのよね」
なんて言うけれど指は長い。ツツっと指を撫でてみるとレティシアの手が逃げるように動いたが逃がさない。キュッと握った手は熱が上がった気がした。
人魚は人間になっても体温が低めだ。だから、熱が上がると分かりやすい。手に集まる熱。ふいにレティシアはどんな顔をしているのか見たくなった。
ぁ。しまった。
白い頬がシャワーを浴びた後、お茶を飲んだ後、なんて言い訳が利かないくらい赤くなっていた。それだけじゃなくてネグリジェから覗く細い首も、僅かに見えるデコルテも赤い。
このままではいけないと理性が告げる。そして理性に忠実に放しがたい手を離す。
「すいません。あまりにも細かったのでつい」
「そ、そう? そうかしら?」
珍しくレティシアが誤魔化すようにカップを手に取って口に持って行く。そして長い髪で赤くなった頬を隠すように流す。ああ。勿体ない。
自分のしくじりに反省しながらカップを手に取る。これかどう挽回しようか。いや、それにしてもレティシアがああした触れ合いに初心な反応するとは思わなかった。だが、彼女はそういえば腕を組む以外の触れ合いをしていない。距離は近いと言えば近いがくっついてくるわけではない。
難しい距離間だ。これからどうしようかと思ったらゴーンと屋敷の時計が鳴る。
「もうこんな時間なのね……」
「一日も早いですね」
「そうね。ジェイドと一緒だと本当に一瞬だわ」
髪に隠れて見えないが彼女の声音は彼女らしくない。寂しそうな、切なそうな声に僕の勘は当たっていたらしい。「どうして」という気持ちと「当たり前か」という気持ちが混ざり合った。
「レティシア」
「なぁに?」
声音はいつも通りのものとなった。同時にこちらを向いた彼女もまたいつも通りだった。怒りなのか、苛立ちなのか。それは彼女に対してなのか、それとも自分に対してなのか。きっと、どちらもだ。