私たち恋愛初心者
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ジェイド視点
ようやくという気持ちと歯痒いなと思いで彼女の変化を見ていた。
あれほど「特別」と連呼されて「特別」の価値が僕の中で落ちていきそうなほどだった。けれど「特別」が彼女の中でようやく改められた。これでことが進むと思っていたのが間違えだった。
だが、盲点があった彼女は恋愛をするということに関して初心者であったこと。同時に僕もさして経験といえるほどのものがなかったということ。
急いで調べてみたが、調べれば調べるほどドツボに填まってしまい。よく分からなくなっていく。人間の恋愛は難しい。いや、もう人魚としての求愛をするかと。
ぐるぐる考えていたときにちょうど彼女に会う機会があった。
久々に会った彼女の表情は疲れているようだった。普段、くるくると変わる表情をする彼女らしくない。どうしたか、と訊ねてみれば――。
「ジェイドとどうやったら恋人になれるか考えていたの」
なんてことないというように言った。
一瞬、ほんとうに一瞬だけ思考回路が止まったが、長考を免れていつも通りに見えるように少し呼吸を整えるため息を震えないように洩らす。
「なら僕に告白してみては?」
「いいの?」
「はい」
卑怯なのだろうか。でも、この機会を逃したくない。彼女がようやく手に入るなら。こんな格好が悪くてもいいとあの時は思った。
「じゃあ……私と恋人になってくれる?」
レティシアの昏いのに煌めく瞳に吸い込まれそうになった。がっつきそうになるのを何とか抑えて「まぁいいですよ」と答えた。流石にこの返事は酷いと後々後悔したが、挽回すればいいと思った。そう、今までの素直になれない態度も恋人になったら挽回すればいいと思っていたしできると思っていた。
「ハァ……」
最近、ほぼ日課になりつつあるレティシアとの電話を終えて自然とため息が洩れる。これは彼女の電話が鬱陶しいからじゃない。そうじゃなくて――何とも言えない漠然とした不安が胸の中に渦巻いている。
「あれ? レティシアと電話してたんじゃねぇの?」
「終わりました」
「楽しくなかったの?」
「いえ、そんなことないですよ」
隣で珍しく課題をこなしていたフロイドの集中力が切れたように話しかけてくる。それに僕も答える。
「ふーん。上手くいって――」
「それはないです」
かぶせるように言えばフロイドが鬱陶し気に眉を寄せた。でもすぐに興味なさそう机に肘をつく。
「なら何そんな不安そーなわけ?」
「……何でしょうか」
「いや、オレに言われてもわかんねぇから」
漠然とした不安が胸の中にずっと燻っている。でも、何なのかが分からない。何か、何か見逃しているのではと思うが何を見逃しているのかは思い至らない。
「誕生日プレゼントの反応がわる――」
「喜んでくれました」
もう一度被せ気味に応える。フロイドはまだ話を聞いてくれるらしくそれでも呆れた顔をしている。
「フロイドはヴァネッサと付き合っていますよね」
「そうだけど?」
レティシアの片割れ。はたから見てもフロイドのことを意識していたのが丸わかりだった。そういうところは双子でそっくり。ただ、彼女はフロイドに対して恋愛感情を抱いていることを認識しているところは鈍いレティシアと違う。だが、彼女も中々フロイドに素直になれない様子だったのにフロイドはどうヴァネッサと付き合っているのだろうか。不思議でならない。
「よく上手くいっていますね」
「うん。まぁ、ヴァネッサの奴、半信半疑期間は結構大変だったけど」
「半信半疑、ですか」
「そ。オレがほんとにヴァネッサのことがよく分かんないっていう感じだったみたい」
あれでそうなるのか。ヴァネッサがフロイドに対して恋愛感情を抱いているのが分かるように、フロイドも誰がどう見たってヴァネッサのことを特別な扱いしていた。だのに、ヴァネッサは一体フロイドの何を見ていたのか。あれで疑うことにヴァネッサの見る目を疑うが――レティシアの顔が頭を過った。
あの二人は似ていないようで似ているところがある。もしかして、レティシアも似たような思考回路を持っているのでは?
イヤな考えが一瞬にして頭の中を廻り恐る恐るフロイドに訊ねてみる。
「レティシアもそういう可能性は……?」
「あんでしょ」
「なぜ!」
フロイドが目を半分にさせて「はぁ?」と言いたげな顔をしたまま「だぁって」と話し出す。
「お前ずっと拗ねてツンツンした態度だったじゃん。それですぐに『はい。そうなんですね』ってなるわけねぇだろ」
「うっ。けど、ちゃんと恋人になってからは」
ちゃんとしていると思う。誘われたら一緒にでかけているし、電話やメッセージのやり取りもしているし、この間の誕生日プレゼントだって感触はよかった。なにより、レティシアはいつも楽しそうだったし――あれ?
「いつも……と変わらないですね」
彼女はいつも変わらない。恋人になる前も恋人になった後も変わらなかった。いつも変わらず楽しそうに笑っている。
変わらな過ぎて胸の内にある不安が肥大化する。
「そんなにぐるぐる考えるくらいなら本人に直接聞けば?」
フロイドのアドバイスはもっともだった。聞けば楽になるし、彼女が何か思い違いをしているのであれば話し合って解決していけばいい。
「今度、聞いてみます」
「そーしな」
これで興味が失せたのかフロイドが椅子から立ち上がりベッドに横になる。それを見届けて電話をするのに止まっていた課題を再開する。課題を解きながら本当に彼女に聞けるかどうかぐるぐる頭の中に渦ができた。
訊こう、訊こう、と思っている合間に春休みが終わってしまった。もうすぐロイヤルソードアカデミーとの学園対抗があり、あっという間に夏休みを迎える。
3年生になれば益々忙しくなるのは想像しなくてもわかる。ならこの夏休みが勝負だろう。絶対に間違えられないと改めて「恋人」について調べ直しているときにレティシアから「旅行にいかない?」という誘いがあった。
この時、いつでも会えるとなぜか思っていた自分を殴りたかった。僕自身にだって予定があるし、彼女にだって予定はある。改めて予定を組み直すことを連絡し、急いで予定を調整した。
日付に問題がなかったのか。レティシアから日付と他に行先として陽光の国のとある街が送られてきた。それに問題もなく了承の胸をメッセージで送る。
「旅行ですか」
一緒に何度も出かけているが旅行はない。旅行、旅行、と心臓の鼓動がなぜか早くなっていく。何だ、これは緊張のようなそうでないような不思議な心地だ。だが、せっかくの二人きりの機会だ。ちゃんとレティシアと話をしよう。