可愛い恋人と特別ショコラ
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【 2 】
ホールの気配も遠く静かな空間で飲むクリームソーダはあっという間だった。忘れないうちに宣伝も兼ねて飲む前に撮った写真をマジカメに上げておいたけれど――。
「静かね……」
個室にいるからホールの様子が分からない。本当にもう落ち着いたのかしら。
すっかり空になったグラスを見て腕を組む。飲み終わってしばらく経つけれどジェイドは一向に現れない。もちろん予知のようにすぐに来るとは思っていない。それに彼は副寮長。まだまだ忙しいと思う。
「やっぱり帰る?」
受付にジェイド宛って言ってプレゼント渡すとか――怪しまれそう。そして断られそう。ならアズールやフロイドとかノア(従兄弟)を探すとか――これも無理そう。
いくら個室だからって長居はできない。
スマホで時間を確認する。来場者が帰る時間は残り2時間を切っている。ならもうラストオーダーの可能性だってある。
分からなすぎるわ。
もうソワソワは別の意味になっていく。帰るか。留まるか。どうしよう。ぐるぐる思考が渦巻いていく。
メッセージ送ってみる? ならもういっそ――帰るって送る?
めったにない優柔不断思考。とりあえずメッセージを打ち込んでみる。でも、あっという間にメッセージは打ち終わってしまった。
どうしようどうしよう、と迷いに迷ってメッセージを送ろうと思ったところでノックする音が聞こえた。
思考が途切れた反射か勢いよく「はい!」と答えてしまった。ちょっと恥ずかしい。
「ふふ。元気のいい返事ですね」
扉の向こうから現れたのは制服姿のジェイドだった。
式典服ではない姿で現れたということは本当に落ち着いたということなのだろうか。
「もういいの?」
隣に座ったジェイドをまじまじと見やる。ジェイドは私の不安混じりの視線など気にすることなくなんてことなく「はい」と頷いた。
「ほんとに、ほんと?」
「そんなに心配しなくてもオーダーも締め切りましたよ。あとノアさんに『待たせるな』と言われてしまっては、ねぇ」
含みがあるジェイドの言葉にやっぱりまだ忙しかったのかなと申し訳ない気持ちになる。でも、ノアのアシストは嬉しくもある。だって、そうしなきゃやっぱり私はジェイドとこうして座って話すことなんてできなかったんだもの。
あとでお礼のメッセージを送ろう。
普段散々ジェイドたちとの付き合いに渋い顔をしている従兄弟。それ何だかんだこうして私たちのために動いてくれる優しい人。そんな優しい人がよくここで生きていけるなとは思うけれど。
「ノアが優しい人魚でよかったわ」
「そうですね」
やっぱり含みがある言い方だけれどまぁいいわ。それよりも、と私は横にあったショッパーを手に取る。
「はい! これジェイドへのプレゼント!」
「どーぞ」と渡す。ジェイドは目を丸くしてから何にも含みもなく小さく微笑んだ。一瞬垣間見えるそういう表情が好きだったりする。でも、いつも一瞬だし、たまにしか見ることができないからとても希少。その希少な表情が見えて胸がふわふわする。
「これは、あのパティスリーの?」
「そう! ふふ、ジェイドのことだから知っていたと思うけれどすごぉく並んでいたわよ」
「ええ。話題になっていましたよ。買えたんですね」
驚きと感心を滲ませた声と共にジェイドの手がショッパーの中に吸い込まれていく。そして、そのまま中に入っている箱を取り出した。
「これは、なるほど……」
知っているかなぁと思ったけれど、どんなデザインかは知らなかったみたい。
目を見開いてしげしげとパッケージを見つめるジェイド。
「このパッケージは〝オクタヴィネル寮〟がモチーフなんですって」
出張店舗にはナイトレイブンカレッジとコラボと題して7つの寮をモチーフにしたパッケージの商品を販売していた。ちなみに、モチーフになっているのはパッケージだけじゃない。
「ね。ね。開けてみてちょうだい」
箱を開けるように促してみる。ジェイドはそっと丁寧に箱に掛けられた薄紫のリボンを解いていく。そして、そのリボンも丁寧にショッパーに入れる。リボンをショッパーに入れてそっとまるで宝石でも取り出すんじゃないかってくらい蓋を開いた。
「これは――ボンボン・ショコラですか」
「そうよ!」
でもそれだけじゃない。私はジェイドにくっついて箱の中身を覗き込む。そこには綺麗で可愛らしいボンボン・ショコラが並んでいる。
「パッケージだけじゃなくてオクタヴィネル寮と海の魔女をモチーフにしボンボン・ショコラが入っているのよ」
海の魔女は通常商品だけどオクタヴィネル寮モチーフは限定商品。
「オクタヴィネル寮モチーフのボンボン・ショコラは期間限定でこの後お店に並ぶらしいわよ」
「そうですか。なら、ここで出すのもいいかもしれないですね」
「わぁ。それはいいかも!」
なにせこれはナイトレイブンカレッジとのコラボ商品なんだもの。モストロ・ラウンジのデザートメニューにもぴったりに違いないわ。
「あ。アズールたちの分もあるからそれはジェイドが一人でゆっくり食べてね」
「一人で、ですか?」
「そう! あ、ちゃんとアズールたちの分は買ってあるから」
あとでちゃんと渡すからね、と告げる。するとジェイドは何だか考えるような顔になった。難しい顔とか悩んでいる顔ではないけれどなんだろう。もしかして――。
「少なかった?」
「ああ。いえ、そんなことありませんよ」
少し困ったように微笑んで首を横に振った。それから少しまた考えてジェイドは箱を目の前のローテーブルに優しく置いた。
あら、と首を傾けていると黒い皮手袋をするすると取った。ジェイドの素手が現れた。長く節だった指。綺麗に整えている爪。惚れ惚れする大きな手だ。
ジェイドの素手に見惚れていると長い指をボンボン・ショコラが入っている箱に伸ばした。
後でゆっくり食べていいのに。それでも私の前で食べて感想を言ってくれるのなら嬉しい。別に私が作ったわけじゃないのにね。
なんてふわふわとボンボン・ショコラの行く末を見守っていたのだけれど――。
「はい。どうぞ」
ボンボン・ショコラの行く先は彼の口ではなく私の口だった。
今度は私が目を丸くする番だった。ボンボン・ショコラとジェイドを交互に見る。
「それ、ジェイドのよ」
「はい。だから、どうぞ。おすそ分けです」
「ぁ、ちょ、ん」
いいからと言いうように唇に押し当てられる。途端体温で溶けだし甘い香りが鼻を擽る。このままでは唇がチョコ塗れになる。
慌てて口を開くとジェイドが待ってましたとボンボン・ショコラを押してくる。
わ、わ、わぁ~~! おいしいぃ~!
何度か食べたことはあるけれど、やっぱり美味しい!
口の中の温度でチョコは瞬く間に溶けていく。甘すぎずほろ苦い味。たしか寮ごとに甘さを変えているとポップに書いてあったっけ。
なんにしても美味しい。
「美味しいですか?」
「ん、おいしい」
口の中のチョコを転がして味わいながらなんとか答える。ジェイドはなんか楽しそう。あれかしら私がもごもごしながらチョコを食べている姿が滑稽で面白いのかしら。
「んん、貴方は食べないの?」
「いただきますよ」
まだ面白そうなジェイドは同じくボンボン・ショコラを取って食べて口に入れた。そして、分かりやすく目を輝かせた。
「おいしいわよね」
「はい」
今度こそ頬が落ちそうというように目を細めて食べるジェイドに胸がふわっとする。
買って来てよかった。会えてよかった。一緒に食べられてよかった。色々な嬉しい感情が混ざり合ってチョコレートみたいに溶けそうな心地だった。
「レティシア」
「なぁに?」
ふわふわの幸せな心地で返事をする。そんな私の浮かれ具合が彼に伝わったのかまた珍しく何も邪気もなく微笑んだ。
「そんなに美味しかったですか?」
「もちろん。分けてくれてありがとうね」
「もとは貴方のプレゼントですよ」
そうだけれど、結局この時間はジェイドがいてくれるからだもの。だからジェイドのおかげ。
なんてことない一日が随分ハッピーな一日になった。大満足。
大満足な心地に水を差すように終わりを告げるアナウンスが響く。
「もうそんな時間になるわよね」
はぁ、とため息をついてもうひとつのショッパーを渡す。
「これはアズールたちの分よ」
「お気遣いありがとうございます」
「いいえ~」
お客様風なやり取りに笑う。こんな忙しいときにジェイドと会えて、話せて、一緒にボンボン・ショコラが食べられて大満足なのに――寂しい。
「また落ち着いたらデートしましょうね」
「わかりました――レティシア、いいですか」
「ん? ぁ、」
顎を掴まれる。まだ皮手袋をしていない素手の状態。肌と肌が触れ合う状態に身体の熱が上がる。同時に期待が込み上げる。
これはキスされる?
最近デートの機会も少なかったから触れ合いという触れ合いもしていない。
キスのチャンス。でも、ジェイドのことだからただからかっている可能性も捨てきれないわね。いや、でも、ワンチャン。わか、わからない!
いつもの流れと違って思考が纏まらない。
「今日は、目開けたままします?」
え、という前にジェイドが目の前にいた。同時にいつも見えるオッドアイが見えない。
今日はチョコの甘い香りがする。くらくらしそうになるはチョコの香りか、それとも不意打ちのキスのせいか。
うわ、うわ、と久々のキスに心の中であたふたしていると――。
「んンっ」
唇が舐められた。そういう後はキスが長くなる合図では。でも、ほんとに今日はもう時間がない。なんで、今日、ないのに――。
時間のなさに悔しささえ込み上げているとキスが終わってしまった。
「ぇ」
呆けているとジェイドはにっこりと微笑んで「時間ですね」とさらりと言った。
「ぇ、ええ~」
「残念ですが時間ですから」
「そんなぁ~」
にこにこ、一人楽しそうにしてなんかずる~い。
でも、楽しそうなジェイドを見るとその気分も薄れてくる。何より、今日の彼は何だか可愛い。しかたないその可愛さに絆されてあげましょう。
「ジェイド。ちゃんとお見送りしてくれる」
「ええ。もちろん」
何だか満たされた顔をしているジェイド。ほんとに今日はとっても可愛い私の恋人。
2026.02.07
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