ジェイド
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ある、春のできごとでした
魔法士養成学校を卒業して私は大学へと進学して大学生となった。
大学に進学した私と違って恋人のジェイドはナイトレイブンカレッジを卒業した後、アズールとフロイドと一緒に企業して何だかんだ楽しくやっているみたい。社会人と学生だから予定が合わないことはあるけれど、もともと別々の魔法士養成学校に通っていたからそこは別に気にしていない。
でも、会えない期間が長くなると恋人であることを忘れられている気がしてくる。ジェイドのことだから自然消滅ということだってありうる。だから、ちょっと分からなくなるときは「まだ恋人?」ってメッセージを送ってみる。その度に「恋人ですよ」と簡素な返信があった。その簡素さにさえ安心して私はまた大学生活に戻る。
――そんなメッセージを送ったのが先月だったかしら?
DMの日付を確認することなく私はグラスの中にあるジュースを見下ろす。
これはただのオレンジジュース……たぶん。口を着けていないから分からない。そもそもここに入ってから何も口にしていない。
――食べ物、飲み物、何が入っているか分からないしね。
色鮮やかな照明と場を盛り上げるための音楽。煙草、香水、様々な匂いに人の熱気。その間から期待の籠った視線、妬みの籠った視線、興味好奇心の含まれた視線が向けられる。なんと鬱陶しいことか。こんなことなら適当に理由を作って不参加にすればよかった。そもそもなんでこんな大規模になっているのか。自分が参加したグループは5人だったのに、この会場にはぱっと見ただけでも20人以上いる。
たぶん、私自身を引き合いに出して色んな人を集めたに違いない。一体、どんなやり取りがあったのか。想像しただけでも気分が悪くなる。
自分自身のうかつさに苛立ちながらグラスの縁を噛みそうになる。それを何とか耐えながらグラスを握る。
――参加しなきゃよかった……。
もともと所属していたグループは講義で仕方なく組んだもの。だから、課題が終わればもうバイバイでいいのに。今回気まぐれに打ち上げパーティーに参加した。
自分らしくない行動の要因はジェイドと会えない寂しさだったのかもしれない。彼のそっけないメッセージのやり取りなんていつものこと。だのに、たまぁに無性に寂しくなってしまう。そんな寂しさで打ち上げパーティーに参加したけれどやっぱりろくなことにならなかった。迂闊だったと小さくため息をつく。
――もう帰ってもいいわよね。
パッと周りを見ても主催の学生や同じグループだった学生が見つからない。いや、勝手にこんな規模のパーティーにしたのだから挨拶なんて義理も果たさなくていいだろう。
それに顔も見たことがない。そもそもうちの学校の学生かも分からない学生に声をかけられるのが鬱陶しい。
もう十分。早いところ帰って飲み直そう、と一口も口を着けていないグラスから手を離すと――。
「よかったらオレと一緒に飲まない」
グラスが手元に置かれる。琥珀色がグラスの半分くらい入っている。それが何なのか分からないほど馬鹿ではないし、こうした場で男から渡された酒を飲む馬鹿ではない。
「結構よ」
男の顔を見ずに去ろうとすると肩を掴まれ、そのまま強く引かれる。
自分の華奢な身体では振りほどけないほどの力で無理矢理振り返される。苛立たし気に男を睨めば知らない男だった。芸術系大学のうちの学生かも怪しい雰囲気だ。一体どこまで声をかけたのか。もう絶対に関わらない。
「まだ帰る時間じゃないだろ」
「そんなことないわ」
鬱陶し気に肩を引けば流石に男の手が離れる。それでも男のにやけ顔はおさまらない。私をどうにかできるという自信が透けて見えて気持ちが悪い。
相手もしたくないがどうするか。明らかに男以外にも私の行動を伺う視線が向けられる。
――このままだと他にも絡まれちゃうわね。
魔法を使って逃げ出そう、とブレスレットに着いた魔法石に触れる。そのまま認識阻害の結界を薄く貼る。薄く貼ればいきなりいなくなったとは思わないだろう。
案の定、目の前の男の表情が変わり怪訝なものになる。どうやらこの男は魔法が使えないらしい。でも、仲間や知り合いに魔法が使える人間がいたら面倒なことになる。
男の手が伸びるのを避けて完全に認識阻害を周囲に貼り、人混みに紛れる。出入り口に向かって歩く。
さっさと出ていこうと人混みをかき分けて出入口に向かう。その最中、周りより頭ひとつ分高い人がいた。ちょうど進行先にいて邪魔だと一瞬眉を顰めたけれど顔がはっきりと見えた。
「ぇ、ど――」
「おい!」
「ッ!」
思いもよらない〝彼〟の登場に驚いて魔法を解いてしまったらしい。いつの間にか迫っていた男に気づかず腕を掴まれた。あまりの強さに顔を歪めるが男は気にせず私の腕を引っ張られ、身体が半分だけ振り向かされる。すると、嫌でも男の顔が目に入った。
「チッ。魔法なんか使いやがって卑怯だぞ」
何が卑怯なのよ、と抗議したかったけれど男の力が強くて腕が痛い。痛さに声を出さなかったのがいけなかった。男はちょうどいいと言わんばかりに私の身体を引き寄せようと腕を引いたが――。
「無理強いは感心しませんよ」
この場には合わない丁寧な言葉が降って来ると腕を掴む男の手がいとも簡単に離れた。
咄嗟に捕まれた腕を擦るとすぐ傍に慣れた香りが来る。そのまま癖のように〝彼〟の顔を仰ぎ見る。
「ジェイド」
「お久しぶりです」
これまた場に似合わない微笑みと挨拶。どれも彼らしいけれどこの場にはとことん相応しくない。そもそも服装も仕事着のスーツなのがまたこの場に合わない。
「もう帰るんでしょう」
「ぇ、うん。そうだけれど」
「では帰りましょう」と私の肩をしっかりと抱く。そのまま去ろうとすると私たちに最初に私に声をかけた男の苛立った声をかけるが――。
「あちらに」
ジェイドが私の肩を抱いたまま視線を右に向ける。私もつられてみるとやはりうちの大学の学生ではなさそうな雰囲気の同じ年ごろの女の子がいた。女の子は明らかに不機嫌ですというように顔を顰めていたけれど、私たちが一斉に見るとにこりと可愛らしく笑みを浮かべて小さく手を振った。
「あの方、ずっと貴方を見ていましたよ」
「は?」
「興味がおありになるのでは?」
男が少々呆けた顔をするけれど少しだけ興味深そうに女の子の方を見た。そして、私にもう一度見て「じゃまたな」と言って女の子の方に向かって歩き出す。
何あれ、と思って呆れていると肩を引かれる。
「行きますよ」
「ぁ、うん」
先ほどの綺麗な微笑みを潜めてジェイドが私の身体を護るように歩き出す。周りの人は突然現れたジェイドに目を向けるが彼は一切無視する。綺麗な無視と思いながらあっさりと会場を出ることができた。そして、そのまま彼が乗って来たであろうタクシーに乗って帰路に着いた。
タクシーの中で「どうしてあそこにいたの?」と訊こうと思ったけれど、何だか沈黙が心地よくて何も話さずにいた。ふと、窓の外を見るとマンションに近づいていることに気が付く。
「泊まっていく?」
時間的にホテルのチェックインをしているとは思えない。一応訊ねてみれば「はい」と簡単な返事があった。私は「わかった」と答えてまた沈黙が続いた。
あと少しで着くかなというときにタクシーが止まった。
「少し、歩いて帰りましょうか」
私は彼の提案にほとんど無意識で頷いた。
「はぁ」
タクシーを出ると夜の空気が肌を撫でるが寒さよりも気持ちよさの方が上回る。それほどあの会場はアルコール臭に雑多な匂いで充満していたのだろう。
「どうしてあのようなパーティーに出ていたんですか?」
外に出ていの一番にジェイドがそう訊ねて来た。それよりもどうして貴方がいるの、とタクシーの中で訊くことができなかったことを訊きたかった。でも、彼の厳しい眼差しに私は自分の疑問を飲み込むしかできなかった。
――けど、どう答えたらいいのかしら。
打ち上げパーティーへの参加はジェイドに会えない寂しさを紛らわすため。でも、彼に馬鹿正直に「貴方に会えなくて」と言えばなんか恋人がいない寂しさを埋めるために出会いを求めている気がする。そうではないのだけれど、絶対にそうではないけれど――。
彼を見ればじっと探るような眼差しを向けてくる。きっと何を言っても見透かされるような気がしたし、絶対に濁しても口を割らせるに違いない。
「貴方がいなくて寂しかったから、つい」
私は馬鹿正直に答えるしかできなかった。絶対に呆れるし、何なら浮気相手を探しにとか嫌味を言われるだろう。冷え冷えとしたジェイドの眼差しを想像して勝手にしょげているとため息が頭上から聞こえた。
「貴方らしくない」
呆れを含んだけれどそこに嫌味ったらしさはなかった。意外な返答に地面を見ていた視線を上げて彼を見る。
ジェイドは私に対して珍しく困ったように眉を下げていた。
「寂しかったらいつも連絡なりするじゃないですか」
「したわよ」
「あれは確認でしょう」
「……そう言われたら、そうね」
恋人確認メッセージだけだった。そういえば、前はその後電話なりなんなりしていた気がする。でも、先月はそれだけで終わっていたのを思い出す。
「珍しく確認だけで終わったので心配していましたが……」
「心配? 貴方が心配したの?」
「それはしますよ。恋人ですから」
彼の視線が少しだけ泳ぐ。ジェイドの口から恋人とこう直接言われたのは初めてな気がする。途端、ちょっと満たされた気がするからなんとも安い乙女心。
「本当はすぐに会いに行こうかと思いましたけど仕事が立て込んでしまいましてね」
まさかの言葉にジェイドの顔を凝視してしまう。本当に目の前にいる人は私の知っている〝ジェイド・リーチ〟なのかしら、と。
「貴方、本物のジェイド・リーチ?」
「フロイドではありませんよ」
不服と言いたげの笑みに私はまじまじと彼を見れば眉が下がって困った顔になる。
「ちゃんと恋人だと思っていますし。貴方のこと大事に思っていますよ」
「まぁまぁ。どうしちゃったの?」
まさかの告白に私の思考回路が停止し始める。カレッジ時代では想像できないほど甘い言葉。変な物でも食べてしまったのかしら、それとも。
「魔法薬でも盛られたの?」
「ほんと失礼ですね。人がせっかく向き合っているというのに」
流石にジェイドも苛立ったのか唇の端が引き攣っている。でも、そんなの彼の自業自得でしょと思う。
「だって貴方ね。自分の学生時代を思い出してみなさいよ」
「……卒業してだいぶ経ちますしマシになった気がしますが」
「はぁ。友達の恋人を紹介したくなるわ」
揃いも揃ってナイトレイブンカレッジの卒業生で、ジェイドの知り合いだけれど。それでもジェイドの恋人というには「ちょっと」な態度や行動も窘めてくれるはず。
――まぁ、言わないけれどね。
彼が私にそっけないのは最初からのことだし。とはいえ、まさか分かり切ったことを寂しいと思う日がくるなんて思わなかったわ。そもそも卒業後も恋人関係が続いていることが奇跡よね。
「そういえば、まだ付き合ってくれてるわね」
「ねぇ、どうして」という思いで彼の顔を仰ぎ見ればとても驚いたように切れ長の両目を見開いていた。純粋な疑問を疑問でここまで彼が驚いた顔をすることに私も驚く。
同時に私はこの質問で今後ジェイドと恋人関係を続けられのかの分かれ道なのではと思った。
「あのね、じぇい――」
「まって」
「ん?」
「これは別れ話ですか?」
少し震えたような声がする。ジェイドが動揺しているというのか。でも、さっき驚いた顔をしていたから。
――ジェイドからしたらこれは別れ話のように聞こえるのかしら。
どちらかといえば確認作業のようなものなんだけれど、と彼をそろりと見ればこれまた珍しくちょっと焦った様子を見せていた。そんな彼を見て首を左右に振る。
「違うわ。しいと言えば確認のお話」
「確認、ですか」
動揺した様子から今度は眉根を寄せて難しい顔をしてしまった。唇を大きな手で覆ってとっても難しい顔をしている。それとも意外に真剣に考えているのかしら。でも、そこまで真剣になる話でもないような気がする。
――続けるか。続けないか。たったそれだけのことなのに。
それとも私と付き合うことでの利益とか考えているのかしら。アズールと今後も一緒に仕事をするならそこのところは平気なんだけれどな。
――姉様とアズール、たぶん結婚すると思うし。
私だって面白い企画や仕事があれば普通に手助けはするし。ここで別れてもしばらくすればお互いなんともないと思うのだけれど……。
「あの、レティシア」
「ん? なに?」
ぼんやりとジェイドの考えていそうなことを考えていたら名前を呼ばれた。彼は難しい顔からなんか、何とも言えない感じの表情をしていた。今まで見たことがない彼の表情に今度は私が目を丸くする。
「どうしたの? そんな顔をして」
「いえ。だって、その、どう答えていいか……」
「ええ? どうして?」
眉を下げた彼は困ったというより、降参というような――何とも言い難い表情をしている。声も何だかいつもの覇気がなくほとほと困っているようだった。
「そんな私は貴方を困らせるようなことを言ったつもりはないのだけれど……ごめんなさいね」
「いえ。別に謝ることではないのですが……」
眉を下げたまま首を傾げるジェイドに私も彼とは反対側に首を傾げる。
しばし私とジェイドの間に沈黙が流れる。自分で作り出した空気とはいえどうしようかと悩み始めたときだった。
「レティシアは僕が恋人でいることは飽きましたか」
どう答えていいか分からないと言っていたジェイドが絞り出したように言う。
窺うような彼はまたまた新鮮でまじまじと見たいがその時間はない。私はまた頭を左右に振る。
「飽きたとかではないわ。だって、貴方のこと好きだし……でも、貴方に無理してまで恋人でいてほしいとも思わないわ」
そう。それ。自分の中でストンと落ちた。同時に私は彼に酷いことをしてしまったと思う。私が告白しなければ彼は長らく〝恋人〟という役割を担うはめになった。
「ごめんなさいね。私、その……」
「待って、待ってください」
止められてようやく我に返ると同時に両手が取られる。人魚だからなのか体温がそこまで高くないジェイド。それでも春の寒空で冷えた指先からじんわりと熱が移っていく。
「温かいわ。ありがとう」
「いいえ……レティシア」
「なぁに」
じっと私の指先を擦る彼の手元から視線を動かす。いつもずっと上にある顔は思いのほか近くにあった。
「僕も貴方の恋人であること役割なんて思っていませんよ」
「……そう」
「はい」
裏のない柔らかくて甘い笑みを浮かべたジェイドに私も笑みを返す。上手くできているか不安だったけれど彼の表情が緩んだのが見えたから平気なんだろう。
「帰りましょう」
「そうね」
指を絡めて、手のひらを合わせて私たちは止めていた足をようやく動かした。
2024.03.17
魔法士養成学校を卒業して私は大学へと進学して大学生となった。
大学に進学した私と違って恋人のジェイドはナイトレイブンカレッジを卒業した後、アズールとフロイドと一緒に企業して何だかんだ楽しくやっているみたい。社会人と学生だから予定が合わないことはあるけれど、もともと別々の魔法士養成学校に通っていたからそこは別に気にしていない。
でも、会えない期間が長くなると恋人であることを忘れられている気がしてくる。ジェイドのことだから自然消滅ということだってありうる。だから、ちょっと分からなくなるときは「まだ恋人?」ってメッセージを送ってみる。その度に「恋人ですよ」と簡素な返信があった。その簡素さにさえ安心して私はまた大学生活に戻る。
――そんなメッセージを送ったのが先月だったかしら?
DMの日付を確認することなく私はグラスの中にあるジュースを見下ろす。
これはただのオレンジジュース……たぶん。口を着けていないから分からない。そもそもここに入ってから何も口にしていない。
――食べ物、飲み物、何が入っているか分からないしね。
色鮮やかな照明と場を盛り上げるための音楽。煙草、香水、様々な匂いに人の熱気。その間から期待の籠った視線、妬みの籠った視線、興味好奇心の含まれた視線が向けられる。なんと鬱陶しいことか。こんなことなら適当に理由を作って不参加にすればよかった。そもそもなんでこんな大規模になっているのか。自分が参加したグループは5人だったのに、この会場にはぱっと見ただけでも20人以上いる。
たぶん、私自身を引き合いに出して色んな人を集めたに違いない。一体、どんなやり取りがあったのか。想像しただけでも気分が悪くなる。
自分自身のうかつさに苛立ちながらグラスの縁を噛みそうになる。それを何とか耐えながらグラスを握る。
――参加しなきゃよかった……。
もともと所属していたグループは講義で仕方なく組んだもの。だから、課題が終わればもうバイバイでいいのに。今回気まぐれに打ち上げパーティーに参加した。
自分らしくない行動の要因はジェイドと会えない寂しさだったのかもしれない。彼のそっけないメッセージのやり取りなんていつものこと。だのに、たまぁに無性に寂しくなってしまう。そんな寂しさで打ち上げパーティーに参加したけれどやっぱりろくなことにならなかった。迂闊だったと小さくため息をつく。
――もう帰ってもいいわよね。
パッと周りを見ても主催の学生や同じグループだった学生が見つからない。いや、勝手にこんな規模のパーティーにしたのだから挨拶なんて義理も果たさなくていいだろう。
それに顔も見たことがない。そもそもうちの学校の学生かも分からない学生に声をかけられるのが鬱陶しい。
もう十分。早いところ帰って飲み直そう、と一口も口を着けていないグラスから手を離すと――。
「よかったらオレと一緒に飲まない」
グラスが手元に置かれる。琥珀色がグラスの半分くらい入っている。それが何なのか分からないほど馬鹿ではないし、こうした場で男から渡された酒を飲む馬鹿ではない。
「結構よ」
男の顔を見ずに去ろうとすると肩を掴まれ、そのまま強く引かれる。
自分の華奢な身体では振りほどけないほどの力で無理矢理振り返される。苛立たし気に男を睨めば知らない男だった。芸術系大学のうちの学生かも怪しい雰囲気だ。一体どこまで声をかけたのか。もう絶対に関わらない。
「まだ帰る時間じゃないだろ」
「そんなことないわ」
鬱陶し気に肩を引けば流石に男の手が離れる。それでも男のにやけ顔はおさまらない。私をどうにかできるという自信が透けて見えて気持ちが悪い。
相手もしたくないがどうするか。明らかに男以外にも私の行動を伺う視線が向けられる。
――このままだと他にも絡まれちゃうわね。
魔法を使って逃げ出そう、とブレスレットに着いた魔法石に触れる。そのまま認識阻害の結界を薄く貼る。薄く貼ればいきなりいなくなったとは思わないだろう。
案の定、目の前の男の表情が変わり怪訝なものになる。どうやらこの男は魔法が使えないらしい。でも、仲間や知り合いに魔法が使える人間がいたら面倒なことになる。
男の手が伸びるのを避けて完全に認識阻害を周囲に貼り、人混みに紛れる。出入り口に向かって歩く。
さっさと出ていこうと人混みをかき分けて出入口に向かう。その最中、周りより頭ひとつ分高い人がいた。ちょうど進行先にいて邪魔だと一瞬眉を顰めたけれど顔がはっきりと見えた。
「ぇ、ど――」
「おい!」
「ッ!」
思いもよらない〝彼〟の登場に驚いて魔法を解いてしまったらしい。いつの間にか迫っていた男に気づかず腕を掴まれた。あまりの強さに顔を歪めるが男は気にせず私の腕を引っ張られ、身体が半分だけ振り向かされる。すると、嫌でも男の顔が目に入った。
「チッ。魔法なんか使いやがって卑怯だぞ」
何が卑怯なのよ、と抗議したかったけれど男の力が強くて腕が痛い。痛さに声を出さなかったのがいけなかった。男はちょうどいいと言わんばかりに私の身体を引き寄せようと腕を引いたが――。
「無理強いは感心しませんよ」
この場には合わない丁寧な言葉が降って来ると腕を掴む男の手がいとも簡単に離れた。
咄嗟に捕まれた腕を擦るとすぐ傍に慣れた香りが来る。そのまま癖のように〝彼〟の顔を仰ぎ見る。
「ジェイド」
「お久しぶりです」
これまた場に似合わない微笑みと挨拶。どれも彼らしいけれどこの場にはとことん相応しくない。そもそも服装も仕事着のスーツなのがまたこの場に合わない。
「もう帰るんでしょう」
「ぇ、うん。そうだけれど」
「では帰りましょう」と私の肩をしっかりと抱く。そのまま去ろうとすると私たちに最初に私に声をかけた男の苛立った声をかけるが――。
「あちらに」
ジェイドが私の肩を抱いたまま視線を右に向ける。私もつられてみるとやはりうちの大学の学生ではなさそうな雰囲気の同じ年ごろの女の子がいた。女の子は明らかに不機嫌ですというように顔を顰めていたけれど、私たちが一斉に見るとにこりと可愛らしく笑みを浮かべて小さく手を振った。
「あの方、ずっと貴方を見ていましたよ」
「は?」
「興味がおありになるのでは?」
男が少々呆けた顔をするけれど少しだけ興味深そうに女の子の方を見た。そして、私にもう一度見て「じゃまたな」と言って女の子の方に向かって歩き出す。
何あれ、と思って呆れていると肩を引かれる。
「行きますよ」
「ぁ、うん」
先ほどの綺麗な微笑みを潜めてジェイドが私の身体を護るように歩き出す。周りの人は突然現れたジェイドに目を向けるが彼は一切無視する。綺麗な無視と思いながらあっさりと会場を出ることができた。そして、そのまま彼が乗って来たであろうタクシーに乗って帰路に着いた。
タクシーの中で「どうしてあそこにいたの?」と訊こうと思ったけれど、何だか沈黙が心地よくて何も話さずにいた。ふと、窓の外を見るとマンションに近づいていることに気が付く。
「泊まっていく?」
時間的にホテルのチェックインをしているとは思えない。一応訊ねてみれば「はい」と簡単な返事があった。私は「わかった」と答えてまた沈黙が続いた。
あと少しで着くかなというときにタクシーが止まった。
「少し、歩いて帰りましょうか」
私は彼の提案にほとんど無意識で頷いた。
「はぁ」
タクシーを出ると夜の空気が肌を撫でるが寒さよりも気持ちよさの方が上回る。それほどあの会場はアルコール臭に雑多な匂いで充満していたのだろう。
「どうしてあのようなパーティーに出ていたんですか?」
外に出ていの一番にジェイドがそう訊ねて来た。それよりもどうして貴方がいるの、とタクシーの中で訊くことができなかったことを訊きたかった。でも、彼の厳しい眼差しに私は自分の疑問を飲み込むしかできなかった。
――けど、どう答えたらいいのかしら。
打ち上げパーティーへの参加はジェイドに会えない寂しさを紛らわすため。でも、彼に馬鹿正直に「貴方に会えなくて」と言えばなんか恋人がいない寂しさを埋めるために出会いを求めている気がする。そうではないのだけれど、絶対にそうではないけれど――。
彼を見ればじっと探るような眼差しを向けてくる。きっと何を言っても見透かされるような気がしたし、絶対に濁しても口を割らせるに違いない。
「貴方がいなくて寂しかったから、つい」
私は馬鹿正直に答えるしかできなかった。絶対に呆れるし、何なら浮気相手を探しにとか嫌味を言われるだろう。冷え冷えとしたジェイドの眼差しを想像して勝手にしょげているとため息が頭上から聞こえた。
「貴方らしくない」
呆れを含んだけれどそこに嫌味ったらしさはなかった。意外な返答に地面を見ていた視線を上げて彼を見る。
ジェイドは私に対して珍しく困ったように眉を下げていた。
「寂しかったらいつも連絡なりするじゃないですか」
「したわよ」
「あれは確認でしょう」
「……そう言われたら、そうね」
恋人確認メッセージだけだった。そういえば、前はその後電話なりなんなりしていた気がする。でも、先月はそれだけで終わっていたのを思い出す。
「珍しく確認だけで終わったので心配していましたが……」
「心配? 貴方が心配したの?」
「それはしますよ。恋人ですから」
彼の視線が少しだけ泳ぐ。ジェイドの口から恋人とこう直接言われたのは初めてな気がする。途端、ちょっと満たされた気がするからなんとも安い乙女心。
「本当はすぐに会いに行こうかと思いましたけど仕事が立て込んでしまいましてね」
まさかの言葉にジェイドの顔を凝視してしまう。本当に目の前にいる人は私の知っている〝ジェイド・リーチ〟なのかしら、と。
「貴方、本物のジェイド・リーチ?」
「フロイドではありませんよ」
不服と言いたげの笑みに私はまじまじと彼を見れば眉が下がって困った顔になる。
「ちゃんと恋人だと思っていますし。貴方のこと大事に思っていますよ」
「まぁまぁ。どうしちゃったの?」
まさかの告白に私の思考回路が停止し始める。カレッジ時代では想像できないほど甘い言葉。変な物でも食べてしまったのかしら、それとも。
「魔法薬でも盛られたの?」
「ほんと失礼ですね。人がせっかく向き合っているというのに」
流石にジェイドも苛立ったのか唇の端が引き攣っている。でも、そんなの彼の自業自得でしょと思う。
「だって貴方ね。自分の学生時代を思い出してみなさいよ」
「……卒業してだいぶ経ちますしマシになった気がしますが」
「はぁ。友達の恋人を紹介したくなるわ」
揃いも揃ってナイトレイブンカレッジの卒業生で、ジェイドの知り合いだけれど。それでもジェイドの恋人というには「ちょっと」な態度や行動も窘めてくれるはず。
――まぁ、言わないけれどね。
彼が私にそっけないのは最初からのことだし。とはいえ、まさか分かり切ったことを寂しいと思う日がくるなんて思わなかったわ。そもそも卒業後も恋人関係が続いていることが奇跡よね。
「そういえば、まだ付き合ってくれてるわね」
「ねぇ、どうして」という思いで彼の顔を仰ぎ見ればとても驚いたように切れ長の両目を見開いていた。純粋な疑問を疑問でここまで彼が驚いた顔をすることに私も驚く。
同時に私はこの質問で今後ジェイドと恋人関係を続けられのかの分かれ道なのではと思った。
「あのね、じぇい――」
「まって」
「ん?」
「これは別れ話ですか?」
少し震えたような声がする。ジェイドが動揺しているというのか。でも、さっき驚いた顔をしていたから。
――ジェイドからしたらこれは別れ話のように聞こえるのかしら。
どちらかといえば確認作業のようなものなんだけれど、と彼をそろりと見ればこれまた珍しくちょっと焦った様子を見せていた。そんな彼を見て首を左右に振る。
「違うわ。しいと言えば確認のお話」
「確認、ですか」
動揺した様子から今度は眉根を寄せて難しい顔をしてしまった。唇を大きな手で覆ってとっても難しい顔をしている。それとも意外に真剣に考えているのかしら。でも、そこまで真剣になる話でもないような気がする。
――続けるか。続けないか。たったそれだけのことなのに。
それとも私と付き合うことでの利益とか考えているのかしら。アズールと今後も一緒に仕事をするならそこのところは平気なんだけれどな。
――姉様とアズール、たぶん結婚すると思うし。
私だって面白い企画や仕事があれば普通に手助けはするし。ここで別れてもしばらくすればお互いなんともないと思うのだけれど……。
「あの、レティシア」
「ん? なに?」
ぼんやりとジェイドの考えていそうなことを考えていたら名前を呼ばれた。彼は難しい顔からなんか、何とも言えない感じの表情をしていた。今まで見たことがない彼の表情に今度は私が目を丸くする。
「どうしたの? そんな顔をして」
「いえ。だって、その、どう答えていいか……」
「ええ? どうして?」
眉を下げた彼は困ったというより、降参というような――何とも言い難い表情をしている。声も何だかいつもの覇気がなくほとほと困っているようだった。
「そんな私は貴方を困らせるようなことを言ったつもりはないのだけれど……ごめんなさいね」
「いえ。別に謝ることではないのですが……」
眉を下げたまま首を傾げるジェイドに私も彼とは反対側に首を傾げる。
しばし私とジェイドの間に沈黙が流れる。自分で作り出した空気とはいえどうしようかと悩み始めたときだった。
「レティシアは僕が恋人でいることは飽きましたか」
どう答えていいか分からないと言っていたジェイドが絞り出したように言う。
窺うような彼はまたまた新鮮でまじまじと見たいがその時間はない。私はまた頭を左右に振る。
「飽きたとかではないわ。だって、貴方のこと好きだし……でも、貴方に無理してまで恋人でいてほしいとも思わないわ」
そう。それ。自分の中でストンと落ちた。同時に私は彼に酷いことをしてしまったと思う。私が告白しなければ彼は長らく〝恋人〟という役割を担うはめになった。
「ごめんなさいね。私、その……」
「待って、待ってください」
止められてようやく我に返ると同時に両手が取られる。人魚だからなのか体温がそこまで高くないジェイド。それでも春の寒空で冷えた指先からじんわりと熱が移っていく。
「温かいわ。ありがとう」
「いいえ……レティシア」
「なぁに」
じっと私の指先を擦る彼の手元から視線を動かす。いつもずっと上にある顔は思いのほか近くにあった。
「僕も貴方の恋人であること役割なんて思っていませんよ」
「……そう」
「はい」
裏のない柔らかくて甘い笑みを浮かべたジェイドに私も笑みを返す。上手くできているか不安だったけれど彼の表情が緩んだのが見えたから平気なんだろう。
「帰りましょう」
「そうね」
指を絡めて、手のひらを合わせて私たちは止めていた足をようやく動かした。
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