わからないひと
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◆ 夢主視点
「その子、こちらにください」
浜辺の奥まった人気のないところに到着するとジェイドがいい笑顔でそう言った。
最初は私も彼に渡して楽しんでもらおうと思ったけれど、今の彼には素直に渡すのをちょっと躊躇してしまう。そんな笑みだった。
「レティシア。僕に、その子くれるのでは?」
「挙げるっていうか……その見せたら驚いてくれるかなぁって思って」
ずりっと思わず後ろに下がる。最初の渡して楽しんでもらおうというのは今のジェイドを見て私の中から消えてしまった。それにさっきからバックの中に入れた〝子〟がふるふると震えて怖がっているのが伝わる。
「おや。てっきり贈り物かと」
眉を下げて顎に手を添えて彼は首を傾げる。シャランと鳴る綺麗なピアスの音に私はバックを手で後ろにやる。
「今の貴方はこの子に何をするか分からないわ」
だからダメと暗に伝えればジェイドの顔から表情が消えてスンとなった。そして、すかさずジャケットの胸ポケットにあったマジカルペンを手にすると――。
「ぁ!」
しまった、と言葉になる前にバックからあの子の気配が消えた。同時に彼の手のひらの上にぷかぷかとあの子が浮いている。
「ちょ、ジェイド!」
「なんですか」
ツンとした顔のままジェイドにすぐに近寄ってあの子に向かって手を伸ばす。けれど、ジェイドが予想していましたというように手を高く上げてしまう。
190センチもあるジェイドに腕を高くあげられてしまっては叶わない。私はすぐに魔法で取り返そうと魔法石の着いたブレスレットをペン型にするけれど――。
「おっとそうはさせません」
「ッ!」
ペンが手から消えたジェイドを見ればその手に私のマジカルペンがあった。
表情を消したままの彼に「どうして?」と気弱な声で問いかける。すると、彼は「どうして」と意味合いの違うような言葉を口にした。
それから視線を私から囚われの子へと移した。
「そうですね。このツムが憎たらしいと言ったところでしょうか」
「ツム?」
何か知っていると思ったらどうやら謎の生き物であるその子はツムと言うらしい。
ジェイドは「僕のところにもやって来たんですよ」と付け足した。
「え! そうなの!」
思わず彼の手に囚われている子に訊ねれば短い手足をバタバタ動かした。それが「正解」なのか「不正解」なのか流石に分からなかった。思わずジェイドを見れば首を横に振った。
「いいえ。この子ではありません。僕のところに来たツムさんはオクタヴィネル寮の寮服のようなものを着ていました」
「え? でも……」
咄嗟に囚われのツムを見る。私のところに来たツムはナイトレイブンカレッジの制服によく似たものを着ている(?)
「え? 一匹(?)じゃないの?」
「さぁ。それは僕も分かりません」
スンとしていたジェイドもこれにはさすがに困惑気味に眉を寄せた。そこはどうやら本当に分からないらしい。もしかしてその彼のところに来たというツムが何かやらかしたのか。
「ちなみに僕のところに来たツムさんはとても友好的でしたから」
にっこりと笑って嫌味っぽく言う。どうやら私のところに来たツムとは違うみたい。とはいえ、その違いを普段なら面白いと思うのにどうして今は面白くなさそうなのかしら。
私は囚われているツムを見ると若干泣きべそをかいている。
「僕に似ているんですからどうせ泣き真似ですよ」
フンと鼻を鳴らすジェイドにツムが泣くのをやめて短い手足で抗議めいた動きをする。それに「ほら泣いていないじゃないですか」とジェイドがにんまりと笑みを描きながら言う。それにまたツムがムキムキと怒ったような動きをする。
「もうジェイドったらイジメないで」
「イジメてなんかいません」
ジェイドが目の前に浮かしたままのツムを持ってきた。てっきり返してくれるのかと思って手を伸ばせばすいっと避けられた。
「返してくれないの?」
「僕が帰してしておきます」
帰すと言うことばにツムが反応してまた抗議するように短い手足を動かす。どうやら帰るはイヤみたい。
「イヤみたいよ」
「貴方が懐かせたからいけないんですよ」
「えー」
懐かせたって最初からすごく懐いていたのに。それにジェイドに似ていたら邪険になんてできないし、情も湧くのは仕方ない。そこのところ彼は分かっていないのかしら。
むぅと見ればジェイドが溜め息をついた。
「わかっています。どうせ僕に似ていたから可愛がっていたんでしょう」
「ええ。貴方よりも素直で甘えん坊で可愛いわ」
そういえばほんと不思議よね。ジェイドに似ているけれど彼のようにつっけんどんな冷たい態度はしない。最初から私にすごく懐いてきたし甘えてきた。
「甘える……」
「そうね。一緒に寝たわね」
苦々しい顔のジェイドを見てからかいたい気持ちが芽生えてツムに「ねぇ~」と訊ねる。それに嬉しそうにパタパタ手足を動かした。それに笑いながら私は腕を動かす。
「ちっちゃくて潰しそうだったけれどクッションくらいの大きさになってくれたから潰さずに済んだのよ」
「大きくなるんですか」
「ええ。抱き枕に最高よ」
「へぇ」
低く冷え冷えとした声に肩が揺れる。これは調子に乗り過ぎた。
恐る恐るジェイドをチラ見すると微笑み返された。それは綺麗な〝にこり〟とした笑みだった。そして、その笑みのまま私のマジカルペンごと胸ポケットに戻し、空いた手で――。
「ジェイドっっ!」
ぐわっしと大きな手でツムを掴むとすかさずもう片方の手でぐわしと掴んだ。ギリギリと握り潰さんというような勢いに思わず真正面から彼に抱き着く。
「やめてちょうだい!」
「なんですか」
じろっと鬱陶し気に睨まれると思わず肩が縮こまる。こういうときのジェイドの両目は肉食系人魚らしくちょっと怖い、というかだいぶ怖いわ。
「だって可哀そうよ。それに死んでしまうかも」
それでもなんとか言い募れば彼の口角が嘲笑うように上がった。
「ふっ。この柔らかい身体をどれくらいの力で絞れば死んでしまうか興味深いですね」
「ちょっと! 軽い殺人宣言よ!」
「殺人もなにもないでしょう」
口角を上げたと思えば鋭い歯を見せて彼は両手に力を入れた、ように見える。
「もう! やめなさい!」
今度は胴体からかの首に飛び跳ねて抱き着く。流石にそれにジェイドも驚いたのかたたらを踏んだ。けど、それくらいで私は無様に首に抱き着くくらいしかできなかった。
「レティシア……」
「っ、」
僅かにかがんだジェイドが私の耳元で名前を呼ぶ。低い声とわずかな吐息に思わず顔を背けると同時に腰を強く抱かれた。
「レティシア」
逸らしていた目をジェイドに向けるととても近いところに彼の顔があった。
どうして、と思う前に僅かにあった距離がなくなった。
「ッ」
目の前のすごく至近距離に左右色の異なるオッドアイがあった。同時に唇に柔らかい荒れた感じのないしっとりとした感触がする。
それが何なのかすぐに検討がついた。ついたけれど、どうしてジェイドとキスしているのか分からなかった。
私の混乱を他所にジェイドがしっかりと腰を抱いてさらに項の辺りに手を置いた。これは抱き込まれたと何とか想像つくとさらに唇が押し付けられた。
「んぅ、ン」
何が何だか分からないまま唇は舐められ食べられる。舐められて、食べられて、と繰り返されると足に力は入らなくなる。力が入らなくなるのは足だけではなく唇も上下緩んでその緩みでさらにジェイドの唇が隙間なくくっついてくる。
そのまま深く重なった唇のせいで自然と開いた口の中に生暖かいものが入って来た。
「ふぁ、はっ、んぁ」
生暖かいものはぬめっていた。そのぬめったもの――ジェイドの舌が我が物顔で口内を探っていく。
ジェイドの舌はとても器用なのか上あごを擦って、歯列を丁寧に撫でて、戸惑っていた私の舌に巻き付いてきた。巻き付いてそのまま吸われてウツボってこういうところまで柔らかいのかなんて思考回路が落ちてきたときだった。
「ぅ゛っ!」
「ん゛ッ!」
ゴという音と共にジェイドの歯が唇にぶつかった。お互い痛みに濁った声を出すとじわりと変な味が唾液に交じって入って来た。
その不味い変な味に眉を顰めるとジェイドも眉を顰めゆっくりと離れた。つぅっとお互いの口の間にできた銀の糸はピンク色が滲んでいる気がして――。
「ぁ、ち」
色のついた糸を辿ればジェイドの唇が切れて真っ赤な血が出ていた。反射的に手を伸ばすとすぐに大きな手に避けられてしまった。
「貴方も切れてますよ」
「え、ッ」
ピリとした痛みに舌を伸ばせば変な不味い味がした。そうかこれは血の味だ。
「レティシア。舐めない方がいいですよ」
「わかってるわ」
傷の元凶でもある彼を見れば彼も痛そうに顔歪めている。それにやっぱり心配になると彼も私と同じように滲む血を掬うように舌でなめ取った。
「っ、」
「舐めない方がいいわよ」
「知っています」
言いながらまだ血が滲むジェイドを見てジャケットからハンカチを取り出す。そのまま無言で差し出す。普段ならつっけんどんな態度をされるが今日はじっとハンカチを見た後、無言でハンカチを受け取った。
「後で新しいものを買って返します」
「気にしなくてもいいわよ」
そう言っておくけれどジェイドはきっと新しいものを返すに違いない。
唇をハンカチで抑える彼を見ながら辺りを見渡そうと首を動かそうとすると――。
「わっ」
すごい勢いで頬に何かが押し付けられた。ぐりぐりと押し付けられる感じはここ数日で慣れたものだった。それでも今のそれはすごくて。
「ちょ、ちょっと待って」
身体ごと押し付けてくる。流石にここまでの勢いだと頬が痛くなる。擦れて真っ赤になる前に愛らしいフォルムの身体を両手で掴む。
「もうどうしたの?」
両手で掴んで顔の高さにツムを持って行くと短い手足をパタパタしている。心配してくれていたのか。それとも怒っているのか。どっちもあるのかもしれない。
興奮しているツムを片手に乗せてもう片方の手で落ち着かせるように撫でる。すると、ふんふんと鼻息荒かったツムもようやく落ち着いた。
「ふぅ。落ち着いたみたいね」
胸を撫でおろしながらツムを護るように手を置いてジェイドを見る。
ジェイドはハンカチを握ったままじぃっとりと目を据わらせて見ていた。責められるような視線に私は肩を縮こませる。
「レティシア」
「ダメよ……」
ツムを護るように胸に抱くとさらに目が細くなってさらに視線が鋭くなる。
どうしてそこまでこのツムを目の敵にするのか。そもそもさっきのキスだって意味が分からない。
私たちは恋人同士ではない。私は彼のことを好きだけれどさっきのキスは嬉しさとかよりも困惑しかなかった。
「ねぇ。さっきのキスは」
「ああ。牽制です」
「牽制?」
意味が分からず首を傾げるとジェイドの視線が下にいく。視線の行き着く先はきっとツムなのだろう。けれど、牽制相手がツムとはどういうことなのだろうか。
「そのツム。貴方のことを〝番 〟だと思っているんですよ」
彼の言葉に口がはしたなくパカリと開いてしまった。そして、胸に抱いたツムをそっと離して可愛らしい顔をまじまじと見つめる。
「私のこと番だと思ってるの?」
そう訊ねれば顔を薄っすら赤く染めながら短い手足をパタパタ動かしている。どうやら「正解」みたい。
もしかして私に懐いていたのは番として見初めたからなのかもしれない。つまり、懐いていたというより番としてべったりくっついていたということ?
「え、え~、ジェイド、どうしよう」
「だから僕が処分するって言ったじゃないですか」
にっこりと微笑むジェイドに私はまた胸にツムを抱いた。
「さすがに可哀そうよ」
「じゃあ、番にするんですか」
「それは……」
そもそも種族(?)が違うから番になれないというか。
困ったな、と思いながらツムを見ると左右に動いで藻掻く。いつもの反射で両手を離す。
すると、自由になったツムがふわふわと浮いて顔の高さまで来ると――。
ちゅ
そんな可愛らしい音がしそうなキスをツムにされた。ツムはパッと離れると照れたように顔を赤く染めている。
私はキスされたことに驚くよりもすぐツムの背後にいるジェイドのスンと感情を落とした顔が怖かった。
すぐにツムを抱き寄せようとしたけれど1秒ほど遅かった。
ジェイドの腕が伸びてその大きな手でまたツムを捕まえてしまった。
「これはもはや見過ごせないですね」
「じ、ジェイド、落ち着いて」
「落ち着いていられますか」
スンと感情を落としたように見える表情からじわり、じわり、と怒りが滲み出る。今のツムの行動でプッツンと切れてしまったよう。
この状態のジェイドは宥められない。そもそもこんなジェイド初めて見たからどうしようもない。もっと違う機会だったら珍しい彼を観察したけれど今はそれをする暇もない。
「ああ、もう、ツムのおバカさん」
もう私には何もできないとお手上げという意味を込めて告げる。ツムはその意味を理解したのか必死に彼の手から逃げようともがく。けれど、今度は逃がさないというようにジェイドが魔法を使ってツムを閉じ込めてしまった。
「このツムは僕が学園に連れ帰ります」
「連れ帰ってどうするのよ」
「還します」
どこに、とは聞かない。瞳孔が開いたジェイドにきっともう私にできることはない。
「一応最後のお別れを言わせてちょうだい」
「それくらいならいいですよ」
私が無駄な足掻きをしないことで機嫌がよくなったらしい。先ほどのスンとして瞳孔が開いたジェイドはいなくなった。いつもの笑みでずずいっと防御壁で囲い込んだツムを目の前に差し出した。
ツムの悲しそうな顔と雰囲気に私は寂しさが込み上げる。けれど、ここでお別れ。
「何もできなくてごめんなさいね。元気でね」
そう告げるとツムが「イヤだ、イヤだ」と駄々をこねる子どもみたいにジタバタする。可哀そうと思う傍らジェイドが機嫌よさそうに「残念ですねぇ」と告げる。
慈悲深い寮に配属されているのになんて慈悲のなさ。でも、ツンツンとツムの入っている防御壁を突く彼を見て〝よかった〟と思う時点で私も慈悲がないのかも。なら最後に言ってもいいのかもしれない。
「ねぇ。最後にいい?」
「おや。まだ何か?」
ツムごとこちらを見たジェイドが怪訝そうな顔をする。そんな彼に「安心してちょうだい」と告げながらツムを見る。
ツムは私に助けてもらえるのかと思ってか瞳が輝いて見える。そんな子の期待を私は申し訳なく思いながら砕いた。
「私、貴方の番にはなれないわ。そこにいるジェイドのことが好きだから」
「ごめんなさい」と最後に付け足せばツムが一瞬呆けた雰囲気を出したと思うと――。
「ぁっ。泣いちゃった」
ピィと甲高い声を出して滂沱の涙を流し始めた。
「貴方、随分酷いことを言いますね」
「でも、さよならするなら――って、貴方ね」
ツムから視線を上げて彼を見れば非常に愉しそうに口角を上げて嗤っていた。そんな顔をしてよく私に酷いと言えたものだ。呆れたと思った瞬間、視界の端に何か光るものを感じた。そっちを見てみるとツムが光っていた。
「え、え? もしかして爆発するの?」
「まさか……ですが、この光は」
意外に冷静なジェイドを見て、ツムに視線を戻すと――。
「あらあら」
ツムの身体が薄っすらと透けている。これはもしかして元いた世界に帰る前兆なのかしら。
「もう一押ししますか」
フムと頷いたジェイドがくるっと自分の方にツムを向けると――。
「彼女は僕の〝番 〟ですから残念でしたね」
にっこりと微笑んだ瞬間またツムが甲高い声を出したと思うと光がさらに強くなる。そして、パァンと防御壁が割れる音がした。
キラキラと魔法の粉が舞う。ツムを囲っていた防御壁はもう消失したが、防御壁が囲っていたツムもいない。
「……死んでしまったなんてことないわよね」
「さぁ、どうでしょうか」
興味ないと言わんばかりに肩を竦めるジェイドの視線が私に向けられる。その視線に私は一歩下がる。けれど、その一歩はすぐにジェイドに詰められてしまった。
「今度、またツムが現れたらすぐに僕に連絡してくださいね」
「ちゃんと処分しますから」と暗に告げているような気がする。でも、確かに自分が似たツムが自分とは似ても似つかない行動をされるのはジェイドも気分がよくないだろう。
「わかったわ。今度はちゃんと連絡する」
「そうしてください」
はぁ、とため息をつくと私から取り上げたマジカルペンを差し出した。それを受け取ろうとして手を伸ばすと――がっしりと掴まってしまった。
「え?」
何、と彼を見ればずいっと顔を寄せてきた。ふと近くなった顔にさっきのキスを思い出し思わず唇に視線が行ってしまう。薄いジェイドの唇にはさっき私とぶつかったときの傷が残っていた。
――幻覚ではなかったのね。
魔法にかけられていたわけではないのかなんて呆けた考えが浮かぶ。だが、それほどさっきのキスは現実味が薄かった。でも、私の唇もじくじくするからやっぱり現実に起きたことのはず。
「その子、こちらにください」
浜辺の奥まった人気のないところに到着するとジェイドがいい笑顔でそう言った。
最初は私も彼に渡して楽しんでもらおうと思ったけれど、今の彼には素直に渡すのをちょっと躊躇してしまう。そんな笑みだった。
「レティシア。僕に、その子くれるのでは?」
「挙げるっていうか……その見せたら驚いてくれるかなぁって思って」
ずりっと思わず後ろに下がる。最初の渡して楽しんでもらおうというのは今のジェイドを見て私の中から消えてしまった。それにさっきからバックの中に入れた〝子〟がふるふると震えて怖がっているのが伝わる。
「おや。てっきり贈り物かと」
眉を下げて顎に手を添えて彼は首を傾げる。シャランと鳴る綺麗なピアスの音に私はバックを手で後ろにやる。
「今の貴方はこの子に何をするか分からないわ」
だからダメと暗に伝えればジェイドの顔から表情が消えてスンとなった。そして、すかさずジャケットの胸ポケットにあったマジカルペンを手にすると――。
「ぁ!」
しまった、と言葉になる前にバックからあの子の気配が消えた。同時に彼の手のひらの上にぷかぷかとあの子が浮いている。
「ちょ、ジェイド!」
「なんですか」
ツンとした顔のままジェイドにすぐに近寄ってあの子に向かって手を伸ばす。けれど、ジェイドが予想していましたというように手を高く上げてしまう。
190センチもあるジェイドに腕を高くあげられてしまっては叶わない。私はすぐに魔法で取り返そうと魔法石の着いたブレスレットをペン型にするけれど――。
「おっとそうはさせません」
「ッ!」
ペンが手から消えたジェイドを見ればその手に私のマジカルペンがあった。
表情を消したままの彼に「どうして?」と気弱な声で問いかける。すると、彼は「どうして」と意味合いの違うような言葉を口にした。
それから視線を私から囚われの子へと移した。
「そうですね。このツムが憎たらしいと言ったところでしょうか」
「ツム?」
何か知っていると思ったらどうやら謎の生き物であるその子はツムと言うらしい。
ジェイドは「僕のところにもやって来たんですよ」と付け足した。
「え! そうなの!」
思わず彼の手に囚われている子に訊ねれば短い手足をバタバタ動かした。それが「正解」なのか「不正解」なのか流石に分からなかった。思わずジェイドを見れば首を横に振った。
「いいえ。この子ではありません。僕のところに来たツムさんはオクタヴィネル寮の寮服のようなものを着ていました」
「え? でも……」
咄嗟に囚われのツムを見る。私のところに来たツムはナイトレイブンカレッジの制服によく似たものを着ている(?)
「え? 一匹(?)じゃないの?」
「さぁ。それは僕も分かりません」
スンとしていたジェイドもこれにはさすがに困惑気味に眉を寄せた。そこはどうやら本当に分からないらしい。もしかしてその彼のところに来たというツムが何かやらかしたのか。
「ちなみに僕のところに来たツムさんはとても友好的でしたから」
にっこりと笑って嫌味っぽく言う。どうやら私のところに来たツムとは違うみたい。とはいえ、その違いを普段なら面白いと思うのにどうして今は面白くなさそうなのかしら。
私は囚われているツムを見ると若干泣きべそをかいている。
「僕に似ているんですからどうせ泣き真似ですよ」
フンと鼻を鳴らすジェイドにツムが泣くのをやめて短い手足で抗議めいた動きをする。それに「ほら泣いていないじゃないですか」とジェイドがにんまりと笑みを描きながら言う。それにまたツムがムキムキと怒ったような動きをする。
「もうジェイドったらイジメないで」
「イジメてなんかいません」
ジェイドが目の前に浮かしたままのツムを持ってきた。てっきり返してくれるのかと思って手を伸ばせばすいっと避けられた。
「返してくれないの?」
「僕が帰してしておきます」
帰すと言うことばにツムが反応してまた抗議するように短い手足を動かす。どうやら帰るはイヤみたい。
「イヤみたいよ」
「貴方が懐かせたからいけないんですよ」
「えー」
懐かせたって最初からすごく懐いていたのに。それにジェイドに似ていたら邪険になんてできないし、情も湧くのは仕方ない。そこのところ彼は分かっていないのかしら。
むぅと見ればジェイドが溜め息をついた。
「わかっています。どうせ僕に似ていたから可愛がっていたんでしょう」
「ええ。貴方よりも素直で甘えん坊で可愛いわ」
そういえばほんと不思議よね。ジェイドに似ているけれど彼のようにつっけんどんな冷たい態度はしない。最初から私にすごく懐いてきたし甘えてきた。
「甘える……」
「そうね。一緒に寝たわね」
苦々しい顔のジェイドを見てからかいたい気持ちが芽生えてツムに「ねぇ~」と訊ねる。それに嬉しそうにパタパタ手足を動かした。それに笑いながら私は腕を動かす。
「ちっちゃくて潰しそうだったけれどクッションくらいの大きさになってくれたから潰さずに済んだのよ」
「大きくなるんですか」
「ええ。抱き枕に最高よ」
「へぇ」
低く冷え冷えとした声に肩が揺れる。これは調子に乗り過ぎた。
恐る恐るジェイドをチラ見すると微笑み返された。それは綺麗な〝にこり〟とした笑みだった。そして、その笑みのまま私のマジカルペンごと胸ポケットに戻し、空いた手で――。
「ジェイドっっ!」
ぐわっしと大きな手でツムを掴むとすかさずもう片方の手でぐわしと掴んだ。ギリギリと握り潰さんというような勢いに思わず真正面から彼に抱き着く。
「やめてちょうだい!」
「なんですか」
じろっと鬱陶し気に睨まれると思わず肩が縮こまる。こういうときのジェイドの両目は肉食系人魚らしくちょっと怖い、というかだいぶ怖いわ。
「だって可哀そうよ。それに死んでしまうかも」
それでもなんとか言い募れば彼の口角が嘲笑うように上がった。
「ふっ。この柔らかい身体をどれくらいの力で絞れば死んでしまうか興味深いですね」
「ちょっと! 軽い殺人宣言よ!」
「殺人もなにもないでしょう」
口角を上げたと思えば鋭い歯を見せて彼は両手に力を入れた、ように見える。
「もう! やめなさい!」
今度は胴体からかの首に飛び跳ねて抱き着く。流石にそれにジェイドも驚いたのかたたらを踏んだ。けど、それくらいで私は無様に首に抱き着くくらいしかできなかった。
「レティシア……」
「っ、」
僅かにかがんだジェイドが私の耳元で名前を呼ぶ。低い声とわずかな吐息に思わず顔を背けると同時に腰を強く抱かれた。
「レティシア」
逸らしていた目をジェイドに向けるととても近いところに彼の顔があった。
どうして、と思う前に僅かにあった距離がなくなった。
「ッ」
目の前のすごく至近距離に左右色の異なるオッドアイがあった。同時に唇に柔らかい荒れた感じのないしっとりとした感触がする。
それが何なのかすぐに検討がついた。ついたけれど、どうしてジェイドとキスしているのか分からなかった。
私の混乱を他所にジェイドがしっかりと腰を抱いてさらに項の辺りに手を置いた。これは抱き込まれたと何とか想像つくとさらに唇が押し付けられた。
「んぅ、ン」
何が何だか分からないまま唇は舐められ食べられる。舐められて、食べられて、と繰り返されると足に力は入らなくなる。力が入らなくなるのは足だけではなく唇も上下緩んでその緩みでさらにジェイドの唇が隙間なくくっついてくる。
そのまま深く重なった唇のせいで自然と開いた口の中に生暖かいものが入って来た。
「ふぁ、はっ、んぁ」
生暖かいものはぬめっていた。そのぬめったもの――ジェイドの舌が我が物顔で口内を探っていく。
ジェイドの舌はとても器用なのか上あごを擦って、歯列を丁寧に撫でて、戸惑っていた私の舌に巻き付いてきた。巻き付いてそのまま吸われてウツボってこういうところまで柔らかいのかなんて思考回路が落ちてきたときだった。
「ぅ゛っ!」
「ん゛ッ!」
ゴという音と共にジェイドの歯が唇にぶつかった。お互い痛みに濁った声を出すとじわりと変な味が唾液に交じって入って来た。
その不味い変な味に眉を顰めるとジェイドも眉を顰めゆっくりと離れた。つぅっとお互いの口の間にできた銀の糸はピンク色が滲んでいる気がして――。
「ぁ、ち」
色のついた糸を辿ればジェイドの唇が切れて真っ赤な血が出ていた。反射的に手を伸ばすとすぐに大きな手に避けられてしまった。
「貴方も切れてますよ」
「え、ッ」
ピリとした痛みに舌を伸ばせば変な不味い味がした。そうかこれは血の味だ。
「レティシア。舐めない方がいいですよ」
「わかってるわ」
傷の元凶でもある彼を見れば彼も痛そうに顔歪めている。それにやっぱり心配になると彼も私と同じように滲む血を掬うように舌でなめ取った。
「っ、」
「舐めない方がいいわよ」
「知っています」
言いながらまだ血が滲むジェイドを見てジャケットからハンカチを取り出す。そのまま無言で差し出す。普段ならつっけんどんな態度をされるが今日はじっとハンカチを見た後、無言でハンカチを受け取った。
「後で新しいものを買って返します」
「気にしなくてもいいわよ」
そう言っておくけれどジェイドはきっと新しいものを返すに違いない。
唇をハンカチで抑える彼を見ながら辺りを見渡そうと首を動かそうとすると――。
「わっ」
すごい勢いで頬に何かが押し付けられた。ぐりぐりと押し付けられる感じはここ数日で慣れたものだった。それでも今のそれはすごくて。
「ちょ、ちょっと待って」
身体ごと押し付けてくる。流石にここまでの勢いだと頬が痛くなる。擦れて真っ赤になる前に愛らしいフォルムの身体を両手で掴む。
「もうどうしたの?」
両手で掴んで顔の高さにツムを持って行くと短い手足をパタパタしている。心配してくれていたのか。それとも怒っているのか。どっちもあるのかもしれない。
興奮しているツムを片手に乗せてもう片方の手で落ち着かせるように撫でる。すると、ふんふんと鼻息荒かったツムもようやく落ち着いた。
「ふぅ。落ち着いたみたいね」
胸を撫でおろしながらツムを護るように手を置いてジェイドを見る。
ジェイドはハンカチを握ったままじぃっとりと目を据わらせて見ていた。責められるような視線に私は肩を縮こませる。
「レティシア」
「ダメよ……」
ツムを護るように胸に抱くとさらに目が細くなってさらに視線が鋭くなる。
どうしてそこまでこのツムを目の敵にするのか。そもそもさっきのキスだって意味が分からない。
私たちは恋人同士ではない。私は彼のことを好きだけれどさっきのキスは嬉しさとかよりも困惑しかなかった。
「ねぇ。さっきのキスは」
「ああ。牽制です」
「牽制?」
意味が分からず首を傾げるとジェイドの視線が下にいく。視線の行き着く先はきっとツムなのだろう。けれど、牽制相手がツムとはどういうことなのだろうか。
「そのツム。貴方のことを〝
彼の言葉に口がはしたなくパカリと開いてしまった。そして、胸に抱いたツムをそっと離して可愛らしい顔をまじまじと見つめる。
「私のこと番だと思ってるの?」
そう訊ねれば顔を薄っすら赤く染めながら短い手足をパタパタ動かしている。どうやら「正解」みたい。
もしかして私に懐いていたのは番として見初めたからなのかもしれない。つまり、懐いていたというより番としてべったりくっついていたということ?
「え、え~、ジェイド、どうしよう」
「だから僕が処分するって言ったじゃないですか」
にっこりと微笑むジェイドに私はまた胸にツムを抱いた。
「さすがに可哀そうよ」
「じゃあ、番にするんですか」
「それは……」
そもそも種族(?)が違うから番になれないというか。
困ったな、と思いながらツムを見ると左右に動いで藻掻く。いつもの反射で両手を離す。
すると、自由になったツムがふわふわと浮いて顔の高さまで来ると――。
ちゅ
そんな可愛らしい音がしそうなキスをツムにされた。ツムはパッと離れると照れたように顔を赤く染めている。
私はキスされたことに驚くよりもすぐツムの背後にいるジェイドのスンと感情を落とした顔が怖かった。
すぐにツムを抱き寄せようとしたけれど1秒ほど遅かった。
ジェイドの腕が伸びてその大きな手でまたツムを捕まえてしまった。
「これはもはや見過ごせないですね」
「じ、ジェイド、落ち着いて」
「落ち着いていられますか」
スンと感情を落としたように見える表情からじわり、じわり、と怒りが滲み出る。今のツムの行動でプッツンと切れてしまったよう。
この状態のジェイドは宥められない。そもそもこんなジェイド初めて見たからどうしようもない。もっと違う機会だったら珍しい彼を観察したけれど今はそれをする暇もない。
「ああ、もう、ツムのおバカさん」
もう私には何もできないとお手上げという意味を込めて告げる。ツムはその意味を理解したのか必死に彼の手から逃げようともがく。けれど、今度は逃がさないというようにジェイドが魔法を使ってツムを閉じ込めてしまった。
「このツムは僕が学園に連れ帰ります」
「連れ帰ってどうするのよ」
「還します」
どこに、とは聞かない。瞳孔が開いたジェイドにきっともう私にできることはない。
「一応最後のお別れを言わせてちょうだい」
「それくらいならいいですよ」
私が無駄な足掻きをしないことで機嫌がよくなったらしい。先ほどのスンとして瞳孔が開いたジェイドはいなくなった。いつもの笑みでずずいっと防御壁で囲い込んだツムを目の前に差し出した。
ツムの悲しそうな顔と雰囲気に私は寂しさが込み上げる。けれど、ここでお別れ。
「何もできなくてごめんなさいね。元気でね」
そう告げるとツムが「イヤだ、イヤだ」と駄々をこねる子どもみたいにジタバタする。可哀そうと思う傍らジェイドが機嫌よさそうに「残念ですねぇ」と告げる。
慈悲深い寮に配属されているのになんて慈悲のなさ。でも、ツンツンとツムの入っている防御壁を突く彼を見て〝よかった〟と思う時点で私も慈悲がないのかも。なら最後に言ってもいいのかもしれない。
「ねぇ。最後にいい?」
「おや。まだ何か?」
ツムごとこちらを見たジェイドが怪訝そうな顔をする。そんな彼に「安心してちょうだい」と告げながらツムを見る。
ツムは私に助けてもらえるのかと思ってか瞳が輝いて見える。そんな子の期待を私は申し訳なく思いながら砕いた。
「私、貴方の番にはなれないわ。そこにいるジェイドのことが好きだから」
「ごめんなさい」と最後に付け足せばツムが一瞬呆けた雰囲気を出したと思うと――。
「ぁっ。泣いちゃった」
ピィと甲高い声を出して滂沱の涙を流し始めた。
「貴方、随分酷いことを言いますね」
「でも、さよならするなら――って、貴方ね」
ツムから視線を上げて彼を見れば非常に愉しそうに口角を上げて嗤っていた。そんな顔をしてよく私に酷いと言えたものだ。呆れたと思った瞬間、視界の端に何か光るものを感じた。そっちを見てみるとツムが光っていた。
「え、え? もしかして爆発するの?」
「まさか……ですが、この光は」
意外に冷静なジェイドを見て、ツムに視線を戻すと――。
「あらあら」
ツムの身体が薄っすらと透けている。これはもしかして元いた世界に帰る前兆なのかしら。
「もう一押ししますか」
フムと頷いたジェイドがくるっと自分の方にツムを向けると――。
「彼女は僕の〝
にっこりと微笑んだ瞬間またツムが甲高い声を出したと思うと光がさらに強くなる。そして、パァンと防御壁が割れる音がした。
キラキラと魔法の粉が舞う。ツムを囲っていた防御壁はもう消失したが、防御壁が囲っていたツムもいない。
「……死んでしまったなんてことないわよね」
「さぁ、どうでしょうか」
興味ないと言わんばかりに肩を竦めるジェイドの視線が私に向けられる。その視線に私は一歩下がる。けれど、その一歩はすぐにジェイドに詰められてしまった。
「今度、またツムが現れたらすぐに僕に連絡してくださいね」
「ちゃんと処分しますから」と暗に告げているような気がする。でも、確かに自分が似たツムが自分とは似ても似つかない行動をされるのはジェイドも気分がよくないだろう。
「わかったわ。今度はちゃんと連絡する」
「そうしてください」
はぁ、とため息をつくと私から取り上げたマジカルペンを差し出した。それを受け取ろうとして手を伸ばすと――がっしりと掴まってしまった。
「え?」
何、と彼を見ればずいっと顔を寄せてきた。ふと近くなった顔にさっきのキスを思い出し思わず唇に視線が行ってしまう。薄いジェイドの唇にはさっき私とぶつかったときの傷が残っていた。
――幻覚ではなかったのね。
魔法にかけられていたわけではないのかなんて呆けた考えが浮かぶ。だが、それほどさっきのキスは現実味が薄かった。でも、私の唇もじくじくするからやっぱり現実に起きたことのはず。