初めての味、痺れる味覚
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甘い果実はまだお預けね
ジェイドに覚悟しておいてねって言ったけれど、実際のところどうすればいいんだろう。今まで好きな人なんてできたことないしどうアピールすればいいのか見当もつかない。そもそも彼はどんな子が好きで、どんな子が苦手なんだろう。
「ねぇ。アズール、ジェイドってどんな子が好きなの?」
『切っていいですか?』
「ダメだってば」
私の幼馴染でジェイドとはエレメンタリースクールが同じでミドルスクールの頃から仲良しのアズールに聞いてみた。けれど、当のアズールは面倒くさそうに『通話料が勿体ない。切るぞ』と言ってくる。幼馴染がせっかく恋に目覚めたっていうのになんて酷い言いようかしら。
『はぁ。貴方の周りの方が恋愛相談に向いているんじゃいんですか』
溜息をついて観念したようにそう返してくれた。私は思いつく限りの友達を思いつく。仲のいい友達は長く幼馴染に片想い中に、あとはまだ恋人はいらないとか言うし、流石に後輩を頼ることはできない。フロイドに片想い中の片割れに聞いてみたけれど「知らない!」って真っ赤な顔で怒鳴り返されちゃった。あの子は自分のことでいっぱい、いっぱいって感じなのよね。あの日も帰る時ずっと黙りこくっていたし、一体何があったのかしら。
「相談に向いている子がいないの。だから、貴方よ」
『何故僕なんですか?』
「だってぇ、姉様を落とすために恋愛指南書とか読んでるでしょ」
『なっ、べ、別に、彼女のためでは、というか、そういう物があるって分かっているならそっちを読めばいいだろ!』
「あらあら丁寧な口調が乱れているわよ」
姉様の前では紳士の猫をかぶっている癖に。私たち妹のことは扱いが悪いんだから。いつか、その性格の悪さを知った姉様が幻滅しても知らないんだからね。
なんて思うけれどきっと姉様はアズールに幻滅なんかしない。姉様も姉様でアズールのことを心底好いているから。にしても、なんでいまだに姉様とアズールは付き合ってないのかしら。変なの。あ、じゃあ、アズールも参考にならないわね。
「やっぱ、いいわ。自分で考えてみる」
『なら最初からそうすれば――』
「じゃあね。アズール。おやすみ」
『ぁっ! このっ!』
文句を言いたげな声を遮って通話を切る。
「ぁー。どうしよう」
ベッドに横になってどう攻めるか考えてみる。とはいっても、ジェイドの方がいつも何枚も上手だ。簡単に陥落してくれないだろう。
それにこれから魔法士養成学校の総合文化祭の準備がある。文化部でかつ上級生に助手も頼まれているから自由な時間が減ってしまう。しかも、彼の所属しているよく分らない愛好会は文化部らしい。たぶん、実験レポートのまとめとかで私の相手もしてくれないだろう。私に対する優先順位は彼の中で高くはない。だからメッセージを送ってもこの間みたいなことになりかねない。
「なら文化祭まで連絡もしなくていいんじゃない? あ、いっそ当日突撃した方がジェイドも驚くかも!」
よし。後は野となれ山となれよ。押して駄目なら引いてみよ。私は後先何も考えずともいう作戦に私は出ることにした。
「あ、それでもアプローチ方法は考えないと」
それはそれで私は頭を使うことになった。
* * *
結局なにも思いつかないまま総合文化祭を迎えてしまった。
「時の流れを感じるわ」
時間の流れをしみじみと感じながら石畳の廊下を歩く。まだ総合文化祭も始まる前、研究展示も終わった。先輩が見回ってきたらというのでジェイドに会いに行こうと思ったのだけれど。
「どこからしらここ……」
迷子になってしまった。他校生に声をかけられるのも面倒だから色々なところ歩いてしまった弊害ね。とりあえず誰か無害な人が通りかからないかしら。と、辺りを見回すと廊下の先に数人の声が聞こえる。
ラッキーと廊下の先にある曲がり角から人を待つ。すると三人の生徒がやって来た。
「あれは――」
赤毛の子は今回の総合文化祭運営委員長リドル・ローズハートくんだ。黒縁の眼鏡をかけている人はアンジェリーナに見せてもらった写真で見たことがあるわ。なるほど、あの人が彼女の絶賛片想い中の幼馴染さん。で、黒髪の愛らしい顔立ちの子は記憶にないわね。でも、どこかで見た気がする。
「ま。とりあえず、リドルくんに聞けば分かるわね」
ついでにジェイドの同好会がどこの教室か聞いてみよう。私は三人と一匹に近づくと足音に気付いたのか視線が一斉に集まる。すると、すぐにリドルくんが歩み寄ってくれた。
「どうかしましたか?」
「自分の展示ブースから歩いていたら道に迷ってしまって」
「そうですか。教室番号を覚えていますか」
「確か……」
教室番号を告げるとリドルくんが「あそこか」と言って魔法石の着いた万年筆とメモを取り出した。そのまま何か書き始める。こちらから見えないけれど地図を書いてくれているみたい。
すごい。この城みたいな建物の地図をメモできるなんて。感心していると書き終わったリドルくんが最後に持っていた万年筆を振る。キラキラした魔法の粉がメモに降り注ぐ。その魔法の粉が吸収されるのを見るとメモを渡してくれた。
「現在地とメモに向かって言えば貴方の現在地と目的地が立体的に出てきます」
「ありがとうございます。助かります。あ、で、もうひとつお聞きしたいんですけど」
「はい。なんでしょうか」
「ジェイド・リーチという生徒が所属している同好会の展示ブースに行きたいんですけれど」
彼の名前を出した途端生真面目なリドルくんの表情が崩れる。怪訝に眉を上げて「ジェイド・リーチ、ですか?」と聞き返す。私は「はい」と答えると眉がさらに寄る。
この様子を見るにジェイドは彼らしく学園生活を謳歌しているのが分かる。いや、真面目そうなリドルくんの反応からアズールにフロイドと楽しんでいるのかもしれない。
とはいえ、ここでムッツリと黙られてしまうと困る。どうか教えてほしいのだけれど無理かしら。
困惑する私の気配を察知したのか黒縁眼鏡の人がリドルくんに声をかけた。
「リドル。彼女が困ってるぞ」
「っ! すみません。その展示ブースならボクらが来た廊下を歩いた先にあります」
「あら。随分と近かったのね。ありがとうございます」
お礼と言えばリドルくんはやっぱり渋い顔のまま。何が引っかかるのかしら。首を傾げると黒髪の子が抱っこしている、たぬきみたいな、ねこみたいな、よく分らない生き物が暴れ出した。
「おい! 道案内が終わったんなら早く行きたいんだゾ!」
「ちょっ、グリム」
「そうね。引き留めてごめんなさいね」
「あ、いえ!」
ふなふなとご機嫌斜めな子を抱く黒髪の子に謝る。それから引き留めてしまったリドルくんたちに頭を下げる。
「見回りの忙しい時間にすいません」
「いや、ボクの方こそ失礼な態度を」
「気にしていないですよ」
最後にもう一度三人に頭を下げて私は教えてもらった通りジェイドのいる教室に向かう。
リドルくんに教えてもらった通りに道を行くとあっさりと目的地にたどり着く。扉の開いたままの教室を覗くとコバルトブルーの髪色の長身の生徒がいた。
ジェイドだ。久々に見た姿に初めてフワフワする。今までのワクワクした感覚と違う。これが相手を好きになった人に対する反応なのかしら。
ちょっと緊張する。胃の辺りがキュッとフワっとする。それでも、早くジェイドと話したい。私は一歩足を踏み出して彼の名前を呼ぶ。
「ジェイド」
遊びに来たわよ、と続けようと思ったのがその前にジェイドがぐりんと振り返った。振り返った彼は目を限界近くまで見開いていた。
今までにない反応に来たことを告げる口が間抜けに開いたままになる。どうしようと足を一歩だけ踏み入れた状態でいると名前を呼ばれた。
「レティシア」
「な、なに?」
「レティシアなんですよね?」
「え、ええ。レティシア・エイヴォリーよ」
そうだよと頷く。すると、目を見開き凝視していたジェイドが動き出した。長い足を生かして大した距離もないで入り口までやって来る。そのあまりの勢いに自然と後退ってしまう。ついでに腰も引けてこのまま出てしまおうとしたけれど。
「ぅぁ」
あっという間に現れたジェイドに無言のまま腕が引っ張られる。そのまま前のめりになって教室に入ると後ろの扉がピシャンと閉められる。ついでにガチャンと鍵がかけられたような音がした。いや、ただの教室の扉に鍵なんてと確認しようとしたら顎を掴まれた。ぐんとそのまま顔を上に向けられると目の前にジェイドがいた。
鼻先が触れ合うような距離。間近に迫った顔に頬が熱くなり心臓がドキドキしていく。今までにだって何度もあった距離なのに。これが好きになるということなのね。
「貴方は今まで何をしていたのですか」
呑気なことを考えている間も彼はまだ目を見開いたままの怖い状態だった。その状態で訊かれるのは流石に怖かった。
何か怒らせることをしちゃったのかしら。いや、でも、今までこんなことなかったと思うけれど。とりあえず、何に怒っているのか聞かないと。
「なにをそんな怒って、」
「別に怒ってないです」
「怒ってるわよ」
もう一度言うとオッドアイが離れる顎からも手が離れる。ようやくジェイドの顔がよく見えて、目を見開いた状態はいつもの状態に戻る。それに胸を撫で下ろすけれど無表情の顔に居心地が悪い。
「ジェイド……あの」
「言ったじゃないですか」
「え」と聞き返すとジェイドが無表情から少し視線を逸らしてムッとした顔をする。怒っている顔じゃない。ならどうして怒ったような怖い顔をしていたのかしら。話しを聞かないと私はもう一度彼の名前を呼ぶ。
「ジェイド。どうしたの?」
「貴方、言いましたよね。〝覚悟〟しろと」
間髪入れずに返してくるジェイドにこの間のパーティーのことを言っているんだと思う。確かに言った覚悟してねって、でも総合文化祭で忙しいし何も思いつかなかったからまだ何もできない状態だ。
「覚悟しろというので僕は待っていたんですよ」
「えっと、ごめんなさい」
まだ準備ができていないと続けようと思った。その前にジェイドが私の言葉を勘違いしたのか「嘘だったんですか?」と言う。途端彼の表情が曇る。私は慌てて「違うの!」と声を張り上げる。
「違うの、忙しかったでしょ。それで、あと、なにも浮かばなかったから、」
しどろもどろということはこういうことか。けど、違うことはしっかりと伝えないといけない。「違います」と念を押す。すると、ジェイドの冷え冷えしたオッドアイが溶けていく。
「気を回した、という感じですか?」
「それもあるけど、啖呵切っておいて案が浮かばなくて……」
「ごめんね」と言えばジェイドの表情がゆるゆると溶けていく。困ったように眉を下げて「肩透かしを食らった気分でしたよ」と言う。肩透かしに首を傾げる。
「そこまで身構えていたの?」
「身構えていたというより、楽しみにしていたんですよ」
口角を綺麗に上げて微笑む姿はいつもの彼らしかった。でも、何がそんなに楽しみだったのかしら。正直、本気でアプローチしたら嫌がると思ったんだけど。
「私が何をしても怒るつもりはなかったの?」
「おや。今までのご自身の行動をまず振り返ってみては?」
「ん?」
首を傾げて思い出してみるけれどたまに鬱陶しいという顔をされたぐらいだ。あ、嫌がられたことはないかな。ならやっぱりあれぐらいぐいぐいいっていいのか。でも、結局好きな人に対するアプローチは分からない。
「やっぱりどうすればいいかわからないわ」
「どうしよう」と言いながらアプローチすべき相手であるジェイドに訊ねる。すると、彼の鋭い目尻が下って面白そうにしなり、ギザギザの鋭い歯が覗く。
ジェイドったら笑っている。何が面白いの。むむっと下から覗き込む。
「私、何か面白いこと言った?」
「フフ。ええ。求愛する相手にどうすればいいか訊ねてくるんですから」
「求愛って」
「違うんですか?」
好きな相手へのアピールだから求愛と言っても過言じゃないかな。でも、別に結婚してって言っているわけでもないのに。改めて求愛って言われるのは少し照れる。いや、照れている場合じゃない。
「求愛……難しいわ」
「難しく考えなくてもいいですよ」
「でも、面白くないと貴方は応えてくれないでしょ」
なら考えないと。頑張って一人の女の子として好きになってもらわないと。でも、どうすればいいのかしら。
「どうしよう」
「頑張って考えてください」
顔を寄せてにこにこ笑うジェイド。どうやら私からの求愛行動を楽しみにしているらしい。これは本気で挑まねばいけない。
「うーん。がんばるわ!」
「はい。頑張ってください」
「楽しみにしています」と付け足され気を引き締めなければ。といっても、やっぱり全然思いつかなかった。
* * *
結局思いつくことはひとつしかなかった。文化祭一日目が終わって先輩に断りを入れてすぐに学校に戻って寮の自室に戻った。パソコンを開いてすぐに久々に製作ソフトを立ち上げる。その後はもうずっと作業を続けた。夕食も忘れて部屋に籠ってなんとか間に合った。
「うん。なんとかできたわね」
まだまだ荒い出来だけれどなんとか形になった。こういうとき音楽一家に生まれたことを特に思うわ。あとはこれをジェイドが気に入るかどうかよ。
「当たって砕けろ!」
ふふっと笑いながら忘れないようにクラウドに保存した。
総合文化祭二日目の終盤。もう一度ジェイドの展示ブースに行ってみる。そこにはもう彼しかいなかった。
「ジェイド。今いい?」
「はい」
振り返った彼は私がどのような求愛行動をするか待っていた様子。ワクワクした雰囲気にちょっと緊張する。だって、まぁ、私の求愛行動は人魚としてはオーソドックスなものだから。鞄をしっかりと抱いて傍まで歩いていく。
「何かいい求愛が思いつきましたか?」
「うーん。面白味はないかも」
「おや。随分自信が無さそうですね」
それでも楽しみと言いたげな彼に冷や汗が流れる。こんな彼を見たらオーソドックスな求愛行動を選ぶんじゃなかった。冷や汗が背中を伝う中、ジャケットからスマホを取り出す。
「あの、作ってみたの」
「作った?」
首を傾げるジェイドの前まで歩く。小首を傾げたままの彼を前にトントンとスマホの画面を叩いてクラウドプレイヤーを立ち上げる。作った〝音楽〟を再生画面まで開いて見せる。
「曲をね、作ったの」
どうかな、と見て見れば目を丸くしてパチパチ瞬く彼がいた。この微妙な反応に滑った気がして来た。
「音声もないし歌詞もないんだけれど」
「では、曲だけ?」
「そうなの。だから、その、でも、ああ、ごめんなさい。随分オーソドックスな手法だったわね」
これは面白くないわ。そもそもこういう〝モノ〟をつくってアピールなんて面白くないのよ。もっと行動で示さないと駄目ね。安い手法だったわ。
「その曲は僕だけの曲なんですか」
「もちろんよ。ネットで公開もしていないし、姉様やヴァニーにだって聞かせてないわ」
貴方が最初の視聴者と言えば少し頬が緩んだ。それから私の手からするっとスマホを抜き取った。それからトンと画面を打った。すると、スマホから昨夜急ごしらえした曲が流れだす。
「昔の人魚は歌って求愛したとも言いますね」
「うん。だから、私も作ってみたの」
「素敵な曲ですね」
「昨日急いで作ったから……今度もっとちゃんとしたのを贈るわ」
「いえ。僕はこれでも十分ですよ」
チラとジェイドを見ると白い頬が少しだけ赤い。このオーソドックスな求愛行動の効果がなかったわけではないみたい。胸を撫で下ろしながら静かに耳を傾けるジェイドにならって私も耳を傾けた。
三分という曲はあっという間に終わってしまった。ジェイドがスマホを持ったまま「僕に下さい」と言った。どうやらこの求愛行動は受け取ってもらえるよう。
「ええ。貴方の曲だもの」
「では、遠慮なく」
急ごしらえの曲でも気に入ってくれたのならいいわ。けれど、これはまだダメな気がする。じっとジェイドを見ればオッドアイがこっちに向いて「で、次は」と言われた。
「まだダメ?」
「僕への愛はこれ程度ということですか?」
悲しげな顔でなんて大胆なことを言うのかしら。でも、まだまだダメだということだろう。私の好きという気持ちが全然伝わっていない。ん。伝わっていない――ということは。
「ジェイド」
「はい。なんですか」
曲を移動し終わったのかスマホを返してくるジェイド。スマホを受け取りながらじっとオッドアイを見つめて「好き」と告白する。ただ純粋でシンプルな求愛行動。彼に響くかしら。私の告白にオッドアイはみるみると見開いていき――。
「わぁ」
真っ白な顔が真っ赤になった。ただ好きと言ったのに。ここまで反応するなんて思わなかった。というか、パーティーのときに告白したのに。なんで、今こんなシンプルな言葉で響くのかしら。だが、これは面白いわ!
「ジェイド。好き。大好き。好き、好きよ」
顔を覗き込んで寄せて何度も伝える。ジェイドは逃げようと最初は顔を背けたけれどすぐに眉をつり上げた。
「レティシア。からかわないでください」
「からかってないわ……ちょっと面白かったけれど本心を告げただけよ」
嘘偽りはない。でも、確かにい過ぎると信憑性がなくなってしまうわね。今日はもうやめましょう。
「どう? この求愛は合格?」
「……ええ。けれど僕のことをちょっとからかったのでダメです」
「ええ~」
「自業自得ですよ」
フンと拗ねて顔を背けるジェイドはちょっと可愛い。でも、こういう感じでいいのは分かったわ。何となく希望の光が見えて来たわね。
「ジェイドは直球が弱いようね」
「さぁ。どうでしょうか」
「ちょっと拗ねないでよ」
ツンツンしたままのジェイドの腕を揺らすけれどそのまま。やだ。ご機嫌斜めになっちゃった。どうしたらいいかしら。
「ごめんね。ジェイド、からかってごめんね。大好きよ」
ちょっとまた狡い使い方をしてしまったけれどいいわよね。拗ねて顔を横に向けていたジェイドがこっちを見た。ひたっと見据えたオッドアイは冷たくはなかった。
「まぁ。あなたにばかりに求めるのもいけませんね。僕も反省しなければ」
「ん?」
何を言っているのか要領が得ない。首を傾げる私にジェイドが頬を緩めて腕を掴む私の手に大きな手を重ねる。手の甲に触れた手のひらの大きさに心臓がドキドキしてくる。ついでに顔も近づけて来るからさらにドキドキしてきちゃう。
「レティシア。僕も好きですよ」
耳を疑うような言葉に目を丸くする。けれどジェイドは意地悪く口角を上げて私の手を握って腰に腕を回した。ピタリと私の身体と彼との身体がくっつく。
「僕も好きです。あなたのことが」
「ぇ、あ、え?」
彼から紡がれる言葉が頭に積み重なる。そして、それを理解すると身体がまた熱くなる。今度は私の顔が真っ赤になった。
「う、ぇ、な」
「もちろん、からかっていませんよ。にしても、貴方の反応はいいいですね」
ドッキリ成功というように笑うジェイドに何も言えない。いや、言いたいことはたくさんある。いつから、両想いなの、恋人になってくれるの、たくさん、たくさん、浮かんでくる。
「ジェイド、じゃあ」
「レティシア」
遮られるように名前を呼ばれた。私は一端口を噤んで「なぁに」と聞き返す。それにジェイドはいい子と言いたげな顔をして――。
「もう少し楽しみましょう」
その意味が一瞬分からなかった。けれど、彼がこの状況を楽しんでいるのが分かる。
つまり彼はまだまだ恋人になってくれないらしい。この曖昧な期間を楽しみたいなんて奇特な人魚。でも、それはとてもジェイドらしかった。
「他の雄に目移りしちゃうかも」
「嘘言わないでください。あなた、僕のこと大好きなんでしょ」
フフと楽しそうに笑い声を漏らすジェイドはとっても可愛い。それに彼が言う通り大好きな人だし、他の雄に目移りするつもりなんて全くなかった。
「もう、わがままな人ね」
「ふふ。いいじゃないですか」
そう言って笑うジェイドはやっぱり可愛く愛おしかった。私は暫くの間、彼が満足するまで恋人は暫くお預けになってしまった。
そして、その日から彼が離れないように私は必死に求愛することになった。私の求愛を彼はつまらなそうな顔をすることはなかった。ただ、すべて楽しそうに応えてくれた。そんな彼があまりにも愛おしくて私は今日も了解を貰うために求愛行動を行う。
「ねぇ。今日も大好きよ、ジェイド」
「ええ。僕も好きですよ」
ジェイドに覚悟しておいてねって言ったけれど、実際のところどうすればいいんだろう。今まで好きな人なんてできたことないしどうアピールすればいいのか見当もつかない。そもそも彼はどんな子が好きで、どんな子が苦手なんだろう。
「ねぇ。アズール、ジェイドってどんな子が好きなの?」
『切っていいですか?』
「ダメだってば」
私の幼馴染でジェイドとはエレメンタリースクールが同じでミドルスクールの頃から仲良しのアズールに聞いてみた。けれど、当のアズールは面倒くさそうに『通話料が勿体ない。切るぞ』と言ってくる。幼馴染がせっかく恋に目覚めたっていうのになんて酷い言いようかしら。
『はぁ。貴方の周りの方が恋愛相談に向いているんじゃいんですか』
溜息をついて観念したようにそう返してくれた。私は思いつく限りの友達を思いつく。仲のいい友達は長く幼馴染に片想い中に、あとはまだ恋人はいらないとか言うし、流石に後輩を頼ることはできない。フロイドに片想い中の片割れに聞いてみたけれど「知らない!」って真っ赤な顔で怒鳴り返されちゃった。あの子は自分のことでいっぱい、いっぱいって感じなのよね。あの日も帰る時ずっと黙りこくっていたし、一体何があったのかしら。
「相談に向いている子がいないの。だから、貴方よ」
『何故僕なんですか?』
「だってぇ、姉様を落とすために恋愛指南書とか読んでるでしょ」
『なっ、べ、別に、彼女のためでは、というか、そういう物があるって分かっているならそっちを読めばいいだろ!』
「あらあら丁寧な口調が乱れているわよ」
姉様の前では紳士の猫をかぶっている癖に。私たち妹のことは扱いが悪いんだから。いつか、その性格の悪さを知った姉様が幻滅しても知らないんだからね。
なんて思うけれどきっと姉様はアズールに幻滅なんかしない。姉様も姉様でアズールのことを心底好いているから。にしても、なんでいまだに姉様とアズールは付き合ってないのかしら。変なの。あ、じゃあ、アズールも参考にならないわね。
「やっぱ、いいわ。自分で考えてみる」
『なら最初からそうすれば――』
「じゃあね。アズール。おやすみ」
『ぁっ! このっ!』
文句を言いたげな声を遮って通話を切る。
「ぁー。どうしよう」
ベッドに横になってどう攻めるか考えてみる。とはいっても、ジェイドの方がいつも何枚も上手だ。簡単に陥落してくれないだろう。
それにこれから魔法士養成学校の総合文化祭の準備がある。文化部でかつ上級生に助手も頼まれているから自由な時間が減ってしまう。しかも、彼の所属しているよく分らない愛好会は文化部らしい。たぶん、実験レポートのまとめとかで私の相手もしてくれないだろう。私に対する優先順位は彼の中で高くはない。だからメッセージを送ってもこの間みたいなことになりかねない。
「なら文化祭まで連絡もしなくていいんじゃない? あ、いっそ当日突撃した方がジェイドも驚くかも!」
よし。後は野となれ山となれよ。押して駄目なら引いてみよ。私は後先何も考えずともいう作戦に私は出ることにした。
「あ、それでもアプローチ方法は考えないと」
それはそれで私は頭を使うことになった。
* * *
結局なにも思いつかないまま総合文化祭を迎えてしまった。
「時の流れを感じるわ」
時間の流れをしみじみと感じながら石畳の廊下を歩く。まだ総合文化祭も始まる前、研究展示も終わった。先輩が見回ってきたらというのでジェイドに会いに行こうと思ったのだけれど。
「どこからしらここ……」
迷子になってしまった。他校生に声をかけられるのも面倒だから色々なところ歩いてしまった弊害ね。とりあえず誰か無害な人が通りかからないかしら。と、辺りを見回すと廊下の先に数人の声が聞こえる。
ラッキーと廊下の先にある曲がり角から人を待つ。すると三人の生徒がやって来た。
「あれは――」
赤毛の子は今回の総合文化祭運営委員長リドル・ローズハートくんだ。黒縁の眼鏡をかけている人はアンジェリーナに見せてもらった写真で見たことがあるわ。なるほど、あの人が彼女の絶賛片想い中の幼馴染さん。で、黒髪の愛らしい顔立ちの子は記憶にないわね。でも、どこかで見た気がする。
「ま。とりあえず、リドルくんに聞けば分かるわね」
ついでにジェイドの同好会がどこの教室か聞いてみよう。私は三人と一匹に近づくと足音に気付いたのか視線が一斉に集まる。すると、すぐにリドルくんが歩み寄ってくれた。
「どうかしましたか?」
「自分の展示ブースから歩いていたら道に迷ってしまって」
「そうですか。教室番号を覚えていますか」
「確か……」
教室番号を告げるとリドルくんが「あそこか」と言って魔法石の着いた万年筆とメモを取り出した。そのまま何か書き始める。こちらから見えないけれど地図を書いてくれているみたい。
すごい。この城みたいな建物の地図をメモできるなんて。感心していると書き終わったリドルくんが最後に持っていた万年筆を振る。キラキラした魔法の粉がメモに降り注ぐ。その魔法の粉が吸収されるのを見るとメモを渡してくれた。
「現在地とメモに向かって言えば貴方の現在地と目的地が立体的に出てきます」
「ありがとうございます。助かります。あ、で、もうひとつお聞きしたいんですけど」
「はい。なんでしょうか」
「ジェイド・リーチという生徒が所属している同好会の展示ブースに行きたいんですけれど」
彼の名前を出した途端生真面目なリドルくんの表情が崩れる。怪訝に眉を上げて「ジェイド・リーチ、ですか?」と聞き返す。私は「はい」と答えると眉がさらに寄る。
この様子を見るにジェイドは彼らしく学園生活を謳歌しているのが分かる。いや、真面目そうなリドルくんの反応からアズールにフロイドと楽しんでいるのかもしれない。
とはいえ、ここでムッツリと黙られてしまうと困る。どうか教えてほしいのだけれど無理かしら。
困惑する私の気配を察知したのか黒縁眼鏡の人がリドルくんに声をかけた。
「リドル。彼女が困ってるぞ」
「っ! すみません。その展示ブースならボクらが来た廊下を歩いた先にあります」
「あら。随分と近かったのね。ありがとうございます」
お礼と言えばリドルくんはやっぱり渋い顔のまま。何が引っかかるのかしら。首を傾げると黒髪の子が抱っこしている、たぬきみたいな、ねこみたいな、よく分らない生き物が暴れ出した。
「おい! 道案内が終わったんなら早く行きたいんだゾ!」
「ちょっ、グリム」
「そうね。引き留めてごめんなさいね」
「あ、いえ!」
ふなふなとご機嫌斜めな子を抱く黒髪の子に謝る。それから引き留めてしまったリドルくんたちに頭を下げる。
「見回りの忙しい時間にすいません」
「いや、ボクの方こそ失礼な態度を」
「気にしていないですよ」
最後にもう一度三人に頭を下げて私は教えてもらった通りジェイドのいる教室に向かう。
リドルくんに教えてもらった通りに道を行くとあっさりと目的地にたどり着く。扉の開いたままの教室を覗くとコバルトブルーの髪色の長身の生徒がいた。
ジェイドだ。久々に見た姿に初めてフワフワする。今までのワクワクした感覚と違う。これが相手を好きになった人に対する反応なのかしら。
ちょっと緊張する。胃の辺りがキュッとフワっとする。それでも、早くジェイドと話したい。私は一歩足を踏み出して彼の名前を呼ぶ。
「ジェイド」
遊びに来たわよ、と続けようと思ったのがその前にジェイドがぐりんと振り返った。振り返った彼は目を限界近くまで見開いていた。
今までにない反応に来たことを告げる口が間抜けに開いたままになる。どうしようと足を一歩だけ踏み入れた状態でいると名前を呼ばれた。
「レティシア」
「な、なに?」
「レティシアなんですよね?」
「え、ええ。レティシア・エイヴォリーよ」
そうだよと頷く。すると、目を見開き凝視していたジェイドが動き出した。長い足を生かして大した距離もないで入り口までやって来る。そのあまりの勢いに自然と後退ってしまう。ついでに腰も引けてこのまま出てしまおうとしたけれど。
「ぅぁ」
あっという間に現れたジェイドに無言のまま腕が引っ張られる。そのまま前のめりになって教室に入ると後ろの扉がピシャンと閉められる。ついでにガチャンと鍵がかけられたような音がした。いや、ただの教室の扉に鍵なんてと確認しようとしたら顎を掴まれた。ぐんとそのまま顔を上に向けられると目の前にジェイドがいた。
鼻先が触れ合うような距離。間近に迫った顔に頬が熱くなり心臓がドキドキしていく。今までにだって何度もあった距離なのに。これが好きになるということなのね。
「貴方は今まで何をしていたのですか」
呑気なことを考えている間も彼はまだ目を見開いたままの怖い状態だった。その状態で訊かれるのは流石に怖かった。
何か怒らせることをしちゃったのかしら。いや、でも、今までこんなことなかったと思うけれど。とりあえず、何に怒っているのか聞かないと。
「なにをそんな怒って、」
「別に怒ってないです」
「怒ってるわよ」
もう一度言うとオッドアイが離れる顎からも手が離れる。ようやくジェイドの顔がよく見えて、目を見開いた状態はいつもの状態に戻る。それに胸を撫で下ろすけれど無表情の顔に居心地が悪い。
「ジェイド……あの」
「言ったじゃないですか」
「え」と聞き返すとジェイドが無表情から少し視線を逸らしてムッとした顔をする。怒っている顔じゃない。ならどうして怒ったような怖い顔をしていたのかしら。話しを聞かないと私はもう一度彼の名前を呼ぶ。
「ジェイド。どうしたの?」
「貴方、言いましたよね。〝覚悟〟しろと」
間髪入れずに返してくるジェイドにこの間のパーティーのことを言っているんだと思う。確かに言った覚悟してねって、でも総合文化祭で忙しいし何も思いつかなかったからまだ何もできない状態だ。
「覚悟しろというので僕は待っていたんですよ」
「えっと、ごめんなさい」
まだ準備ができていないと続けようと思った。その前にジェイドが私の言葉を勘違いしたのか「嘘だったんですか?」と言う。途端彼の表情が曇る。私は慌てて「違うの!」と声を張り上げる。
「違うの、忙しかったでしょ。それで、あと、なにも浮かばなかったから、」
しどろもどろということはこういうことか。けど、違うことはしっかりと伝えないといけない。「違います」と念を押す。すると、ジェイドの冷え冷えしたオッドアイが溶けていく。
「気を回した、という感じですか?」
「それもあるけど、啖呵切っておいて案が浮かばなくて……」
「ごめんね」と言えばジェイドの表情がゆるゆると溶けていく。困ったように眉を下げて「肩透かしを食らった気分でしたよ」と言う。肩透かしに首を傾げる。
「そこまで身構えていたの?」
「身構えていたというより、楽しみにしていたんですよ」
口角を綺麗に上げて微笑む姿はいつもの彼らしかった。でも、何がそんなに楽しみだったのかしら。正直、本気でアプローチしたら嫌がると思ったんだけど。
「私が何をしても怒るつもりはなかったの?」
「おや。今までのご自身の行動をまず振り返ってみては?」
「ん?」
首を傾げて思い出してみるけれどたまに鬱陶しいという顔をされたぐらいだ。あ、嫌がられたことはないかな。ならやっぱりあれぐらいぐいぐいいっていいのか。でも、結局好きな人に対するアプローチは分からない。
「やっぱりどうすればいいかわからないわ」
「どうしよう」と言いながらアプローチすべき相手であるジェイドに訊ねる。すると、彼の鋭い目尻が下って面白そうにしなり、ギザギザの鋭い歯が覗く。
ジェイドったら笑っている。何が面白いの。むむっと下から覗き込む。
「私、何か面白いこと言った?」
「フフ。ええ。求愛する相手にどうすればいいか訊ねてくるんですから」
「求愛って」
「違うんですか?」
好きな相手へのアピールだから求愛と言っても過言じゃないかな。でも、別に結婚してって言っているわけでもないのに。改めて求愛って言われるのは少し照れる。いや、照れている場合じゃない。
「求愛……難しいわ」
「難しく考えなくてもいいですよ」
「でも、面白くないと貴方は応えてくれないでしょ」
なら考えないと。頑張って一人の女の子として好きになってもらわないと。でも、どうすればいいのかしら。
「どうしよう」
「頑張って考えてください」
顔を寄せてにこにこ笑うジェイド。どうやら私からの求愛行動を楽しみにしているらしい。これは本気で挑まねばいけない。
「うーん。がんばるわ!」
「はい。頑張ってください」
「楽しみにしています」と付け足され気を引き締めなければ。といっても、やっぱり全然思いつかなかった。
* * *
結局思いつくことはひとつしかなかった。文化祭一日目が終わって先輩に断りを入れてすぐに学校に戻って寮の自室に戻った。パソコンを開いてすぐに久々に製作ソフトを立ち上げる。その後はもうずっと作業を続けた。夕食も忘れて部屋に籠ってなんとか間に合った。
「うん。なんとかできたわね」
まだまだ荒い出来だけれどなんとか形になった。こういうとき音楽一家に生まれたことを特に思うわ。あとはこれをジェイドが気に入るかどうかよ。
「当たって砕けろ!」
ふふっと笑いながら忘れないようにクラウドに保存した。
総合文化祭二日目の終盤。もう一度ジェイドの展示ブースに行ってみる。そこにはもう彼しかいなかった。
「ジェイド。今いい?」
「はい」
振り返った彼は私がどのような求愛行動をするか待っていた様子。ワクワクした雰囲気にちょっと緊張する。だって、まぁ、私の求愛行動は人魚としてはオーソドックスなものだから。鞄をしっかりと抱いて傍まで歩いていく。
「何かいい求愛が思いつきましたか?」
「うーん。面白味はないかも」
「おや。随分自信が無さそうですね」
それでも楽しみと言いたげな彼に冷や汗が流れる。こんな彼を見たらオーソドックスな求愛行動を選ぶんじゃなかった。冷や汗が背中を伝う中、ジャケットからスマホを取り出す。
「あの、作ってみたの」
「作った?」
首を傾げるジェイドの前まで歩く。小首を傾げたままの彼を前にトントンとスマホの画面を叩いてクラウドプレイヤーを立ち上げる。作った〝音楽〟を再生画面まで開いて見せる。
「曲をね、作ったの」
どうかな、と見て見れば目を丸くしてパチパチ瞬く彼がいた。この微妙な反応に滑った気がして来た。
「音声もないし歌詞もないんだけれど」
「では、曲だけ?」
「そうなの。だから、その、でも、ああ、ごめんなさい。随分オーソドックスな手法だったわね」
これは面白くないわ。そもそもこういう〝モノ〟をつくってアピールなんて面白くないのよ。もっと行動で示さないと駄目ね。安い手法だったわ。
「その曲は僕だけの曲なんですか」
「もちろんよ。ネットで公開もしていないし、姉様やヴァニーにだって聞かせてないわ」
貴方が最初の視聴者と言えば少し頬が緩んだ。それから私の手からするっとスマホを抜き取った。それからトンと画面を打った。すると、スマホから昨夜急ごしらえした曲が流れだす。
「昔の人魚は歌って求愛したとも言いますね」
「うん。だから、私も作ってみたの」
「素敵な曲ですね」
「昨日急いで作ったから……今度もっとちゃんとしたのを贈るわ」
「いえ。僕はこれでも十分ですよ」
チラとジェイドを見ると白い頬が少しだけ赤い。このオーソドックスな求愛行動の効果がなかったわけではないみたい。胸を撫で下ろしながら静かに耳を傾けるジェイドにならって私も耳を傾けた。
三分という曲はあっという間に終わってしまった。ジェイドがスマホを持ったまま「僕に下さい」と言った。どうやらこの求愛行動は受け取ってもらえるよう。
「ええ。貴方の曲だもの」
「では、遠慮なく」
急ごしらえの曲でも気に入ってくれたのならいいわ。けれど、これはまだダメな気がする。じっとジェイドを見ればオッドアイがこっちに向いて「で、次は」と言われた。
「まだダメ?」
「僕への愛はこれ程度ということですか?」
悲しげな顔でなんて大胆なことを言うのかしら。でも、まだまだダメだということだろう。私の好きという気持ちが全然伝わっていない。ん。伝わっていない――ということは。
「ジェイド」
「はい。なんですか」
曲を移動し終わったのかスマホを返してくるジェイド。スマホを受け取りながらじっとオッドアイを見つめて「好き」と告白する。ただ純粋でシンプルな求愛行動。彼に響くかしら。私の告白にオッドアイはみるみると見開いていき――。
「わぁ」
真っ白な顔が真っ赤になった。ただ好きと言ったのに。ここまで反応するなんて思わなかった。というか、パーティーのときに告白したのに。なんで、今こんなシンプルな言葉で響くのかしら。だが、これは面白いわ!
「ジェイド。好き。大好き。好き、好きよ」
顔を覗き込んで寄せて何度も伝える。ジェイドは逃げようと最初は顔を背けたけれどすぐに眉をつり上げた。
「レティシア。からかわないでください」
「からかってないわ……ちょっと面白かったけれど本心を告げただけよ」
嘘偽りはない。でも、確かにい過ぎると信憑性がなくなってしまうわね。今日はもうやめましょう。
「どう? この求愛は合格?」
「……ええ。けれど僕のことをちょっとからかったのでダメです」
「ええ~」
「自業自得ですよ」
フンと拗ねて顔を背けるジェイドはちょっと可愛い。でも、こういう感じでいいのは分かったわ。何となく希望の光が見えて来たわね。
「ジェイドは直球が弱いようね」
「さぁ。どうでしょうか」
「ちょっと拗ねないでよ」
ツンツンしたままのジェイドの腕を揺らすけれどそのまま。やだ。ご機嫌斜めになっちゃった。どうしたらいいかしら。
「ごめんね。ジェイド、からかってごめんね。大好きよ」
ちょっとまた狡い使い方をしてしまったけれどいいわよね。拗ねて顔を横に向けていたジェイドがこっちを見た。ひたっと見据えたオッドアイは冷たくはなかった。
「まぁ。あなたにばかりに求めるのもいけませんね。僕も反省しなければ」
「ん?」
何を言っているのか要領が得ない。首を傾げる私にジェイドが頬を緩めて腕を掴む私の手に大きな手を重ねる。手の甲に触れた手のひらの大きさに心臓がドキドキしてくる。ついでに顔も近づけて来るからさらにドキドキしてきちゃう。
「レティシア。僕も好きですよ」
耳を疑うような言葉に目を丸くする。けれどジェイドは意地悪く口角を上げて私の手を握って腰に腕を回した。ピタリと私の身体と彼との身体がくっつく。
「僕も好きです。あなたのことが」
「ぇ、あ、え?」
彼から紡がれる言葉が頭に積み重なる。そして、それを理解すると身体がまた熱くなる。今度は私の顔が真っ赤になった。
「う、ぇ、な」
「もちろん、からかっていませんよ。にしても、貴方の反応はいいいですね」
ドッキリ成功というように笑うジェイドに何も言えない。いや、言いたいことはたくさんある。いつから、両想いなの、恋人になってくれるの、たくさん、たくさん、浮かんでくる。
「ジェイド、じゃあ」
「レティシア」
遮られるように名前を呼ばれた。私は一端口を噤んで「なぁに」と聞き返す。それにジェイドはいい子と言いたげな顔をして――。
「もう少し楽しみましょう」
その意味が一瞬分からなかった。けれど、彼がこの状況を楽しんでいるのが分かる。
つまり彼はまだまだ恋人になってくれないらしい。この曖昧な期間を楽しみたいなんて奇特な人魚。でも、それはとてもジェイドらしかった。
「他の雄に目移りしちゃうかも」
「嘘言わないでください。あなた、僕のこと大好きなんでしょ」
フフと楽しそうに笑い声を漏らすジェイドはとっても可愛い。それに彼が言う通り大好きな人だし、他の雄に目移りするつもりなんて全くなかった。
「もう、わがままな人ね」
「ふふ。いいじゃないですか」
そう言って笑うジェイドはやっぱり可愛く愛おしかった。私は暫くの間、彼が満足するまで恋人は暫くお預けになってしまった。
そして、その日から彼が離れないように私は必死に求愛することになった。私の求愛を彼はつまらなそうな顔をすることはなかった。ただ、すべて楽しそうに応えてくれた。そんな彼があまりにも愛おしくて私は今日も了解を貰うために求愛行動を行う。
「ねぇ。今日も大好きよ、ジェイド」
「ええ。僕も好きですよ」
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