初めての味、痺れる味覚
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甘い果実まであと少し
親友。大親友。これらはレティシア・エイヴォリーからかけられる言葉だった。その言葉が示す関係性から貴方は恋愛対象ではないと言われているような気がした。
そもそも出会って早々に何を言っているのか。幼馴染だというアズールや、同じ時期に出会って仲のいいフロイドにも言っているのか。二人に聞いてみれば「いいえ」、「言われてないけど」と返された。どうやら〝親友〟と特別扱いされているのは僕だけだった。
何がどう彼女の琴線に触れたのか分からない。けれど、ただの自分だけに与えられた〝親友〟という地位が鬱陶しくなるどころか徐々に特別になっていった。
レティシアは傍から美少女と言って遜色ない容姿を持っていた。とはいえ、彼女だけが麗しい容姿を持っているわけではない。彼女の姉妹二人にも言える。だから、ミドルスクールの学校交流会が行われると彼女たちは雄たちの熱い視線を一斉に集める。
その現象に出会って間もないのに雄たちの視線にイラつきを覚えた。けれどきっかけは何だったか。ああ。そうだ。あれだ。
「おれと付き合ってくれッ!」
岩陰でしか生えない海藻を採取しているときにそんな叫び声が聞こえてきた。
僕はひっそりと岩陰から告白現場を覗いてみた。そこには僕を親友と呼ぶ奇特な人魚のレティシアがいた。
彼女は艶やかに輝く鱗で覆われた尾ビレをゆらゆら動かしている。ああいうときは自分の置かれている現状が退屈なときの表れだ。よく見れば綺麗な横顔がすでにつまらなそうだし、指で髪の毛を弄っている。
「もう少し訊く態度を取ったらいいだろうに……」
だから高慢だとか他の女子たちに陰口を言われるのだろう。とはいっても、そんな陰口彼女にとって痛くも痒くもないのだろう。
「レティシア、その」
「あ、ごめんなさい。私好きな人がいるから貴方とは付き合えないわ」
〝好きな人〟という彼女の言葉に衝撃波のようなものを感じた。おかしい。ここは穏やかな海流だ。魚の群れも、嵐が来たわけでもない。だのに、僕は今衝撃波を感じた。
だって、そうだ。レティシアに好きな人がいる、なんて今まで一度も聞いたことがない。いくらアズールよりも付き合いが短いとはいえ彼女からすれば僕は親友という立ち位置のはずだ。だのに、親友である僕が知らないなんておかしくないか。違う。これではまるで親友という立ち位置を肯定しているようだ。
込み上げる苛立ち。何でこんなに自分がムカつかなければいけない。今度文句でも言ってやろうか。いや、このあとすぐに文句じゃない嫌味だ。嫌味を言いに行こう。そう思って暫し様子を見にすることにした。
「えっ! きみ、好きな人がいたのかい?」
「ええ。そうなの。だからごめんなさい」
ぺこりとエレメンタリースクールの子どもみたいなお辞儀をするレティシア。それに告白していた男子は「そっか」と言って肩を落としてすいと泳いでいった。
その様子を彼女はやれやれといった様子で見送るのを見て岩陰から出る。すいすいとそのまま泳いで背後に立って声をかける。
「随分と適当な対応ですね」
「あら。ジェイド、見ていたの?」
すいっと動いてこちらを向く。そのまま近寄って「なら出て来てよぉ」と文句を言ってくる。文句を言われる筋合いはない。
「お相手にとっては大切なタイミングですよ。邪魔をするような野暮はしません」
「私より相手の男子を気遣うの」
不満気に目を細める彼女に「はい」と微笑み返す。それにまだ不服そうなレティシアに少しだけ満足しながら気になっていたことを聞いてみることにした。
「好きな人がいる、とお断りしていましたが好きなお方がいるんですか?」
口にした瞬間何故だか少し心臓が変になる。何だか胃の上あたりがソワソワ落ち着かない。一体、彼女は誰が好きなのか。この少し独特な感覚を持つ人魚の心を射止めたのは誰なのか。
「好きな人――そんなの決まってるじゃない」
不機嫌顔が一転パァッと表情が輝く。その機嫌のいいまま「ふふ」と微笑み目を細めてほっそりとした指を僕に向けて来た。
「貴方、よ」
「は?」
フワっと臓器が浮いた気がする。これはあれだ。エレメンタリースクールのときにフロイドと激流に襲われそうになったときに感じたことがある。またとないスリルだった。そのときの高揚に似ている。
「それ、は」
「ああ! もちろん! ジェイド以外にも好きな人はいるわよ!」
「は?」
他にもいると言ったレティシアは歌うように名前を挙げていく。「姉様に、ヴァニーちゃんに、母様に父様にぃ、アズールも、フロイドも!」と名前を次々上げていく。
まるで小さな子どもみたいに好きな人だ。どうやらまだ彼女に恋愛というのは程遠いらしい。肩透かしをくらった。いや、違う。心の底からガッカリした。失望の域だった。けれど、ガッカリした僕自身に驚きを隠せなかった。何故失望する。何故ガッカリする。ぐちゃぐちゃ綯交ぜになっていく感情に思わず溜息が出る。
「ジェイド?」
「なんでもありませんよ」
このとき抱いた感情をとりあえずまだ早いと思って僕は蓋を閉じた。それに一時の勘違いかも知れない。そうだ、と思いたい。ミドルスクールに入ったばかりの僕は消えるだろうと思っていた。思っていたのだけれど――そのときは一向に訪れなかった。寧ろ、彼女と会う度に僕の方が自覚せざるおえない状況に陥る。
「解せない」
思わず珍しい薬草をブチ抜いてしまうほど不服だった。だってそうだろう。彼女の方が僕に対して特別好きだという感情を抱いている。だのに、本人は一向に気づかない。
少し意識させようと僕に気のある女子を相手にしたが彼女は「恋人ができても親友よ」なんて言う始末。何故、そこで、芽生えない。何故、僕と同じスタートラインに立たない。
面白くない。面白くないならさっさと興味を失えばいいが恋情というのは扱いが難しい。簡単に彼女へ対する興味をなくすことができない。むしろ、彼女に気のある雄が鬱陶しく目障りだった。そいつらを使って憂さ晴らししようとしても面白味の欠片もない人魚ばかりだった。面白味もない男が彼女に近づくなと苛立ちがまた募って悪循環に陥る。
この悪循環を終えるのは僕からレティシアにアプローチすればいいだけの話。けれど、けれど、それだけは素直にできなかった。
「そろそろ気づいて欲しいものですね」
きっと本人に言ったところで「なに」って小首をかしげてスルーされるだけ。だから我慢する。相手が面白可笑しいのはいいが自分が面白おかしくなるのはイヤだ。だから、彼女が同じスタートラインに立つまで絶対にしない。それがいつになるか分からないけれど僕は辛抱強く待つことを選んだ。
ミドルスクールも最終学年を終える日が近づいた頃、僕はアズールとフロイドと共にナイトレイブンカレッジに通うことが決まり陸生活に慣れるために訓練所に来ていた。日々陸の生活に慣れるための知識を身に着け実践している。その中でもやっぱり歩行練習がきつい。
外で練習と思って裸足で砂浜に出て来たがやっぱり疲れる。適当な岩に座って休憩しながら視線を上げる。そこには意気揚々と歩くレティシアがいた。
「よく軽々と歩けますね」
「ん? そんなに難しい?」
同じく陸にある魔法士養成学校に彼女と彼女の双子も入学が決まった。ただ、彼女たちは幼い頃からすでに陸と海の生活をしていたためか訓練所に通うことがないようだ。現に彼女は慣れたように砂浜をスタスタ歩いている。すでに楽でいいなと思いつつ気になることがある。
「丈、短くないですか」
レティシアはひざ丈よりも少し上のスカートを穿いて真っ白な素足を晒している。自然と視線がそこへ向かうのがすごく嫌だった。お蔭で何度も目線を修正する羽目になっている。だというのに彼女はとても呑気だった。
「んー。でも、長いと足にまとわりついてイヤなのよ」
「そうですか……」
「そう! 貴方だって最初ズボンイヤだったでしょ?」
「まぁ。中々不思議な感じでしたね」
尾ビレが二本あると言っていいのか。水中での直立で立っているとはまた違う感じだ。それでも歩くと痛いというか疲れる。思わず溜息をつくと「じぇーいど」と名前を呼ばれて視線を上げる。目の前にレティシアの顔があった。
あまりの近さに一瞬動揺するがすぐに気を持ちなおして「なんです」とひるまず問いかける。彼女は深く暗い瞳の目尻を下げて「楽しいわよ」と脈略なく言う。
「なんですか。いきなり」
「ふふ。歩けるようになったらどこにでも行けて楽しいわよ!」
勢いよく後ろに引いてまた意気揚々と歩き出す。眩しい白い足が砂浜の砂を蹴り上げたと思うとそのまま海辺へと近づいていく。そして、そのまま海へと入りその白い足で海を蹴り上げる。
特別な光景でもないのにその光景に思わず魅入り、傍に行きたいと思った。
重かった腰を上げて彼女の傍へと向かって歩き出す。まだ慣れない足はたまに縺れそうになるが何とか砂を蹴り上げる。
バシャンと海に入る。ズボンの裾を捲っておいてよかった。バシャン、バシャンと海が足に当たる。なんだか不思議な感触だった。
「何だか。人魚じゃない状態で海に入るって不思議よね」
「そうですね」
バシャと蹴り上げる彼女につられて蹴り上げてみる。キラキラ水しぶきがまた海へと戻っていく。
「また。練習に来ましょうね」
「その頃には普通に歩けますよ」
「そうね。あ、そうだ。次はアズールやフロイド、ヴァネッサも呼びましょう」
「楽しみだわ」と普通に言うけれど僕はすぐに頷くことはできなかった。けれど、まだ自覚のない彼女に合わせるなら頷かなければいけない。
「はい。楽しそうですね」
無邪気に笑う彼女にまだ先は長いと感じた。そして、もしかしたら自分からアプローチをしてしまうかと思うとそこだけはイヤだと思った。
* * *
自分からアプローチをかけることなく辛抱強く待ち続けた。陸生活に入って二年目、ようやくレティシアが僕と同じスタート地点にたった。
「長かった」
スカーフを外しセットした髪を乱しながら呟く。ちなみに同室のフロイドは「シャワーいく♪」と上機嫌で部屋を出ていった。どうやらあちらもあちらで何か進展があったよう。とはいえ、そんなことどうでもいい。こちらはやっと、やっと彼女 (どんかん)が同じスタートラインに立ったのだから。
にしても、今回は本当に危なかった。寝ぼけてキスされる、誘われた食事をすっぽかす。しかも、あのロイヤルソードアカデミーの生徒と事故とはいえキスと訊いたときはもうダメかと思った。自分の忍耐力に拍手喝采を送りたい気分だ。
「とはいえ事故のキスが功を奏したと、言うのでしょうか」
それでもやっぱり気に食わないが恋人になった後にどうにかしよう。にしても、彼女が同じスタートラインに立ったと気づいただけで気分が高揚していく。辛抱強く待ったかいがあったからだろうか。
「ふっ、ふふ。さぁ、長年ためにためたこの想いどういたしましょうか」
あちらも覚悟せよと言っていたが覚悟するのは寧ろレティシアの方だ。
「とはいえ、何をするのか楽しみですね」
一体どういうアプローチをかけて来るのか。とても楽しみだ。
けれどこのときの僕はまさかあのような事態になるとは露ほど考えていなかった。
親友。大親友。これらはレティシア・エイヴォリーからかけられる言葉だった。その言葉が示す関係性から貴方は恋愛対象ではないと言われているような気がした。
そもそも出会って早々に何を言っているのか。幼馴染だというアズールや、同じ時期に出会って仲のいいフロイドにも言っているのか。二人に聞いてみれば「いいえ」、「言われてないけど」と返された。どうやら〝親友〟と特別扱いされているのは僕だけだった。
何がどう彼女の琴線に触れたのか分からない。けれど、ただの自分だけに与えられた〝親友〟という地位が鬱陶しくなるどころか徐々に特別になっていった。
レティシアは傍から美少女と言って遜色ない容姿を持っていた。とはいえ、彼女だけが麗しい容姿を持っているわけではない。彼女の姉妹二人にも言える。だから、ミドルスクールの学校交流会が行われると彼女たちは雄たちの熱い視線を一斉に集める。
その現象に出会って間もないのに雄たちの視線にイラつきを覚えた。けれどきっかけは何だったか。ああ。そうだ。あれだ。
「おれと付き合ってくれッ!」
岩陰でしか生えない海藻を採取しているときにそんな叫び声が聞こえてきた。
僕はひっそりと岩陰から告白現場を覗いてみた。そこには僕を親友と呼ぶ奇特な人魚のレティシアがいた。
彼女は艶やかに輝く鱗で覆われた尾ビレをゆらゆら動かしている。ああいうときは自分の置かれている現状が退屈なときの表れだ。よく見れば綺麗な横顔がすでにつまらなそうだし、指で髪の毛を弄っている。
「もう少し訊く態度を取ったらいいだろうに……」
だから高慢だとか他の女子たちに陰口を言われるのだろう。とはいっても、そんな陰口彼女にとって痛くも痒くもないのだろう。
「レティシア、その」
「あ、ごめんなさい。私好きな人がいるから貴方とは付き合えないわ」
〝好きな人〟という彼女の言葉に衝撃波のようなものを感じた。おかしい。ここは穏やかな海流だ。魚の群れも、嵐が来たわけでもない。だのに、僕は今衝撃波を感じた。
だって、そうだ。レティシアに好きな人がいる、なんて今まで一度も聞いたことがない。いくらアズールよりも付き合いが短いとはいえ彼女からすれば僕は親友という立ち位置のはずだ。だのに、親友である僕が知らないなんておかしくないか。違う。これではまるで親友という立ち位置を肯定しているようだ。
込み上げる苛立ち。何でこんなに自分がムカつかなければいけない。今度文句でも言ってやろうか。いや、このあとすぐに文句じゃない嫌味だ。嫌味を言いに行こう。そう思って暫し様子を見にすることにした。
「えっ! きみ、好きな人がいたのかい?」
「ええ。そうなの。だからごめんなさい」
ぺこりとエレメンタリースクールの子どもみたいなお辞儀をするレティシア。それに告白していた男子は「そっか」と言って肩を落としてすいと泳いでいった。
その様子を彼女はやれやれといった様子で見送るのを見て岩陰から出る。すいすいとそのまま泳いで背後に立って声をかける。
「随分と適当な対応ですね」
「あら。ジェイド、見ていたの?」
すいっと動いてこちらを向く。そのまま近寄って「なら出て来てよぉ」と文句を言ってくる。文句を言われる筋合いはない。
「お相手にとっては大切なタイミングですよ。邪魔をするような野暮はしません」
「私より相手の男子を気遣うの」
不満気に目を細める彼女に「はい」と微笑み返す。それにまだ不服そうなレティシアに少しだけ満足しながら気になっていたことを聞いてみることにした。
「好きな人がいる、とお断りしていましたが好きなお方がいるんですか?」
口にした瞬間何故だか少し心臓が変になる。何だか胃の上あたりがソワソワ落ち着かない。一体、彼女は誰が好きなのか。この少し独特な感覚を持つ人魚の心を射止めたのは誰なのか。
「好きな人――そんなの決まってるじゃない」
不機嫌顔が一転パァッと表情が輝く。その機嫌のいいまま「ふふ」と微笑み目を細めてほっそりとした指を僕に向けて来た。
「貴方、よ」
「は?」
フワっと臓器が浮いた気がする。これはあれだ。エレメンタリースクールのときにフロイドと激流に襲われそうになったときに感じたことがある。またとないスリルだった。そのときの高揚に似ている。
「それ、は」
「ああ! もちろん! ジェイド以外にも好きな人はいるわよ!」
「は?」
他にもいると言ったレティシアは歌うように名前を挙げていく。「姉様に、ヴァニーちゃんに、母様に父様にぃ、アズールも、フロイドも!」と名前を次々上げていく。
まるで小さな子どもみたいに好きな人だ。どうやらまだ彼女に恋愛というのは程遠いらしい。肩透かしをくらった。いや、違う。心の底からガッカリした。失望の域だった。けれど、ガッカリした僕自身に驚きを隠せなかった。何故失望する。何故ガッカリする。ぐちゃぐちゃ綯交ぜになっていく感情に思わず溜息が出る。
「ジェイド?」
「なんでもありませんよ」
このとき抱いた感情をとりあえずまだ早いと思って僕は蓋を閉じた。それに一時の勘違いかも知れない。そうだ、と思いたい。ミドルスクールに入ったばかりの僕は消えるだろうと思っていた。思っていたのだけれど――そのときは一向に訪れなかった。寧ろ、彼女と会う度に僕の方が自覚せざるおえない状況に陥る。
「解せない」
思わず珍しい薬草をブチ抜いてしまうほど不服だった。だってそうだろう。彼女の方が僕に対して特別好きだという感情を抱いている。だのに、本人は一向に気づかない。
少し意識させようと僕に気のある女子を相手にしたが彼女は「恋人ができても親友よ」なんて言う始末。何故、そこで、芽生えない。何故、僕と同じスタートラインに立たない。
面白くない。面白くないならさっさと興味を失えばいいが恋情というのは扱いが難しい。簡単に彼女へ対する興味をなくすことができない。むしろ、彼女に気のある雄が鬱陶しく目障りだった。そいつらを使って憂さ晴らししようとしても面白味の欠片もない人魚ばかりだった。面白味もない男が彼女に近づくなと苛立ちがまた募って悪循環に陥る。
この悪循環を終えるのは僕からレティシアにアプローチすればいいだけの話。けれど、けれど、それだけは素直にできなかった。
「そろそろ気づいて欲しいものですね」
きっと本人に言ったところで「なに」って小首をかしげてスルーされるだけ。だから我慢する。相手が面白可笑しいのはいいが自分が面白おかしくなるのはイヤだ。だから、彼女が同じスタートラインに立つまで絶対にしない。それがいつになるか分からないけれど僕は辛抱強く待つことを選んだ。
ミドルスクールも最終学年を終える日が近づいた頃、僕はアズールとフロイドと共にナイトレイブンカレッジに通うことが決まり陸生活に慣れるために訓練所に来ていた。日々陸の生活に慣れるための知識を身に着け実践している。その中でもやっぱり歩行練習がきつい。
外で練習と思って裸足で砂浜に出て来たがやっぱり疲れる。適当な岩に座って休憩しながら視線を上げる。そこには意気揚々と歩くレティシアがいた。
「よく軽々と歩けますね」
「ん? そんなに難しい?」
同じく陸にある魔法士養成学校に彼女と彼女の双子も入学が決まった。ただ、彼女たちは幼い頃からすでに陸と海の生活をしていたためか訓練所に通うことがないようだ。現に彼女は慣れたように砂浜をスタスタ歩いている。すでに楽でいいなと思いつつ気になることがある。
「丈、短くないですか」
レティシアはひざ丈よりも少し上のスカートを穿いて真っ白な素足を晒している。自然と視線がそこへ向かうのがすごく嫌だった。お蔭で何度も目線を修正する羽目になっている。だというのに彼女はとても呑気だった。
「んー。でも、長いと足にまとわりついてイヤなのよ」
「そうですか……」
「そう! 貴方だって最初ズボンイヤだったでしょ?」
「まぁ。中々不思議な感じでしたね」
尾ビレが二本あると言っていいのか。水中での直立で立っているとはまた違う感じだ。それでも歩くと痛いというか疲れる。思わず溜息をつくと「じぇーいど」と名前を呼ばれて視線を上げる。目の前にレティシアの顔があった。
あまりの近さに一瞬動揺するがすぐに気を持ちなおして「なんです」とひるまず問いかける。彼女は深く暗い瞳の目尻を下げて「楽しいわよ」と脈略なく言う。
「なんですか。いきなり」
「ふふ。歩けるようになったらどこにでも行けて楽しいわよ!」
勢いよく後ろに引いてまた意気揚々と歩き出す。眩しい白い足が砂浜の砂を蹴り上げたと思うとそのまま海辺へと近づいていく。そして、そのまま海へと入りその白い足で海を蹴り上げる。
特別な光景でもないのにその光景に思わず魅入り、傍に行きたいと思った。
重かった腰を上げて彼女の傍へと向かって歩き出す。まだ慣れない足はたまに縺れそうになるが何とか砂を蹴り上げる。
バシャンと海に入る。ズボンの裾を捲っておいてよかった。バシャン、バシャンと海が足に当たる。なんだか不思議な感触だった。
「何だか。人魚じゃない状態で海に入るって不思議よね」
「そうですね」
バシャと蹴り上げる彼女につられて蹴り上げてみる。キラキラ水しぶきがまた海へと戻っていく。
「また。練習に来ましょうね」
「その頃には普通に歩けますよ」
「そうね。あ、そうだ。次はアズールやフロイド、ヴァネッサも呼びましょう」
「楽しみだわ」と普通に言うけれど僕はすぐに頷くことはできなかった。けれど、まだ自覚のない彼女に合わせるなら頷かなければいけない。
「はい。楽しそうですね」
無邪気に笑う彼女にまだ先は長いと感じた。そして、もしかしたら自分からアプローチをしてしまうかと思うとそこだけはイヤだと思った。
* * *
自分からアプローチをかけることなく辛抱強く待ち続けた。陸生活に入って二年目、ようやくレティシアが僕と同じスタート地点にたった。
「長かった」
スカーフを外しセットした髪を乱しながら呟く。ちなみに同室のフロイドは「シャワーいく♪」と上機嫌で部屋を出ていった。どうやらあちらもあちらで何か進展があったよう。とはいえ、そんなことどうでもいい。こちらはやっと、やっと彼女 (どんかん)が同じスタートラインに立ったのだから。
にしても、今回は本当に危なかった。寝ぼけてキスされる、誘われた食事をすっぽかす。しかも、あのロイヤルソードアカデミーの生徒と事故とはいえキスと訊いたときはもうダメかと思った。自分の忍耐力に拍手喝采を送りたい気分だ。
「とはいえ事故のキスが功を奏したと、言うのでしょうか」
それでもやっぱり気に食わないが恋人になった後にどうにかしよう。にしても、彼女が同じスタートラインに立ったと気づいただけで気分が高揚していく。辛抱強く待ったかいがあったからだろうか。
「ふっ、ふふ。さぁ、長年ためにためたこの想いどういたしましょうか」
あちらも覚悟せよと言っていたが覚悟するのは寧ろレティシアの方だ。
「とはいえ、何をするのか楽しみですね」
一体どういうアプローチをかけて来るのか。とても楽しみだ。
けれどこのときの僕はまさかあのような事態になるとは露ほど考えていなかった。