初めての味、痺れる味覚
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甘い果実に歯を立てた
ジェイドにキスしてしまった後のこと。流石にジェイドに「貴方にキスしちゃったかしら」なんて聞くこともできず私は見送られて帰ることになった。その後も折に触れてはジェイドの唇に触れたことを思い出して身体がソワソワして大変だった。というか、今も思い出すだけで身体がソワソワする。何で、何だろうかなぁって考えていたからいけなかったんだと思う。
ロイヤルソードアカデミーで行われた合同授業。グループに分かれて実験と実験後のレポート作成しているときだった。上の空気味で片付けをしているときに焦った声で自分の名前が呼ばれた。
「え、ぅわっ!」
荷物を運んでいる最中に躓き転んだ。ただ転ぶならいいその先にしゃがんで片付けていた子がいた。その子は青ざめた顔で私を見上げている。あちらも実験道具で両手が塞がっていたからたぶん抱き留めるのは無理。
景色がゆっくりと動いていく中、私はそのまま倒れた。倒れたときの衝撃といったら一言では言い表せないくらい痛い。
「いっ、ぁ」
どこが痛いんだろう。身体中痛いし顔も痛い。いや違う。顔じゃなくて顎が痛いのかもしれない。どこもかしこも痛くて正直な話しどこがって聞かれてもわからない。
ゆっくりと衝撃に備えた閉じた目を開くと下敷きにした子の顔が視界一杯にあった。え、と思う前に目の前にあった子の目が歪んでぐいっと下から身体を押された。その力にまた顔を顰めていると下から声がした。
呻く子は「いてぇ」だの「切れた」だの何だか言っている。声が遠くに聞こえる不思議だなぁって思ったら血の匂いが鼻を掠めた。
「ん?」
どこか出血したのかなって唇を動かしたらなんか口の中に入って来た。私はそっと唇に触れるとぬるっと指が濡れた。
「ッ」
ついでにビリビリと唇に痛みが走る。それに呻きながら何かで濡れた指を見ると真っ赤になっていた。すると「切れてる」って声がした。下を見れば顔を真っ青な子がいた。
「きれてる?」
オウム返しすれば青ざめた顔がコクコクと縦に揺れた。それから真っ赤になっている唇を押えながら「わる、でも、事故だし、つか、ど、ど、ご、ごめんっ」と口早に言い募る。あまりにも青ざめる彼を見ながら私は大丈夫と言おうとした。けれど、その前にぶつかった子が「わ! 泣くなって!」と言われた。
「え?」
青ざめた顔から一転困った顔をする子に私は泣いているのと自分でも理解できなかった。だから、そのまま目尻に触れると確かに濡れている。でも、これって痛いからじゃないのかしら。だって、身体中痛いから。
ポロポロ涙が零れるのが止まらない私に下敷きになった子は色々慌て出す。でも、私はその子の相手をすることもできなかった。だって、唇も、身体も、何もかも痛すぎて考えることができなかったんだもの。でも、ふと、ジェイドは私に事故でキスされてイヤだったのかなって思ったら心臓がとっても痛くなった。
* * *
あの事故があってからジェイドに気軽にメッセージを送ることもできなくなった。今さら何だけど。とっても今さらなんだけど。
寮の自室。ベッドに横になりながらぼんやり天井を見上げる。音楽を聞くのも、本を読むのも、マジカメを見るのも全然できていない。それくらいジェイドに事故でキスしてしまった事実が今になって重くのしかかってくる。
「苦しい」
人魚だから海の中で苦しくなったことはない。でも、人間が海の中に潜って苦しいのってこんな感じなのかしらって思う。それくらい私はたぶん今とても苦しい。
「謝った方がいいのかしら?」
ゴロンと身体を横にして枕元のスマホを取る。メッセージアプリを立ち上げてジェイドの画面を出す。けれど、今さら何を送ったらいいの? もうキスしてしまったのは一ヶ月以上の前のことでもうウィンターホリデー前なのよ。
「時間経ち過ぎじゃない」
溜息をついてスマホを枕元に戻す。代わりに抱き枕変わりのイルカのぬいぐるみを抱き寄せる。触り心地がよくて癒されるぬいぐるみも今は効果が弱い。
「はぁ。でも、謝った方がいいわよね。あ~でもジェイドのことだから『おや? そんなことありましたっけ?』とか言いそうだし」
そうだったら気にしていた私がバカ過ぎる。泣いてまで落ち込んだ私バカ過ぎるわよ。けど「気にしていない」じゃなくて「イヤだった」と言われたらそれはそれで落ち込む。この間、気づいたときだって心臓が痛かったんだもの。本人に言われたら私――。
「どうなるのかしら?」
ジェイドの冷え冷えとした低い声で想像してみる。自分の想像力が良すぎたせいか鼻の奥がツンとした。心臓も痛い。とても痛いし苦しい。
「絶交だわ。絶交間違いなしのコースよ」
ヤダ。それだけは絶対にヤダ。ジェイドとは一生友達の親友って決めているんだもの。絶対に絶交はしたくない。ヤダ、ヤダぁ。
「やっぱり誠意を見せないといけないわね」
ベッドから身体を起して枕元に置いていたスマホを取り出す。手に持った瞬間パッとつく画面。そこにはさっきのメッセージ画面のまま。私は一瞬なんて送ろうか悩んだ。メッセージだけだと絶対に長文になる。
「なら食事よ」
ジェイドを食事に誘う。それで断られたらきっと私に会いたくないってことになるしって、想像して泣けるわ。ちょっと落ち込みながらトントンと画面を叩いてメッセージを打ち込む。にしても、あれだけ躊躇っていたのに勢いがつけば簡単にメッセージを打ち込んで送信することができた。
「既読は……うん。いつものことよね」
いつもメッセージの返信は遅いしね。気長に待とう。少し胸のつっかえが取れた私は意気揚々と寮の談話室へ向かった。
その日の夜。スキンケアも終わって後は寝るだけになるように時間にやっと返事が来た。ドキドキしながらメッセージアプリを開く。これで断られたらどうしよう。絶交だけはイヤ。絶対にイヤ。
「えい!」
画面には相変わらず簡素な返信だけ送られていた。いつも素っ気ないけれどそのいつも以上に素っ気ないメッセージ。
「素っ気にないけれどいいのね……よかった」
ひとつ安心しながらでも油断できない。まるで綱渡りをしているような気分で私は送られた予定を見て自分の予定を確認する。ジェイドは予定の無い日を教えて後はお好きにどうぞというスタイル。だから、いつも私が日にちも時間もお店の予約もする。それに私が誘うんだから。全部私の仕事よ。にしても……。
「どこにしようかしら」
今さらになって話したい内容が内容だし個室がいいんだけど。そうするとお店が結構制限されてしまう。さらに言えばグレードもアップする可能性もあるし、そもそも未成年が入れない可能性もある。んー、なら。
「いっそ……賢者の島にすればいいんじゃないかしら?」
ちょうど約束の日はウィンターホリデー期間中だ。ロイヤルソードアカデミーもナイトレイブンカレッジの生徒も帰省する。ジェイドたちは流氷の影響で帰省できないけれどちょうどいいわ。
「私も初日に帰省しないし学校のゲートが使えるわ」
賢者の島には学生向けのいいお店もあるしちょうどいいじゃない。あ、でも、ジェイドは学校のお膝元みたいな感じだけどいいかしら。
「もうお店全部網羅していそうだし……」
やっぱり薔薇の王国とか輝石の国がいいかしら。それとも歓喜の港とか。ウィンターホリデー期間はイルミネーションも素敵だし。ん~? どうしよう。
「はぁ。ダメ。まだ時間もあるし少し考えよう」
スマホをベッドサイドに置いて横になる。いつもならあそこに行って、あっちに行ってとかポンポン浮かぶのに今回は全然浮かばない。寧ろ今までに無いほど選ぶことに神経を使っているかもしれない。
「ほんとに何でだろう」
不思議って考えているうちにうとうとしてきて私はそのまま意識を手放した。その日の夢の中。私はとても苦しくて辛い夢を見た。朝起きたら忘れていたけれど――。
「もう絶対に見たくない夢」
目尻から零れる涙を拭う。もう絶対に見たくない絶対にそういうたぐいの夢だった。
* * *
結局、賢者の島のカフェにした。特にカップルに人気らしく座席が個室に近い形になっている。だから話もできるかなぁって思ったんだけど……。
「まだ、来ない」
待ち合わせの場所の広場。噴水もあって分かりやすいしカフェにも近いところを待ち合わせ場所にした。けど、約束の十分前には来るジェイドがいっこうに現れない。もうすぐ予約した時間にもなるのに。
「連絡しても返信来ないし……」
しかたない先にカフェに行こう。予約の時間があるから先にカフェに行くことにした。予約したカフェに入っているけれどやっぱり連絡がつかない。一応、先にカフェに入っているって送ったけれどそれも既読つかない。
「どうしたのかしら」
ジェイドに何か起きたのかしら。あまりにも来ないからスフレパンケーキセットを頼んでしまった。でも、それもあっという間に食べ終わってコーヒータイムに入ってしまった。つまり、もう一時間以上になろうとしている。
「事故っていってもそんなニュースもないし」
学校で何かあったのかな。ロイヤルソードアカデミーでもたまに小さな騒ぎがあるっていうしナイトレイブンカレッジもありそう。で、ジェイドはその当事者にでもなったのかもしれないわ。それか自分から巻き込まれに行ったのかもしれない。で、連絡が取れない状況になったとか……。
「十分ありえるわね」
私の約束なんて忘れるくらい楽しいことがあったのかもしれないし。普通なら約束すっぽかして何しているの、と怒るところだと思う。でも、何だかそんな気も起きない。
「ジェイドだもんね」
仕方ないわ。彼はそういうところがあるから。だから、全然平気。うん、平気なんだけれど。何故だか苦しい。胸がとっても苦しいわ。
「何でかしら」
すっかり冷めたコーヒーも飲む気もせず私はカフェを出た。
その後もジェイドと連絡はつくことはなかった。
* * *
約束の次の日。私もヴァネッサと一緒に帰省した。帰省っていっても今回は珊瑚の海ではなく薔薇の王国の別邸。母様と父様に姉様が薔薇の王国に呼ばれてそれにくっついて行くことになった。
そこで年末を過ごし私たち家族はニューイヤーをある城で迎えることになった。そのニューイヤーパーティーに呼ばれた私たち家族。ドレスを身に纏って最初は母様たちを始めとした音楽も素晴らしくて楽しかったのだけれどちょっと今は暇。
「ねぇ。ヴァニーちゃん、つまんない」
「あたしもよ、レティ」
お互い壁を背に寄り掛かりながらシャンデリアの明かりに照らされる広間を見る。美しい光りの下照らされる大人たち。優雅に笑っているけれど一体何の話をしているのやら。そういう話はアズールとかなら楽しいかもしれないけれど私たちは金儲けとか興味ないからつまらない。
「そういえばアズールがいないわね」
「ああ。姉様も一応誘ってはみたらわしいわ」
「え! それで来なかったの!」
「あのアズールが?」と訊けばヴァネッサは難しい顔をして首を横に振った。「なになにどういうこと」と腕を掴めばちょっと鬱陶し気に話してくれた。
「連絡が取れなかったらしいわ」
「え? アズールも?」
どういうことよ、という風に首を傾げるヴァネッサに今度は私から話し出す。すると、ヴァネッサは難しい顔をして「どうせ何か面白いことがあったに違いないわ」と結論を出した。私と全く同じだった。面白い。でも、フロイドとも連絡がつかないっていうからきっと三人愉しく何かしているに違いないわ。
「はぁ。つまらない……ねぇ、探検にでも行く?」
「まぁ。先輩 のお家だから怒られはしなさそうだけど」
チラリ、と揃って姉様とお話をしているとある令嬢を見る。光り輝く真珠と名高い姉様と並んでも遜色ない美しく艶 やかな女性。その女性は姉様の親友で私たちの先輩 だ。その方なら私たちがちょぉっと探検しても怒らないはず。
「ねぇ。行きましょうよ」
ヴァネッサの腕を揺さぶった時だった。「あ」と何かを発見した声がした。「ん?」と私がヴァネッサの視線を辿って見た先にはウツボの兄弟がいた。正装を身に纏っている素敵なジェイドに見惚れながら「どういうこと?」と姉妹の腕を引く。
「知らない」
棘のあるヴァネッサの声。どうやら私の片割れもあっちの片割れと何やらもめたらしい。本当に分かりやすい子。
私は組んでいたヴァネッサの腕を離して顔を覗き込む。すると、まぁなんてこと。可愛い顔が台無しになっている。
「ヴァニーちゃん、眉間の皺」
「うるさい」
フンと顔を背けるヴァネッサ。あらあら一体どんなケンカをしたのかしら。私は苦笑しながらヴァネッサの腕を引いて歩き出す。自分とジェイドのことは別にいい。フロイドに恋をしている大好きな姉妹のことだけはどうにかしてあげたい。だって、あんなにもフロイドが大好きなんだから。
「ほら、行きましょう」
「いい」
「そう意地を張らないの」
「張ってないわ」
鼻を鳴らしながらそっぽを向いて動く気配のない姉妹。可愛いったらしょうがない。でも、それじゃきっと後悔するのは姉妹の方。私はチラッとウツボの兄弟を見るとあちらも気づいていたみたい。いや、たぶんずっと前に気づいているはず……たぶん。
するとくんって腕が引かれる。ヴァネッサが逃げようとしているんだわ。
「こら。どこに行くの」
「あいつらがいないところ」
「も~ヴァニー」
「逃がさないわよ」と腕を組む。そして、二人を見れば近づいてくる最中だった。これはいい。私は逃がさないようにヴァネッサの腕に抱き着きながら必死に踏ん張った。これでも力はないのよ。だから、早く来て頂戴とヒールで足元が滑りそうになったときだった。
「なぁにしてんの?」
間延びした甘ったるい声に愉快さを孕んだそれはウツボの片割れのものだ。私は抵抗がなくなったのを感じて引っ張るのをやめて顔を上に挙げる。本当にこういうときの身長の高さがイヤになるわ。
「フロイド。久しぶりね」
「レティシア、久しぶりぃってほどでもなくね?」
「そうだっけ?」
陸上大会以来だから久しぶりなような気もしなくないような。まぁどっちもでいいわ。首が痛くなるって首を戻すついでにチラと隣の姉妹を見る。それにうわぁって声を出さなかったこと褒めてほしい。だから、その代わりもう一度フロイドを見ればあっちもちょっと目が笑ってない。
「ちょっと貴方たち何してんの?」
「別に」
「べっつにぃ」
揃って同じこと言っているけれど二人揃って刺々しい声。チラって久しぶりにジェイドを見れば困った眉で肩を竦めた。どうやらジェイドも知らない様子。ならこれはもう面倒くさい案件だわ。
「二人で話してらっしゃい」
ポンとヴァネッサの肩を押す。すると、あっちもジェイドがフロイドに「いってらっしゃい」と言っていた。ついでに「あっちの方で話しできる場所あるから」と指さす。それにヴァネッサが顔を赤くさせて「バカ!」と声を荒げて叫ぶと指した方と逆に歩き出した。フロイドは首を傾げながらその後ろを歩き出した。なんで怒ったのと思ったけれどすぐに思い出す。
「何故あっちは駄目なんですか?」
「あっちはね。イチャイチャする場所だったの」
「ああ。なるほど」
すぐ傍まで来たジェイドはくすくす笑っている。なんら変わらないジェイドに安心したようなちょっとガッカリした気分だった。まぁ、もう過ぎたことだしいいのだけれど。
「では、僕らはどこへ?」
「ん? ぼくら?」
「ええ、僕と貴方」
ジェイドが自分と私を交互に指さす。私はやっぱりよく分らなくて首を傾げる。何故私たちもヴァネッサたちのようにいかないといけないのか分からない。分からないけれどまぁジェイドが行こうと言うのなら行ってあげようじゃないの。
「ならこっちよ」
今度はジェイドの腕を引いてバルコニーに出る。
バルコニーもそれなりのカップルがいたけれど自分たちの世界に没頭している。誰もきっと私たちのことを気にしない。
「ここでいいわよね」
「はい。僕はどこでも」
貼りつけたような笑い方に首を傾げる。何を私に対して取り繕っているのかしら。もうこれ以上傾げることができない首を戻しながら私はジェイドを見上げて「どうしたの?」って訊ねる。すると、笑みがすぅって消える。一瞬だけ真顔になるとまた眉が困ったみたいに下がった。でも、唇が真っ直ぐのまま。
珍しい顔ってマジマジ見ていたらその真っ直ぐな唇が動いた。
「怒っていないんですか」
「怒ってる? 何に?」
「……ほら、僕すっぽかしたでしょう」
「……もしかして食事の約束のこと?」
思い当たるといったらそれしかない。私の言葉に頷くジェイドはやっぱり困ったというか申し訳なさそうな顔をしている。これは本当に珍しい顔だわ。だって、ジェイドったら外面は申し訳ないって感じだけど悪いって思っていない態度なんだもの。だからてっきり今回もそうなんだと思っていたけれどなんて殊勝なのかしら。
「まさか悪いって思っているなんて想像していなかったわ」
「僕だって流石に思いますよ」
「ええ~? 貴方が?」
「……流石にその考え失礼に値しますよ」
にっこりと笑った顔で遠慮なく頬を引っ張るジェイド。痛くはないけれど化粧が崩れるから止めてほしい。「ごめんなさい」って言ってパシパシ手を叩くと離してくれた。
先ほどまで申し訳なさそうだったジェイドはすっかり元に戻ってしまった。けれど、ちょっとツンとした顔で「すいません」と言ってきた。いや、謝る態度ではなくない? もう少し殊勝な態度でいて欲しかったけれど彼が素直に謝ることはとても珍しいから。
「べつにいいのよ」
「そこまで怒っていなかったし」って付け足す。そう。怒ってなんかいない。だって、ジェイドの中で私の順位はきっとそう高くないんだもの。すっぽかされたのだって何か楽しいことがあっての事だろうし。それにこういうこと考えているとまた心臓がチクチクしてくるからもう忘れたいくらいないのに。あー、でも、やっぱりちょっと理由が気になることは気になるのよね。チクチクする心臓を抑えながら好奇心に煽られて私は結局理由を聞いてみることにした。
「ねぇ。ジェイド、怒っていないけれどどうして来なかったの? 連絡も取れなかったし心配はしたわ」
「なにか面白いことでもあった?」と訊ねればジェイドは眉を顰めて顎に手を添えた。けれど、それも一瞬ですぐに「確かに面白いことがありました」と答えた。ついでに「電波が届かないところだったんです」と言った。
「やっぱりそう」
彼の言葉になにか引っかかるけれど追及はしない。こういう包んだような言い方をするときは突っ込んで来るなってことだし。そもそも約束のことを忘れるほどのことがあったんでしょう。だから、気にしない。気にしないって言い聞かせているけれどなんでか心臓の辺りがキュウって絞めつけられるように苦しくなる。
胸の苦しさに耐えていると「あの」と遠慮がちに声をかけられた。
「ん? なに?」
「別に忘れていたわけじゃないですよ」
「んん?」
また首を傾げて見上げる。ジェイドは視線をウロウロさせながら「ですから忘れていませんでした」と少し語尾を強くして同じ内容を言う。
「忘れていない」という言葉を頭の中で反芻していると少しだけ胸の苦しさが和らぐ。ちょっと嬉しいって思う自分がちょっと、違う、かなりバカバカしいくらい。
「ふっ、ふふ。そう。それはありがとう」
気にしてくれてっていう意味を込めて言うとムスっとした顔をされてしまった。唇を尖らせた姿がちょっとフロイドに似ていて可愛い。今日は大人っぽい姿なのにやっぱりまだジェイドも顔立ちが幼いんだなぁって思わせる。
可愛いなぁって見ていたらまたその表情がすぅって無くなる。それから改めてというようにジェイドが「なにか用事があったんですか?」と聞いて来た。「ん?」って首を傾げれば深い溜息をつかれてしまった。
「なにかあったから僕を呼び出したんでしょ」
「あ、そうそう。貴方に謝りたいことがあって」
「僕に謝りたいこと?」
怪訝に眉を顰めるジェイドに何度も頷く。ジェイドは顎に手を添えて「なにかありました?」と想像が着かない様子だ。
あら。これなら言わない方が無難だったかしら。適当にジェイドと話したかっただけにしようかしら。あ~でも謝ろうと思ったし~、あ~でもむしかえすのもどうかしら。
「ん~迷うわ」
「なにがですか……はぁ。でも、いつも通りのレティシアでよかったですよ」
安心したようなジェイドに目を瞬かせる。なにかしら。今日は珍しい顔ばっかりよ、貴方。苦しかった心臓が何だかムズムズしてくる。痒いというわけではないけれど落ち着きがない。なんかドキドキしている感じがする。
「寄越したメッセージがどうにも深刻そうだったので」
「え、そうだった?」
なるべくいつもの自分らしく送ったのだけど。違ったのかしらと見ていればジェイドが斜め上を見ながら「いつもはもっとスタンプや絵文字を使うのになかったので」と言って確認したい衝動に駆られる。でも、なんとか耐えて「そうだったかしら」と返す。
「はい。だから深刻ななにかがあるのかと思いまして」
ああ。だから気にしてくれていたのかしら。ちょっとは気にかけてくれているのね。くすくす笑っていると「どうしました」って聞かれた。これを素直に言おうかと思ったけれど今度からしてくれないとイヤだから黙っておこう。
「なんでもないわ。ふふ。そうね。でもメッセージ送ったときは深刻だったけれどなんでもないわ」
「なんでもない……ということはこのときはなんでもあったんですか?」
「んー。まぁ、そうね。でも、貴方が覚えていないならいいわ」
だから問題なしっていう流れなんだけど――ジェイドが鋭い歯を見せて顔を寄せて来た。あ、これダメだ。
「ジェイド。なにもないからね」
「そこまで言われると気になります」
「気になりません」
「気になります」
お互いにっこりと微笑み合っているけれどこれで勝てた試しがない。仕方ないって私から引いて話すことに決めた。覚えていないならそれでよかったのに。
「はぁ。陸上大会のときに私ったら寝ぼけて貴方にキスしちゃったでしょ」
「ごめんなさいね」ってまずそのことを謝る。だって、そうしないと始まらないし。で、謝罪をして彼を見て見たら私は目を丸くさせる。
「ジェイド? 聞いてた?」
「……ええ。勿論、聞いていました。すいません。すっかり忘れていたので」
固まっていたジェイドは唇の端を引き攣りながら語尾強めに言う。唇が引き攣っているのはきっと必死に笑みを浮かべようとしているから。語尾が強めなのは多分違うからなんだろうなぁ。でも、言うのはやめておこう。それに一々引っかかっていたら本題にいけない。
「でね。私もその後にね、事故でキスしちゃったんだけど」
「え?」
またジェイドに話しの腰を折られる。もうちょっと黙って頂戴って彼を見たんだけれど綺麗な真顔だった。いや、違う、ちょっと瞳孔開いていない。やだ、暗いからよけいそう見えるじゃないの。ちょっとどころか大分怖いかも……。
「な、なにかしら」
「事故でキスってなんですか?」
「え、だから、そのままよ」
意外な質問に拍子抜けしながら事故のことをつらつら話す。それは腰を折らずに話させてくれたんだけれど眉が真ん中にちょみっと寄った。
「唇は平気なようで」
「ええ。保険医がちゃんと治してくれたわ」
ほらって唇を見せつけるように顔を上げる。それに一瞬だけ視線が外れるけれどまたオッドアイが私を見た。その左右色の異なる瞳に心臓が跳ねた。ああ、なんだかちょっとおかしい。
「で、その話しからどのように繋がるんですか」
「そう! そのときぶつかった子が『イヤだったよな。ごめん』って謝ってくれたの。でね、それでね……」
続けようとした言葉が続かなかった。言えるって思っていたのに喉に声が張り付いたように言葉が出てこなかった。でも、言わないといけないし。
「なにを今さら躊躇っているんですか」
「ぅう。ちょっとは待ってくれてもいいじゃない」
ニヤと口角を上げる意地の悪い顔に悪態をつきながらやっと言葉になって出て来た。私は「イヤだったら悪いなって、」と言った。いや、違うでしょ。
「イヤだったわよね。恋人でもない女の子から、その、キスされて」
「だから、ごめんね」と改めて謝罪する。でも、これで「そうですよ」とか「だから忘れていたんです」って言われたら私、私、どうなるのかしら。ああ、心臓が痛い。苦しい。想像しただけでこんなにも私は泣きそうになる。
「レティシア」
同時に横からにゅっと出て来た大きな手が顎を包み重力に負けていた顔が無理矢理上げさせられた。今日は寝違えていないから痛くはないけれど。
「これやめてちょうだい」
「貴方が柄にもなく落ち込んでいますからね」
「頭がもげそうでしたよ」なんて言いながら離してくれた。その顔は嫌悪感もなにもない。いつもと変わらないジェイドだった。私は「イヤじゃなかったの」と訊ねれば肩を竦めた。
「犬に噛まれたと思っています。そもそも唇が軽く触れただけです」
キスに含めるのにはあまりにも些末。そう言いたげなジェイドに安心とモヤモヤが胸の中でせめぎ合う。なにこれって思わず眉を顰める。イヤじゃなかった。絶交にならなかった。それでいいじゃない。一件落着なのに胸の中がモヤモヤする。気持ち悪い。
「なんです。お望みの答えではなかったのですか」
「いいえ。そんなことないわ……ただちょっと腑に落ちなかっただけよ」
「なんです」
「わからない」
「わからないんですか」
「そうよ」
だからなにも言えないと言えば彼は声を出して笑う。それから鋭い歯を隠して「それより」と言いながら顔を近づけて来た。それにドキとしながら「なぁに」と訊く。
「貴方はイヤではなかったのですか?」
「なにが?」
「僕の唇が触れたこと、」
思いもしていなかった質問に瞬きを繰り返す。考えてもしなかった。だって、その後ソワソワして身体が落ち着かなくて、触れた感触も忘れられなくて、心臓もそう言えばドキドキしていたかもしれない。〝イヤ〟なんて感情一切なかった。だって、私――ああ、なるほど、もしかしてそういうこと、なのかしら。
私は気づいてしまった感情に身体が熱くなった。頬もきっと真っ赤だと思う。でも、この距離なら気づかないと思う。ただ、瞳から滲む熱い視線に彼は気づいてしまうかもしれない。なら、いっそのこと――。
「イヤじゃなかったわ。だって、私、貴方のこと〝好き〟だから」
感情が言葉として形を成した。それにドキドキする。一体どんな反応されるのか気になる。じっとオッドアイを見つめると一瞬震えたように見えたそれは綺麗に隠れてしまった。
「ハァ。貴方って人は」
「ん?」
呆れた溜息と頭を振るジェイド。これは意外な反応だ。もしかしてウソだと思われたかしら。「ほんとうよ」と言えば「はいはい」とあしらわれる。流石に告白した女の子に失礼じゃないしらと文句を言おうとしたけれど。
「貴方は、ロイヤルソードアカデミーの方も好きだったんでしょうね」
「ん? それは仲いい子だったしキライじゃないわ」
「そうですか。それで彼とのキスもイヤではなかった、と?」
棘のあるジェイドに私は首を左右に傾げる。なんか話し噛み合っていない気がする。事故でキスしてしまった子はイヤっていうか事故だからそれこそ犬に噛まれた気分。全然何も思っていない。あ、もしかしてジェイドもそんな感じなのかしら。これは男の子としてジェイドが好きだと気づいた私としてはゆゆしき事態よ。
まずは誤解を解かないといけないわ。
「ジェイド。違うのよ。あの子は好きだけど友達のスキ。貴方へ対する好きは男の子として好きなの。わかるわよね、この違い」
賢い貴方ならわかるでしょ。そういう真剣な顔で言ってみるとジェイドの目がみるみる内に見開いて口がカパって相手「は?」と間抜けな声が出た。これはまだダメね。
「だからジェイドは男の子として好き。もっと言えば雄として好き。友達じゃないす――ふごぉ!」
「ちょっと待ってください」
「ふごぉ」
なによぉって私の口を塞ぐジェイドを見る。ジェイドは戸惑ったままの顔で「意味が分からない」と言った。ウソでしょ。今の言葉で意味が分からないなんて。
信じられないって目で見ればあっちも似たような目で私を見ている。
「貴方は僕のこと親友って言っていたでしょ」
そっと手を離しながら確認するように訊いて来るジェイド。それに頷く。間違いではないわ。さっき、私はジェイドを男の子として好きって気づいたの。だから、今はただの親友ではなく恋人になりたいわ。
「そうね。親友だったわ。でも、今は恋人になりたいの」
返事は、なんてここまで混乱している人に求めない。それにジェイドはきっと私をまだ女の子として見ていない。
「ジェイドが混乱するのもわかるわ。でも、これから私はそういうつもりでアタックしていくから覚悟してちょうだいね」
ふふんって得意顔で言うと白けた目で見られた。いや、そこは白けないでちょうだいよ。でも、とりあえず宣言すると何だかお腹が空いて来た。私は「お腹空いた」とジェイドに言う。それにジェイドは「食い気ですか」と呆れた。
「そうよ。ね。一緒に食べに行きましょう」
遠慮なくジェイドの腕に自分の腕を絡ませる。これで意識なんてしないと思うけれど効果はあるかもしれない。まぁ、ないと思うけど。
「さ、行きましょ、ジェイド!」
「はぁ。わかりました」
こうして私のジェイドへのアタックが始まった。
2022.05.08 改題
ジェイドにキスしてしまった後のこと。流石にジェイドに「貴方にキスしちゃったかしら」なんて聞くこともできず私は見送られて帰ることになった。その後も折に触れてはジェイドの唇に触れたことを思い出して身体がソワソワして大変だった。というか、今も思い出すだけで身体がソワソワする。何で、何だろうかなぁって考えていたからいけなかったんだと思う。
ロイヤルソードアカデミーで行われた合同授業。グループに分かれて実験と実験後のレポート作成しているときだった。上の空気味で片付けをしているときに焦った声で自分の名前が呼ばれた。
「え、ぅわっ!」
荷物を運んでいる最中に躓き転んだ。ただ転ぶならいいその先にしゃがんで片付けていた子がいた。その子は青ざめた顔で私を見上げている。あちらも実験道具で両手が塞がっていたからたぶん抱き留めるのは無理。
景色がゆっくりと動いていく中、私はそのまま倒れた。倒れたときの衝撃といったら一言では言い表せないくらい痛い。
「いっ、ぁ」
どこが痛いんだろう。身体中痛いし顔も痛い。いや違う。顔じゃなくて顎が痛いのかもしれない。どこもかしこも痛くて正直な話しどこがって聞かれてもわからない。
ゆっくりと衝撃に備えた閉じた目を開くと下敷きにした子の顔が視界一杯にあった。え、と思う前に目の前にあった子の目が歪んでぐいっと下から身体を押された。その力にまた顔を顰めていると下から声がした。
呻く子は「いてぇ」だの「切れた」だの何だか言っている。声が遠くに聞こえる不思議だなぁって思ったら血の匂いが鼻を掠めた。
「ん?」
どこか出血したのかなって唇を動かしたらなんか口の中に入って来た。私はそっと唇に触れるとぬるっと指が濡れた。
「ッ」
ついでにビリビリと唇に痛みが走る。それに呻きながら何かで濡れた指を見ると真っ赤になっていた。すると「切れてる」って声がした。下を見れば顔を真っ青な子がいた。
「きれてる?」
オウム返しすれば青ざめた顔がコクコクと縦に揺れた。それから真っ赤になっている唇を押えながら「わる、でも、事故だし、つか、ど、ど、ご、ごめんっ」と口早に言い募る。あまりにも青ざめる彼を見ながら私は大丈夫と言おうとした。けれど、その前にぶつかった子が「わ! 泣くなって!」と言われた。
「え?」
青ざめた顔から一転困った顔をする子に私は泣いているのと自分でも理解できなかった。だから、そのまま目尻に触れると確かに濡れている。でも、これって痛いからじゃないのかしら。だって、身体中痛いから。
ポロポロ涙が零れるのが止まらない私に下敷きになった子は色々慌て出す。でも、私はその子の相手をすることもできなかった。だって、唇も、身体も、何もかも痛すぎて考えることができなかったんだもの。でも、ふと、ジェイドは私に事故でキスされてイヤだったのかなって思ったら心臓がとっても痛くなった。
* * *
あの事故があってからジェイドに気軽にメッセージを送ることもできなくなった。今さら何だけど。とっても今さらなんだけど。
寮の自室。ベッドに横になりながらぼんやり天井を見上げる。音楽を聞くのも、本を読むのも、マジカメを見るのも全然できていない。それくらいジェイドに事故でキスしてしまった事実が今になって重くのしかかってくる。
「苦しい」
人魚だから海の中で苦しくなったことはない。でも、人間が海の中に潜って苦しいのってこんな感じなのかしらって思う。それくらい私はたぶん今とても苦しい。
「謝った方がいいのかしら?」
ゴロンと身体を横にして枕元のスマホを取る。メッセージアプリを立ち上げてジェイドの画面を出す。けれど、今さら何を送ったらいいの? もうキスしてしまったのは一ヶ月以上の前のことでもうウィンターホリデー前なのよ。
「時間経ち過ぎじゃない」
溜息をついてスマホを枕元に戻す。代わりに抱き枕変わりのイルカのぬいぐるみを抱き寄せる。触り心地がよくて癒されるぬいぐるみも今は効果が弱い。
「はぁ。でも、謝った方がいいわよね。あ~でもジェイドのことだから『おや? そんなことありましたっけ?』とか言いそうだし」
そうだったら気にしていた私がバカ過ぎる。泣いてまで落ち込んだ私バカ過ぎるわよ。けど「気にしていない」じゃなくて「イヤだった」と言われたらそれはそれで落ち込む。この間、気づいたときだって心臓が痛かったんだもの。本人に言われたら私――。
「どうなるのかしら?」
ジェイドの冷え冷えとした低い声で想像してみる。自分の想像力が良すぎたせいか鼻の奥がツンとした。心臓も痛い。とても痛いし苦しい。
「絶交だわ。絶交間違いなしのコースよ」
ヤダ。それだけは絶対にヤダ。ジェイドとは一生友達の親友って決めているんだもの。絶対に絶交はしたくない。ヤダ、ヤダぁ。
「やっぱり誠意を見せないといけないわね」
ベッドから身体を起して枕元に置いていたスマホを取り出す。手に持った瞬間パッとつく画面。そこにはさっきのメッセージ画面のまま。私は一瞬なんて送ろうか悩んだ。メッセージだけだと絶対に長文になる。
「なら食事よ」
ジェイドを食事に誘う。それで断られたらきっと私に会いたくないってことになるしって、想像して泣けるわ。ちょっと落ち込みながらトントンと画面を叩いてメッセージを打ち込む。にしても、あれだけ躊躇っていたのに勢いがつけば簡単にメッセージを打ち込んで送信することができた。
「既読は……うん。いつものことよね」
いつもメッセージの返信は遅いしね。気長に待とう。少し胸のつっかえが取れた私は意気揚々と寮の談話室へ向かった。
その日の夜。スキンケアも終わって後は寝るだけになるように時間にやっと返事が来た。ドキドキしながらメッセージアプリを開く。これで断られたらどうしよう。絶交だけはイヤ。絶対にイヤ。
「えい!」
画面には相変わらず簡素な返信だけ送られていた。いつも素っ気ないけれどそのいつも以上に素っ気ないメッセージ。
「素っ気にないけれどいいのね……よかった」
ひとつ安心しながらでも油断できない。まるで綱渡りをしているような気分で私は送られた予定を見て自分の予定を確認する。ジェイドは予定の無い日を教えて後はお好きにどうぞというスタイル。だから、いつも私が日にちも時間もお店の予約もする。それに私が誘うんだから。全部私の仕事よ。にしても……。
「どこにしようかしら」
今さらになって話したい内容が内容だし個室がいいんだけど。そうするとお店が結構制限されてしまう。さらに言えばグレードもアップする可能性もあるし、そもそも未成年が入れない可能性もある。んー、なら。
「いっそ……賢者の島にすればいいんじゃないかしら?」
ちょうど約束の日はウィンターホリデー期間中だ。ロイヤルソードアカデミーもナイトレイブンカレッジの生徒も帰省する。ジェイドたちは流氷の影響で帰省できないけれどちょうどいいわ。
「私も初日に帰省しないし学校のゲートが使えるわ」
賢者の島には学生向けのいいお店もあるしちょうどいいじゃない。あ、でも、ジェイドは学校のお膝元みたいな感じだけどいいかしら。
「もうお店全部網羅していそうだし……」
やっぱり薔薇の王国とか輝石の国がいいかしら。それとも歓喜の港とか。ウィンターホリデー期間はイルミネーションも素敵だし。ん~? どうしよう。
「はぁ。ダメ。まだ時間もあるし少し考えよう」
スマホをベッドサイドに置いて横になる。いつもならあそこに行って、あっちに行ってとかポンポン浮かぶのに今回は全然浮かばない。寧ろ今までに無いほど選ぶことに神経を使っているかもしれない。
「ほんとに何でだろう」
不思議って考えているうちにうとうとしてきて私はそのまま意識を手放した。その日の夢の中。私はとても苦しくて辛い夢を見た。朝起きたら忘れていたけれど――。
「もう絶対に見たくない夢」
目尻から零れる涙を拭う。もう絶対に見たくない絶対にそういうたぐいの夢だった。
* * *
結局、賢者の島のカフェにした。特にカップルに人気らしく座席が個室に近い形になっている。だから話もできるかなぁって思ったんだけど……。
「まだ、来ない」
待ち合わせの場所の広場。噴水もあって分かりやすいしカフェにも近いところを待ち合わせ場所にした。けど、約束の十分前には来るジェイドがいっこうに現れない。もうすぐ予約した時間にもなるのに。
「連絡しても返信来ないし……」
しかたない先にカフェに行こう。予約の時間があるから先にカフェに行くことにした。予約したカフェに入っているけれどやっぱり連絡がつかない。一応、先にカフェに入っているって送ったけれどそれも既読つかない。
「どうしたのかしら」
ジェイドに何か起きたのかしら。あまりにも来ないからスフレパンケーキセットを頼んでしまった。でも、それもあっという間に食べ終わってコーヒータイムに入ってしまった。つまり、もう一時間以上になろうとしている。
「事故っていってもそんなニュースもないし」
学校で何かあったのかな。ロイヤルソードアカデミーでもたまに小さな騒ぎがあるっていうしナイトレイブンカレッジもありそう。で、ジェイドはその当事者にでもなったのかもしれないわ。それか自分から巻き込まれに行ったのかもしれない。で、連絡が取れない状況になったとか……。
「十分ありえるわね」
私の約束なんて忘れるくらい楽しいことがあったのかもしれないし。普通なら約束すっぽかして何しているの、と怒るところだと思う。でも、何だかそんな気も起きない。
「ジェイドだもんね」
仕方ないわ。彼はそういうところがあるから。だから、全然平気。うん、平気なんだけれど。何故だか苦しい。胸がとっても苦しいわ。
「何でかしら」
すっかり冷めたコーヒーも飲む気もせず私はカフェを出た。
その後もジェイドと連絡はつくことはなかった。
* * *
約束の次の日。私もヴァネッサと一緒に帰省した。帰省っていっても今回は珊瑚の海ではなく薔薇の王国の別邸。母様と父様に姉様が薔薇の王国に呼ばれてそれにくっついて行くことになった。
そこで年末を過ごし私たち家族はニューイヤーをある城で迎えることになった。そのニューイヤーパーティーに呼ばれた私たち家族。ドレスを身に纏って最初は母様たちを始めとした音楽も素晴らしくて楽しかったのだけれどちょっと今は暇。
「ねぇ。ヴァニーちゃん、つまんない」
「あたしもよ、レティ」
お互い壁を背に寄り掛かりながらシャンデリアの明かりに照らされる広間を見る。美しい光りの下照らされる大人たち。優雅に笑っているけれど一体何の話をしているのやら。そういう話はアズールとかなら楽しいかもしれないけれど私たちは金儲けとか興味ないからつまらない。
「そういえばアズールがいないわね」
「ああ。姉様も一応誘ってはみたらわしいわ」
「え! それで来なかったの!」
「あのアズールが?」と訊けばヴァネッサは難しい顔をして首を横に振った。「なになにどういうこと」と腕を掴めばちょっと鬱陶し気に話してくれた。
「連絡が取れなかったらしいわ」
「え? アズールも?」
どういうことよ、という風に首を傾げるヴァネッサに今度は私から話し出す。すると、ヴァネッサは難しい顔をして「どうせ何か面白いことがあったに違いないわ」と結論を出した。私と全く同じだった。面白い。でも、フロイドとも連絡がつかないっていうからきっと三人愉しく何かしているに違いないわ。
「はぁ。つまらない……ねぇ、探検にでも行く?」
「まぁ。
チラリ、と揃って姉様とお話をしているとある令嬢を見る。光り輝く真珠と名高い姉様と並んでも遜色ない美しく
「ねぇ。行きましょうよ」
ヴァネッサの腕を揺さぶった時だった。「あ」と何かを発見した声がした。「ん?」と私がヴァネッサの視線を辿って見た先にはウツボの兄弟がいた。正装を身に纏っている素敵なジェイドに見惚れながら「どういうこと?」と姉妹の腕を引く。
「知らない」
棘のあるヴァネッサの声。どうやら私の片割れもあっちの片割れと何やらもめたらしい。本当に分かりやすい子。
私は組んでいたヴァネッサの腕を離して顔を覗き込む。すると、まぁなんてこと。可愛い顔が台無しになっている。
「ヴァニーちゃん、眉間の皺」
「うるさい」
フンと顔を背けるヴァネッサ。あらあら一体どんなケンカをしたのかしら。私は苦笑しながらヴァネッサの腕を引いて歩き出す。自分とジェイドのことは別にいい。フロイドに恋をしている大好きな姉妹のことだけはどうにかしてあげたい。だって、あんなにもフロイドが大好きなんだから。
「ほら、行きましょう」
「いい」
「そう意地を張らないの」
「張ってないわ」
鼻を鳴らしながらそっぽを向いて動く気配のない姉妹。可愛いったらしょうがない。でも、それじゃきっと後悔するのは姉妹の方。私はチラッとウツボの兄弟を見るとあちらも気づいていたみたい。いや、たぶんずっと前に気づいているはず……たぶん。
するとくんって腕が引かれる。ヴァネッサが逃げようとしているんだわ。
「こら。どこに行くの」
「あいつらがいないところ」
「も~ヴァニー」
「逃がさないわよ」と腕を組む。そして、二人を見れば近づいてくる最中だった。これはいい。私は逃がさないようにヴァネッサの腕に抱き着きながら必死に踏ん張った。これでも力はないのよ。だから、早く来て頂戴とヒールで足元が滑りそうになったときだった。
「なぁにしてんの?」
間延びした甘ったるい声に愉快さを孕んだそれはウツボの片割れのものだ。私は抵抗がなくなったのを感じて引っ張るのをやめて顔を上に挙げる。本当にこういうときの身長の高さがイヤになるわ。
「フロイド。久しぶりね」
「レティシア、久しぶりぃってほどでもなくね?」
「そうだっけ?」
陸上大会以来だから久しぶりなような気もしなくないような。まぁどっちもでいいわ。首が痛くなるって首を戻すついでにチラと隣の姉妹を見る。それにうわぁって声を出さなかったこと褒めてほしい。だから、その代わりもう一度フロイドを見ればあっちもちょっと目が笑ってない。
「ちょっと貴方たち何してんの?」
「別に」
「べっつにぃ」
揃って同じこと言っているけれど二人揃って刺々しい声。チラって久しぶりにジェイドを見れば困った眉で肩を竦めた。どうやらジェイドも知らない様子。ならこれはもう面倒くさい案件だわ。
「二人で話してらっしゃい」
ポンとヴァネッサの肩を押す。すると、あっちもジェイドがフロイドに「いってらっしゃい」と言っていた。ついでに「あっちの方で話しできる場所あるから」と指さす。それにヴァネッサが顔を赤くさせて「バカ!」と声を荒げて叫ぶと指した方と逆に歩き出した。フロイドは首を傾げながらその後ろを歩き出した。なんで怒ったのと思ったけれどすぐに思い出す。
「何故あっちは駄目なんですか?」
「あっちはね。イチャイチャする場所だったの」
「ああ。なるほど」
すぐ傍まで来たジェイドはくすくす笑っている。なんら変わらないジェイドに安心したようなちょっとガッカリした気分だった。まぁ、もう過ぎたことだしいいのだけれど。
「では、僕らはどこへ?」
「ん? ぼくら?」
「ええ、僕と貴方」
ジェイドが自分と私を交互に指さす。私はやっぱりよく分らなくて首を傾げる。何故私たちもヴァネッサたちのようにいかないといけないのか分からない。分からないけれどまぁジェイドが行こうと言うのなら行ってあげようじゃないの。
「ならこっちよ」
今度はジェイドの腕を引いてバルコニーに出る。
バルコニーもそれなりのカップルがいたけれど自分たちの世界に没頭している。誰もきっと私たちのことを気にしない。
「ここでいいわよね」
「はい。僕はどこでも」
貼りつけたような笑い方に首を傾げる。何を私に対して取り繕っているのかしら。もうこれ以上傾げることができない首を戻しながら私はジェイドを見上げて「どうしたの?」って訊ねる。すると、笑みがすぅって消える。一瞬だけ真顔になるとまた眉が困ったみたいに下がった。でも、唇が真っ直ぐのまま。
珍しい顔ってマジマジ見ていたらその真っ直ぐな唇が動いた。
「怒っていないんですか」
「怒ってる? 何に?」
「……ほら、僕すっぽかしたでしょう」
「……もしかして食事の約束のこと?」
思い当たるといったらそれしかない。私の言葉に頷くジェイドはやっぱり困ったというか申し訳なさそうな顔をしている。これは本当に珍しい顔だわ。だって、ジェイドったら外面は申し訳ないって感じだけど悪いって思っていない態度なんだもの。だからてっきり今回もそうなんだと思っていたけれどなんて殊勝なのかしら。
「まさか悪いって思っているなんて想像していなかったわ」
「僕だって流石に思いますよ」
「ええ~? 貴方が?」
「……流石にその考え失礼に値しますよ」
にっこりと笑った顔で遠慮なく頬を引っ張るジェイド。痛くはないけれど化粧が崩れるから止めてほしい。「ごめんなさい」って言ってパシパシ手を叩くと離してくれた。
先ほどまで申し訳なさそうだったジェイドはすっかり元に戻ってしまった。けれど、ちょっとツンとした顔で「すいません」と言ってきた。いや、謝る態度ではなくない? もう少し殊勝な態度でいて欲しかったけれど彼が素直に謝ることはとても珍しいから。
「べつにいいのよ」
「そこまで怒っていなかったし」って付け足す。そう。怒ってなんかいない。だって、ジェイドの中で私の順位はきっとそう高くないんだもの。すっぽかされたのだって何か楽しいことがあっての事だろうし。それにこういうこと考えているとまた心臓がチクチクしてくるからもう忘れたいくらいないのに。あー、でも、やっぱりちょっと理由が気になることは気になるのよね。チクチクする心臓を抑えながら好奇心に煽られて私は結局理由を聞いてみることにした。
「ねぇ。ジェイド、怒っていないけれどどうして来なかったの? 連絡も取れなかったし心配はしたわ」
「なにか面白いことでもあった?」と訊ねればジェイドは眉を顰めて顎に手を添えた。けれど、それも一瞬ですぐに「確かに面白いことがありました」と答えた。ついでに「電波が届かないところだったんです」と言った。
「やっぱりそう」
彼の言葉になにか引っかかるけれど追及はしない。こういう包んだような言い方をするときは突っ込んで来るなってことだし。そもそも約束のことを忘れるほどのことがあったんでしょう。だから、気にしない。気にしないって言い聞かせているけれどなんでか心臓の辺りがキュウって絞めつけられるように苦しくなる。
胸の苦しさに耐えていると「あの」と遠慮がちに声をかけられた。
「ん? なに?」
「別に忘れていたわけじゃないですよ」
「んん?」
また首を傾げて見上げる。ジェイドは視線をウロウロさせながら「ですから忘れていませんでした」と少し語尾を強くして同じ内容を言う。
「忘れていない」という言葉を頭の中で反芻していると少しだけ胸の苦しさが和らぐ。ちょっと嬉しいって思う自分がちょっと、違う、かなりバカバカしいくらい。
「ふっ、ふふ。そう。それはありがとう」
気にしてくれてっていう意味を込めて言うとムスっとした顔をされてしまった。唇を尖らせた姿がちょっとフロイドに似ていて可愛い。今日は大人っぽい姿なのにやっぱりまだジェイドも顔立ちが幼いんだなぁって思わせる。
可愛いなぁって見ていたらまたその表情がすぅって無くなる。それから改めてというようにジェイドが「なにか用事があったんですか?」と聞いて来た。「ん?」って首を傾げれば深い溜息をつかれてしまった。
「なにかあったから僕を呼び出したんでしょ」
「あ、そうそう。貴方に謝りたいことがあって」
「僕に謝りたいこと?」
怪訝に眉を顰めるジェイドに何度も頷く。ジェイドは顎に手を添えて「なにかありました?」と想像が着かない様子だ。
あら。これなら言わない方が無難だったかしら。適当にジェイドと話したかっただけにしようかしら。あ~でも謝ろうと思ったし~、あ~でもむしかえすのもどうかしら。
「ん~迷うわ」
「なにがですか……はぁ。でも、いつも通りのレティシアでよかったですよ」
安心したようなジェイドに目を瞬かせる。なにかしら。今日は珍しい顔ばっかりよ、貴方。苦しかった心臓が何だかムズムズしてくる。痒いというわけではないけれど落ち着きがない。なんかドキドキしている感じがする。
「寄越したメッセージがどうにも深刻そうだったので」
「え、そうだった?」
なるべくいつもの自分らしく送ったのだけど。違ったのかしらと見ていればジェイドが斜め上を見ながら「いつもはもっとスタンプや絵文字を使うのになかったので」と言って確認したい衝動に駆られる。でも、なんとか耐えて「そうだったかしら」と返す。
「はい。だから深刻ななにかがあるのかと思いまして」
ああ。だから気にしてくれていたのかしら。ちょっとは気にかけてくれているのね。くすくす笑っていると「どうしました」って聞かれた。これを素直に言おうかと思ったけれど今度からしてくれないとイヤだから黙っておこう。
「なんでもないわ。ふふ。そうね。でもメッセージ送ったときは深刻だったけれどなんでもないわ」
「なんでもない……ということはこのときはなんでもあったんですか?」
「んー。まぁ、そうね。でも、貴方が覚えていないならいいわ」
だから問題なしっていう流れなんだけど――ジェイドが鋭い歯を見せて顔を寄せて来た。あ、これダメだ。
「ジェイド。なにもないからね」
「そこまで言われると気になります」
「気になりません」
「気になります」
お互いにっこりと微笑み合っているけれどこれで勝てた試しがない。仕方ないって私から引いて話すことに決めた。覚えていないならそれでよかったのに。
「はぁ。陸上大会のときに私ったら寝ぼけて貴方にキスしちゃったでしょ」
「ごめんなさいね」ってまずそのことを謝る。だって、そうしないと始まらないし。で、謝罪をして彼を見て見たら私は目を丸くさせる。
「ジェイド? 聞いてた?」
「……ええ。勿論、聞いていました。すいません。すっかり忘れていたので」
固まっていたジェイドは唇の端を引き攣りながら語尾強めに言う。唇が引き攣っているのはきっと必死に笑みを浮かべようとしているから。語尾が強めなのは多分違うからなんだろうなぁ。でも、言うのはやめておこう。それに一々引っかかっていたら本題にいけない。
「でね。私もその後にね、事故でキスしちゃったんだけど」
「え?」
またジェイドに話しの腰を折られる。もうちょっと黙って頂戴って彼を見たんだけれど綺麗な真顔だった。いや、違う、ちょっと瞳孔開いていない。やだ、暗いからよけいそう見えるじゃないの。ちょっとどころか大分怖いかも……。
「な、なにかしら」
「事故でキスってなんですか?」
「え、だから、そのままよ」
意外な質問に拍子抜けしながら事故のことをつらつら話す。それは腰を折らずに話させてくれたんだけれど眉が真ん中にちょみっと寄った。
「唇は平気なようで」
「ええ。保険医がちゃんと治してくれたわ」
ほらって唇を見せつけるように顔を上げる。それに一瞬だけ視線が外れるけれどまたオッドアイが私を見た。その左右色の異なる瞳に心臓が跳ねた。ああ、なんだかちょっとおかしい。
「で、その話しからどのように繋がるんですか」
「そう! そのときぶつかった子が『イヤだったよな。ごめん』って謝ってくれたの。でね、それでね……」
続けようとした言葉が続かなかった。言えるって思っていたのに喉に声が張り付いたように言葉が出てこなかった。でも、言わないといけないし。
「なにを今さら躊躇っているんですか」
「ぅう。ちょっとは待ってくれてもいいじゃない」
ニヤと口角を上げる意地の悪い顔に悪態をつきながらやっと言葉になって出て来た。私は「イヤだったら悪いなって、」と言った。いや、違うでしょ。
「イヤだったわよね。恋人でもない女の子から、その、キスされて」
「だから、ごめんね」と改めて謝罪する。でも、これで「そうですよ」とか「だから忘れていたんです」って言われたら私、私、どうなるのかしら。ああ、心臓が痛い。苦しい。想像しただけでこんなにも私は泣きそうになる。
「レティシア」
同時に横からにゅっと出て来た大きな手が顎を包み重力に負けていた顔が無理矢理上げさせられた。今日は寝違えていないから痛くはないけれど。
「これやめてちょうだい」
「貴方が柄にもなく落ち込んでいますからね」
「頭がもげそうでしたよ」なんて言いながら離してくれた。その顔は嫌悪感もなにもない。いつもと変わらないジェイドだった。私は「イヤじゃなかったの」と訊ねれば肩を竦めた。
「犬に噛まれたと思っています。そもそも唇が軽く触れただけです」
キスに含めるのにはあまりにも些末。そう言いたげなジェイドに安心とモヤモヤが胸の中でせめぎ合う。なにこれって思わず眉を顰める。イヤじゃなかった。絶交にならなかった。それでいいじゃない。一件落着なのに胸の中がモヤモヤする。気持ち悪い。
「なんです。お望みの答えではなかったのですか」
「いいえ。そんなことないわ……ただちょっと腑に落ちなかっただけよ」
「なんです」
「わからない」
「わからないんですか」
「そうよ」
だからなにも言えないと言えば彼は声を出して笑う。それから鋭い歯を隠して「それより」と言いながら顔を近づけて来た。それにドキとしながら「なぁに」と訊く。
「貴方はイヤではなかったのですか?」
「なにが?」
「僕の唇が触れたこと、」
思いもしていなかった質問に瞬きを繰り返す。考えてもしなかった。だって、その後ソワソワして身体が落ち着かなくて、触れた感触も忘れられなくて、心臓もそう言えばドキドキしていたかもしれない。〝イヤ〟なんて感情一切なかった。だって、私――ああ、なるほど、もしかしてそういうこと、なのかしら。
私は気づいてしまった感情に身体が熱くなった。頬もきっと真っ赤だと思う。でも、この距離なら気づかないと思う。ただ、瞳から滲む熱い視線に彼は気づいてしまうかもしれない。なら、いっそのこと――。
「イヤじゃなかったわ。だって、私、貴方のこと〝好き〟だから」
感情が言葉として形を成した。それにドキドキする。一体どんな反応されるのか気になる。じっとオッドアイを見つめると一瞬震えたように見えたそれは綺麗に隠れてしまった。
「ハァ。貴方って人は」
「ん?」
呆れた溜息と頭を振るジェイド。これは意外な反応だ。もしかしてウソだと思われたかしら。「ほんとうよ」と言えば「はいはい」とあしらわれる。流石に告白した女の子に失礼じゃないしらと文句を言おうとしたけれど。
「貴方は、ロイヤルソードアカデミーの方も好きだったんでしょうね」
「ん? それは仲いい子だったしキライじゃないわ」
「そうですか。それで彼とのキスもイヤではなかった、と?」
棘のあるジェイドに私は首を左右に傾げる。なんか話し噛み合っていない気がする。事故でキスしてしまった子はイヤっていうか事故だからそれこそ犬に噛まれた気分。全然何も思っていない。あ、もしかしてジェイドもそんな感じなのかしら。これは男の子としてジェイドが好きだと気づいた私としてはゆゆしき事態よ。
まずは誤解を解かないといけないわ。
「ジェイド。違うのよ。あの子は好きだけど友達のスキ。貴方へ対する好きは男の子として好きなの。わかるわよね、この違い」
賢い貴方ならわかるでしょ。そういう真剣な顔で言ってみるとジェイドの目がみるみる内に見開いて口がカパって相手「は?」と間抜けな声が出た。これはまだダメね。
「だからジェイドは男の子として好き。もっと言えば雄として好き。友達じゃないす――ふごぉ!」
「ちょっと待ってください」
「ふごぉ」
なによぉって私の口を塞ぐジェイドを見る。ジェイドは戸惑ったままの顔で「意味が分からない」と言った。ウソでしょ。今の言葉で意味が分からないなんて。
信じられないって目で見ればあっちも似たような目で私を見ている。
「貴方は僕のこと親友って言っていたでしょ」
そっと手を離しながら確認するように訊いて来るジェイド。それに頷く。間違いではないわ。さっき、私はジェイドを男の子として好きって気づいたの。だから、今はただの親友ではなく恋人になりたいわ。
「そうね。親友だったわ。でも、今は恋人になりたいの」
返事は、なんてここまで混乱している人に求めない。それにジェイドはきっと私をまだ女の子として見ていない。
「ジェイドが混乱するのもわかるわ。でも、これから私はそういうつもりでアタックしていくから覚悟してちょうだいね」
ふふんって得意顔で言うと白けた目で見られた。いや、そこは白けないでちょうだいよ。でも、とりあえず宣言すると何だかお腹が空いて来た。私は「お腹空いた」とジェイドに言う。それにジェイドは「食い気ですか」と呆れた。
「そうよ。ね。一緒に食べに行きましょう」
遠慮なくジェイドの腕に自分の腕を絡ませる。これで意識なんてしないと思うけれど効果はあるかもしれない。まぁ、ないと思うけど。
「さ、行きましょ、ジェイド!」
「はぁ。わかりました」
こうして私のジェイドへのアタックが始まった。
2022.05.08 改題