夢の世界へ連れ戻して

夢の世界へ連れ戻して



 名門一族の落ちこぼれだった娘は銀に輝く髪を持つ少年に恋をした。


 できそこないの〝私〟は人一倍、魔術、体術、剣術、勉学に励んでいた。けれど、当時の私はどれひとつ満足にこなせなかった。たくさんいる姉、兄に一族の恥と侮蔑の籠った眼差しを向けられる日々。両親から失望の籠った言葉の槍が日々襲って来た。

 泣くものか、泣くものか、と念じても未熟な涙腺は崩れ落ちた。涙の止まらない私は鬱蒼とした森で一人泣き続けた。

「どうしたんだ?」

 初めて声をかけられた。落ちこぼれの一族の恥と言われ続ける私に声をかける人たちはこの領地にいない。皆いない者として通り過ぎるのに。
 恐る恐る顔を上げると鬱蒼とした森に眩く輝く星がいた。

「どこか痛いのか?」

 眩く星はただの星ではなく喋った。当たり前だ。男の子は人なのだから。それでも普段あまり使わない喉は上手く返事をすることができない。
 咄嗟に喉を抑える。喉を抑える私を見て星のような男の子は少しだけ慌てた様子で同じようにしゃがみ込んだ。

 ――オーロラみたい。

 覗き込んできた男の子の瞳は何とも不思議な色をしていた。光の入り込みか、はたまた角度によってか瞳の色が変わる。それは姉兄たちが時折使う魔法の余韻にも似ていた。そして、領地に時折不可思議に現れるカーテンのようだった。

「おれの顔に何かついているのか?」
「っ!」

 青白い頬を薄らと染める男の子にとっくりと見つめていたことに気づく。初対面で心配してくれた親切な男の子に不躾なことをしてしまった。

「ごめんなさい……あの」
「声がかすれているな。具合がわるいのか?」
「ッッ!」

 そっと頬と同じく青白い小さな手が私の額に触れた。柔らかいような固いような手のひらは温かい。今までそのようなことがされたことがなかった。その温かさは私の中の別なところに沁み込んだ。

「ど、どうしたんだ?」

 再び涙を零し始めた私に男の子は先ほど以上に慌てた様子を見せる。右往左往する男の子はきっと優しい子なのだろう。その優しさすら今の今まで知らなかったけれど。

「ありがと、ありがとう……」
「礼をいわれることではまだしてないが」

 困惑気味の星の男の子を他所に私は感謝の言葉が止まらなかった。
 この出逢いは私の落ちこぼれ人生を変えるものだと理解したのは随分後だった。


   * * *


 周りからの好奇の視線が集まる。数年前まで誰も彼も私の存在をいないものとしていたのに都合がいいものだ。私は彼ら、彼女らに一片も目をくれない。

 ウィンターホリデーから帰省からというもの両親に無理矢理出席される連日のパーティー。両親は一族の繁栄を誇示し、集まる者は一族にすり寄る者、あわよくば喉に噛みつこうとしている野心家と様々だ。

 以前は、姉と兄たちが出席していたのに今は私の担当となった仕事。それに姉兄たちは妬みを含んだ眼差しで睨んでくるが私だってこの仕事を好きでしている訳ではない。

 脳内にある出席者リストと資料を照らし合わせながら両親の目の前に来る人たちを見る。中には私より少し年上の男性、同じ年頃の青年を連れて来る人たちもいる。そして、その人たちからあからさまなに送られる眼差しを私は嫌気がさす。

 ――誰が気に入るものか。

 氷のような美貌と称えられる自分の顔で底冷えする眼差しを向ければ皆引っ込む。軟弱な男どもたちだ。自分よりか弱い軟弱な男など誰が花婿にするものか。それ以前に私は幼い頃からもし誰かに嫁ぐ、もしくは婿に貰うならば一人しかいないと決めている。

 ――もう叶わないかもしれないけれど。

 落ちこぼれでなくなってしまった私が好きに結婚相手を決められるわけではない。あの時、切り離されてしまったけれど今もあの人を想っている。

 一瞬、思いに耽ると駄目だ。私は両親の制止を無視してパーティー会場を後にした。人混みの中、果敢にも声をかける声があったがすべて無視。手を伸ばされても手ひどく振り払った。
 私は独りになりたくて会場を出た瞬間、魔法を使ってあの森に飛んだ。


 会場から私が居なくなって両親は慌てるだろう。だけど、自分たちを売り込みたい姉や兄たちがどうにかしてくれるはずだ。私が居なくても大丈夫。

 鬱蒼とした森は一族の別宅のひとつ、王族派の城が多い地域にある場所にある。だから、私はあの星のように輝きオーロラの瞳を持つ男の子に出逢えたのだろう。

「今では無理だろうけど」

 乾燥している場所にドレスが汚れるのも気にせず座り込む。そこから空を見上げても生い茂る木々が邪魔して何も見えない。

「昔はもう少し何か見えたはずだけど……」

 今は本当に何も見えない。それは私の人生と全く同じだ。
 両親に反抗的な態度を取りながら一族から逃げ出すことから出来ない。力がないと言い訳をする自分が嫌になる。そんな自分も嫌いで早く逃げ出す力が欲しい。

 もっと魔法を磨きあげなければ、と心に新たな誓いを立てた時だった。背後から乾いた音が立って咄嗟に立ちあがってネックレスの形にしていたマジカルペンを杖の形に戻す。そして、いつでも攻撃できるように体勢を整えて振り返るが――取り越し苦労となった。

「シルバー」

 振り返った先には変わらず星々の輝きを放った青年となった男の子が立っていた。男の子――シルバーは簡素な服に、警棒に変型したマジカルペンを腰に挿している。

「俺は衣服に興味はないが随分と場違いな服を着ているな」
「え、ああ……」

 腕を組んでまじまじとこちらを見る彼に恥ずかしくなる。だが、シルバーの言う通り鬱蒼とした森に濃紺のビスチェドレスは完全な場違いだ。

「今の時期はどこの城もパーティーで賑わっているからおかしくはないが……この辺りで今日開催しているパーティーはなかったと記憶しているが?」

 私の背後を見る様な視線に少しだけ悲しくなる。きっと、私の一族が何か工作行為をしていると踏んでいるのだろう。でも、仕方ないことだ。彼は次代の王、マレウス様の付き人なのだから。貴族派筆頭の娘である私を警戒するのも頷ける。

「信じられないかもしれないですけれど他意はありません」
「そうか。では、何故ここにドレス姿で来た」

 腕組みを解いて手を降ろすシルバー。いつでも警棒状のマジカルペンを取りだせる体勢に見える。悲しいけれど致し方ないのだと自分に言い聞かす。それでも彼に疑われるのは辛くって私は正直に話す。

「うちでパーティーをしていて息が詰まってしまってね。息抜きでここに来ただけです」
「ドレス姿で、か?」
「ええ。そうです」

 苦笑いを浮かべれば彼はひとつ頷いた。

「了解した。なら、早くここから去るといい。何れ、他の、王族派の……」

 突然うつらうつらし始めるシルバーに心の中で苦笑いが浮かぶ。どうやら幼い頃から癖だった突然襲ってくる眠気はまだ治っていないらしい。本人は怠惰から来るものだと言っていたけれど違うような気もする。とはいえ、自分も専門外なので分からない。

 このまま去った方がいいだろうと思うが久々に会えた彼を前に後ろ髪が引かれる。もう少し彼の傍にいたいと思うけれど――。

「大丈夫よ。彼に攻撃するつもりはないから」

 いつの間にか木の根元に座った彼の周りに小動物を始め様々な動物が集まりだす。のっそりと会われた狼は私を威嚇するように唸っている。どうやらここの動物たちに私は彼の敵として認識されてしまっているようだ。それもそうだろう。きっと、動物もあの光景を知っているのだろう。

「動物さんたち、シルバーをよろしくお願い」

 言わなくても彼らはシルバーを守るだろう。私はマジカルペンを振る。そして、消えるまでシルバーを遠くから見つめてあの忌々しい城に戻った。


   * * *


 城に戻るとまだパーティーは行われていた。どうせ深夜近くまで続くのだろう。生憎、パーティーに戻るつもりはなかった。城の外からさらに魔法を使い自室へ戻る。

「ふぅ」

 自室に辿り着いて一息つくも、この部屋でさえ落ち着けない。
 私は部屋に魔法を施してから髪飾りに、アクセサリーに、ドレスと次々に脱いでいく。脱いでいくとする着飾った自分から本来の自分に戻って行くことでようやく気が楽になっていく。

 ドレスを脱ぐとすぐにシャワールームに移動する。そこから一気に不愉快な匂いを落としていく。自分の趣味でもない香水に、会場にいる不愉快な匂いが徐々に落ちていく。

「はぁ……」

 これでようやく私は〝私〟に戻れる。

「はぁぁああ。やっぱり学校に残ればよかった」

 学校には寮に留まる友人がいた。両親に逆らって今年も寮に残ればよかった。だが、今回は無理だった。しつこいくらいに帰省を促す両親が帰って来ないなら学校に迎えの使者を寄越すまでと言うのだ。素直に従うしかない。

「だけど、この結果……」

 一族の誇示の材料に使われた。家に帰って来ると本当にろくでもないことが起きる。

「あ、でも、今回はシルバーに会えた」

 自然と彼を思い出した頬が緩む。

「身長、また伸びた気がする。それにちょっと身体も大きくなった?」

 最後に会ったのは一年以上も前だ。少年と言っても過言ではなかったシルバーは今では青年と呼べるほど成長していた。大人の男というにはまだ遠いけれど確実にその階段を上っている姿に胸が高鳴る。

「かっこよかったな」

 独り言でも少し恥ずかしいことを言ってしまった。それでも言わずにはいられなかった。

「もっとかっこよくなるんだろうな」

 それでいつか逃げ出すことができない臆病者の私の前に立ち塞がる人となるのだろう。考えると暗く悲しい気持ちになる。けれど、あの人に、あの人にだったら私――。

「なんて、」

 キュッとハンドルを捻ってシャワーを止める。シャワーが止まると同時に現実に戻って来たような気がする。

「出よう」

 独りごちてシャワールームから出る。そして、身体を拭いて適当に服を着て髪を乾かして私は部屋に唯一ある大きな窓辺に腰かける。
 外から漏れる不愉快な音楽に私は耳を塞ぎ月明りを身体に注いだ。


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