恋人作りはもうおしまい
恋人作りはもうおしまい
「眼鏡が邪魔って言われたわ」
猫背の背中に青く燃える髪を流す幼馴染に声をかける。その返答は私が想像していた通りで「ふぅん」と興味関心のない声だった。彼はいつもこう私のすることに興味を持たないのだから。それ以前に、十六歳から彼氏を作り出した私を住む世界が違うと突っぱねる有様。とはいって、こうして部屋に入れてくれるし話を右から左へと聞き流しながらも聞いてくれる。だから、私は今日も幼馴染のイデア・シュラウドに話しかけ続ける。
私は適当な椅子に座りながらお気に入りの眼鏡を外す。レンズは視力によるものだけれど、フレーム毎回デザイナーと話し合って作る。色々不便なことはあるけれど眼鏡もオシャレのひとつとして私は色々楽しんでいる。だから、必要に迫られない限りコンタクトレンズではなく眼鏡にしている。
その眼鏡をあの男は「邪魔」と一刀両断した。これに腹を立てるなというのは無理な話だ。そもそも私と会話をしていれば眼鏡を好きなことくらい知っているはず。けれど、あの男は頭の片隅にもなかったのかキスするのに邪魔と言ってのけたのだ。
「何度も話したのよ? なのに、キスするとき邪魔なんだよね。コンタクトにしたら? だって、ありえないわ」
イデアからの返事になんて期待していない。でも何だかんだ話しは薄らと聞いているのか気のない相槌は打ってくれる。今も「ふぅん」って相槌があった。だから、私は遠慮なく話しを続ける。
「私だってキスするとき邪魔よ。でもそれって腕の見せどころでしょ?」
「え、いや、なんの?」
「あら珍しい」私は口から振り返ったイデアに向けて言い放ってしまった。イデアも私の反応に気まずそうに視線を逸らして青い唇から「あ~う~」と言葉にならない声を出す。
「拙者オタクなもんで……」
「オタクでも恋人持ちはいるのよ」
「それは陽キャ属性のオタクゆえ拙者とは相いれない存在」
「住んでいる世界が違うんで~」スパと切り捨てるイデア。何でそう根が暗いのかしら。もう少しポジティブに生きてみればいいのに。
私の不躾な視線に含まれる意味に気づいたのか眉を顰めて「何さ」と返してくる。「別に」と返しながら「でね」と話しを続ける。
「眼鏡するとキスの角度とか色々考えるの。でね。気遣いが上手な人だったら色々考えてくれるらしいわ」
「……今までの彼氏はそうじゃなかったの?」
「だから別れてんじゃん」
「は? なに君の別れる理由ってもしかして全部眼鏡なの?」
「あら。悪い?」
信じられないって顔をするイデアに私は眼鏡をかけて足を組む。すると、イデアはあからさまに視線を逸らす。たぶん、足を組んだからスリットの入ったスカートから足がゲロっと見えたからだと思う。そろそろ慣れてほしいけれど彼らしくて――好きだなって思う。
私はもうずっと前から幼馴染のイデアが好きだった。何が、どうして、とか考える以前に好きだった。もしかしたら一目惚れだったのかもしれない。でも、その瞬間は覚えていない。それくらい自然に好きになっていた。
引きこもりで、オタク気質で、卑屈で、ネガティブで、ひねくれている性格しているけれど好き。何がどうしてと説明は出来ないくらいには惚れ込んでいる。
「ま。でも、彼女の好きな物忘れる奴に碌な奴はいないと思う」
黙り込んだ私を慰めようとしているのか気遣うような言葉をくれる。ついでに「別れたら」とまで助言してくれる。意外なことに私は「へぇ」と感心するような声を出す。
「な、なに?」
「いや。普段そんなこと言わないじゃない。どうしたの?」
「……そうだっけ」
「そうよ」
「君の気のせいだよ」
話は終わりというようにまた私の背を向けるイデア。こうなると多分お喋りは終わり。何をしているかわからないけれどそろそろオンラインゲームのイベントだか何だかが始まる時間かもしれない。後はオルト捕まえてお茶しながら愚痴を言おうかしら。
「ねぇ。オルトどこにいる?」
「たぶん、キッチン。さっきドーラに手伝い頼まれていたから」
「あら。じゃあ、捕まらないかしら」
「たぶん。ドーラはおしゃべりだし」
お茶したかったのに残念。仕方ないからもう帰ろうかしら。
「あれ? オルトとお茶するんじゃないの?」
「私も時間あるし」
この後はお母さんと一緒に島外にお買い物。私のサマーホリデー中は旅行にも行きたいらしく結構スケジュールが大変。
「そーいえば、三年生になったら寮長になるんだって?」
「げっ。誰から?」
顔を顰めながら肩越しに私を見るイデアに「貴方のお母様から」と伝える。それに「最悪」と言って目を上に向けて顔を顰めながらまたパソコンに戻る。何だか丸まった背中がさらに丸まった気がする。ふぅ。高い身長もこれじゃすぐに低くなりそう。
「なりたくてなりたいんじゃない」
「でも、イデア以外に相応しい人がいなかったんでしょ」
「いるよ。ただ、僕の運がなかっただけ」
あの日に休まなきゃ、とブツブツ愚痴るイデアに溜息が出そうになる。それもそうだ。イデアが率先して寮長などまとめ役をやるなんて想像できない。
「君も寮長になるんでしょ」
「私は一年生の時から決まっているから」
準備は出来ているのよ。そう答えれば「拒否権なしとかつらっ」と囁いた。私も最初はそう思ったけれど先輩を見ればその気持ちも変わる。けれど、あのナイトレイブンカレッジに通うイデアにはわからないことだと思う。
「ま。頑張んなさい」
「副寮長もやってないのに無理っすわ」
「一理あるわね。あ、で、その副寮長は誰なの?」
「誰もおかない」
「え?」
意外な返答にイデアは「プログラム組んで作業効率化するからいらない」だそうだ。なんともまぁイデアらしい。でも、自分が副寮長やっていないのにとか文句言っているの大丈夫なのかしら。というか、寮生くらいとは仲がいいと思っていたけれど違うのかしら。
「会議も、式典も、全部タブレットで出てやる」
「え。ええ~いいの?」
「誰も文句言わんしょ」
「つか言わせんし」言い切るイデア。引きこもりここに極まれり。出不精もここまで来れば何とやら。
「ま。私には関係ないからっと……もう行くわ」
振動するスマホを見ればお母さんからだった。どうやら用事が早く終わったらしい。早くお出かけしましょうとの催促だ。
「じゃ。またね。イデア」
「……あ、あのさ、」
「ん? なに?」
珍しく引き留めるイデアを見れば椅子を回してまた私を見ている。何か言いたいのか青い唇が開いて閉じて開く。言い澱むようなイデアをじっと見る。こういうときは黙って待っているのが一番だということは知っている。
「あのさ、無理して恋人、作らなくてもいいんじゃない」
これまた意外な言葉に私は「欲しくて作っていたら」と意地悪に返してしまった。だって、私が恋人を作り始めてから気にもしていなかったのに。
「それなら、いいけど……もし、もしも、でござるよ。拙者との婚約が嫌で早々に結婚相手を探しているとかぁ、あっ自意識過剰とか分かってるし、君のことだから全然違う可能性あるのも分かってるけどさ! 今時名門の家だから政略結婚とか古すぎるし、そもそも! 拙者は誰かと結婚するつもりなんて全然、全然、人生設計の中にないんで!」
「あれ、あれ、何言っての拙者」青白い頬を赤く、青い髪を赤くしながら口篭もるイデアに胸が締め付けられる。そして、やはり好きだなと思ってしまう。
そもそも恋人を作り始めたのはちょっとでもイデアに意識してほしかったから。ある意味恋人に対して酷いのは私も同じ。だって、皆イデアの次に好きになった人だから。でも、彼にここまで気にされるならもう恋人を作るのはやめよう。相手にも不誠実だろうし。
「あ、あああの、それにッ! 君、毎回男を選ぶ君センスないみたいだしさ」
黙っている私にさらに言葉を重ねるイデア。流石にそれは失礼過ぎる。そうなると貴方もセンスのない男の一人になるのよ。そう思いながら「それは余計よ」と返す。
「うっ、でも、実際そうでしょ」
好きな物を貶すなんてさ。ツンと顔を横に向けるイデアに私は笑いが込み上げる。本当に何だかんだと幼馴染である私を大切にしてくれる。他から見たらわからないかもしれないけれど。
「心配してくれてありがとう。そうね。そろそろ恋人探しもやめようかしら」
「いや、君が好きで付き合うのはいいけど」
「ううん。暫くやめておくわ」
そろそろ本命相手に本気になってもいいかなと思うし。とはいえ、イデアが私を女として見ているはずもない。そもそも女の子に興味があるのかも疑わしい。
「じゃあね。イデア、また来るから」
「君、暇だね」
「ふふ。ここに来るくらいにはね」
呆れ気味のイデアに手を振って部屋を出て廊下を歩く。
「さぁて、どうやったらあの人は私を女として見てくれるかしら?」
色々計画を立てなくちゃ。私はいつもよりも少し楽しい気分でシュラウド家を後にした。
「眼鏡が邪魔って言われたわ」
猫背の背中に青く燃える髪を流す幼馴染に声をかける。その返答は私が想像していた通りで「ふぅん」と興味関心のない声だった。彼はいつもこう私のすることに興味を持たないのだから。それ以前に、十六歳から彼氏を作り出した私を住む世界が違うと突っぱねる有様。とはいって、こうして部屋に入れてくれるし話を右から左へと聞き流しながらも聞いてくれる。だから、私は今日も幼馴染のイデア・シュラウドに話しかけ続ける。
私は適当な椅子に座りながらお気に入りの眼鏡を外す。レンズは視力によるものだけれど、フレーム毎回デザイナーと話し合って作る。色々不便なことはあるけれど眼鏡もオシャレのひとつとして私は色々楽しんでいる。だから、必要に迫られない限りコンタクトレンズではなく眼鏡にしている。
その眼鏡をあの男は「邪魔」と一刀両断した。これに腹を立てるなというのは無理な話だ。そもそも私と会話をしていれば眼鏡を好きなことくらい知っているはず。けれど、あの男は頭の片隅にもなかったのかキスするのに邪魔と言ってのけたのだ。
「何度も話したのよ? なのに、キスするとき邪魔なんだよね。コンタクトにしたら? だって、ありえないわ」
イデアからの返事になんて期待していない。でも何だかんだ話しは薄らと聞いているのか気のない相槌は打ってくれる。今も「ふぅん」って相槌があった。だから、私は遠慮なく話しを続ける。
「私だってキスするとき邪魔よ。でもそれって腕の見せどころでしょ?」
「え、いや、なんの?」
「あら珍しい」私は口から振り返ったイデアに向けて言い放ってしまった。イデアも私の反応に気まずそうに視線を逸らして青い唇から「あ~う~」と言葉にならない声を出す。
「拙者オタクなもんで……」
「オタクでも恋人持ちはいるのよ」
「それは陽キャ属性のオタクゆえ拙者とは相いれない存在」
「住んでいる世界が違うんで~」スパと切り捨てるイデア。何でそう根が暗いのかしら。もう少しポジティブに生きてみればいいのに。
私の不躾な視線に含まれる意味に気づいたのか眉を顰めて「何さ」と返してくる。「別に」と返しながら「でね」と話しを続ける。
「眼鏡するとキスの角度とか色々考えるの。でね。気遣いが上手な人だったら色々考えてくれるらしいわ」
「……今までの彼氏はそうじゃなかったの?」
「だから別れてんじゃん」
「は? なに君の別れる理由ってもしかして全部眼鏡なの?」
「あら。悪い?」
信じられないって顔をするイデアに私は眼鏡をかけて足を組む。すると、イデアはあからさまに視線を逸らす。たぶん、足を組んだからスリットの入ったスカートから足がゲロっと見えたからだと思う。そろそろ慣れてほしいけれど彼らしくて――好きだなって思う。
私はもうずっと前から幼馴染のイデアが好きだった。何が、どうして、とか考える以前に好きだった。もしかしたら一目惚れだったのかもしれない。でも、その瞬間は覚えていない。それくらい自然に好きになっていた。
引きこもりで、オタク気質で、卑屈で、ネガティブで、ひねくれている性格しているけれど好き。何がどうしてと説明は出来ないくらいには惚れ込んでいる。
「ま。でも、彼女の好きな物忘れる奴に碌な奴はいないと思う」
黙り込んだ私を慰めようとしているのか気遣うような言葉をくれる。ついでに「別れたら」とまで助言してくれる。意外なことに私は「へぇ」と感心するような声を出す。
「な、なに?」
「いや。普段そんなこと言わないじゃない。どうしたの?」
「……そうだっけ」
「そうよ」
「君の気のせいだよ」
話は終わりというようにまた私の背を向けるイデア。こうなると多分お喋りは終わり。何をしているかわからないけれどそろそろオンラインゲームのイベントだか何だかが始まる時間かもしれない。後はオルト捕まえてお茶しながら愚痴を言おうかしら。
「ねぇ。オルトどこにいる?」
「たぶん、キッチン。さっきドーラに手伝い頼まれていたから」
「あら。じゃあ、捕まらないかしら」
「たぶん。ドーラはおしゃべりだし」
お茶したかったのに残念。仕方ないからもう帰ろうかしら。
「あれ? オルトとお茶するんじゃないの?」
「私も時間あるし」
この後はお母さんと一緒に島外にお買い物。私のサマーホリデー中は旅行にも行きたいらしく結構スケジュールが大変。
「そーいえば、三年生になったら寮長になるんだって?」
「げっ。誰から?」
顔を顰めながら肩越しに私を見るイデアに「貴方のお母様から」と伝える。それに「最悪」と言って目を上に向けて顔を顰めながらまたパソコンに戻る。何だか丸まった背中がさらに丸まった気がする。ふぅ。高い身長もこれじゃすぐに低くなりそう。
「なりたくてなりたいんじゃない」
「でも、イデア以外に相応しい人がいなかったんでしょ」
「いるよ。ただ、僕の運がなかっただけ」
あの日に休まなきゃ、とブツブツ愚痴るイデアに溜息が出そうになる。それもそうだ。イデアが率先して寮長などまとめ役をやるなんて想像できない。
「君も寮長になるんでしょ」
「私は一年生の時から決まっているから」
準備は出来ているのよ。そう答えれば「拒否権なしとかつらっ」と囁いた。私も最初はそう思ったけれど先輩を見ればその気持ちも変わる。けれど、あのナイトレイブンカレッジに通うイデアにはわからないことだと思う。
「ま。頑張んなさい」
「副寮長もやってないのに無理っすわ」
「一理あるわね。あ、で、その副寮長は誰なの?」
「誰もおかない」
「え?」
意外な返答にイデアは「プログラム組んで作業効率化するからいらない」だそうだ。なんともまぁイデアらしい。でも、自分が副寮長やっていないのにとか文句言っているの大丈夫なのかしら。というか、寮生くらいとは仲がいいと思っていたけれど違うのかしら。
「会議も、式典も、全部タブレットで出てやる」
「え。ええ~いいの?」
「誰も文句言わんしょ」
「つか言わせんし」言い切るイデア。引きこもりここに極まれり。出不精もここまで来れば何とやら。
「ま。私には関係ないからっと……もう行くわ」
振動するスマホを見ればお母さんからだった。どうやら用事が早く終わったらしい。早くお出かけしましょうとの催促だ。
「じゃ。またね。イデア」
「……あ、あのさ、」
「ん? なに?」
珍しく引き留めるイデアを見れば椅子を回してまた私を見ている。何か言いたいのか青い唇が開いて閉じて開く。言い澱むようなイデアをじっと見る。こういうときは黙って待っているのが一番だということは知っている。
「あのさ、無理して恋人、作らなくてもいいんじゃない」
これまた意外な言葉に私は「欲しくて作っていたら」と意地悪に返してしまった。だって、私が恋人を作り始めてから気にもしていなかったのに。
「それなら、いいけど……もし、もしも、でござるよ。拙者との婚約が嫌で早々に結婚相手を探しているとかぁ、あっ自意識過剰とか分かってるし、君のことだから全然違う可能性あるのも分かってるけどさ! 今時名門の家だから政略結婚とか古すぎるし、そもそも! 拙者は誰かと結婚するつもりなんて全然、全然、人生設計の中にないんで!」
「あれ、あれ、何言っての拙者」青白い頬を赤く、青い髪を赤くしながら口篭もるイデアに胸が締め付けられる。そして、やはり好きだなと思ってしまう。
そもそも恋人を作り始めたのはちょっとでもイデアに意識してほしかったから。ある意味恋人に対して酷いのは私も同じ。だって、皆イデアの次に好きになった人だから。でも、彼にここまで気にされるならもう恋人を作るのはやめよう。相手にも不誠実だろうし。
「あ、あああの、それにッ! 君、毎回男を選ぶ君センスないみたいだしさ」
黙っている私にさらに言葉を重ねるイデア。流石にそれは失礼過ぎる。そうなると貴方もセンスのない男の一人になるのよ。そう思いながら「それは余計よ」と返す。
「うっ、でも、実際そうでしょ」
好きな物を貶すなんてさ。ツンと顔を横に向けるイデアに私は笑いが込み上げる。本当に何だかんだと幼馴染である私を大切にしてくれる。他から見たらわからないかもしれないけれど。
「心配してくれてありがとう。そうね。そろそろ恋人探しもやめようかしら」
「いや、君が好きで付き合うのはいいけど」
「ううん。暫くやめておくわ」
そろそろ本命相手に本気になってもいいかなと思うし。とはいえ、イデアが私を女として見ているはずもない。そもそも女の子に興味があるのかも疑わしい。
「じゃあね。イデア、また来るから」
「君、暇だね」
「ふふ。ここに来るくらいにはね」
呆れ気味のイデアに手を振って部屋を出て廊下を歩く。
「さぁて、どうやったらあの人は私を女として見てくれるかしら?」
色々計画を立てなくちゃ。私はいつもよりも少し楽しい気分でシュラウド家を後にした。
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