イデア
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
健やかでありますように
賢者の島の麓の街。視界の端に青く揺れる炎が掠めた。眼鏡をかけ直しながらそちらを見れば背中の丸まった挙動不審の男がいた。見覚えのある姿に安堵の気持ちが胸に広がった。
すぐにその挙動不審にうろうろする人に近寄る。そして、気配を消して背後からその肩を叩いたときの驚き具合はいつまでたっても変わらない。
「な、な、なにって……ベラ、君か」
驚きに燃えていた青の炎がゆるく、ゆるく戻っていく。そして、キュッと緊張に瞠っていた目元が緩み、緊張に引き結ばれていた青い唇が和らぐ。胸にあった手が下がってポケットに手を突っ込んだ。
いつもの彼の様子に「よかった」という気持ちが言葉になりかけて引っ込める。
「お元気そうですね」
「あー……まぁね」
視線がそっと外れる。気まずいから、というのもあるけれど突っ込んでほしくないという雰囲気が発せられている。もちろん、この方が起こしたことに突っ込むつもりはない。
「そんなに身構えないでください。深く聞くつもりはありませんから」
「べ、別にそんなつもりじゃ」
「あら。違いましたか」
私のちょっとからかう様子にイデアさんは何か不服そうに唇を曲げる。反論できるくらい元気になっていてよかったと思う。
件のことは母から報告として聞いている。きっとイデアさんも何となく察しているはず。でも、そこは触れないで私だって変わった様子を見せずに彼に接する。
「この時期に会うのはやはり新鮮ですね」
冬が終わり春の暖かさを感じる時期。この時期にこの方と会うのは今でも新鮮な思いが胸に広がる。
「あー……確かにそうだね」
イデアさんも私と同じことを考えているのであれば少し嬉しい。
この方と会うのはもっぱら冬だった。短いような長いような冬に地図に乗ることなく秘されていた島で会う。いや、会うと言うより引き合わされていたような感じだった気がする。それもある時期にぱったりとなくなった。そして、再会したときのこの方の横にいたのは――。
「そういえば〝オルト〟が見当たりませんね」
今さらながらいつも彼に付き添うようにいたオルトがいないことに気づく。このように麓の街で会うとき高確率でオルトがいた。いや、絶対に居た。でも、今日はいない。
「イデアさんがあの子と一緒に居ないのは珍しいですね」
「あー……。オルト、1学年に編入したんだ。それに同好会にも入ったから」
行動が別になることが多いんだよ。そう告げる彼は寂しそうで嬉しそうだった。
オルトの自立はイデアさんにも少なからず影響があったらしい。違う。あの出来事があったからこそ吹っ切れたのかもしれない。
「では、研修もイデアさんがおひとりで?」
「それ、それは、その――あ~まぁ、なんとかなるでしょ」
「そんなこと言って……オルトが心配して『僕も兄さんに着いていく!』って言いますよ」
「ぇ、ぁ、あ~~」
簡単に想像できたのか。やっぱりそれがいいと思っているのか。心配。その一言に尽きるけれど、なんだかんだ上に立つ環境にあったことだし、研究肌の人との交流はきっと平気でしょう。
「がんばってくださいね」
「ま、まぁ。ほどほどに。で、君は? 4年次に研修あるんでしょ?」
「はい。私は黎明の国の博物館での研修の予定です」
「へぇ」と呟いてから視線を少しさ迷わせてから「がんばって」と囁いた。
細やかなエールが実に彼らしい。そして、その小さなエールでやる気が出る私も実に燃費がいい。
「がんばりますね」
「……あ、ぇ、ぅ、あ、あ~君の用事は終わったの?」
珍しく私のことを訊いて来るイデアさんに抱えていた紙袋を突き出す。
イデアさんは目を切れ長の瞳を一瞬だけ丸くさせてから紙袋に印字された店名を読んで「本」と囁いた。私は「愛蔵版です」と力強く告げる。すると、イデアさんは合点が言ったように「理解、理解」と低く返した。
「好きな本の愛蔵版が出て買いに来たってわけ?」
「はい!」
「君も立派なオタクだよね」
しみじみとしたデイアさん。確かに、私も立派なオタクだ。昔から本を読むことも好きだけれど、本を収集するのも好き。その本は小説などの読み物に限らず、学術書や魔導書も〝本〟という媒体が好き。
今日、麓の街まで買いに来たのは小説。すでに持っている本だけれど、今回愛蔵版として装丁を変えて発売された。今回はなんといっても小口がとっても綺麗に装飾されている。それに一目惚れして絶対に手に入れると決めていた。
「前から思っていたけれど、それ読むの?」
「読むと言いますか。見ますね。こちらは観賞用です。実用的なのはもう持っています」
キラキラした本を飾って鑑賞するのも好き。
「イデアさんがフィギュアや食玩を飾るのと同じです」
「でもさ、本って紙が日焼けとかするじゃん。むしろ飾るって印象ないんだけど」
「そこは頑張ります」
日あたりや、色々考えるのも楽しい。日焼けしないように飾る本を定期的に返るのも楽しい。そのときつい読みふけってしまうけれど。
「ヒヒッ、楽しそうでなによりですわ」
彼の特徴的な笑いの後、穏やかな表情を見せるイデアさんに私は首を傾げる。
なぜ、そう安心したような表情をするのか。どうして、と聞こうとするとイデアさんが「あ、じゃあ」と話を切り上げる言葉を発する。
「僕も、用事があるから」
「……そうですね」
明らかに私からの言及から逃げようとする。聞きたいと思うけれど、聞いてはいけないのだと毎回思う。だから、私はすっと引き下がる癖がついている。
「では、また、次は夏ですかね?」
「可能性は高いですわな。うちもいま大変だし……」
「まぁ忙しいのはだいたい僕のせいだけど」と自虐にはいるイデアさん。流石にそこは弄りにくいですよ。
そこをスルーして背が丸まったイデアさんを見る。
「イデアさん。最後にいいですか」
「ぇ、な、なに?」
キュッと腕を胸の前にやるイデアさんに私は眼鏡をかけ直して一言告げる。
「規則正しい生活を心がけてくださいね」
顔色が悪いですよ。お菓子ばかり食べないでくださいね。ゲームばかりしないでちゃんと運動もしてくださいね。
一言で終わろうとしたらあれよ、あれよと出てくる。でも、イデアさんやっぱり色々生活習慣が心配過ぎる。
最初は私の言葉に驚いていたイデアさんが徐々に苦々しいというか、面倒くさそうな顔になっていく。その表情すらもいつもらしくて嬉しくなってしまう。
「イデアさん。色々言いましたが元気に過ごしてくださいね」
そう告げたイデアさんが何とも微妙な顔をしたのだった。その表情は実に彼らしかった。
2025.12.21
賢者の島の麓の街。視界の端に青く揺れる炎が掠めた。眼鏡をかけ直しながらそちらを見れば背中の丸まった挙動不審の男がいた。見覚えのある姿に安堵の気持ちが胸に広がった。
すぐにその挙動不審にうろうろする人に近寄る。そして、気配を消して背後からその肩を叩いたときの驚き具合はいつまでたっても変わらない。
「な、な、なにって……ベラ、君か」
驚きに燃えていた青の炎がゆるく、ゆるく戻っていく。そして、キュッと緊張に瞠っていた目元が緩み、緊張に引き結ばれていた青い唇が和らぐ。胸にあった手が下がってポケットに手を突っ込んだ。
いつもの彼の様子に「よかった」という気持ちが言葉になりかけて引っ込める。
「お元気そうですね」
「あー……まぁね」
視線がそっと外れる。気まずいから、というのもあるけれど突っ込んでほしくないという雰囲気が発せられている。もちろん、この方が起こしたことに突っ込むつもりはない。
「そんなに身構えないでください。深く聞くつもりはありませんから」
「べ、別にそんなつもりじゃ」
「あら。違いましたか」
私のちょっとからかう様子にイデアさんは何か不服そうに唇を曲げる。反論できるくらい元気になっていてよかったと思う。
件のことは母から報告として聞いている。きっとイデアさんも何となく察しているはず。でも、そこは触れないで私だって変わった様子を見せずに彼に接する。
「この時期に会うのはやはり新鮮ですね」
冬が終わり春の暖かさを感じる時期。この時期にこの方と会うのは今でも新鮮な思いが胸に広がる。
「あー……確かにそうだね」
イデアさんも私と同じことを考えているのであれば少し嬉しい。
この方と会うのはもっぱら冬だった。短いような長いような冬に地図に乗ることなく秘されていた島で会う。いや、会うと言うより引き合わされていたような感じだった気がする。それもある時期にぱったりとなくなった。そして、再会したときのこの方の横にいたのは――。
「そういえば〝オルト〟が見当たりませんね」
今さらながらいつも彼に付き添うようにいたオルトがいないことに気づく。このように麓の街で会うとき高確率でオルトがいた。いや、絶対に居た。でも、今日はいない。
「イデアさんがあの子と一緒に居ないのは珍しいですね」
「あー……。オルト、1学年に編入したんだ。それに同好会にも入ったから」
行動が別になることが多いんだよ。そう告げる彼は寂しそうで嬉しそうだった。
オルトの自立はイデアさんにも少なからず影響があったらしい。違う。あの出来事があったからこそ吹っ切れたのかもしれない。
「では、研修もイデアさんがおひとりで?」
「それ、それは、その――あ~まぁ、なんとかなるでしょ」
「そんなこと言って……オルトが心配して『僕も兄さんに着いていく!』って言いますよ」
「ぇ、ぁ、あ~~」
簡単に想像できたのか。やっぱりそれがいいと思っているのか。心配。その一言に尽きるけれど、なんだかんだ上に立つ環境にあったことだし、研究肌の人との交流はきっと平気でしょう。
「がんばってくださいね」
「ま、まぁ。ほどほどに。で、君は? 4年次に研修あるんでしょ?」
「はい。私は黎明の国の博物館での研修の予定です」
「へぇ」と呟いてから視線を少しさ迷わせてから「がんばって」と囁いた。
細やかなエールが実に彼らしい。そして、その小さなエールでやる気が出る私も実に燃費がいい。
「がんばりますね」
「……あ、ぇ、ぅ、あ、あ~君の用事は終わったの?」
珍しく私のことを訊いて来るイデアさんに抱えていた紙袋を突き出す。
イデアさんは目を切れ長の瞳を一瞬だけ丸くさせてから紙袋に印字された店名を読んで「本」と囁いた。私は「愛蔵版です」と力強く告げる。すると、イデアさんは合点が言ったように「理解、理解」と低く返した。
「好きな本の愛蔵版が出て買いに来たってわけ?」
「はい!」
「君も立派なオタクだよね」
しみじみとしたデイアさん。確かに、私も立派なオタクだ。昔から本を読むことも好きだけれど、本を収集するのも好き。その本は小説などの読み物に限らず、学術書や魔導書も〝本〟という媒体が好き。
今日、麓の街まで買いに来たのは小説。すでに持っている本だけれど、今回愛蔵版として装丁を変えて発売された。今回はなんといっても小口がとっても綺麗に装飾されている。それに一目惚れして絶対に手に入れると決めていた。
「前から思っていたけれど、それ読むの?」
「読むと言いますか。見ますね。こちらは観賞用です。実用的なのはもう持っています」
キラキラした本を飾って鑑賞するのも好き。
「イデアさんがフィギュアや食玩を飾るのと同じです」
「でもさ、本って紙が日焼けとかするじゃん。むしろ飾るって印象ないんだけど」
「そこは頑張ります」
日あたりや、色々考えるのも楽しい。日焼けしないように飾る本を定期的に返るのも楽しい。そのときつい読みふけってしまうけれど。
「ヒヒッ、楽しそうでなによりですわ」
彼の特徴的な笑いの後、穏やかな表情を見せるイデアさんに私は首を傾げる。
なぜ、そう安心したような表情をするのか。どうして、と聞こうとするとイデアさんが「あ、じゃあ」と話を切り上げる言葉を発する。
「僕も、用事があるから」
「……そうですね」
明らかに私からの言及から逃げようとする。聞きたいと思うけれど、聞いてはいけないのだと毎回思う。だから、私はすっと引き下がる癖がついている。
「では、また、次は夏ですかね?」
「可能性は高いですわな。うちもいま大変だし……」
「まぁ忙しいのはだいたい僕のせいだけど」と自虐にはいるイデアさん。流石にそこは弄りにくいですよ。
そこをスルーして背が丸まったイデアさんを見る。
「イデアさん。最後にいいですか」
「ぇ、な、なに?」
キュッと腕を胸の前にやるイデアさんに私は眼鏡をかけ直して一言告げる。
「規則正しい生活を心がけてくださいね」
顔色が悪いですよ。お菓子ばかり食べないでくださいね。ゲームばかりしないでちゃんと運動もしてくださいね。
一言で終わろうとしたらあれよ、あれよと出てくる。でも、イデアさんやっぱり色々生活習慣が心配過ぎる。
最初は私の言葉に驚いていたイデアさんが徐々に苦々しいというか、面倒くさそうな顔になっていく。その表情すらもいつもらしくて嬉しくなってしまう。
「イデアさん。色々言いましたが元気に過ごしてくださいね」
そう告げたイデアさんが何とも微妙な顔をしたのだった。その表情は実に彼らしかった。
2025.12.21
1/1ページ