教え方って

【 2 】




 昼休み。エルサは昼食を終え中庭にいた。そこで図書館で借りた後に自分用に購入した料理の入門書を眺めていた。動画も見られる仕様でかなり重宝している。

(んー。どうやったらわかりやすく教えられるかしら?)

 切ることひとつで料理作りを嫌いになってほしくはない。とはいえ楽しく教えるなどエルサの技量では無理。せめて、上手くいく感触を掴ませたいが、それを教えてくれる教材は中々ない。あったとしても小さな子ども向けで流石にそれを高校生相手に実践できない。

「どうすればいいのかしら……」

 教える適正がエルサにはないのかもしれない。故郷にいるときは妹のアナに教えていたつもりでも、アナが料理やお菓子作りに思いの外今日も持っていたから上手く教えられたのだろう。あと、母やシェフたちがいたから上手く出来ていただけに過ぎない。エルサの力ではないと様々と思い知らされる。
 ハァと深いため息を付きながら他の頁をペラペラしていく。するとデザートの頁になってエルサの目が輝く。

「わぁ、すごいわ」

 艶々した苺のタルト。サクサクしたアップルパイ。ふわふわとした生地スポンジを綺麗にデコレーションしたケーキ。ケーキ以外にも、エルサの好物のチョコレートに、クレープ、パフェ。どれも綺麗で、可愛くて、美味しそう。
 入学してからエルサが作ったのはクッキーくらい。色々なお菓子を作りたいけどまだ余裕がない。でも今なら何か作れるかもと思って我に返り、顔を上げると目が合った。

「あ、あー……ずいぶん熱心に読んでいたな」

 黒縁の眼鏡の先にある瞳を気まずそうに揺らす人。エルサが部活でお世話になっているリドルが寮長を務めハーツラビュル寮の副寮長、トレイ・クローバーだった。
 困ったように微笑むトレイにエルサはリドルに引き合わせられた日の話を思い出す。
 ハーツラビュル寮で行われる「なんでもない日」のパーティーやお茶会のお菓子のほとんどを副寮長が作っているということ。そして実家が薔薇の王国の首都の緋色の都でも有名な【ケーキ屋】だと。
 これはという天啓がエルサにもたらされる。

「と、トレイ先輩!」
「うぉ、なんだ? どうした?」
「あ、ご、ごめんなさい」

 思わず詰め寄ってしまった距離を取る。
 エルサは緊張でドキドキする胸を押さえながら口を開く。

「あの、トレイ先輩にお聞きしたいことがありまして、」
「俺にか?」
「はい。その、あ、お時間は……」

 長くなりそうな話に昼休みを潰させる訳にはいかない。そもそもエルサは所属する寮も違うため頼っても良いものか。いまさらながれ迷いが生じる。

「時間なら大丈夫だよ。まぁ、俺がエルサの力になれるかは分からないけどな」
「あ、ありがとうございます! きっと為になると思います!」

 安堵しながらエルサは先ほど自分が座っていたベンチを指す。

「長くなるかもしれないので座っていただければ」
「そんなに深刻な話なのか?」
「あ、えっと深刻というほどでは」

 途端に真剣な表情になるトレイにエルサは首を傾げる。
 エルサの反応にトレイは表情を僅かに緩めて「わかった」と言ってベンチに座る。その隣にエルサも腰を下ろした。

「で、俺に聞きたいことって何だ?」
「はい。トレイ先輩は今ハーツラビュル寮のデザート作りを担当しているとお聞きしたのですが、」
「そうだが……」
「そして最近では後進育成を始めているとか」
「あ、ああ、」

 まだ要領が掴めていなさそうなトレイが頷くのを見てエルサは瞳を輝かせる。

「ぜひトレイ先輩が後輩の方々に教えている姿を拝見させていただけませんか?」
「教えている姿を、か?」
「はい!」

 力強く頷くエルサにトレイは困惑した様子で首を傾げる。

「何かデザートの作り方を教わりたいじゃなくて?」
「それはそれで魅力的ですが流石にこれ以上はご迷惑になりかねませんので」

 「あ、これも迷惑なら」とエルサが引き下がろうとするとトレイが慌てる。

「いや迷惑じゃないぞ。ただ人に教える姿ってどういうことかと思ってな」

 確かにこう至る理由を話せていなかった。エルサはここに至るまでの経緯を話した。

「そうか……でも、オクタヴィネル寮はモストロ・ラウンジがあるだろ。そこでも沢山見本があるんじゃないか」
「確かに無いわけでは無いのですが」

 実力トップのフロイドは丁寧なときもあるが、フィーリングで教える場合もある。さらに教える際の気分のムラがあり中断なんて数えきれないほどある。ジェイドは丁寧といえば丁寧なのだが適当な嘘をついてからかいグセがあり、教わる側の寮生が警戒してしまっている。アズールは基本ホールにいるので料理をする姿さえ見たことがない。
 他にエルサが教わった寮の先輩も上手だが……少々距離が近く苦手意識がある。それに今はホール担当となっている。ならば他はというとコレと思う人が浮かばなかった。

「恥ずかしながら頼れる方が浮かばず……ご迷惑でなければお願いします」

 どうだろうかとエルサはトレイを伺う。
 伺う先のトレイは暫し考える素振りを見せると、微笑みながらエルサを見た。

「俺でエルサの助けになるなら協力するよ」
「ありがとうございます! あの協力していただいたお礼にわたしができる範囲であれば何でも言ってください!」

 力強く言えばトレイが目を見張り困ったように眉を下げた。

「エルサ。この学校ではその言い方は命取りになるぞ」

 指摘されてエルサは「あ、」と声を洩らす。このことはアズール、ジェイド、フロイドを始めに親しくなった他の生徒からも暫し指摘されていた。
 とはいえ他寮であるエルサに協力してくれるというトレイは何か企むような先輩ではない。
 大丈夫なのでは、という視線をつい向けると苦笑されてしまった。

「まだ数回しか話したことがない俺を信頼してくれるのは嬉しいが気をつけるんだぞ」
「はい。わかりました……あ、でも、お礼は」
「そのことは少し考えさせてくれないか?」

 勿論と頷く。とはいえ、協力してくれるときには何か菓子折りを持って行こうと決めた。
 それからエルサはトレイと連絡交換をして別れた。



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