お出かけ
【 2 】
これはエルサが初めて麓の街を訪れて人だかりから解放された後のこと。
ガラの悪い青年たちにエルサは囲まれてしまった。魔法でどうにかと思ったがエルサはまだ魔法のコントロールに自信がなかった。そして、過去に妹を傷つけたことからこういう相手であっても魔法を使いたくなかった。
どうしましょう、とエルサが困っていると青年の一人の手がエルサの細い手首を掴んだ。あまりの力強さにエルサの綺麗な顔が歪む。
「ぃ、あ、は、放してください!」
「あァ? 男だらけの学校に通ってんだからこれくらい日常茶飯だろ?」
睨みつけた男の顔はニヤニヤと下品なものだった。エルサを頭からつま先ねっとりと見つめるそれは女性としての警鐘が鳴る。だが、それよりも男たちの言葉にエルサは怒りを覚えた。
「周りの方はとても親切な方ばかりです!」
「まぁ。お姫様に親切にしておけば何かいいことがあるかもしれないしな」
「ッ!」
ぐっとさらに手首を強く掴まれる。だが、それよりも男の言葉にエルサは否と言いたかった。確かに学園の中には目の前の男たちのような眼差しを向ける人もいる。だが、多くの生徒はエルサを助けてくれる、親切な人の方が多い。寮生も、クラスメイトも、先輩たちも、同じ部活をしている生徒も皆親切だ。
「人の親切を踏みにじるようなことを言うのはやめてください」
男たちに俄かに苛立ちの空気を感じる。エルサが可憐に助けを呼ばないのはいいだろうが、反抗的なのが気に喰わないのだろう。ただの箱入りのお姫様と思うなかれ、エルサは確かに世間知らずな部分はあるがやるときはやる気概はある。
「生意気な――」
「おい、お前たち」
男の誰かがエルサに手をあげようとしたとき瞬間、威厳に満ちた声が男の手を止めた。そして、その瞬間を狙ったようにエルサの手首から手を離す力があった。
同時に目の前に壁ができたことが分かった。その壁はエルサよりもだいぶ高かった。
「この子は俺の連れだ」
「あ? テメェ……その制服ロイヤルソードアカデミーだろ」
「それがどうした。彼女と俺は学外で知り合いなんだ」
「え」と思いながらもエルサは目の前の青年に覚えがなかった。それにロイヤルソードアカデミーには知り合いもいない。
「とりあえず、引きと取らせてもらう」
「ぁ」
言うや否やシャランと音がした。魔法を使った音だ。同時に目の前にいるはずの男たちが何か戸惑い出す。
「ふっ。魔法が使えないようだな」
言って青年が振り返る。そして、エルサの目にようやく青年の顔が目に入った。褐色の肌に艶やかな癖のある黒の髪。凛々しい眉に華やかな瞳。ナイトレイブンカレッジにも美しい人は多くいるが目の前の青年もその一人だ。そして、一度見たら忘れられないだろう美しい人にエルサは見覚えがなかった。
だが、青年は知っているというのはどういう――。
「行くぞ」
「ぇ、あ!」
青年がそっとエルサの手を握り、歩き出す。いや、少し足早に。エルサは大きな手にびっくりしながらも必死に脚を動かす。
後ろを振り返るが男たちは追いかけてこない。それどころかあらぬ方向へと向かって行く。それに安心しながらエルサは目の前の青年に合わせるように足を動かした。
しばらくすると「ミナジール! こっち、こっちだよ!」という声がした。その青年の名前にエルサは聞き覚えがあった。すぐに脳内の記憶をたどり一人の王子の名前が浮かんだ。
「ぁ、あの、もしかしてっ」
エルサがそう声をかけると同時に青年の足が緩やかになる。それに合わせてエルサの足も緩やかになる。
ゆっくりと足が止まると青年が振り返る。
「すまない。大丈夫か?」
「ぇ、あ、はい。大丈夫です。あの、もしかして、熱砂の国の第一王子殿下の」
「そう堅苦しくしないでくれ、エルサ姫」
青年が困ったように眉を下げる。同時にエルサのことを姫と呼ぶ。どうやらエルサのことを知っていたようだ。そして、エルサもこの島では姫とは呼ばれたくはなかった。
「わかりました。でも、わたしは年下ですので呼び捨てでも構いません」
「ああ。わかった。お前も俺のことは先輩とでも呼んでくれ」
「はい。ミナジール先輩」
柔らかく微笑む姿にナイトレイブンカレッジで美しい人を見慣れたはずなのに少しドキドキしてしまった。
「そうだ。お前、さっき――」
「ミナジール! さっきの子、大丈夫だった! あ! 君、その手首!」
ミナジールの話を遮るように入って来たのは随分元気な青年だった。鮮やかな赤い髪に、フォーク型の髪飾りがとても印象的な青年。だが、何よりも鮮やかなマリンブルーの瞳が魅力を放っていた。
「君、手首が……」
「ぇ、あ、」
青年に言われてエルサの手首に痛みが走る。
掴まれた手をエルサは自身に引き寄せてみる。掴まれたところは確かに赤く痕になっていた。それはそうだあれほどの力で掴まれたのだから。
これは帰ったら冷やさなければいけない。今は水魔法でハンカチを濡らして考えていたときだった。
「これ水魔法で濡らしたやつ!」
「っ!」
ハンカチを持った青年の手によってそっとエルサの細い手首に巻かれた。冷やされた手首に少し身体の強張りが抜ける。
「これでよし!」
「ありがとうございます」
顔を上げるとマリンブルーの瞳が柔らかく微笑む。これまたナイトレイブンカレッジには中々いない人だなと思った。よく見れば青年が来ているのも着崩してはいるがロイヤルソードアカデミーの制服だった。
「君、ナイトレイブンカレッジで頑張っている女の子でしょ?」
「ぇ、あ、はい。がんばっています」
「ふふ! オレも人魚だからさ、君の大変さが少し分かるんだよね!」
「人魚……」
同じ寮のアズールたちと同じだ。確かに人魚は陸の生活に馴染むのに大変だと三人とも言っていた。
「そうなんですね。わたしの先輩にも人魚の方がいて苦労したと言っていました」
「そうなんだ! もしかしたらオレと知り合いかも!」
キラキラ下眼差しに少し気おされているとミナジールが「おい。リエーレ」と言って止めた。そして、エルサは再び聞き覚えのある名前にすぐに脳内の記憶をたどると。
「珊瑚の海の第七王子殿下の……?」
「え! オレのこと知ってるの!」
驚いたように可愛らしい瞳が見開く。エルサは一通りの各国の王族や有力者の名前は憶えている。
「はい。遅れました。わたしは雪と緑の国のエルサ・アレンデールと申します」
「オレは珊瑚の海の第七王子、リエーレ・コーラリアです……なんか恥ずかしいな」
へへと小麦色の頬をかくリエーレにエルサは親しみやすさを感じた。
「たしかリエーレ様は、」
「ああ! 様なんていいよ、呼び捨てでもいいくらい!」
「流石にそれは」
エルサよりもひと学年上だったはず。エルサは「では先輩と呼びます」とミナジールと同じように言えばリエーレは元気よく頷いてくれた。
「お二人ともありがとうございます」
「気にするな」
「うん。それにオレは何もしてないよ」
「そんなことない。お前が先にエルサを見つけたんだろ」
どうやらリエーレがエルサを見つけすぐに駆け付けようとしたのを偶然一緒にいたミナジールが止めて色々計画立てて助けてくれたらしい。感謝してもしきれない。
「本当に助かりました。どう対処しようかと迷っていましたので」
「その割には随分食って掛かていたな」
「うっ」
ミナジールの指摘にエルサは言葉が詰まる。それからミナジールからちょっとばかし小言を貰った。その最中にリエーレが何とかかばってくれたが同じように小言を喰らっていた。この中で一番年上のミナジールに誰も逆らえなかった。
「このままここで解散してはエルサがまたああいった輩に絡まれるかもしれないからな」
「なら、バス停まで送るよ!」
「そ、そんな大丈夫です」
エルサは大丈夫だというが二人は送るとバス停まで送ってくれた。恐縮しつつ先ほどみたいなことがあるとどう切り抜けるかまだ答えが出ていなかったので助かった。
結局、二人はエルサが乗るバスが来るまで待ってくださった。ついでに同じ王族同士と連絡先を交換したのだった。
そして、それをアズールに報告したことで学園長のところまで連れて行かれ一人での外出が禁止になったのだった。
2026.04.05 ピクシブで先行公開
2026.04.05 サイトにて公開
2/2ページ