お出かけ


【 1 】




 エルサは基本学園内なら単独行動を認められている。だが、それでも彼女以外男子しかいないため人気がいないところはいかないこと、放課後は居残りをしないこと、寮の談話室にも遅くまで残らない等決まり事は存在する。そして、それは学内や寮内だけの話に限ったことではない。

「どうしよう……」

 エルサは一人昼食を取っていた。そして何気なしに独り言を囁くとサンドイッチを一口かじる。それを繰り返しながらもモヤモヤしていた。
 モヤモヤしているうちにいつの間にサンドイッチはなくなってしまっていた。「あぁ」とサンドイッチが入っている空のランチボックスを見てエルサは深くため息をつく。
 そのまま空のランチボックスをたたんでエルサはベンチに深く腰掛け、空を見上げる。
 一国の王女らしくない姿をしているが今だけは許してほしい。ぼんやりと青く澄み渡った空を見上げる。こういう天気が賢者の島では暫く続くらしい。

「お出かけ日和ね……」

 そう。こんな天気のいい日にエルサがモヤモヤしている――つまり、悩みの種。
 エルサは麓の街に行くのに一人では行けない。以前、麓の街だから平気だろうと学校側からも「ok」を貰ったのだが――エルサの周りは人だかりができてしまった。さらに、その人だかりから離れたと思いきやナンパに遭遇するなど散々だった。ちなみに、ナンパに会ったときに助けてくれたのがロイヤルソードアカデミーの学生。それもあってか学園側に色々思うことがあり一人で行けなくなってしまった。
 ならだれか誘えばいいと言うけれど、自分の予定に合わせることも申し訳ないし何より――エルサにはまだそこまで親しい生徒がいない。

「もう前回みたいにならないようにするのに」

 一応、寮直属のアズールたちにも相談してなんとかしようとしたけれど信用されなかった。というより三人揃って「無理でしょう」、「無理かと」、「無理でしょ」と声を揃えて言われてしまった。
 本来ならそれならしょうがないと諦めるべきなのだろう。でも、エルサもやはりちょっと外へと出たい。

「気になるのよね……」

 純粋に麓の街を散策したい。マジカメに流れる麓の街の様子を見るとやっぱり行ってみたい。それに新しい本も自分で直に選びたい。
 自国でも人だかりができることもあるけれど、基本皆すぐに引いてくれる。その後の城下街での散策は普通にできるのに。

「やっぱりまだ物珍しいのかしら」

 学園側も問題がないという意味も込めて情報発信を行っている。両親も各国の大使と会談する際にそういう発信をしている。それでもやっぱり実際見るとなると違うのかもしれない。
 とはいえ、やっぱり、やっぱり、エルサも自由に行動したい。いや、わかっている。わかっている。けれど、エルサも妹のアナほどアクティブな方ではないが身体を動かすのは嫌いじゃないから散策はしたい。流行のお店とかも気になるし、ファッションだって気になる。エルサも大人びているが年頃の女の子なのだ。でも――。

「仕方ないのよね……」
「何が仕方ないの?」
「え?」

 ふっと影に覆われて視線を上げるとゆらゆらと揺れる青い炎が入ると同時に大きなキラキラした目と合った。
 次にキラキラした目はにっこりと笑って「こんにちは! エルサ・アレンデールさん!」と挨拶される。

「こ、こんにちは。オルト」
「あ! 僕のこと覚えていてくれたんだ!」
「まさか! 忘れるわけないわ」

 オルトとはエルサがボードゲーム部で体験入部していると時に知り合った。そこでまだ遠巻きにされていたエルサにオイルとは気さくに話しかけてくれた。エルサが乗馬部を選んだためオルトとは中々会う機会がなくなってしまった。どうやらオルトはナイトレイブンカレッジの学生ではないというらしいので。

「あなたと話すのも久しぶりね」
「そーだね。あーあ。エルサさんがボードゲーム部に入っていたらたくさんお話できたのにね」

 にんまりと意地悪そうに目を細めるオルトに「ごめんなさいね」と告げる。彼はそれに細めていた目を丸くさせて「うんうん」と首を振った。

「エルサさんが選んだことだから何も悪くないよ。僕も意地悪な言い方してごめんなさい」
「そんな。でも、あなたとのおしゃべりは楽しかったから本当に悩んだわ」
「ふふ。そう言って貰えると嬉しいな~」

 オルトがゆらゆらと揺れる姿は小さい頃のアナにもあって微笑ましくなる。

「あなたが同じ学年にいたら気軽に会えるのかもしれないわね」
「そうかもね。僕もエルサさんとのお話、楽しかったから1年生に編入してみようかな」

 「なんて」と冗談めかしに告げる。エルサは冗談じゃなく同じ学年に居てほしいと切実に思った。なにせ、オルトくらい気軽に話せるのは同じ部活のセベクくらいだから。

「で、話し戻るけれどエルサ・アレンデールさんは何を悩んでいたの?」
「あ、ああ」

 オルトと話していたら少し気が楽になった。ついでに外出のことを少し相談してみよう。
 先ほどの悩みをオルトに話してみると彼は可愛らしく小首を傾げた。

「そうだねぇ~。エルサさんは学園内では落ち着いてきたけれどまだまだ外では注目の的って感じだね。僕も一人での外出はおすすめしないよ」
「ええ。わかっているわ……」
「ああ。だから、仕方ないってことなのか」
「そう」

 仕方ない。わかっている。仕方ない。エルサはそうして自分に言い聞かせるしかなかった。なにせ、もう各方面に迷惑をかけているのだから。

「今年1年間は我慢の時期だと思うから大人しくしているわ」
「1年間か……長いね」
「仕方ないわ」

 これ以上は迷惑かけられない。エルサはため息を飲み込んでオルトに微笑みかける。

「話しを聞いてくれてありがとう。また、会えたら相手をしてくれる?」
「もちろん! あ、でも次は楽しい話ができるといいね」
「そうね。そのときまでわたしも色々仕入れておくわ」
「僕も!」

 お互い微笑み合ってエルサの心はいつのまにか澄み渡る空のように晴れやかな気分になった。



 数週間後のこと。エルサは一人また昼食を取ろうと外を歩いているときだった。

『え、え、ぇ、エルサ氏』
「え?」

 突然かけられた声にエルサは周囲を見回す。しかし人影らしい人影がなく気のせいかな、と前を向くと目の前に青いタブレットがふよふよ浮いていた。

「……もしかしてイデア先輩ですか?」
『そ、そう。イデア・シュラウドです。けして怪しいものではありません』

 点滅するタブレットにエルサは微笑みかけて「お久しぶりです」と声をかける。イデアも『そう、だね』と返してくれた。ぎこちないけれど初めて会ったときよりもだいぶしっかりと答えてくれている。
 イデアとはボードゲーム部の体験入部のときに良くしてもらっていた先輩の一人。最初は距離がだいぶあったけれど、同じボードゲーム部のアズールのお陰でタブレット越しに話すことができるようになった。とはいえ、オルトと同様にエルサが乗馬部を選んだあと疎遠になっていた先輩だ。
 その先輩と会えて話せるのは嬉しい。

「何かありました? あ、もしかしてアズール寮長に何か御用ですか?」
『ぁ、いや、その、あ~お、オルト~~!』
「はーい♪」

 ふわっとオルトが空から降り立った。そして、彼のボディを見てエルサは目を瞬かせた。
 オルトのボディは白かった。けれど、今は黒くまるでナイトレイブンカレッジの制服を思わせるものだった。

「え、あ、オルト、それ」
「ふふ」

 驚きに声にならないエルサにオルトは手を頬に当てて笑う。それから手を広げて「じゃ~ん」と言った。

「僕も来週からナイトレイブンカレッジ1年生だよ!」
「え、え~~!」

 驚き以外になかった。目を瞬かせて分かりやすく反応してくれるエルサにオルトは楽しそうに揺れる。

「ほ、ほんとうに?」
「そうだよ。あ、でも、僕C組だからエルサ・アレンデールさんとは離れちゃった」
「ぁ、そうなの……」

 しょんぼりと肩を落とすオルトに合わせてエルサもしょんぼりとさせる。「でも!」とオルトは元気な声をあげる。

「合同授業もあるし! あ! お昼とかも一緒に取れるし、前より会える時間は増えるよ」
「あ。そうね。なら、オルトも部活か同好会に所属するのかしら?」
「うん、今ちょっと、悩んでいるんだけど――」
『あ、あ、あ~~水を差すようで拙者のこと忘れてない?』

 「あ」とオルトとエルサが同時に声をあげる。それにイデアも流石に『え~そりゃないですわぁ』と声をあげたというか不機嫌な声をだした。

「す、すいません。アズール寮長に御用でしたよね」
『ぃ、いや、それ違うから』
「え。違うんですか?」

 では一体何の用があったのかとエルサはじっとタブレットを見つめる。すると、タブレットは何だか忙しなく動き出す。これは一体なんだ。

「エルサさん、手を出して」
「手?」

 オルトに言われて手を差し出すと少し思い何かが出の平に乗る。エルサは何だと思ってじっと見る。

「これは貝殻?」

 エルサの掌サイズの貝殻にしてはずっしりと重く機械染みている。一体何なのか分からずにオルトとタブレットを交互に見る。

「それ兄さんにお願いして作ってもらった防犯ブザーだよ! これがあればエルサさんも一人で麓の街に行き放題だよ!」
「オルト……」

 数週間前のことを覚えていてくれたのか。それにそのことをわざわざイデアに相談してこうしたものを作ってくれた。

「ありがとう……」

 その気持ちが嬉しくて泣きそうになる。でも、その前に笑って二人に感謝を告げたかった。

「オルト、イデア先輩、ありがとうございます。でも、こちらの製作費は支払わせてください」

 オルトの言い方からプレゼントという感じだが流石にそれはいただけない。エルサはタブレットの向こう側にいるイデアに告げる。するとタブレットが点滅する。

『別に大して金額でもないし、気にしないでもっていうと君は気にするよね』
「はい」

 タブレットの向こう側のイデアは少し黙り込んだ。そして、再びタブレットが点滅する。

『ならオルトとこれからも仲良くしてくれればいいよ』
「え。そんなこと……」

 オルトを見上げるとオルトはオルトでタブレットの向こう側にいるだろう兄を見ているようだった。
 別にオルトとはこれからも仲良くしていきたい。オルトが迷惑ではないのなら。

「わたしはこれからもオルトと仲良くしていきたいです」
「僕もだよ!」

 その元気な言葉が嬉しい。だが、やっぱりこれは当たり前のことでエルサの気持ちはどうにもできない。

『エルサ氏が納得できないなら貸ひとつってことで』
「っ! はい! 何かあればエルサ・アレンデールの名のもとご協力いたします!」

 誓約書でも書きますか、と訊ねるがイデアは『い、いや、そこまでは』と言った後に何かごにょごにょと言っている。聞き取れずオルトを見るとオルトは心配そうにエルサを見ていた。

「エルサさん。このナイトレイブンカレッジでは簡単に貸しを作らないようにね」
「……? でも、わたしもたくさんの方に良くしてもらっているから」

 貸しはたくさんあるのだけれど、するとオルトとイデアが「あ~」と似た声を出す。

『オルト、今後は気を付けてあげてね』
「うん。僕ができる範囲でがんばるよ、兄さん」
「わたしは大丈夫よ?」

 エルサの可愛らしい言葉にシュラウド兄弟はまたため息をついた。こうして密かにシュラウド兄弟は世間知らずのお姫様の面倒をみることにした。

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