NRCで頑張るエルサの話

さ迷いの昼


 午前最後の授業の終わりを告げる鐘が鳴る。同時にエルサの悩ましい時間の始まりでもあった。
 昼食。ほとんどの生徒が食堂で取る。生徒の中には弁当を持参する者もいるが、年頃の男子高校生の中ではめったにいない。そのため、ほとんどの生徒が食堂で昼食を取る。
 エルサももれなく食堂で昼食を取る――いや、取りたいのだがいまだに難しい。食堂には全学年が集う。1年生やオクタヴィネル寮生はエルサに慣れ始めているが、他学年かつ他寮の生徒はそれでもエルサがまだ珍しく視線を向けてくる。
 その視線は様々な意味合いが含まれており流石にエルサも疲れる。昼食ぐらいゆっくりしたいと食堂でパンを買ったり、テイクアウトして別のところで食べている。
 だが、あまり人気のいないところで食べられないのも事実。なら、誰かと一緒に食べればいいというのもあるが――エルサにはそこまでの親しい友人がまだいない。
 今日は麓の街のベーカリーが来る日。エルサはそのパンを買って食堂ではなくゆっくりと食べられる場所へと向かおうとすると――。

「エルサ」

 はっきりとした声音で名前を呼ばれて振り返る。

「リドル先輩。こんにちは」
「こんにちは。突然呼び止めてすまないね」
「いえ。大丈夫です」

 姿勢良く近づいて来るのはエルサが所属する馬術部の先輩リドル・ローズハート。エルサが所属するオクタヴィネル寮のアズールと同じく2年生でハーツラビュル寮の寮長を務める人。ちなみに、彼は入学してすぐに寮長になったと、エルサは聞いている。
 彼が近づくとハーツラビュル寮生がそそくさと消えていく。中々、厳しい人で嫌厭されているというが、エルサはその姿勢や真面目なところを好んでいたりする。

「今から昼食かい?」

 ふとリドルがエルサの手元にある小さめのサンドイッチに目を止める。だが、その目は少し厳しそうに眉を顰めるエルサは苦笑して「落ち着いて食べられるところへ」と告げる。
 エルサの言葉にリドルはまだ厳しさを残しながら疑問も湧いた様子も見せる。

「たしかに食堂はいつも人だかりだね。でも、それだけでは栄養が偏ってしまうよ」
「それはそうなんですけれど、わたしはこれくらいでも……」
「足りると言うのかい?」

 リドルの大きな目が見開く。周りに男子生徒しかいないからエルサが食べる量はリドルから見ても少ないのかもしれない。

「あの、リドル先輩。どんな用事が?」
「あ、あぁ。すまない……うん。キミは別のところで食べる予定だったんだね」

 思案気に顎に手をかけるリドル。その様子に「ぁ」とエルサは思う。
 リドルはハーツラビュル寮生の中でも寮長としてハートの女王の厳格の精神をしっかりと体現している。彼はハートの女王の法律も忠実に再現している人なのだ。
 何かあるのかもしれない。エルサもハートの女王の法律は記憶している。その記憶を漁っていると――。

「エルサ。昼食が終わったあとに話せるかい?」
「構いません」
「なら、一緒に昼食を取ろう。その方が効率もいい」
「ぇ」

 思わずの誘いに「よろしいのですか?」と訊ねる。リドルは腕を組んで首を縦に動かす。

「構わないよ。さぁ、時間もない。行くよ」
「は、はい」

 姿勢良く人混みを進みだすリドル。周りはさっと波引いていく。その様子はエルサの時とは違う。威厳に満ちた様子にエルサは尊敬の念が込み上げる。同時にやはりエルサへの視線は少し疲れるものだった。



   * * *



 リドルと昼食を取ることになったエルサ。その最中、リドルが席を探していると何かを見つけて迷いなく歩き始める。その背中を小走り気味にエルサは追いかける。

「シルバーちょうどいいところに」
「リドル――それにエルサ?」
「こんにちは、シルバー先輩」
「こんにちは」

 リドルが近づいたのは同じ2年生のシルバーのもとであった。シルバーはエルサの馬術部の先輩の一人だ。あまり口数は多くないが面倒見はよく、リドルと同じくエルサの中では親しい先輩の一人だ。ただ、彼は時折とんでもないところで居眠りをしているので少し心配になる人でもあった。

「この空いている席はマレウス先輩たちのものかい?」
「いや。マレウス様に、おや――リリア先輩は授業の準備で忙しくすでに昼は終えている」
「そうかい。なら、ここにボクとエルサが座っても問題ないね」
「ああ。問題ない」

 リドルがくるっとエルサの方を向いて「ボクは昼食を取りに行って来るよ」と言って行ってしまった。エルサはシルバーの方を向いて「失礼します」と一言断り横に座る。

「エルサは取りに行かなくていいのか?」
「あ。わたしはもうありますから」

 と、テーブルに置いたサンドウィッチを見てシルバーは目を見開く。あまり表情がでない人だから珍しいと見ているとシルバーが真剣な目つきになった。

「エルサ。お前の身体は細い。もっと食べた方がいい」
「え、ぁ。でも、これで足りますし」
「そうなのか」

 珍しく納得していないようなシルバーにエルサは小食傾向にあることを話す。
 それでようやくシルバーが納得してくれた。それでもやはり心配そうな表情であった。
 シルバーの心配顔を失くすようにエルサは話を変えることにした。リドルから話しがあると言われて馬術部関連で何かあるのかと訊ねる。シルバーは思案顔の後「何かあったのか?」と返されてしまった。

「シルバー先輩も知らないならちょうどよかったですね」
「ああ。もし活動日の変更があったらマレウス様の警護にも支障があるからな」

 シルバーは茨の谷の次期当主であるマレウス・ドラコニアの護衛をしている。そのマレウスの護衛は他にもいる。エルサと同じ馬術部で同学年のセベク・ジグボルト。セベクはマレウス至上主義で、周りからその様子からドラコニアンと呼ばれている。
 クラスは違うが同じ部活と隣のクラスのため合同授業でよく一緒になることがあり、エルサの中では比較的親しいと呼べる同級生だったりする。

「そういえばセベクはマレウス先輩のところへ?」
「いや、あいつもすぐに食べて図書館に向かったな」
「そうなんですね。なら、あとでセベクにも」

 流石勉強熱心なセベク。エルサも来週提出するレポートも図書館に行って調べなければいけない。

「わたしも頑張らないと」
「エルサは頑張っていると思うがな」
「そうでしょか」
「ああ。この環境はお前には大変だろう。その中で十分頑張っている」

 真正面から褒められるのは照れると同時に何故か目が熱くなる気がした。エルサは咄嗟に下を向いて「ありがとうございます」と返す。その声は少しだけ震えていた気がする。
 せっかく褒めてくれたシルバーに心配させないように口を開く前にリドルが戻って来た。そして、リドルがエルサの方にひとつ皿を置いた。

「リドル先輩これは……」
「キミはそれだけでいいと言うけれどね……もう少し食べた方がいい」

 皿の上にはいちごのタルトケーキ。そこまで大きくなく小さいものだった。
 リドルを見ればもう食事を始めている。その内容はバランスがいいがデザートはない。エルサのためにわざわざ持ってきてくれたものなのだろう。

「あの、大丈夫なんですか」
「……買うことで何か法律に引っかかることはないよ。安心してお食べ」
「あ、ありがとうございます」

 エルサはリドルの好意を受け取ることにした。その日食べたいちごタルトのケーキは一等美味しく感じた。そして、エルサの午後はいつもより調子がよく終わった。

 ちなみに食事の後にあったリドルの話はやはり馬術部関連の話だった。活動日の変更はなくエルサもモストロ・ラウンジのシフトに影響はなかったのでした。




2025.11.23 ピクシブにて公開
2025.11.24 サイト公にて開
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