教え方って
【 4 】
厨房で調理の準備をしているときだった。突然身体を大きな影に覆われた。この影の大きさにエルサも慣れて余裕を持って後ろを振り向く。
そこには候補の一人であったフロイドがいた。コック帽を弄りながらも表情は少々機嫌が悪く見えた。何かあったのかと口を開く前にあちらの口が動いた。
「ねぇ。テツギョちゃん、ウミガメ先輩に教えたお菓子ってどんなの?」
「ウミガメせんぱい……?」
一瞬誰を指したあだ名か分からなかったが【お菓子】でピンときた。
先日のお菓子教室のお礼についてトレイがエルサの故郷のお菓子について尋ねて来た。そして、せっかくだからとエルサがトレイに作り方を教える側となった。
お菓子作りのプロのようなトレイに教えるのは緊張したがやはり慣れている人にはエルサの説明はすんなり入ったようで無事にお菓子は完成した。
「えっと、先日トレイ先輩にお世話になったので故郷のお菓子の作り方を教えたときのことでしょうか」
「たぶん、そう。カニちゃんがすっげぇ自慢してたんだよね。だから、どんなのかなって
ねぇ、ジェイド」
「はい。僕も大変興味があります」
ひょっこり横からジェイドが現れた。それにもう驚くことはなかった。むしろ今は嬉しさの方が上回る。
「我が国の料理やお菓子などの食文化で中々諸外国に広報できていないので先輩方が興味を持ってくださるのはとても嬉しいです!」
今後、もし可能であれば支配人であるアズールに故郷の料理やお菓子に関連してフェアを提案しようと考えていた。その前にジェイドとフロイドが興味を持ってくれたのは幸いだ。それに純粋に故郷のモノに興味を貰ってくれることは嬉しい。
「今度レシピを纏めてお二人に紹介しますね!」
二人は目を丸くさせて少し驚いた様子を見せる。その表情がよく似ていて「やっぱりきょうだいなんだ」とエルサが感心しているとフロイドの目が笑う。
「ならさ、せっかくだし教えてよ♪」
「ええ。トレイさんのところで教わった教える姿勢のいい実践にもなりますしね」
どうしてそれをとジェイドを見るとにんまりと微笑んだ。
その微笑みにエルサはすぐに返事をすることができなかった。二人との交流はまだ長くはない。だが、何となく二人の性格をエルサも把握し始めていたからだ。だが、いつも世話になっている先輩の願いを断りたくない。
ぐるぐる考えている間に二人の会話はエルサを置いて続いていく。
「いつにする? オレはいつでもいいけど」
「僕は今週末は部活動があるので」
「え? 山登り? いつもでよくね」
「天気がいいので変更しません。来週ならいいですよ」
「オレは来週部活で遠征なんだけどぉ」
「おや。残念」
「つかさ、アズールも呼ぼうぜ」
「それはいい」
何だか話が大きくなっていくような。エルサは考えるのをやめて二人の間に割って入る。
「そんなわたしも三人同時は流石に……」
「そう? 大丈夫だと思うけど」
「ええ。エルサさんは教えるの上手ですし」
それでも料理の腕は絶対にフロイドとジェイドの方が上なのに。
にやにやした二人にエルサは「はい」と蚊の鳴く声で返事をした。
「お力になれるか分かりませんが……お願いします」
「うん。楽しみにしてるねぇ」
「僕からアズールには話し通しておきますので」
「はい」とエルサは三人に教える前に一度練習しなければと思考を巡らせた。
不安があるが、エルサはやっぱり故郷のお菓子を知ってもらえるのは嬉しいと思った。
「そういえば、テツギョちゃん、困った顔しなくなったね」
「ぇ、あ、はい……」
エルサの悩みをお菓子作り教室の後アズールたちに相談した。アズールたちはエルサのことを責めずにこちらで検討すると言われた。それからすぐに改めて配置転換が行われた。その中にはホールにいた寮生の一部と厨房にいた寮生の一部が交換することとなった。
改めては厨房に配置された寮生も最初は慣れない様子だったがすぐに慣れてエルサも今は自分の作業に集中できている。
エルサが教えていた彼もホールの方で見た姿は生き生きとしているように見えた。彼の適正は厨房ではなく接客だったのが伺えた。あれ以上無理に教えなくてよかったと胸を撫で下ろしたのはつい最近のことだ。
「ま、使えねぇ奴は厨房にいると邪魔だしね」
「ふふ。今回改めて寮生の適正もエルサさんの相談はここにとってとても有益だったということになりますね」
ジェイドの言葉に少し安心した。
「さ。そろそろ準備しなければ間に合わなくなりますね」
「はーい。じゃ、テツギョちゃんもよろしく」
「はい! 頑張ります!」
エルサは改めて気合を入れ直したのだった。
2026.05.11 ピクシブと同日公開
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