教え方って
【 3 】
数日後、トレイからハーツラビュル寮内でお菓子作りの教室を週末開く旨のメッセージが届いた。
開催日はモストロ・ラウンジでのシフトも他に予定もない。
エルサは見学をお願いする返信を出す。すぐに了解の返信が送られた。
「一応、エプロンとか持って行こうかしら」
キッチンに入れて貰うのだから衛生管理はしっかりしないと。エルサは準備をしながらも舌の肥えたアズールたちが絶賛するトレイのお菓子に胸が躍る。
「あ、いけない……でも、わたしでも作れそうだったら作ってみよう」
無理を言った自覚はある。だからこそ教える様以外に為になることは色々吸収しよう。
この機会無駄にせず、モストロ・ラウンジのために活かせる技術を絶対に身につけてやる。エルサは改めて姿勢を正した。
あっという間に週末が訪れ、エルサは鏡を通りハーツラビュル寮の前にいた。
「すごいわ……」
海中にあるオクタヴィネル寮とは当たり前であるが、趣きがかなり異なる。
すぐ傍で咲く薔薇は赤い色かと思ったがよくよく見れば白い薔薇だ。赤い部分はペンキだ。
「白い薔薇を赤に塗る伝承を忠実に再現しているのね」
「へぇ〜よく知ってんね」
「ッ!」
背後からかけられた声に心臓が飛び跳ねるほど驚く。ドキドキしながら振り返れば見覚えのある同級生が二人いた。
「あなたたちは……」
エルサの入学の話題を半分ほど掻っ攫っていった同級生の内の二人。彼らからしたらシャンデリア破壊事件は不本意なものだっただろうけど、注目を浴びていたエルサにとってはかなり助かった。
とはいっても、二人と魔獣のグリムと異世界からやってきた同級生とは交流が希薄だったりする。
クラスが離れているのもあるが、二人と授業があまり重ならないからというのもある。
急に声をかけられたことにも驚いていたが、今は何故声をかけてきたのか分からず緊張で心臓が痛い。
「ふ、二人はわたしに何か用が……」
「あーそうビビるなよ。オレたちはトレイ先輩に迎え頼まれただけだから」
「な」とエースが隣のデュースに同意を求めるように声をかける。
同意を求められたデュースは「あ、あぁ」と視線を彷徨わせて答えた。
「何、お前が緊張してんだよ」
「いや、だって、同級生の女子となんな話したことがないんだから仕方ないだろ!」
「あらデュースくんは随分と純情なことで〜」
「な! バカにすることじゃないだろ!」
エースとデュースが犬や猫のじゃれ合いを始める。それにすっかりエルサの緊張が解れる。
肩の力も抜け、エルサは二人に向き直る。
「迎えに来てくれてありがとう。改めてE組のエルサ・アレンデールです」
エースとデュースもじゃれ合いをやめてこちらへと向き直る。
「真面目だな〜オレはエース・トラッポラ。知ってると思うけどA組。よろしくね」
「僕はデュース・スペード。エースと同じA組だ。よろしく」
お互い自己紹介も終わるとエースとデュースを先頭に歩き始める。
デュースは先程発現から同年代の女の子が苦手なのかエースに話しかける感じだ。打って変わってエースはコミュニケーション上手なのか上手く会話を回してくれる。
ハーツラビュル寮はクラシカルで可愛らしい内装だが三半規管少々苦いそうになる。二人がいなかったら方向感覚が来るって迷子になっていただろう。
「はい。ここが厨房」
キッチンの中から準備をする音と会話が聞こえる。もう人が集まっているのか。
「二人ともわざわざ案内してくれてありがとう」
「まぁオレたちもお菓子作りの教室に生徒なんだけどねぇ」
「ああ。だから、よろしくな」
面倒くさそうなエースと、少し緊張がなくなったデュースにエルサは嬉しくなる。顔見知りという顔見知りはトレイだけだと思っていたから、二人がいてくれるのはありがたい。
「あ、エースちゃん、デュースちゃん、おかえり〜」
二人がいることに安心していたところに厨房からひょっこり顔がでてきた。オレンジ色の髪に、爽やかな緑の瞳。制服の着こなしや、顔立ちの雰囲気から先輩なのが伺える。
「エルサちゃんは、はじめましてだよね。ハーツラビュル寮の3年生ケイト・ダイヤモンドです。今日はよろしくね〜」
「あ、はい。よろしくお願いします」
パチンとウィンクしてくる気軽さは今まで接した先輩の中では1番かもしれない。
エルサは少し人見知りを発揮しながら頭を下げた。
再びの挨拶も済ませキッチンに入るとトレイしかいなかった。先程の会話はケイトとしていたものだったのだろうか。
「トレイせんぱ〜い、連れてきましたよ」
「ああ。ありがとう。エルサもよく来たな」
「今日はよろしくお願いします。あの、これ、よかったら……」
「気にしなくてもよかったんだかな」
菓子折りを渡すと苦笑しながらも受け取ってくれた。今いる人数を見ても数が多いのにしておいてよかった。
「さて、これで参加メンバーも集まったし始めるか」
「え、もう?」
もう少し集まるのかと思っていただけに拍子抜けだった。
エルサの意外な顔にトレイはお菓子をケイトに渡しながら「流石にこれ以上はな」と言う。
「それにエースとデュースはまだ経験も少ないしお前にもいい参考になるだろ」
少し含みのある言い方をするトレイ。エルサはついっとエースとデュースを見やる
二人はなんか気まずそうにソワソワしている。また何かやらかしたのだろうか。
「あんまり深く聞かないであげてね」
ケイトに言われエルサもそのつもりであると頷く。
「よかった。あ、オレは今回撮影係で参加するから」
「さ、撮影ですか?」
両親にもマジカメに投稿する写真には重々気をつけるように言われている。エルサの戸惑いにケイトは素早く反応してくれて「あ、エーデュースの写真だけだよ」と教えてくれた。
「でも最後にせっかくだから記念写真撮ろうね」
それくらいならエルサも日々心配しているだろ両親に送れるからありがたい。エルサも記念写真に心よく頷く。
「よし。じゃあ、そろそろ始めるぞ」
「あ、はい!」
慌てエルサも準備を始めた。
お菓子作りは和やかに始まったが、すぐにエースとデュースがじゃれ合いを始める。
それをトレイが諌めながら教えていく。エルサはその補佐に入る。
これがとても分かりやすく見ているよりも参考になっている。だが、やはり一番参考になるのはトレイがエースとデュースに教えているときだろうか。
手先が器用なエースは「怠い」と言いながらも手際がいい。デュースは要領の悪さが伺えるが手先はフルーツを切る手は筋がいい。
その二人の性格を把握してトレイが助言しているのだから教えるのが上手い。
とはいえ先輩後輩だから上手くできるのかもしれない。同級生同士だと難しくはないかと考えていると――。
「よし。エルサ、実際にエースに教えてみてくれ」
「え?」
突然かけられた声にエルサはトレイを見てからエースを見る。すると、エースがすすっと隣にやって来る。
「なんか次の工程一人でやれって言われたんだけど、お前わかる?」
「えっと、ああ、これなら――」
レシピを観ながら二人で進めていく。その最中エースが「な~るほど」と囁いた。
なんだろう、と首を傾げてエースを見ると眉を顰めていた。その表情にエルサ自身の教え方に何か問題があったのかと不安にかられる。
「エルサは教えるの下手じゃねぇけど、ちょっと真面目過ぎだよな」
「うっ」
遠まわしに頭が固いと言われているようだった。それはエルサも自覚があった。柔軟な考えを持つ妹のアナに比べたら慎重で型どおりにやるのがエルサだった。
「教え方に柔軟性がないのかしら」
「ん~オレはちょっとやりにくいかな」
「やっぱり」
「つっても、教え方は下手じゃねぇと思う。でも、相手によっては分かりにくいかも」
「それを習いに来たのだけれど……」
やっぱりすぐにコツが掴めるものではない。相手に合わせて教えるって難しいとエルサは改めて悩みが重くなった。
「エルサって妹がいたよな」
「ええ」
「だから教えるのは下手じゃねぇんだよ。たぶん教えた相手が少ないっていうかぶっちゃけやっぱ経験値じゃねぇかなって思う」
「そこよね……」
「あ、なんだ気づいてた感じ」
ひとつ頷く。それから肩を落とす。トレイの教え方を見ているだけはやっぱりダメで、相手に見合った教え方をするには結局経験値ということだ。
「難しいわ」
「そうだな。俺も最初は自分の持っている感覚を教えるのに苦労したから」
「そうなんですね」
「ああ。といっても、俺もエルサみたいに最初はきょうだいに教えたのが始まりだからな。こうして他の人に教えるっていうのもここに入ってからだしな」
「つまり、トレイくんみたいになるには積み重ねていくしかないってことだね」
「そういうことだな。だからエルサもそう焦らず色々試してみたらいいさ」
トレイにエルサは少しだけ肩の力が抜けた。
「はい。寮に戻ったらアズール先輩たちに相談してみます」
「それがいいね。でも、オレから見てもエルサちゃんは教えるの上手だよ」
「ありがとうございます」
まったく下手ではないということだけが救いだろう。エルサはエースの手元を見る。
「エース。手癖で切るのも悪くないけれど、気を付けてね」
「はーい」
言った瞬間にエースが「あ」とやらかした時のような声を出す。手元を見ればフルーツをちょっと潰れている。
「丁寧にね」
「はい……」
しおらしく頷いたエースが今度は慎重に切り始める。その切り方は先ほどエルサが教えたもので擽ったい気持ちになった。
その後、無事にフルーツタルトが完成してトレイのお菓子教室が終わった。