おだやかな光になりたい
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おだやかな光になりたい・5
凛くんがブルーロックプロジェクトに参加したのが高校1年の秋の終わり頃。冬が始まった頃だった。あれから4年が経ち20歳になる年になった。
夏休み。大学2年生の私は今イギリス、ロンドンにいる。
初めての海外一人旅行――とは言い切れない。
私は迎えに来てくれている人を探すために右を見て、左を見る。周りはほとんど外国人だらけで日本人はチラホラ見えるけれど探し人ではない。
「おい」
どこにいるんだろうと見回していると後ろから低い声がかけられた。
びくっと肩を跳ねさせてゆっくりと振り返り、随分高いところにある顔を見上げる。見上げた先にはサングラスにキャップをかぶった男の人がいた。
「え、えっと、凛くん?」
「じゃなきゃ誰に見えんだ」
その目は飾り物かと言われそうな勢いに「ごめんね」と謝ると「別に」と返されてしまった。機嫌を損ねたかなと思うけれどそれほどでもなかったらしい。
「時差ボケあんだろ。ホテル行くか」
「うん……あ、」
「お前が持ってたら盗まれそうだからな」
凛くんはぶっきらぼうに言いながら私からキャリーをさらっと取ってしまった。私は凛くんの分かり辛い優しさに「ありがと」と返しながら横を歩く。
さらに身長を伸ばした凛くんの足はさらに長くなった気がする。それでも意外に距離が離れることはなかった。私に合わせるような速度にくすぐったい気持ちになる。
高校のあの日に凛くんとは疎遠になるだろうなと思った。でも、意外になく大学生になった今もこうして縁が続いている。
ちなみに凛くんは年齢制限のためブルーロックプロジェクトが終わった後も18歳になるまでは日本にいた。そして18歳になった9月にすぐにフランスへ飛んでP・X・Gへと所属した。それから2年になる今シーズンからはプレミアム・リーグのチームに移籍することになった。
その貴重なオフシーズンに凛くんは私に時間を割いて空港に来てくれた。
「9月から留学するって母さんから聞いたけど」
「そうなの。その下見で夏休みに両親が観光がてら行ってみたらって」
軽く言ってくれたけれど普通はそんなことでいない。両親のありがたい援助のもと私はこの機会を無駄にしないように活動しようと思っている。
「凛くんも貴重なオフに迎えに来てもらってありがとう」
「別に」
ぶっきらぼうな返事は変わらずそれでも嫌そうな声音でないのが分かる。
胸を撫でおろしながら昼の終わり。夕方に入りかけたロンドンの薄暗い空を見た。
凛くんにロンドンを案内してもらうことになった。
だけど時差ボケの影響で調子が中々上がらない。貴重な時間が無駄にさせたくなくて頑張ろうとしたげど凛くんからストップがかかり結局午後はホテルに戻ることになった。
しかも、凛くんに介助してもらいながらホテルの部屋まで戻ることになった。
「凛くん、ごめんね」
「気にするな」
ベッドのふちに座って凛くんに謝る。凛くんはさして気にした様子なく首を横に振った。それよりも早く寝ろと言われてしまった。
その優しさに甘えて寝る準備をしようと立ったときだった。「そういえば」と凛くんが珍しく自分から話し出した。
「なに?」
「お前って恋人いんの?」
「え゛」
今の今まで凛くんにそんなこと聞かれたことがなかった。まさかの質問に凛くんを凝視すると眉間に皺が刻まれた。不愉快ともとれる反応に「ごめん」とすぐに謝る。
「凛くんからそんな質問されると思わなかったから」
「……で、いんのかよ」
「い、いないけど」
見栄を張ってもあれだから素直にいないと答えた。
大学2年生になっても恋人はできたことはない。高校生の頃に告白されたけれど好きでもない人と付き合う気になれずお断りしてしまった。そこは少し頑張ればよかったと今になって思う。
あっという間に20歳になってしまったのに流石に危機感を覚えた。このまま誰ともお付きいできなくなってしまうのではないか、と。
そんな不安をお姉ちゃんに相談したら「合コンとか言ってみたら?」と言われてしまった。さすが、すでに恋人もち。
でも一番恋人ができる可能性が高い、と思った。けれど、その合コンでは雰囲気に負けて逃げ出してしまった。だから私は今もフリー。
「いねぇのか」
「い、いないけど……は! もしかして誰か紹介してくれるの!」
「は?」
外国人の恋人なら異文化コミュニケーションもあるし言葉も学べるしいいのではと喰いついたら低い声を返された。どうやら違ったみたい。そもそもそんな不純な理由で恋人を求めるのも失礼だ。
「なんでもないです……あ、凛くんは恋人いるの?」
「いたら下種な記事が出るかよ」
「あ、あ~、ごめん」
「ふん」
再び不機嫌スイッチを押してしまった。凛くんはついロンドンに来る前のフランスで熱愛のゴシップ記事が出ていた。けれど、それは誤報で相手の女性はただのファンでお酒が入ってテンションが上がって凛くんに抱き着いてしまったらしい。そこをパシャリとパパラッチに写真を撮られてしまった。ちなみに、その女性には恋人がいてその恋人も傍にいて凛くんの移籍に泣いていたらしい。
「とりあえずいねぇんだな」
「いないよ」
「わかった」
頷くと凛くんはさっさと出ていってしまった。なんだったのか分からず私は準備を済ませてまたベッドの住人になった。
次の日には調子を戻してその後、一人でロンドン市内を回ったりした。凛くんとは空いた時間に食事をしたりしてロンドンでの時間を過ごした。
帰国前。ホテルでチェックイン前に最後に確認していると凛くんが来た。
「凛くん、まだ時間まで少し時間があるよ」
空港まで送ってくれると言った凛くん。いいとは行ったけど頑なに送ると言われて甘えさせてもらうことにした。けれど、その時間までまだ時間がある。何かあったのかと思って不安げに見上げていると――。
「ん」
まるで某アニメのぶっきらぼうな少年のように小さなショッパーを突き出してきた。反射的にそれを受け取ってしまった。我に返ってそのショッパーを見る。
「え、まって、え、これって」
ショッパーは爽やかなブルーで、よく見ればブランド名が書いてある。そのブランド名に目を見開き恐る恐る顔を上げて「凛くん」と平然としている彼を呼ぶ。
「これ、なに」
「やる」
「いや、やるって、え、なんで?」
このブランドは女性の憧れのブランド。小さい頃に父が母にここのアクセサリーをプレゼントしていたのを見たことがある。あと私も、お姉ちゃんも、同じブランドの小物を大学入学祝いに両親からプレゼントされた。
――そっか。小物。小物のよ。
別にこのブランドはアクセサリーだけではない。小物もたくさん出している。出しているけれど――貰う理由は分からない。まったくもって。
――はっ! 誕生日、誕生日じゃない!
違う。誕生日はまだ早い。そもそもここ数年メッセージだけで贈り物なんてなかった。そうするといきなり物を贈って来るのは気まぐれか何かだろうか。
――いや! 深く考えちゃダメ!
引きつりそうになる唇の端を必死に笑みを浮かべる。
「あ、ありがとう。大切に使うね」
「まぁ、普段使いできるようシンプルなダイヤにしたから」
「だいや……」
聞き間違いか。聞き間違いだろうか。今凛くんはさらっと「ダイヤ」って言った。いや、ダイヤのついている小物かもしれない。そしたらシンプルで普段使いできるじゃない。
「ダイヤがついているペンとかあるんだね」
「は? ペン?」
怪訝に眉を上げる凛くんに私は血の気がサァと引いてショッパーを突き出した。
「あく、アクセサリーなら貰えないよ」
「どうして?」
「ど、どうしてって……」
むしろどうして受け取ると思っているの。目を見開いて凛くんを凝視していると小首を傾げられた。いや、大人っていってもいい年齢の男の人がする仕草じゃない。でも幼馴染の欲目で可愛く映る。
とりあえず、私は凛くんに受け取ってもらえるようにぐいぐいと出す。でも、彼は全然受け取る気配がなくて泣きそうになる。
「り、凛くん、男の人が女の人にアクセサリーを挙げるのはすごく意味のある行動なのよ」
「知ってけど」
「し、知ってるのになんで私に!」
言葉が少なすぎる凛くんに私は本気に泣きたくなる。いやがらせとは思えないし。凛くんたまにほんとに不思議ちゃんになるのどうにかして。
うー、うー、と呻きながら一つの答えに辿り着く。
「あ、幼馴染のお礼でもこれはやりすぎだよ」
「そうじゃねぇ……はぁ」
思いつきは秒で否定された。そして、私の手にあったショッパーを奪った。もしかして回収してくれるのかと思ったらショッパーから四角い箱を取り出した。
長い指で白いリボンを解いて、それからブルーの箱から黒いベルベットの箱を取り出すとブルーの箱を乱雑にショッパーに入れた。
なんて雑な、と見ていると凛くんの綺麗な手がベルベットの蓋を開けた。そして、私に向けた。それはまるで男性がプロポーズしているようだった。
「わぁ、きれい……」
凛くんに見惚れたのもつかの間、視界にダイヤが美しく輝く指輪が飛び込んだ。
指輪はブラダルジュエリーとして人気なのがよく分かる美しさだった。誰もが見惚れる美しさがその小さな指輪から伝わって来る。
「麗」
「っ!」
美しい指輪に見惚れていて気付かなかった。凛くんが思いの他近くまで来ていた。そして、中学生の頃から滅多に呼ばれなくなった名前を呼ばれて動揺してしまった。
「な、なに、い、言っておくけど、綺麗な指輪だけどもらえないからね! というか指輪ならなおさら貰えないから!」
「チッ」
「舌打ちしない! もう! チェックアウトに行くから!」
どうにか距離を取るためにチェックアウトのことを言うとまた舌打ちされた。そんなに舌打ちしないの、と注意しようとしたら左手首を掴まれた。片手で箱を持ってなんて器用な。
「り、凛くん」
「着けろ」
「やだ! 着ける理由ないよ!」
手のひらをぎゅっと握って填められないようにする。凛くんの纏う雰囲気が重くなる。私も負けないと睨みつける。
「ほんとに理由がないから貰えないもの」
心のそこからそう伝えると凛くんはむっつりと黙り込んでしまった。私は畳みかけるチャンスと思いさっきの言葉通り指輪を贈る大切さを説く。
「凛くん。女性に指輪を贈るときはとても大切なときだからね。間違えちゃダメだよ」
「だから渡してんだろ」
「は、」
「だから渡してんだろ」の言葉が頭の中で反芻される。それはどういう意味か上手く呑み込めなかった。
じっと真意をくみ取ろうと凛くんを見つめるが、その双眸から何も分からなかった。
私は困惑に眉を下ろすけれど見つめる先の表情は何も変わらない。
――本当に言葉が足りない。
ふっと、握っている手のひらの力が緩む。
凛くんは私の気の緩みを見逃さずササッと手首から移動して手のひらを掴む。あっという間に私の左手の薬指にあの美しい指輪が填められてしまった。
「ぴったりなんだけど……」
どうして私の指のサイズを知っているのか。指輪と凛くんを交互に見る。凛くんは目が合うけれど何も答えてくれないなんて酷い男の人に成長したのだろう。
再び美しい指輪を見下ろす。私の指に不釣り合いの輝きを放つ指輪。どうしてそこに貴方はいるのかしら。なんて指輪が答えてくれるわけがない。
「凛くん虫除けにしたいならペアリングじゃないと意味がないよ」
「ぁ? ンなんじゃねぇよ」
ヤンキー顔負けの声にため息をついて凛くんの大きな手からするりと引き抜こうとする。けれど、凛くんはそれを拒むように掴んできた。
――大きい手だなぁ。
しかも指が長くてとても綺麗。サッカー選手じゃなかったら手モデルもできそうなくらい。なんて場違いなことを思いながらまたため息を洩らして凛くんを見る。
不機嫌そうに顔を顰めた顔をじっと見てから口を開きかけて閉じる。
――虫除けじゃないっていうならなんなのよ。
恨みがましく睨みつけると凛くんは眉を顰めて口を真っすぐ引き結んだ。どうしてそこで口を閉じるの、と思いながらため息がまた洩れる。
言葉にしなくても分かるって幼馴染でもそんなこと無理。「できるよ」って言う人はいるかもしれないけれど今の私は本当にできない。お手上げ。
「凛くんはこの指輪を私に贈ってどうしたいの? 私にどうしてほしいの?」
だから彼の代わりに私が言葉を積み重ねる。答えてくれるかなと口をキュッと閉じてしまった凛くんを見つめる。凛くんは難しい顔をしてキュッと閉じていた唇を少しだけ緩めた。
「……別にどうにかなりてぇわけじゃねぇ」
本当にもうお手上げだ。これなら「好き」と告白された方が楽だ。だって、そうしたら全然そんな雰囲気なかったって問い詰められるから。そしたら私だって、私だって――。
――素直に言えるって?
奥底に仕舞い込んだ感情が今更浅ましく顔を出して自己嫌悪してしまう。けど、ずっとずっと誤魔化して来た。もう限界だ。
「凛くん、ひとつだけ言っておくね」
「ん」
「私は貴方のこと好きだから」
「男の人として」そう付け足せば切れ長の目が見る見る開いていく。驚愕ってこういう表情なのかな。普段しかめっ面ばっかりの凛くんの純粋な驚いた表情って久しぶりというかほとんど初めてかな。
まじまじと見ていると凛くんの視線が左右に動いて泳ぎ出す。
動揺しているのかなと思いながらも私の思考回路は意外にすっきりとしている。
「だからね。こんな綺麗な指輪もらったら誤解しちゃうよ。貴方の恋人って勘違いしちゃうの」
「イヤでしょ」と尋ねる。それはまるで小さい子に言い聞かせるみたいで少し笑ってしまった。でも、実際そんな恋人だと思っていない人から恋人なんて思われたくないだろう。
「だから、この指輪はかえ――」
「いい」
パッと下げていた視線を上げる。動揺していた凛くんはもうそこにはいなかった。
凛くんは不機嫌でもなく、しかめっ面でもなく、ただ真剣だった。真剣な眼差しで私を見つめていた。心臓が痛くなりそうなくらい。
「恋人って言っても」
息が詰まりそうになる。なんでそんなことあっさりと言うの。私は唇を噛んで頭を左右に振る。もう言葉にすることが出なかった。だから精一杯ダメだと行動で示す。精一杯そう私は行動で示しているというのに凛くんは――。
「お前なら、麗ならいい」
「ッ」
キュッと手が握られる。さっきみたいに逃がさないというわけではない。優しいものだった。私はだから、その優しさに甘えることにした。
「凛くんがそこまで言うなら……よろしくお願いします」
震えそうな声で言うと凛くんが柔らかい声で「ん」と答えてくれた。そのときの凛くんは満足げで少しだけ小さい頃の凛くんに見えて可愛かった。その可愛さはもうしばらく私だけのものなのだと思うと嬉しさが込み上げてきた。
このときの私はこの嬉しさだけでもいい思い出になるなんて思っていた。けれど大学を卒業すると同時されたプロポーズで永遠にその資格を得るなんてこのときの私にはこれっぽっちも想像できなかった。
2024.02.15 文章改定
凛くんがブルーロックプロジェクトに参加したのが高校1年の秋の終わり頃。冬が始まった頃だった。あれから4年が経ち20歳になる年になった。
夏休み。大学2年生の私は今イギリス、ロンドンにいる。
初めての海外一人旅行――とは言い切れない。
私は迎えに来てくれている人を探すために右を見て、左を見る。周りはほとんど外国人だらけで日本人はチラホラ見えるけれど探し人ではない。
「おい」
どこにいるんだろうと見回していると後ろから低い声がかけられた。
びくっと肩を跳ねさせてゆっくりと振り返り、随分高いところにある顔を見上げる。見上げた先にはサングラスにキャップをかぶった男の人がいた。
「え、えっと、凛くん?」
「じゃなきゃ誰に見えんだ」
その目は飾り物かと言われそうな勢いに「ごめんね」と謝ると「別に」と返されてしまった。機嫌を損ねたかなと思うけれどそれほどでもなかったらしい。
「時差ボケあんだろ。ホテル行くか」
「うん……あ、」
「お前が持ってたら盗まれそうだからな」
凛くんはぶっきらぼうに言いながら私からキャリーをさらっと取ってしまった。私は凛くんの分かり辛い優しさに「ありがと」と返しながら横を歩く。
さらに身長を伸ばした凛くんの足はさらに長くなった気がする。それでも意外に距離が離れることはなかった。私に合わせるような速度にくすぐったい気持ちになる。
高校のあの日に凛くんとは疎遠になるだろうなと思った。でも、意外になく大学生になった今もこうして縁が続いている。
ちなみに凛くんは年齢制限のためブルーロックプロジェクトが終わった後も18歳になるまでは日本にいた。そして18歳になった9月にすぐにフランスへ飛んでP・X・Gへと所属した。それから2年になる今シーズンからはプレミアム・リーグのチームに移籍することになった。
その貴重なオフシーズンに凛くんは私に時間を割いて空港に来てくれた。
「9月から留学するって母さんから聞いたけど」
「そうなの。その下見で夏休みに両親が観光がてら行ってみたらって」
軽く言ってくれたけれど普通はそんなことでいない。両親のありがたい援助のもと私はこの機会を無駄にしないように活動しようと思っている。
「凛くんも貴重なオフに迎えに来てもらってありがとう」
「別に」
ぶっきらぼうな返事は変わらずそれでも嫌そうな声音でないのが分かる。
胸を撫でおろしながら昼の終わり。夕方に入りかけたロンドンの薄暗い空を見た。
凛くんにロンドンを案内してもらうことになった。
だけど時差ボケの影響で調子が中々上がらない。貴重な時間が無駄にさせたくなくて頑張ろうとしたげど凛くんからストップがかかり結局午後はホテルに戻ることになった。
しかも、凛くんに介助してもらいながらホテルの部屋まで戻ることになった。
「凛くん、ごめんね」
「気にするな」
ベッドのふちに座って凛くんに謝る。凛くんはさして気にした様子なく首を横に振った。それよりも早く寝ろと言われてしまった。
その優しさに甘えて寝る準備をしようと立ったときだった。「そういえば」と凛くんが珍しく自分から話し出した。
「なに?」
「お前って恋人いんの?」
「え゛」
今の今まで凛くんにそんなこと聞かれたことがなかった。まさかの質問に凛くんを凝視すると眉間に皺が刻まれた。不愉快ともとれる反応に「ごめん」とすぐに謝る。
「凛くんからそんな質問されると思わなかったから」
「……で、いんのかよ」
「い、いないけど」
見栄を張ってもあれだから素直にいないと答えた。
大学2年生になっても恋人はできたことはない。高校生の頃に告白されたけれど好きでもない人と付き合う気になれずお断りしてしまった。そこは少し頑張ればよかったと今になって思う。
あっという間に20歳になってしまったのに流石に危機感を覚えた。このまま誰ともお付きいできなくなってしまうのではないか、と。
そんな不安をお姉ちゃんに相談したら「合コンとか言ってみたら?」と言われてしまった。さすが、すでに恋人もち。
でも一番恋人ができる可能性が高い、と思った。けれど、その合コンでは雰囲気に負けて逃げ出してしまった。だから私は今もフリー。
「いねぇのか」
「い、いないけど……は! もしかして誰か紹介してくれるの!」
「は?」
外国人の恋人なら異文化コミュニケーションもあるし言葉も学べるしいいのではと喰いついたら低い声を返された。どうやら違ったみたい。そもそもそんな不純な理由で恋人を求めるのも失礼だ。
「なんでもないです……あ、凛くんは恋人いるの?」
「いたら下種な記事が出るかよ」
「あ、あ~、ごめん」
「ふん」
再び不機嫌スイッチを押してしまった。凛くんはついロンドンに来る前のフランスで熱愛のゴシップ記事が出ていた。けれど、それは誤報で相手の女性はただのファンでお酒が入ってテンションが上がって凛くんに抱き着いてしまったらしい。そこをパシャリとパパラッチに写真を撮られてしまった。ちなみに、その女性には恋人がいてその恋人も傍にいて凛くんの移籍に泣いていたらしい。
「とりあえずいねぇんだな」
「いないよ」
「わかった」
頷くと凛くんはさっさと出ていってしまった。なんだったのか分からず私は準備を済ませてまたベッドの住人になった。
次の日には調子を戻してその後、一人でロンドン市内を回ったりした。凛くんとは空いた時間に食事をしたりしてロンドンでの時間を過ごした。
帰国前。ホテルでチェックイン前に最後に確認していると凛くんが来た。
「凛くん、まだ時間まで少し時間があるよ」
空港まで送ってくれると言った凛くん。いいとは行ったけど頑なに送ると言われて甘えさせてもらうことにした。けれど、その時間までまだ時間がある。何かあったのかと思って不安げに見上げていると――。
「ん」
まるで某アニメのぶっきらぼうな少年のように小さなショッパーを突き出してきた。反射的にそれを受け取ってしまった。我に返ってそのショッパーを見る。
「え、まって、え、これって」
ショッパーは爽やかなブルーで、よく見ればブランド名が書いてある。そのブランド名に目を見開き恐る恐る顔を上げて「凛くん」と平然としている彼を呼ぶ。
「これ、なに」
「やる」
「いや、やるって、え、なんで?」
このブランドは女性の憧れのブランド。小さい頃に父が母にここのアクセサリーをプレゼントしていたのを見たことがある。あと私も、お姉ちゃんも、同じブランドの小物を大学入学祝いに両親からプレゼントされた。
――そっか。小物。小物のよ。
別にこのブランドはアクセサリーだけではない。小物もたくさん出している。出しているけれど――貰う理由は分からない。まったくもって。
――はっ! 誕生日、誕生日じゃない!
違う。誕生日はまだ早い。そもそもここ数年メッセージだけで贈り物なんてなかった。そうするといきなり物を贈って来るのは気まぐれか何かだろうか。
――いや! 深く考えちゃダメ!
引きつりそうになる唇の端を必死に笑みを浮かべる。
「あ、ありがとう。大切に使うね」
「まぁ、普段使いできるようシンプルなダイヤにしたから」
「だいや……」
聞き間違いか。聞き間違いだろうか。今凛くんはさらっと「ダイヤ」って言った。いや、ダイヤのついている小物かもしれない。そしたらシンプルで普段使いできるじゃない。
「ダイヤがついているペンとかあるんだね」
「は? ペン?」
怪訝に眉を上げる凛くんに私は血の気がサァと引いてショッパーを突き出した。
「あく、アクセサリーなら貰えないよ」
「どうして?」
「ど、どうしてって……」
むしろどうして受け取ると思っているの。目を見開いて凛くんを凝視していると小首を傾げられた。いや、大人っていってもいい年齢の男の人がする仕草じゃない。でも幼馴染の欲目で可愛く映る。
とりあえず、私は凛くんに受け取ってもらえるようにぐいぐいと出す。でも、彼は全然受け取る気配がなくて泣きそうになる。
「り、凛くん、男の人が女の人にアクセサリーを挙げるのはすごく意味のある行動なのよ」
「知ってけど」
「し、知ってるのになんで私に!」
言葉が少なすぎる凛くんに私は本気に泣きたくなる。いやがらせとは思えないし。凛くんたまにほんとに不思議ちゃんになるのどうにかして。
うー、うー、と呻きながら一つの答えに辿り着く。
「あ、幼馴染のお礼でもこれはやりすぎだよ」
「そうじゃねぇ……はぁ」
思いつきは秒で否定された。そして、私の手にあったショッパーを奪った。もしかして回収してくれるのかと思ったらショッパーから四角い箱を取り出した。
長い指で白いリボンを解いて、それからブルーの箱から黒いベルベットの箱を取り出すとブルーの箱を乱雑にショッパーに入れた。
なんて雑な、と見ていると凛くんの綺麗な手がベルベットの蓋を開けた。そして、私に向けた。それはまるで男性がプロポーズしているようだった。
「わぁ、きれい……」
凛くんに見惚れたのもつかの間、視界にダイヤが美しく輝く指輪が飛び込んだ。
指輪はブラダルジュエリーとして人気なのがよく分かる美しさだった。誰もが見惚れる美しさがその小さな指輪から伝わって来る。
「麗」
「っ!」
美しい指輪に見惚れていて気付かなかった。凛くんが思いの他近くまで来ていた。そして、中学生の頃から滅多に呼ばれなくなった名前を呼ばれて動揺してしまった。
「な、なに、い、言っておくけど、綺麗な指輪だけどもらえないからね! というか指輪ならなおさら貰えないから!」
「チッ」
「舌打ちしない! もう! チェックアウトに行くから!」
どうにか距離を取るためにチェックアウトのことを言うとまた舌打ちされた。そんなに舌打ちしないの、と注意しようとしたら左手首を掴まれた。片手で箱を持ってなんて器用な。
「り、凛くん」
「着けろ」
「やだ! 着ける理由ないよ!」
手のひらをぎゅっと握って填められないようにする。凛くんの纏う雰囲気が重くなる。私も負けないと睨みつける。
「ほんとに理由がないから貰えないもの」
心のそこからそう伝えると凛くんはむっつりと黙り込んでしまった。私は畳みかけるチャンスと思いさっきの言葉通り指輪を贈る大切さを説く。
「凛くん。女性に指輪を贈るときはとても大切なときだからね。間違えちゃダメだよ」
「だから渡してんだろ」
「は、」
「だから渡してんだろ」の言葉が頭の中で反芻される。それはどういう意味か上手く呑み込めなかった。
じっと真意をくみ取ろうと凛くんを見つめるが、その双眸から何も分からなかった。
私は困惑に眉を下ろすけれど見つめる先の表情は何も変わらない。
――本当に言葉が足りない。
ふっと、握っている手のひらの力が緩む。
凛くんは私の気の緩みを見逃さずササッと手首から移動して手のひらを掴む。あっという間に私の左手の薬指にあの美しい指輪が填められてしまった。
「ぴったりなんだけど……」
どうして私の指のサイズを知っているのか。指輪と凛くんを交互に見る。凛くんは目が合うけれど何も答えてくれないなんて酷い男の人に成長したのだろう。
再び美しい指輪を見下ろす。私の指に不釣り合いの輝きを放つ指輪。どうしてそこに貴方はいるのかしら。なんて指輪が答えてくれるわけがない。
「凛くん虫除けにしたいならペアリングじゃないと意味がないよ」
「ぁ? ンなんじゃねぇよ」
ヤンキー顔負けの声にため息をついて凛くんの大きな手からするりと引き抜こうとする。けれど、凛くんはそれを拒むように掴んできた。
――大きい手だなぁ。
しかも指が長くてとても綺麗。サッカー選手じゃなかったら手モデルもできそうなくらい。なんて場違いなことを思いながらまたため息を洩らして凛くんを見る。
不機嫌そうに顔を顰めた顔をじっと見てから口を開きかけて閉じる。
――虫除けじゃないっていうならなんなのよ。
恨みがましく睨みつけると凛くんは眉を顰めて口を真っすぐ引き結んだ。どうしてそこで口を閉じるの、と思いながらため息がまた洩れる。
言葉にしなくても分かるって幼馴染でもそんなこと無理。「できるよ」って言う人はいるかもしれないけれど今の私は本当にできない。お手上げ。
「凛くんはこの指輪を私に贈ってどうしたいの? 私にどうしてほしいの?」
だから彼の代わりに私が言葉を積み重ねる。答えてくれるかなと口をキュッと閉じてしまった凛くんを見つめる。凛くんは難しい顔をしてキュッと閉じていた唇を少しだけ緩めた。
「……別にどうにかなりてぇわけじゃねぇ」
本当にもうお手上げだ。これなら「好き」と告白された方が楽だ。だって、そうしたら全然そんな雰囲気なかったって問い詰められるから。そしたら私だって、私だって――。
――素直に言えるって?
奥底に仕舞い込んだ感情が今更浅ましく顔を出して自己嫌悪してしまう。けど、ずっとずっと誤魔化して来た。もう限界だ。
「凛くん、ひとつだけ言っておくね」
「ん」
「私は貴方のこと好きだから」
「男の人として」そう付け足せば切れ長の目が見る見る開いていく。驚愕ってこういう表情なのかな。普段しかめっ面ばっかりの凛くんの純粋な驚いた表情って久しぶりというかほとんど初めてかな。
まじまじと見ていると凛くんの視線が左右に動いて泳ぎ出す。
動揺しているのかなと思いながらも私の思考回路は意外にすっきりとしている。
「だからね。こんな綺麗な指輪もらったら誤解しちゃうよ。貴方の恋人って勘違いしちゃうの」
「イヤでしょ」と尋ねる。それはまるで小さい子に言い聞かせるみたいで少し笑ってしまった。でも、実際そんな恋人だと思っていない人から恋人なんて思われたくないだろう。
「だから、この指輪はかえ――」
「いい」
パッと下げていた視線を上げる。動揺していた凛くんはもうそこにはいなかった。
凛くんは不機嫌でもなく、しかめっ面でもなく、ただ真剣だった。真剣な眼差しで私を見つめていた。心臓が痛くなりそうなくらい。
「恋人って言っても」
息が詰まりそうになる。なんでそんなことあっさりと言うの。私は唇を噛んで頭を左右に振る。もう言葉にすることが出なかった。だから精一杯ダメだと行動で示す。精一杯そう私は行動で示しているというのに凛くんは――。
「お前なら、麗ならいい」
「ッ」
キュッと手が握られる。さっきみたいに逃がさないというわけではない。優しいものだった。私はだから、その優しさに甘えることにした。
「凛くんがそこまで言うなら……よろしくお願いします」
震えそうな声で言うと凛くんが柔らかい声で「ん」と答えてくれた。そのときの凛くんは満足げで少しだけ小さい頃の凛くんに見えて可愛かった。その可愛さはもうしばらく私だけのものなのだと思うと嬉しさが込み上げてきた。
このときの私はこの嬉しさだけでもいい思い出になるなんて思っていた。けれど大学を卒業すると同時されたプロポーズで永遠にその資格を得るなんてこのときの私にはこれっぽっちも想像できなかった。
2024.02.15 文章改定
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