おだやかな光になりたい
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おだやかな光になりたい・4
寒い冬が終わって、暖かな春を迎えて凛くんと私は高校生になった。内部進学とはいえ凛くんはギリギリな成績だった。あの手のこの手とはよく言ったもので補習に追試にさらに外部での活動が認められてそれで何とか高校生になれた。
高校生になってすぐに夏が来て秋がやって来た頃。冬の寒さがやって来た頃。凛くんは
日本フットボール連合から強化選手として招集をかけられた。それからずっと家に帰ることなくサッカー漬けの毎日を送っていたらしい。
そして、今日凛くんはブルーロック代表として、冴くんはU-20日本代表としてサッカーで対戦している。ずっと同じチームにいた二人が別々のチームでサッカーしていることはとても新鮮だった。
最初こそ冴くんのコールばっかりだったけれどブルーロックの新しいサッカーに観客たちは瞬く間に引き込まれていた。そんな中、私はピッチ上でぶつかり合う二人に釘付けだった。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、二人がサッカーしてる」
一緒に試合を観に来た姉に声をかける。サッカーに興味がない姉だけれど意外に二人が出ている試合はしっかり見ている。私よりサッカーは分からないというけれどそれでも自分なりに楽しんでみているタイプの人間だと思う。
そんなお姉ちゃんは私の興奮気味の声に「そうね」と冷静さを失わない声で答える。でも、私に見せた笑みは少し楽しそうに見えた。
「ほら。しっかり見てあげないと」
「うん」
お姉ちゃんの細い指を辿って再びフィールドに向けた。そして、必死にボールを追いかける凛くんを見つめ続けた。
そして、試合は佳境を迎え、同点のアディショナルタイム1分、ボールは冴くん。U-20チームのビックチャンスというところで冴くんと凛くんと1対1。試合最後の兄弟対決に私は息をするのを忘れて見つめているときだった。
「あッ!」
思わず大きな声が出た。冴くんの足元からボールが消えた。凛くんが出した足でボールが弾かれた。凛くんがほんの一瞬だけ冴くんに勝った瞬間だった。
凛くんの弾いたボールはゴール前に待機していた11番の選手が見事ゴールさせた。
観客の声がスタジアムを揺らす。
「終わっちゃった」
「そうだね」
周りの熱気とは異なり余韻が残る声で呟きに姉が返してくれた。「うん」と答える前に座り込む凛くんに冴くんが声をかけたのが目に入る。
「おお。見て、冴から話しかけているわよ」
「ほんとだ……大丈夫かなぁ」
関心するようなお姉ちゃんとは違って私は心配が先に出てきてしまった。
ドキドキしながら二人の成り行きを見つめていると――。
「あぁ、」
冴くんの見つめる先は今日のヒーローだった。私は落胆を込めた声をつい出してしまった。これで凛くんはしばらく冴くんのこと「クソ兄貴」って言い続けるだろうな。さすがにそれだけはどうにかしてほしいし、私にまで求めないでほしい。
「ふぅ。まだまだあの二人の溝は深そうね」
「うん。でも、それがいいのかな」
「んー。そうかも」
お姉ちゃんの淡々とした言葉に苦笑いしながら同意した。それでもやっぱりあれほど仲がよかった兄弟がずっとギスギスし続けるのは幼馴染の私からしたら寂しい。でも、それは私の勝手な願い。それでも。
「でも、いつか仲直りしてほしいな」
「あの二人が? できるかしら?」
凛くんたちが相当拗れているのは分かっている。だけで、今日みたくまたサッカーをしたら昔みたいにはならずともきっと――。
「サッカーがあれば」
平気だと思う。それはお姉ちゃんも同じなのか「そうね」と言ってまたピッチへと視線を向けた。私も倣うように見て座り込んでいた凛くんを見つめた。
――きっとブチ切れているんだろうな。
怒髪天とでもいうのか。心配ではあるけれど私はあんな苦しそうにサッカーをする凛くんよりいいと思っている。
――もっと凛くんらしいサッカーができるといいな。
誰にも縛られないそれこそ冴くんに縛られることないサッカーをしてほしい。そして、いつか世界で活躍する姿を私は見てみたい。
――きっとその頃には疎遠になって凛くんの記憶からいなくなるだろうけれど。
それでもいいと思うほどに私は凛くんがサッカーする姿が好き。好きだと思った。その気持ちを伝えるつもりは永遠にないけれど、いい。彼の人生に私という存在はこれから何もないのだから。
――そもそも中学生になってからほとんど名前も呼ばれてないし。
幼馴染という関係の節目なのかもしれない。悲しいけれど、寂しいけれど、それで凛くんには支障がないから全然かまわない。
もうひとつ別の感情を箱にしまい込んで私は一人納得してようやく立ち上がった凛くんが戻っていく姿を見送った。
凛くんが2週間の休暇をもらったとお母さんから聞いた。学校には行かないらしいけれど手続きかなんかで行くとかなんとか言っていた。
あの試合で凛くんはさらに有名人になったから学校に行くなら放課後だろう。あと、おばさんと行くと思うし私には関係ないかな。
年度末の近く。3年生も来ることがなく学校は人気があまりない。読みたい本が入荷したのを新着図書案内で見て図書館に寄り足早に寒い校舎を出たときだった。
「ぁ、凛くん」
昇降口を出ると制服姿の凛くんがいた。もこもこに着込んだ私と打って変わって相変わらずマフラーだけの凛くん。そんな薄着で大丈夫かと思うけれど昔からそうだった。そう。あの雪が降った日も。
「おい」
「ぇ、あ、えっと、どうしたの?」
怪訝に眉を顰める凛くんに私は咄嗟にへんてこな問いかけをしてしまった。けれど、凛くんは別段気にしなかったのか「手続き」と簡単に答えてくれた。
「そっか、またしばらく学校休むの?」
「ん」
こくりと頷く凛くんはこの間の以前のような険しさが少し薄れた気がする。いや、実際は凛くんあの試合を経たどう考えているのかは分からないけれど。トゲトゲしさは少しだけやわらいだ気がる。
やわらいだ、で我に返って周りを見回す。
「なんだよ」
「いや、だって、凛くんさ、あの試合ですごく有名になったでしょ。だから、皆に囲まれないかと」
「ああ。なんか声はかけられたな」
だから、と言いたげなクールな返し。その辺りは変わっていないと見える。それはそうか。昔から周りのそういう反応は気にしていなかった。
凛くんの変わらないところに安心しながら歩き出す。すると、凛くんも同じように歩き出す。
「あれ? おばさん待っていたんじゃないの?」
「母さんならもう帰った」
「え。じゃ、どうしたの?」
首を傾げると凛くんが難しい顔をする。こういうときは何か私に言い難いことを言われたんだろうな。もしかしたら送り届けろとか言われたのかもしれない。
「もしかしておばさんに送りなさいとか言われたの?」
さらに口角を下げる凛くんにどうやら当たったらしい。別に無視してくれていいのに。いや、その前に。
「よく私がまだ学校にいるのわかったね」
「……ちょうど、図書館行くとこ見えたからな」
「そうだったんだ」
それはタイミングが悪かったな。凛くんに悪いことしたなと思いながら歩く。
ちょうど部活中だったことで生徒に会うことなく学校の外に出ることができた。帰り道も数人の大人が通り過ぎたけれど誰も凛くんに気づくことはなかった。
「結構気づかないんだね」
「この国だったらサッカー選手の知名度なんてこんなもんだろ」
冴くんと同じくらい日本のサッカーに興味がなさそうだ。だから、あのブルーロックの育成プロジェクトは今の日本のサッカーを変えるきっかになるんじゃないかと思う。
「凛くん……」
名前を呼ぶと歩きながらも私を見てくれる。「ん?」と聞き返す声に続ける言葉を飲み込んでしまった。
――きっと苦しいとか、楽しいとか、じゃないんだろうな。
サッカーが楽しいか、苦しいか。なんて無駄なことを聞きそうになってしまった。
つまらないこと聞くなとか言われる前に飲み込んでよかった。
「なんだよ」
「ううん。なんでもない。ごめんね」
「いや……別に、」
視線を泳がせた凛くんがまた前を向いた。その綺麗な横顔はやっぱり前よりもちょっと清々しくて大人びた気がする。
――これで見納めかな。
なんて思いながら私は意外にゆっくりとした足取りで凛くんと一緒に帰った。
寒い冬が終わって、暖かな春を迎えて凛くんと私は高校生になった。内部進学とはいえ凛くんはギリギリな成績だった。あの手のこの手とはよく言ったもので補習に追試にさらに外部での活動が認められてそれで何とか高校生になれた。
高校生になってすぐに夏が来て秋がやって来た頃。冬の寒さがやって来た頃。凛くんは
日本フットボール連合から強化選手として招集をかけられた。それからずっと家に帰ることなくサッカー漬けの毎日を送っていたらしい。
そして、今日凛くんはブルーロック代表として、冴くんはU-20日本代表としてサッカーで対戦している。ずっと同じチームにいた二人が別々のチームでサッカーしていることはとても新鮮だった。
最初こそ冴くんのコールばっかりだったけれどブルーロックの新しいサッカーに観客たちは瞬く間に引き込まれていた。そんな中、私はピッチ上でぶつかり合う二人に釘付けだった。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、二人がサッカーしてる」
一緒に試合を観に来た姉に声をかける。サッカーに興味がない姉だけれど意外に二人が出ている試合はしっかり見ている。私よりサッカーは分からないというけれどそれでも自分なりに楽しんでみているタイプの人間だと思う。
そんなお姉ちゃんは私の興奮気味の声に「そうね」と冷静さを失わない声で答える。でも、私に見せた笑みは少し楽しそうに見えた。
「ほら。しっかり見てあげないと」
「うん」
お姉ちゃんの細い指を辿って再びフィールドに向けた。そして、必死にボールを追いかける凛くんを見つめ続けた。
そして、試合は佳境を迎え、同点のアディショナルタイム1分、ボールは冴くん。U-20チームのビックチャンスというところで冴くんと凛くんと1対1。試合最後の兄弟対決に私は息をするのを忘れて見つめているときだった。
「あッ!」
思わず大きな声が出た。冴くんの足元からボールが消えた。凛くんが出した足でボールが弾かれた。凛くんがほんの一瞬だけ冴くんに勝った瞬間だった。
凛くんの弾いたボールはゴール前に待機していた11番の選手が見事ゴールさせた。
観客の声がスタジアムを揺らす。
「終わっちゃった」
「そうだね」
周りの熱気とは異なり余韻が残る声で呟きに姉が返してくれた。「うん」と答える前に座り込む凛くんに冴くんが声をかけたのが目に入る。
「おお。見て、冴から話しかけているわよ」
「ほんとだ……大丈夫かなぁ」
関心するようなお姉ちゃんとは違って私は心配が先に出てきてしまった。
ドキドキしながら二人の成り行きを見つめていると――。
「あぁ、」
冴くんの見つめる先は今日のヒーローだった。私は落胆を込めた声をつい出してしまった。これで凛くんはしばらく冴くんのこと「クソ兄貴」って言い続けるだろうな。さすがにそれだけはどうにかしてほしいし、私にまで求めないでほしい。
「ふぅ。まだまだあの二人の溝は深そうね」
「うん。でも、それがいいのかな」
「んー。そうかも」
お姉ちゃんの淡々とした言葉に苦笑いしながら同意した。それでもやっぱりあれほど仲がよかった兄弟がずっとギスギスし続けるのは幼馴染の私からしたら寂しい。でも、それは私の勝手な願い。それでも。
「でも、いつか仲直りしてほしいな」
「あの二人が? できるかしら?」
凛くんたちが相当拗れているのは分かっている。だけで、今日みたくまたサッカーをしたら昔みたいにはならずともきっと――。
「サッカーがあれば」
平気だと思う。それはお姉ちゃんも同じなのか「そうね」と言ってまたピッチへと視線を向けた。私も倣うように見て座り込んでいた凛くんを見つめた。
――きっとブチ切れているんだろうな。
怒髪天とでもいうのか。心配ではあるけれど私はあんな苦しそうにサッカーをする凛くんよりいいと思っている。
――もっと凛くんらしいサッカーができるといいな。
誰にも縛られないそれこそ冴くんに縛られることないサッカーをしてほしい。そして、いつか世界で活躍する姿を私は見てみたい。
――きっとその頃には疎遠になって凛くんの記憶からいなくなるだろうけれど。
それでもいいと思うほどに私は凛くんがサッカーする姿が好き。好きだと思った。その気持ちを伝えるつもりは永遠にないけれど、いい。彼の人生に私という存在はこれから何もないのだから。
――そもそも中学生になってからほとんど名前も呼ばれてないし。
幼馴染という関係の節目なのかもしれない。悲しいけれど、寂しいけれど、それで凛くんには支障がないから全然かまわない。
もうひとつ別の感情を箱にしまい込んで私は一人納得してようやく立ち上がった凛くんが戻っていく姿を見送った。
凛くんが2週間の休暇をもらったとお母さんから聞いた。学校には行かないらしいけれど手続きかなんかで行くとかなんとか言っていた。
あの試合で凛くんはさらに有名人になったから学校に行くなら放課後だろう。あと、おばさんと行くと思うし私には関係ないかな。
年度末の近く。3年生も来ることがなく学校は人気があまりない。読みたい本が入荷したのを新着図書案内で見て図書館に寄り足早に寒い校舎を出たときだった。
「ぁ、凛くん」
昇降口を出ると制服姿の凛くんがいた。もこもこに着込んだ私と打って変わって相変わらずマフラーだけの凛くん。そんな薄着で大丈夫かと思うけれど昔からそうだった。そう。あの雪が降った日も。
「おい」
「ぇ、あ、えっと、どうしたの?」
怪訝に眉を顰める凛くんに私は咄嗟にへんてこな問いかけをしてしまった。けれど、凛くんは別段気にしなかったのか「手続き」と簡単に答えてくれた。
「そっか、またしばらく学校休むの?」
「ん」
こくりと頷く凛くんはこの間の以前のような険しさが少し薄れた気がする。いや、実際は凛くんあの試合を経たどう考えているのかは分からないけれど。トゲトゲしさは少しだけやわらいだ気がる。
やわらいだ、で我に返って周りを見回す。
「なんだよ」
「いや、だって、凛くんさ、あの試合ですごく有名になったでしょ。だから、皆に囲まれないかと」
「ああ。なんか声はかけられたな」
だから、と言いたげなクールな返し。その辺りは変わっていないと見える。それはそうか。昔から周りのそういう反応は気にしていなかった。
凛くんの変わらないところに安心しながら歩き出す。すると、凛くんも同じように歩き出す。
「あれ? おばさん待っていたんじゃないの?」
「母さんならもう帰った」
「え。じゃ、どうしたの?」
首を傾げると凛くんが難しい顔をする。こういうときは何か私に言い難いことを言われたんだろうな。もしかしたら送り届けろとか言われたのかもしれない。
「もしかしておばさんに送りなさいとか言われたの?」
さらに口角を下げる凛くんにどうやら当たったらしい。別に無視してくれていいのに。いや、その前に。
「よく私がまだ学校にいるのわかったね」
「……ちょうど、図書館行くとこ見えたからな」
「そうだったんだ」
それはタイミングが悪かったな。凛くんに悪いことしたなと思いながら歩く。
ちょうど部活中だったことで生徒に会うことなく学校の外に出ることができた。帰り道も数人の大人が通り過ぎたけれど誰も凛くんに気づくことはなかった。
「結構気づかないんだね」
「この国だったらサッカー選手の知名度なんてこんなもんだろ」
冴くんと同じくらい日本のサッカーに興味がなさそうだ。だから、あのブルーロックの育成プロジェクトは今の日本のサッカーを変えるきっかになるんじゃないかと思う。
「凛くん……」
名前を呼ぶと歩きながらも私を見てくれる。「ん?」と聞き返す声に続ける言葉を飲み込んでしまった。
――きっと苦しいとか、楽しいとか、じゃないんだろうな。
サッカーが楽しいか、苦しいか。なんて無駄なことを聞きそうになってしまった。
つまらないこと聞くなとか言われる前に飲み込んでよかった。
「なんだよ」
「ううん。なんでもない。ごめんね」
「いや……別に、」
視線を泳がせた凛くんがまた前を向いた。その綺麗な横顔はやっぱり前よりもちょっと清々しくて大人びた気がする。
――これで見納めかな。
なんて思いながら私は意外にゆっくりとした足取りで凛くんと一緒に帰った。