おだやかな光になりたい
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おだやかな光になりたい・3
また2年経って私と凛くんは中学3年生になった。
あれから凛くんはサッカーの大会で賞を受賞する機会がぐんと増えた。それでも海外からのオファーは来ることがなかった。
中学生最後の夏。凛くんが所属するクラブチームは日本クラブチームユース選手権の順調に勝ち進んで決勝まで上り詰めた。チームは士気を上げている様子だけれどエースである凛くんはつまらなそうな顔をしている。本当に決勝まで導いたエースなのかと思うほど表情が変わらない。
決勝戦。私はお母さんと凛くんのお母さんと一緒に観戦に北海道まで来ていた。
本州よりも比較的涼しい中、私は前のめりになって試合を見つめた。プレーする凛くんは変わらずチームメイトを操るように動いている。それを始めた1年生の頃より遥かに上手くなっている。それでもやっぱり彼は自分からゴールを決めない。
――でも、この決勝はやっぱりそれだけじゃ……。
選手たちの質は悪くないのは何となく分かる。でも、それくらいの選手でも今のチームは凛くんにおんぶにだっこの状態に近い。
一進一退の状況の中、後半の終盤に凛くんが動いた。
「ぁ」
強引にボールを奪った凛くんが〝ひとり〟でフィールドを突き進んでいく。周りの選手はパスを求め、監督がパスを指示しているように見える。それでも凛くんは一人で〝ゴール〟に向かっていく。
その姿はストライカーとして舞い戻ろうとしているように見えた。
唾を飲み込んでその姿を見つめ続けると一度ボールが味方の選手に行く。いつもならその選手が持って行くだろうボールは走り込んでいる凛くんへと送られ――。
凛くんが放ったボールはゴールネットを揺らした。
「わぁ」
久々の凛くんのゴール。荒々しい姿は冴くんがいた時とはまた違うストライカーとしての姿だった。
このとき、私はまた前のようにストライカーとして凛くんが見られると思った。けれど、それは楽観視だったと気付いたのは鎌倉に珍しく雪が降った日のことだった。
暑い夏が終わって、金木犀が香る秋が終わって、ついに冬になった。
今日はやけに朝から冷える日だった。あまりに寒くマフラーをぐるぐるに巻いて厚めのタイツを穿いてダッフルコートを羽織って外に出た。すると、外にはもう凛くんがいた。意外に、意外。いまだに凛くんと私は時間が合えば一緒に学校に行っている。
流石に小学校ほど毎日ではないけれど今日はどうやら時間があったらしい。
「おはよう。凛くんはマフラーだけで寒くないの?」
「そんなやわな鍛え方してねぇよ。つか、むしろお前はやり過ぎじゃねぇか?」
「やり過ぎじゃないよ。今日はこんな冷えてるんだからいいの」
まだ言いたげな凛くんを無視して歩き出す。凛くんも私に何を言ってもしょうがないと思ったのかその後は何も言わずに隣を歩き始めた。ふと、冴くんがもうすぐ帰国するとお母さんが言っていたことを思い出す。
「冴くん、久々に帰って来るって聞いたけどいつ帰って来るの?」
「明日!」
弾んだ声で即答されて目を瞬かせる。
中学生になってクールな男の子なんて言われていたのにこれじゃ小学校の頃と変わらない。懐かしさと愛らしさに私は口元を隠してくすくす笑う。
私の反応に凛くんは自分の反応に気づいたのか少しだけ頬を赤くしてそっぽ向いてしまった。そんな恥ずかしがらなくてもいいのに。
「4年も会ってないもんね。嬉しいよね」
「っさい」
「でも、そうでしょ」
下から顔を覗き込めばフンとまた顔を背けられてしまった。でも、頬も耳も赤くて何もかも隠せていない。
「よかったね」
「まぁな」
ぶっきらぼうな声と共にからかうのはやめた。冬になったのにどこか雪解けの春を思わせる空間に私は少しだけやっぱり抜けていた。
凛くんのサッカースタイルが変わったこと。そして、冴くんの海外でのサッカー生活がぶつかることをこのときの私は全然想像できていなかった。
塾も終わって家に帰る頃に鎌倉では珍しく雪が降ってきていた。
――朝から冷えていなもんなぁ。
ふわふわした雪が張り付いて濡れていく感じが不愉快で折り畳み傘を広げる。真っ暗な道は街頭に照らされて雪が降っても問題なく歩ける。それでも転ばないように注意深く歩いているときに少し遠くに見慣れた後ろ姿が見えた。
「凛くんだ」
クラブ練習が終わって帰って来たのか。それにしてもなんだかふらふらした歩き方で危なっかしい。それに傘もさしていないからこのままだと溶けた雪で身体を冷やしてしまう。
私は慎重にでも少しだけ歩く速度を上げて凛くんの背中を追いかけた。
「はっ、はぁ、りん、くんっ!」
少しだけ息が上がったけれど何とか追いついて声をかける。すると、ようやく人の気配に気づいたのかピクと身体が跳ねた。そして、ゆっくりとした動作で凛くんがこっちを見て目を瞠った。
「ど、どうしたの?」
凛くんの瞳は街頭の僅かな明かりでも虚ろに揺れているのが分かった。朝は冴くんが帰って来ることにキラキラさせていた瞳が今ではゆらゆらと揺れている。
「凛くん?」
もう一度呼び掛けると乾いた唇が僅かに動く。でも、薄い唇から零れた声はあまりにも小さくて聞こえず。私は戸惑いながらも「どうしたの?」と問い返す。
すると、凛くんのゆらゆら揺れていた瞳に僅かに膜が張ったような気がした。
「にぃちゃ、が、帰ってきた」
「え。冴くんが?」
こくりと首を動かす仕草がまるで子どものときのようだった。
冴くんは明日じゃ、と思いながらも「会ったんだ」と精一杯返す。
「にいちゃんが、ストライカーやめるって、そんで世界一のミッドフィルダーになるって」
「え」
言ったとたん凛くんは悔し気に唇を噛んだ。私は驚きつつも「どうして」とつい訊ねてしまった。それに凛くんは首を横に動かした。
「わかんねぇ。でも、世界のレベルは高いとか、言って、でも、おれイヤで」
「勝負して……負けた」と言うとまた虚ろな目に戻った。
私は「それはそうだろう」という言葉がストンと心の中に落ちた。そして、そんな薄情な感想を抱いた自分が許せなかった。ただ、ただ、凛くんが選んだ選択肢が違うのだと言えなかったくせになんて薄情なんだ。
「もうおれのこと、いらねぇって……」
絶望の声に私はまた、また言葉が出なかった。ほんと肝心なときにこうして言葉にすることもできず。なのに、薄情なことを抱く自分が心底嫌になる。でも、このままではほんとにいけない気がする。このままでは凛くんはサッカーをやめてしまう。
――それはいけない気がする。
あれほど苦しんでいる姿を見ているのに私はそれでも凛くんがサッカーをやめる姿が想像できなかった。だって、サッカーは別に日本じゃなくてもできる。なら、きっと続けていけば何か起きるかもしれない。冴くんみたいに海外のスカウトからまだ来る可能性だってある。
私は指先の赤い凛くんの手を掴む。小さい頃に比べたらうんと大きくなった手は手袋の上でも分かるほど冷えていた。
「凛くんは冴くんにいらないって言われたらサッカーやめるの?」
「だって、おれは、おれのサッカーには――」
言って凛くんは口を噤んでしまった。まだ気持ちの整理がつかないのかもしれない。私はぎゅっと冷えた手を温めるように握ると少しだけ握り返された。
「凛くんがサッカーやめるのはちょっと寂しいかな」
きっと届かないし彼にとっては意味がない言葉だったろう。それでもいいと思って私は握られた手を引いて家に向かって歩き出した。
雪の降る夜から数日後。凛くんがいた。
「おはよ」
「はよ……」
あの日から凛くんが私より早くでいているのか遅く出ているのか時間が合わなかった。久々というのもあれだけれど並んで歩きながら隣にいる凛くんを見上げる。
雪の降った夜。お姉ちゃんは冴くんに鎌倉駅まで呼び出さたらしい。
「随分とスペインでもまれたみたい」
お姉ちゃんはそう軽く言って「でもなんとかやるでしょ」と言った。それから凛くんと喧嘩らしきしたことを聞いた。
こうして私は冴くんのことをまったく考えていなかったことに気づく。私はずっと、ずぅっと凛くんのことだけを考えていた。冴くんに事情があることは頭の片隅にあったけれど気にかけるなんてこれっぽっちもなかった。
小さい頃お世話になったのに薄情過ぎる自分に反省しながらもやっぱり私は凛くんだ。
チラと見る凛くんの目の下には少し隈があるようにも見える。
「あの、凛くん寝不足?」
「いや、昨日は久々によく眠れた」
「そ、そうなんだ」
じゃあ、あの日から寝不足ではあったのか。凛くんらしくないと思いながらまた口を閉じてゆっくりと歩く。
静かな沈黙に嫌な空気は流れていない。このまま学校まで話すことなく行くのかと思ったとき凛くんが「サッカー」と話し出した。
「サッカー。やめない」
「……そっか」
サッカーをやめないという凛くんに心底安堵した。よかったと胸を撫でおろして凛くんを見て目を剥く。
鬼の形相というような顔で凛くんが「クソ兄貴」とブラコンが極まっている人間からは想像もできない言葉が零れた。
「あのクソ兄貴をぐちゃぐちゃにするまでぜってぇやめねぇ」
「え、ええ? え、そ、それって、冴く――」
「呼ぶな」
冷え冷えとした声に遮られて咄嗟に口を紡ぐ。それから凛くんが鬼の形相のまま私を睨んでた。
「いいか。あのクソ兄貴の名前を呼ぶな。お前もクソだとか、愚兄とかそんな感じで呼べ」
「え、いや、よ、呼べないよ」
「構わん」
「いや、私が構うってばぁ」
名前を呼んではいけないあの人扱いをする凛くんに私は少し笑いたくなった。
にしても、これはいい方向なのか。結局凛くんの冴くんへの依存が高まったようなそうでないような。でも、これはこれでいのかな。
小さい頃からずっとべったりだった二人がこうして一時的にとはいえ袂を分かつのはいいのかもしれない。
「ぜってぇ潰す」
怖いけれど。おどろおどろしい空気を流す凛くんに苦笑しながら「善処します」と私は答えた。
また2年経って私と凛くんは中学3年生になった。
あれから凛くんはサッカーの大会で賞を受賞する機会がぐんと増えた。それでも海外からのオファーは来ることがなかった。
中学生最後の夏。凛くんが所属するクラブチームは日本クラブチームユース選手権の順調に勝ち進んで決勝まで上り詰めた。チームは士気を上げている様子だけれどエースである凛くんはつまらなそうな顔をしている。本当に決勝まで導いたエースなのかと思うほど表情が変わらない。
決勝戦。私はお母さんと凛くんのお母さんと一緒に観戦に北海道まで来ていた。
本州よりも比較的涼しい中、私は前のめりになって試合を見つめた。プレーする凛くんは変わらずチームメイトを操るように動いている。それを始めた1年生の頃より遥かに上手くなっている。それでもやっぱり彼は自分からゴールを決めない。
――でも、この決勝はやっぱりそれだけじゃ……。
選手たちの質は悪くないのは何となく分かる。でも、それくらいの選手でも今のチームは凛くんにおんぶにだっこの状態に近い。
一進一退の状況の中、後半の終盤に凛くんが動いた。
「ぁ」
強引にボールを奪った凛くんが〝ひとり〟でフィールドを突き進んでいく。周りの選手はパスを求め、監督がパスを指示しているように見える。それでも凛くんは一人で〝ゴール〟に向かっていく。
その姿はストライカーとして舞い戻ろうとしているように見えた。
唾を飲み込んでその姿を見つめ続けると一度ボールが味方の選手に行く。いつもならその選手が持って行くだろうボールは走り込んでいる凛くんへと送られ――。
凛くんが放ったボールはゴールネットを揺らした。
「わぁ」
久々の凛くんのゴール。荒々しい姿は冴くんがいた時とはまた違うストライカーとしての姿だった。
このとき、私はまた前のようにストライカーとして凛くんが見られると思った。けれど、それは楽観視だったと気付いたのは鎌倉に珍しく雪が降った日のことだった。
暑い夏が終わって、金木犀が香る秋が終わって、ついに冬になった。
今日はやけに朝から冷える日だった。あまりに寒くマフラーをぐるぐるに巻いて厚めのタイツを穿いてダッフルコートを羽織って外に出た。すると、外にはもう凛くんがいた。意外に、意外。いまだに凛くんと私は時間が合えば一緒に学校に行っている。
流石に小学校ほど毎日ではないけれど今日はどうやら時間があったらしい。
「おはよう。凛くんはマフラーだけで寒くないの?」
「そんなやわな鍛え方してねぇよ。つか、むしろお前はやり過ぎじゃねぇか?」
「やり過ぎじゃないよ。今日はこんな冷えてるんだからいいの」
まだ言いたげな凛くんを無視して歩き出す。凛くんも私に何を言ってもしょうがないと思ったのかその後は何も言わずに隣を歩き始めた。ふと、冴くんがもうすぐ帰国するとお母さんが言っていたことを思い出す。
「冴くん、久々に帰って来るって聞いたけどいつ帰って来るの?」
「明日!」
弾んだ声で即答されて目を瞬かせる。
中学生になってクールな男の子なんて言われていたのにこれじゃ小学校の頃と変わらない。懐かしさと愛らしさに私は口元を隠してくすくす笑う。
私の反応に凛くんは自分の反応に気づいたのか少しだけ頬を赤くしてそっぽ向いてしまった。そんな恥ずかしがらなくてもいいのに。
「4年も会ってないもんね。嬉しいよね」
「っさい」
「でも、そうでしょ」
下から顔を覗き込めばフンとまた顔を背けられてしまった。でも、頬も耳も赤くて何もかも隠せていない。
「よかったね」
「まぁな」
ぶっきらぼうな声と共にからかうのはやめた。冬になったのにどこか雪解けの春を思わせる空間に私は少しだけやっぱり抜けていた。
凛くんのサッカースタイルが変わったこと。そして、冴くんの海外でのサッカー生活がぶつかることをこのときの私は全然想像できていなかった。
塾も終わって家に帰る頃に鎌倉では珍しく雪が降ってきていた。
――朝から冷えていなもんなぁ。
ふわふわした雪が張り付いて濡れていく感じが不愉快で折り畳み傘を広げる。真っ暗な道は街頭に照らされて雪が降っても問題なく歩ける。それでも転ばないように注意深く歩いているときに少し遠くに見慣れた後ろ姿が見えた。
「凛くんだ」
クラブ練習が終わって帰って来たのか。それにしてもなんだかふらふらした歩き方で危なっかしい。それに傘もさしていないからこのままだと溶けた雪で身体を冷やしてしまう。
私は慎重にでも少しだけ歩く速度を上げて凛くんの背中を追いかけた。
「はっ、はぁ、りん、くんっ!」
少しだけ息が上がったけれど何とか追いついて声をかける。すると、ようやく人の気配に気づいたのかピクと身体が跳ねた。そして、ゆっくりとした動作で凛くんがこっちを見て目を瞠った。
「ど、どうしたの?」
凛くんの瞳は街頭の僅かな明かりでも虚ろに揺れているのが分かった。朝は冴くんが帰って来ることにキラキラさせていた瞳が今ではゆらゆらと揺れている。
「凛くん?」
もう一度呼び掛けると乾いた唇が僅かに動く。でも、薄い唇から零れた声はあまりにも小さくて聞こえず。私は戸惑いながらも「どうしたの?」と問い返す。
すると、凛くんのゆらゆら揺れていた瞳に僅かに膜が張ったような気がした。
「にぃちゃ、が、帰ってきた」
「え。冴くんが?」
こくりと首を動かす仕草がまるで子どものときのようだった。
冴くんは明日じゃ、と思いながらも「会ったんだ」と精一杯返す。
「にいちゃんが、ストライカーやめるって、そんで世界一のミッドフィルダーになるって」
「え」
言ったとたん凛くんは悔し気に唇を噛んだ。私は驚きつつも「どうして」とつい訊ねてしまった。それに凛くんは首を横に動かした。
「わかんねぇ。でも、世界のレベルは高いとか、言って、でも、おれイヤで」
「勝負して……負けた」と言うとまた虚ろな目に戻った。
私は「それはそうだろう」という言葉がストンと心の中に落ちた。そして、そんな薄情な感想を抱いた自分が許せなかった。ただ、ただ、凛くんが選んだ選択肢が違うのだと言えなかったくせになんて薄情なんだ。
「もうおれのこと、いらねぇって……」
絶望の声に私はまた、また言葉が出なかった。ほんと肝心なときにこうして言葉にすることもできず。なのに、薄情なことを抱く自分が心底嫌になる。でも、このままではほんとにいけない気がする。このままでは凛くんはサッカーをやめてしまう。
――それはいけない気がする。
あれほど苦しんでいる姿を見ているのに私はそれでも凛くんがサッカーをやめる姿が想像できなかった。だって、サッカーは別に日本じゃなくてもできる。なら、きっと続けていけば何か起きるかもしれない。冴くんみたいに海外のスカウトからまだ来る可能性だってある。
私は指先の赤い凛くんの手を掴む。小さい頃に比べたらうんと大きくなった手は手袋の上でも分かるほど冷えていた。
「凛くんは冴くんにいらないって言われたらサッカーやめるの?」
「だって、おれは、おれのサッカーには――」
言って凛くんは口を噤んでしまった。まだ気持ちの整理がつかないのかもしれない。私はぎゅっと冷えた手を温めるように握ると少しだけ握り返された。
「凛くんがサッカーやめるのはちょっと寂しいかな」
きっと届かないし彼にとっては意味がない言葉だったろう。それでもいいと思って私は握られた手を引いて家に向かって歩き出した。
雪の降る夜から数日後。凛くんがいた。
「おはよ」
「はよ……」
あの日から凛くんが私より早くでいているのか遅く出ているのか時間が合わなかった。久々というのもあれだけれど並んで歩きながら隣にいる凛くんを見上げる。
雪の降った夜。お姉ちゃんは冴くんに鎌倉駅まで呼び出さたらしい。
「随分とスペインでもまれたみたい」
お姉ちゃんはそう軽く言って「でもなんとかやるでしょ」と言った。それから凛くんと喧嘩らしきしたことを聞いた。
こうして私は冴くんのことをまったく考えていなかったことに気づく。私はずっと、ずぅっと凛くんのことだけを考えていた。冴くんに事情があることは頭の片隅にあったけれど気にかけるなんてこれっぽっちもなかった。
小さい頃お世話になったのに薄情過ぎる自分に反省しながらもやっぱり私は凛くんだ。
チラと見る凛くんの目の下には少し隈があるようにも見える。
「あの、凛くん寝不足?」
「いや、昨日は久々によく眠れた」
「そ、そうなんだ」
じゃあ、あの日から寝不足ではあったのか。凛くんらしくないと思いながらまた口を閉じてゆっくりと歩く。
静かな沈黙に嫌な空気は流れていない。このまま学校まで話すことなく行くのかと思ったとき凛くんが「サッカー」と話し出した。
「サッカー。やめない」
「……そっか」
サッカーをやめないという凛くんに心底安堵した。よかったと胸を撫でおろして凛くんを見て目を剥く。
鬼の形相というような顔で凛くんが「クソ兄貴」とブラコンが極まっている人間からは想像もできない言葉が零れた。
「あのクソ兄貴をぐちゃぐちゃにするまでぜってぇやめねぇ」
「え、ええ? え、そ、それって、冴く――」
「呼ぶな」
冷え冷えとした声に遮られて咄嗟に口を紡ぐ。それから凛くんが鬼の形相のまま私を睨んでた。
「いいか。あのクソ兄貴の名前を呼ぶな。お前もクソだとか、愚兄とかそんな感じで呼べ」
「え、いや、よ、呼べないよ」
「構わん」
「いや、私が構うってばぁ」
名前を呼んではいけないあの人扱いをする凛くんに私は少し笑いたくなった。
にしても、これはいい方向なのか。結局凛くんの冴くんへの依存が高まったようなそうでないような。でも、これはこれでいのかな。
小さい頃からずっとべったりだった二人がこうして一時的にとはいえ袂を分かつのはいいのかもしれない。
「ぜってぇ潰す」
怖いけれど。おどろおどろしい空気を流す凛くんに苦笑しながら「善処します」と私は答えた。