おだやかな光になりたい
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おだやかな光になりたい・2
冴くんがスペインに行って2年が経って私と凛くんは中学生になった。
「糸師係さん」
私は中学校で「糸師係」と呼ばれる率が小学校よりも圧倒的に増えた。
ゆっくりと振り返れば知らない男の子が苦笑立っていた。その姿に私はまたかと首をカクンとさせた。
「糸師係さんこと天宮さん。悪ぃんだけど糸師知らね?」
「凛くんはこの時間ならもうクラブに行ってるんじゃないかな?」
もう放課後という時間。凛くんは中学校になってもサッカー部に入部することなく外部のクラブチームに所属している。放課後になれば掃除もほぼ無視して速攻で向かう。だからもうこの時間の学校になんていないはず。
「そうなんだけどさ。あいつ、オレと同じで成績悪いから今日居残り指導だったはずなんだよ」
「そう……」
指導ということに自分のことじゃないのに頭が痛くなる。凛くんは小学生の頃から勉強はからっきしだった。授業中はサッカーの関連本を読んだり、サッカーの記事を読んでいた。だからテストの点が目も当てられないものだった。ちなみに冴くんも勉強に対しての熱意は凛くんと対して変わらない。だから小学校の頃は私とお姉ちゃんが糸師係として宿題の面倒を見ていた。
お姉ちゃんは「やらないのは自分で決めたんでしょ」とすぐに係を降りた。すっぱり言い切れるお姉ちゃんと違って私は無視できず結局中学生の今も今日までこうして面倒を見ることになっている。
――せめて英語に向ける力を他にも少しだけ回してほしい。
無理だろうけれど。でも、中学生でもまさか小学校くらいの点数ばかりとるなんて高校はどうするのだろうか。私と凛くんにお姉ちゃんが通う春雷学園は中高一貫校だ。何もなければ内部進学はできるけれど凛くんの成績だとどうなるのか今から心配が尽きない。
「天宮さん?」
「あ、ごめん。えっと凛くんだよね」
「そう。次あいつの番で教室に呼びに行ったんだけどいねぇんだよ」
「知らねぇ?」と訊かれてこれに私は苦笑する。いくら幼馴染で係と呼ばれても私も凛くんがどこにいるかなんて知らない。漫画だったら「またあそこか!」なんて言うかもしれないけれど残念ながら私は知らない。
「ごめん。分からないかな。でも、凛くんのことだから後のことを考えて帰ってはないと思うよ」
補習もこれでいいならと渋々受けていた。正直、補習が無駄な時間なら普段から授業をちゃんと受けていればいいのに。ちょっと時間の使い方間違えているけれどやっぱり勉強の優先順位は低いことに変わりはない。
「天宮さんでも分からないなら。仕方ない。でも、見かけたら先生のところ行けって言っておいてよ!」
「わかった」
「さんきゅ! じゃ!」
「バイバイ」
爽やかに去って行く姿を見送って正門に向かう。
階段を下りて行くと目の前に先ほどの男の子の探し人が現れた。
「凛くん」
私の声に静かに反応したより鋭くなった視線が向けられた。無関心なことにはとことん無関心な眼差しは私を捉えて少しだけやわらいだ気がした。鋭さが柔くなることに最近は安心する自分がいた。なぜと、解いてしまうと見つけてはいけない何かがある気がしていつも蓋を閉じてしまう。
今日も蓋を閉じて階段を下りて一番下にいる凛くんの傍に立つ。中学生になってより身長が伸びた凛くん。随分高い位置になった顔を見上げて「さっき探している子がいたよ」と告げる。すると、瞬く間に綺麗な形の眉がきゅっと寄る。
「女子なら適当にあしらえって言っただろ」
「女の子じゃないよ」
凛くんがモテるのは今に始まったことじゃない。それこそ小学校の頃からすごかった。でも凛くんは女の子たちのことを全然気にしたことがなかった。
ちなみに、私は嫉妬の対象でやっかみもたくさんあったけど、お姉ちゃんの力強い牽制のお陰でそれもなくなった。それも中学校でちょっと復活。つまり別の小学校出身の女子から小学校で似たようなことが起きている。けど同じ小学校出身の子が「あれは見た目だけいいだけのサッカー小僧」と言ってくれるので何とかなっている。何とか。
それでも中学校に入ってから告白は後を絶たない。私経由でラブレターを渡そうという子さえいる。中学校になるとより男女のお付き合いが色濃くなるため凛くんは相当辟易しているよう。だから、女の子の話になるとこうして不機嫌になってしまう。
私は苦笑いしながら言葉を続ける。
「たぶん凛くんのクラスメイトの男の子で同じ呼び出されていた子」
そう告げると凛くんは少し考えこんでから「ああ、」と見当がついたようだった。
私は困ったように「呼び出しされたんでしょ」と言う。それに凛くんは小言に構えるような表情をする。
「凛くん。そういう顔するくらいなら勉強したら?」
「時間の無駄」
「呼び出しとか補習とかの方が時間の無駄だと思うけど」
「……」
正論に感じたのか黙ってしまった。むっつり黙った凛くんに苦笑しながら「じゃあね」と告げる。すると凛くんが「待て」と引き留める
「なに?」
「今度……試合観に来ないか」
試合。中学生になってから凛くんはクラブチームで中心選手として抜擢されている。いわゆるエースの扱いなのだけれど――中学に入ってから見た試合を思い出す。
凛くんは確かにレベルの高い選手になっている。けれどクラブチームは冴くんがいるときのように勝てていない。だからチームの雰囲気もどこかよくない。それはきっと中にいる凛くんが一番分かっていると思うけれど……。
「珍しいね。試合に誘うなんて」
「……ちょっと見てほしい」
そう告げる凛くんの表情はとても真剣でどこか苦し気だった。
ずっと、もうずっと苦しそうにサッカーをしている。まだ何かするというの。そう思うと見に行きたくない気持ちが芽生えるけれど――私は。
「うん。いいよ。試合は土曜日でいいのかな?」
「ああ。試合は13時頃でうちのホームでするから」
「わかった。じゃ、頑張ってね」
「うん」
こくん、と小学生の頃みたいに頷く凛くんは少しだけ可愛かった。それから「じゃ」と言って凛くんは階段を上って行った。
去って行く背中を見送って私もようやく階段を降りて行った。
土曜日。私は試合を観て驚愕した。
――なに、なんなの。
今までの凛くんからは想像できない動きをしている。素人の私から見ても分かるほど凛くんのプレースタイルはすっかり変わっていた。
「ゴールしないの」
あれほどストライカーとして輝いていた凛くんはその輝きを失っていた。彼はずっとチームメイトのために動いている。
――違う。
チームメイトが凛くんによって動かされている。でも、それに選手たちは気づいている様子はない。指導者である大人たちもそうだ。
ふと、凛くんは楽しさの欠片もない表情をしている。そこに必死さもなにもない。ただ淡々と仕事をしている様子は中学生がする表情じゃない。
「どうして」
どうして。どうして。周りにいる人間たちは気づかないの。素人の私が気づくのにずっと一緒にプレーしているのにどうして彼の変化に誰も気づかないの。結局、冴くんがスペインに行ってから2年という歳月は凛くんとチームとの距離を縮めることはでいなかった。
その結果がこれ。凛くんがストライカーをやめるという選択なんてあんまりな話だ。
「凛くん」
ピッチの上でどこか遠く見つめる凛くんの姿はとても悲しくなった。
チームは凛くんのおかげで勝つことができた。その勝ちを喜ぶ輪の中で凛くんはもちろんいなかった。
「どうだった」
凛くんは事前に試合が終わったら感想が欲しいと言われていた。素人だけど、といういつものやり取りをした後に了解を出した。そして見たのがあの試合。私は感想を求めてきた凛くんにどうやって言おうか迷っていた。
「お前が素人なのはわかってる。見た感想そのまま言ってほしい」
とても真剣な眼差しだった。きっとどんな感想でもいいのだと思う。昔みたいな見たままの感想が今凛くんは欲している。
口の中にたまる唾液を飲み込んで私は何とか口を開く。
「ぁ、あの、凛くんが、その凛くんは、」
「うん」
急かすことなく凛くんが先を促してくれた。私は少し泣きたい気分になって凛くんを見上げて続けた。
「凛くんはストライカーじゃなくなったの?」
もっと色々あった。けれど、シンプルに伝える言葉としてするっと出たのがこれだった。だって、あれだけ冴くんと一緒に世界のストライカーを目指していたのに。
じわりと涙が浮かんだ目尻を乱暴に拭う。ここで私が泣いたところでなんも意味もないのに。どうしてか涙が出てくる。
「泣くほど無様だったか」
「ちが、違うよ!」
ぐいっと涙を拭って凛くんを見れば酷い顔をしていた。
唇を強く噛んでぎゅっと眉を寄せていた。どうにもできない何かを抱えている様子に私は何も言えない。言えないけれど言葉を紡いだ。
「どうしても、どうしても、あれしかないの?」
「しか――」
「ぇ」
強く噛んでいた唇を解いた凛くんは微かな声で何か言う。聞き返すと強く、強く、凛くんが私を睨んだ。でも、その鋭さの中に見える泣きそうな何かに胸が締め付けられる。
「これしか、これしかねぇんだよ。兄ちゃんに追いつくにはっ」
苦し気に吐いたそれに私は今度こそ何も言えなかった。ただただ苦しみ藻掻いた末の彼の行動にサッカーもしていない私はもう本当に何も言えない。そもそも口を出す権利すらないから止めることもできない。
「俺はこれで兄ちゃんを追いかける」
鬼気迫る凛くんに私は「そっか」と返すことしかできない。
こういうとき何か言える漫画に出てくるような幼馴染だったらよかったのにと思う。そうしたら少しでも苦しみやわらげるかもしれないのに。
自分の無力さを痛感しながら俯いていると「お前は気づくのにな」と唐突に凛くんが囁く。その囁きは悲壮感が響いていた。
顔を上げることなく私はその囁きに聞こえていないふりをした。
冴くんがスペインに行って2年が経って私と凛くんは中学生になった。
「糸師係さん」
私は中学校で「糸師係」と呼ばれる率が小学校よりも圧倒的に増えた。
ゆっくりと振り返れば知らない男の子が苦笑立っていた。その姿に私はまたかと首をカクンとさせた。
「糸師係さんこと天宮さん。悪ぃんだけど糸師知らね?」
「凛くんはこの時間ならもうクラブに行ってるんじゃないかな?」
もう放課後という時間。凛くんは中学校になってもサッカー部に入部することなく外部のクラブチームに所属している。放課後になれば掃除もほぼ無視して速攻で向かう。だからもうこの時間の学校になんていないはず。
「そうなんだけどさ。あいつ、オレと同じで成績悪いから今日居残り指導だったはずなんだよ」
「そう……」
指導ということに自分のことじゃないのに頭が痛くなる。凛くんは小学生の頃から勉強はからっきしだった。授業中はサッカーの関連本を読んだり、サッカーの記事を読んでいた。だからテストの点が目も当てられないものだった。ちなみに冴くんも勉強に対しての熱意は凛くんと対して変わらない。だから小学校の頃は私とお姉ちゃんが糸師係として宿題の面倒を見ていた。
お姉ちゃんは「やらないのは自分で決めたんでしょ」とすぐに係を降りた。すっぱり言い切れるお姉ちゃんと違って私は無視できず結局中学生の今も今日までこうして面倒を見ることになっている。
――せめて英語に向ける力を他にも少しだけ回してほしい。
無理だろうけれど。でも、中学生でもまさか小学校くらいの点数ばかりとるなんて高校はどうするのだろうか。私と凛くんにお姉ちゃんが通う春雷学園は中高一貫校だ。何もなければ内部進学はできるけれど凛くんの成績だとどうなるのか今から心配が尽きない。
「天宮さん?」
「あ、ごめん。えっと凛くんだよね」
「そう。次あいつの番で教室に呼びに行ったんだけどいねぇんだよ」
「知らねぇ?」と訊かれてこれに私は苦笑する。いくら幼馴染で係と呼ばれても私も凛くんがどこにいるかなんて知らない。漫画だったら「またあそこか!」なんて言うかもしれないけれど残念ながら私は知らない。
「ごめん。分からないかな。でも、凛くんのことだから後のことを考えて帰ってはないと思うよ」
補習もこれでいいならと渋々受けていた。正直、補習が無駄な時間なら普段から授業をちゃんと受けていればいいのに。ちょっと時間の使い方間違えているけれどやっぱり勉強の優先順位は低いことに変わりはない。
「天宮さんでも分からないなら。仕方ない。でも、見かけたら先生のところ行けって言っておいてよ!」
「わかった」
「さんきゅ! じゃ!」
「バイバイ」
爽やかに去って行く姿を見送って正門に向かう。
階段を下りて行くと目の前に先ほどの男の子の探し人が現れた。
「凛くん」
私の声に静かに反応したより鋭くなった視線が向けられた。無関心なことにはとことん無関心な眼差しは私を捉えて少しだけやわらいだ気がした。鋭さが柔くなることに最近は安心する自分がいた。なぜと、解いてしまうと見つけてはいけない何かがある気がしていつも蓋を閉じてしまう。
今日も蓋を閉じて階段を下りて一番下にいる凛くんの傍に立つ。中学生になってより身長が伸びた凛くん。随分高い位置になった顔を見上げて「さっき探している子がいたよ」と告げる。すると、瞬く間に綺麗な形の眉がきゅっと寄る。
「女子なら適当にあしらえって言っただろ」
「女の子じゃないよ」
凛くんがモテるのは今に始まったことじゃない。それこそ小学校の頃からすごかった。でも凛くんは女の子たちのことを全然気にしたことがなかった。
ちなみに、私は嫉妬の対象でやっかみもたくさんあったけど、お姉ちゃんの力強い牽制のお陰でそれもなくなった。それも中学校でちょっと復活。つまり別の小学校出身の女子から小学校で似たようなことが起きている。けど同じ小学校出身の子が「あれは見た目だけいいだけのサッカー小僧」と言ってくれるので何とかなっている。何とか。
それでも中学校に入ってから告白は後を絶たない。私経由でラブレターを渡そうという子さえいる。中学校になるとより男女のお付き合いが色濃くなるため凛くんは相当辟易しているよう。だから、女の子の話になるとこうして不機嫌になってしまう。
私は苦笑いしながら言葉を続ける。
「たぶん凛くんのクラスメイトの男の子で同じ呼び出されていた子」
そう告げると凛くんは少し考えこんでから「ああ、」と見当がついたようだった。
私は困ったように「呼び出しされたんでしょ」と言う。それに凛くんは小言に構えるような表情をする。
「凛くん。そういう顔するくらいなら勉強したら?」
「時間の無駄」
「呼び出しとか補習とかの方が時間の無駄だと思うけど」
「……」
正論に感じたのか黙ってしまった。むっつり黙った凛くんに苦笑しながら「じゃあね」と告げる。すると凛くんが「待て」と引き留める
「なに?」
「今度……試合観に来ないか」
試合。中学生になってから凛くんはクラブチームで中心選手として抜擢されている。いわゆるエースの扱いなのだけれど――中学に入ってから見た試合を思い出す。
凛くんは確かにレベルの高い選手になっている。けれどクラブチームは冴くんがいるときのように勝てていない。だからチームの雰囲気もどこかよくない。それはきっと中にいる凛くんが一番分かっていると思うけれど……。
「珍しいね。試合に誘うなんて」
「……ちょっと見てほしい」
そう告げる凛くんの表情はとても真剣でどこか苦し気だった。
ずっと、もうずっと苦しそうにサッカーをしている。まだ何かするというの。そう思うと見に行きたくない気持ちが芽生えるけれど――私は。
「うん。いいよ。試合は土曜日でいいのかな?」
「ああ。試合は13時頃でうちのホームでするから」
「わかった。じゃ、頑張ってね」
「うん」
こくん、と小学生の頃みたいに頷く凛くんは少しだけ可愛かった。それから「じゃ」と言って凛くんは階段を上って行った。
去って行く背中を見送って私もようやく階段を降りて行った。
土曜日。私は試合を観て驚愕した。
――なに、なんなの。
今までの凛くんからは想像できない動きをしている。素人の私から見ても分かるほど凛くんのプレースタイルはすっかり変わっていた。
「ゴールしないの」
あれほどストライカーとして輝いていた凛くんはその輝きを失っていた。彼はずっとチームメイトのために動いている。
――違う。
チームメイトが凛くんによって動かされている。でも、それに選手たちは気づいている様子はない。指導者である大人たちもそうだ。
ふと、凛くんは楽しさの欠片もない表情をしている。そこに必死さもなにもない。ただ淡々と仕事をしている様子は中学生がする表情じゃない。
「どうして」
どうして。どうして。周りにいる人間たちは気づかないの。素人の私が気づくのにずっと一緒にプレーしているのにどうして彼の変化に誰も気づかないの。結局、冴くんがスペインに行ってから2年という歳月は凛くんとチームとの距離を縮めることはでいなかった。
その結果がこれ。凛くんがストライカーをやめるという選択なんてあんまりな話だ。
「凛くん」
ピッチの上でどこか遠く見つめる凛くんの姿はとても悲しくなった。
チームは凛くんのおかげで勝つことができた。その勝ちを喜ぶ輪の中で凛くんはもちろんいなかった。
「どうだった」
凛くんは事前に試合が終わったら感想が欲しいと言われていた。素人だけど、といういつものやり取りをした後に了解を出した。そして見たのがあの試合。私は感想を求めてきた凛くんにどうやって言おうか迷っていた。
「お前が素人なのはわかってる。見た感想そのまま言ってほしい」
とても真剣な眼差しだった。きっとどんな感想でもいいのだと思う。昔みたいな見たままの感想が今凛くんは欲している。
口の中にたまる唾液を飲み込んで私は何とか口を開く。
「ぁ、あの、凛くんが、その凛くんは、」
「うん」
急かすことなく凛くんが先を促してくれた。私は少し泣きたい気分になって凛くんを見上げて続けた。
「凛くんはストライカーじゃなくなったの?」
もっと色々あった。けれど、シンプルに伝える言葉としてするっと出たのがこれだった。だって、あれだけ冴くんと一緒に世界のストライカーを目指していたのに。
じわりと涙が浮かんだ目尻を乱暴に拭う。ここで私が泣いたところでなんも意味もないのに。どうしてか涙が出てくる。
「泣くほど無様だったか」
「ちが、違うよ!」
ぐいっと涙を拭って凛くんを見れば酷い顔をしていた。
唇を強く噛んでぎゅっと眉を寄せていた。どうにもできない何かを抱えている様子に私は何も言えない。言えないけれど言葉を紡いだ。
「どうしても、どうしても、あれしかないの?」
「しか――」
「ぇ」
強く噛んでいた唇を解いた凛くんは微かな声で何か言う。聞き返すと強く、強く、凛くんが私を睨んだ。でも、その鋭さの中に見える泣きそうな何かに胸が締め付けられる。
「これしか、これしかねぇんだよ。兄ちゃんに追いつくにはっ」
苦し気に吐いたそれに私は今度こそ何も言えなかった。ただただ苦しみ藻掻いた末の彼の行動にサッカーもしていない私はもう本当に何も言えない。そもそも口を出す権利すらないから止めることもできない。
「俺はこれで兄ちゃんを追いかける」
鬼気迫る凛くんに私は「そっか」と返すことしかできない。
こういうとき何か言える漫画に出てくるような幼馴染だったらよかったのにと思う。そうしたら少しでも苦しみやわらげるかもしれないのに。
自分の無力さを痛感しながら俯いていると「お前は気づくのにな」と唐突に凛くんが囁く。その囁きは悲壮感が響いていた。
顔を上げることなく私はその囁きに聞こえていないふりをした。