トレイ
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女の子の密やかな想いに気づく男の子
目の前にはまだ固い蕾のスミレ。居眠り状態のスミレを見つめてわたしはブレスレットを着けた手を翳す。この作業は何度もやっているけれど毎度緊張する。ドキドキする胸を落ち着かせようとすぅうっと息を吸って吐く。それを二回繰り返して腹に力を入れる。
「よし!」
準備は出来た。口に馴染んだ呪文を囁くと、ブレスレットにはめ込まれた魔法石が緑色の淡い光を放つ。そこから光りの粒が緑色の風に乗って固く眠ったままのスミレの花の間を抜ける。瞬間、ふわぁと眠っていたスミレたちの花弁が動き出し、スミレたちは可憐に咲き乱れた。
「はぁ。今年も無事に咲いたぁ」
良かった、と安堵の声を零す。
毎年十月二十五日の数日前に行う恒例行事。その日は大切な幼馴染の――トレイの誕生日。その誕生日にわたしは毎年スミレの砂糖漬けをプレゼントしている。彼の好きな食べ物だからという単純な明快な理由だ。そのおかげでこの時期少しだけ体重が増えてしまうのが悩みだ。
――いや、単純に味見の量を減らせばいいのけれど美味しいから。
そして、その味をケーキ屋の息子であるトレイも楽しみに待っていてくれるのは嬉しい。
実は、トレイがナイトレイブンカレッジに入学したときにスミレの砂糖漬けではなく別のプレゼントを贈ったことがあった。すると、その年のウィンターホリデーの帰省の際「何で今年はくれなかったんだ」とご機嫌斜めな様子で言われてしまった。それにわたしの恋心が擽られたのは言うまでもない。
期待してしまうわ、と思うけれど長年の習慣からだろうと思い込むことにした。何せ、期待して彼に恋人が出来たときに「いらない」なんて爽やかな笑みで言われたら辛くてしょうがない。
なら、やめればいいのにと思いながらあのときのトレイが忘れられなかった。だから、性懲りもなくこうしてスミレの砂糖漬けを作っている。
「ふふ。今年もほんと綺麗に咲いた」
鮮やかなスミレの花を見下ろして満足げに頷く。
この季節外れのスミレの種は実家の花屋を頼ってすぐに手に入れることができる。けれど、育てるには少々魔法が必要でそれを得意とする父から習った。普通に市場で買えばいいのではと言われたけれどわたしは自分で咲かせることに拘った。そして、拘り続け今ではご覧の通り見事な花を咲かせるようになった。
魔法士養成学校になってからもう一段と上手くなったかもしれない。まじまじと出来のいいスミレを見つめているうちにだんだんと恥ずかしくなってきた。
「やっぱり紫は早まったかしら……」
今まで黄色のスミレを用意していたけれど、今年は思い切って紫色を選んだ。何故色に拘るのかには訳があった。花言葉だ。
黄色のスミレの花言葉は〝田園の幸福〟だ。勇気のないわたしが選んできた色だ。もちとん、大好きなトレイには幸せになってほしい。その横にわたしがいなくても彼には幸せな生活を過ごしてほしい。だから、選んだ意味に嘘偽りはない。
幸せになってという思いを込めて毎年作っていた。けれど、今年は自分の気持ちを込めることにした。考えてちょっと気持ち悪くなる。そういう自分勝手な想いをプレゼントに込めるなんて――。
「考えると気持ち悪いかも」
紫色のスミレを見下ろし迷いが生まれた。今回選んだ紫色のスミレの花言葉は〝白昼夢〟と〝あなたのことで頭がいっぱい〟だ。白昼夢はさて置き、もうひとつの花言葉がわたしの気持ちだった。
「トレイ……気づいちゃうよね」
最初は斜向かいのケーキ屋のひとつ年上の男の子というだけの認識だった。皆カッコイイね、とか言っていたけれど全然気にしていなかった。わたしが気にしていたのはそこのケーキ屋さんにある色とりどりのケーキだけだった。でも、ある日声をかけてくれたトレイにわたしはあっさりと一目惚れしてしまった。
それから仲良くしてもらって今でも幼馴染として仲良くさせてもらっている。
彼に恥じない女の子になりたくて頑張った。好きなケーキもちょっと減らしてふっくら丸い頬も少しほっそりとした。中々まとまらない癖っ毛の髪も綺麗に纏めて可愛い髪型にも出来るようになった。
でも、それ以上に早くトレイはカッコよくて素敵な男の人になっていく。帰省するたびにもっと、もっと好きになってしまっている。もうわたしの恋心は破裂寸前なのだ。
「う、ぅ。やっぱり気持ち悪くない? やるなら誕生日プレゼント避けるべきではない?」
やる気が急激にしぼんでいく。もう日にちもない。やり直すなら早く実家に種を頼まなければいけない。ぐるぐると思考が回っていく。
「こ、こんなことなら黄色の種も貰っておくんだった!」
今更後悔しても遅い。それに頼んだときはよくわからないやる気に満ちていたのだから。
じぃっとプランター一面を埋め尽くす可愛らしいスミレたちを見つめて、見つめて――。わたしは徐にジャケットからスマホを取り出した。
「あ、お母さんちょっと今いい?」
わたしのいくじなし。こんなんだからいつまでたっても片想いなのよ。でも、それがきっとわたしにはお似合い何だ。まだまだ変われっこないわたしは黄色の種を求めた。
「え? ない? え、うそ、うそでしょ!」
神様にわたしはどうやら見放されてしまったみたい。
* * *
黒いシャツに、白いジャケット、恥ずかしい飾りを身に着けて迎えた誕生日。もう三年生にもなれば羞恥心もない。慣れずに顔を赤らめていた一年生にそんな時期もあったと遠く懐かしい気がした。そういえば、留年している某寮長もこの恰好をするのだろうか。
なんて、考えて寮生たちが作ったケーキをフォークでつついていると。
「トレイくん、お届けものだよ~」
「ん?」
映えを求めて写真を撮っていたケイトが近づいて来た。その手には少し大きめのラッピングされた箱があった。
その手の中にある箱のラッピングには覚えがあった。斜向かいの花屋の幼馴染のものだ。花屋の娘らしく彼女はラッピングがとても上手だ。たまにうちでも期間限定のケーキを出すときなど色々アドバイスを貰うくらいそのラッピングは女性受けがいい。今ではケイトのように映えると購入しにくるお客もいるくらいだ。
煌びやかでありながらシンプルにラッピングされた箱に向けて手を伸ばす。
「ケイト。ありがとう」
早く渡してくれ、と暗に込めて言えばケイトの垂れ目がさらに下がる。口角を悪戯に上げて「例の花屋の幼馴染ちゃん?」と聞いてくる。知っているのに何故毎年訊くのか。
「だろうな。そのラッピングはあいつらしいから」
「うわぁ。惚気?」
「何が惚気なんだ」
いいから渡せ、と言えばケイトは笑って渡してきた。手のひらにズシリとした重さが乗る。どうやら今年も彼女は俺の好きなものを作ってプレゼントしてくれたようだ。
フォークを皿の上に置いて落とさないように両手で持って席を立つ。
「あれ? 主役なのに退席するの?」
「他にも誕生日の奴らがいるだろ」
「そーだけど……早く見たいの?」
茶化すようなケイトに「うるさい」と言って背を向ける。後ろから「すぐに戻って来てねぇ~」という声が聞こえた。それに適当に返事をして一人部屋となった自室に向かった。
部屋に入って椅子に腰かけてラッピングをひとつ、ひとつ丁寧に剥がしていく。花弁のように取れていくラッピングは。まるで花が開花していくようだ。なんて、ここで言ったらロマンチックなんてからかわれるだろう。けれど、きっと彼女は小さな唇を緩めて気恥ずかしそうに微笑んでくれるのだろう。
余裕で想像できる姿を思い浮かべ、最後に梱包されていた箱から丸い瓶を取り出す。丸い瓶の中身は予想していたものと少し違っていた。
「今年は紫色なのか?」
好物スミレの砂糖漬け。彼女は毎年誕生日に作ってくれる。ただ、一度だけ、ここに入学した一年目は使い勝手の良さそうな万年筆だった。そのときのことは今でも覚えているくらいショックだった。きっと、気遣い上手な彼女が高校生になったからと気を使ってくれたのは想像できる。でも、それさえもショックだった。それほど自分にとって彼女からのスミレの砂糖漬けは特別だったのだ。
ウィンターホリデーに直接尋ねれば案の定気を遣われていたことがわかった。それは気にしないでくれと言ったときのはにかんだ姿は可愛らしかった。
素直に強請ったのが聞いたのか二年目にはまた元に戻った。そして、今年もスミレの砂糖漬けをくれたのだが今年は少々違った。
毎年黄色のスミレで作られていた砂糖漬け。だが、今年は一般的な紫色だった。小さい頃から黄色だったのに何故突然紫色に変わったのだろう。
じぃっと丸い瓶を見つめてからジャケットからスマホを取り出す。トントンと画面を打って検索する。
検索したのはスミレの花言葉。花屋の娘である彼女なら何か意味があるのかもしれない。
遠い昔というほどではないけれど小さい頃に聞いたことがある。
「なんで黄色のスミレなの?」
「き、黄色のスミレは田園の幸福なの……トレイには幸せになってほしいから」
白くてふっくらした頬を薄らとバラ色に染める可愛らしい姿。あの時はそれに見惚れて深く考えていなかった。けれど、改めてこう検索すると――。
スマホを机に置いて熱が集まる顔を手で隠す。
「いや、どうだろうな」
チラリと机に置いたスマホの画面を見る。検索した結果、スミレ自体の花言葉は〝謙虚〟や〝誠実〟と深い意味は無さそうだった。
「色にも意味があるのか……いや、そうだ。そうだったよ」
花はケーキのモチーフによく使う。それにトレイの所属寮は薔薇の縁の深い寮だ。花にそこまで無知ではなかったつもりだ。だのに、何故この肝心なプレゼントと結びつかなかったのだろうか。
「期待してもいいのか?」
紫色のスミレの花言葉はふたつ。ひとつは〝白昼夢〟で、もうひとつが〝あなたのことで頭がいっぱい〟だった。ひとつ目はそんな意味深長と取れる意味を込めないだろう。ならば、もうひとつの後者の意味だったら。
「そういうことなのか?」
期待するぞ、期待するからな。頭の中でだんだん女性らしくなる幼馴染の大切な女の子に訊ねる。想像した彼女は幼い頃のように気恥ずかしそうにはにかんで――。
「トレイくん! 写真撮るよー!」
コンコンと叩かれた扉で自分の中の見せられない妄想が霧散する。
「……ナイスタイミングだな」
このまま自分が可笑しな方向に妄想がいっていたかもしれない。ケイトに感謝しながらスマホを再びジャケットの裏ポケットに入れる。
「戻ってきたら食べ――あ、カード」
椅子から立ち上がって箱の中にバースディカードが入っていることに気づく。
徐に手に取って見る。カードには綺麗な字で〝ハッピーバースディ トレイ〟と書かれていた。そして、さらに小さく――。
〝色は気にしないで今年は黄色がなかったの。そうだから気にしないで!〟
顔を真っ赤にして言っている姿が頭に浮かぶ。寧ろこれで気にしないでというのが無理な話だ。上がっていく口角は傍から見たらどんな顔に見えるのだろうか。きっと、彼女がたまに口にする意地悪な顔なのかもしれない。
「期待しているからな」
次のウィンターホリデーが楽しみだ。最後にバースディカードにキスをして部屋を出た。
2021.02.05 改題&一部文章修正
目の前にはまだ固い蕾のスミレ。居眠り状態のスミレを見つめてわたしはブレスレットを着けた手を翳す。この作業は何度もやっているけれど毎度緊張する。ドキドキする胸を落ち着かせようとすぅうっと息を吸って吐く。それを二回繰り返して腹に力を入れる。
「よし!」
準備は出来た。口に馴染んだ呪文を囁くと、ブレスレットにはめ込まれた魔法石が緑色の淡い光を放つ。そこから光りの粒が緑色の風に乗って固く眠ったままのスミレの花の間を抜ける。瞬間、ふわぁと眠っていたスミレたちの花弁が動き出し、スミレたちは可憐に咲き乱れた。
「はぁ。今年も無事に咲いたぁ」
良かった、と安堵の声を零す。
毎年十月二十五日の数日前に行う恒例行事。その日は大切な幼馴染の――トレイの誕生日。その誕生日にわたしは毎年スミレの砂糖漬けをプレゼントしている。彼の好きな食べ物だからという単純な明快な理由だ。そのおかげでこの時期少しだけ体重が増えてしまうのが悩みだ。
――いや、単純に味見の量を減らせばいいのけれど美味しいから。
そして、その味をケーキ屋の息子であるトレイも楽しみに待っていてくれるのは嬉しい。
実は、トレイがナイトレイブンカレッジに入学したときにスミレの砂糖漬けではなく別のプレゼントを贈ったことがあった。すると、その年のウィンターホリデーの帰省の際「何で今年はくれなかったんだ」とご機嫌斜めな様子で言われてしまった。それにわたしの恋心が擽られたのは言うまでもない。
期待してしまうわ、と思うけれど長年の習慣からだろうと思い込むことにした。何せ、期待して彼に恋人が出来たときに「いらない」なんて爽やかな笑みで言われたら辛くてしょうがない。
なら、やめればいいのにと思いながらあのときのトレイが忘れられなかった。だから、性懲りもなくこうしてスミレの砂糖漬けを作っている。
「ふふ。今年もほんと綺麗に咲いた」
鮮やかなスミレの花を見下ろして満足げに頷く。
この季節外れのスミレの種は実家の花屋を頼ってすぐに手に入れることができる。けれど、育てるには少々魔法が必要でそれを得意とする父から習った。普通に市場で買えばいいのではと言われたけれどわたしは自分で咲かせることに拘った。そして、拘り続け今ではご覧の通り見事な花を咲かせるようになった。
魔法士養成学校になってからもう一段と上手くなったかもしれない。まじまじと出来のいいスミレを見つめているうちにだんだんと恥ずかしくなってきた。
「やっぱり紫は早まったかしら……」
今まで黄色のスミレを用意していたけれど、今年は思い切って紫色を選んだ。何故色に拘るのかには訳があった。花言葉だ。
黄色のスミレの花言葉は〝田園の幸福〟だ。勇気のないわたしが選んできた色だ。もちとん、大好きなトレイには幸せになってほしい。その横にわたしがいなくても彼には幸せな生活を過ごしてほしい。だから、選んだ意味に嘘偽りはない。
幸せになってという思いを込めて毎年作っていた。けれど、今年は自分の気持ちを込めることにした。考えてちょっと気持ち悪くなる。そういう自分勝手な想いをプレゼントに込めるなんて――。
「考えると気持ち悪いかも」
紫色のスミレを見下ろし迷いが生まれた。今回選んだ紫色のスミレの花言葉は〝白昼夢〟と〝あなたのことで頭がいっぱい〟だ。白昼夢はさて置き、もうひとつの花言葉がわたしの気持ちだった。
「トレイ……気づいちゃうよね」
最初は斜向かいのケーキ屋のひとつ年上の男の子というだけの認識だった。皆カッコイイね、とか言っていたけれど全然気にしていなかった。わたしが気にしていたのはそこのケーキ屋さんにある色とりどりのケーキだけだった。でも、ある日声をかけてくれたトレイにわたしはあっさりと一目惚れしてしまった。
それから仲良くしてもらって今でも幼馴染として仲良くさせてもらっている。
彼に恥じない女の子になりたくて頑張った。好きなケーキもちょっと減らしてふっくら丸い頬も少しほっそりとした。中々まとまらない癖っ毛の髪も綺麗に纏めて可愛い髪型にも出来るようになった。
でも、それ以上に早くトレイはカッコよくて素敵な男の人になっていく。帰省するたびにもっと、もっと好きになってしまっている。もうわたしの恋心は破裂寸前なのだ。
「う、ぅ。やっぱり気持ち悪くない? やるなら誕生日プレゼント避けるべきではない?」
やる気が急激にしぼんでいく。もう日にちもない。やり直すなら早く実家に種を頼まなければいけない。ぐるぐると思考が回っていく。
「こ、こんなことなら黄色の種も貰っておくんだった!」
今更後悔しても遅い。それに頼んだときはよくわからないやる気に満ちていたのだから。
じぃっとプランター一面を埋め尽くす可愛らしいスミレたちを見つめて、見つめて――。わたしは徐にジャケットからスマホを取り出した。
「あ、お母さんちょっと今いい?」
わたしのいくじなし。こんなんだからいつまでたっても片想いなのよ。でも、それがきっとわたしにはお似合い何だ。まだまだ変われっこないわたしは黄色の種を求めた。
「え? ない? え、うそ、うそでしょ!」
神様にわたしはどうやら見放されてしまったみたい。
* * *
黒いシャツに、白いジャケット、恥ずかしい飾りを身に着けて迎えた誕生日。もう三年生にもなれば羞恥心もない。慣れずに顔を赤らめていた一年生にそんな時期もあったと遠く懐かしい気がした。そういえば、留年している某寮長もこの恰好をするのだろうか。
なんて、考えて寮生たちが作ったケーキをフォークでつついていると。
「トレイくん、お届けものだよ~」
「ん?」
映えを求めて写真を撮っていたケイトが近づいて来た。その手には少し大きめのラッピングされた箱があった。
その手の中にある箱のラッピングには覚えがあった。斜向かいの花屋の幼馴染のものだ。花屋の娘らしく彼女はラッピングがとても上手だ。たまにうちでも期間限定のケーキを出すときなど色々アドバイスを貰うくらいそのラッピングは女性受けがいい。今ではケイトのように映えると購入しにくるお客もいるくらいだ。
煌びやかでありながらシンプルにラッピングされた箱に向けて手を伸ばす。
「ケイト。ありがとう」
早く渡してくれ、と暗に込めて言えばケイトの垂れ目がさらに下がる。口角を悪戯に上げて「例の花屋の幼馴染ちゃん?」と聞いてくる。知っているのに何故毎年訊くのか。
「だろうな。そのラッピングはあいつらしいから」
「うわぁ。惚気?」
「何が惚気なんだ」
いいから渡せ、と言えばケイトは笑って渡してきた。手のひらにズシリとした重さが乗る。どうやら今年も彼女は俺の好きなものを作ってプレゼントしてくれたようだ。
フォークを皿の上に置いて落とさないように両手で持って席を立つ。
「あれ? 主役なのに退席するの?」
「他にも誕生日の奴らがいるだろ」
「そーだけど……早く見たいの?」
茶化すようなケイトに「うるさい」と言って背を向ける。後ろから「すぐに戻って来てねぇ~」という声が聞こえた。それに適当に返事をして一人部屋となった自室に向かった。
部屋に入って椅子に腰かけてラッピングをひとつ、ひとつ丁寧に剥がしていく。花弁のように取れていくラッピングは。まるで花が開花していくようだ。なんて、ここで言ったらロマンチックなんてからかわれるだろう。けれど、きっと彼女は小さな唇を緩めて気恥ずかしそうに微笑んでくれるのだろう。
余裕で想像できる姿を思い浮かべ、最後に梱包されていた箱から丸い瓶を取り出す。丸い瓶の中身は予想していたものと少し違っていた。
「今年は紫色なのか?」
好物スミレの砂糖漬け。彼女は毎年誕生日に作ってくれる。ただ、一度だけ、ここに入学した一年目は使い勝手の良さそうな万年筆だった。そのときのことは今でも覚えているくらいショックだった。きっと、気遣い上手な彼女が高校生になったからと気を使ってくれたのは想像できる。でも、それさえもショックだった。それほど自分にとって彼女からのスミレの砂糖漬けは特別だったのだ。
ウィンターホリデーに直接尋ねれば案の定気を遣われていたことがわかった。それは気にしないでくれと言ったときのはにかんだ姿は可愛らしかった。
素直に強請ったのが聞いたのか二年目にはまた元に戻った。そして、今年もスミレの砂糖漬けをくれたのだが今年は少々違った。
毎年黄色のスミレで作られていた砂糖漬け。だが、今年は一般的な紫色だった。小さい頃から黄色だったのに何故突然紫色に変わったのだろう。
じぃっと丸い瓶を見つめてからジャケットからスマホを取り出す。トントンと画面を打って検索する。
検索したのはスミレの花言葉。花屋の娘である彼女なら何か意味があるのかもしれない。
遠い昔というほどではないけれど小さい頃に聞いたことがある。
「なんで黄色のスミレなの?」
「き、黄色のスミレは田園の幸福なの……トレイには幸せになってほしいから」
白くてふっくらした頬を薄らとバラ色に染める可愛らしい姿。あの時はそれに見惚れて深く考えていなかった。けれど、改めてこう検索すると――。
スマホを机に置いて熱が集まる顔を手で隠す。
「いや、どうだろうな」
チラリと机に置いたスマホの画面を見る。検索した結果、スミレ自体の花言葉は〝謙虚〟や〝誠実〟と深い意味は無さそうだった。
「色にも意味があるのか……いや、そうだ。そうだったよ」
花はケーキのモチーフによく使う。それにトレイの所属寮は薔薇の縁の深い寮だ。花にそこまで無知ではなかったつもりだ。だのに、何故この肝心なプレゼントと結びつかなかったのだろうか。
「期待してもいいのか?」
紫色のスミレの花言葉はふたつ。ひとつは〝白昼夢〟で、もうひとつが〝あなたのことで頭がいっぱい〟だった。ひとつ目はそんな意味深長と取れる意味を込めないだろう。ならば、もうひとつの後者の意味だったら。
「そういうことなのか?」
期待するぞ、期待するからな。頭の中でだんだん女性らしくなる幼馴染の大切な女の子に訊ねる。想像した彼女は幼い頃のように気恥ずかしそうにはにかんで――。
「トレイくん! 写真撮るよー!」
コンコンと叩かれた扉で自分の中の見せられない妄想が霧散する。
「……ナイスタイミングだな」
このまま自分が可笑しな方向に妄想がいっていたかもしれない。ケイトに感謝しながらスマホを再びジャケットの裏ポケットに入れる。
「戻ってきたら食べ――あ、カード」
椅子から立ち上がって箱の中にバースディカードが入っていることに気づく。
徐に手に取って見る。カードには綺麗な字で〝ハッピーバースディ トレイ〟と書かれていた。そして、さらに小さく――。
〝色は気にしないで今年は黄色がなかったの。そうだから気にしないで!〟
顔を真っ赤にして言っている姿が頭に浮かぶ。寧ろこれで気にしないでというのが無理な話だ。上がっていく口角は傍から見たらどんな顔に見えるのだろうか。きっと、彼女がたまに口にする意地悪な顔なのかもしれない。
「期待しているからな」
次のウィンターホリデーが楽しみだ。最後にバースディカードにキスをして部屋を出た。
2021.02.05 改題&一部文章修正
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